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自分以外の誰かと楽しそうに会話する彼女に苛立ちを感じ、
そばにいたい、その体に触れていたい、その心はいつも一番に私を想っていてほしい。
そんな傲慢で自分勝手な想いを持ち始めたのはいつからだったろうか。
まるで世界と自分を繋ぐものが彼女の存在だけであるかのように。
「晴子さんっ、おはよ!」元気良く挨拶をし白い息を吐きながらバス停のベンチ、
私の横に座る彼女は私の小学校からの親友だ。
「おはよう、悠香。今日も寒いね。」そう笑顔で私は答えた。
そして学校へ向かうバスが来るまでとりとめのない話をし、通勤通学でごったがえすバスの中を「ついてないね」と苦笑いしながら、
吊り革を手にし二人同じ方向に揺られる。
変わらない毎日、幸せな毎日。
一つだけ変わっていくものがあるとすればそれは日々大きくなっていく私の気持ちだけだろう。

仲良くなり始めた頃のことはよく覚えてない。
気がつけば彼女は隣に居て、二人は笑顔で過ごしていた。
同じ私立の女子校に進学し、登下校を共にし、季節の行事ごと二人して盛り上がった。
彼女は私と違いモテた。先輩、後輩、同級生。明るい性格からか、その端整な顔立ちからか。
彼女の周りにはいつも人が居た。そしてその正反対の人間が私だった。
特になにも秀でたものを持ち合わせていない、さして特徴の見当たらない人間。
「平凡」というのは私に用意された言葉のように思える。
唯一の誇りは、私の一番の友達が彼女で、彼女の一番の友達が私である。
それだけだった。そしてそれだけで良かった、今までは。

変わらない毎日が、変わる日。
時計は午後3時をさしている。教室にプリントを取りに行った悠香を校門前で待つこと1分。
不意に顔を上げた先に慌てているように見える男の人が見えた。
立ち止まり鞄に手を突っ込んで探し物をしているようだ。どうやら見つかったらしい。
するとすぐに私の目の前を足早に通り過ぎて行った。
黒い手帳を落として。
なんておっちょこちょいな人なんだろう。
少し笑いそうになった気持ちを抑え、手帳を拾い追いかける。
「すいません!」追いつくのに少し息が切れたが何とか呼び止めた。
「落としましたよこれ。」手帳を差し出す。
受け取った男性から15秒ほどの滝のようなお礼の言葉を浴びせられた。
関西弁だ、少し驚いた。
「じゃあそろそろ私、用があるんで」言い終わると同時に「ちょっと待ってや」と合いの手が入る。「いいか、よー聞いてや。手帳を拾ってくれたお礼に“時間を止める力”を君にプレゼントしよう。
一回しか止められへんからここぞ!というときに使ってな。はい完了。」
頭を軽くポンポンと叩かれて不思議そうに見上げた私を尻目に、男の人は走り去って行った。
言われたことは耳から耳へ通り抜けていた。

いつも通りの帰り道、駄菓子屋に寄ってそのまま悠香の家にお邪魔した。
鞄を置く、周りを見回す。
見慣れた部屋、家具は少なめだがそれでいて寂しくないそんな雰囲気のこの部屋が昔から好きだった。
コルクボードには写真がずらり押しピンでとめられている、全て私と悠香の2ショット写真。
傍から見れば何か疑われそうなほど同じ時間を共有していても、
町で見かける仲の良い女友達の集団のようにベタベタしたりすることはあまりない。
持久走の時も並んで喋りながら走るのではなく、運動神経の無い私を無茶しない程度の速度で
引っ張ってくれる。過度の甘えがそこには存在しない。
ただただ仲の良い友達、それ以上でもなくそれ以下でもない関係。
そんな距離感で接してきた。そんな関係も悪くは無い。
ただ正直な気持ちはそれとは違っていた。
多分簡単なのかもしれない。女同士だ。
スキンシップと思えば手をつなぐこともはしゃいで抱きつくこともできる。
多少違和感はあっても拒まれることはまずない。
ただそうしてしまったら最後、その次を求めずにはいられないだろう。
今ですら彼女の唇に触れてみたいと思っているのだから。

「おまたせーっと」
炭酸飲料の入ったコップを二つ乗せたお盆を手に、ドアを足で閉め悠香が部屋に戻ってきた。
買ってきた駄菓子をつまみながら夕方の再放送ドラマを並んで座って見る。
何気なく横を見た。何かに気づいたような表情で悠香がすり寄ってきた。
「ほこりついてる。」こちらに顔を寄せ、のばした手が私の前髪に触れる。
その距離20センチほど。近くて遠い。
ああ、少し体を前に傾けるだけでその唇に触れることができる。
でもそれは叶わぬ願いだ。
ならいっそのことこのまま時間が止まってしまえばいい。
そうすればずっとこの愛しい彼女を見ていられる、誰よりも近い場所で。
またくだらないこと考えたもんだ、と自分にあきれた瞬間、
目に見えているすべてのものが止まっていることに気づいた。
正確には認識するのに少し時間がかかったが、起こっている状況は容易に理解できた。
止まった時計の針、さっきまで流れていたドラマが一時停止したビデオの様に止まっている。
もちろん生放送だ、そんな機能のついた高いテレビでもない。
何よりも愛しい親友がこちらに手をのばした体勢で動かなくなっていた。

遅れて思い出すは小一時間前の出来事、変な男の人の変な話。
一ミリたりとも信じちゃいなかった。
事実、ついさっきのことなのにもうすでに頭の中から消え去っていた。
こんな状況になるまでは。
止まった世界。
普通なら色んなことで悩むだろう。
でも思考が働かない。
それもそうだこんな至近距離にこの世で一番大好きな人いる。
その湿った唇を間近で見てしまった。
無意識に動く体、止められない。
もはや止めようとも思わない。
のびたまま止まった手をしっかり握る。その温かみが伝わってくる。
それだけで鼓動が速くなっていく。
ゆっくりと近づき、唇を重ねる。
目を閉じてその触感をそれのみで感じた。
今、死ぬことができたらどんなに幸せだろうか。心からそう思った。
「・・・・しか考えてなかった!!」
不意に聞こえたテレビの音に心底驚いて飛びのいた。
目の前で小首を傾げて不思議そうにこちらを見る彼女。
何も言わずに元の場所に座った。
まさか夢でも見ていたのだろうか、いや確かに止まっていたはずだった。
あせる気持ちを必死で隠す。

どうして止まったか、どうして動き出したかなんてとうの昔に頭から消えている。
今大事なのは私がしたことに彼女が気がついているかどうか、その一点のみだった。
恐る恐る悠香のほうに目をやる。
「ん?何?」そう尋ねてくる彼女の顔はいつもと変わらない。
「いや、別に。」あえてぶっきらぼうに答えると、少しバツの悪そうな顔をした悠香が、
「ふーん」とだけ言った。
良かった、バレてない。ほっと胸をなでおろす。
「ねぇ晴子さん。」名前を呼ばれて一瞬ドキっとした。
「どうかした?」平常心を装って答える。
「グレープ味も悪くないね。」
「あぁ、ファ○タ?そうだね、私はオレンジも好きだけど。」
「いやそうじゃなくて、」
次の言葉で私は固まることになる。
「ファーストキスの味がさ、普通レモン味とか言うじゃない?」
照れた、でも楽しそうな笑みを浮かべ大好きな親友はそんなようなことを言った。

ちょっとだけ変わった毎日、これまた幸せな毎日。
一段と冷える朝。手をすり合わせ白い吐息で指先を温める。
「晴子、おーはよ。」聞きなれた親友の声。
「おはよう、悠香。寒いねぇ、今日も。」笑顔で返す。
「だねー。んんっ!晴子それ・・・」目線の先にはキッチングローブさながらのmy手袋。
「今年からの新人さんデス」無い胸をはってみる。
「晴子姫、お邪魔してもよろしいでしょうか?」真顔で言う悠香、目が笑ってる。
「苦しゅうない、悠香左衛門参れ。」
「ははー、ありがたき幸せ。」悠香の暖かい手が手袋に入ってくる。
その手を優しく握った。
あの日以来変わったことといえば、彼女があるがままの名前で私を読んでくれるようになったことと、
この手の温もりをいつでも好きに味わえるようになったことぐらいだ。
それだけで私には十分すぎる幸せだった。
そう十分すぎる、だからこそ言っておかなければならないことがある。
この溢れんばかりの気持ちを独り占めするのはとても贅沢なことだから。
「悠香、」
「何でございますか、姫」ふざけた調子がまだ続いている。
「好きよ。」
しばらく沈黙が続いたあと、悔しそうに悠香が言った。
「先に言われたでござる。」
終。