※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

ヨシオミは終始ニヤニヤしていた。
「いいものが見られる。ついてくればわかる。」

ヨシオミは最近なんだかテンションが高いし、自信家。
何もないといってるけど、明らかに嘘。前はこんなに上機嫌な顔を見るのは
何日もなかった。今ではもうずっと。

彼女ができたわけじゃないな。勝手に確信。ダサ坊度が抜けてない。
あとはせいぜい宝くじでも当たるかしないと、こいつの人生はかわらねえだろう。

わけもわからず俺はヨシオミにならって、テニスコートのフェンスに体を浸す。
夏は好きだ。春も秋も冬も、まあそれなりに好きだけど、7月の今思うに、
夏が一番美しい季節。木々の緑も空の青も、やたらと濃くなって、
その輪郭をはっきりさせているから、陽の熱が空気を揺らすプロセスの隅々まで
手に取るようにわかる気分だった。そしてそれは逆説的に、景色をくすませて、
世界の美しさをさらに強調してる。

スイカの塩みたいな感じ。的を射てるとは思うけど、俺もやっぱり馬鹿だ。

でもなんか、スイカ食べたくなってきたのは本当だ。季節をそうやって味わえるのが
俺が日本人たるゆえんなのかもしれないとも思う。国語の試験で、そんな文章を
読んだ。多分。

「スイカ食いたくねえ?」
「食いてえ」

じゃあコンビニにでも
と言いかけたのをかぶせるヨシオミ。

「真鍋キレーだと思う?」

ドキッとした。確信を揺らがせたから余計に。
コイツも男だから、すべったことを口走っても本当は不思議でもなんでもないが、
それでもあんまり女に興味がなさそうというか、未だに興味をもたれてなさそうな
オミがこんなこと言い出すのはやっぱ不意打ち。夕立が降る前に帰ろう。
それでも会話のテンポは崩れない。

「いや、やっぱキレーなんじゃない?あんま話したことないけど。」

ぶっちゃけなくてもわかってる話、俺もオミ同様、女に興味をもたれていない。
まじめに男と女の倫理というか、節度というか、そういうのを割と尊重してきたら、
「フツー」の金の使い方が馴染まなくなった。「フツー」の使い方ってのは、
金を払って、新しいコミュニケーションを買うやりかた。だからマザコンはモテない。
たまには焦るけど、無い袖は触れなかった。

真鍋は実際キレイだ。俺が万一告白されたら二つ返事するに決まってる。成績も
結構優秀だし、いつもグループの中心に、会話の面白さと可愛らしさで花を添えてる。
いい噂のネタに事欠かない。

「真鍋ノーパンなんだってよ」

全身の力が抜けた。

そりゃあずっこけたままツッコむ。
「ハァ?何ソレ?」
「だから確認に来てるんだよ。」
「ってか…オミマジウケるってソレ。誰情報だよ。」
「いや、女の盗み聞き。名前は知らない。」
「ありえねーって、ソレ。さすがに。チュウボウの妄想だろそんなん。」

オミはニヤついてる。マジか。なんだコイツ。正直今日キモイな。

「それにさ、確認ったってどうすんのよ。」
「いや、なんかのきっかけで、チラ、とかねーかなと思って。」
「アッホくせ。」
「どうせ暇だろ?付き合えよ、教室ん中いても不健康だろうよ。」

正解。クラブのチケットでもプレゼントしてやりたいよ。それにしてもそんなにまで俺ら暇だったのか。
軽く戦慄。そりゃあもし実際そうで、見えたりとかしたら相当なハッピーサプライズ。
けど、俺が期待を仕込んだ妄想を膨らますには、少々浮きすぎて、輪郭薄い。

その真鍋は自分たちから20m位はなれたところで、バドミントン中。
大体のやつは体育館でやってるけど、多分今いっぱいなんだろう。トラフィックジャムには勝てない。
スポーツのバドミントンじゃない。やんわりした弧を描いては沈み、沈んではまたエッジの
利いた弧を再び描く。リズムは何度でも途切れては、また始まる。呑気な鳥だよ。鬼だって昼寝する。
真鍋は、視界の中のひとつの物語のようにしか見えない。輪郭は今、もっともっと広い。

「じゃあそうだったら明日の昼飯おごってやるよ。」
「オーケイ。忘れんなよ」

ハイハイ。俺は膝を折ってその場にあぐらをかいた。「じゃあ当たってなかったらスイカ買ってきてよ。」
「オーケイ。」羽のシュプール描く音も、テニスボールの弾む音も、この景色によく似合ってる。

雲が速いなあ…
日常でどれだけ狭い視界で暮らしているかがよくわかる。今は目の支配できる端から端まで、
その彩を浴びることができてる。ちょっと蒸し暑いのも、それはそれで夏の重要な重低音。

景色から零れ落ちた羽が俺のテリトリーに触れる。俺を取り戻す。拾い上げると、そこに
真鍋の手があって、沿って顔を動かすと、いつもの天使の笑顔。羽は喪よりは天使に似合う。
俺は剣も持てないし、魔法も使えないモブの一人。無力なプレーヤー。

「ありがとう」
これまた素敵な魔法。彼女は元のところへ早足に戻り、何事もなく飛ぶ練習を始める。

調和してる。そのまんまじゃないか。サイコウの暇だ。俺はオミのほうをチラリとも見なかった。
遠く、鐘の音が通る。少し長めの風が生まれる。

「オイ、オミ。もう帰ろうぜ。タイムアップだよ。スイカもってこい。」
俺もオミも、気のない返事しか返さない会話。それはそれでアリっちゃアリだけども、
でもオミはそう思ってなかったみたい。

「オイ!」

多分その魔法が、俺の世界を不自然にずらした。輪郭は狭まって、砂に立つ影に導かれる。
あっという間に俺の目を奪われた。大きな世界に浸り続ける作業は強制終了。
命令もしてないのに体中に電気と液体を流し込む機関を刺激する。俺は無防備だった。

それ以上に真鍋は無防備だった。その一瞬、真鍋は、制限される高さを羽に許すどころか、
一切注意を払っていなかった。そのせいで蝋の羽はトチ狂って禁を無視。高く上りまくって、
主を危険にさらす。矛盾。コマがひとつ二つ送られた。現世の常識もしらねえほどウブ?まさか。
彼女は膝をたたんでその両手を、彼女の前側だけにあてがおうとしたのだ。

彼女が俺に向けていた背は、明らかにそのあおりを食ってる。おかげで度肝抜かれた。大穴だ。
空に舞う紙くずが光を遮って曲げる、こともされない。ディスプレイ越しのCGじゃない。

羽はトチ狂って高くひるがえり、呑気に空気に漬かることを全身で楽しむようなペースでしか、進まなかった。
その先にあったのは、彼女の生の体ひとつ。たいした面積でもない覆いだと思っていたが、それがはがれることで、
ようやく160cmは長いとわかった。柔らかな曲線は腰の辺りから膝下まで渡る。緩やかに、コワク的に。
両脚。その付け根。すらりと伸びた真ん中の境界。そしてその下に、奥に、真鍋の儚さがひそんでる。
ふいに浮かぶ笑顔。リアルに通る感覚。あの柔肌も、唇も、風と熱と冷気と、そして何者かの視線の全てを
全部吸い上げて、彼女の真んナカに流しているんだ。

網膜を持って行くのは、何も悪魔に限ったことじゃない。それどころか、いわんや。

俺のすべての視線を縛るポイントは、真鍋の瞳に吸い付いた。喜怒哀楽のない、ただ素直に、
驚いた顔。そして多分彼女の視線のすべても同じようなプロセスをたどって、俺の目に釘付けられたとわかった。
目の端で、ようやく輪郭を削られて行く白。波打つ二つの宝石。こみあげる太陽より赤い熱。
心地よく、痛く、同じ電気が俺の同じところを劈いてく。彼女のはっきりと示す矛盾。太陽に唇まで
捧げる危険を押して、天使は、その感性を選んだの?


酔いからさめて気がつけば彼女は消えた。他にも色々なものが目の前から消えてたかもしれないけど、輪郭の外。
今わかった。アダムだって木の実の一つ二つ食うさ。罪くらい甘んじて背負う。だけど俺以外の誰かが、
そんなこと言い出したらきっとぶん殴る。俺はやっぱりモブどまりだ。

「いやー、ヤベエよ。コレ。マジで。すごくね、アレww」

甘いけど苦い。そんな心は誰かと分けちゃいたいけど、少なくとも今は、何故か、オミとは気が進まなかった。
砂が低く旋回する。女の残り香。俺は祈った。できれば他人からこの景色について聞くことがない様に。

苦いけど、やっぱ甘い。俺の体は正直に、当たり前に、ちゃんと動いていたからわかる。
俺は彼女に向いてない。そんな気がする。


(end)