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変わらない見慣れた風景。変わらない退屈な毎日。
家と学校とその間の道。そこが今の俺の世界。
この三年間、そこ以外の場所に行っていない。
大学を卒業しても、学校が会社に変わるだけだろう。
だから今日だって、いつもと変わらない日のはずだ。

「死んじまうくらいびっくりする事…目の前で死亡事故とか起きないかな」

実際はそこまで大きな事じゃなくていい、曲がり角で可愛い女の子と…

「きゃ!?」
「うわっ!!」

ぶつかった。その子は背が低く、ロリ属性の俺にはストライクだ。
その子は尻を擦りながら立ち上がると、謝りながら地面に散らばった鞄の中身を拾い集め出した。

「ごめんなさい、怪我はありませんか?」
「あぅ…私はだいじょぶ…はわっ!?」

パキッと足の下から音がした。足を退けると、小さな水晶の様な玉が割れていた。
と同時に、割れた水晶の中に煙の様な物が見えた。
それが何かは分からない。ただ、とても嫌な感じがした。

「ごっ…ごめんなさい!!」
「はぅ…ご主人に叱られる…」

女の子は今にも泣きそうだ。よほど大事な物だったのだろうか、必死で破片を集めている。
元に戻そうと破片と破片をくっつけているが、戻る様子はない。

いたたまれなくなって、何も言わずに走り出す。

「ふぁ…ちょっと…」

なにか聞こえたが、気にせずに走った。
女の子が出て来た一つ先の角を曲がる。
…俺は最低だな。あんな子を泣かせて、しかも逃るだなんて。

「……戻ろう」

ちゃんと謝ろう。壊してしまった物も、弁償しなきゃ。
逃げた事を後悔しながら、先程の場所に戻る。
そこにはまだ、泣きながら散らばった物を拾う女の子の姿があった。

「あの…さっきはすいません、手伝います」

女の子は驚いた様子だったが、小さくありがとうと言った。

「これで全部ですか?その…さっき割れた物以外で」
「…はい、ありがとうございます」
「あの…ちゃんと弁償しますから」
「いえ、もういいんです…それに、私がよそ見をしていたからだし」

女の子は小さく肩を落とした後、思い出したかの様に鞄から一枚の紙を取り出した。

「お詫びと言ってはなんですが、これを」
「そんな、お詫びなん!第一俺が悪いんだし」
「いえ、受け取ってください!」

ずいっと両手で差し出して来る。貰って損は無いだろうし、そこまで言うならと受け取る。

「どうもって、これは?」
「えっと…その、時の流れを封じる魔法の絵なんです」

……どうやらこの子は宇宙と交信してる類いの人だったようだ。
何やら使い方や効果の程を説明しているが、大半が理解できない。
分かった事は、この絵が描かれた紙を破ると、30秒程『時が止まる』らしい。

「はぁ……どうも」
「あのっ…それじゃあ私はこれで」

なぜか慌てた様子で去って行った。
遠くでチャイムが聞こえる。取りあえず貰った紙をポケットに入れ、学校に急いだ。

「時を止める魔法の絵……か」

時を止めるって言われても、思い付く事は万引きや殺人等、犯罪ばかり。
自分の頭の中が少し心配になりながら、昼休みをすごした。
学校が終わるまで考えたが、やっぱり犯罪意外でこれといった考えは浮かばなかった。
金が欲しいなぁなんて考えが浮かんだので、宝石店で万引きにでも使う事にした。

信号待ちをしていると、朝の女の子が向かいの歩道に立っている。
なぜかオドオドしながら、俺の事を何度もチラ見して来る。
少し嫌な気分になりながら、青に変わった信号を確認して、横断歩道を渡る。
この紙を返せだの、水晶を弁償しろなんて言われないかな…なんて考えながら、女の子と擦れ違う。

「…ふふっ…ばいばい」
「えっ?」

はっと辺りを見回しても、既に女の子の姿は見当たらない。
疑問符を頭の上に浮かべていると、誰かの悲鳴が聞こえて来た。
振り向くと、目の前にはトラックが迫っている。
咄嗟に紙を破る。びりびりと紙を破った音が大音量で聞こえた。
いや、別に大きな音という訳じゃなかった。破いた音…それ以外の音がしていなかった。
悲鳴も、ブレーキやクラクションの音も、本当に聞こえていたのか疑問なくらい、一瞬で消えていた。
目の前にはトラックが、後10数センチ手前で止まっている。
どうやら助かった……いや、おかしい。
声が出ないのだ。否、口が動かない。
どうした事か、口だけじゃなく、手も足も首も目も全て。
ただ眼前のトラックを見つめる事しか出来ない。
そして、気がついた事がもう一つ。
砂時計の様な音が、段々と大きくなっている。
直感で、この音が止むと同時に、時間は動き出すと分かった。

そう……このままでは死ぬしかない。
ただ自分が死ぬのを淡々と待つだけ。誰も味わった事の無い恐怖だろう。
気が狂いそうだ。

感覚からして、あと10数秒という時、視界の端に今朝の女の子が見えた。

その顔は……笑っていた。
さらに全ての物が停止した世界で、動く筈の無いその口が言葉を発した。

「あなたが割った『魂』…弁償して貰います」

人生の最後に聞いた言葉は、無邪気な笑顔をした女の子の、まるで悪魔の様なセリフだった。



「まるでもなにも、私は悪魔ですから」

トラックが走りさっていく。悲鳴を上げた人は、何かを叫びながら何処かへ行ってしまった。
女の子はクスクスと笑いながら、轢かれた男の胸に手を当てる。
ゆっくりと当てていた手を持ち上げると、男の胸から小さな水晶が浮き出て来た。

「早く持って帰らないと、ご主人に叱られちゃう…」

水晶を鞄にしまうと、女の子の体は陽炎の様に揺らいで消えた。
彼女が消えた後、残った物は男の死体と、破られた……まっさらなただの紙。