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朱理は紅蓮の野に立つ」(2017/07/15 (土) 22:48:40) の最新版変更点

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**朱理は紅蓮の野に立つ  ◆Wv2FAxNIf.  渋谷駅に近く、昼過ぎということもあって多くの客で賑わう喫茶店。  そのテーブル席に一組の男女が座っていた。  女性が着用しているのは、KMFを操縦するための赤いパイロットスーツだ。  ゴムのように伸び縮みする生地でできたそれは、彼女のメリハリのあるボディラインにぴったりと張り付いていた。  整った顔立ちで、スーツよりも少し淡い赤色の髪を肩まで伸ばしている。  そんな人目を引き付けてやまない外見の彼女が、がさつと言ってもいい食べ方でカレーを口に掻き込む。  そのため店内でその一角だけが浮いてしまっていた。  しかし彼女を注視しているのは、対面に座る男性だけだ。 「……ちょっと。何、じろじろ見てるのよ」  同じくカレーを食べていた男に、赤い髪の女――紅月カレンは目を細め、唇を尖らせる。  短く切った黒髪で、年齢はカレンと同じぐらいだという青年。  皮鎧の上に赤いマントを羽織った彼は、カレンの苛立ちにまるで動じていない。  どころか胸を張り、堂々と言い放った。 「感心していた。  やはり、よく食う女は発育がいいんだな」 「ちょっと!!  それ、セクハラなんじゃないの!?」  カレンが勢いよくテーブルを叩く。  派手な音が鳴ったが、やはり他の客は誰も振り向こうとしない。  それから少し恥ずかしくなって、カレンは叩きつけた手をテーブルの下へ隠した。 「今日初めて会った相手に、よくそんなことが言えるわよね。  こっちこそ感心するわよ」  カレンの皮肉もどこ吹く風と、男はカレーを食べ続けている。  朱理と名乗ったこの男に振り回され続けるカレンは、今日だけで何度目かになる大きな溜め息をついた。 ▽  博物館で目を覚ましたカレンは、まず身の回りの確認をした。  パイロットスーツを着込んでおり、財布、携帯、ポーチ、それに大切な『鍵』と、一通りの持ち物が揃っている。  全てブリタニアの捕虜になった際に没収されたものだ。  カレンは黒の騎士団のエースパイロットとして、ブリタニアから日本を取り返すべく戦っていた。  しかし戦争に敗北し、皇帝への反逆者として処刑を待つばかりの身となった。  そのはずが〈竜〉や〈喰らい姫〉と会うことになり、儀式に放り込まれ、状況に全く追いつけていない。  そしてそれらと同じぐらいに不可解なものが目の前に鎮座しているため、カレンの困惑は深まるばかりだった。 「……何で?」  地域の風景写真、人口推移のグラフ、そうした地域特有の資料が並ぶ中で唐突に展示された――紅蓮聖天八極式。  ダモクレス戦役でランスロットと相討ち、ほぼ大破した状態にあったKMFだ。  誰が修理したのかと、カレンは人目を気にしながら機体に手を伸ばした。  だが触れる直前、建物の外から男の怒鳴り声が響いた。  驚いて咄嗟に紅蓮から離れるが、屋内からでは様子は窺えそうにない。  やむをえず、カレンは紅蓮を置いて外へ向かった。  博物館の入り口に駆けつけると、建物の正面で男が通行人の胸に掴みかかっていた。  淡い光を纏って見える、鎧姿の奇妙な男だ。  カレンはすぐに止めに入ろうとしたが、足を止める。  男に怒鳴られようと、体を揺すられようと、その通行人は無反応だった。  他の通行人も同様に無表情で、二人の横を通過していく。  見て見ぬふりをしているというより、初めから見えていないような動き。  興奮した様子の鎧姿の男ではなく、その周囲の方が異常なのだ。  そうして出鼻を挫かれて立ち止まっていたカレンは、その男と目が合ってしまった。 「そこの変な格好の女!」 「っだ、誰が変な格好よ!!」 「よし、お前は話せるな」  しまった、とカレンは舌打ちする。  周りが見えなくなっているように見せて、この男は冷静だ。  そして男はあるものを指さした。 「これは何だ!?」 「何だ、って…………車じゃない」  何を言っているのかと、カレンは心底呆れた声を出してしまった。  しかし彼はその言葉を復唱して、停車したワゴン車の外装を興味深そうになぞっている。 「話には聞いたことがある。乗り物だな。  馬は要らないのか?  それともまさか、地上の乗り物に蒸気を使っているのか?」 「要るわけないでしょ、馬も蒸気も。  全部サクラダイトよ」  ふざけているのかと声を荒らげそうになってから、思い出す。  〈喰らい姫〉に見せられた五つの世界。  カレンが知らない日本に、ニル・カムイに、殷に、スピラ。  数秒の映像ではあったが、それぞれが全く異なる文化を持っていることは理解できた。  それからカレンは改めて、まじまじと車を観察している男に意識を向ける。 「もしかして、ホントに知らないの?」 「知らん。だがお前は詳しいらしいな。  ちょうどいい、案内しろ」  彼は己の無知すら恥ずかしげもなく言ってのけた。  この男は元より人の上に立つために生まれた人間なのかも知れないと、そう思わせるほどの態度だ。  それはカレンにとっては思い出したくない相手を思い出させるもので、胸に苦い味が広がる。  しかし彼にはカレンの胸中など関係なく、互いに名乗り合った後で爽やかに笑ってみせたのだった。 「紅月に、カレンか。良い名だな」  傍若無人で、しかしどうしてか不快感は薄い。  それが朱理との出会いだった。 ▽  その後もカレンは朱理のペースに乗せられ続けた。  車、バイク、モノレール、携帯、テレビ。  乗り物や新しいものが好きだという朱理にとって、この渋谷は理想の環境だったようだ。  目を輝かせ、走り回り、あれは何だこれは何だとカレンを質問攻めにしては好奇心を満たす。  カレンは観光などしている場合ではないと思いつつも、他にやるべきことも浮かばず、結局辛抱強く付き合っている。 「そんなに隙だらけでいいのかしら。  私が後ろにいるのに」 「お前がその気なら、そんなことを聞く前に刺しているはずだ。  少なくとも今は乗り気には見えんが、違うか?」  街中で子どものようにはしゃいでいる朱理だが、時折こうして真剣な表情を見せる。  ただ好きなものを見て楽しんでいるだけではなく、間の抜けた姿すら計算ずくであるように振る舞うのだ。  少なくともただの馬鹿ではないらしいと、カレンは彼を評価していた。  とはいえ、説明続きでうんざりしていたのは確かだった。  最終的に朱理は「腹が減った」、「食うなら美味いものがいい」とごね始め、カレンもそこで我慢の限界に達した。  くだらない口論の末に適当に選んだ店に入り、無難にカレーを注文し、現在に至る。  腹を満たしたことで多少、お互いに気分が落ち着いていた。 「しかし、俺が女に奢られるとはな」 「私だって好きで奢ってるわけじゃないわよ。  でもここのお金がないなら仕方ないじゃない」 「そうは言うがな。前だって――」  はたと、何かに気づいたように、朱理は言いかけた言葉を飲み込んだ。  そしてそのまま黙り込んでしまう。 「ちょっと、最後まで言いなさいよ」 「……いや。  俺も整理できていなかった。  悪いが忘れてくれ」  口数の多い無遠慮な男がカレンの前で見せる、初めての姿だった。  それまでの威勢の良さが嘘のように消え、神妙な面もちで考え込んでいる。 「案外俺は、未練がましいのかも知れん」  朱理がそう小さく付け加えたことで、カレンは女性の話だろうと察した。  朱里のことを何も知らないのだから、見当違いな推測かも知れない。  しかし今のカレンにはそう思えたのだ。 「未練っていったら、これもきっとそうなのよね……」  カレンは朱理に届かないような声量で呟き、携帯電話を指で摘み上げる。  十数分前にあった着信に何の返事もしていない。  電話してきたのは、ルルーシュだった。  彼に駒だと言われた時、裏切られたと思った。  それでも直後に「君は生きろ」と言われて、彼の真意が分からなくなった。  だからもしもアッシュフォード学園で彼が「ついてこい」と言ってくれていたら。  駒ではなく紅月カレンを必要としてくれていたら。  きっとそれが、何よりも大切だと思っていた日本を裏切る道だったとしても、ついていったのだろう。  けれどそうはならなかったから、この話は終わりだ。  彼に別れを告げて。  殺そうとして失敗して、戦争にも負けた。  もう終わったのだ。  嫌なら着信拒否にすればいい。  意地を張っている場合ではないと思うなら、素直に電話に出ればいい。  そのどちらもせずに、ただ履歴の名前を眺めている。  きっとこれこそ、未練だ。 「連絡が取れる相手はいないのか?」 「……いないわよ」  朱理の問いに嘘をついて、携帯をテーブルに置いた。  外部とは繋がらず、他に番号を知る相手もいないとなれば、もう使い道がない。  代わりに地図を広げ、朱理におおまかな説明を行う。 「今いるのがここ、渋谷。  環状線を挟んで内側が租界、外側がゲットー」 「環状線は、確かモノレールの名前だったな。  租界やらゲットーやらというのは?」 「租界は、ブリタニアに媚びを売って栄えた盗人の街。  ゲットーは、ブリタニアに散々傷つけられた私たちの街よ」  説明しながら、カレンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。  いつだって、環状線の内と外の間にある格差を憎んでいた。  ブリタニア人が我が物顔で伸し歩く租界を見ても、廃墟が広がるゲットーを見ても、ブリタニアへの憎悪が膨らんだ。  しかしこの地では、少々事情が違うようなのだ。 「さっき見た限りでは、そんな大層な差があるようには見えなかったが」 「そうなのよ。  ここが日本だったら――私の日本だったら、そんなのありえない。  それに租界だって、今は人が暮らせる状態じゃないから……やっぱりおかしい」  数ヶ月前に使用されたフレイヤ弾頭により、租界は壊滅して巨大なクレーターになった。  渋谷の一部もその範囲に入っているはずで、街として正常に機能しているはずがない。 「それならここは、俺の知る日本でもお前の知る日本でもない、三つ目の日本か?」 「そう……なのかも知れないけど。  それにしてもやっぱり変というか……」  カレンが曖昧に言葉を濁す。  気になるのは、二点。  一点はこの街がサクラダイトに支えられていること。  カレンにとっての日本と朱理にとっての日本の姿がかけ離れていたのに対し、ここはカレンにとっての日本に近すぎる。  ブリタニア人を全く見かけないことを除けば、生活様式にも大きな違いが見られない。  そしてもう一点は、この街に住む人々の様子だ。  彼らの姿に、カレンは既視感を覚えたのだ。 「リフレインっていう薬があるのよ。  自分にとって一番よかった頃を思い出させる、最低な薬。  日本って名前にこだわったり、皆して妙に幸せそうな顔をしてたり……。  この街の人たちを見てると、薬の中毒患者そっくりでムカつくわ」 「夢を見ているような状態になるわけか」 「そうね……多分、そんな感じ」  朱理の言葉で、〈喰らい姫〉も「夢」と口にしていたことを思い出す。  しかし街や人が「夢」だと言われても意味が分からなかった。  朱理はまだ街について考えているようだったが、カレンは早々に諦めることにした。  ここで考えていても進展があるとは思えない。  ルルーシュならば何か気づいているかも知れないと、そう考えてから、すぐに頭を振ってその思考を追い払った。  ちょうど食事も終わったところで気を取り直し、本題に入ることにする。 「それで、これからどうするつもりなの?」 「まずは人を捜す。  知り合いもそうだが、協力者が欲しい。  そういうお前こそどうなんだ」  朱理の答えは明瞭だった。  何も考えていないように見えるだけで、この男は考えるべきことは考えている。  緊張感は薄いが、この状況でも平常心を保てるのはむしろ強みといえる。 「私の敵はブリタニアよ。  関係ない人たちと殺し合えって言われても従えない。  ……本当に五人しか帰れないようなら、困るけど。  〈竜〉の力っていうのも気になるし……」 「殺し合いに関しては、何とかなるかも知れん」 「どういうこと?」  カレンが思わず聞き返す。  朱理のことは評価していても、そこまで考えがあるとは思っていなかったのだ。 「お前も〈竜〉には会ったんだろう?  何を言われた」 「何って……〈契りの城〉に行けるのは五人だけって」 「そこじゃない。  俺は『器を示せ』と言われたぞ」  改めて〈竜〉の言葉を思い出せば、確かにそうだった。  そしてカレンは朱理が言わんとしていることを理解する。 「殺し合え、って言ったのは〈喰らい姫〉だけ?」 「そうだ。  俺は〈喰らい姫〉の言うことを鵜呑みにする気はない。  別の道があるかも知れんということだ」  単に〈赤の竜〉が明言しなかっただけなのかも知れないが、と朱里は付け加える。  だが争う以外の方法の可能性が見えたことは大きかった。  よく考えている。  よく観察している。  態度に反して、朱理は思慮深い。  対する自分はどうだろうかと、カレンは自省する。  朱理よりも多くの情報を持ちながら、名簿に載った彼らに――着信履歴にある彼の名前に、気を取られている。  反省している今ですら、〈竜〉や帰る方法よりも、彼らとの決着の方が気になってしまうのだ。  朱理に遅れを取るのも当然だった。  そうしてカレンが黙っている間にも朱理は話を続け、不満を口にする。 「だいたい、俺はあの女が気に入らん。  次の時代の担い手を決めると言いながら、その選定方法が殺し合いだと?  そんなもんはこっちから願い下げだ」  強者が弱者を殺して、それで手に入れた力を振るうのでは、これまでの時代と何が違うのかと。  静かな憤りをもって、朱理はそれを語る。  正しい、正当な怒りだ。  だが彼の正論はカレンにとって、快いものではなかった。 「じゃあさっさとここを出るわよ。  じっとしてても仕方ないんだから」 「……おい、何を怒ってるんだ」 「別にあんたに不満があるわけじゃないわ。  あんたの言ってることが、私の嫌いなやつに似てただけ」  裏切りの騎士と呼ばれた日本人がいる。  名簿にも記載されたその人物と、カレンは最後まで手を取り合えなかった。  彼も日本を想って行動しているのだと信じていたが、結局権力を求めていただけだったのだ。  次に会ったらKMFではなく素手で殴ってやりたいと、そんなことを考えながらカレンは席を立った。  朱理が後ろから文句を言ってきているが、構わずに会計を済ませる。  そうして店を出ようとしたところで、地面が鳴動した。 ▽  店の外に出て、朱理は噴煙を見た。  方角はカレンの説明によれば、租界の中心に近い。 「ここにいる連中が自発的に何かするとは思えんな。  殺し合いのために用意された『夢』とやらなら、事故や偶然もないだろう」 「誰かが派手にやってる、ってことかしら」 「そうなるな」  噴煙の数は増えていく。  街が破壊されていく。  朱理は噴煙の方角へ向かおうとして、カレンに腕を掴まれた。 「ちょっと、どうするつもり?」 「参加者の誰かがいるはずだ、会って止める」  まともな策はまだ浮かんでいない。  持っている武器は剣一本、土地勘はほとんどなく、地元の住人を味方につけられるとも思えない。  普段の口八丁で切り抜けられる状況ではなさそうだが、それでも逃げるという選択肢はなかった。 「見ろ、周りにいる連中を。  こんな状況でも誰も見向きもしない。  このまま続けばこの連中も巻き込まれる」  何の縁もない、話もまともに通じない、本当に生きた人間といえるのかも怪しい人々だ。  だからといって、彼らをむざむざと殺させていい理由にはならない。  その考えはカレンも同様だったらしい。 「私だって黙ってるつもりはないわよ。  でもあんたには武器がないんでしょう?  だから」  言って、カレンは胸元から『鍵』を取り出す。  赤と白、炎と翼を組み合わせたような意匠のそれを、彼女は握り締めた。 「見せてあげる。  あたしの紅蓮を」  紅蓮聖天八極式。  女性パイロットが乗る機体とは思えないほどいかめしいフォルムで、特に鋭い鉤爪を持つ右腕は悪魔じみた形状だ。  そのスペックは現代のKMFの中でも最強と呼んで差し支えなく、ランスロット・アルビオンすら凌ぐ。  何故か博物館に展示されていたその機体に、カレンは乗り込んだ。  日本式の紅蓮のコックピットは、背もたれ付きの座席に座るブリタニア式のコックピットとは趣が異なる。  居住性が重視されたブリタニア式に対し運動性が求められた結果、座席にバイクのように跨って操縦する方式が取られたのだ。  カレンは席に着くと姿勢を前に倒し、操縦桿を握る。  非常時とはいえ、久しぶりの感覚に気持ちが高揚するのを感じた。  起動キーを刺して機体のチェックを行うが、オールグリーン。  期待のコンディションもエナジーも問題なく、いつでも動かせる状態だ。  発艦の前に、気分を落ち着けるべく一つ息を大きく吸い込む。  そして一人の男が、それを台無しにした。 「おい、狭いぞ」 「仕方ないでしょ、一人乗りなんだから!」  紅蓮の全高は平均的なKMFと大きくは変わらず、約五メートルである。  コックピットのスペースは限られており、朱理はカレンの座席の後ろで中腰を余儀なくされていた。 「変なところ、触らないでよね」 「ボタンの話か? いや体の方か」 「両方よ、バカ!!」  締まらない空気のまま、紅蓮は発進する。  エナジーウィングで機体全体を覆い、防御姿勢を維持したまま外界とを隔てるガラスを打ち破った。 ▽  紅蓮が空を舞う。  エナジーウィングによって鋭角の運動と高速機動を可能にしたこの機体は、ものの数分で目標地点へ到着した。  渋谷から租界の中心に向かう、その途中に位置する場所。  一度空中で停止し、地上の様子をモニターで拡大する。  そこに映し出された光景は、カレンの想像を絶するものだった。  人が人を襲っている。  襲っている者たちは――死体。  信じたくはないが、手足の欠損や胸部の損傷の具合から、既に死んでいるとしか思えないのだ。  動く死体が群れを成して、人を襲っている。  高高度から街全体を見渡せば、群れが租界の中心の方角から放射状に広がっていくのが見て取れた。  このまま拡大すればいずれは環状線を越え、ゲットーを、そしてトウキョウ全域を覆うだろう。  現実味のない光景にカレンが息を止めたのは、一瞬だけだった。  すぐに「敵」を認識し、感情を爆発させる。 「やめろぉぉおおおおおおおッ!!!!」  紅蓮の右腕を発射する。  右腕は肘から先が着脱可能で、ワイヤーによって肘と繋がっている。  そして腕自体にブースターが点いているため、射出後も軌道を自在に変えられるのだ。  鋭い鉤爪が高速で飛び、生者を襲おうとしていた死体を貫く。  同時に、死体が高熱によって破裂した。  掌部分に搭載された輻射波動と呼ばれる機構によるものだ。  高周波を短いサイクルで対象に直接照射することで膨大な熱量を発生させ、爆発・膨張を起こす兵器。  KMFですら一撃で破壊する威力であり、実際に戦場では夥しい戦果を挙げている。  これが強力なブースターと組み合わさることで、紅蓮本体がその場から動くことなく、戦場を蹂躙することが可能になった。  腕が群れの中を縦横無尽に駆け回り、死体たちが原型を留めず破壊される。  腕が発射されてから紅蓮本体の元へ巻き戻されるまでの数秒のうちに、一つの通りにいた死体たちは全てただの死体に変わった。  だが潰したのは全体のほんの一部に過ぎない。  街全体を覆わんとしているそれは、紅蓮の力をもってしても止め切れない。 「早く、早く止めないと……日本人が……!!」 「……カレン、他の武装はあるのか」  朱理の声を聞き、カレンは我に返った。  焦りを鎮め、紅蓮の機体に装備された武器を確認する。 「えっ……と……MVSとスラッシュハーケンと……」 「ええい分からん。  今の以外に、広範囲を纏めて巻き込むような武装はあるかという意味だ」 「……ないわ」 「サクラダイトとやらのことは分からんが、要は燃料だろう。  これはいつまで動かせるんだ。  補給の目処は?」 「……そんな何時間ももたないわ。  補給も……ここでは多分無理」  エナジーウィングも輻射波動も、莫大なエネルギーを必要とする。  普段なら黒の騎士団を頼るのだが、この場ではそうもいかない。  一度エナジーが切れてしまえば、如何に紅蓮が強力でも動かなくなる。 「引け、カレン。  これ以上は無駄だ」 「……こんな時まで正論?」  朱理が正しい。  それは分かっている。  否、言われなくてももう分かっていたのだ。  ここまで広がってしまった以上、紅蓮ではどうしようもないと。  だがそれを認められるぐらいなら、初めから手出ししていない。  操縦桿を握る手を震わせて、モニターの先の景色を凝視したまま叫ぶ。 「目の前で人が殺されてるのに逃げろって言うの!?  力があるのに!  一人で冷静ぶってそんなの――」 「おい。  俺が好きでこんなことを言ってると思うな」  そこでカレンは初めて振り返った。  一段と低くなった朱理の声に、怒らせたのかと思った。  しかし朱理の顔に浮かぶのは怒りではなく、悔しさだ。  怒りがあるとすれば、それは自分自身へのものだ。  唇が白くなるほど噛み締めて、沈痛な面持ちでモニターを見つめている。 「軍がない以上、街を守るには民自身に戦わせる必要がある。  自分たちでバリケードを作らせて、応戦させて、それで勝てるように俺が指揮を執る。  だがここの連中にはそれが通用しない……逃げようともしない。  だから、ここで俺たちにできることはない」  カレンが正面を向くと、モニターの向こう側では未だ殺戮が続いていた。  ブリタニアが日本に行った侵略よりもなお一方的な、虐殺だった。 「何も持たないことがこんなにも無力だとはな。  久しぶりに思い知った」 「……そう。  私はつい最近、力があってもどうにもならないって思わされたばっかりよ」  紅蓮はランスロットに勝利した。  だが戦争に勝ったのはブリタニアで、皇帝による世界征服が成し遂げられてしまった。  紅蓮が最強のKMFでも、カレンがそれを使いこなせても、世界は変えられない。  今の状況すら、変えられないのだ。  カレンが肩を落とす。  そこで朱理はひとつ提案をしてきた。 「せめて租界の中心に行けば、原因が分かるかも知れん。  無駄足になる可能性もあるがな」  今ここで襲われている人々を助ける方法は見つからないが、まだやれることはある。  カレンも大人しく引き下がるつもりはなかったので、朱理の言葉に大きく頷いた。 「いいわ、付き合うわよ」  目標を決め、操縦桿を握り直す。  だが眼下で一点、異変が起きた。  モニターに映る景色の一角で、淡く光るものがある。  数百メートル先にあったその光を拡大すると、一人の青年が動く死体に囲まれているのが見て取れた。  青年の頭部からは突起が生えており、触覚か角かと迷ったが、髪の一部のようにも思える。  青い髪と着物のような衣服を纏ったその男が、腕を振り上げた。 「え……?」  その男は何も手にしていなかった。  しかしその手を振り下ろした時、周囲にいた死体たちが糸の切れた人形のように呆気なく倒れていったのだ。  もう一度手を振り上げて、下ろす。  同じように死体が倒れる。  しかしそれは死体に限った話ではなく、生きた人々の身にも振りかかった。  生者も死者も問わず、死んでいく。  反射的に輻射波動腕を掲げ、その男に向かって打ち込もうとして――止まる。  カレンは紅蓮の内部にいる。  距離もある。  だというのに――目が合った。  モニター越しにも関わらず、その男は確かに視線をカレンの方へと向け、にんまりと口元に笑みをつくったのだ。  背筋や首に蛇が絡みつくような気持ちの悪さ。  それでも咄嗟の反応ができたのは、これまでに培ってきた経験と、パイロットとしての天性の才能のお陰だろう。  紅蓮が急激に高度を上げ、向かってきた炎の塊を回避。  反撃に、円盤状にした輻射波動をその男へ投げつける。  そしてカレンはその結果を見ることなく、紅蓮を急発進させてその場から離脱した。 ▽ 「随分、優秀な機械のようだな」  赤い機体の姿が瞬く間に小さくなっていくのを、シーモアは手出しせずに見送った。  遠目ではあったが、機械の大きさは召喚獣と同程度。  速度も機動も武器の威力も、アルベド族が用いるものとは比べ物にならない。  あれはスピラの外の技術によるものなのだろうと、シーモアは結論づけた。  スピラ以外の世界の、兵器。  〈喰らい姫〉に見せられた通り、スピラの外にも絶望が満ちている証拠だ。  世界を隔てようと、『シン』が存在しなかろうと、人の本質は変わらない。  クツクツと、シーモアは声を殺して嗤う。  人間同士で殺し合う者たちも、あの〈喰らい姫〉すらも、滑稽でならなかった。  〈喰らい姫〉は言った――救うのか、滅ぼすのか、それとも革命か、と。  あの少女は全てを知ったような風でいて、まるで理解していないのだ。  救いとは滅び、滅びとは救い。  この二つは同一のものなのだと気づいていない。  ならばシーモアが己の手で、示すしかないだろう。  全ての世界に滅びを。  人間が死に絶えれば、生者の世が終われば、死の螺旋もまた終わる。  悲劇の連鎖は止まり、人々は悲しみから解放される。  それこそが、シーモアの与える救いなのだ。  〈竜殺し〉である必要すらなく、〈竜〉さえ殺せば世界を滅びへ向かわせられる。  悲願の達成を間近に感じながら、シーモアは死体の街で踊る。 【一日目昼/渋谷(東部)】 【シーモア@FINAL FANTASY X】 [所持品]不明 [状態]健康 [その他] ・〈竜殺し〉ではない ▽  カレンは途中で何度か方角を変え、何も追ってきていないことを確かめながら逃げる。  そしてまだ破壊されていない地域まで戻ったところで、紅蓮をビルのヘリポートに着地させた。 「……退いたわよ。  これでいいんでしょ」 「ああ、今はこれが正しい」  生身の人間を相手にKMFが退くことは、本来あり得ない。  だが〈竜〉がいる、死体すら動き回るこの異常事態の最中では、あの男が本当に人間なのかどうかすら怪しい。  得体の知れない相手を前にして、カレンは朱理に言われるまでもなく撤退を選んだ。  紅蓮のエナジーを無駄に消耗するわけにはいかなかった。  そして何より、一瞬交わってしまったあの視線が、今も視界の片隅にこびりついている。 「租界の中心に向かうのは後だな。  状況を整理したい」  急いだところで死体を止められる確証はなく、動き回ればまた妙な相手に出くわすかも知れない。  被害を見過ごすことになるが、カレンはやむなく同意した。 「分かったわよ。  私も少し休むわ」  コックピットのハッチを開け、二人は外へ出た。  朱理が地図を見つめている間に、カレンは屋上の縁から身を乗り出す。  眼下に広がるのは、平和に見える風景。  カレンが取り戻せなかった風景で、これから失われるであろう風景だった。  変えられない。  〈竜殺し〉である紅蓮を持ちながら、何も。  カレンは己の無力を、もう一度噛み締めた。 ▽  この殺し合いは圧倒的に不利な状況で始まったのだと、朱理は理解した。  そもそもカレンとの出会いがいなければ、参加者と殺し合う以前に死体に殺されていただろう。  力も、地位も、名誉も、武器も、軍も、何もない。  それでも平常心を保っていられるのは朱理の生来の打たれ強さと、経験によるところが大きい。  無一文同然の状態になるのは、これで三度目なのだ。  一度目は信じていた部下に裏切られ、クーデターで地位を追われた。  二度目は知りたくなかった事実を突きつけられ、狼狽したまま戦に敗けた。  どちらも朱理にとって想定外の出来事で、特に二度目は自殺を図るに至るほどだった。  それらを思い知った今の朱理だからこそ、今回の儀式に心を乱さなかった。  とはいえ他人に運命を弄ばれて、黙っていられるような男ではない。  まして名簿に更紗の名があり、目の前で民が殺されるのを見せられてしまったとあっては。 ――〈竜〉も〈喰らい姫〉も、後悔させてやる。 ――望んだ結果を得られると思うなよ。  赤の王、朱理。  王朝の反逆者。  王子の身でありながら、王家に禍いをもたらすと予言された呪いの子。  どんな環境に置かれようと、その内側にあるものは何も変わらない。  例え〈竜殺し〉であると宣告されようと。  朱里は朱里のまま、運命に反逆する。 【一日目昼/渋谷(西部)】 【紅月カレン@コードギアス】 [所持品]紅蓮聖天八極式、ポーチ、財布等 [状態]健康 [その他] ・紅蓮は〈竜殺し〉 【朱理@BASARA】 [所持品]剣 [状態]健康 [その他] ・〈竜殺し〉です。 Back:[[汝は竜殺しなりや?]] Next:[[国の真優ろば]] |&color(blue){GAME START}|紅月カレン|012:[[光芒]]| |~|朱理|~| |~|シーモア|-| ----
**朱理は紅蓮の野に立つ  ◆Wv2FAxNIf.  渋谷駅に近く、昼過ぎということもあって多くの客で賑わう喫茶店。  そのテーブル席に一組の男女が座っていた。  女性が着用しているのは、KMFを操縦するための赤いパイロットスーツだ。  ゴムのように伸び縮みする生地でできたそれは、彼女のメリハリのあるボディラインにぴったりと張り付いていた。  整った顔立ちで、スーツよりも少し淡い赤色の髪を肩まで伸ばしている。  そんな人目を引き付けてやまない外見の彼女が、がさつと言ってもいい食べ方でカレーを口に掻き込む。  そのため店内でその一角だけが浮いてしまっていた。  しかし彼女を注視しているのは、対面に座る男性だけだ。 「……ちょっと。何、じろじろ見てるのよ」  同じくカレーを食べていた男に、赤い髪の女――紅月カレンは目を細め、唇を尖らせる。  短く切った黒髪で、年齢はカレンと同じぐらいだという青年。  皮鎧の上に赤いマントを羽織った彼は、カレンの苛立ちにまるで動じていない。  どころか胸を張り、堂々と言い放った。 「感心していた。  やはり、よく食う女は発育がいいんだな」 「ちょっと!!  それ、セクハラなんじゃないの!?」  カレンが勢いよくテーブルを叩く。  派手な音が鳴ったが、やはり他の客は誰も振り向こうとしない。  それから少し恥ずかしくなって、カレンは叩きつけた手をテーブルの下へ隠した。 「今日初めて会った相手に、よくそんなことが言えるわよね。  こっちこそ感心するわよ」  カレンの皮肉もどこ吹く風と、男はカレーを食べ続けている。  朱理と名乗ったこの男に振り回され続けるカレンは、今日だけで何度目かになる大きな溜め息をついた。 ▽  博物館で目を覚ましたカレンは、まず身の回りの確認をした。  パイロットスーツを着込んでおり、財布、携帯、ポーチ、それに大切な『鍵』と、一通りの持ち物が揃っている。  全てブリタニアの捕虜になった際に没収されたものだ。  カレンは黒の騎士団のエースパイロットとして、ブリタニアから日本を取り返すべく戦っていた。  しかし戦争に敗北し、皇帝への反逆者として処刑を待つばかりの身となった。  そのはずが〈竜〉や〈喰らい姫〉と会うことになり、儀式に放り込まれ、状況に全く追いつけていない。  そしてそれらと同じぐらいに不可解なものが目の前に鎮座しているため、カレンの困惑は深まるばかりだった。 「……何で?」  地域の風景写真、人口推移のグラフ、そうした地域特有の資料が並ぶ中で唐突に展示された――紅蓮聖天八極式。  ダモクレス戦役でランスロットと相討ち、ほぼ大破した状態にあったKMFだ。  誰が修理したのかと、カレンは人目を気にしながら機体に手を伸ばした。  だが触れる直前、建物の外から男の怒鳴り声が響いた。  驚いて咄嗟に紅蓮から離れるが、屋内からでは様子は窺えそうにない。  やむをえず、カレンは紅蓮を置いて外へ向かった。  博物館の入り口に駆けつけると、建物の正面で男が通行人の胸に掴みかかっていた。  淡い光を纏って見える、鎧姿の奇妙な男だ。  カレンはすぐに止めに入ろうとしたが、足を止める。  男に怒鳴られようと、体を揺すられようと、その通行人は無反応だった。  他の通行人も同様に無表情で、二人の横を通過していく。  見て見ぬふりをしているというより、初めから見えていないような動き。  興奮した様子の鎧姿の男ではなく、その周囲の方が異常なのだ。  そうして出鼻を挫かれて立ち止まっていたカレンは、その男と目が合ってしまった。 「そこの変な格好の女!」 「っだ、誰が変な格好よ!!」 「よし、お前は話せるな」  しまった、とカレンは舌打ちする。  周りが見えなくなっているように見せて、この男は冷静だ。  そして男はあるものを指さした。 「これは何だ!?」 「何だ、って…………車じゃない」  何を言っているのかと、カレンは心底呆れた声を出してしまった。  しかし彼はその言葉を復唱して、停車したワゴン車の外装を興味深そうになぞっている。 「話には聞いたことがある。乗り物だな。  馬は要らないのか?  それともまさか、地上の乗り物に蒸気を使っているのか?」 「要るわけないでしょ、馬も蒸気も。  全部サクラダイトよ」  ふざけているのかと声を荒らげそうになってから、思い出す。  〈喰らい姫〉に見せられた五つの世界。  カレンが知らない日本に、ニル・カムイに、殷に、スピラ。  数秒の映像ではあったが、それぞれが全く異なる文化を持っていることは理解できた。  それからカレンは改めて、まじまじと車を観察している男に意識を向ける。 「もしかして、ホントに知らないの?」 「知らん。だがお前は詳しいらしいな。  ちょうどいい、案内しろ」  彼は己の無知すら恥ずかしげもなく言ってのけた。  この男は元より人の上に立つために生まれた人間なのかも知れないと、そう思わせるほどの態度だ。  それはカレンにとっては思い出したくない相手を思い出させるもので、胸に苦い味が広がる。  しかし彼にはカレンの胸中など関係なく、互いに名乗り合った後で爽やかに笑ってみせたのだった。 「紅月に、カレンか。良い名だな」  傍若無人で、しかしどうしてか不快感は薄い。  それが朱理との出会いだった。 ▽  その後もカレンは朱理のペースに乗せられ続けた。  車、バイク、モノレール、携帯、テレビ。  乗り物や新しいものが好きだという朱理にとって、この渋谷は理想の環境だったようだ。  目を輝かせ、走り回り、あれは何だこれは何だとカレンを質問攻めにしては好奇心を満たす。  カレンは観光などしている場合ではないと思いつつも、他にやるべきことも浮かばず、結局辛抱強く付き合っている。 「そんなに隙だらけでいいのかしら。  私が後ろにいるのに」 「お前がその気なら、そんなことを聞く前に刺しているはずだ。  少なくとも今は乗り気には見えんが、違うか?」  街中で子どものようにはしゃいでいる朱理だが、時折こうして真剣な表情を見せる。  ただ好きなものを見て楽しんでいるだけではなく、間の抜けた姿すら計算ずくであるように振る舞うのだ。  少なくともただの馬鹿ではないらしいと、カレンは彼を評価していた。  とはいえ、説明続きでうんざりしていたのは確かだった。  最終的に朱理は「腹が減った」、「食うなら美味いものがいい」とごね始め、カレンもそこで我慢の限界に達した。  くだらない口論の末に適当に選んだ店に入り、無難にカレーを注文し、現在に至る。  腹を満たしたことで多少、お互いに気分が落ち着いていた。 「しかし、俺が女に奢られるとはな」 「私だって好きで奢ってるわけじゃないわよ。  でもここのお金がないなら仕方ないじゃない」 「そうは言うがな。前だって――」  はたと、何かに気づいたように、朱理は言いかけた言葉を飲み込んだ。  そしてそのまま黙り込んでしまう。 「ちょっと、最後まで言いなさいよ」 「……いや。  俺も整理できていなかった。  悪いが忘れてくれ」  口数の多い無遠慮な男がカレンの前で見せる、初めての姿だった。  それまでの威勢の良さが嘘のように消え、神妙な面もちで考え込んでいる。 「案外俺は、未練がましいのかも知れん」  朱理がそう小さく付け加えたことで、カレンは女性の話だろうと察した。  朱里のことを何も知らないのだから、見当違いな推測かも知れない。  しかし今のカレンにはそう思えたのだ。 「未練っていったら、これもきっとそうなのよね……」  カレンは朱理に届かないような声量で呟き、携帯電話を指で摘み上げる。  十数分前にあった着信に何の返事もしていない。  電話してきたのは、ルルーシュだった。  彼に駒だと言われた時、裏切られたと思った。  それでも直後に「君は生きろ」と言われて、彼の真意が分からなくなった。  だからもしもアッシュフォード学園で彼が「ついてこい」と言ってくれていたら。  駒ではなく紅月カレンを必要としてくれていたら。  きっとそれが、何よりも大切だと思っていた日本を裏切る道だったとしても、ついていったのだろう。  けれどそうはならなかったから、この話は終わりだ。  彼に別れを告げて。  殺そうとして失敗して、戦争にも負けた。  もう終わったのだ。  嫌なら着信拒否にすればいい。  意地を張っている場合ではないと思うなら、素直に電話に出ればいい。  そのどちらもせずに、ただ履歴の名前を眺めている。  きっとこれこそ、未練だ。 「連絡が取れる相手はいないのか?」 「……いないわよ」  朱理の問いに嘘をついて、携帯をテーブルに置いた。  外部とは繋がらず、他に番号を知る相手もいないとなれば、もう使い道がない。  代わりに地図を広げ、朱理におおまかな説明を行う。 「今いるのがここ、渋谷。  環状線を挟んで内側が租界、外側がゲットー」 「環状線は、確かモノレールの名前だったな。  租界やらゲットーやらというのは?」 「租界は、ブリタニアに媚びを売って栄えた盗人の街。  ゲットーは、ブリタニアに散々傷つけられた私たちの街よ」  説明しながら、カレンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。  いつだって、環状線の内と外の間にある格差を憎んでいた。  ブリタニア人が我が物顔で伸し歩く租界を見ても、廃墟が広がるゲットーを見ても、ブリタニアへの憎悪が膨らんだ。  しかしこの地では、少々事情が違うようなのだ。 「さっき見た限りでは、そんな大層な差があるようには見えなかったが」 「そうなのよ。  ここが日本だったら――私の日本だったら、そんなのありえない。  それに租界だって、今は人が暮らせる状態じゃないから……やっぱりおかしい」  数ヶ月前に使用されたフレイヤ弾頭により、租界は壊滅して巨大なクレーターになった。  渋谷の一部もその範囲に入っているはずで、街として正常に機能しているはずがない。 「それならここは、俺の知る日本でもお前の知る日本でもない、三つ目の日本か?」 「そう……なのかも知れないけど。  それにしてもやっぱり変というか……」  カレンが曖昧に言葉を濁す。  気になるのは、二点。  一点はこの街がサクラダイトに支えられていること。  カレンにとっての日本と朱理にとっての日本の姿がかけ離れていたのに対し、ここはカレンにとっての日本に近すぎる。  ブリタニア人を全く見かけないことを除けば、生活様式にも大きな違いが見られない。  そしてもう一点は、この街に住む人々の様子だ。  彼らの姿に、カレンは既視感を覚えたのだ。 「リフレインっていう薬があるのよ。  自分にとって一番よかった頃を思い出させる、最低な薬。  日本って名前にこだわったり、皆して妙に幸せそうな顔をしてたり……。  この街の人たちを見てると、薬の中毒患者そっくりでムカつくわ」 「夢を見ているような状態になるわけか」 「そうね……多分、そんな感じ」  朱理の言葉で、〈喰らい姫〉も「夢」と口にしていたことを思い出す。  しかし街や人が「夢」だと言われても意味が分からなかった。  朱理はまだ街について考えているようだったが、カレンは早々に諦めることにした。  ここで考えていても進展があるとは思えない。  ルルーシュならば何か気づいているかも知れないと、そう考えてから、すぐに頭を振ってその思考を追い払った。  ちょうど食事も終わったところで気を取り直し、本題に入ることにする。 「それで、これからどうするつもりなの?」 「まずは人を捜す。  知り合いもそうだが、協力者が欲しい。  そういうお前こそどうなんだ」  朱理の答えは明瞭だった。  何も考えていないように見えるだけで、この男は考えるべきことは考えている。  緊張感は薄いが、この状況でも平常心を保てるのはむしろ強みといえる。 「私の敵はブリタニアよ。  関係ない人たちと殺し合えって言われても従えない。  ……本当に五人しか帰れないようなら、困るけど。  〈竜〉の力っていうのも気になるし……」 「殺し合いに関しては、何とかなるかも知れん」 「どういうこと?」  カレンが思わず聞き返す。  朱理のことは評価していても、そこまで考えがあるとは思っていなかったのだ。 「お前も〈竜〉には会ったんだろう?  何を言われた」 「何って……〈契りの城〉に行けるのは五人だけって」 「そこじゃない。  俺は『器を示せ』と言われたぞ」  改めて〈竜〉の言葉を思い出せば、確かにそうだった。  そしてカレンは朱理が言わんとしていることを理解する。 「殺し合え、って言ったのは〈喰らい姫〉だけ?」 「そうだ。  俺は〈喰らい姫〉の言うことを鵜呑みにする気はない。  別の道があるかも知れんということだ」  単に〈赤の竜〉が明言しなかっただけなのかも知れないが、と朱里は付け加える。  だが争う以外の方法の可能性が見えたことは大きかった。  よく考えている。  よく観察している。  態度に反して、朱理は思慮深い。  対する自分はどうだろうかと、カレンは自省する。  朱理よりも多くの情報を持ちながら、名簿に載った彼らに――着信履歴にある彼の名前に、気を取られている。  反省している今ですら、〈竜〉や帰る方法よりも、彼らとの決着の方が気になってしまうのだ。  朱理に遅れを取るのも当然だった。  そうしてカレンが黙っている間にも朱理は話を続け、不満を口にする。 「だいたい、俺はあの女が気に入らん。  次の時代の担い手を決めると言いながら、その選定方法が殺し合いだと?  そんなもんはこっちから願い下げだ」  強者が弱者を殺して、それで手に入れた力を振るうのでは、これまでの時代と何が違うのかと。  静かな憤りをもって、朱理はそれを語る。  正しい、正当な怒りだ。  だが彼の正論はカレンにとって、快いものではなかった。 「じゃあさっさとここを出るわよ。  じっとしてても仕方ないんだから」 「……おい、何を怒ってるんだ」 「別にあんたに不満があるわけじゃないわ。  あんたの言ってることが、私の嫌いなやつに似てただけ」  裏切りの騎士と呼ばれた日本人がいる。  名簿にも記載されたその人物と、カレンは最後まで手を取り合えなかった。  彼も日本を想って行動しているのだと信じていたが、結局権力を求めていただけだったのだ。  次に会ったらKMFではなく素手で殴ってやりたいと、そんなことを考えながらカレンは席を立った。  朱理が後ろから文句を言ってきているが、構わずに会計を済ませる。  そうして店を出ようとしたところで、地面が鳴動した。 ▽  店の外に出て、朱理は噴煙を見た。  方角はカレンの説明によれば、租界の中心に近い。 「ここにいる連中が自発的に何かするとは思えんな。  殺し合いのために用意された『夢』とやらなら、事故や偶然もないだろう」 「誰かが派手にやってる、ってことかしら」 「そうなるな」  噴煙の数は増えていく。  街が破壊されていく。  朱理は噴煙の方角へ向かおうとして、カレンに腕を掴まれた。 「ちょっと、どうするつもり?」 「参加者の誰かがいるはずだ、会って止める」  まともな策はまだ浮かんでいない。  持っている武器は剣一本、土地勘はほとんどなく、地元の住人を味方につけられるとも思えない。  普段の口八丁で切り抜けられる状況ではなさそうだが、それでも逃げるという選択肢はなかった。 「見ろ、周りにいる連中を。  こんな状況でも誰も見向きもしない。  このまま続けばこの連中も巻き込まれる」  何の縁もない、話もまともに通じない、本当に生きた人間といえるのかも怪しい人々だ。  だからといって、彼らをむざむざと殺させていい理由にはならない。  その考えはカレンも同様だったらしい。 「私だって黙ってるつもりはないわよ。  でもあんたには武器がないんでしょう?  だから」  言って、カレンは胸元から『鍵』を取り出す。  赤と白、炎と翼を組み合わせたような意匠のそれを、彼女は握り締めた。 「見せてあげる。  あたしの紅蓮を」  紅蓮聖天八極式。  女性パイロットが乗る機体とは思えないほどいかめしいフォルムで、特に鋭い鉤爪を持つ右腕は悪魔じみた形状だ。  そのスペックは現代のKMFの中でも最強と呼んで差し支えなく、ランスロット・アルビオンすら凌ぐ。  何故か博物館に展示されていたその機体に、カレンは乗り込んだ。  日本式の紅蓮のコックピットは、背もたれ付きの座席に座るブリタニア式のコックピットとは趣が異なる。  居住性が重視されたブリタニア式に対し運動性が求められた結果、座席にバイクのように跨って操縦する方式が取られたのだ。  カレンは席に着くと姿勢を前に倒し、操縦桿を握る。  非常時とはいえ、久しぶりの感覚に気持ちが高揚するのを感じた。  起動キーを刺して機体のチェックを行うが、オールグリーン。  期待のコンディションもエナジーも問題なく、いつでも動かせる状態だ。  発艦の前に、気分を落ち着けるべく一つ息を大きく吸い込む。  そして一人の男が、それを台無しにした。 「おい、狭いぞ」 「仕方ないでしょ、一人乗りなんだから!」  紅蓮の全高は平均的なKMFと大きくは変わらず、約五メートルである。  コックピットのスペースは限られており、朱理はカレンの座席の後ろで中腰を余儀なくされていた。 「変なところ、触らないでよね」 「ボタンの話か? いや体の方か」 「両方よ、バカ!!」  締まらない空気のまま、紅蓮は発進する。  エナジーウィングで機体全体を覆い、防御姿勢を維持したまま外界とを隔てるガラスを打ち破った。 ▽  紅蓮が空を舞う。  エナジーウィングによって鋭角の運動と高速機動を可能にしたこの機体は、ものの数分で目標地点へ到着した。  渋谷から租界の中心に向かう、その途中に位置する場所。  一度空中で停止し、地上の様子をモニターで拡大する。  そこに映し出された光景は、カレンの想像を絶するものだった。  人が人を襲っている。  襲っている者たちは――死体。  信じたくはないが、手足の欠損や胸部の損傷の具合から、既に死んでいるとしか思えないのだ。  動く死体が群れを成して、人を襲っている。  高高度から街全体を見渡せば、群れが租界の中心の方角から放射状に広がっていくのが見て取れた。  このまま拡大すればいずれは環状線を越え、ゲットーを、そしてトウキョウ全域を覆うだろう。  現実味のない光景にカレンが息を止めたのは、一瞬だけだった。  すぐに「敵」を認識し、感情を爆発させる。 「やめろぉぉおおおおおおおッ!!!!」  紅蓮の右腕を発射する。  右腕は肘から先が着脱可能で、ワイヤーによって肘と繋がっている。  そして腕自体にブースターが点いているため、射出後も軌道を自在に変えられるのだ。  鋭い鉤爪が高速で飛び、生者を襲おうとしていた死体を貫く。  同時に、死体が高熱によって破裂した。  掌部分に搭載された輻射波動と呼ばれる機構によるものだ。  高周波を短いサイクルで対象に直接照射することで膨大な熱量を発生させ、爆発・膨張を起こす兵器。  KMFですら一撃で破壊する威力であり、実際に戦場では夥しい戦果を挙げている。  これが強力なブースターと組み合わさることで、紅蓮本体がその場から動くことなく、戦場を蹂躙することが可能になった。  腕が群れの中を縦横無尽に駆け回り、死体たちが原型を留めず破壊される。  腕が発射されてから紅蓮本体の元へ巻き戻されるまでの数秒のうちに、一つの通りにいた死体たちは全てただの死体に変わった。  だが潰したのは全体のほんの一部に過ぎない。  街全体を覆わんとしているそれは、紅蓮の力をもってしても止め切れない。 「早く、早く止めないと……日本人が……!!」 「……カレン、他の武装はあるのか」  朱理の声を聞き、カレンは我に返った。  焦りを鎮め、紅蓮の機体に装備された武器を確認する。 「えっ……と……MVSとスラッシュハーケンと……」 「ええい分からん。  今の以外に、広範囲を纏めて巻き込むような武装はあるかという意味だ」 「……ないわ」 「サクラダイトとやらのことは分からんが、要は燃料だろう。  これはいつまで動かせるんだ。  補給の目処は?」 「……そんな何時間ももたないわ。  補給も……ここでは多分無理」  エナジーウィングも輻射波動も、莫大なエネルギーを必要とする。  普段なら黒の騎士団を頼るのだが、この場ではそうもいかない。  一度エナジーが切れてしまえば、如何に紅蓮が強力でも動かなくなる。 「引け、カレン。  これ以上は無駄だ」 「……こんな時まで正論?」  朱理が正しい。  それは分かっている。  否、言われなくてももう分かっていたのだ。  ここまで広がってしまった以上、紅蓮ではどうしようもないと。  だがそれを認められるぐらいなら、初めから手出ししていない。  操縦桿を握る手を震わせて、モニターの先の景色を凝視したまま叫ぶ。 「目の前で人が殺されてるのに逃げろって言うの!?  力があるのに!  一人で冷静ぶってそんなの――」 「おい。  俺が好きでこんなことを言ってると思うな」  そこでカレンは初めて振り返った。  一段と低くなった朱理の声に、怒らせたのかと思った。  しかし朱理の顔に浮かぶのは怒りではなく、悔しさだ。  怒りがあるとすれば、それは自分自身へのものだ。  唇が白くなるほど噛み締めて、沈痛な面持ちでモニターを見つめている。 「軍がない以上、街を守るには民自身に戦わせる必要がある。  自分たちでバリケードを作らせて、応戦させて、それで勝てるように俺が指揮を執る。  だがここの連中にはそれが通用しない……逃げようともしない。  だから、ここで俺たちにできることはない」  カレンが正面を向くと、モニターの向こう側では未だ殺戮が続いていた。  ブリタニアが日本に行った侵略よりもなお一方的な、虐殺だった。 「何も持たないことがこんなにも無力だとはな。  久しぶりに思い知った」 「……そう。  私はつい最近、力があってもどうにもならないって思わされたばっかりよ」  紅蓮はランスロットに勝利した。  だが戦争に勝ったのはブリタニアで、皇帝による世界征服が成し遂げられてしまった。  紅蓮が最強のKMFでも、カレンがそれを使いこなせても、世界は変えられない。  今の状況すら、変えられないのだ。  カレンが肩を落とす。  そこで朱理はひとつ提案をしてきた。 「せめて租界の中心に行けば、原因が分かるかも知れん。  無駄足になる可能性もあるがな」  今ここで襲われている人々を助ける方法は見つからないが、まだやれることはある。  カレンも大人しく引き下がるつもりはなかったので、朱理の言葉に大きく頷いた。 「いいわ、付き合うわよ」  目標を決め、操縦桿を握り直す。  だが眼下で一点、異変が起きた。  モニターに映る景色の一角で、淡く光るものがある。  数百メートル先にあったその光を拡大すると、一人の青年が動く死体に囲まれているのが見て取れた。  青年の頭部からは突起が生えており、触覚か角かと迷ったが、髪の一部のようにも思える。  青い髪と着物のような衣服を纏ったその男が、腕を振り上げた。 「え……?」  その男は何も手にしていなかった。  しかしその手を振り下ろした時、周囲にいた死体たちが糸の切れた人形のように呆気なく倒れていったのだ。  もう一度手を振り上げて、下ろす。  同じように死体が倒れる。  しかしそれは死体に限った話ではなく、生きた人々の身にも振りかかった。  生者も死者も問わず、死んでいく。  反射的に輻射波動腕を掲げ、その男に向かって打ち込もうとして――止まる。  カレンは紅蓮の内部にいる。  距離もある。  だというのに――目が合った。  モニター越しにも関わらず、その男は確かに視線をカレンの方へと向け、にんまりと口元に笑みをつくったのだ。  背筋や首に蛇が絡みつくような気持ちの悪さ。  それでも咄嗟の反応ができたのは、これまでに培ってきた経験と、パイロットとしての天性の才能のお陰だろう。  紅蓮が急激に高度を上げ、向かってきた炎の塊を回避。  反撃に、円盤状にした輻射波動をその男へ投げつける。  そしてカレンはその結果を見ることなく、紅蓮を急発進させてその場から離脱した。 ▽ 「随分、優秀な機械のようだな」  赤い機体の姿が瞬く間に小さくなっていくのを、シーモアは手出しせずに見送った。  遠目ではあったが、機械の大きさは召喚獣と同程度。  速度も機動も武器の威力も、アルベド族が用いるものとは比べ物にならない。  あれはスピラの外の技術によるものなのだろうと、シーモアは結論づけた。  スピラ以外の世界の、兵器。  〈喰らい姫〉に見せられた通り、スピラの外にも絶望が満ちている証拠だ。  世界を隔てようと、『シン』が存在しなかろうと、人の本質は変わらない。  クツクツと、シーモアは声を殺して嗤う。  人間同士で殺し合う者たちも、あの〈喰らい姫〉すらも、滑稽でならなかった。  〈喰らい姫〉は言った――救うのか、滅ぼすのか、それとも革命か、と。  あの少女は全てを知ったような風でいて、まるで理解していないのだ。  救いとは滅び、滅びとは救い。  この二つは同一のものなのだと気づいていない。  ならばシーモアが己の手で、示すしかないだろう。  全ての世界に滅びを。  人間が死に絶えれば、生者の世が終われば、死の螺旋もまた終わる。  悲劇の連鎖は止まり、人々は悲しみから解放される。  それこそが、シーモアの与える救いなのだ。  〈竜殺し〉である必要すらなく、〈竜〉さえ殺せば世界を滅びへ向かわせられる。  悲願の達成を間近に感じながら、シーモアは死体の街で踊る。 【一日目昼/渋谷(東部)】 【シーモア@FINAL FANTASY X】 [所持品]不明 [状態]健康 [その他] ・〈竜殺し〉ではない ▽  カレンは途中で何度か方角を変え、何も追ってきていないことを確かめながら逃げる。  そしてまだ破壊されていない地域まで戻ったところで、紅蓮をビルのヘリポートに着地させた。 「……退いたわよ。  これでいいんでしょ」 「ああ、今はこれが正しい」  生身の人間を相手にKMFが退くことは、本来あり得ない。  だが〈竜〉がいる、死体すら動き回るこの異常事態の最中では、あの男が本当に人間なのかどうかすら怪しい。  得体の知れない相手を前にして、カレンは朱理に言われるまでもなく撤退を選んだ。  紅蓮のエナジーを無駄に消耗するわけにはいかなかった。  そして何より、一瞬交わってしまったあの視線が、今も視界の片隅にこびりついている。 「租界の中心に向かうのは後だな。  状況を整理したい」  急いだところで死体を止められる確証はなく、動き回ればまた妙な相手に出くわすかも知れない。  被害を見過ごすことになるが、カレンはやむなく同意した。 「分かったわよ。  私も少し休むわ」  コックピットのハッチを開け、二人は外へ出た。  朱理が地図を見つめている間に、カレンは屋上の縁から身を乗り出す。  眼下に広がるのは、平和に見える風景。  カレンが取り戻せなかった風景で、これから失われるであろう風景だった。  変えられない。  〈竜殺し〉である紅蓮を持ちながら、何も。  カレンは己の無力を、もう一度噛み締めた。 ▽  この殺し合いは圧倒的に不利な状況で始まったのだと、朱理は理解した。  そもそもカレンとの出会いがいなければ、参加者と殺し合う以前に死体に殺されていただろう。  力も、地位も、名誉も、武器も、軍も、何もない。  それでも平常心を保っていられるのは朱理の生来の打たれ強さと、経験によるところが大きい。  無一文同然の状態になるのは、これで三度目なのだ。  一度目は信じていた部下に裏切られ、クーデターで地位を追われた。  二度目は知りたくなかった事実を突きつけられ、狼狽したまま戦に敗けた。  どちらも朱理にとって想定外の出来事で、特に二度目は自殺を図るに至るほどだった。  それらを思い知った今の朱理だからこそ、今回の儀式に心を乱さなかった。  とはいえ他人に運命を弄ばれて、黙っていられるような男ではない。  まして名簿に更紗の名があり、目の前で民が殺されるのを見せられてしまったとあっては。 ――〈竜〉も〈喰らい姫〉も、後悔させてやる。 ――望んだ結果を得られると思うなよ。  赤の王、朱理。  王朝の反逆者。  王子の身でありながら、王家に禍いをもたらすと予言された呪いの子。  どんな環境に置かれようと、その内側にあるものは何も変わらない。  例え〈竜殺し〉であると宣告されようと。  朱里は朱里のまま、運命に反逆する。 【一日目昼/渋谷(西部)】 【紅月カレン@コードギアス】 [所持品]紅蓮聖天八極式、ポーチ、財布等 [状態]健康 [その他] ・紅蓮は〈竜殺し〉 【朱理@BASARA】 [所持品]剣 [状態]健康 [その他] ・〈竜殺し〉です。 Back:[[汝は竜殺しなりや?]] Next:[[国の真優ろば]] |&color(blue){GAME START}|紅月カレン|012:[[光芒]]| |~|朱理|~| |~|シーモア|014:[[スアロー・クラツヴァーリの場合]]| ----

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