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 俺個人に名前は無い。何故なら煙草だからだ。
 俺達二十本につけられた銘柄は『clock』時計って意味らしい。微妙にずれてるが気にしない。
 俺は生まれてから今まで日の光を浴びたことが無い。
 地獄って所で魔王様に創られて以来、誰にも拾われなかったからだ。
 これと言うのも手下の悪魔様が――

「ったく親父もだりぃ事命じやがって……この辺に置いとくか」

 ――って適当に道端に捨てたのがいけないんだ。
 雨の日なんか中で暴れて、濡れない場所まで動かなきゃならんし。

「なんかさぁ……俺の体、最近シケて来たんだよね」
「お前も? 俺もなんだよ、そろそろやばいよな」

 奥の方の兄弟達がうるさい。湿気て来たのは皆同じだ。
 こんな紙の箱に詰込まれただけ。ビニールで包装されなかったんだから、そりゃ湿気る。
 そろそろ吸えなくなるし、今日か明日で消滅かな……。

「おぉぉ? 地震か? 前の奴〜、外の様子分らねぇか?」
「んだよたりぃな……ってああぁぁぁぁ!!!?」

 騒がしい……一体なんだってんだ。さっさと報告しろよ。

「なんだよ! また雨か? 動かすの面倒臭ぇな……」
「ばっか違ぇよ!! ついに拾われたぞ俺達!!」

「マジで!? やったぁぁぁぁ!!」
「女? ねぇそいつ女?」
「どうせなら石鹸に生れたかった、おっぱいおっぱい!!」

 騒ぎ立てる兄弟。興奮して血が頭に上っている。血なんて流れて無いが。
 こうも興奮するのには訳がある。若い女に吸われた場合のみ、悪魔に転生出来るのだ。
 まぁ……吸われるなら若くて可愛い娘に吸われたいのが煙草ってもんだし。

「ははははしゃぐな馬鹿ども! まままだおっぱ……女って決まった訳じゃないだろ」
「そそっか、そうだなすまん……どどどどうなんだよ一列目!」
「俺……男に、漢に吸われたいな」

 約一本を除いて皆の心臓は爆発寸前だ。んなもん無いけど。
 つか誰だ男がいいとか言う奴は。そっちの趣味がある奴が兄弟なんて……少しへこんだ。
 ただ、まぁ男でもイケメンなら彼女が吸うって可能性がある。

「待てって、もう少しで見え…………あっ……………うぅっ」

 最前列の奴が泣いている。涙なんて出ない俺達だけど、泣いていた。

「なっ? ……お、おいっどうしたよ……」
「…………キモい…………男だった」

 みんな泣いた。涙なんて出ないけど、大声出して泣いた。

「まぁ待て、落ち込むのはまだ早い」

 その時、最後尾の一本が口を開いた。

「忘れたのか? 俺達にある力はなんだ……俺達の煙を吸えば得られる力はなんだ!」
「うぅっ、ぐすっ……時間を止める力だけど……」
「そう、時間を止める力だ!」

 不気味に笑うそいつ。表現なんて分からんがそんな気がした。

「キモい男? 問題ないね。こう考えるんだ……」

「変態行為に使うと!!」

 静まり返る箱内。勝ち誇った笑いをあげるそいつ。
 意味がわからん。キモい男に拾われたショックで狂ったのか?
 あぁ、男に吸われたいって言ったのはこいつか。

「想像してみろ、キモい男が時間を止めた時にやる事を」
「……そうか! 伏流煙か!」
「ふっ……まさにその通りさ! キモい男が時間を止めてやる事なんてレイプくらいだろ」
「流石だブラザー! 頭いいな!」
「ふっ……よしてくれ、褒めても火は点かないぜ」
「なんかお前、格好いいな! 輝いてるよ!」

 無い、それは無い。だが、まだ希望がある事は確かだ。
 ん? いや、待てよ……?

「時間が止まる事に気付かない事は無いだろうが、気付くまでの数本はどうなる?」
「そりゃ諦めるしかないな」

「ちょぉぉぉぉい! そりゃないぞ!?」
「まぁ誰から吸われるかは分らんだろ、その辺は恨みっこなしだ」
「……そうだな、よし! 俺達から悪魔になれた奴がいるかもしれん、今のうちに祝福しようぜ」
「おぉぉぉォォォォ!!!」

 喝采が上がる。無い手を突き上げ、悪魔になれるであろう誰かを祝福した。
 その最中、開けられた事の無い蓋が開き、蛍光灯の光が差し込んだ。
 初めて見る光は眩しくて、目が痛い。……うん、んなもん無いけどさ。

「うぉっ!? 最初は俺か……みんな、俺の吸い殻を越えて行け!」
「おぉぉぉ! お前の犠牲は無駄にはさせないぞぉ!」

 最初の一本を送り出す。皆、手に持ったハンカチを振るように体を揺すった。
 そしてそのまま男が咥え、ついにそいつに火が点けられた。

『カチッ……ジジジ……』
「熱っ!? ちょ……あづぁづぁ!! ギャァァァァ!!」
「……」
「…………」
「……うわぁ」

 再び静まり返る箱内。最初の一本が断末魔をあげながら吸われている。

「……なるほど熱いのか」
「そっか……嫌だなぁ」

 などと、俺も含め皆、いずれ来る自分の番におびえていた。

 短くなっていく兄弟。男は鼻から煙を出しながら佇んでいる。

『ん〜これは美味い、今日はついてるなぁブヒヒ』
「…………」

 吸われている兄弟はもう喋らなくなっていた。呼び掛けても返事が無い、すでに屍のようだ。

「……あれ? この男気付かなくね?」
「なんてこったい……あいつは無駄吸いされたのか」

 男は時間が止まっている事に気付く素振りすら見せず、終始ぼーっとしてた。
 兄弟は根本まで吸われ、ぐちゃぐちゃにもみ消された。
 それを見た俺達は三度黙り込む。なんて奴に拾われたんだろうと運命を呪った。

「うわぁぁ!? い、いやだぁぁ!」
「ちょっ、ペースはやっ! 兄弟ぃぃ!」

 二本目の兄弟がさらわれる。部屋の中に俺達にしか聞こえない断末魔が響き渡った。

「これはひどい」
「主人に恵まれないな」
「俺ちょっとスタッ○サービスに電話してくる」
「うほっ、いい吸いっぷり」
「きめぇ、死ね」

 そして二本目も時間が止まった事に気付く事なく消されてしまった。
 そのまま三本、四本と吸っていき、男が寝付く頃には半分が無駄に吸われた。

「……これはもう駄目かも分らんね」
「諦めたらそこで試合終了ですよ、と」

「さて、もう残り三本となった訳だが」
「はいっ! 質問!」
「何かねブラザー」
「いい加減、男は時間が止まった事に気付いたのでありますか?」
「ノー、全くもってノーデス……悲しいけれど、これが現実」

 起きてからの男は異常だった。狂ったかのような勢いで兄弟達を貪りつくしたのだ。

「あぁっ! ついに俺も吸われるのか!」
「……いってら」
「ふふっ、冷たいね君達……いいじゃないか、男を好きになったって」
「はいはいキモいキモい」
「ふふっ……言ってるがアッー!」

 ついにキモい発言をしていた奴が吸われた。いいよとかもっととか聞こえるが無視した。
 そいつは最後に何か叫び、息絶えた。俺にはどこか幸せそうに感じた。

「さて、この野郎まだ気付かないな」
「俺達も無駄に吸われるんだろ……うわっ!? あ、後は任せたぞ……うぐっ、ギャァァァァ!」
「くっ……」

 こうして俺が残った訳だが、男はなかなか俺を吸おうとはしなかった。
 なにやら悩んでいるようで、しきりに俺をつまんでくる。

『さっきのはなんだったんだ?』
『なんか色々と止まってたな……』
「ついに気付いたのか? おいっ、時間が止まってたんだよ! 早く女に」

 男はなにか思い付いたのか、人通りの多い道まで俺を持って来た。

『もし本当に思った通りなら……』
「よし、気付いたな、そのへんの女にキスでもすりゃ伏流煙で……あっがぁぁあ!!」

 文字通り体が焼ける。気を失いそうな痛みに耐え、男の行動を見守る。

『止まってる……本当に止まってるぞ!』
「あぐっ……早く、しろよ……のがっ、のろまが!」

 男が動き出す。やっと、皆の犠牲が報われる。
 俺が悪魔になって、出世して魔神になった時は、みんなを悪魔として蘇らせてやろう。

「みんな……まっ、ぐあっ!! ……てろよ」
『ニョホホ! すげー!』

 薄れる意識。男も気付いたし、もう寝てしまおうと思い、フェードアウトする。
 ……その時だった。

【……ポロッ】

『あ』
「あ」

 興奮した男の手から落ちた俺は、水溜まりの中に吸い込まれ、そのまま意識を失った。
 最後に聞こえたのは、キモい顔をもっとキモく歪ませながら叫んでいた男の声だった。

『がぁぁぁぁぁ!!』
「うっわ!? キm――」
【じゅっ……】

 ……こうして、俺の最悪な人生は幕を閉じた。

【不思議な煙草とキモい男  完】