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かつを ふらじゃいる_2」(2007/11/15 (木) 17:08:00) の最新版変更点

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 相変わらず、建夫は真琴のクラスを眺めている。  メモ帳と万歩計を奪った次の日。男子の落ち込んでいる様子が容易く見て とれた。それを見て、建夫は胸のすくような思いがした。そして、優越感に 浸る。  男子が創り上げたデータを、建夫が引き継ぐことにした。まるで、あてつけ るように。  帰り道、慣れない足の運びで懸命に測る。 「1361」→「1369」  帰宅後、真琴を抱いて、自室に篭り、メモ帳と時間のスイッチを肴にいつ までも起きていた。  二日後。男子はメモ帳を失ったショックを少しずつ払拭しているようだった。 あまつさえ、真琴と談笑する場面さえも見られる。  測り取った真琴の歩数も 「1369」→「1365」  イマイチ上手くいっていない様子で。優越感が底をつきはじめた。  三日後。 「あの野郎―!」  神様が真琴のクラスを見て絶叫している。そんな神様に、自分の姿を重ね てみて、建夫は机に突っ伏した。  修平と真琴の仲は(嫉妬による補正が加わっているものの)睦まじく見え ないことも無い。  ふと、時間を止めて彼をどうにかしてしまおうとも考えたが、それはただの 嫉妬であるからに、あまりにもスマートではない。  半年間使い続けたメモ帳も。身体によく馴染んだ万歩計も。既に自分の手 元に無い。  しかし、男子は悪い気はしない。授業に身を置きながら、三日前の事を思 い出していた。  真琴の歩数をメモ帳に控えた途端、それが忽然と消えた事。その瞬間、頬 に喰らった謎の打撃。頬が赤く腫れた。  近くには誰もおらず、消えるはずなど無いし、叩かれるはずも無い。  有り得ない出来事ではあるが。しかし、思い返せば思い返すほど、やはり 実際に起きた事なのだ。  男子はそれら一連の出来事を常識の範囲内で片付ける事が出来ず。人智 を圧倒的に超えた――言ってみれば、神様によるものだと結論付ける。 「こんな姑息で卑怯な手段は止めて、真っ当に正々堂々としろ」  神様が、自分にそう言っているのだ、と。  授業中、真琴の後姿をじっと見る。それだけは性分なのでどうしても変えら れないが。その他は大分変わった。  真琴と、なんの気後れもせず喋り合える。  帰り道では、以前よりも遥かに健全的な雰囲気で、真琴の後ろを建夫が行 く。  川沿いの土手の坂道で、二人の間は大きく。やがて、信号で立ち止まった 折に修平が追いつき。一言二言の後、青信号を修平は一人先に歩いていく。  そんな光景を見ながら、建夫は真琴の歩調に合わせて歩く。少し重くなる 光景だが、せっせと足を運ぶ。  自分の行動が正しかったかどうかなんて、考えてもキリが無いと分かって はいるが。修平の様子と、測り取った数値を見て、一種の疑いを禁じえない。 「1361」→「1369」→「1365」→「1373」  周期的、あるいは今までの上限数値と比べて、数字がおかしい。一向に測 定に慣れないのだ。と建夫は嘆いた。  メモ帳と万歩計を手に入れて、建夫と男子の心の持ち様が逆転したように 思われる。  しかし、建夫にはスイッチが強い心の拠り所となっている。それがあるだ けで、男子よりもよっぽど恵まれているはずだ。  建夫は家に帰って、時間を止めた。不安から逃れるように真琴を抱き締め た。だが満たされる事はない。常習的な行為であるからに、知らず知らずの うちに慣れてしまったのかもしれない。  いよいよ、次の段階に入るべきなのだろうが。それにしても事が進展しない。 時間が動きだすと、真琴は赤くなり顔を背けるだけなのだ。身体をあずけて こない。  ひょっとすると、根本的に問題があるかもしれない。そもそも真琴は建夫 に僅かな好意も抱いていないのかも。  もしもそうなら、何をしたところで無駄。もしくは逆効果だ。他の男に欲情 してしまう。  台所で調理する真琴を見ながら、建夫は考えた。  だいたいにして、本来なら遊びたい盛りの年頃である。放課後に友達と繰 り出したいと思っているかもしれない。あるいは部活に汗を流したい、と。  それなのに、毎日夕食――どころか朝食、その他の用事までこなしている (ひょっとすると、こなさせられている)わけだから、募ったストレスの矛先が、 出不精な兄に向かってもおかしくはない。  そんな心配に急に襲われて。 「アレなら、夕食の支度なんて放り出せばいいよ」  堪えきれずに、何の脈絡も無く。夕食時に建夫は言った。 「何なら、朝飯の支度もだな……」  自虐に近い言葉を並べ立てようとして、真琴に足を踏まれた。 「夕食の支度゛なんて゛って……失礼」  真琴はそう言いながら、卓上の唐揚を一つ吟味する。  建夫は、妙に狭い肩身で、夕食に向かう事になる。 「いや、あのな……」 「だいたい私が支度しないとして、ご飯はどうするのさ? お兄ちゃんが ご飯――」 「いや、作れないね」  無駄に歯切れの良い即答に、真琴は「ふふん」と上機嫌に鳴らして、 「だったら遠慮なんてしないでいいよ。それよりもお茶頂戴」  建夫のすぐ傍にあるお茶を指差した。 「で、でもだな。友達と遊びたくならないのか? 周りを見てて、少しでも 羨ましく思ったりするだろう」  退くに退けない思いで。とりあえず、建夫はお茶を渡した。 「ま、まあ、そりゃそうかも……しれないけど」  自分から訊いたクセに、それを肯定されると、少し泣きそうになる。  しかし―― 「……か、家事が好きなんだよね」  真琴は少しぎこちない笑顔で言った。  ――しかし、少し赤い彼女の顔を見て、思わず噴き出してしまう。そして、 もう一度足を踏まれた。  振り返ってみると、久しぶりの会話らしい会話だったように思う。  時間のスイッチを手に入れてからは、めっきりと喋り合う事も減った。特 にこの三日間はそれが顕著だった。  その日は時間を止めずに過ごした。 「何故時間を止めない?」  神様が隣で騒ぎ立てていたが、取り立てて相手にせずに、ベッドに潜り込 んだ。  時間を止めて一方的に触れる気に、その日はならなかったのだ。  翌朝一番、リビングへ向かうと、いつものように真琴が朝食の準備をして いた。真琴と目が合う。彼女の顔は赤い。 「ホラ! 今止めろ今!」  彼女の様子を見て、神様が「時間を止めろ」と、建夫を急かす。だが、建夫 は時間を止めない。  恐らく、真琴は欲情に近い。伏せがちにした瞳に、火照った表情からの呼 吸は少しだけ強くて細い。  そんな様子に、しかし、建夫は何となくバツの悪さを感じた。オナニー後の 感覚に似ていた。  時間を止めずにいる程、神様の興奮のボルテージはあがっていった。やが て、やみくもに腰を振るようになった。  一方、その姿に、建夫の興奮もしくは性欲は一層削がれていく。  学校に着き、窓から見える景色。真琴のクラスだ。彼女と男子の仲は昨日よ りも深まっているように感じられる。しかし――。 「野郎ォ! 野郎ォ!」  けたたましく吼える神様の隣にいると、随分と冷静でいられた。  改めて真琴達を見ていると、二人の様子は、何だか男子の一方的な好意に 見えない事もない。  今朝、男子は学校に来るなり真琴に声をかけた。そして、ガードの脆さに 驚いた。  昨日まで感じていた(ほんの僅かであるが)よそよそしさなどまるで感じない。 それどころか、心あるいは体まで預けてくるような力無い色気まで感じる。 「こ、これはイケるかもしれない」  出来るだけ平静を装って接する。自然に真琴に話しかけ、触れ合うが、それ 自体若干の下心に基いた行動だと男子本人は気づかない。  その日は建夫の心がいつになく落ち着いているだけに、横にいる神様の騒ぎ ようが、やたらに映えた。  真琴が動く度に、男子が真琴に接触する度に、あるいは時間を持て余す時 など、神様は頻繁に騒ぎ。その様子を見て、建夫はげんなりするのだった。 「こんな奴と共同作業(真琴弄り)をしていたのか」と。  やがて下校する頃になると、さすがに疲れたのか飽きたのか、神様はとぼ とぼと建夫についていくだけになった。  建夫は土手の坂道を上る。  夏が訪れつつあるみたいで、西日はいつもよりも高い所で川原に映えていた。  下校する生徒達はいくつかのグループを作り歩く。その中、建夫は一人で歩く。  その日、土手に真琴の姿は無かった。男子の姿も無い。 「HRが遅れているのか?」  少し遠くを見渡してみても、いない。  そして帰宅。誰もいないリビングに上がり、電気をつけた。そして椅子に座り、 「……寂しいな、おい」  神様がいる事も忘れて独り言。神様がそれに返す。 「確かにな、小奇麗な部屋に一人(と一神様)じゃ様にならん。ところで、何で 今日は真琴ちゃん遅いんだ?」  妹を「真琴ちゃん」と馴れ馴れしく呼ばれた事に、多少憤りを感じながらも、 「さあ、HRが長引いてるんじゃないの」  と、適当に返しておく。そんな事訊かれても分からないのだ。  多少の暇つぶしにと、建夫はメモ帳をパラパラと開く。 「1361」→「1369」→「1365」→「1373」  現在の真琴の歩数は、過去のデータと比べてみて数値が大きすぎる。周期 的にもそろそろ落ち着いているはずだ。  何か原因を建夫は探す。生理以外の要因を。しかし計測ミスの他には、特に 理由が思いつかない。  結局考えても分からなかったので、建夫は理由を探す事を見限った。その 頃には窓から夕陽が差し込んでいて、夕方の6時だった。  真琴は未だに帰って来ない。  じれったい気持ちを抑えようと冷蔵庫に立ち、お茶を一杯汲もうとすると。 「オイオイ、さすがに変だろ?」  神様がしびれを切らして言った。  建夫はお茶を冷蔵庫に戻し、 「そうだよな」  神様の言葉に押されるように、玄関に向かった。  どう考えてもおかしいのだ。  もしも遅くなるなら、連絡の一つくらいよこすだろう。連絡も無しに遊び にふける人ではないはずなのだ。  建夫は靴を履くと、制服のまま自転車に飛び乗った。 「それに、好きなんだよな、家事が」  一方、真琴は西日に染まりながら――男子と影を重ねて歩く。  しまったなあ。……お兄ちゃん、心配しているだろうな。  真琴は夕陽に顔を赤く染めながら、男子と並んで歩く。男子の誘いから抜 け出る機会、それと体力が無く、家路に着く頃にはすっかり夕方だった。 「帰る方向も同じだし。一緒に帰ろう」  嬉々とした表情で言う男子に対して、真琴はうつむき加減で口を締めた。 土手の坂道を身体に鞭打って上っていく。  重たい足取りを、真琴は引きずるような感覚で歩いた。風邪をひいてしまっ たのだ。  最近、兄の建夫を見る度に、体が熱くなったり鼓動が激しくなったりとヘン なのだ。それがしばらく続き、体調を崩してしまった。  建夫に心配をかけまいと、頑なに毅然と振舞う打ちに、悪化させてしまった のだった。  真琴の顔が赤いのは、夕陽のためだけではない。  坂を上るのさえ辛く感じた。 「これは間違いなく本気でイケる」  男子はそんな事を思いながら、真琴と並んで川原沿いの土手を上っていく。  先程の真琴の仕草。恥ずかしそうにして俯いた仕草は、照れ隠しだろう。 恐らく脈は有る。  西日が水面に輝いて、シチュエーションにも問題は無い。 「あ、あの、真琴ちゃん」  呼びかけながら、男子は真琴の方を向いた。  真琴は坂道の途中で、立ち止まったまま動かない。  男子は怪訝に思い、真琴の袖を少しだけ掴んで引いた。真琴は力なくそれ に応えて、男子に体を傾けた。彼は咄嗟にその体を支えた。  真琴の小さな顔が、男子の目の前だ。かなり近い距離で、体温を感じる。 半分だけ開かれた彼女の瞳は濡れっぽくて、睫毛越しに男子を見ていた。 「いけッ、今いけッ!」  そして男子は、真琴の双肩をしっかりと掴み。押し倒すように唇をよせて いった。背景の夕陽が、重なり合おうとするシルエットを克明に映す。  ふいに真琴の体から力が抜け。 「完全にイクッ!」  男子の唇は俄然勢いに乗って――。 「こんのォ、クソガキがーッ!!」  土手の下方に真琴と男子の姿を視認するなり、建夫は絶叫した。今にも接 吻を交わそうかという状況だったのだ。建夫はなりふり構わずスイッチを押 して時間を止めた。  そして、下り坂をノンブレーキで駆け下りた。7秒分の距離を一気に詰め て、そのまま男子に激突した。男子の体は少しだけ、土手の方へずれた。 「オラオラオラオラ」  神様が男子に追い討ちをかける。よっぽど気に食わなかったのだろう。  その間、建夫は、真琴の肩を抑え込む指の一本一本を丁寧にはがしていっ た。そして、25秒が経った頃。建夫は、押し倒されそうな真琴の体勢を直して やるのだ。  気づくと、修平は土手を転がり落ちていた。  やがて、川原に叩きつけられて。頬にはかつての打撃を感じた。そして、 傍らにはかつてのメモ帳と万歩計があった。 「……お、降りよっか私」  真琴は、建夫が漕ぐ自転車の後ろに乗っている。 「別に気にしなくていいよ」  二人乗りで、坂道を上っていく。 「いや、あの……恥ずかしい」  強烈な西日に当てられて。また坂道での二人乗りであるから、建夫は汗を 噴き出す。息も上がり、心臓が胸を締め付けた。  それでも、建夫は地面に足をつけようとせず。半ば意固地になって二人乗 りを続けた。  体力はあまり残されていないが、坂道はもう終わる。それに、メモ帳と万 歩計分軽くなっている。問題は無い。 「なあ、あれで良かったのか?  坂道の終わりに差し掛かった頃、建夫は一連の出来事を思い返していた。 同時に懸念、あるいは雑念が顔を出す。  本当にこれで良かったのか。メモ帳……。万歩計……。グフフ、真琴ちゃん グフフ。今すぐ時間を――。  神様がそれに便乗するかのように、建夫を煽る。「時間を止めてしまえ」 と耳元で囁く。  坂が終わり赤信号で立ち止まると、軽くなった胸に再び、やましい思考が 芽生え始めた。  しかし、真琴はそんな事など知らず「へへへ」と上機嫌に笑って、言った。 「お兄ちゃんがいる間は、そんなのできそうにないよ」  不意に、建夫は背中に重みを感じた。さらさらした質感が伝わり、次いで 女の子のにおいが。そして、真琴の体温を感じた。  真琴が頭を、身体を、建夫の背中にもたれかけたのだ。  建夫はその時、全てを悟った気がした。五里霧が一息に晴れ渡ったような 感覚。それと同時に、自分の煩悩を一切許せない正義感と罪悪感が身体を貫 いた。  時間を止めた隙に欲情させる――あながち間違った案ではなかったのだ。  しかし真琴に、それに応えるだけの経験もしくは体験が無かったのだ。つ まり、受けた刺激を性欲へと喚起させるには幼すぎたのだ。恐らく、単純な 慕情のみに換えていたのだ。  真琴の行動、温もりを感じてそう思った。  そして、建夫は今までの自分の行動に吐き気がした。無垢な正直さを欺い て、延々と卑怯にも。あまつさえ第三者(神様)にさえも真琴の体を許して いたのだ。 「時間を止めろ!」  神様の叫びと同時に、建夫は時間を止めた。  そして、真琴にかぶりつく神様を引き剥がし。道端に落ちていた拳大の石 で、実体化している神様の脳天を打った。 「へべれけ! へべれけ!」  と神様は言った。  恐らく、神様は建夫を許さないだろう。和解など二度と出来ない。もしも 時間を止めれば、実体化した神様に建夫は殺されてしまう。  だがそれでいい。時間は二度と止めない。  そんな考えと、自戒をこめて、神様へ一撃だ。  信号が変わり、建夫は自転車を進める。いつになく清々しい気持ちで我が 家へ向かう。時間を止めないで過ごす゛これから゛を考えたりしながら。  ちなみに、真琴は高熱でダウンしている。意識がほとんど無いので、建夫に もたれかかっているのだ。建夫の気持ちなど露も知らないで。               糸冬

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