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「……なにを、しているんですか?」
「うん。見ての通り、行き倒れてる」
平凡な一日の終わり。夕暮れの川原。大の字になって転ぶ、いい歳した彼。
             ――――――私はその日、弱い弱い神様に出会った。

 『Curatio vulneris gravior vulnere saepe fuit. 』

第一話【Varietas delectat】

「助けてくれと言った覚えはないが、助けてくれてありがとう。
 一応感謝の意を表し謝辞とさせて貰おう」
そんな、不遜なんだが慇懃なんだかよくわからない態度で感謝されても困る。
それも賞味期限切れかけのコンビニおにぎり如きで。
「人というのは……。否、すべての生きとし生けるものは凡て欲求に抗い難く、そして忠実だ」
……ナニ言ってんだかわかりません。
しかし、まぁ。礼儀作法(マナー)はさておき、こんなふうに貪るように食べられたのなら、
間食用に買ったおいたがその役目を果たすことなくゴミ箱へ直行しかけたおにぎりも報われることだろう。
私は彼をぼんやりと見詰め、ふとそんなことを考えていた。
今思えば、これが分岐点だったのだろう。
本来ならばおにぎりを与え、立ち去るだけで良かった。
そうすれば私の人生はなんの波乱もなく、つまらないながらも慎ましやかな人生となっていたはずなのだ。
「さて」
おにぎりを食べ終わった彼は、
「お礼に昔話をしてあげよう」
と、物悲しげに、自嘲気味に笑った。
私は彼の隣に座っていた。何故だかもわからない。
ただ、彼を放って置けなかった――そんな、気がした。
なんでも出来たんだ。
そう彼は言った。
「過去形?」
問う。すると彼はやはり哀しそうに。
ああ、過去形だ。今はもう、何も出来ない。
と笑った。

             ――――――私の中にも、きっと同じものが刻まれる。

第二話【Pallida Mors aequo pulsat pede pauperum tabernas regumque turris】

彼の話はこう。
なんでも出来た自分が、それこそ皆に『能力』を分け与え体験させたのだ、と。
「そんな御伽噺……」
「いや、そういうな。
 あの頃、あの場所ではそれが真実だった」
彼が皆に分け与えた能力は『stop time for 30seconds』。
30秒だけ時間を止めることが出来るという、なんとも微妙な能力。
しかし確かに魅力的な能力。
そんな力があるのなら、私はなにをするだろう?
ふ、と気になって問う。
能力を分け与えられた人たちが最初に何をしたのか?
彼の答えは、予想通りというか。
まぁ私自身、訊く前に気付くべきだった。
「金と、エロ。まぁ、ほとんどが男だったしね」
「うへぇ……」
流石に退くわ、それ。
「それでも、楽しかった。
 最低限のルールはあったし、無法にはそれなりの罰もあった」
彼はその当時に思いを馳せているのだろうか?
無表情にも――笑顔が浮いている。
「それに皆、直接的な欲望にはすぐ飽きて、もっといろいろな冒険を始めた。
 仮にも男だからね。幾つになっても心は少年だったのさ」
真っ先に金とエロを求めておきながら「心は少年」とは。
聞いて呆れる。
……でも、たしかにそのキモチはわからないでもない。
「現実では危険すぎることもあった。
 世界に干渉しすぎることも良くなかったからね。
 だから、冒険の場は『神たち』が作って与えた」
「……神『たち』?」
神は彼一人ではなかったのか?
「うん。神たち。自分はそのなかでも、もっとも力のない神だったからね。
 彼らを尊敬したものだ」
それはそれは楽しくて幸せな時間だったという。
「最初は小さな、ほんの数人の集まりだった。
 それでも能力を与えた人が、ただ一言『――――』と言ってくれるだけで、満足して」
ただの集まりは歴史を経て、集落となり、村となり、やがて国へと成長した。
国はやがて次元すらを支配するような期待すら覚え。
「神はその期待に応えるように、もっともっと過激に極上の能力と世界を与え続けた」
そして、絶頂の最中、国は崩壊した。
暴動と叛乱。
行き過ぎた供給は欲求を加速させる。
何時の時代も国はそうして滅ぶものだ。
「国を治めていたのは自分たちだと思い込んでいた。
 民の平穏と繁栄、そして安寧を願い、実行することが統治者の資格であるとするのなら、
 神は決して統治者ではなかった。
 民は民自らの手で国に平穏を、民に繁栄を、そして総ての安寧を願い実行するべきだったんだ。
 王が民を纏め上げ、民は国を作る。
 神はその力添えをするだけの存在だ」
行き過ぎた協力。堕落と欲求を生む、過剰な保護。
それを与えたのが彼ら――神だと言うのなら。
「そう。神が国を滅ぼしたんだ」
馬鹿な事を言う。
妄想癖の強い人だとさえ思った。
平凡な一日は明日も続くだろう。
それでも明日以降に引き継がれていく、思い出の遺伝子。

             ――――――彼は、自らを『神様』と称した……ハズだ。

第三話【Tempora mutantur, et nos mutamur in illis】

崩壊した国。堕ちた城。
瓦礫と死体の山で埋め尽くされたその場所で、彼を見つけた。
瀕死の彼を見つけた。
彼は自分の尊敬する神だった。
彼に憧れて、一緒にこの国を治めたんだ。
だから。
「実は……っ」
彼には告げなければいけなかった。
自分が『―――』であると。
それでも彼はそんな自分を制し、
「言うな」
と。そして、
「知ってる。自分も同じだから」
と。
やがて彼は動かなくなった。
延々。永遠。
彼の作り出す世界は終わることなどないかのように思えた。
それでも幕切れはこんなにもあっさりと訪れる。
ここはもう終わった場所だ。
そう言わんばかりに。
まるで、総てを洗い流すかのように、雨が降り頻る。
彼を見下ろし、ただ立ち竦む自分。
なんて、無力なのだろう?
雨に打たれる彼を、庇うことすら出来ないのだ。
かつてこの国にいた愛すべき人たちを満足させることさえも。
「神になりたかった」
この能力があれば。
誰にでも等しく『時を止める』能力を体感させる能力があれば。
神になることが出来ると思っていた。
「でも、神じゃなかったんです」
何故なら、それは所詮『模造品(ヴァーチャル)』だから。
人はいつか現実に還る。
空想に浸っても、妄想に浸かっても。
帰るべき場所があって、留まることの出来ない時間があって。
いつかは。そう、いつかは現実(リアル)を知るのだ。
求めるように、模造品を貪る。
それでも現実を知っている。現実にはないと知っている。
現実を知り、真実を知った民は去る。
民を失った国は滅びるしかない。
民を失い、国を滅ぼし、だがその世界を作った神は去ることが出来ない。
だから、模造の神は模造の世界で朽ちるしかない。
「ごめん」
小さく言葉を紡ぐ。
それは誰に対する謝罪の言葉だったろうか?
足元で、朽ちていくディックの死骸。
何時間も、何日間も、何年間も、ただ立ち尽くす。
その、つもりだった。
ただ一言。
聞きたい言葉が、耳に届くまで。
「―――でもね、それからも逃げたんだ」
……ごめん。
なにも出来なくて、ごめん。
嘘をついていて、ごめん。
自惚れていて、ごめん。
間に合わなくて、助けられなくて、
無力で、無知で――――
数え切れないほどの、謝罪と罰。
きっと償えない。贖えない。
それでも。

             ――――――きっと、誰でも。前に進む限りは。

最終話【Petite et accipietis, pulsate et aperietur vobis】

「死にそうになって、死んでもいいと思えて。
 でもやっぱり死ぬのが怖くて、そこから逃げた。
 で、今ここに至る、と」
最後は放り出すように締めくくり、
「さて、つまらない昔話はこれで終わりだ。
 長々と昔話に付き合わせてしまった。すまないな」
彼の話は終わった。
「…………」
こんな、馬鹿げた話。それになんと答えればいいのだろう?
私はただ只管、言葉に詰まるだけだ。
それでも
       たしかに。
彼の話を疑うことは出来ないのだ。
私は彼から。たしかに。
たしかに。
「……なんで、私にこんな話を?」
「うん、君がいい子だったから、かな?」
「……私、いい子なんかじゃないですよ。
 今日だって――――」
初対面の人に言うことじゃないな、と思い、言い留まる。
「うーん。じゃあ……死ぬ前に、誰かに覚えていてもらいたかったのかもしれない。
 自分がやってきたことを。自分の罪を。
 それでも自分のやったことは、一時でも誰かを楽しませていたんだ、てことを」
「……。……ッ」
何かを言いたかった。
それでも、言葉にはならなかった。
「君をその立会人に選んでしまった。すまないと思う。これでいいかな?」
彼は立ち上がる素振りさえも見せない。
「こっちから立ち去らないと、君は帰りにくいのかな?」
私に気を遣ったのだろうか?
彼はゆっくりと立ち上がり、「じゃあね」と立ち去ろうとする。
彼の言う昔話。
それが本当のことならば、彼は国を滅ぼした無能の神。
神になりきろうとして神になりきれなかった詐欺師の話。
そんな、バカな話――――――
                   ――――――だが、誰が疑うことを出来るだろうか?
そう、疑うことなど出来ない。
私は、彼からたしかに『なにか』を与えられたのだ。
彼には力がある。
私が与えられた『なにか』は『stop time for 30seconds』ではないけれど、それでも『私の世界を変える』くらいには素敵なものだった。
だから。
「待ってくださイッ!」
呼び止める。
思わず声が裏返ってしまったが気にしない。
「なにか、用かな?」
相変わらず、不遜なんだか慇懃なんだか。
こっちは命の恩人だぞ?
まぁいいや。
本来の目的を果たすとしよう。
「名前、教えてください。
 私、まだ貴方の名前聞いてない」
すると彼は、自らを指差し「?」で問う。
私は胸を張って、問いかける。
「そうです。貴方の名前!
 たとえ贋者でも、神様じゃなくても。仲間の人に呼ばれていた『名前』があるはずですッ!」
覚えて、おきたかった。
弱くて、哀しくて、ちっぽけな。神様を演じきれなかった、儚い彼の名前を。
「……教えて、ください」
彼は、少し困ったように笑って。
「知らなくてもいいことだよ」と、呟き、再び背を向け
「大丈夫。まだやることがあるから。
 君が思っているようなことはないし、またいつだって会える」
肩越しに手を振りながら歩き出した。
小さくなる背中。きっと、二度とは会えないだろう。
私の人生は、彼なんかよりもずっとちっぽけで、波乱もなく、ただ流れるだけのそれなのだから。
泣きそうになった。
「……バカ」
と悪態を吐くことで、どうにかそれを押し留める。
たしかに、彼の名前など、知らなくてもいいことだ。
私の人生において、ただ刹那の一瞬存在したエピソード。
言い表すことの出来ない感情のように、それはそれだけで意味がある。
そう。呼び名など――必要、ないのだ。
それでも、私は知りたかった。
サラサラと流れる河の音。微かに吹く風の色。
世界には聞こえない音と、見えない色、知りえない事実が満ちている。
だから、風に乗り、河に浮き、ささやかに運ばれたその声は、きっと。
彼の大切な大切な、本当の名前だったのだろう。
ああ、そう。彼の、名前は。
                           「  俺だよ  」
 ―――― Nothing but , saying that word "GJ" if you want to liberate him.

                                                        ――――It continues to the NEXT episode →
私はあの人に力を貰いました。
私はあの人のために尽くすと誓いました。
私はあの人とともに歩むことを望みました。
私はあの人の僕で、でも。それでも。
私はあの人のことが……。

          ――――――――それは、本当に。本当に楽しかった瞬間でした。
『Curatio vulneris gravior vulnere saepe fuit. 〜Omnia vincit Amor〜』

第二部・一話【Dum spiro, spero】
「君は――誰だい?」
「…………?」
問われた青年は疑問符を浮かべ、
その問いが確かに自分に向けられたものであることを確認するために疑問符と表情だけで問い返す。
「そう、君。君は、誰だい?」
「あ……うん、困ったな」
青年は本当に困ったように言い澱み、
「名前はね、ないんだ」
そう、寂しげに答えた。
「名前が、ない? そりゃあ、なんでまた?」
その問いが、どれほど青年を苦しめるだろう?
問い人は答えを得ることだけに満足を覚える。
回答者の苦痛など、知ったことではない――はずだった。
だがしかし、青年の貌は問い人の満足すらも呵責に埋めるほど、苦々しく、哀しげに歪んだ。
「……あ」
絶句。問い人は文字通り、言葉を失う。
失言だった、と気がついたのだ。
それでも青年はゆっくりと、なにか熱く重い塊を吐き出すように
「……奪われ、たんだ」
短く、言葉を紡ぐ。
「名乗る名がなかったわけじゃなかった」
それは、自身を自身として確固する意思の体言。
人はそれを人称と呼び、名前なんてたいそれたものではないと蔑みもした。
だけど、青年にとってそれは、自分自身に等しい――そう、それこそ自身と他人を明確に区別するただの記号ではあったが――魂の言葉だったのだ。
問い人の目には憐憫と、後悔。
問い人である自分が、青年に出来ることは問うことだけ。
だから、その憐憫と後悔を押し潰し、もう一度問う。
「君は、自分をなんと呼んでいたんだい?」
――青年は、もう一度笑ってそれを名乗れる日が来るのだろうか?
その答えは風に乗って。
「俺だよ」
と。
問い人の心に刻まれた。