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「OP――賽を投げる者」(2015/08/19 (水) 00:38:13) の最新版変更点
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**OP――賽を投げる者 ◆Wv2FAxNIf.
「聞こえないのか?」
時代が終わる。
「疑問に思わないのか。
本当に気づかないのか」
風の民が一人、青い衣を身に纏い、砂漠の空を見上げた。
彼の内では、警報が鳴り響いている。
「徳川幕府は、大日本帝国は。
ヒトラーは、フセインは。
本当に気づかなかったのか」
時代を担う者たちに知らされる危険信号を、この風の民は確かに感じ取っていた。
神代の時が一つ、遠のく音。
そして世界は新たな担い手のもとへ、滑り落ちようとしていた。
▽
更紗は夢を見ていた。
日本の未来を決める、運命の日の前夜。
うっすらとかかる白い霧の中で、更紗は立ち尽くしていた。
否、正確には目の前にもう“一体”。
〈竜〉がいた。
竜というものを見たことがない更紗にも、不思議とそれが〈竜〉だと分かった。
目を灼くほどの赤い鱗に覆われた〈竜〉。
その大きさを一言で例えるなら、山だ。
山を思わせるほどの巨躯を支える太い足に、畳まれてもなお平原のように広い一対の翼。
霧に包まれてはいても、雲が山を覆いきれないのと同じように、その雄大さはいささかも薄れていない。
山や海――そうしたものが生物の形をとったなら、このような姿になるのかも知れない。
そして呼吸すら忘れていた更紗の脳に直接、〈赤〉としか形容しようのない低い声が届く。
「――人の子よ」
声に色などあるはずがないのに、その声は確かに〈赤〉だった。
〈赤〉という概念は彼より生じたのだと、更紗は肌で感じ取る。
同時に、〈竜〉が生物などという言葉で括れないものであることも理解させられた。
革命の指導者、運命の子ども――大層な肩書きを持つ更紗も、〈竜〉の前ではちっぽけな存在に過ぎなかった。
「汝は時代の変わり目に巻き込まれ、同時に資格を得た。
〈竜殺し〉たる汝が我を殺めた時、汝は我の力を継承するだろう」
「……竜、殺し……?」
〈竜〉の大きさに圧倒されてしまっていた。
しかしかろうじて、更紗は聞き慣れない言葉に反応することができた。
「そう、汝は〈竜殺し〉。
我の力を継承するに足る器を持つ者。
我を殺せば汝は望む国を、或いは望む世界を得る」
どくん、と更紗の心臓が跳ねる。
望む国――こうあって欲しいと願う日本。
支配者も奴隷もいない国。
自分たちで話し合って造る国。
人が、殺されない国。
そういう国を造りたいと、夢見ていた。
国王を討って王権を倒すことで、実現しようとしていた――
「〈竜〉とは世界の体現者であり、我は世界を支える七柱のうちの一柱。
その力を継ぐということは、世界の在り方を汝自身が決めるということ。
全ては、汝の望むままに」
自然と胸が熱くなっていく。
これまでに家族も、仲間も、見知らぬ人々も死んでいった。
皆、殺された。
殺したこともある。
そんな悲しい連鎖が、ここで終わる。
「二十人」
半ば呆けていた更紗に対し、〈赤の竜〉は構わず続けた。
その数を提示するとともに〈竜〉の声が一層低くなる。
「汝と同じく巻き込まれた者が、汝を含め二十人。
だが我が顕現する〈契りの城〉に招かれるのは五人のみ」
〈赤の竜〉が遠ざかっていく。
更紗も〈竜〉も動いていないはずなのに、距離が遠くなっていく。
「我を殺したくば、汝の器を示せ」
やがて〈竜〉の巨体すら見えなくなり、更紗は霧に飲み込まれた。
▽
「これは儀式……次の時代を負う者を決める儀式さ。
ここに集められた理由は分かったかな?」
艶やかな声。
更紗が目を覚ますと、そこには見知らぬ少女がいた。
夢からは覚めたはずなのに、それは〈竜〉に劣らず現実味のない光景だった。
場所は宵闇の森の中だった。
大人が数十人がかりで手を繋いでようやく囲めるほどの、異様な太さの樹の膝元。
大樹の幹は半分が腐り、半分が生き生きと枝葉を伸ばし、その先で薄桃色の花を咲かせている。
他の木はその大樹を避けるように群生しており、大樹の下にはむき出しの地面が広がっていた。
樹の下では篝火が焚かれ、声の主である少女はそれを背にして立っていた。
更紗は彼女と向き合うように立っている――だが、二人きりというわけではなかった。
更紗の周りにも、十人以上の人が立たされている。
見回すと、朱理と浅葱の姿を見つけることができた。
二人に駆け寄ろうとするが動けない。
更紗の視線はいつの間にか、少女の方へ引き戻されていた。
多数の小さな髑髏を数珠状に繋げて首に掛け、一際大きい髑髏を一つ頭にかぶせた少女。
ボロ布のような着物の隙間から覗く肌は浅黒く、その全面に複雑な文様の入れ墨が広がっている。
確かに、儀式という言葉に相応しい身なりに見えた。
そして少女は子どもとは思えない艶然な表情で、舞うように身体を揺らしながら言葉を紡ぐ。
「あたしは〈喰らい姫〉。この儀式の案内人さ。
本来はニル・カムイという小さな島の運命を決めるだけの儀式だったけれど……事情が変わってね。
世界は“交じった”。
あんたたちは、もう逃げられない。
生き残ることでしか、帰れない」
並べられた一人一人の目を覗き込んでいるのか、〈喰らい姫〉と名乗った少女は視線を右から左へと動かした。
〈竜〉と同じ、赤い瞳を揺らしている。
「選ばれた参加者は二十人。
そのうちで〈竜〉がいる〈契りの城〉に入っていいのは五人だけ。
〈竜〉を殺せるのはもちろん一人だけ。
……なら、やる事は決まっているよね」
はらはらと散る桃色の花びらと火の粉の中、〈喰らい姫〉は舞い始める。
どこからか聞こえる調べに合わせた、見たことのない舞いだった。
一同の視線を集めた少女は踊りながら、とろりと酔ったような顔で続ける。
「ここにいる二十人で殺し合いをしてもらう。
生き残った五人が〈契りの城〉に向かい、〈竜〉を討つのは早い者勝ち。
簡単な話だよ」
炎が揺れ、細い手足が艶やかに照らされる。
幻想的な情景を、更紗だけでなく、誰もが身じろぎ一つせずに見ていた。
「あんな巨大な〈竜〉を討てっこない……なんて思うかい?
確かにそうさ、まともな人間にあれの相手が務まるわけがない。
だから、残った五人の為に手段を用意してある。
あんたたちはただ〈竜〉を殺すことを、最後まで生き残ることを目指せばいいのさ」
舞いは次第に激しくなり、それに合わせて篝火の火勢も増していく。
「〈竜〉を殺せば、〈竜〉の力はどこかに流れていく。
〈竜殺し〉ならその力の器になれる。
そして器になれば人の生死だけじゃない、島どころか国、いやいや世界、どころか他の世界の在り方すら好きに出来るだろうさ」
〈喰らい姫〉も、それを見ている者たちも同じだった。
酔ったように、のぼせあがったように。
大樹の下で一様に、殺し合いのことを考えている。
「〈竜殺し〉でなければ器にはなれない。
〈竜殺し〉じゃあない連中は、残念だったね。
だけど〈竜殺し〉でなくたって、〈竜〉を殺せば『力がどこに流れていくか』ぐらいは決められる。
つまり――」
舞いが止まる。
一呼吸の間を置いてから、〈喰らい姫〉は唇をゆっくりと動かす。
「世界を救うのか、滅ぼすのか、それとも――革命か。
この中の誰にでも、世界の未来を決める権利があるってことさ。
〈竜〉さえ殺せればね?」
大樹の下で、突然周囲の景色の全てが消えた。
代わりに更紗たちが立たされていたのは見知らぬ街。
そしてその情景は、目まぐるしく変化していく。
国王の圧制に苦しみ、人々の命がたやすく奪われていく日本。
黄爛とドナティアという二つの大国に蹂躙され、狂乱した〈赤の竜〉に襲われる島国ニル・カムイ。
神聖ブリタニア帝国の第九十九代皇帝の支配下に置かれた元エリア11。
仙女に乱され、周という新たな国に滅ぼされようとしている殷。
『シン』の脅威に怯え、死の螺旋に囚われたスピラ。
次々と映し出される光景が更紗の脳へと刻まれていく。
やがて五つの世界の姿が消え、更紗たちは元の大樹の下へと戻っていた。
更紗たちが目を回すのを他所に〈喰らい姫〉が指を鳴らすと、彼女の足下に一人の男が現れた。
後ろ手に拘束されたその男が、うつ伏せに転がされたまま顔を上げる。
伸ばしっぱなしの髪に無精髭の、精悍な顔立ちの男だった。
「阿ギト」と、誰かが呼ぶ声が更紗の耳に入る。
「この男、阿ギト・イスルギは元〈竜殺し〉。
世界の事情が変わったことで資格を失った男さ。
まだ信じられないなんて寝ぼけたやつはいないだろうけど、これで実感してもらおうか」
「何か言い残すことはないかい」と、〈喰らい姫〉は視線を落としながら優しく問う。
阿ギトと呼ばれた男は首を横に振った。
「俺の熱は、もう伝わった」
その視線は一点に向けられていた。
更紗ではない、並べられた者たちのうちの誰かの方を見ていたのだろう。
そして〈喰らい姫〉がもう一度指を鳴らすと、弾ける音がした。
「……え」
更紗の声だ。
意識せず、腑抜けた声を漏らしてしまった。
人の首が飛び、更紗の足下に転がり、その血が更紗の頬にまで飛び散った。
たったそれだけのことが理解できなかった。
声を上げようとし、寸でのところで唾液とともに飲み込む。
「これからあんたたちが送り込まれる場所は、東京の中心部。
エリア11と呼ばれていた国の首都――その『夢』さ。
土地も『夢』、建物も『夢』、そこに住む人々もみぃんな『夢』」
視界が暗くなっていく。
更紗の周りにあった気配が消えていく。
〈喰らい姫〉の声も小さくなっていく。
「舞台が『夢』でも、殺し合いは本物さ。
『夢』から出たければ、願いを叶えたければ――もう分かるだろう?」
更紗の視界の中で、全てが闇に溶けた。
目を開けているのか、閉じているのかも判別できなくなり、やがて声も聞こえなくなった。
【阿ギト・イスルギ@レッドドラゴン 死亡】
残り 二十人
Next:[[還り人の都]]
|&color(blue){GAME START}|揚羽|-|
|~|更紗|001:[[還り人の都]]|
|~|〈赤の竜〉|-|
|~|〈喰らい姫〉|~|
|~|&color(red){阿ギト}|&color(red){GAME OVER}|
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**OP――賽を投げる者 ◆Wv2FAxNIf.
「聞こえないのか?」
時代が終わる。
「疑問に思わないのか。
本当に気づかないのか」
風の民が一人、青い衣を身に纏い、砂漠の空を見上げた。
彼の内では、警報が鳴り響いている。
「徳川幕府は、大日本帝国は。
ヒトラーは、フセインは。
本当に気づかなかったのか」
時代を担う者たちに知らされる危険信号を、この風の民は確かに感じ取っていた。
神代の時が一つ、遠のく音。
そして世界は新たな担い手のもとへ、滑り落ちようとしていた。
▽
更紗は夢を見ていた。
日本の未来を決める、運命の日の前夜。
うっすらとかかる白い霧の中で、更紗は立ち尽くしていた。
否、正確には目の前にもう“一体”。
〈竜〉がいた。
竜というものを見たことがない更紗にも、不思議とそれが〈竜〉だと分かった。
目を灼くほどの赤い鱗に覆われた〈竜〉。
その大きさを一言で例えるなら、山だ。
山を思わせるほどの巨躯を支える太い足に、畳まれてもなお平原のように広い一対の翼。
霧に包まれてはいても、雲が山を覆いきれないのと同じように、その雄大さはいささかも薄れていない。
山や海――そうしたものが生物の形をとったなら、このような姿になるのかも知れない。
そして呼吸すら忘れていた更紗の脳に直接、〈赤〉としか形容しようのない低い声が届く。
「――人の子よ」
声に色などあるはずがないのに、その声は確かに〈赤〉だった。
〈赤〉という概念は彼より生じたのだと、更紗は肌で感じ取る。
同時に、〈竜〉が生物などという言葉で括れないものであることも理解させられた。
革命の指導者、運命の子ども――大層な肩書きを持つ更紗も、〈竜〉の前ではちっぽけな存在に過ぎなかった。
「汝は時代の変わり目に巻き込まれ、同時に資格を得た。
〈竜殺し〉たる汝が我を殺めた時、汝は我の力を継承するだろう」
「……竜、殺し……?」
〈竜〉の大きさに圧倒されてしまっていた。
しかしかろうじて、更紗は聞き慣れない言葉に反応することができた。
「そう、汝は〈竜殺し〉。
我の力を継承するに足る器を持つ者。
我を殺せば汝は望む国を、或いは望む世界を得る」
どくん、と更紗の心臓が跳ねる。
望む国――こうあって欲しいと願う日本。
支配者も奴隷もいない国。
自分たちで話し合って造る国。
人が、殺されない国。
そういう国を造りたいと、夢見ていた。
国王を討って王権を倒すことで、実現しようとしていた――
「〈竜〉とは世界の体現者であり、我は世界を支える七柱のうちの一柱。
その力を継ぐということは、世界の在り方を汝自身が決めるということ。
全ては、汝の望むままに」
自然と胸が熱くなっていく。
これまでに家族も、仲間も、見知らぬ人々も死んでいった。
皆、殺された。
殺したこともある。
そんな悲しい連鎖が、ここで終わる。
「二十人」
半ば呆けていた更紗に対し、〈赤の竜〉は構わず続けた。
その数を提示するとともに〈竜〉の声が一層低くなる。
「汝と同じく巻き込まれた者が、汝を含め二十人。
だが我が顕現する〈契りの城〉に招かれるのは五人のみ」
〈赤の竜〉が遠ざかっていく。
更紗も〈竜〉も動いていないはずなのに、距離が遠くなっていく。
「我を殺したくば、汝の器を示せ」
やがて〈竜〉の巨体すら見えなくなり、更紗は霧に飲み込まれた。
▽
「これは儀式……次の時代を負う者を決める儀式さ。
ここに集められた理由は分かったかな?」
艶やかな声。
更紗が目を覚ますと、そこには見知らぬ少女がいた。
夢からは覚めたはずなのに、それは〈竜〉に劣らず現実味のない光景だった。
場所は宵闇の森の中だった。
大人が数十人がかりで手を繋いでようやく囲めるほどの、異様な太さの樹の膝元。
大樹の幹は半分が腐り、半分が生き生きと枝葉を伸ばし、その先で薄桃色の花を咲かせている。
他の木はその大樹を避けるように群生しており、大樹の下にはむき出しの地面が広がっていた。
樹の下では篝火が焚かれ、声の主である少女はそれを背にして立っていた。
更紗は彼女と向き合うように立っている――だが、二人きりというわけではなかった。
更紗の周りにも、十人以上の人が立たされている。
見回すと、朱理と浅葱の姿を見つけることができた。
二人に駆け寄ろうとするが動けない。
更紗の視線はいつの間にか、少女の方へ引き戻されていた。
多数の小さな髑髏を数珠状に繋げて首に掛け、一際大きい髑髏を一つ頭にかぶせた少女。
ボロ布のような着物の隙間から覗く肌は浅黒く、その全面に複雑な文様の入れ墨が広がっている。
確かに、儀式という言葉に相応しい身なりに見えた。
そして少女は子どもとは思えない艶然な表情で、舞うように身体を揺らしながら言葉を紡ぐ。
「あたしは〈喰らい姫〉。この儀式の案内人さ。
本来はニル・カムイという小さな島の運命を決めるだけの儀式だったけれど……事情が変わってね。
世界は“交じった”。
あんたたちは、もう逃げられない。
生き残ることでしか、帰れない」
並べられた一人一人の目を覗き込んでいるのか、〈喰らい姫〉と名乗った少女は視線を右から左へと動かした。
〈竜〉と同じ、赤い瞳を揺らしている。
「選ばれた参加者は二十人。
そのうちで〈竜〉がいる〈契りの城〉に入っていいのは五人だけ。
〈竜〉を殺せるのはもちろん一人だけ。
……なら、やる事は決まっているよね」
はらはらと散る桃色の花びらと火の粉の中、〈喰らい姫〉は舞い始める。
どこからか聞こえる調べに合わせた、見たことのない舞いだった。
一同の視線を集めた少女は踊りながら、とろりと酔ったような顔で続ける。
「ここにいる二十人で殺し合いをしてもらう。
生き残った五人が〈契りの城〉に向かい、〈竜〉を討つのは早い者勝ち。
簡単な話だよ」
炎が揺れ、細い手足が艶やかに照らされる。
幻想的な情景を、更紗だけでなく、誰もが身じろぎ一つせずに見ていた。
「あんな巨大な〈竜〉を討てっこない……なんて思うかい?
確かにそうさ、まともな人間にあれの相手が務まるわけがない。
だから、残った五人の為に手段を用意してある。
あんたたちはただ〈竜〉を殺すことを、最後まで生き残ることを目指せばいいのさ」
舞いは次第に激しくなり、それに合わせて篝火の火勢も増していく。
「〈竜〉を殺せば、〈竜〉の力はどこかに流れていく。
〈竜殺し〉ならその力の器になれる。
そして器になれば人の生死だけじゃない、島どころか国、いやいや世界、どころか他の世界の在り方すら好きに出来るだろうさ」
〈喰らい姫〉も、それを見ている者たちも同じだった。
酔ったように、のぼせあがったように。
大樹の下で一様に、殺し合いのことを考えている。
「〈竜殺し〉でなければ器にはなれない。
〈竜殺し〉じゃあない連中は、残念だったね。
だけど〈竜殺し〉でなくたって、〈竜〉を殺せば『力がどこに流れていくか』ぐらいは決められる。
つまり――」
舞いが止まる。
一呼吸の間を置いてから、〈喰らい姫〉は唇をゆっくりと動かす。
「世界を救うのか、滅ぼすのか、それとも――革命か。
この中の誰にでも、世界の未来を決める権利があるってことさ。
〈竜〉さえ殺せればね?」
大樹の下で、突然周囲の景色の全てが消えた。
代わりに更紗たちが立たされていたのは見知らぬ街。
そしてその情景は、目まぐるしく変化していく。
国王の圧制に苦しみ、人々の命がたやすく奪われていく日本。
黄爛とドナティアという二つの大国に蹂躙され、狂乱した〈赤の竜〉に襲われる島国ニル・カムイ。
神聖ブリタニア帝国の第九十九代皇帝の支配下に置かれた元エリア11。
仙女に乱され、周という新たな国に滅ぼされようとしている殷。
『シン』の脅威に怯え、死の螺旋に囚われたスピラ。
次々と映し出される光景が更紗の脳へと刻まれていく。
やがて五つの世界の姿が消え、更紗たちは元の大樹の下へと戻っていた。
更紗たちが目を回すのを他所に〈喰らい姫〉が指を鳴らすと、彼女の足下に一人の男が現れた。
後ろ手に拘束されたその男が、うつ伏せに転がされたまま顔を上げる。
伸ばしっぱなしの髪に無精髭の、精悍な顔立ちの男だった。
「阿ギト」と、誰かが呼ぶ声が更紗の耳に入る。
「この男、阿ギト・イスルギは元〈竜殺し〉。
世界の事情が変わったことで資格を失った男さ。
まだ信じられないなんて寝ぼけたやつはいないだろうけど、これで実感してもらおうか」
「何か言い残すことはないかい」と、〈喰らい姫〉は視線を落としながら優しく問う。
阿ギトと呼ばれた男は首を横に振った。
「俺の熱は、もう伝わった」
その視線は一点に向けられていた。
更紗ではない、並べられた者たちのうちの誰かの方を見ていたのだろう。
そして〈喰らい姫〉がもう一度指を鳴らすと、弾ける音がした。
「……え」
更紗の声だ。
意識せず、腑抜けた声を漏らしてしまった。
人の首が飛び、更紗の足下に転がり、その血が更紗の頬にまで飛び散った。
たったそれだけのことが理解できなかった。
声を上げようとし、寸でのところで唾液とともに飲み込む。
「これからあんたたちが送り込まれる場所は、東京の中心部。
エリア11と呼ばれていた国の首都――その『夢』さ。
土地も『夢』、建物も『夢』、そこに住む人々もみぃんな『夢』」
視界が暗くなっていく。
更紗の周りにあった気配が消えていく。
〈喰らい姫〉の声も小さくなっていく。
「舞台が『夢』でも、殺し合いは本物さ。
『夢』から出たければ、願いを叶えたければ――もう分かるだろう?」
更紗の視界の中で、全てが闇に溶けた。
目を開けているのか、閉じているのかも判別できなくなり、やがて声も聞こえなくなった。
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