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 始まりは僕の誕生日の夜だった。

 ケーキを食べた後、リビングでみんなとプレゼントを開けていた。
 母さんの方のおじいちゃん達からは、財布と、『欲しい物を買いなさい』と五千円を貰った。
 母さんが『ちゃんと貯金しててあげる』と言われたけど、欲しい本があるから三千円だけ貯金することにした。
 父さんの方のおじいちゃん達からは、前から欲しかった天体望遠鏡を貰った。
 何でか父さんも嬉しがって『今度の休みに見に行こう』とはしゃいでた。
 もちろん僕も早く見てみたかったから、次の休みの日が楽しみでしょうがなかった。

「これはお父さんとお母さんからだよ」

 と、綺麗な包装紙で包まれた、少し大きな箱をくれた。
 中身がすごく気になったけど、母さんの後ろで落ち着きのない妹に目が行った。
 妹の手には小さいけど、可愛くラッピングされた袋が握られている。

「ゆめは何をくれるのかなぁ?」
「え、えーとね……にいちゃ、誕生日おめでと!」

 ちょっと照れながらその袋をくれた。
 開けようとした時、もじもじしながら僕の服を掴んで来た。

「あのね、ゆめお金持って無いからね、幼稚園で作ったの」
「そっか、ゆめが作ってくれたのか」
「うん……でもにいちゃのいらない物かもしれないの」

 少し泣きそうになりながら、僕の服をぎゅっと握って我慢しているのが分かった。
 たまに生意気だけど、こういう妹は可愛いと思った。

「そんなこと無いよ、ゆめが作ったんだから嬉しいよ? 開けてもいい?」
「うん……」

 結んでいるリボンを取ってみると、ビーズで出来たネックレスが入っていた。

「おー可愛いじゃん。ありがとうね。今から着けてもいい?」
「……ほんと? にいちゃ嬉しいの?」
「うん、嬉しいよ。せっかくだから、ゆめに着けて貰おうかな」
「うん、いいよ!」

 ネックレスを渡してしゃがむと、首にかけてくれた。

「……似合うかな?」
 照れくさかったけど、後ろに立っていた二人に聞いてみた。
 母さんはにこにこしながら、父さんは羨しそうに見ていた。

「えぇ、凄く似合ってるよ。ね? お父さん」
「俺も欲しいな〜。ゆめはパパにも作ってくれる?」

 父さんは何でか断られて、ちょっと寂しそうにしていた。

「ゆめ、ありがとうな。大事にするよ」
「うん、よかった〜」

 妹の頭を撫でてあげて、父さん達からのプレゼントを開けた。

「新しい靴だ、ありがとう!」

 従兄弟のお兄さんが履いていた靴が格好よくて、欲しいとせがんだ事を覚えてくれてたんだ。
 履いてみると少し大きかった。すぐに大きくなるからと、大きめの靴にしたらしい。

「にいちゃよかったね!」

 妹は凄く嬉しそうで、笑顔のまま僕を見ている。
 ……その時だった。

『お前らも呪ってやる』

 確かにそう聞こえた。と思った時には、何も聞こえなくなっていた。
 時計の針の音も、開いていた窓から聞こえる鈴虫の鳴き声も。

「……?」

 ゆめの笑い声も、父さんと母さんの話し声も、自分の声すら聞こえない。

(あれ、みんななんで動かないんだ?)

 父さんと母さんは口を開けたまま固まっている。
 ゆめは笑顔で僕を見ながら少しも動かない。

(え、何なんだ? うわっ!?)

 開いている窓の外、人が逆さまになってこっちを見ている。
 マンションの上の階に住んでいる大学生だ。

(さっきの声、確かこの人の声に似てた……)

 凄く怖い顔で僕たちを見ている逆さまの人。気持ち悪いからカーテンを閉めようとした。

(あれ、動かないぞ? 窓もだ……どうなってるの?)

 妹も父さんも母さんも、押してもひっぱっても電信柱みたいにびくともしない。
 と言うか、凄く堅い。僕以外の物全部が、鉄みたいに堅くなって動かなくなっていた。

 それとまだ不思議な事がある。いろんな物がそのままだった。
 落ちてる途中の逆さまの人、風に吹かれて広がろうとしたままのカーテン。
 舞い上がった葉っぱも、いつまで経っても落ちてこないし、鏡の前に立っても僕は映らない。

(まるで時間が止まったみたい……でもなんで僕は動けるんだ?)

 考えてると凄く怖くなって来た。父さんも母さんも妹のゆめも動かない。
 今日は僕の誕生日だって言うのに、なんでこんな事になったのか分からなかった。
 訳も分からないままただ泣いた。リビングにいると逆さまの人が怖かったから、キッチンの隅で座って泣いた。

「…………」

 気がついたら眠ってたみたいだ。相変わらず声は出ないし何も聞こえない。
 思いっきり泣いたらちょっと吹っ切れた。いきなり止まったんだから、みんな突然動き出すかもしれない。

「……! ……、……!?」

 ちくしょう! なんで、何で動かないんだ! と、叫んでも声は出なかった。
 ただ喉が痛くなって、疲れただけだった。
 待とうと思って多分四日くらい経っていた。未だに逆さまの人がこっちを見ている。

(もう怖くも何とも無い、見慣れちゃったよ)

 みんな止まってからはおなかも空かないし、トイレに行きたいとも思わなかった。
 食べ物も鉄みたいに堅くて動かないから、餓死しちゃうんじゃないかと思ったけど、それはないみたいだ。

(あ、外には動ける人がいるかもしれない)

 僕の家はマンションの三階にある。飛び下りたら死んじゃうかもしれない。
 玄関はもう壁と同じで開かないから、窓を開けてたベランダからしか出られない。

(この隙間を通れないかな……)

 ベランダにある仕切りの下に少しだけ隙間が開いている。
 火事になった時に突き破って隣りの家に逃げるあの仕切りだ。
 今は鋼鉄みたいに堅くて突き破る事は出来ない。

(な、なんとか行けそう……っふぅ)

 一枚目を抜けて隣りの家のベランダに出た。
 非常階段に一番近いベランダまで、後四枚潜らなきゃいけない。

 最後の仕切りを潜って、一つ分かった事があった。

(いって〜……)

 みんな止まってるけど、僕は針金にひっかかれば怪我はするし、血も出るという事だ。
 着ていた服も破れたから、少なくても僕が身に着けてる物は動くみたいだ。

(結構遠いな……ジャンプしても届くか分かんないな)

 非常階段に行けないとなると、外に出られない。
 下には花壇があるけど、今は道路みたいに堅いだろうから、漫画みたいには助からない。

(あっ、このパイプに伝って行けば、降りれるかな)

 ベランダの隅っこの雨水とかを流すパイプなら、一階まで続いてるはずだ。

(でもベランダの内側にあるし、上手くいかなかったら落ちるよな)

 でも、それ以外の方法が見つからない。怖いと思う心と戦う事一時間くらい。

(よ、よし!)

 ベランダに手を掛けてぶら下がる。足で二階のベランダのパイプを探す。

(んぁっ! あ、あったけど手が……)

 右手で柵を持って、左手をパイプに移そうとしたけど、ギリギリで届かない。
 片手だけで体を支えるのはかなりきつい。もうそんなに保ちそうもなかった。

(足はちゃんと掴めてる……こうなったら)

 一か八か、両手を放して足で体を引き寄せることにした。
 すぐに抱き付けば落ちる事はないし、ベランダの柵にお尻をぶつけなくて済む。

(いち、にの……さんっ!)

 ふわっと浮いたような感じがした。目の前の壁が急に消えて、二階のベランダが見えた。
 足を目一杯パイプに絡ませる。ちょっとだけ落ちる体を支えられた。

(今だっ!)

 ぐっと体をパイプに引き寄せる。そのままパイプに抱きついて二階に降りた。
 少し間に合わなかったみたいでお尻を打ったけど、ただ痛いだけみたいだ。

(あとはぶら下がって落ちれば出られるな)

 ちょっとだけベランダに座る。今ので手が疲れてぶら下がる力が出ない。

(誕生日が晴れで良かった……)

 星が綺麗に光っている。動けるなら天体望遠鏡を覗き込んでたのに。
 と言うか、雨が降ってたらどうなるんだろう?
 雨も空中で止まって堅くなるのかな、だとすると外に出られなかったな。

(ますます晴れで良かったよ……よし、行こう!)

 気合いをいれてベランダにぶら下がる。それでも地面まで結構あった。
 足の裏に力が籠る。一回だけ深呼吸をして、柵から手を放した。

「……〜!」

 足から頭の先まで電気が通ったみたいにビリビリと来た。
 しばらくその場に座って痛みがひくのを待った。

(家に帰れなくなったなぁ)

 三階のベランダ、人が逆さまになって浮いている丁度その前の部屋。
 そこから漏れる明りを見ていたら、少し泣きたくなった。

(待ってても元には戻りそうにないから、行かなきゃ)

 僕は動ける。外にも出た。よく分からないけど、止まってしまった世界を元に戻さないと。
 流れても止まらない涙を拭って中庭の出口を目指した。


[第一話 終わらない誕生日 完]





 僕がマンションから脱出して、多分十四年は経った。
 世界は相変わらず止まったままで、動いている物はまだ一つも見つけられない。
 僕はと言うと、しっかりと時間が進んでいた。
 身長も髪も爪も、どんどん成長してる。鏡にも水溜まりにも映らないから、詳しくはわかんないけど。

(時間が戻ったら、みんな僕だって分からないかも……)

 そう言えば、変わった事がある。たまにお腹がすいた感じになる。
 けれど少し時間が経つと、すぐにお腹がいっぱいになった気にもなる。
 と言うより、知らない所で何か食べているような気がした。
 寝てる間かと思ったけど、そうじゃない気もした。起きててもお腹がいっぱいになる気がしたから。

(まぁ少し変な感じだったけど、別に困る事はないし、いいか)

 次は何処に行こうか、それを考える方が難しい。
 もう海の上で迷うのは勘弁だし、着いた島が断崖絶壁に囲まれてるのは嫌だ。

(取りあえず大陸を目指せば人がいるだろうからな、動ける人がいるかもしれない)

 変な顔をした石像が並んでる島から、太陽の方向を目指して再び海の上へ出た。

[僕の一生、十年と一瞬 第二話 終わる誕生日]

 島を出てひたすら海の上を歩く。見渡す限り海しかない。
 最初はぐるぐると同じ場所を回ったりしたけど、慣れたらある程度真っ直ぐ進めるようになった気がする。

(本当なら今ごろは、会社とかに入って働いてるんだろうなぁ)

 体内時計とか言う物でしか分からないけど、僕の体はもう二十四歳位だ。
 時間が戻っても、僕の頭も心も十歳のまま。なんか凄く不安だ。
 何度か戻らなくてもいいんじゃないかとも考えた。でも、そんな訳にもいかない気がした。

(あ、陸地が見えたぞ! 大体六ヵ月か、今回はなかなか早かったなぁ)

 遠くに見える陸地まで、あと二日位だ。
 爪先を破って指が出ている靴を脱いで枕にして、今日は寝る事にした。

(汚れて無いのに、破れたりして服もボロボロだなぁ……)

 服も靴も小さくて、所々破ったりして無理矢理着ている。
 ホームレスでももう少しちゃんとした服を着てると思う。

(時間が動き出したら……まずは服を、買お、う……)

 そんな事をかんがえながら、今いる世界から、元通りになっている夢の中に潜っていった。

 見えていた陸地は大陸だったけど、やっぱり動いている人はいなかった。
 あれから何十年もかけて、大陸は全部行った。
 けれど、僕は一人ぼっちだった。元の世界に戻す方法も、動いている人も見つけられなかった。

(もう、辞めてもいいよね……)

 手にはシワが沢山刻まれて、抜け落ちる髪も白が多い。
 そんな弱音を吐いたのは、僕が生まれたちっぽけな島国。
 元に戻る事が出来ないなら、最後に皆の顔が見たくなった。
 僕がこのマンションを出て七十五年以上経った。
 僕が住んでいた部屋のベランダの少し先、逆さまの人はあの時のまま止まっている。
 狂った時間が刻んだ歳でボロボロになった身体で、必死にマンションをよじ登る。


(あぁ……母さん、父さん……ゆめ)

 何一つ変わって無かった。それを見て、なんでか涙が止まらなかった。

「…………」

 出ないと分かっていても、喉を震わせて、口を動かして、声を出した。
 誰にも届かないけど、僕にすら届かないけど。
 何十年も離れていたけど、僕はまた帰って来たから。

『ただいま』

 これが僕の一生、十年と、永遠に続くように思った一瞬。

「なんで笑ってんだぁぁぁ!!」

 窓の外でおっきな声が聞こえた。私はびっくりして、にいちゃにしがみつこうとした。

『ただいま』

「……にいちゃ? あれ? ママ、にいちゃがいないよ?」

 私の前には、ボロボロの服を着たおじいちゃんが寝てた。
 ママがおっきな声を出して、私を急いで抱き上げた。
 パパはおじいちゃんに声をかけながら、警察に電話してとママに言っていた。
 ママは泣いていた。電話しながら、にいちゃの名前を何度も読んでいた。
 パパも寝ているおじいちゃんの首からネックレスを外しながら泣いていた。
 私にはよくわかんない。そのおじいちゃんが、にいちゃにあげたネックレスをしてて、余計分かんなくなった。

「ママ、にいちゃは何処に行ったの? なんで泣いてるの?」

 何も言わないパパとママ。なんで泣いてるのかも教えてくれない。
 にいちゃを探そうとベランダに出ると、遠くから救急車とパトカーの音が聞こえてきた。