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持つ者と持たざる者」(2017/05/15 (月) 23:32:23) の最新版変更点

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**持つ者と持たざる者  ◆Wv2FAxNIf.  明日は運命の日。  タタラにとって、赤の王にとって、それに浅葱にとって――日本に住む全ての民にとっての、運命の日。  これが最後の夜になるのかも知れない。  そう覚悟して眠りについたというのに、浅葱は無粋な夢を見ることとなった。 「汝は〈竜殺し〉ではない」 「……あっそ」  巨大にして強大、超常の存在である〈赤の竜〉の前に立たされた浅葱は素っ気なく返した。  相手が〈竜〉であろうと、今の浅葱にとっては余計な横槍でしかない。  ましてその第一声が否定の言葉で始まったとあっては、浅葱の神経を逆撫でるに充分だった。 「で、〈竜殺し〉って?」 「我の力を継承するに足る器を持つ者。  次の時代を担う者と言い換えてもいいだろう」 「……僕にはその器がなかった、ってわけ」  足りない、選ばれない、望まれない。  心・技・体のうち「技」しか備わらぬと言われた時と同じだった。  そして同時に、分かる。  自分は選ばれなくとも――「あの二人」は選ばれる。  これは夢に過ぎないはずなのに、確信していた。  あの二人もこれと同じような夢を見て、〈竜殺し〉と宣告されているのだろう。 「だったら、その足りない僕に何の用があるわけ?」 「汝は〈竜殺し〉ではない。  だが資格はある」  〈竜〉は語る。  世界を変える、時代が変わる。  しかしそれらの言葉を聞きながら、浅葱は思う。 ああ なんて くだらない―――― ▽  参加者の名簿、それに適当に調達した地図を片手に、浅葱は雑踏の中を歩いていた。  人混みは嫌いだ。  だが誰もいないような田舎も嫌いだ。  浅葱にとっては好きと言えるものの方が希少で、人も、土地も、食事も、状況も、嫌いなものばかりである。  〈竜〉や〈喰らい姫〉に振り回される現状も当然、最悪と言っていい。  ましてしつこく付きまとってくる者がいるとなれば、浅葱の心はますますささくれ立つのだった。 「浅葱さん!!  待って下さい、話だけでも……!」 「うるさいなあ。  聞きたくないって言っただろ」  白い着物に、海のような深い瑠璃色の袴の女性だった。  歳は浅葱と同じか少し下ぐらいで、大仰な装飾の杖を手にしている。  癖の少ない茶がかった髪は肩まで伸びており、服装も相まって大人しい印象を受ける。  しかし彼女は、それに反する強引さと根気強さを持ち合わせていたらしい。  彼女が人形じみた人々に熱心に語りかけている姿を、浅葱が偶然見かけてしまったのが始まりだった。  そこで聞いてもいないのに自らユウナと名乗った彼女は、こうして浅葱について回っているのだった。  袴姿はやはり動きにくいようで、歩幅は狭く不格好だ。  浅葱が少し走れば簡単に撒ける相手ではあったのだが、わざわざ体力を消耗させられるのも癪で、そのまま無視していた。  殺すべきか、殺さざるべきか。  儀式のルール上いずれは殺すことになるが、殺したと知れればタタラが騒ぐ。  話に耳を貸すべきか、貸さざるべきか。  情報は欲しいが、素直に話を聞いてやるのも気に入らない。  浅葱は無作為に散策しているように見せながら、ユウナの扱いを思案する。  最初に名簿でユウナの名を見た時の方が、まだ関心が強かった。  朱理の仲間にそんな名前の女がいたはずだと、ならば朱理を出し抜くのに使えるはずだと考えたからだ。  しかし実際に会ってみればただの同名の他人。  この様子では死人であるはずの四道の名が載っていたのもただの偶然だろうと、拍子抜けしてしまった。  そういった事情もあって、ユウナをどう利用したものか考えあぐねていたのだった。 「……名前なんて教えるんじゃなかったな」 「だけど……私はもっと、浅葱さんとお話したいんです」 ――浅葱、もっと話、しようよ ――ケンカもしようね  真っ直ぐに視線を投げかけてくるユウナに、タタラの面影が重なる。  顔は似ても似つかないはずなのに。  綺麗な着物、鍛えられていない華奢な腕、傷一つない細い指先――何も似ていないはずなのに。  それは今に始まったことではなく、ユウナと出会った時からどうしてかタタラの影を感じてしまうのだ。  これではまるで自分がタタラを意識しているようだと、そう気づいた浅葱の苛立ちは頂点に達した。 「……何で僕につきまとうわけ?」 「それは、話を――」 「話って言うけどさ。  こんなところに放り込まれて、いざっていう時に僕に守らせたいだけなんじゃない?」  ユウナは口にしていた。  皆で協力したいと。  今は絶望的な状況でも、皆で考えればきっと解決できると。  そんな「いい子」の口ぶりが余計にタタラを思わせて、気に入らなかった。  だから徹底的に心を折ってやろうと、浅葱は底意地の悪さを見せる。 「『皆で』なんてきれいごと言っても、結局自分が助かりたいだけだろ?  かよわい女の子だから、ケンカなんてできませんってアピールして。  僕の同情を買って、いいように使ってさ。  ムカつくんだよね、そういうの」 「違います!」  ユウナは眉を寄せ、唇を噛み、浅葱を見上げてくる。  近い距離で対面になって初めて、浅葱は彼女のオッドアイに気づいた。  見れば見るほど似ていない。  そんな彼女が、改めて口を開いた。 「私は召喚士です。  確かに私はガードのみんなに守られながら、旅をしています。  大勢の人が守ってくれたから、ここにいます。  でもだからって、何もかも人任せにするつもりはありません」  ユウナが深々と頭を下げる。  髪が垂れ、白く細いうなじが見えた。  浅葱の剣なら簡単に斬って落とせる、無防備な姿だった。 「お願いします。  私の話を、聞いて欲しいんです」  ここで攻撃してこないか、試しているのか。  恐らく違う。  そんな計算ができる人間だとは思えない。  ただ――こんな状況に置かれてなお、出会ったばかりの相手を信じているのだ。 「……やっぱり嫌いだよ」  「いい子」すぎて癇に障るから。  いちいちタタラのことを思い出させるから――浅葱は、ユウナが嫌いだった。 ▽  誰も犠牲にならない方法を考えようと「キミ」は言った。  召喚士も、ガードも、スピラの人々も、誰も死なない。  それでいて『シン』も復活しない、そんな方法を。 「そんなに困ってるなら素直に〈赤の竜〉を殺せばいいのに。  あいつらが言ってた通りなら、千年かけても殺せなかった『シン』だって一発だよ」 「それは……最後の五人になって、ということですか?」 「当然。  たった十五人、スピラと何の関係もない連中を殺すだけで『シン』がいなくなる。  スピラの犠牲はゼロだよ」  両者ともこの街で使える通貨を持っていないので、適当なベンチに腰掛けて話をしていた。  そこでユウナはこれまでの旅の経緯を簡単に説明したのだが、どうやら浅葱には響かなかったらしい。 「逆にこれができないなら、君にとってのスピラはその程度のもんだってことじゃない?」 「浅葱さんは……いじわるですね」  浅葱の嫌味に耳を傾けながら、もう一度考える。  スピラのこと、それに『シン』がいない永遠のナギ節のことを。 「浅葱さんの言ってることはきっと正しいです。  スピラにとっての一番は、『シン』がいなくなることですから」  あの時のままだったら、今の浅葱に何の反論もできなかったかも知れない。  エボンの真実を聞かされてから、何度も揺れた。  自分が信じてきたことを根本から否定されて、何を信じていいのか分からなくなった。  だが、ユウナは「キミ」に出会った。  スピラのことを何も知らなかった「キミ」が、いつも常識を打ち破ってきた。  ユウナレスカに会っても、マイカ総老師に会っても、立ち止まらなかった「キミ」を知っている。 「だけど私は、スピラの人達に胸を張っていたいんです。  例えスピラに関係ない人達であっても、その人達を犠牲にしてしまったら……きっと私は、後悔する」 「自己満足ってこと?」 「そう……ですね。  でも、私の……大切な人が言ったんです。  オトナぶって、カッコつけて、言いたいことも言えないなんてイヤだって。  私もそうだな……って、思いました。  〈竜〉に言われたからって流されたら、ダメなんです」  「キミ」が言ったことの意味を、何度も考えた。  言われた時に考えて、〈赤の竜〉に会ってからまた考えた。  エボンの教えに流されてきた自分が、今度は「キミ」の言葉に流されてしまったら意味がない。  けれど結論は同じだった。  「スピラが平和になればそれでいい」とは、言えなかった。 「だから浅葱さん……一緒に考えませんか?」  浅葱の目を見つめる。  巻き込まれた二十人全員が後悔しない道。  そんなものがあるのか分からなくても、諦めてしまったら本当に見つからなくなるから。  だがその視線は唐突な地鳴りと轟音により、浅葱から逸れることとなった。 ▽  死体、死体。  胸や腹に穴を空けた死体の群れが襲いかかってくる。  浅葱は剣で応戦して何体か討ち取ったものの、雲霞の如く現れる敵の前では「技」など無意味だ。  即決し、身を翻して逃走を図る。  ユウナが「死人(しびと)」という単語を口にしていたが、聞き返している暇はなかった。  東京全体が同じ被害を受けているとすれば、逃げても時間稼ぎにしかならない。  馬もなく、走って逃げるのもすぐに限界がくる。  浅葱が考えながら走っていると、背後に聞こえるはずの足音がなくなっていることに気づいた。  振り返るとユウナは立ち止まっており、浅葱に背を向けていた。 「何して……」 「このままじゃ、逃げ切れません。  戦います」  その細腕で何ができるのかと、浅葱が言おうとする。  だがユウナは杖を構え、振り向き様に呟いた。 「召喚します。下がっていて下さい」  ユウナが両手を大きく広げて空を仰ぐと、ユウナが立つ地面に複雑な紋様の魔法陣が浮かび上がった。  魔法陣から放たれた四つの光の塊は雲にも届くほどの高さにまで到達し、一つに合わさる。  そしてその光の中心から、一羽の鳥が降り立った。  それは鳥と呼ぶには巨大すぎた。  人の身の丈を裕に超え、羽を広げた姿はなお大きい。  胴体こそ鳥のように見えるが、翼の形状は蝙蝠に近かった。  全体は肌色を基調としながら紫や赤といった強い色に縁取られ、浅葱が知るどんな生物とも結びつかない。  禍々しい――そう呼びたくなる姿だ。  だが浅葱が呆気に取られる中、ユウナは地面に降りたその鳥の頬を、愛おしげに撫でた。  確かにこれは、ユウナが呼び出した味方なのだ。  先刻ユウナが口にした「召喚獣」というものを、浅葱はここでようやく正しく認識したのだった。  ユウナが召喚獣を送り出した後の戦いは一方的であり、圧倒的だった。  それは最早蹂躙と呼んでも差し支えない。  巨体を浮き上がらせ、高い位置から蹴りを見舞う。  それだけで動く死体の頭部は激しく損壊し、倒れ伏して動かなくなった。  翼を強く前へと押し出して風を起こせば、その風圧を叩きつけられた死体の全身がひしゃげ、一掃された。  そして召喚獣は、嘴の先端から光の筋を吐いた。  それは定規で線を引いたように真っ直ぐに、死体が密集する地点に放たれる。  光を浴びた地面は一瞬の間を置いて、火薬以上の爆発を起こした。  一分にも満たない時間。  浅葱が我に返った頃には全てが終わり、召喚獣も空に消え、立っているのはユウナと浅葱のみとなっていた。 「もう少し、待っていてもらえますか?」 「……何、するのさ」 「異界送り」  浅葱に短く告げて、ユウナは杖を掲げる。  始まったのは、杖を用いた舞だった。  こんな時に何をしているのかと。  早くここを離れなければ次が来ると。  言うべきことは幾らでも浮かぶのに、一つも口に出せなかった。  杖が弧を描く。  ユウナの体の回転に合わせて、長い袖が揺れる。  走る姿はあんなにも不格好だったというのに、まるで別人のようだった。  目が離せなくなる。  何故か、泣き出したい気持ちになる。  召喚獣によって打ち倒された死体から、蛍のような小さな光が漏れ出した。  一つ、また一つと増えていった光がユウナの周囲を飛び回り、やがて空へ消えていく。  死体も、溶けるように消えていく。  不気味な光景のはずなのに、死者を慰めているようにも見えた。  浅葱には今、何が起きているのかは分からない。  だが思い知った。   これまでのユウナの言動、異形を召喚し使役する能力、そして「異界送り」をする姿が繋がりあって、一つの結論を導き出す。  ユウナは〈竜殺し〉だ。  誰に説明されたわけでもなく悟った。  〈竜〉に器を認められなかった自分とは違う、「自分が何なのかさえ分からない」者とは違う、次の時代を担うに足る者なのだと。  事あるごとにタタラと重なったのはこの為だと。  〈竜〉に関わらずとも、そのまま進んでいれば『シン』を倒して時代と世界を変えていたはずの――選ばれた存在。  浅葱は呼吸を忘れて待っていた。  異界送りが終わるまで、身じろぎせずに。  ユウナの舞をずっと、目に焼き付けていた。 ▽ 「世界に、興味はないか」  浅葱の無関心な様子を見かねたのか、〈赤の竜〉は問うてきた。  〈竜〉の話を半ば聞き流しつつあった浅葱は、あっさりと肯定する。 「ないよ。あるわけない。  何だっていい……どうだっていいんだよ」  〈竜殺し〉でなくとも、世界を自身が思う理想の姿に近づけることはできると〈竜〉は言う。  だが浅葱には浮かばなかった。  城の玉座に鎮座して、金銀財宝や召使いを抱えていれば幸せか。  食べ切れないほどの桃に囲まれていれば幸せか。  自分の求めるものが分からない。  かつて、言われたことがある。 ――あなたはもっとわがままになるべきでしょう。 ――僕はわがままだと思われてると思うけど? ――全然。 ――わがままというのは自分のために生きるということ。 ――タタラはけっこうわがままでしょう?  自分の好きな世界を思い描いていいと言われても、何もできない。  明確なビジョンを持つタタラとは違う。 僕は何――  考えてみてもどうしてか、タタラの船の騒がしい連中の顔が浮かぶばかりだった。  自分のことが、一番分からない。  何が欲しいのか分からない。 僕は、何――――  本当は分かっているのかも知れない。  けれど向き合えず、答えも出せなかった。 「……」  〈竜〉は何も言わずに闇の中へ遠ざかっていった。  超常の存在である〈竜〉は浅葱という人間個人の感傷や葛藤に、関心はないのだろう。  そうして浅葱と〈赤の竜〉の邂逅は終わった。 ▽  その後ユウナは、新たに角を持つ馬型の召還獣を呼び出した。  先刻の鳥と同様、やはりサイズは通常の馬とかけ離れており、たてがみが邪魔になるものの人間二人程度なら背に乗せられるという。  結局浅葱はユウナと同行することに決めた。  いざユウナを殺す必要が出た時、信用を得ていた方が不意を打ちやすいからだ。  と、動機付けしたものの、その実「ユウナの傍にいた方が安全である」と判断せざるを得なくなった為である。  初めにユウナに対して散々嫌味を言っておきながら、結局は自分の方がユウナを頼りにしてしまっている現実は、少し悔しかった。  とはいえユウナに悪意を悟られることなく、一時的であれ安全圏に身を置けたのだから、立ち振る舞いとしては成功と言っていいだろう。  今の進行方向を除けば、だが。 「本気?」 「はい、行きたいんです」 「……好きにしろとは言ったけどね」  死体の群れがやってきた方角――この東京の中心方面に向けて、ユウナは召喚獣で大通りを駆っている。  道路は動く死体で溢れ返っており、召喚獣で蹴散らしながら進んでいる状態だ。  安全を思えば、進路は真逆。  しかしこれまでに見せられたユウナの性質を思えば、当然の流れではあった。 「きっとこの先に、街の人達を傷つけている人がいます。  私は、その人を止めます」  死人(しびと)というものの説明を受けつつ、浅葱は思案にふける。  タタラや朱理、ユウナといった面々と引き換え「持たざる」自分が何故ここにいるのか。  〈竜〉が言う「資格」とは何なのか。  だがすぐに思考は中断した。  それまで召喚獣の行く手を阻むように向かってきていた群れが一斉に、突然ぐるりと別の方角へ首を動かしたのだ。  不自然な動きを受け、浅葱はその視線の行く先を追いかける。  そしてユウナが驚きの声を上げた。 「浅葱さん、あそこ……!」  召喚獣の進行方向の先にある路地から、人が飛び出してきた。  日本とは違う、大陸のものと思しきデザインの白い服、白い帽子の黒髪の男だった。  酷く狼狽した様子であり、群れに襲われながら泣き出しそうな声を上げて喚いている。 「来るなぁぁ!!  予は、予は何も……うわあぁぁぁ!!!」  浅葱はその顔に見覚えがあった。  「助けなくてもいいんじゃないの」と言いかけるが、ユウナの行動はそれよりも早い。 「イクシオン!」  ユウナがその名を叫ぶと召喚獣の角に雷のような光が集まり、そして放たれた。  光の帯が通り過ぎた後に残るのは、消し炭となった死体ばかりである。 「大丈夫ですか……!?」  敵をあっさりと一掃したユウナが、召喚獣を降りて男に駆け寄る。  警戒心の薄いその様に、浅葱は溜め息をつきたくなった。 「う、うむ、怪我はない……。  お前達は、道士か? 今のは宝貝なのか?」 「宝貝……?  いえ、私は召還士です」  ユウナは悠長に自己紹介を始めようとしている。  浅葱はそれを遮って、男に向かって言い放った。 「あんたの顔、知ってるよ。  殷の天子だろ?」  虚を突かれた男は声を詰まらせ、視線をあらぬ方へ泳がせる。  だが観念したように、自ら名乗ったのだった。 「いかにも……予が天子、紂王である」 「えっ、と……偉い人、ですか?」  ここにきてズレた反応をするユウナを余所に、浅葱は話を続ける。 「君は忘れてるかも知れないけど、〈喰らい姫〉が見せてきたビジョンの中に映ってたよ。  女に誑かされて治世を放り出した、愚王だ」 「ま、待て、違う!」 「何が違うって?」  浅葱は追及の手を緩めない。  「王」という肩書きは浅葱にとって、それにタタラや朱理にとっても重要な意味を持つ。  王としての役割を果たしてこなかった男を見逃してやるつもりはなかった。  問い詰められた紂王は頭を抱え、言い訳を口にしながらうめいている。 「た、確かにあそこに映っていたのは予だ。  だが予はあの女を知らない!  今まで民の為に政に取り組んできたのだ!  あれは……あんなことは、覚えがない……!」 「覚えがない?  覚えがないときた!  それならあれは、〈喰らい姫〉が僕らを騙していたって――」 「浅葱さん、やめて下さい!」  今度はユウナが間に割って入り、場を諫めた。  ユウナに守られている立場にある浅葱は、やむなく一歩下がる。 「私には、本当に覚えがないように見えました。  私は信じます」  「これだからいい子は」と言いかけて、口をつぐむ。  ユウナの頑固さの一端を味わわされていた浅葱は、こうなっては説得は不可能だと早々に諦めた。  その間にも紂王とユウナの間で話が進んでおり、今後は三人で行動する方針になるようだった。  だが浅葱が抱く懸念が消えたわけではない。  紂王の服の袖は破れ、血が滲んでいた。  しかし紂王は「怪我はない」と言い、浅葱からも外傷は見えなかった。  ならばその血は、誰の血なのか―― ▽  還り人の群れを使役する男だけが見ていた。  浅葱も疑いこそすれ、まだ知らない。  ユウナ達と出会う前、紂王が目覚めた路地。  今、その地面には赤い染みがあった。  まるで、血の詰まった袋を弾けさせたかのような跡である。  また家屋の外壁は抉れ、他にも原型を留めぬ死体が幾つも転がっている。  大型の肉食獣が暴れても、こうも凄惨な状況は作れまい。 「予は、聞仲に会わなければ……。  聞仲がいなければ、予は……」 「はいはい。  分かったから黙っててくれる?」 「浅葱さん、そんな言い方はダメですよ。  皆で聞仲さんを捜さないと」  紂王が飛び出してくる直前、そこで何が起きていたのか。  知っているのは死者の王、ただ一人である。 【一日目昼/南部】 【浅葱@BASARA】 [所持品]剣 [状態]健康 [その他] ・〈竜殺し〉ではない 【ユウナ@FFX】 [所持品]ニルヴァーナ [状態]健康、イクシオン召喚中 [その他] ・特記事項なし 【紂王@封神演義】 [所持品] [状態]健康、服の袖が破れている [その他] ・特記事項なし Back:[[The First Signature]] Next:[[天凌府君、宣戦布告す]] |&color(blue){GAME START}|浅葱|-| |~|ユウナ|~| |~|紂王|~| ----
**持つ者と持たざる者  ◆Wv2FAxNIf.  明日は運命の日。  タタラにとって、赤の王にとって、それに浅葱にとって――日本に住む全ての民にとっての、運命の日。  これが最後の夜になるのかも知れない。  そう覚悟して眠りについたというのに、浅葱は無粋な夢を見ることとなった。 「汝は〈竜殺し〉ではない」 「……あっそ」  巨大にして強大、超常の存在である〈赤の竜〉の前に立たされた浅葱は素っ気なく返した。  相手が〈竜〉であろうと、今の浅葱にとっては余計な横槍でしかない。  ましてその第一声が否定の言葉で始まったとあっては、浅葱の神経を逆撫でるに充分だった。 「で、〈竜殺し〉って?」 「我の力を継承するに足る器を持つ者。  次の時代を担う者と言い換えてもいいだろう」 「……僕にはその器がなかった、ってわけ」  足りない、選ばれない、望まれない。  心・技・体のうち「技」しか備わらぬと言われた時と同じだった。  そして同時に、分かる。  自分は選ばれなくとも――「あの二人」は選ばれる。  これは夢に過ぎないはずなのに、確信していた。  あの二人もこれと同じような夢を見て、〈竜殺し〉と宣告されているのだろう。 「だったら、その足りない僕に何の用があるわけ?」 「汝は〈竜殺し〉ではない。  だが資格はある」  〈竜〉は語る。  世界を変える、時代が変わる。  しかしそれらの言葉を聞きながら、浅葱は思う。 ああ なんて くだらない―――― ▽  参加者の名簿、それに適当に調達した地図を片手に、浅葱は雑踏の中を歩いていた。  人混みは嫌いだ。  だが誰もいないような田舎も嫌いだ。  浅葱にとっては好きと言えるものの方が希少で、人も、土地も、食事も、状況も、嫌いなものばかりである。  〈竜〉や〈喰らい姫〉に振り回される現状も当然、最悪と言っていい。  ましてしつこく付きまとってくる者がいるとなれば、浅葱の心はますますささくれ立つのだった。 「浅葱さん!!  待って下さい、話だけでも……!」 「うるさいなあ。  聞きたくないって言っただろ」  白い着物に、海のような深い瑠璃色の袴の女性だった。  歳は浅葱と同じか少し下ぐらいで、大仰な装飾の杖を手にしている。  癖の少ない茶がかった髪は肩まで伸びており、服装も相まって大人しい印象を受ける。  しかし彼女は、それに反する強引さと根気強さを持ち合わせていたらしい。  彼女が人形じみた人々に熱心に語りかけている姿を、浅葱が偶然見かけてしまったのが始まりだった。  そこで聞いてもいないのに自らユウナと名乗った彼女は、こうして浅葱について回っているのだった。  袴姿はやはり動きにくいようで、歩幅は狭く不格好だ。  浅葱が少し走れば簡単に撒ける相手ではあったのだが、わざわざ体力を消耗させられるのも癪で、そのまま無視していた。  殺すべきか、殺さざるべきか。  儀式のルール上いずれは殺すことになるが、殺したと知れればタタラが騒ぐ。  話に耳を貸すべきか、貸さざるべきか。  情報は欲しいが、素直に話を聞いてやるのも気に入らない。  浅葱は無作為に散策しているように見せながら、ユウナの扱いを思案する。  最初に名簿でユウナの名を見た時の方が、まだ関心が強かった。  朱理の仲間にそんな名前の女がいたはずだと、ならば朱理を出し抜くのに使えるはずだと考えたからだ。  しかし実際に会ってみればただの同名の他人。  この様子では死人であるはずの四道の名が載っていたのもただの偶然だろうと、拍子抜けしてしまった。  そういった事情もあって、ユウナをどう利用したものか考えあぐねていたのだった。 「……名前なんて教えるんじゃなかったな」 「だけど……私はもっと、浅葱さんとお話したいんです」 ――浅葱、もっと話、しようよ ――ケンカもしようね  真っ直ぐに視線を投げかけてくるユウナに、タタラの面影が重なる。  顔は似ても似つかないはずなのに。  綺麗な着物、鍛えられていない華奢な腕、傷一つない細い指先――何も似ていないはずなのに。  それは今に始まったことではなく、ユウナと出会った時からどうしてかタタラの影を感じてしまうのだ。  これではまるで自分がタタラを意識しているようだと、そう気づいた浅葱の苛立ちは頂点に達した。 「……何で僕につきまとうわけ?」 「それは、話を――」 「話って言うけどさ。  こんなところに放り込まれて、いざっていう時に僕に守らせたいだけなんじゃない?」  ユウナは口にしていた。  皆で協力したいと。  今は絶望的な状況でも、皆で考えればきっと解決できると。  そんな「いい子」の口ぶりが余計にタタラを思わせて、気に入らなかった。  だから徹底的に心を折ってやろうと、浅葱は底意地の悪さを見せる。 「『皆で』なんてきれいごと言っても、結局自分が助かりたいだけだろ?  かよわい女の子だから、ケンカなんてできませんってアピールして。  僕の同情を買って、いいように使ってさ。  ムカつくんだよね、そういうの」 「違います!」  ユウナは眉を寄せ、唇を噛み、浅葱を見上げてくる。  近い距離で対面になって初めて、浅葱は彼女のオッドアイに気づいた。  見れば見るほど似ていない。  そんな彼女が、改めて口を開いた。 「私は召喚士です。  確かに私はガードのみんなに守られながら、旅をしています。  大勢の人が守ってくれたから、ここにいます。  でもだからって、何もかも人任せにするつもりはありません」  ユウナが深々と頭を下げる。  髪が垂れ、白く細いうなじが見えた。  浅葱の剣なら簡単に斬って落とせる、無防備な姿だった。 「お願いします。  私の話を、聞いて欲しいんです」  ここで攻撃してこないか、試しているのか。  恐らく違う。  そんな計算ができる人間だとは思えない。  ただ――こんな状況に置かれてなお、出会ったばかりの相手を信じているのだ。 「……やっぱり嫌いだよ」  「いい子」すぎて癇に障るから。  いちいちタタラのことを思い出させるから――浅葱は、ユウナが嫌いだった。 ▽  誰も犠牲にならない方法を考えようと「キミ」は言った。  召喚士も、ガードも、スピラの人々も、誰も死なない。  それでいて『シン』も復活しない、そんな方法を。 「そんなに困ってるなら素直に〈赤の竜〉を殺せばいいのに。  あいつらが言ってた通りなら、千年かけても殺せなかった『シン』だって一発だよ」 「それは……最後の五人になって、ということですか?」 「当然。  たった十五人、スピラと何の関係もない連中を殺すだけで『シン』がいなくなる。  スピラの犠牲はゼロだよ」  両者ともこの街で使える通貨を持っていないので、適当なベンチに腰掛けて話をしていた。  そこでユウナはこれまでの旅の経緯を簡単に説明したのだが、どうやら浅葱には響かなかったらしい。 「逆にこれができないなら、君にとってのスピラはその程度のもんだってことじゃない?」 「浅葱さんは……いじわるですね」  浅葱の嫌味に耳を傾けながら、もう一度考える。  スピラのこと、それに『シン』がいない永遠のナギ節のことを。 「浅葱さんの言ってることはきっと正しいです。  スピラにとっての一番は、『シン』がいなくなることですから」  あの時のままだったら、今の浅葱に何の反論もできなかったかも知れない。  エボンの真実を聞かされてから、何度も揺れた。  自分が信じてきたことを根本から否定されて、何を信じていいのか分からなくなった。  だが、ユウナは「キミ」に出会った。  スピラのことを何も知らなかった「キミ」が、いつも常識を打ち破ってきた。  ユウナレスカに会っても、マイカ総老師に会っても、立ち止まらなかった「キミ」を知っている。 「だけど私は、スピラの人達に胸を張っていたいんです。  例えスピラに関係ない人達であっても、その人達を犠牲にしてしまったら……きっと私は、後悔する」 「自己満足ってこと?」 「そう……ですね。  でも、私の……大切な人が言ったんです。  オトナぶって、カッコつけて、言いたいことも言えないなんてイヤだって。  私もそうだな……って、思いました。  〈竜〉に言われたからって流されたら、ダメなんです」  「キミ」が言ったことの意味を、何度も考えた。  言われた時に考えて、〈赤の竜〉に会ってからまた考えた。  エボンの教えに流されてきた自分が、今度は「キミ」の言葉に流されてしまったら意味がない。  けれど結論は同じだった。  「スピラが平和になればそれでいい」とは、言えなかった。 「だから浅葱さん……一緒に考えませんか?」  浅葱の目を見つめる。  巻き込まれた二十人全員が後悔しない道。  そんなものがあるのか分からなくても、諦めてしまったら本当に見つからなくなるから。  だがその視線は唐突な地鳴りと轟音により、浅葱から逸れることとなった。 ▽  死体、死体。  胸や腹に穴を空けた死体の群れが襲いかかってくる。  浅葱は剣で応戦して何体か討ち取ったものの、雲霞の如く現れる敵の前では「技」など無意味だ。  即決し、身を翻して逃走を図る。  ユウナが「死人(しびと)」という単語を口にしていたが、聞き返している暇はなかった。  東京全体が同じ被害を受けているとすれば、逃げても時間稼ぎにしかならない。  馬もなく、走って逃げるのもすぐに限界がくる。  浅葱が考えながら走っていると、背後に聞こえるはずの足音がなくなっていることに気づいた。  振り返るとユウナは立ち止まっており、浅葱に背を向けていた。 「何して……」 「このままじゃ、逃げ切れません。  戦います」  その細腕で何ができるのかと、浅葱が言おうとする。  だがユウナは杖を構え、振り向き様に呟いた。 「召喚します。下がっていて下さい」  ユウナが両手を大きく広げて空を仰ぐと、ユウナが立つ地面に複雑な紋様の魔法陣が浮かび上がった。  魔法陣から放たれた四つの光の塊は雲にも届くほどの高さにまで到達し、一つに合わさる。  そしてその光の中心から、一羽の鳥が降り立った。  それは鳥と呼ぶには巨大すぎた。  人の身の丈を裕に超え、羽を広げた姿はなお大きい。  胴体こそ鳥のように見えるが、翼の形状は蝙蝠に近かった。  全体は肌色を基調としながら紫や赤といった強い色に縁取られ、浅葱が知るどんな生物とも結びつかない。  禍々しい――そう呼びたくなる姿だ。  だが浅葱が呆気に取られる中、ユウナは地面に降りたその鳥の頬を、愛おしげに撫でた。  確かにこれは、ユウナが呼び出した味方なのだ。  先刻ユウナが口にした「召喚獣」というものを、浅葱はここでようやく正しく認識したのだった。  ユウナが召喚獣を送り出した後の戦いは一方的であり、圧倒的だった。  それは最早蹂躙と呼んでも差し支えない。  巨体を浮き上がらせ、高い位置から蹴りを見舞う。  それだけで動く死体の頭部は激しく損壊し、倒れ伏して動かなくなった。  翼を強く前へと押し出して風を起こせば、その風圧を叩きつけられた死体の全身がひしゃげ、一掃された。  そして召喚獣は、嘴の先端から光の筋を吐いた。  それは定規で線を引いたように真っ直ぐに、死体が密集する地点に放たれる。  光を浴びた地面は一瞬の間を置いて、火薬以上の爆発を起こした。  一分にも満たない時間。  浅葱が我に返った頃には全てが終わり、召喚獣も空に消え、立っているのはユウナと浅葱のみとなっていた。 「もう少し、待っていてもらえますか?」 「……何、するのさ」 「異界送り」  浅葱に短く告げて、ユウナは杖を掲げる。  始まったのは、杖を用いた舞だった。  こんな時に何をしているのかと。  早くここを離れなければ次が来ると。  言うべきことは幾らでも浮かぶのに、一つも口に出せなかった。  杖が弧を描く。  ユウナの体の回転に合わせて、長い袖が揺れる。  走る姿はあんなにも不格好だったというのに、まるで別人のようだった。  目が離せなくなる。  何故か、泣き出したい気持ちになる。  召喚獣によって打ち倒された死体から、蛍のような小さな光が漏れ出した。  一つ、また一つと増えていった光がユウナの周囲を飛び回り、やがて空へ消えていく。  死体も、溶けるように消えていく。  不気味な光景のはずなのに、死者を慰めているようにも見えた。  浅葱には今、何が起きているのかは分からない。  だが思い知った。   これまでのユウナの言動、異形を召喚し使役する能力、そして「異界送り」をする姿が繋がりあって、一つの結論を導き出す。  ユウナは〈竜殺し〉だ。  誰に説明されたわけでもなく悟った。  〈竜〉に器を認められなかった自分とは違う、「自分が何なのかさえ分からない」者とは違う、次の時代を担うに足る者なのだと。  事あるごとにタタラと重なったのはこの為だと。  〈竜〉に関わらずとも、そのまま進んでいれば『シン』を倒して時代と世界を変えていたはずの――選ばれた存在。  浅葱は呼吸を忘れて待っていた。  異界送りが終わるまで、身じろぎせずに。  ユウナの舞をずっと、目に焼き付けていた。 ▽ 「世界に、興味はないか」  浅葱の無関心な様子を見かねたのか、〈赤の竜〉は問うてきた。  〈竜〉の話を半ば聞き流しつつあった浅葱は、あっさりと肯定する。 「ないよ。あるわけない。  何だっていい……どうだっていいんだよ」  〈竜殺し〉でなくとも、世界を自身が思う理想の姿に近づけることはできると〈竜〉は言う。  だが浅葱には浮かばなかった。  城の玉座に鎮座して、金銀財宝や召使いを抱えていれば幸せか。  食べ切れないほどの桃に囲まれていれば幸せか。  自分の求めるものが分からない。  かつて、言われたことがある。 ――あなたはもっとわがままになるべきでしょう。 ――僕はわがままだと思われてると思うけど? ――全然。 ――わがままというのは自分のために生きるということ。 ――タタラはけっこうわがままでしょう?  自分の好きな世界を思い描いていいと言われても、何もできない。  明確なビジョンを持つタタラとは違う。 僕は何――  考えてみてもどうしてか、タタラの船の騒がしい連中の顔が浮かぶばかりだった。  自分のことが、一番分からない。  何が欲しいのか分からない。 僕は、何――――  本当は分かっているのかも知れない。  けれど向き合えず、答えも出せなかった。 「……」  〈竜〉は何も言わずに闇の中へ遠ざかっていった。  超常の存在である〈竜〉は浅葱という人間個人の感傷や葛藤に、関心はないのだろう。  そうして浅葱と〈赤の竜〉の邂逅は終わった。 ▽  その後ユウナは、新たに角を持つ馬型の召還獣を呼び出した。  先刻の鳥と同様、やはりサイズは通常の馬とかけ離れており、たてがみが邪魔になるものの人間二人程度なら背に乗せられるという。  結局浅葱はユウナと同行することに決めた。  いざユウナを殺す必要が出た時、信用を得ていた方が不意を打ちやすいからだ。  と、動機付けしたものの、その実「ユウナの傍にいた方が安全である」と判断せざるを得なくなった為である。  初めにユウナに対して散々嫌味を言っておきながら、結局は自分の方がユウナを頼りにしてしまっている現実は、少し悔しかった。  とはいえユウナに悪意を悟られることなく、一時的であれ安全圏に身を置けたのだから、立ち振る舞いとしては成功と言っていいだろう。  今の進行方向を除けば、だが。 「本気?」 「はい、行きたいんです」 「……好きにしろとは言ったけどね」  死体の群れがやってきた方角――この東京の中心方面に向けて、ユウナは召喚獣で大通りを駆っている。  道路は動く死体で溢れ返っており、召喚獣で蹴散らしながら進んでいる状態だ。  安全を思えば、進路は真逆。  しかしこれまでに見せられたユウナの性質を思えば、当然の流れではあった。 「きっとこの先に、街の人達を傷つけている人がいます。  私は、その人を止めます」  死人(しびと)というものの説明を受けつつ、浅葱は思案にふける。  タタラや朱理、ユウナといった面々と引き換え「持たざる」自分が何故ここにいるのか。  〈竜〉が言う「資格」とは何なのか。  だがすぐに思考は中断した。  それまで召喚獣の行く手を阻むように向かってきていた群れが一斉に、突然ぐるりと別の方角へ首を動かしたのだ。  不自然な動きを受け、浅葱はその視線の行く先を追いかける。  そしてユウナが驚きの声を上げた。 「浅葱さん、あそこ……!」  召喚獣の進行方向の先にある路地から、人が飛び出してきた。  日本とは違う、大陸のものと思しきデザインの白い服、白い帽子の黒髪の男だった。  酷く狼狽した様子であり、群れに襲われながら泣き出しそうな声を上げて喚いている。 「来るなぁぁ!!  予は、予は何も……うわあぁぁぁ!!!」  浅葱はその顔に見覚えがあった。  「助けなくてもいいんじゃないの」と言いかけるが、ユウナの行動はそれよりも早い。 「イクシオン!」  ユウナがその名を叫ぶと召喚獣の角に雷のような光が集まり、そして放たれた。  光の帯が通り過ぎた後に残るのは、消し炭となった死体ばかりである。 「大丈夫ですか……!?」  敵をあっさりと一掃したユウナが、召喚獣を降りて男に駆け寄る。  警戒心の薄いその様に、浅葱は溜め息をつきたくなった。 「う、うむ、怪我はない……。  お前達は、道士か? 今のは宝貝なのか?」 「宝貝……?  いえ、私は召還士です」  ユウナは悠長に自己紹介を始めようとしている。  浅葱はそれを遮って、男に向かって言い放った。 「あんたの顔、知ってるよ。  殷の天子だろ?」  虚を突かれた男は声を詰まらせ、視線をあらぬ方へ泳がせる。  だが観念したように、自ら名乗ったのだった。 「いかにも……予が天子、紂王である」 「えっ、と……偉い人、ですか?」  ここにきてズレた反応をするユウナを余所に、浅葱は話を続ける。 「君は忘れてるかも知れないけど、〈喰らい姫〉が見せてきたビジョンの中に映ってたよ。  女に誑かされて治世を放り出した、愚王だ」 「ま、待て、違う!」 「何が違うって?」  浅葱は追及の手を緩めない。  「王」という肩書きは浅葱にとって、それにタタラや朱理にとっても重要な意味を持つ。  王としての役割を果たしてこなかった男を見逃してやるつもりはなかった。  問い詰められた紂王は頭を抱え、言い訳を口にしながらうめいている。 「た、確かにあそこに映っていたのは予だ。  だが予はあの女を知らない!  今まで民の為に政に取り組んできたのだ!  あれは……あんなことは、覚えがない……!」 「覚えがない?  覚えがないときた!  それならあれは、〈喰らい姫〉が僕らを騙していたって――」 「浅葱さん、やめて下さい!」  今度はユウナが間に割って入り、場を諫めた。  ユウナに守られている立場にある浅葱は、やむなく一歩下がる。 「私には、本当に覚えがないように見えました。  私は信じます」  「これだからいい子は」と言いかけて、口をつぐむ。  ユウナの頑固さの一端を味わわされていた浅葱は、こうなっては説得は不可能だと早々に諦めた。  その間にも紂王とユウナの間で話が進んでおり、今後は三人で行動する方針になるようだった。  だが浅葱が抱く懸念が消えたわけではない。  紂王の服の袖は破れ、血が滲んでいた。  しかし紂王は「怪我はない」と言い、浅葱からも外傷は見えなかった。  ならばその血は、誰の血なのか―― ▽  還り人の群れを使役する男だけが見ていた。  浅葱も疑いこそすれ、まだ知らない。  ユウナ達と出会う前、紂王が目覚めた路地。  今、その地面には赤い染みがあった。  まるで、血の詰まった袋を弾けさせたかのような跡である。  また家屋の外壁は抉れ、他にも原型を留めぬ死体が幾つも転がっている。  大型の肉食獣が暴れても、こうも凄惨な状況は作れまい。 「予は、聞仲に会わなければ……。  聞仲がいなければ、予は……」 「はいはい。  分かったから黙っててくれる?」 「浅葱さん、そんな言い方はダメですよ。  皆で聞仲さんを捜さないと」  紂王が飛び出してくる直前、そこで何が起きていたのか。  知っているのは死者の王、ただ一人である。 【一日目昼/南部】 【浅葱@BASARA】 [所持品]剣 [状態]健康 [その他] ・〈竜殺し〉ではない 【ユウナ@FFX】 [所持品]ニルヴァーナ [状態]健康、イクシオン召喚中 [その他] ・特記事項なし 【紂王@封神演義】 [所持品] [状態]健康、服の袖が破れている [その他] ・特記事項なし Back:[[The First Signature]] Next:[[天凌府君、宣戦布告す]] |&color(blue){GAME START}|浅葱|013:[[竜殺しを探して]]| |~|ユウナ|~| |~|紂王|~| ----

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