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大会

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弓道の大会とは

弓道の大会一覧

全国区

社会人以上含め

  • 国民体育大会 弓道競技会
主催:日本体育協会・都道府県・全日本弓道連盟
開催地:代表都道府県の弓道場
開催日:9~10月  創始:1946年

  • 全日本男子弓道選手権大会(天皇杯)・全日本女子弓道選手権大会(皇后杯)
主催:全日本弓道連盟
開催地:三重県・神宮弓道場
開催日:9月  創始:(天皇杯)1950年、(皇后杯)1969年

  • 全日本弓道大会
主催:全日本弓道連盟
開催地:京都府・京都市勧業館みやこめっせ特設弓道場
開催日:5月  創始:1949年

  • 全日本勤労者弓道選手権大会(国民体育大会弓道競技リハーサル大会)
主催:全日本弓道連盟 国体準備委員会
開催地:来期の国体開催都道府県の弓道場
開催日:6月  創始:1953年

  • 全日本教職員弓道選手権大会
主催:全日本弓道連盟 全日本教職員弓道連盟
開催地:全国(法則不明)
開催日:8月  創始:1969年

  • 全日本実業団弓道大会
主催:全日本実業団弓道連盟
開催地:全国(法則不明)
開催日:10月  創始:1952年

  • 明治神宮奉納全国弓道大会
主催:全日本弓道連盟
開催地:東京都・明治神宮武道場至誠館弓道場
開催日:11月  創始:1898年?

  • 全国女子弓道大会
主催:全日本弓道連盟
開催地:東京都・明治神宮武道場至誠館弓道場
開催日:2月(5年隔年制?)  創始:2000年

  • 京都三十三間堂大的全国大会(遠的)
主催:京都府弓道連盟 妙法院門跡
開催地:京都府・三十三間堂境内特設射場
開催日:1月(成人の日周辺あるいは次週)  創始:1950年

(要望がありましたので大会要項・歴史について詳しく表記します)
+ 大会について
京都府にある国宝・蓮華王院本堂こと三十三間堂の傍で「通し矢」に因む遠的を行う大会です。出場資格は「開催年度に新成人となる者(ただし、登録期限である前年の9月30日までに初段以上を有している者)」及び「称号者」です。段位を持つ必要性は、大会会場が国宝の隣である事、遠的である事、観客が非常に多いことによる規制措置のためです。なお新成人については2000人の参加人数制限があります。

この大会が有名なことの一つが「服装」で、女性の参加者については「振袖袴」で引くことが許されており、大会の華となっています(なお男女ともに和服・胴衣の選択は可能です)。新聞などに載る大会の様子は女性しか写っていない物が大半のため勘違いされがちですが、もちろん男性も出場しています。なお和服着用の場合は襷がけが義務付けられます。また服装の用意の都合上、予選の出場順は成人男子→成人女子→称号者となります。

試合の形式について
予選は一手(2本)による遠的形式で、新成人の場合は60mの距離で1mの的を、称号者の場合は同距離で79cmの的を狙います。予選通過は一手皆中(2本とも中てる)が条件となります。なお参加すると新成人全員に妙法院から宝弓の御守りを、予選通過者は加えて景品をいただけます。
決勝は射詰形式で、新成人の場合は60mの距離で79cmの的を、称号者の場合は同距離で50cmの的を狙います。なお予選通過の人数が多い場合は2次予選を行うこともあります。入賞は各部5位までとなっています。
+ 歴史(京都における通し矢「大矢数」)について
通し矢とは蓮華法院の本堂である長さ六十六間(121.7m)の距離、最低高さ4.5m、幅2.36mの条件で的(この場合は通った事を確認する大きな幕)を設置し、一昼夜(すなわち24時間、食事・休憩含む)の間に何本矢を通す事が出来るかを競った行事です。その起源は保元年間(1156~1158)に熊野の蕪坂源太という者が行ったとされていますが明確にはされていません。記録に残っている中での起源は慶長11年(1606年)1月19日、清洲藩主松平忠吉の家臣であった浅岡平兵衛が行ったもので、この時の記録は100本で51本というものでした(この時は大矢数ではなく、単なる興味で行ったともされます)。この記録が天下に回り多くの射手が挑戦するきっかけとなりました。しかし行うためには多額の費用が必要だったため藩の援助が必要となり、いつしか藩同士での競い合いとなっていきました。

この藩同士の競い合いで最も苛烈だったのが尾張藩と紀州藩で、それぞれ有力な射手を送り込み記録の更新を競い合いました。結果のみを見れば互いの力を誇示し、記録の向上を目指す華やかなものですが、実際には射手にとっては自らの名を賭けたものであり、記録更新に成功すれば天下一の名、俸禄の加増、昇進などを与えられましたが失敗すれば切腹せざるを得ないものであったため、多くの有力な射手が亡くなったとされます。

有名な記録の一つに尾張範士・星野勘左衛門茂則の行ったものがあり、寛文9年(1669年)に行ったものは18時間(すなわち6時間を残して打ち切り)で総矢数10542本中通し矢8000本を達成し、天下一をとったものがあります。これは自身の記録であった6666本(寛文2年元天下一)の記録を、寛文8年に紀州範士・葛西園右衛門に7077本で破られてから一気に1000本近い更新となり、おそらく更新できないだろうとさえされました。(なおこの際に勘左が使用したとされる弓は三十三間堂に保管されており、五寸詰め(206cm)・弓力約25~30kgとされています)

しかし17年後の貞享3年(1686年)に紀州範士・和佐大八郎範遠が総矢数13053本中通し矢8133本の記録を打ち立て天下一となりました。この記録が現在までに残る通し矢の最高記録となっています。大矢数は側役の「エイッ」という切り声で発射するのですが、この記録を打ちたてようと思うと矢を放ってから次の矢をつがえ、発射するまでの間隔は約4~5秒という凄まじい速さを必要とし、ここまで速いと本堂中に通される寸前の矢、本堂中間の矢、発射直後の矢の3本が常に存在するという状況となります。

なおこの大矢数について1つ逸話があり、大矢数の中頃範遠は原因不明で調子を落としていましたが、そこに男性が現れて範遠の掌を切って(原因は弓手掌のうっ血だった)うっ血を治し去っていき、その後範遠は調子を取り戻し記録を達成したとされています。この時に現れた男性は当時天下一であった星野勘左衛門茂則であったとされています。

この記録以降通し矢は徐々に衰退し18世紀中頃にはほぼ行われなくなり、正式に行われた大矢数は明治32年(1899年)の記録が最後となっています。それ以降は16歳未満の少年による距離三十三間(約60m)での通し矢が行われるようになり、戦争により弓道が一度解体されたのち再び行われるようになったのが現在の「京都三十三間堂大的全国大会」となります。

  • 扇の的弓道大会
主催:-
開催地:栃木県・日光二荒山神社中宮祠(中禅寺湖畔)
開催日:8月4日  創始:1961年?

大学生の部

  • 全日本学生弓道王座決定戦・全日本学生弓道女子王座決定戦
主催:全日本学生弓道連盟
開催地:三重県・神宮弓道場
開催日:11月  創始:(男子)1952年 (女子)1976年

  • 東西学生弓道選抜対抗試合・女子東西学生弓道選抜対抗試合
主催:全日本学生弓道連盟
開催地:三重県・神宮弓道場
開催日:11月(王座と同日) 創始:(男子)1954年 (女子)1976年

  • 全日本学生弓道選手権大会(インターカレッジ)
主催:全日本学生弓道連盟
開催地:東京・名古屋・神戸
開催日:8月  創始:1952年

  • 全国大学弓道選抜大会
主催:全日本弓道連盟
開催地:東京都・明治神宮武道場至誠館弓道場
開催日:6月  創始:1988年

高校生の部

  • 全国高等学校総合体育大会弓道競技大会(インターハイ)
主催:全日本弓道連盟 全国高等学校体育連盟 開催地の教育委員会
開催地:代表都道府県の弓道場
開催日:8月  創始:1956年

  • 全国高等学校弓道選抜大会
主催:全日本弓道連盟 全国高等学校体育連盟
開催地:代表都道府県の弓道場
開催日:3月  創始:1983年

中学生の部

  • 全国中学生弓道大会(ジュニアオリンピックカップ)
主催:全日本弓道連盟
開催地:東京都・明治神宮武道場至誠館弓道場
開催日:8月  創始:2004年

  • 全日本少年武道(弓道)錬成大会
主催:全日本弓道連盟 日本武道館
開催地:東京都・日本武道館
開催日:7月  創始:2001年

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