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2006年5月25日午後6時──藻手内市──

見渡す限り瓦礫の山。
あちこちから煙が立ち上ぼり、破裂した水道管からは水が吹き出している。
人間どころかまともな形を保っている物は、どこにも無い。

世界は確実に壊滅していた。

「重てぇんだよド畜生がぁ!!」

くぐもった雄叫びが、少しひしゃげたマンホールから上がる。
マンホールはゆっくりとその口を開け、二人の「人間」を吐き出した。

「手が痛ぇし、もうやってらんねぇ! ってなんだこりゃ!?」
「壊れたんだよ」
「んなもん見りゃ分かるわ! 一体どうなってんだよ!」
「隕石が振ってきたからじゃない?」

淡々と答える小柄な男。その表情からは焦りなどは感じられない。
一方、幼い顔の少年は崩壊した街をみて怒鳴っている。
ただ、その顔は実に嬉しそうに、映画を見ているかのような目でキョロキョロしていた。

「それも知ってるよ! そういう事が聞きたいんじゃなくて、あれだ、その……」
「なに?」
「あぁ! もういい! お前と話してると疲れるわ!」
「僕のセリフだよ」

小柄な男は幼顔の少年を無視し、遠くの山を見つめる。
その目が中腹の辺りを捕らえた時、男の目差しが鋭くなった。

「ちょ……お前! さらっと言うな! さらっと!」
「海人……僕らの他にも生存者がいる」
「ぁあ? んな事ある訳ねぇよ……」

海人と呼ばれた幼い顔の少年は、靴に溜まった泥水を出しながら、鼻で笑った。
確かにこの状況下では、生存者がいるなんてそう簡単には信じられない。

「いや、いる……『見えない』なんておかしい」
「…………どこよ?」

先程まで騒ぎ立てていた海人が一転、急に深刻な顔つきを見せた。
友成と呼ばれた小柄な男が『見えない』事は、よほどの事の様だ。

「藻手内山……あそこは確か廃トンネルだね」
「……友成が『見えない』って事は、結界か何かか?」
「多分ね……『時間』か『空間』に関わる能力じゃ無いかな」
「おし! とにかく行ってみよう、善は急げだ! 友成、おぶされ!」
「ちょ……わっわわっ?」

海人が無理やり友成を担ぐと、次の瞬間二人の姿が消えた。

parallel world 第二章 不死者達が踊るダンス

目の前に広がる光景を表せる言葉が見つからない。
生命が生まれる前の地球でも、もう少しマシな景色が広がっていただろう。

空はいつもと同じ澄んだ青。
対照的に、地上には死と絶望の混沌。
ほんの数時間で、世界は地獄へと反転した。
これが俺の、望んだ世界なのか?

「……ぅ」
「っ!?」

イキモノの気配を感じ、咄嗟に『世界』を凍らせる。

「……そうだった」

耳鳴りすらしない静寂の中、鳴らない足音を立ててイキモノに近付く。

「お、おはよう」
「え? あ、おはようございます」

一瞬で移動してきた俺を見て、優香は少し動揺していた。
となりでは、水月がまだ寝息を立てている。

「あの……!?」

優香の表情が凍る。
無理も無い、自分が知っている景色なんてものは、そこには存在しないのだから。

「……から」
「ん?」
「これから私達どうなるんですか?」

感情と言う物が全く無い、そんな顔で俺をみつめてくる。
どうって……正直俺が知りたい。
ノートを開き、もう一度『未来』を話す。

「『未知のウイルスが発生、感染者はゾンビになり人を襲う』って書いてある」
「……」

……本当の終末は、まだ始まってもいないようだ。

藻手内山、旧トンネル付近の山道。

卑猥な音を立てて、折れた足や臓物を引きずる三人の家族。
小さな子供と両親は、弦太がいた駐車場に来た家族に似ている。

……いや、もはや別の、存在になっていた。
生物として大半の物を捨て、唯一残った欲望に操られる肉人形。

光を宿さないその目は、宙を泳ぎ『エモノ』を探すためだけに。
腐敗が進んだその腕は、肉を千切り口へ運ぶためだけに。
知性を失ったその頭は、もはや何も生み出さない。

食うために喰う『食欲』の奴隷。

そこに存在するのは、ウイルスの感染者。死者になりきれなかった死者。


「……ひぃ!?」

突然若い女が草陰から飛び出すやいなや、その場にへたりこんだ。
動かなければ、すぐにその場を離れれば、あるいは生き逃れたかもしれないのに。

生きのいい肉ニクにく……。

彼等は次々と女の身体を掴み、その肌に歯を食い込ませた。

「ぁ」

断末魔さえあげられず、数十分後にこの世から消えた。
残ったのは骨と、辺りに散った血肉。

「………」

食事を終えてもなお、彼等はエモノを探した。

満たされる事の無い『食欲』を満たしに。
弦太達のいるトンネルへと、引き寄せられる様に。

最初に気がついたのは、正確に刻まれていた秒針の異変だった。
その頃の俺は、まだ何も知らないただの子供。
『これはきっと、俺が加速魔法を使ったんだ!!』
なんて、当時流行っていた漫画に感化され、馬鹿げた妄想を膨らませていた。
そして偏執的な俺は、その日から魔法の特訓を始める。
ただ時計と睨み合う。それも何時間も。
正常な親なら、もしかすると病院に連れて行ったかもしれない。
だが幸か不幸か、俺には親がいなかった。
さらに施設にいた大人たちは、止める事はおろか話しかけもしない。
そんな俺を取り巻く環境のおかげか、ある日妄想は現実になった。
何千回と、何万回と聞き続けたんだ、聞き逃す筈も無い。
たった数回、秒針の音が遅れて聞こえた。

それから特訓を重ねるごとに秒針の間隔が長くなり、維持できる時間も伸びていった。
そして何時しか俺は魔法使いになった。
使える魔法はたった一つ、『時間の減速』
この力に俺がつけた名前は『スロウレイン』
憧れた加速魔法じゃ無かったけど、まぁ同じような物だろ?
ほら、もう目的の廃トンネルに着く――


「着いたぞ〜起きろ〜」

肩の上で気絶していた友成の尻に、昔流行ったカンチョウをお見舞いした。

……まだ肛門が痛い。
最悪の目覚めだ。痔になったらどうしてくれる。
なぜかベンチに座ったつなぎ姿の男が脳裏に浮かんだが、何だったんだろう……。

海人の言葉通り、目の前には廃トンネルが不気味な口を開けている。
……ただ、中が全く『見えない』
普通の人間なら、ただの暗いいつも通りの廃トンネルに見えるだろう。
でも僕は、僕の『目』は普通じゃない。
俗に言う『魔眼』だから。
かと言って、見た人を石に変えたりだとか、そんな大層な物じゃないが。
僕の魔眼は『千里眼』見えない場所なんて、ある『例外』を除けば地球上に存在しない。
たとえば……そう、ここ。

「……これはきっと『空間』系の能力……」
「ふーん。で、入れないの?」
「……能力者が解くか、効果が消えるまで無理」
「駄目じゃん! 頑張って来たのによぉ!!」

僕に言っても仕方ないだろう。
それに海人が勝手に頑張ったんだ、僕のせいじゃない。

「仕方ないよ……中からはこっちが見えるだろうから、気付いてくれるまで待……」
「んぁ? どした?」
「なんだ……こいつら!?」
「なになに? 変態でも見つけたか?」

この場所から数十メートル先から、『死体』が近付いていた。

ノートを閉じた後は、ひたすら流れる沈黙の時間。
優香は寝ている水月の隣りで、じっと外を眺めて押し黙ったまま。
俺はと言うと、持って来た鍋を火にかけて、食事の準備をしている。
と言っても、全てレトルトを暖めるだけの物だ。
なぜなら、飯盒を盗り忘れていたため、米が炊けなかいからだ。
あっても使い方がよく分からないのだが……。

「……ふぅ」
「……か」
「ぅえ!? な、何ですか!?」
「私も……手伝う事ありませんか?」

気が遠くなりそうな沈黙を破って、優香が口を開いた。
俯いているその顔を伺う事は出来ない。
だが、茹で上がった様に紅く染まった耳。
そして……
『くぅぅ〜』
微かに聞こえる腹の虫の鳴き声。

「あ……それじゃ俺は、ちょっと外の様子見て来るから、何か適当に作って貰えると……」
「わ、分かりました! ……頑張ってみます」

……何だか妙な予感がするが、料理下手の俺より、女の優香の方が適任だろう。
……多分。

「じ、じゃあちょっと外を見て来るから、何かあったら……」
「…………」

……返事は無いが、大丈夫だろう……恐らく。

多少の不安は胸にしまい、何やら騒がしくなっていたトンネルの入口へ向かった。

「海人! ここから離れよう!!」
「なんでだよ、せっかく苦労して……」
「いいから早く!!」

なんなんだ急に。

「いいから説明しろって。俺にかかれば一瞬よ? 一瞬」

友成の隣りから、『藻手内トンネル』と書かれた看板前まで移動して見せる。
焦る必要なんてどこにあるってんだ。

「逃げるって、化け物でも来るってのか?」

仮に化け物が来ても、見てからでも逃げれるし。

「!? 海人!! そっち……」『ぁぁァ』

看板の裏から不気味な呻き声と、とてつもない異臭がしてきた。
脳が警笛をならす。それに素直に従い、バックステップで距離を置いた。
と同時に、背中に何かぶつかった。

『あ゙ぁ゙』
「うぉぉ!!?」

振り向くとぼろぼろの男が俺を見下ろしていた。

「『スロウレイン』」

まさに間一髪。
奴の歯が首にかかる寸前、超減速したその歯からしゃがんで逃れる。

「野郎ぉ!!」

渾身の蹴りを腹に見舞う。
魔法にかかった状態だ、下手すれば内臓が潰れてるかも。

「っと、やり過ぎたか……なぁ!?」

魔法が解け、罪悪感を感じるはずだった。

『ぉえ゙ぅぅ』

男は何も無かったかの様に立ち上がり、濁った目で俺を睨んだ。

誰も俺に追いつく事は許されず、誰も俺からは逃れられない。
降り注ぐ雨の雫すら、その姿形を露わにする。
その幻想的な世界を見た時、この力に『スロウレイン』と名付けたんだ。

発動中の俺は相手からすれば神速。
そんな速度から繰り出される攻撃に、耐えられる奴なんていない。……はずだった。

「なんなんだよお前ぇぇ!」

目の前で起こった理解しがたい状況。
俺の攻撃を何度食らっても、平然と襲って来る男。
異臭を纏い、血を垂れ流し、腹からは臓物をぶら下げている。
これで生きてるというのか。まるでファンタジーやホラー映画の世界じゃないか。

「し、死んでる……?」
「んん、んなわけあるか! 動いてるって事は生きて……」
「でも心臓が動いてないんだ!
最初の蹴りを受けた所は、内臓も破裂してるし……」

意味が分からん! 不死身かよ!?
逃げるしかないっての?
でも、今日は移動でかなり力を使ってる。
そんなに遠くには行けない。

「わわわかった、一旦逃げよ……」
「うわぁ!!」
「ちょ! 友成!?」
『あ゙ぁぁ』『ゔぅぅ』
「他にもいたのかよ!」

茂みの奥から新たに二人が、友成に襲いかかって来た。

「くそっ、発動! あ、れ?」

これほど連続して使った事が無かったからか、思うより減速が鈍い。
反動の疲労感も大きく、体力も限界に近付いていた。
ただ幸い、こいつらの動きはのろかった。
友成まで数メートル。
間に合うかどうかの瀬戸際、一か八か全力で飛ぶ。

「間に合えっ!」

何とか友成を抱きかかえ、地面に転がった。

「大丈夫か? このまま逃げるぞ」
「な、なんとか」
「よし、行くぞっ!」

恐らく本日最後の発動。すぐさま走りだし、不死身男の脇をすり抜けた。

『お゙ぁ』

骨を剥き出しにした腕が俺達を襲う。
もう魔法は切れかかっている。
なんとか避けた瞬間、最後の魔法が解けた。

「くそっ……」
「海人、時間稼ぐから出来るだけ離れて」

友成の目が紫色に光る。
魔眼の力は千里眼だけじゃない。いや、あれも千里眼か。
短時間、未来すらも見る事が出来るそうだ。
今の友成に、攻撃を当てるのは至難の技だろう。
だが……。

「悪ぃ、もう動けそうにねぇ」
「ぼ、僕も長くは……」

魔眼の光が鈍くなり、友成が押され出す。
その、刹那だった。

「大丈夫デスか?」

三体いた不死身達が、バラバラになって崩れ落ちた。

僕の目は千里眼。例外を除けば、見えない場所なんてない。
たとえ超スピードで動こうが、透明人間だろうが、僕の目からは逃れられない。
……そのはずだった。

「なにが……起きたの?」
「なっ……!?」

僕すら気付かない速度なのか、海人すら追いつけない速度なのか。
もしかすると、一瞬の時間すら経って無いのか。

「アナた達は、こいつらと同じじゃ無イですヨね?」

死なないはずの死体をこの男は殺した。
多分、あの握っているナイフで、三体全てをバラバラにしていた。

「そレトも、俺の世界ヲ邪魔しに来たンデすか?」

その目は狂気と狂喜に満ちていた。
まるで、ただ殺す事が楽しいような、純粋で素直な悪魔の瞳。

「答えナイナら、敵と見なしマス」

とても無邪気で、とても歪んだ笑みを浮かべ、男が歩み寄って来る。
何か言わなきゃ。

「なんてね、冗談ですよ、大丈夫ですか?」

僕らも。

「あ、あぁ……大丈夫だ、助かったよ」
「ひとまずトンネルの中に。話はそこで」
「わかった。友成、行こう……友成?」

殺される。

「っあぁぁぁ!」
「ちょ、友成!?」

恐怖。それが意識を断った理由。
助けてくれたこの男が、怖かった。

「わりぃな、俺の連れなのに」
「だ、大丈夫……」

海人に任せようかとも思ったが、歩くのも辛そうだったので俺が背負う事にした。
何度も転びそうになりながらトンネルへ戻ると、車中に座っていた水月が出て来た。
無理矢理起こしたからか、まだどこか辛そうだ。
ひとまず友成を車の中へ寝かせ、出しておいた折り畳み式の椅子に腰掛けた。

「大丈夫か?」
「大丈夫……それより悪かったな、説明も無しに『結界を解け』なんて怒鳴って」
「なに、弦太が謝るような事はない。あの二人を見れば急いでいた事も頷ける」

寝かせた友成の隣りでぐったりしている海人を横目に、水月が言葉を続ける。

「……で、一体どうなってる? あの肉塊はなんだ?」
「あれは多分……例のウイルスに感染した人間だ」
「ウイルス? 弦太がもっていた攻略本だと、まだ先じゃないのか?」
「俺もよく分からないけど、多分水月達に会った時に……
いや、俺が掲示板に書き込んだ時点で、攻略本からズレ始めたんだ」

水月や海人達との合流。そして、攻略本通りなら明日現れるはずのゾンビ。
未来を知っている攻略本が知らない現在。
もうすでに『俺』が逃げだし、俺が望んだ世界とは違っていた。

「あの〜……ちょっといいか?
さっきから攻略本とかゾンビとかってなんなんだ?」

海人がまだおぼつかない足で歩み寄って来た。
別に隠す事もないので、簡単に説明する。

「……色々と信じられないけど、実際体験したら信じるしかないなぁ」
「ただ、頼みの攻略本がもう使えそうになくてな。
どうやら弦太が掲示板に書き込んだ事で、未来が変わってしまったようなんだ」
「掲示板? もしかして喪板のもし時か!?」
「なんで君がそれを? あぁそうか、君達も」
「おう、偶然それを見つけてさ! 地下に隠れて――」

和気藹藹と話す二人をよそに、俺は一人考えていた。

(喪板になんで女やイケメンがいるんだよ……
と言うか喪男はどうしたんだよ……
やっぱり世の中に絶望してたから、逃げずに死んだのか?
ちくしょう……やっぱりこの世界すらも喪男を嫌ってるのか……)

そういえば優香はどうしたんだろう。まだ料理を作っているのか?

「あぁそうだ。弦太、優香を知らないか?
私が起きてから姿が見えないんだ……
それよりこの臭いは何だ?」

ゾンビ達の血の臭いで麻痺していた鼻が、水月の言葉で覚醒する。
トンネルの奥から強烈な異臭がしていた。

「小林なら飯の準備を代わってもらったから、奥じゃないかな」
「優香が料理? あの娘は料理が苦手だったはずなんだが……」
(それでこの異臭か……でもこれは苦手なんてもんじゃないだろ
エロゲでよくある『殺人的に下手』レベルだろ)
「しかしいくら下手と言っても……こんな臭いは出さないはずだ」

以前食べた時は塩が足りないだとか、その程度だったらしい。

「とにかく行ってみよう……食料が心配だ」

苦笑いを浮かべる水月に連れられて出口を目指した。

そう言えば、ここ旧藻手内トンネルは連なっている三本の短いトンネルを指しているんだった。
藻手内市から第一、第二となっていて、ここが第一藻手内トンネル。
他の二つは崩壊する危険性があるため、今はバリケードが張られているはずだ。
多分ここにも張られていたんだろうが、俺が来た時には残骸が残っていただけだった。
大方珍走団やDQNに壊されたのだろう。
優香は第二トンネル側の出口にいるはずだ。

「後付け感が……くそっ」
「なにか言った?」
「……何でもない」
「そうか……ん? 臭いがきつくなって来た……」

気がつくと、第二トンネル側の出口まで後少しと言う所まで来ていた。

「優香ぁ? おかしいな……あぁ、おしっこか。いや、うんちか?」
「お前……俺がいることを考えて物を言えよ」
「生理現象だろう。おかしな事はいってないぞ」
「……それでも女か」
「なにか言ったか?」
「幻聴じゃ……いでぇ!?」

殴られた。このアマ……時間止めて犯してやろうか。
それより優香はどこに行ったんだろう。
この三尺玉の言うとおりトイレか?

「……斉藤、トイレじゃなさそうだぞ」

鍋は何か分からない赤黒い物を焼いている。
臭いの元はこの鍋のようだ。
臭いので中身を捨て、辺りを探す事になった。

「……血の臭い?」

出口から脇に逸れた山の中から、先ほどの異臭ような……強烈な血の臭いが漂ってきた。

「斉藤! 急いでトンネルの二人の所に行け!」
「どうかしたのか?」
俺の声が聞こえたのか、反対側を探していた水月が戻って来た。
しかしすぐに察したのか、鍋があった辺りで構えている。

「奴等だ!」

走って行く水月を横目に、俺はナイフを構えた。
時間を止めようと集中し、まだ見えぬ不死者を睨む。
しかし――

「こ、ばや……し?」

現れたのは片腕の無い、ぼろぼろになった優香だった。

ゆっくりと、優香が近付いて来る。俺は動けずに、ただそれを見守っている。
一歩踏み出すごとに『不死者』に近付き、一言声を発するごとに『人』から離れて行く。

「永……さわ、さ……ん」

涙が止めど無く流れるその瞳からは、光がどんどん失われている。
二の腕辺りから無くなっているのにも関わらず、痛みを感じている様子は無い。
腐敗はしていないようだが、それも時間の問題。
もう……ウイルスに感染しているのは明確だった。

「優……香」
「あ゛ぁ……ご……ばやじ……ざん」
「…………すまない」

俺があの時優香を一人にしなければ……
水月に結界を張り直させていれば……
……でももう遅い。何もかもが。
ゲームのようにワクチンや薬草があるわけじゃない。
こうなったらもう、人には戻れない。

ならばせめて――

「人デ有ル内二、人トシテ死ナセテヤル」

耳鳴り――そして静寂。
こうなる前は、きっと死より深い恐怖を味わっただろう。
ならばせめて死する時は……その涙を止めてあげよう。

「サヨナラ……優香」

頬を伝う涙をぬぐい、その目を閉じてやる。
癖になりそうで、でもどこか物悲しい感覚を手に残し、まだ綺麗な顔が身体から離れた。

鈍い音をたてて優香の頭が地面に転がる。
数拍の間を置いて身体も地面へと倒れて行った。

「……優香」

みんなで墓くらい作ってやろう。
他のゾンビ供に死体を喰われるのが嫌だったので、トンネルの入口まで運んだ。
その身体はまだ暖かく、本当は生きてるんじゃないかと思うくらいだった。

「少し、待ってて」

頭を元有った場所に乗せる。こうして見るとただ寝てるみたいだ。

「ああ゛ぁぁ!!」
「!?」

その場を離れようとした時、突如優香が雄叫びをあげた。
生々しい音が回りに木霊する。
その首元からは水月の傷を消した時の光が、その時の比じゃない程発せられていた。
瞬く間に再生した首には、幾つもの血管が浮き出ている。

「っ!?」
「あぁ!! い゛だいよぉぉ!」

完全に不死者と化した優香が、力任せに飛び掛かって来た。
右腕は再生しないようだが、振るう度に血をまき散らす左腕は、常に再生をしているように見える。
さらに特別な力のおかげで再生力が異常に強いためか、意識も痛覚も有るようだ。
ただ理性や記憶は無いようで、先ほどと違い俺を殺しに来ていた。

「……くフ」

こんな優香を見たからか、壊れかけていた俺が完全に壊れた。

「フフフ……あハははハ……」
「い゛だいぃぃ! あ゛はぁぁあ!」
「いタイ? イタいイたイ? あははは!!」

優香の左腕が無数の肉片となって辺りに散る。
再生の力が、無くなった左腕をすぐさま『生やす』
ゾンビ化した時の身体の状態を維持しているようだ。

「ぎゃぁぁあぁ!!」
「五月蠅イな……お前は優香じャ無いンダ……もっト楽シマせろ!!」

何度と無く繰り返される一方的な暴力行為。
ただ切り刻まれ、俺を楽しませる為だけに再生を繰り返す人形。
他の出来損ないと違い、なかなか壊れない。
快感に溺れ、破壊衝動に従い、心の保全を計る。

「優香じゃ無イんだ……もウ違うンだ! 壊れロ、壊レろよぉォォ!」

ばらばらに刻んだ頭を力任せにただ殴る。
秒針が時間を刻む音が聞こえ、止まっていた時間が流れ出す。
と同時に、地面に叩き付けたスイカのように、頭が爆散した。

「……ぉぉぁぁあ!! いだいのに゛! や゛めでよぉ!」
「……そノ顔デ俺を見るナ」

数秒痙攣した後、再生の力は頭すら生やした。
今や優香は不死者を超えた不死者。
今の俺は実に無力だ。救う事も……殺してやる事も出来ない。

「壊れろぉぁ!」

何かが弾けた。

時間の停止。
俺が『俺』からもらった力で、本来の俺の力じゃない。
それに俺がいた世界には、超能力者なんていたかすら疑わしい。
なにせちょっとした透視や読心術ですら世間をさわがせる程だ。
この世界にいるような超能力者はいないだろう。

でも、俺はどういう訳か力を使った。
もしかすると、これも『俺』の力だったのかもしれない。
今となっては分からないが、この世界に来た時、力に目覚めたのかもしれない。
この力の根本が時間の停止なら、俺の力が強くなったからかもしれない。
今はそんな事より、この力に目覚めた事に感謝しよう。

「止まれ」

森羅万象全ての物は、それぞれが己の時間を有している。
人間ならば季節や年齢、寿命と名称や意味や用途はばらばらだ。
しかし俺からすればそれらは全て、そいつの中の一つの時計が刻む物。
その元となる時計を止めてやれば、そいつの時間は止まる。
それは命……魂。

手を伸ばし、優香だったモノに触れて呪いを吐いた。
優香の時計はもうぼろぼろで、針も目茶苦茶に動いていた。
その針に触れ動きを止めてやる。
刹那、まるで凍ったかの様に動かなくなった。

「どうか安らかに」

俺は優香の時間を止めた。

『時計』を止められた後、優香の身体は恐ろしい速度で消えてしまった。
いや、『離れて見えなくなった』の方が正しいか……。
時計を壊された物は、本来なら逆らう事は出来ない流れの中に『固定』される。
流され続ける『今』からすれば、その存在自体が遠く離れてしまったんだ。

「……ふぅ……」

壊れていた心も落ち着き、元通りになろうとしていた。
そろそろ戻らないと……みんな心配してるだろう。
水月は辛いだろうが、優香の事もきちんと話さないといけない。
沈んでいる気持ちに鞭を入れ、水月達が待っている方へと踏み出す。


「ぐっ……ぁ……!?」

突然、内側から切り裂かれる程の激痛が走った。
血はぐつぐつと煮えたぎり、体は指先から凍り砕かれていくよう。
激痛が意識を刈り取ろうと襲い、激痛がそうなる事を許さない。
『時計』に触れた右腕に至っては、少しでも動かせば破裂しそうだ。

「能力……反……動か? ……ごぼっ!?」

口を押さえた左手が紅く染まる。
『時間停止』は体力を消耗するだけだった。
しかし『個の時間停止』時計の破壊は、同じく俺の時計に負担がかかるようだ。
多用すれば遠くない未来、連続して使おうものなら即死だろう。

「げぼっ……はっ……はっ……」

熱のせいか視界が赤く揺らめく。
倒れない様に左手で体を支え、壁に寄り掛かりながら足を動かす。
吐血は押さえてても仕方ないので放っておいたが、今のでどうやら治まったようだ。

「……!? ……!!」

声が聞こえたが、目に映るのは赤で塗りつぶされた何か。
段々と大きくなって来たので、こちらに向かって来ている様だ。

「……。…………」
「…………!」

どうやら二人組らしい。となると水月と海人か。
そんな事が頭を巡り、張り詰めていた気が緩んだ。

「はっ……は……」
「……? ……!!」

左手から壁の感覚が無くなり、その後何かにぶつかった。
赤かった世界が少しずつ黒に染まっていく。

「……よう」

世界が完全に黒に染まる刹那、聞いた事のある声が聞こえた。
そのまま世界が黒に染まり、どうやら俺は気を失ったようだ。



「ん……んぁ? ここは……」
「……よう、元気してたか『俺』」
「なんでお前が……というか、なんでここに?」

気がつくと、あの絵具をぶちまけた様な歪な空間にいた。
そこには先程の声の持ち主……世界を変わったはずの『俺』が、俺を見下ろしていた。

「お前のせいで俺が『こっち』に居られなくなりそうなんだよ」
「? 意味が分からないんだが」
「俺とお前が入れ変わった理由を、お前が無くしかけてるんだよ」
「は? んなもん最初からねぇし、つか俺のせいかよ!!」

思わず感情的に怒鳴る。
いきなり現れるわ、意味不明な事を言われるわ、体中痛いわ……

「あれ? 痛くない……」
「取りあえず落ち着けよ」

『俺』が溜め息を吐く。溜め息を吐きたいのは俺の方なんだが。

「で、なんだ」
「相変わらずマイペースだな……まぁいい、このままだとまた入れ替わっちまうんだ」
「俺が理由を無くしかけてるからか?
だから俺には最初から理由なんてなかったんだよ」
「そんなはず無い。でなきゃ俺達は会う事すら出来てない」
「そう言ってもなぁ……」
「あ〜もう面倒くせぇ!」

『俺』が右手を突き出す。躱そうとしたが何故か身体が動かない。
重い物をぶつけられたような衝撃が響くと、『俺』の手が頭に埋まっていた。

「うっ!?」
「おい動くなよ、抜けるだろ」

指が動く度、頭の中をぐちゃぐちゃにされている様で気持ち悪い。
しばらく頭を弄ると、『俺』は満足そうに俺の頭から手を引き抜いた。

「うっ……今のは?」
「同じ存在だからな、一時的に融合して記憶を覗いた」
「……それもお前の能力か?」
「違う。この空間だから出来る事だ。お前に能力を渡したのもそれと同じ原理」
「ふーん」
「てめぇ……まぁいい、それより理由あるじゃんか」

溜め息。色々と溜め息を吐きたいのは俺の方だ。

「かなり深い所にあったが……かなり強い思いだ、十分入れ替わる理由になる」
「俺は思い出せないんだが……」
「……仕方ねぇ」

右手を握り、また俺の頭の中に入れる。
握っていた手が開かれ、すぐに引き抜かれた。

「どうだ?」

……胸の辺りが気持ち悪い。
……これは、膨れ上がった感情からくる吐き気か。

「思い出したか?」
「ああ……」

元いた世界に持っていた『憎悪』
その世界が壊れ、または壊す事を望んだ『狂気』

「そうか、俺は元から……」

不思議と顔が緩む。つられる様に『俺』も笑った。
『俺』は……二つもプレゼントを貰ってたんだ。

願いを叶える為の『能力』と
叶える事が出来る『世界』を

「俺は元カラ壊れテいタんだ」

笑いながら、もう忘れるなよと去っていく『俺』
忘れるはずが無い……これが俺の望みだから。

目が覚めると、車の天井が見えた。
ギシギシと軋む体をなんとか起き上がらせ、ドアに手を掛ける。
幸い痛みは殆ど消えていたが、右腕はまだ感覚が鈍い。

「斉藤? あの二人もいない……」

車から降りて辺りを見回すが、誰もいない。
優香を探しに行ったのかと思った矢先、トンネルの外から大きな音が響いた。

「奴等か……?」

外へと駆け出すが、出口に張られた赤い壁が見える。

「結界……くそがっ……水月!!」
「!?……弦太?」

結界の向こう側にいた水月を呼ぶ。
一緒驚いた顔で固まったが、すぐに駆け付けて来た。

「もう大丈夫なのか?」
「あぁ……それはいいから結界ヲ解イてくレ」

……もう我慢出来ないんだよ……
俺の望みは『憎悪』と『狂気』
詰まる所『破壊衝動』と『殺戮衝動』だ。

切り刻んで殴り潰して叩き割ってひき千切ってぐちゃぐちゃにしてバラバラにして……

壊したい殺しタい壊したイ殺シタい壊シたイ殺しタイ壊シタイ殺シタイ壊シタイ
殺死たい殺死タイ殺死体殺したい!!!

「弦……太?」
「奴等ハ?」
「ゾンビなら武下と工藤が食い止め……」

水月が言い終わる前に視界の端に捕えたゾンビの群れに走り出した。

奴等から離れようとしていた二人を見つけ、そこに向かう。
二人は俺に気がつくと、奴等を牽制しながら走って来た。
「弦太!?」
「あ……」
「邪魔ダ……退ケ!」

近寄って来た二人の服を掴み、全力で引く。
二人がよろけて何か言おうとしたが、俺の顔を見ると口を閉ざした。
なんて酷い奴等だ。奴等を片付けるんだから文句はないだろうに。

「邪魔ダカラ戻ッテテクレ」

海人の持っていた鉄パイプを奪い、ナイフをベルトから抜く。
渋々二人が戻って行く。そうそう、お客は大人しく観客席で座ってろ。

「サテ……」

痛みが引き、身体が覚醒していくのが分かる
奴等は……見えている分で五十か六十。
増えている様だが、生真面目に山道からくる者が殆ど。
ならば後ろから襲われる危険性は少ない。
まぁ、俺を囲むなんて無理な話だが。
あぁ……ニヤけた顔が戻らないよ。

「オ待タセシマシタ……開幕デス」

観客は三人、役者は俺と不死者の皆さん。
BGMは風の音と、不死者が奏でる地響きや雄叫び。
今宵限りのとっておきのショウ。もちろん主役は俺一人。

「サァ俺ト一緒二……一曲踊ルトシヨウ!!」

大きく両手を広げ、ゾンビ共の雄叫びを煽った。

30秒間の無音の前奏。

まずは四体の頭を鉄パイプで一気に吹き飛ばす。
感染した優香と違い、こいつらは再生もしないし『即死相当』のダメージなら死ぬ。
それ以前に、頭さえ壊せばその活動を終える。
ならば簡単だ。時間が止まっている間は、俺の持っている物以外脆くなる。
片っ端から壊して行けばいいだけだ。

「八、九……オット、コレデ十一カ……」

時間が動き出す。同時に飛び散る無数の肉片。
少し遅れて倒れる十三の不死者の死体。
一瞬何が起こったのか戸惑う残りのゾンビ共。

「立ッテ無イデ早クオイデ」

時間を止めないままで近くにいた奴の頭を叩き飛ばした。
するとすぐに俺に向かって、津波の様に押し寄せる。

「ハハッ! ソウダ!! モットダ!!」


数秒のインターバルを置いて、幾度と無く止まる時間。
ナイフで首を断ち、鉄パイプで頭を叩き割り、腹を蹴り破り、倒れたモノを踏み潰す。
役者は次々と役を演じ、次々役を終える。

「ソロソロ閉幕ノ時間カ……」

更にペースが上がり、比例して数を減らしていく不死者の群れ。
止むこと無く吹き飛ぶ血と肉は、まるで舞台に降る紙吹雪の様――

第二章 不死者達が踊るダンス 完



 2006年5月27日午前5時40分――旧藻手内トンネル前――

 立ち昇る煙が目指す空は、薄く赤紫色に染まっている。
 気味の悪い呻き声も、何処からか聞こえる爆発音も、いまはもう聞こえてこない。
 崩壊した街を朝日が照らしていくなんて非現実的な状況なのに、遠く昇ろうとしている太陽を見ると安心できた。

「朝食を作ってみたんだが、工藤も食べないか?」
「……いえ、折角ですけど遠慮しておきます」
「そうか……ここに置いておくから。あまり無理しないようにね」
「……はい、わざわざすいません」

 爽やかな斉藤さんの笑顔が、胸の辺りを暖かくした。彼女だって一睡もしていないのに、皆に気を使っている。
 彼女は、何かあったら呼んでくれと言い残し、トンネルの中に戻っていった。

「何かあったらか……例えば、あの人が戻ってくるとか……」

 あの夜の事、その後に僕が吐いた嘘。
 もし僕がついた嘘がばれたらと思うと、体がバラバラになりそうなほど震えてしまう。
 そして気がつけば恐怖で喉がカラカラに乾いている。あの人がいなくなってからと言うもの、僕はもうずっとこんな状態だった。
 水を飲んで落ち着こうと未だ震えの止まらない手をペットボトルへと伸ばす。
 しかし、うまく掴めずに腰掛けていた岩から落としてしまった。
 拾おうと岩を降り視線を地面に向ける。そこには一昨日あの人が作った血の池の痕。

「……っ!」

 昨日振った雨に殆ど流されているが、僕の魔眼は『あの夜』を映し出す。
 過去なんて以前は数秒前までしか見れなかったのに。強い能力に中てられて魔眼が強まったのかもしれない。

「駄目なんだよ……あの人は僕らとは違ったんだ、一緒にいたらいつか僕も皆も……」

 キャップの開いたペットボトルを叩きつける。独特な音と中身をばら撒きながら転がっていった。
 どこか冷静に零れていく水を見つめる僕を感じながら、視線を街へと戻した。

「……あの時見えた化け物に殺されてたらいいのに」

 永沢さんとゾンビ達が踊り終えた後、僕の目が捕らえた化け物。
 そして、そこに「生存者とゾンビの大群がいる」と言う嘘。
 彼のような死神は、あの化け物に殺されればいいんだ……。


 parallel world 第三章 再び掴めた手は幻

 2006年5月26日午前3時07分――旧藻手内トンネル前――

「……フゥ……」

 ゾンビ達の血で出来た赤い池。池の中には切り刻まれた手足や、引きちぎられつぶされた体が沈んでいる。
 真ん中には、池に浮かぶ島のように切り取られた茶色の地面。島の上には、黒い服を所々赤く染めた死神が立っている。
 僕らを押しのけ、数時間前まで押し寄せていたゾンビの海を、赤い池に沈めてしまった。

「……ば、化け物かよ」

 海人の言うとおり、化け物じみた一方的な殺戮だった。
 ゾンビたちは彼に傷一つ負わせることなく……触れる事無くバラバラになっていった。
 彼の能力は時間の停止と聞いた。空間系に並んで異端とされる時間系の能力。

「……工藤ダッケ? チョットイイカナ」
「な、なに……?」

 彼と話すのはこれが初めてだった。何度か声は聞いていたが、いままでと違う気配がする。
 斉藤さんや海人と話している時は、あまり印象に残らない、本当に何処にでもいるような少年の声だった。
 けど、ゾンビ達を切り刻んでいる時の声は、聞くだけで切り殺されるような殺意に満ちていた。
 その、どちらでもない……まるで空気のような声で、彼は僕らに背を向け街の方をみながら言葉を続けた。

「コノ辺ニ、オモチャハモウ居ナイノ?」
「は……?」
「疼クンダ……理由ガ無イト俺ハ此処ニ居ラレナインダヨ……」

 彼の言ってる意味がすぐには分からなかった。ゾンビだって元は僕らと一緒、世界崩壊の被害者なのに。
 永沢さんからすれば、彼らは自分の殺戮衝動を抑えるための玩具だと、相変わらず空気のような声で笑った。
 僕が最初に感じた恐怖。それはきっと、彼から漏れた異常で無差別な殺意を見たからだ。

「あ……の、僕は……」
「冗談ダヨ。ソレデ、生存者トカ居ナイノカ?」

 殺意に中てられた魔眼が暴走する。絵の具をぶちまけた様な所に居る二人。
 どちらも永沢さんで、どちらも笑っている。そしてどちらも……

『すべて殺してやる』

「うわぁぁ!!」
「? ドウシタ? 何処カ悪イノカ?」

 近寄ってくる永沢さんから視線を外す。けど、暴走している魔眼のせいで顔を避けたくらいじゃ見えてしまう。
 とっさに遠くに意識を向ける。……と、街で一番大きな公園に十数人のゾンビの群れを見つけた。
 よく見ると生存者らしい人もいる。女の人がトイレの個室で震えていた。

「あっぅ……ち、中央公園で女の人が襲われてる」
「ソウカ……トコロデ、ゾンビハ何匹位イル?」

 生存者なんて微塵も気にした様子はない。やっぱり『殺していいもの』以外興味がないみたいだ。
 きっと僕らも、いつかこの人に殺される。
 僕らが『殺していいもの』になれば、容赦なく、それこそおもちゃにされるのだろう。
 そう思った時、感じたことのないほどの怒りが僕を飲み込んだ。
 殴りかかろうとした刹那、僕の魔眼がおかしなものを映した。

「……あれは」

 いくらゾンビが居ても、この人には傷一つ負わせられない。それは僕がやっても同じことだ。
 けど、今僕の魔眼が捉えている奴ならどうだろう? あの生存者と思っていた女なら。
 トイレから出てきたところに群がったゾンビを、触れずに吹き飛ばしているあいつなら。

「……わかんないけど、結構いるみたい」
「ソウ、チョット生存者ヲ救出ニ行ッテクル」
「…………わかった、気をつけて」

 車に乗り、でこぼこの山道を降りて行く彼を見送りながら、僕は僕の中に芽生えた黒いものを隠すのに必死だった。
 あの女は彼と同じ時間系の力か、空間系の力だ。それが暴走していた。

「あんたみたいな死神は……死んだほうがいいんだ」

 僕の魔眼は遠くふらふらと彷徨う化け物と、そこに向かう気味の悪い笑みを浮かべた永沢さんを映していた。

 まともな形を保ったものが一つもない道を、場違いなほどまともな形をした車を走らせる。
 道路は殆どが陥没して、何度も迂回しなければいけない。だが、それもまた一興だった。
 崩壊した街は俺の心を映したようで、転がっている死体は俺の狂気に犯されたようで、心臓が踊った。

「工藤ノ様子ガオカシカッタナ……タダ不死者ノ群レガ居ルダケジャ無サソウダ」

 一方的に殺しつくすのも満たされるものだったが、頭の中に優香の姿が過ぎる。
 能力を持った不死者。彼女の時は悲しみの方が強かったが、今回はまったく見知らぬ相手。
 想像しただけで絶頂を迎えそうなほどの興奮が、自分すら殺しそうな殺意が沸く。
 公園前で車を降りた刹那、車が爆音をたてて崩れた。我慢できなくてバラしてしまった結果だった。

「アァ、シマッタナ……帰リノ事ヲ考エテナカッタ」

 まぁ、元から帰るつもりなんて無かったんだが。すでに不死者や生存者なんて見境がつかない。
 少しの間でも一緒に居た連中を殺すのは、流石に少し躊躇いの気持ちが浮かんだ。
 だからそれらしい理由をつけて離れた。まだ人らしい感情が残っていて正直驚いた。

「フゥ……アンマリ居ナイナ……能力ガ在ル奴ガ居レバイイカ」

 公園で思い思いに蠢いていた不死者達が、入り口から歩いてきた俺を見つけたようで集まってくる。
 時間を止めて地面を蹴り上げる。弾けるように小石が飛び散り、何人かの不死者にあたる寸前で静止する。
 ひとまず安全な所まで移動して、時間が動き出すのを待った。一回の停止で十分片付けれたが、楽しみは取っておく物だ。

「サテ、ドウナルカナ?」

 時間が動き出す。蹴り上げた小石は恐ろしいほどのスピードで不死者を打ち抜いている。
 散弾銃のように小さな粒に貫かれ、千切れた手足が放物線を描いた。
 崩れ落ちる者を気にする様子も無く、目の前から消えた俺を探す不死者達が可笑しくてたまらない。
 思わず声を上げて笑ってしまう。それに反応してこちらを一斉に振り向く不死者達。

「デモ、モウオ前達ハ死ンデイイヨ」

 けれどその目が俺を捉える前に、全ての首が切り落とされた。時間が動き出すのを待たずにその場を離れる。
 ほんの30秒の静寂、彼らにとっては一瞬より短い時間に起きた絶対不可視の時間が終わる。
 背中越しに重い物が潰れた音を聞いて、小さい頃の事を思い出した。

「嫌ナ音ダ……マルデ俺ヲ責メル様ナ音……」

 ため息を吐いた視界の端で何かが動いた。研ぎ澄まされた感覚が危険を告げている。

「オ前ハ、コノ気持チヲ消シテクレルカナ?」

 未だ記憶の奥底に残る深い傷が、今更になって小さく痛んだ。