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代々木アニメーション学院 第一作目 無題」(2007/05/27 (日) 23:59:58) の最新版変更点

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「ユウくん・・・お母さん・・・助けて・・・・」   まだ夜中の二時過ぎ、いつもより少し目覚めが早かった。   よくみる夢だ。幼馴染だった女の子、ユキちゃんの夢。 一昨日も、昨日も、今日もみた夢。おそらく明日も明後日もみる夢。   まだ起きるにも早すぎるが、寝ようにも寝つかない。テレビをつけてみる。 ブームに乗遅れた奴らがトークするバラエティ番組。つまらな過ぎ。 丁度いい眠気にさそわれ、そのまま眠りにつく。   またユキちゃんの夢。今度は俺とユキちゃんが一緒にいる夢。 それでも俺はなにもできずに目を覚ます。一番タチの悪い夢。 いつも通り、時間を持て余して朝飯を食べ、いつも通りの通学路で いつも通りの考え事をする。毎日の夢のこと。 あの時、どうすればよかったか。どうすれば助けれたか、とか。 考えるうちにユキちゃんの家の前を通り過ぎる。   ユキちゃんは幼稚園の頃からずっと一緒だった。 気づいたら俺がユキちゃんの隣に居て、みたいな感じで。   今さらだけど、ユキちゃんがとても好きだった。 物静かな感じで、頭が良かったけど、少し間が抜けてるような そんなユキちゃんが大好きだった。 日を重ねるにつれて、夢が具体的になっていくのに最近気づいた。 当初はかすかに覚えている感じだったが、今になると自分も加わっている 上に、鮮明に思い出すことができる。その分だけ苦しみや考える時間が 増えるだけだが。   いつもの通学路で橋井に会った。こいつも幼馴染。 「おーっす、ユウ」 「おう。」 軽いノリ。重い自分を洗い流す感じが心地いいや。 重い自分に橋井が気づく。 「どうした?なんか深刻な顔つきw」 「最近ユキちゃんの夢みるんだ、あの事件の夢。」 「・・・・・・」 橋井もまたユキちゃんが好きだった。だからこの事件を思い出すと 胸糞悪いだろうし、朝からこんな調子ってのもまた気分が悪いだろうな。 「ごめん、なんていうか・・・」 「いや、いいってwユキちゃんかぁ、懐かしいな・・・」 しばらく昔話で盛り上がる。いいよな、幼馴染って。 途中途中で話が止まることがあった。やっぱり、一人足りないなって。 意外なことに、橋井から夢の話をふってきた。   「・・・どんな夢だった?」 「最近は俺がユキちゃんと一緒にいてさ、助けられずに目が覚めるんだ。」 「最近って、何べんも観るのかよ」 「具体的になっていくんだ、どんどん・・・」   ユキちゃんの話だからか、真剣に聞いてくれてる。いや 昔からこういう話って真剣に聞いてくれてたっけ。   「夢だからなんでもできるなんて考えたやつもやつだよな。」 「ほんとそれな。」   話が続くに連れて自然と本格的な話に入っていく。 今更だけど、夢の話でココまで盛り上がれる俺も俺だよな、と俺が笑うと いやいや、俺も負けてねえよと橋井が笑い返す。いい友達、だよな? 「せめて夢の中だけでも助けてやれないかなぁなんて。」 「だよなぁ、DIOみたいに時止めようぜw」 「さっき同意したのどこのどいつだよ」 「オレオレ、俺だよw」 「つか俺、承太郎のがすきなんだけど」 「は?やっぱDIOだろDIO」   ここから話がずいぶんと変わってきたと思う。 時を止めるか・・・いいよな、漫画って。 駅前で橋井と別れる、ちょっと名残惜しいけど仕方ないか。   電車の中でMDプレイヤーに電源を入れる。この先いくらiPodが流行ろうとも 絶対買わない、俺のこだわり。 知り合いにから薦められたドビュッシーで車内を過ごす。 最近ハマリの月の光でも聴こうか、クラシックだって悪くない。   月の光の中盤辺りさしかかった所で視線を感じる。 俺と同い年くらいの髪の短い女の子。 周りを見回したが、見ているのは明らかに彼女だけだった。 音漏れかな?音を下げてみるが別に音漏れしている わけではないらしい。 音量を下げてなおこっちをみているくらいだし、放っておこうか。   二駅過ぎてなおこっちをみていたけど、次の駅で女の子は 電車から降りていった。ホームを見てみると、やっぱり こっちを見ている。なんだったんだろう。   駅から出ると学校に向かって一目散に歩く。別に急ぐ必要もないし なんとなく商店街を通ってみる。朝からでも活気があるこの商店街が 好きだ。   学校も近くなってきて同じ制服のやつがチラホラ目に入る。 まだしばらく時間があるのでMDプレイヤーを出す。 なんとなく冷たい視線を感じたけど気のせいだよな。 先生が門の前に立っている、って、当たり前か。元気よく挨拶してみる。 二次反抗期の気配なんかまったく感じさせられないくらい。 教室に入る。相変わらず狭いようで広いような。まだ広い。 朝はやけに静かだ。あと一時間もすればこの微妙な空気が 変な空気にに満ち溢れる。今日通った商店街とは180°も 違う、大嫌いな空気だ。 HRまで暇つぶしに普段みない教科書でも眺めてみる。問題の敷き詰まった たかが薄っぺらい一枚の紙に俺達は悩まされているのかと考えてると不意に 微笑顔になる。 生徒がそろってきたところで先生登場。相変わらず頭の方が薄い。 「今日から新しくこのクラスに新しく生徒が入るぞ〜」 ちょ、新しく二回も言っちゃったよ・・・なんて思ってるのもつかの間 まさに不意打ちを食らったような気分になる。 あの女の子が入ってきた。 さすがに今日の駅でのようなことはないが やや鋭い目で辺りをみまわす。十秒とも経たないうちに 彼女は教室の空気を支配した。 それにしても今日の出来事はなんだったんだろうか? 霊能力者?肩になんか乗ってたとか?限りない妄想が続く。 珍しく周りの空気を悟ったのか、先生が紹介に入る。 「彼女は今井優子さん、親の都合でこっちに引っ越してきたそうで・・・」 しばらく話が続く。転校生だってのに対した興味も持たないこの学級。 たぶん第一印象はあれだろ、恐いとか冷めてるとか。 先生が紹介する間中、今井さんはずっと指先をみていた。 そんな今井さんを俺はじっとみてたと思う。時折みせた真剣な表情に ドキッとする・・・・・わけもなく。 何をそんなに集中しているんだろうか。 「それじゃ今井、お前からもなんか言ってやれ。」 今井さんに話を振られると、みていた指に込められた神経を 振り払うかのように手を払い、黒板の上にかかってある 時計の方をじっとみつめた。 ほっと息を吐くと、今度はこっちに向かってずんずんと歩いてくる。 変な焦りを感じた。俺もまた彼女に圧倒されていたんだろう。 机の前に立つと、少しびっくりしたような顔でこう言った。 「あら、もうそこまで進んでたのね。」 何が進んでるんだ?成長がか。お前は何年かぶりかに会う叔母さんか? 久しぶりに会う叔母さんでもそんな聞き方は絶対無いか。 「何が進んでんだ?」 思わず口を開いてしまった。でもこれはおかしくないだろう。 でも、次の一言でさらに意味が分からなくなる。 「何がって、あなたこの空間で動けるのね。」 なに言ってんだ、空間も何もないだろ。 「は?空間?何言ってんだ。まったくあの駅からなんなんだよ・・・」 「そうだなぁ・・・・周りをみてみなよ。」 どうみてもいつも通りだ。 「いつも通りだが?」 「まだ分からないの?時計みてみたら?」 言われた通りに時計をみてみる。壊れてるんだろうか、時計が動かない。 「動いてないな。」 「でしょ?分かりやすく言ったら、今時間が止まってるの。」 「は?」 呆気にとられた。そろそろ馬鹿馬鹿しくなってきた。 「この歳になってそんなこと言ってんのか?」 少し笑ってたかもしれない。あまりにも現実味を帯びて無さ過ぎ。 「そんなこと言ってるも何も、実際にそうなの。なんていえばわかるだろ・・・」 考えごとを始めた。しばらくこの状態だろう。しばらくすると なにかを思い出したかのようにこっちを向いた。 「あんたその席から立てないんじゃない?」 なにを言ってんだ、やれやれとため息をつきながら椅子を引こうとする。 ・・・・あれ?椅子が動かない。どうなってるんだ? 「ちょっと待ってね、抜けるとこ作るから。」 すると今井さんが机を前に引いて抜け道を作る。 「どうぞ。」 冗談めかしたお辞儀をした。一応お辞儀を返す。 ふと、机を押してみる。まったく動かない。 「どういうこと?」 「その前になんか言うことあるでしょ?」 「は?」 「さっきまで頭のおかしい人をみる目で見てた。」 「そんな目してたか?」 「うん。」 自分でもまったくきづかなかった。とりあえず謝って話を戻す。 「そういえば時間の話か・・・もっと周りをじっくりみてみ。」 そういえばまったく動かない。そもそも転校生が俺の席まで 歩いてくる時点で間違いなく先生から一声かかるはずだ。 呆けてたのは俺の方かもしれない。 まだ疑問が残るので窓から空を眺める。 空を飛んでいる最中の鳥の群れも動く気配が無い。 本当に時間が止まってるのか? どうしても引っかかることがひとつ浮かんだ。 「なんで俺も動けるんだ?」 「内緒。」 「なんでだよ」 「内緒。」 なにもかも内緒、なんだそりゃ。 「今が話す時じゃないんじゃないかなぁなんて。」 「こんな状況に謎増やされたらどうしても知りたくなるもんだろ?」 「だけど内緒。」 「今度飯おごる」 「マジ!?」 ちょっと待てよ、勢いで出た言葉でいとも簡単に情報が聞きだせるのか? 「・・・・っと、あぶないあぶない。」 「どうしても駄目か?」 「教えてほしい?」 「ほしい。」 下手すれば飯で釣れるんだ、どうにかこうにかごまかして・・・・ 「悪いけど時間切れ。」 「え?」 「空間保てる力量が残ってないっていうか・・・席に戻って!」 「あ、ああ。」 空間を保つ?時間止めるってことか? 「また休み時間にでも話すよ。」 言われた通りに席に着くと、今井さんは小走りで先生の横に戻っていった。 彼女が目を瞑ると、さっきまで止まっていた教室がまた動き出した。 「今井優子です、宜しくお願いします。」 そういえば自己紹介の途中だった。先生が拍手をあおった。 一人の転入生を加え、何事もなかったかのように授業が進んでいく。 昼飯を食べて、長い昼休みをどう過ごすか考えている途中に タイミングよくあの人が来た。 「こんにちわ。」 今井さん。不思議と、朝の件については今井さんが来るまで まったく考えようとは思わなかった。 「丁度よかった、朝の続きな。」 「なにが丁度よかったの?」 「内緒。」 返してやったさ。残念ながら俺にはリボンをつけて返すような技術が無い。 「まぁ、どうでもいいけど。」 ちぇっ。 「で、なにが知りたい?」 とりあえず、俺が動けたことだ。 「朝の件で。」 「んーと・・・あなた小さいころに事故で死にかけたことあるでしょ?」 「なんで知ってるんだよ」 「内緒。」 「ちぇっ。」 確かに小さいころにマンションの屋上から足を滑らせて 死にかけたことがある。普通なら絶対死んでいたらしい。 橋井が急いで向かうと俺は平然と地面を駆け回ってたらしい。 俺たちの中での武勇伝。 「で、その時に私みたいな人に助けられてるはずなの。」 「記憶がないんだけど。」 「落ちてる間の記憶でしょ?」 「・・・・そうなんだ。」 まさにその通りだった。橋井にも落ちている間の事を聞かれることが多いが 毎回あやふやに答えたり、嘘でごまかしたりしていた。 明らかに知り過ぎている。いったい何者なんだ? 「あ、この話が出たからついでに言うと」 「なんだよ」 「私、あなたを殺しにきたの。」 「は?」 「ひ?」 「いやいや、冗談抜きで。」 「冗談じゃないんだけど?」 もはや冗談にしか聞こえない。けど、心のどこかで そわそわしてる自分もいた・・・気がした。 「時間止めて駅で殺せばよかったじゃん」 「私が殺しても意味がないの。その前にあの空間で人殺せないし」 もう何もかもが読めない。話は続く。 「厳密に言うと殺すじゃなくて時間を返すんだけど」 「どういうことだよ?」 「ちゃんと聴く気ないでしょ」 「・・・・・・」 なんで分かるんだよ、それらしい素振りなんかした覚えがない。 「続きは帰りね。」 「ちょっと待てよ、なんでだよ?」 「話し手のやる気の問題。」 「それお前のせいじゃん」 「やる気を殺いだあなたのせいよ。」 「いやいや、お前。」 スピーカの調子で古ぼけたやる気のないチャイムが鳴った。 それじゃ、と挨拶するなり自分の席に戻っていった。 どちらにせよ続きは帰りになっていた。 下校時刻。 勉強なんかもうたくさんだっての。 猫に負けないくらいの背伸び、たまらなくなって声が出てしまう。 「「あ”ーッ、しんどかった!」」 誰かと声が重なった。そういや小学校の頃ユキちゃんと こんな感じのことあったっけな。 妙な親近感に包まれて重なった声の主を探してみる。 ・・・・・・なんでよりによって今井さんか。 「「あれ・・・・」」 どうやら向こうも大体同じ考えだったらしい。 「なんか前の学校より窮屈かも。」 「前の学校もこんな感じじゃなかったのか?」 「前のとこは普通だった。賢くなるだけでこうも変わるかな?」 「授業とか張り詰めてるよな。もう少し馬鹿だったらよかったのになぁ」 「そうだね。」 なに馴染んでるんだよ、俺。 「立ち話もなんだし、マクドいく?」 「立ち話でいい。マクドで重い話はマクドに申し訳ない」 「別に重たくはないでしょ」 「俺の命が関わってる話だろ?俺には重たい話だ。」 朝の空気が出来上がった。張り詰めた空気がまた二人を渦巻いた。 駅に向かって歩きだす。今井さんが喋りはじめた。 「続きだけどさ」 「嘘かどうかだけ教えてくれよ。」 「なにがよ?」 「俺が死ぬこと。」 聞かずに済むなら聞きたくない。 「本当。」 「あの事故でか?」 「そう。」 不思議と恐くない、現に今俺は生きてる。 最後はなんとかなるんじゃないかって、心の中でそう思ってた。 「甘い。」 「なにがよ?」 「俺って死なないんじゃねぇの、でしょ?」 「う・・・・・・」 もうやめてくれよ。 「確かに分かるよ。宿題しなくても別に大丈夫でしょ、みたいな」 「実感が無い。」 「でも現実なんだよ。」 真剣な目でこっちをみつめた。もはや動揺を隠せない。 「なんとかならないのか?」 「いなくなるのは確実。」 頭がボーっとしてきた。この辺りから考えるのはやめたと思う。 「肝心なこと忘れてた」 ここに来て最大の追い討ちがやってきた。 「あと一週間以内に私が言うことしないとどっちにしろ死ぬから」 自然と膝が落ちた。しばらくは立てないだろうな。 一週間?一週間で真っ暗闇か?死ぬってどんな感じなんだ? 「念のために言っとくけど言うこと聞かなかったら」 急に後ろに振り向いて道路の方向に指を示した。 「恐らくああなるはずだから」 グチャ 実際そう音が鳴ったかは分からない。 目の前で人が引かれた。被害者は動く気配が無い。 「ちょっと待てよ・・・・」 もうこの場を放って逃げ出したい。 「早い話、安楽死か事故死か。どちらか選べるって言われたらどっちってこと。」 現場を一緒に目撃したのに冷静でいる今井さん。 混雑した道路、一瞬のうちにできた人集り すでに死人の周りを警察や救急車が取り囲んでいた。 死人に口はない。やっと本物の現実を観た気がした。 死ぬのは恐い。俺は彼女に従うことを決意した。 「辛かったろうけど、現実なんだよ」 そういって鞄から出した手鏡を俺の方に向けた。 これが今の俺の顔なのか。 苦という苦を抱え込んだ人がこんな顔するんだろうな。 死体が運び込まれ、次第に精神が安定し始めた。 「こんな事言うのもアレだけど、顔面張ってもらっていいか?」 自分なりの覚悟。今出来ることなんて こんな馬鹿みたいなことしかない。 「ほんじゃいきま」 ドッ はっきり聞こえた、渾身の一撃。 もうすぐこの音も、目の前の風景も、全て無に返る。 「なんで事故が分かった?」 最後に一つだけ。けど、質問にはそれほどの興味は込められていない。 本当になんとなく聞きたかった、それだけ。 「いずれ分かるよ。」 この一言が、今後の全てを物語っていた。 今井さんの手を借りてその場から立ち上がる。 俺達は何事も無かったかのように駅へ向かった。 電車内で手短に説明をもらった。 一週間のうち、最初の三日で時間を操る能力の把握、強化を図るらしい。 もう異見なんてしない、何のために力を使うのかも。 彼女が俺の全てを握っている。少しでも死の恐怖を和らげるためにも。 「また三日後、追って説明するから」 そう言って、電車から降りようとした。 「一週間だけだけど、よろしくな」 こちらこそ、と今井さんが手を差し伸べてきたが同時にドアが閉まろうとした。 ドアの向こうから小さく手を振ってみる。空しくも空振りに終わった。 「そろそろか・・・」 電車を降りる。同時に一つ向こうのホームから声が聞こえた。 「ユウ!」 なんだか救われた気分になった。 「あ、橋井!」 改札口で落ち合った。落ち合うなり、急に話を振ってきた。 「結局結論出たのか?」 何のことだろう、さっぱり分からない。 「ちょ、お前・・・朝の夢のやつだよ、夢のやつ」 あー、はいはいと手を打つなり話を続ける。 「分からん。どうしようもないし」 「よな。あ〜あ、まったくなぁ・・・・」 朝の話だったのにいつの間にか世間に対する愚痴になる。 その話術俺にくれよ、橋井。 「ほんと、あのカツラ叩かれまくってるよな」 「ああ、阿仁歯なぁ」 「そりゃあんなカツラつけてりゃ建物もダメだわな」 「そろそろ名前で呼んでやれって、カツラが可哀想だろ」 「お前もな」 ただ喋ってるだけで時間が満たされる。そういや この時間も無くなるんだっけな・・・・・ 「なぁ」 「どうした?」 「俺があと一週間で死ぬってなったらお前どうする?」 「どうするも何も、死なねぇって」 「だよな・・・・」 そうであってほしいと心のそこから願ったって 頭の中ではもう答えが出ている。そんな願いは無駄なんだって事を。 「疲れてるんじゃねぇの?」 「は?」 驚いた。こんな気遣いがこいつから聞けるとは思っても無かった。 「そんなことないって。」 「妙に話題がネガくさいのがもうそれって言ってるようなもんだろw」 「ないないw」 なんで隠してしまうんだろうか。嘘ついた数じゃ指折りの中に入るんじゃないかな。 「無理しちゃ駄目よ、ユウちゃん。なんかあったら私に相談するのよ!」 「分かったよ、母さん」 ハイタッチ、ハグ、バイバイ。また明日会えたらいいけどな。 バイバイ、橋井。 (あれ、なんだろう?言われてたこと・・・・そうだ!) 「あっ!」 目が覚めた。言われてたこと、さっそく出来なかったな・・・ 短い針が6を通ろうとしていた。帰ってきてからすぐ寝てしまったらしい。 そういえば、今日はあの夢をみてないな。代わりに野っぱらで昼ねの夢。 夢の中でさらに寝る夢とか漫画だけで十分だろオイ。 久々に目覚めがよかった。 とりあえず五分ほど瞑想。今井さんに言われたことの一つ。 彼女曰く、一日の始まりにやっておいた方が良いらしい。明らかに関係ない。 後はとにかく時計を持ち歩くこと。これさえしていれば 最初の三日は別に何をしてもいいらしい。携帯持ってるって言ったんだが 携帯じゃ駄目らしい。叔父さんから貰った腕時計の出番だな、コレ。 早速動かしてみる。・・・・・・予定だったが、壊れてるかな? とりあえずポケット入れとくか、朝飯食べて今日の準備するかな。 もういつも通りとはいかないけど、一日が始まる。 明日世界が滅びようともってやつだ。学校にはちゃんと行くし 犯罪なんてもっての外。残り七日も今まで通り規則的に生活したい。 今日は何聴こうか、My way?やっぱWE WILL ROCK YOUかな? なんて考えてると、見慣れるにはまだ早い面影があった。 「なんでここにいんの?」 「あの時は電車乗るのミスっただけだし。」 今井さん。電車乗るのミスるのとか中学までだろ。 「なにげに近所か。つかあの線ミスるのお前と橋井と小学生だけだろ?」 「ちょ、バカにした?てか橋井って誰よ。失敗したっていいじゃん別に」 「別に悪いとか言ってないじゃん。」 こんなんにビビったのが恥ずかしいわまったく。 「なに聴いてんの?」 「WE WILL ROCK YOU。」 「いいね、クイーン!聴かせてもらっていい?」 「別にいいけど。なんだったら今度MD貸そうか?」 「一応アルバム一通り入れてるからいいよ。」 MDプレイヤーごと渡した。結構こいつと話が合うかもしれない。 不思議なちからを持ってる以外はいたって普通、 髪が短めで背が一般よりほんのちょっと大きめで容姿がそこそこの女の子。 ただ、ちからに関することになると一回りも二回りも大きくみえる。 あのときの印象はおそらく一生残る。て言っても あと一週間足らずで一生終わるけど。 音楽の無い耳元。車のエンジン、風の音、工事現場のおっさんの声 全部が混じって雑音に。個々で聴いたところで雑音じゃないかって 言われるとそうでもないが。そろそろ耳元がさみしくなる。 「返してもらっていい?」 「あ、もうチョイ待って、今サビ」 朝から歌いまくり。分からなくはないが声がデカイ。 まわりの目もちょっとは気にしろよ。 「お前あれだろ、風呂とかで熱唱派」 「分かっちゃう?」 分かるも糞もないだろ、路上で熱唱派。 「はい、ありがと。」 手元に返ってくる。おかえり、マイフレンド。 「あなた曲入れる順番凝ったでしょ?めちゃくちゃ分かる。」 教室を凍らせた昨日とでは本当に印象が違う。「いまどき」って言葉が似合いそう。 「あと俺ユウな、今井さん」 「あら、私もユウ、優子だから。苗字なんてかたいよ。」 て言われてもな・・・・・しばらく苗字で呼ぶだろうな。 あらためて宜しくの挨拶。なんだか初めましてって感じがしてならない。 「昨日と今日で別人みたいだな」 「高校デビューって言うのかな?してみたくってさ」 嬉しそうに話す。けど高校デビューにしては大人しすぎる。 「逆高校デビューって言えばいいのか?優等生になるやつは聞いたことねぇわ」 「でしょ?新鮮でいいかもって思ったけど疲れるからもうやめ」 ため息を吐いてやれやれのポーズ。逆にこっちがやれやれ言いたいわホンマ。 「駅前辺りでこっち向かって手、振ってる子いるけど」 今井さんが指したゆびの先には両手を大げさに振っている悪戯な笑みを浮かべた男の子。 どうみても橋井。目を凝らして見たフリ。見なくても雰囲気で分かってたけど ジェスチャー入れなかったらその場をやりきれなかった気がしたから。 なんでだろ。 「ほんじゃ学校でな。」 とりあえず今井さんを先に行かせて駅前で立ち話。 「なんでそんなにニヤニヤしてんだよ」 「あえていうならあれだな、青春。」 一体なにが青春か。 「じゃあよ、俺が可愛い女の子と歩いててみろよ」 「ニヤニヤするわな。・・・・あ、そうか。」 なるほど、そう写ったわけか。 「結構いい感じじゃん。ほんじゃ遅れるから先行くわ」 「あ、ちょ、待てよ」 喋りやすいし話も合う。けどそれ以上も以下でもない。 確かに仲良くなるだろうけどどうしても一線引いてしまう。 なんとなくポケットに入った時計をみてみる。相変わらず止まったままだった。 目覚めの良い朝・・・じゃなくて昼。 学校に着いてすぐに机に突っ伏して寝たらもう昼。授業なし、寝起きに飯だなんてまさに夢だな。 にしても、起こされる夢もまたおかしいな。勘弁してよ、ユキちゃん。 時間が止まるイメージをひたすら思い描けって言われてもな、今回は夢が夢だったし。 別になんの変化もなかったけど仕方ないか、公式みせてすぐ解けじゃ100点採れるわけがない。 飯食い行くか、今日は食堂。ついでに今日が初食堂。 校風はアレだが食堂は結構旨いらしい。ちょっとドキドキしながら 教室を出る。第一校舎の一階の隅か・・・・ 「なんか奢ってよ。」 今井さんか。悪いが今日は特別奢れない理由がある。 「金が無い。」 「ジャンプしてみてよ」 ちょ、俺、かつあげされてんの?…あーあ 「安心してよ、そんなに高いの食べないし。」 「はい・・・」 仕方なく一緒に飯を食うことになった。ジョジョ28巻はまた今度か… 「何これ、本当に学食で納まっていいのか」 カレーやラーメンはもちろん、種類が豊富で無駄にオプションが多い。 その上、おばちゃんが結構分かる人で初めて来たのにオマケがついた。 「たまご2こはさすがにこっちが申し訳ないな」 仕方なく格上のメニューを奢ってしまうはめになった。 ・・・・ッ!? 「おばちゃん、ありがと♪」 にこやかに微笑んだ。策略か、長年この仕事やってないなぁ。 黙々とラーメンをすする。向かいには満足げな今井さん。 「安心してよ、そんなに高いの食べないし、か。」 「もしかして、嫌味?たまご2こオマケもらっといて?」 おばちゃん・・・・・ 食った食ったと食器を返しに行くとおばちゃんが忙しそうに皿を洗ってた。 「ご馳走様、また来ます。」 にこやかに微笑んでた。本当にまっ直ぐ透き通った笑顔。また絶対食べにくるよ。 「今度はなに奢ってもらおっかな〜」 一人でな。 (ユウ、お前さ、ユキちゃん好きだったよな) (ああ、そうだな・・・) (また今度来るからさ、じゃあな・・・) (きょうは橋井、特別暗いな。何かあったのか?) 「こら、起きなさい、ほら、何やってんだ」 胸倉を掴まれる。馬鹿の斉藤先生様か、こいつで寝たのはまずかったか。 「お前みたいなやつが平均点を下げるんだ!ほら、謝れ」 生徒に謝罪?おかしいなオイ、確かに寝たのは悪かったが こいつらには迷惑かけてないだろっての。 高校デビュー、か。 「平均点下げてすいません授業寝ちゃってすいません頭悪くてすいません すいませんすいませんすいませんすいませんすいません」 斉藤が暴打暴打。そりゃこんだけふざけたら殴られるわな。 「何も言わんからってなめ腐りやがって、糞が」 倒れたところに三発蹴り。そしてまた、馬鹿の授業が始まった。 顔とお腹が痛いな・・・そりゃ殴られ蹴られたら痛いか。 でもなんだろう、妙にすがすがしかった。 さすがになにか言わなきゃって思ったんだろうか、周りのみんなの言葉が とっても新鮮で、その様子をみる馬鹿っつらの斉藤がまた面白くて、 橋井に話せばなんていうかな、考えるだけで楽しかった。 明日世界が滅びようと、か。やっぱり嘘かもしれない。 今後の課題として新たに立ちふさがることになった。 「あれ、ユウー!」 最近、まるで計算されつくしたかのように俺の下校通路に 置かれてる橋井。橋井用の磁石でも置いてるのか? 「まだあの妄想続いてるわけ?」 「妄想?・・・あぁ、アレか。最近みないな」 「・・・まあいいか、ほいコレ。」 「なんだ?」 橋井はポケットから小さい紙切れを取り出して俺に握らせた。 お世辞にも上手いとは言えない文字でしかも小さく文字が書いてるのがみえる。 h・・tt・・・p・・ってこれアドレスか。 「昨日みつけたんだ、結構おもしれーからみてみ。ほんじゃな!」 そういうと改札をくぐってまた駅の中へ向かっていった。 なにがあってかは分からないけど、橋井は急いでいた。 橋井がいってすぐあとに、今日の斉藤のこと、今井さんのこと、他にもたくさん 橋井に話したかったことが一度に頭の中を駆け巡った。 このときはまだ、次に橋井に会った時にでもゆっくり話すつもりでいた。 でもこれが、橋井との最後の会話だった。

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