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 もしも時間を30秒止められたら、あなたはどうしますか?
 その力を使って、何をしますか?
 お金を手に入れ、異性を弄び、気に入らない人がいれば殺す。
 その30秒間、あなたに出来ないことなんて数えるほどしかないでしょう。
 しかし……もしもその逆、あなたが『止められた』側だったら?
 そんな事考える人なんて、あまりいないでしょう。いや、まったく居ないと言っても過言では無いかも知れません。
 けれど世の中は広いもの。そんな変わった妄想に耽る人も居るものです。
 彼女の名は月岡友花。今日はそんな彼女の身に起こった不思議な一日の出来事をお話しましょう。

【もしも時間を30秒『止められ』たら】

 終電の電車は疲れた顔をした会社員と酔っ払い、そしてマナーなんて言葉すら知らないような若者。
 そんな中私は、疲れた顔をした会社員の一員として揺られている。

「……ふぅ」

 一人暮らしをしているマンションまでは電車で三駅、時間にして約十五分。
 長くも短くも無いこの時間、私は決まってあることを妄想する。

(あ、あの人さっきから私のこと見てる……)

 黒いパーカーに黒いジーンズ。吹き出物だらけの顔を隠すように下ろした長い前髪。
 ちらちらと私を見るその視線は、はっきり言って気持ち悪い。

(どんな事考えてるのかな……あ、また見た)

 わざと足を組み直してみる。数秒、彼の視線がスカートの隙間に集中する。
 間違いない、彼は私を見てイヤラシイ事を考えている。そう確信した瞬間、私の中のスイッチが入った。

「……んっ……」
(ぁ……きっと今『触られた』んだ)

 乗客の少ないこの時間、私が決まって妄想すること。
 30秒間だけ、時間を止められて、その間に犯される妄想。
 今日の相手は斜め向かいの彼。その視線を受けるたび、私の妄想は加速する。

(あ、なんか彼がもじもじしてる。今の30秒は胸を触られたんだ……とすると次は)
「んっ……ぁぅ……」

 実際には触られてもいないし、自分で慰めているわけでもない。
 けれど、妄想の中で触られ弄られた場所に快感を覚えている。

(ふふ……とんだ変態だわ、私も彼も)

 彼はただ、一人で小さく悶えている私を見ているだけ。私の妄想の中で、勝手に犯してもらってるだけ。

(あっ、もう着いちゃった……)

 気がつけば電車はマンションのある駅に差し掛かっている。絶頂せなかった体が少し疼いたが、頭を軽く振って電車を降りた。

 駅前には殆ど人の気配は無い。都心から少し離れれば、この時間帯はどこだって眠りについている。
 申し訳程度に並んでいる街灯の下を少し小走りになりながら家路をたどる。
 響く足音はいつも私が奏でるものだけ。……そう、いつもなら。

「……」
「ハァ……ハァ……ハッ……」

 私と誰かの足音は、さながら醜い不協和音。耳障りなその音は、次第にずれだした。
 いくら妄想の中で犯されることに快感を感じると言っても、私は女。
 薄暗い夜道で後ろから足音が聞こえると、正直怖い。

「ハッ……ハッ……ははっ」
「っ!? くっ……」

 人通りの少ない道に差し掛かったとき、迫る足音が早くなった。
 もう目の前に見えるマンションが途方も無く遠く感じる。
 殆ど走っている私に、小走り程度の足音が追いついてくる。ヒールを履いているとは言え、私はほぼ全力疾走なのに。
 耳元で相手の息遣いが聞こえそう。叫びたい心を何とか押さえ、マンションに飛び込んだ。

「はっ、はっ、はぁ……ふぅ。なんだったんだろう」

 ロビーを抜けて部屋に入り、鍵を閉めたところでようやく落ち着けた。
 女の一人暮らしだからと両親が選んでくれたここは、オートロックになっている他に、警備員が常時待機。
 加えてマンションの外からではどの部屋に入ったか見えない仕組みになっている。

「ここまでくれば安心ね。はぁ、今日ほど両親に感謝した日は無い……」

「……おかえり」

 何か、今まで経験したことの無い恐怖が、私の前に立っている。
 私はただ、玄関に鍵をして念のためチェーンもかけて振り向いただけ。こんな見知らぬ男の人を招いた覚えは無い。

「……ひどいね、あんなことまでしたのに、走って逃げるなんて」
「いや……いやぁぁぁぁぁあぁぁ!!」
「おいおい、叫ぶなんてまたひどいなぁ……君が望んだんだろう?」

 逃げようとドアチェーンに手をかけた瞬間、目の前にあった扉が消えた。
 と言うか、玄関にいたはずなのに……私は私の部屋のリビングに立っていた。

「そう、君が望んだんだ。誘ってきたのも君の方だし、僕はそれに応じただけだよ」
「なんなのよ! 私はあなたなんか知らない! 早く出てって、人を呼ぶわよ!」
「どうぞどうぞ……君も知っての通りこの部屋はあいにく防音されてるし」

 そうだった、他人の生活音が気になるからと特別遮音性の高い部屋を選んだんだ。
 それが今になってこんな形で帰ってくるなんて。今日ほど両親を恨んだ日は無い。

「それにね、僕からは逃げられないよ。だってさ」

 ゆっくりと男が近づいてくる。手当たり次第に周りの物を投げてみるが、全くあたらない。
 まるですり抜けていくように、男は避ける素振りも見せずに近づいてくる。
 黒いジーンズが一歩、また一歩と。もったいぶるかのようにゆっくりと。
 黒いパーカーを着た男が手を伸ばす。その顔は前髪に隠れてよく分からない。

「君がこの力をくれたんだ。……僕に時間を止めて犯してほしいってね……」

 男の手が私に触れる瞬間、前髪の奥で怪しく歪んだ眼が頭の中にある記憶を呼び起こした。

「あ……電車の……」
「やっと思い出してくれたんだね。君から誘ってきたのに……まぁいいか、騒がれるのもなんだしとりあえず眠ってもらおうかな」

 彼が何か言い終わるか終わらないかの刹那、私の意識は暗転した。

 もしも時間を30秒止められたら、あなたはどうしますか?
 その力を使って、何をしますか?
 お金を手に入れ、異性を弄び、気に入らない人がいれば殺す。
 その30秒間、あなたに出来ないことなんて数えるほどしかないでしょう。

 しかし……もしもその逆、あなたが『止められた』側だったら?
 止めた相手から逃げることも、あがく事も出来ないでしょう。……そう、自ら命を絶つことも許されない。
 そんな状況になったら、あなたはどうしますか? 経験したいと思いますか?
 彼女の身に起こったことを聞き、それがこの世での地獄と知ってまで。

 そうそう、時間を止めることの出来る力を身につけた彼は、その後何でも屋を始めたようです。
 彼の名前ははレイプ屋のツバメ。もしかすると、いずれ彼の話を耳にするかもしれません。
 しかしそれは、また別のお話……。

 もしも時間を30秒『止められ』たら、あなたはどうしますか?
 自らそ殺すことすら禁じられたとき、あなたには何が出来ますか?


【もしも時間を30秒『止められ』たら  完 】