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「英雄(ヒーロー)の条件」(2017/03/23 (木) 21:10:47) の最新版変更点
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**英雄(ヒーロー)の条件 ◆Wv2FAxNIf.
「〈竜殺し〉ではない」と宣告されて、その男は「その通りだ」と応えた。
強大な力を受け継ぐ器などあるはずがない。
次の時代を担うどころか、今の時代に無理矢理しがみついているだけの身だ。
こんなところに招かれる謂われすらない。
それでもできることがあるとするなら――
▽
更紗は深く息をついた。
突然の出来事の連続で、冷静になる時間が必要だった。
剣を振り続けていた手も、まだ疲労と緊張で震えている。
愛馬の夜刀も落ち着かない様子で部屋の中を何度も見回していた。
更紗は数刻前に焼けたばかりの、石造りの建物の一室に身を潜めていた。
地上三階にある部屋であり、街中に蔓延る死体の群れの目は誤魔化せているようだ。
火こそ消し止められたものの焦げついた臭いは未だ強く、更紗が腰掛けている椅子にも炎が這った痕が残されている。
「タタラと言ったか。
これからどうする?」
赤い着物の男――アーロンと名乗った彼が、窓の外の様子を窺いながら問うてくる。
状況を打開できたのは彼のお陰だった。
何人斬っても次が湧いてくる、切り開いた道はその端から塞がれていく絶望的な事態の中で、彼はその剣をもって竜巻をつくりだした。
比喩ではなく竜巻そのものを――人の身で災害を起こしてみせたのだ。
その風は死体の群れは勿論、彼らが周囲の建物に放った火すらも消し飛ばす。
余りの光景に、更紗は腰を抜かしかけた。
だがそこで建物の中に逃げ込むという判断をしたのは更紗だった。
群れを観察した限り彼らは道を進軍し、生きた人を襲い、家屋に火を放っている。
同士討ちこそしないものの、決められた動作をしているだけに見えて知性は感じられない。
これらから「既に焼かれた建物の中は安全なのではないか」と考えたのだ。
少なくとも逃げ込む姿を見られなければ捜しにくることもないと推測し、アーロンが敵を一掃したタイミングを狙ってこの建物に転がり込んだ。
彼らについての推論がどこまで合っていたのかはともかく、結果としてこうして一息つけたのだった。
「俺についてきたければ勝手にしろ。
これ以上休んでいる暇はない。
お前がいつまでもそうしていたいなら、それもいいだろう」
沈黙していた更紗に、アーロンが重ねて言う。
突き放した言い方をするアーロンに、更紗はもう一度呼吸を整えた。
彼の人を試すような言動は、今に始まったことではなかった。
それは決して悪意によるものではないのだろうと、更紗は解釈している。
出会って間もない相手ではあるが、梟・新橋の求めに応じて助けにきてくれた彼のことを、今は信じていたかった。
「……私にもあなたにも、捜している相手がいる。
お互い、急いでいる。
でも少しだけ時間を下さい」
忌ブキと決裂してしまった時のことを思い返す。
どうすればよかったのかと改めて考えても、忌ブキも更紗自身も主張を譲りようがなく、避けられない結果だった。
だがそれで終わりにしていいとも思えないのだ。
――何故私は〈竜殺し〉なのだろう。
アーロンと話している今も、更紗は疑念を抱き続けていた。
力ではアーロンの足下にも及ばない。
一人ではこの地で生き残ることもできない。
だからこそ、こんな自分が選ばれてしまった意味を考える。
忌ブキがそうであったように、〈赤の竜〉の力を切実に求める者がいる。
それでも戦いを止めたければどうすればいいのか――自分にしかできないことを、自分だからできることを考える。
考えて、それを口にした。
「私はあなたのことが知りたい。
それに私のことも、知って欲しいんです」
話し合うことを諦めたくなかった。
その為には遠回りだとしても、悠長に思えても、自分と同じく巻き込まれた者たちのことを知りたかった。
人は一度会っただけでは分からないと、更紗はこれまでの旅でよく分かっていたからだ。
ただし、これではアーロンにとってのメリットがない。
交渉を成立させる為のもう一押しを、更紗は模索する。
だがアーロンは外を一瞥してからその場を離れ、更紗の正面の椅子に腰を下ろしたのだった。
「いいだろう、付き合ってやる」
アーロンの黒眼鏡の奥の表情は窺いにくい。
バイザーで顔の下半分をが隠れていることもあり、感情が読み取れなかった。
「確かに偽名を使う小娘が後ろにいては、俺も気が散るからな」
「……!!」
自分の頬がカッと紅潮したのが分かる。
まだ更紗という名を使っていない、タタラとして振る舞った初対面の相手に看破されるのは初めてだった。
運命の少年などではなく――少女であると。
「気付いて、いたんですか」
「今までそれで通用していたのか?
随分、不注意な連中に囲まれていたと見える」
仲間について悪く言われ、更紗はわずかに眉を顰めた。
しかし見抜かれてしまったことは事実で、更紗は観念して額に当てていた布を解く。
髪を下ろし、張り詰めさせていた神経を少しだけ緩めた。
そして頭を下げ、改めてアーロンに求める。
「更紗……です。
話を、させてください」
▽
歳は、ユウナたちと同じか少し下ぐらいだろうか。
初めに助けた時は、非力な小娘程度にしか思わなかった。
世界を左右するような話に何故巻き込まれたのかと、疑問すら覚えた。
その彼女の言い分に従う気になったのは、彼女の眼を見てしまったが故だった。
多くの人間を突き動かすだけの熱を宿した眼。
自分にも――ブラスカにもジェクトにもなかったものだ。
それは『英雄』と呼ばれるものなのだろう。
その後で彼女の話を聞かされても、作り話とは思わなかった。
運命の子どもという予言、日本の現状、そして「誰も殺されない国」という理想を、更紗は語る。
その理想を耳にして、アーロンの肩は僅かに揺れた。
「……なるほどな」
「笑いますか?」
「いいや。
ただ、似たようなことを言う連中を知っているだけだ」
『シン』を倒して、でも誰も死なせない。
そんな青臭い理想を掲げた者たちと更紗を、重ねずにいる方が難しいだろう。
そして重ねたからこそ思うのだ。
自分とは違う。
彼らは次の時代を担う――
「〈竜殺し〉、か」
「……〈赤の竜〉にそう言われました。
でもあたしにはまだ何も分からなくて……。
アーロンさんの方がずっとずっと、強いのに」
「そんなものは関係ない」
〈赤の竜〉や〈喰らい姫〉は明確な意志をもって二十人を選定したのだろう。
国や世界を変えようとする者、それに連なる者。
或いは時代に選ばれた者。
その基準であれば、力の強弱など些末な問題に過ぎない。
だが更紗は悔しげに唇を噛んでいた。
「あたしが本当に、選ばれるような人だったら。
本当に力があったら、この街の人たちは……」
青い理想を持つだけあって、割り切れないものが多すぎる。
アーロンは更紗について心中でそう評してから口を開く。
「下の連中のことなら諦めろ。元より人の形をしていただけだ。
死体になって動き回っているものにも、意志も感情もありはしない」
「……何か知ってるんですか?」
「俺が知っているものと似ているだけだ。
本質はまるで違う」
街についても、死体の群れについても同じことが言える。
似たようなものを知っている。
眠らない街、ザナルカンド。
アーロンの友とその息子が生まれ育った街であり、アーロン自身が十年間過ごした街であり――『夢』のような街。
それは〈喰らい姫〉がこの東京を『夢』と呼んだことと、無関係ではないのだろう。
そして動く死体。
それはアーロンにとってごく身近なものである。
「他人事ではない」と、言ってもいいほどに。
「……いいだろう。
お前には教えておいた方がよさそうだ」
とはいえアーロンが知る全てを教えるつもりはなかった。
ただスピラについて語る。
『シン』が街を襲い、人が死ぬ。
死んだ者たちが無念のあまり魔物となり、人を襲う。
人が、死に続ける。
人の死が連なり『シン』だけが永遠に残る。
アーロンは死の螺旋に囚われた世界と、それを変えようとする者たちのことを伝えたのだった。
▽
更紗は悲しみに打ちひしがれていた。
今のスピラには戦争はないという。
だがそれは『シン』という脅威がいるからであって、戦争などなくても人は死ぬのだ。
日本の外、別の世界ですら人の死が満ちていて、更紗はただ悲しかった。
泣きそうになるのを堪え、更紗は思考を切り替える。
アーロンの話を咀嚼しながら遡り、話のきっかけとなった部分へと戻っていく。
「さっきあなたが言っていたのは、その死人(しびと)のことですよね」
人が無念のうちに死ぬと魔物になり、その中には死人と呼ばれる存在になる者もいるという。
それは確かに、外で蠢いている死体の群れと結びつけたくなるものだった。
もしかしたら名簿にある「四道」は同姓同名ではなく本人なのではないかと、そうした考えも浮かび上がる。
だがここで気にかかるのは、アーロンが「本質は違う」と説明していたことだ。
「どうして違うと言えるんですか?」
「死人は幻光虫という……光の粒子のようなものが結合して人の形を成したものだ。
斬れば結合が解けて霧散する。
外にいるのは斬っても消えることがない、生身の死体だ」
幻光虫、というものは、更紗が理解するには難しいもののようだった。
何しろ更紗にとっては聞いたこともない物質だ。
だが〈竜〉がいる、死体が起き上がる、人が竜巻を起こすような現実を前に、今更気にしているわけにもいかなかった。
更紗が少し時間をかけて納得すると、これまで向き合っていたアーロンが僅かに視線を外した。
「それに死人は、未練があるからこそ人の形を残す。
生前の人格まで維持することは稀だが、いずれにせよ強い執念があるのは確かだ。
この街にいた連中に、それはないだろう」
更紗が何度話しかけても、同じ言葉を繰り返していた人形のような人々。
殺されるその瞬間すら、表情一つ変わらなかった。
それは確かに、無念や未練とは縁のない者たちと言えるだろう。
ここで更紗は、別の疑問を抱いた。
「死んだ人が死人になるのは、スピラではよくあることなんですか?」
「多くはないな。
少なくとも下の連中のような群れにはならない」
「いえ、その……あなたが詳しいようだから。
スピラの人ならそれぐらい知ってるものなのか……。
それともあなたの身近に、そうなった人がいるのかも知れないと思って」
アーロンが答えを逡巡した。
常に余裕のある話ぶりをしていた彼にしては、珍しい反応に思える。
人の死に関わる話に深入りしすぎたと、更紗は少し後悔した。
余計なことを言ったと謝ろうとしたが、少し間を置いてアーロンは言う。
「確かに、身近だな。
お陰で俺は、そこらの連中よりは死人に詳しくなった」
踏み込みすぎたと、そう思った矢先ではある。
だが更紗にはどうしても知りたいことがあった。
「失礼でなければもう少し、聞いてもいいですか」
「……好きにしろ」
アーロンは投げ捨てるように言った。
快くは思われていないのだろうが、更紗は意を決して尋ねる。
「……身近な人が還ってくるのは、どんな気持ちですか」
どうしても聞きたかったのだ。
今までに失ってきたものが、どうしても忘れられなかったから。
兄に、父に、祖父に、幼なじみに、仲間に、敵に――
親しい人もそうでない人も簡単に死んでいく国の中で、例え中身が別だと言われても、彼らにもう一度会えるとしたらと。
そう思っただけで目が熱くなり、胸の内が焼けるように痛むのだ。
――あたしが勝手にタタラを名乗って怒ってない?
――みっともなくてイヤじゃない?
――あたしのしてきたこと……タタラとして間違ってないのかな。
「もう一度会えたら……声が聞けたらって、いつも……」
「思うだろうな。
親しい者を失って、それを割り切れないこともあるだろう」
「アーロンさんは……?」
「聞いてどうする」
厳しい言葉だったが、そこで会話を断ち切られることもなかった。
真剣に答えようとしてくれていることは伝わってくる。
「過去は過去だ。
既に終わった物語に過ぎん。
死んだのならさっさと未練を捨てて、異界にでも引っ込んでいればいい。
正者に口出しする資格もない」
相変わらず乱暴な物言いだったがこれまでよりも饒舌で、やはり彼にとって深い縁がある話なのだろう。
嫌悪のようでいてそれ以外の感情も含んでいるような、複雑な感情を押し込んだ声に聞こえる。
「お前こそ、会ってどうする。
未来の道を決めるのに、過去の力を借りるのか?
運命の子どもとやらが過去に『諦めろ』と言われれば諦めるのか」
突き刺すような言葉だった。
痛んでいた胸のさらに奥、自分でも気付いていなかったところまで、深く沈み込む重さがこもっていた。
ずっと不安で、がむしゃらだった。
「間違っていないよ」と背中を押して欲しかった。
朱理が己に「負けるな」と言い聞かせていたように、更紗はそれを求めていた。
アーロンにしてみれば、過去に縋っていたということなのだろう。
「……強いんですね」
「強いものか。
俺がお前の年の頃は、何も知らないガキだった。
先に生まれて、先に生きただけのことだ」
心も、技も、体も兼ね備えているというのなら、それは『英雄』と呼べるのではないか。
だが彼は謙遜でも何でもなく、それを否定するのだろう。
「ただの年の功だ」とでも言いそうだと、更紗には思えた。
「あの頃なら、〈赤の竜〉に選ばれるようなこともなかっただろう」
そこでアーロンが呟いたことで、更紗は思い立つ。
アーロンは当然のように助けてくれた、会話にも応じてくれたが、ここは殺し合いの舞台なのだ。
「あなたは、〈赤の竜〉の力で『シン』を倒そうとは思わないんですか?」
「それを決めるのは俺ではない」
返ってきたのは意外な言葉だった。
「興味がない」、「強制されるのが気に入らない」と言うのなら、彼らしいと思っただろう。
だが結論を他人に委ねるような姿勢は、ここまで見てきた彼の性格と上手く繋がらなかった。
「あなたはそんなに強いのに……?」
「そうだ。俺が決めても意味がない」
彼は頑として彼は意見を曲げない。
そしてそれ以上の答えを口にしようとはしなかった。
「回り道はもういいだろう。
ここを出た後のことを考えろ」
露骨に話を切り上げられたところで、更紗も納得することにした。
これ以上尋ねたところで彼は答えないだろう。
ただ彼の人となりに触れられたこの時間は、意味のある回り道に思えた。
▽
鼓膜に叩きつけられるような轟音、そして突風と粉塵が襲ってきた。
逃げ回る途中で確保した地図をテーブルに広げながら、行き先を話し合っている最中の出来事だった。
窓の外を見ると、建物を幾つか隔てた先で巨大な土煙が立ち上っている。
「どうする?」
「……行くしかないと思います」
異常な事態が起きている。
そこには浅葱がいるかも知れない。
朱理がいるかも知れない。
忌ブキがいるかも知れない。
アーロンの探し人がいるかも知れない。
危険を冒してでも、進むしかないのだ。
眼下の死体の群れ、そしてその先の脅威に向けて、更紗は安全地帯を背にして歩み出した。
【一日目昼/新宿】
【更紗@BASARA】
[所持品]白虎の宝刀、新橋、夜刀
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉です。
【アーロン@FINAL FANTASY X】
[所持品]正宗
[状態]健康
[その他]
・特記事項なし
Back:[[婁震戒攻略]] Next:[[]]
|001:[[還り人の都]]|更紗|-|
|~|アーロン|~|
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**英雄(ヒーロー)の条件 ◆Wv2FAxNIf.
「〈竜殺し〉ではない」と宣告されて、その男は「その通りだ」と応えた。
強大な力を受け継ぐ器などあるはずがない。
次の時代を担うどころか、今の時代に無理矢理しがみついているだけの身だ。
こんなところに招かれる謂われすらない。
それでもできることがあるとするなら――
▽
更紗は深く息をついた。
突然の出来事の連続で、冷静になる時間が必要だった。
剣を振り続けていた手も、まだ疲労と緊張で震えている。
愛馬の夜刀も落ち着かない様子で部屋の中を何度も見回していた。
更紗は数刻前に焼けたばかりの、石造りの建物の一室に身を潜めていた。
地上三階にある部屋であり、街中に蔓延る死体の群れの目は誤魔化せているようだ。
火こそ消し止められたものの焦げついた臭いは未だ強く、更紗が腰掛けている椅子にも炎が這った痕が残されている。
「タタラと言ったか。
これからどうする?」
赤い着物の男――アーロンと名乗った彼が、窓の外の様子を窺いながら問うてくる。
状況を打開できたのは彼のお陰だった。
何人斬っても次が湧いてくる、切り開いた道はその端から塞がれていく絶望的な事態の中で、彼はその剣をもって竜巻をつくりだした。
比喩ではなく竜巻そのものを――人の身で災害を起こしてみせたのだ。
その風は死体の群れは勿論、彼らが周囲の建物に放った火すらも消し飛ばす。
余りの光景に、更紗は腰を抜かしかけた。
だがそこで建物の中に逃げ込むという判断をしたのは更紗だった。
群れを観察した限り彼らは道を進軍し、生きた人を襲い、家屋に火を放っている。
同士討ちこそしないものの、決められた動作をしているだけに見えて知性は感じられない。
これらから「既に焼かれた建物の中は安全なのではないか」と考えたのだ。
少なくとも逃げ込む姿を見られなければ捜しにくることもないと推測し、アーロンが敵を一掃したタイミングを狙ってこの建物に転がり込んだ。
彼らについての推論がどこまで合っていたのかはともかく、結果としてこうして一息つけたのだった。
「俺についてきたければ勝手にしろ。
これ以上休んでいる暇はない。
お前がいつまでもそうしていたいなら、それもいいだろう」
沈黙していた更紗に、アーロンが重ねて言う。
突き放した言い方をするアーロンに、更紗はもう一度呼吸を整えた。
彼の人を試すような言動は、今に始まったことではなかった。
それは決して悪意によるものではないのだろうと、更紗は解釈している。
出会って間もない相手ではあるが、梟・新橋の求めに応じて助けにきてくれた彼のことを、今は信じていたかった。
「……私にもあなたにも、捜している相手がいる。
お互い、急いでいる。
でも少しだけ時間を下さい」
忌ブキと決裂してしまった時のことを思い返す。
どうすればよかったのかと改めて考えても、忌ブキも更紗自身も主張を譲りようがなく、避けられない結果だった。
だがそれで終わりにしていいとも思えないのだ。
――何故私は〈竜殺し〉なのだろう。
アーロンと話している今も、更紗は疑念を抱き続けていた。
力ではアーロンの足下にも及ばない。
一人ではこの地で生き残ることもできない。
だからこそ、こんな自分が選ばれてしまった意味を考える。
忌ブキがそうであったように、〈赤の竜〉の力を切実に求める者がいる。
それでも戦いを止めたければどうすればいいのか――自分にしかできないことを、自分だからできることを考える。
考えて、それを口にした。
「私はあなたのことが知りたい。
それに私のことも、知って欲しいんです」
話し合うことを諦めたくなかった。
その為には遠回りだとしても、悠長に思えても、自分と同じく巻き込まれた者たちのことを知りたかった。
人は一度会っただけでは分からないと、更紗はこれまでの旅でよく分かっていたからだ。
ただし、これではアーロンにとってのメリットがない。
交渉を成立させる為のもう一押しを、更紗は模索する。
だがアーロンは外を一瞥してからその場を離れ、更紗の正面の椅子に腰を下ろしたのだった。
「いいだろう、付き合ってやる」
アーロンの黒眼鏡の奥の表情は窺いにくい。
バイザーで顔の下半分をが隠れていることもあり、感情が読み取れなかった。
「確かに偽名を使う小娘が後ろにいては、俺も気が散るからな」
「……!!」
自分の頬がカッと紅潮したのが分かる。
まだ更紗という名を使っていない、タタラとして振る舞った初対面の相手に看破されるのは初めてだった。
運命の少年などではなく――少女であると。
「気付いて、いたんですか」
「今までそれで通用していたのか?
随分、不注意な連中に囲まれていたと見える」
仲間について悪く言われ、更紗はわずかに眉を顰めた。
しかし見抜かれてしまったことは事実で、更紗は観念して額に当てていた布を解く。
髪を下ろし、張り詰めさせていた神経を少しだけ緩めた。
そして頭を下げ、改めてアーロンに求める。
「更紗……です。
話を、させてください」
▽
歳は、ユウナたちと同じか少し下ぐらいだろうか。
初めに助けた時は、非力な小娘程度にしか思わなかった。
世界を左右するような話に何故巻き込まれたのかと、疑問すら覚えた。
その彼女の言い分に従う気になったのは、彼女の眼を見てしまったが故だった。
多くの人間を突き動かすだけの熱を宿した眼。
自分にも――ブラスカにもジェクトにもなかったものだ。
それは『英雄』と呼ばれるものなのだろう。
その後で彼女の話を聞かされても、作り話とは思わなかった。
運命の子どもという予言、日本の現状、そして「誰も殺されない国」という理想を、更紗は語る。
その理想を耳にして、アーロンの肩は僅かに揺れた。
「……なるほどな」
「笑いますか?」
「いいや。
ただ、似たようなことを言う連中を知っているだけだ」
『シン』を倒して、でも誰も死なせない。
そんな青臭い理想を掲げた者たちと更紗を、重ねずにいる方が難しいだろう。
そして重ねたからこそ思うのだ。
自分とは違う。
彼らは次の時代を担う――
「〈竜殺し〉、か」
「……〈赤の竜〉にそう言われました。
でもあたしにはまだ何も分からなくて……。
アーロンさんの方がずっとずっと、強いのに」
「そんなものは関係ない」
〈赤の竜〉や〈喰らい姫〉は明確な意志をもって二十人を選定したのだろう。
国や世界を変えようとする者、それに連なる者。
或いは時代に選ばれた者。
その基準であれば、力の強弱など些末な問題に過ぎない。
だが更紗は悔しげに唇を噛んでいた。
「あたしが本当に、選ばれるような人だったら。
本当に力があったら、この街の人たちは……」
青い理想を持つだけあって、割り切れないものが多すぎる。
アーロンは更紗について心中でそう評してから口を開く。
「下の連中のことなら諦めろ。元より人の形をしていただけだ。
死体になって動き回っているものにも、意志も感情もありはしない」
「……何か知ってるんですか?」
「俺が知っているものと似ているだけだ。
本質はまるで違う」
街についても、死体の群れについても同じことが言える。
似たようなものを知っている。
眠らない街、ザナルカンド。
アーロンの友とその息子が生まれ育った街であり、アーロン自身が十年間過ごした街であり――『夢』のような街。
それは〈喰らい姫〉がこの東京を『夢』と呼んだことと、無関係ではないのだろう。
そして動く死体。
それはアーロンにとってごく身近なものである。
「他人事ではない」と、言ってもいいほどに。
「……いいだろう。
お前には教えておいた方がよさそうだ」
とはいえアーロンが知る全てを教えるつもりはなかった。
ただスピラについて語る。
『シン』が街を襲い、人が死ぬ。
死んだ者たちが無念のあまり魔物となり、人を襲う。
人が、死に続ける。
人の死が連なり『シン』だけが永遠に残る。
アーロンは死の螺旋に囚われた世界と、それを変えようとする者たちのことを伝えたのだった。
▽
更紗は悲しみに打ちひしがれていた。
今のスピラには戦争はないという。
だがそれは『シン』という脅威がいるからであって、戦争などなくても人は死ぬのだ。
日本の外、別の世界ですら人の死が満ちていて、更紗はただ悲しかった。
泣きそうになるのを堪え、更紗は思考を切り替える。
アーロンの話を咀嚼しながら遡り、話のきっかけとなった部分へと戻っていく。
「さっきあなたが言っていたのは、その死人(しびと)のことですよね」
人が無念のうちに死ぬと魔物になり、その中には死人と呼ばれる存在になる者もいるという。
それは確かに、外で蠢いている死体の群れと結びつけたくなるものだった。
もしかしたら名簿にある「四道」は同姓同名ではなく本人なのではないかと、そうした考えも浮かび上がる。
だがここで気にかかるのは、アーロンが「本質は違う」と説明していたことだ。
「どうして違うと言えるんですか?」
「死人は幻光虫という……光の粒子のようなものが結合して人の形を成したものだ。
斬れば結合が解けて霧散する。
外にいるのは斬っても消えることがない、生身の死体だ」
幻光虫、というものは、更紗が理解するには難しいもののようだった。
何しろ更紗にとっては聞いたこともない物質だ。
だが〈竜〉がいる、死体が起き上がる、人が竜巻を起こすような現実を前に、今更気にしているわけにもいかなかった。
更紗が少し時間をかけて納得すると、これまで向き合っていたアーロンが僅かに視線を外した。
「それに死人は、未練があるからこそ人の形を残す。
生前の人格まで維持することは稀だが、いずれにせよ強い執念があるのは確かだ。
この街にいた連中に、それはないだろう」
更紗が何度話しかけても、同じ言葉を繰り返していた人形のような人々。
殺されるその瞬間すら、表情一つ変わらなかった。
それは確かに、無念や未練とは縁のない者たちと言えるだろう。
ここで更紗は、別の疑問を抱いた。
「死んだ人が死人になるのは、スピラではよくあることなんですか?」
「多くはないな。
少なくとも下の連中のような群れにはならない」
「いえ、その……あなたが詳しいようだから。
スピラの人ならそれぐらい知ってるものなのか……。
それともあなたの身近に、そうなった人がいるのかも知れないと思って」
アーロンが答えを逡巡した。
常に余裕のある話ぶりをしていた彼にしては、珍しい反応に思える。
人の死に関わる話に深入りしすぎたと、更紗は少し後悔した。
余計なことを言ったと謝ろうとしたが、少し間を置いてアーロンは言う。
「確かに、身近だな。
お陰で俺は、そこらの連中よりは死人に詳しくなった」
踏み込みすぎたと、そう思った矢先ではある。
だが更紗にはどうしても知りたいことがあった。
「失礼でなければもう少し、聞いてもいいですか」
「……好きにしろ」
アーロンは投げ捨てるように言った。
快くは思われていないのだろうが、更紗は意を決して尋ねる。
「……身近な人が還ってくるのは、どんな気持ちですか」
どうしても聞きたかったのだ。
今までに失ってきたものが、どうしても忘れられなかったから。
兄に、父に、祖父に、幼なじみに、仲間に、敵に――
親しい人もそうでない人も簡単に死んでいく国の中で、例え中身が別だと言われても、彼らにもう一度会えるとしたらと。
そう思っただけで目が熱くなり、胸の内が焼けるように痛むのだ。
――あたしが勝手にタタラを名乗って怒ってない?
――みっともなくてイヤじゃない?
――あたしのしてきたこと……タタラとして間違ってないのかな。
「もう一度会えたら……声が聞けたらって、いつも……」
「思うだろうな。
親しい者を失って、それを割り切れないこともあるだろう」
「アーロンさんは……?」
「聞いてどうする」
厳しい言葉だったが、そこで会話を断ち切られることもなかった。
真剣に答えようとしてくれていることは伝わってくる。
「過去は過去だ。
既に終わった物語に過ぎん。
死んだのならさっさと未練を捨てて、異界にでも引っ込んでいればいい。
正者に口出しする資格もない」
相変わらず乱暴な物言いだったがこれまでよりも饒舌で、やはり彼にとって深い縁がある話なのだろう。
嫌悪のようでいてそれ以外の感情も含んでいるような、複雑な感情を押し込んだ声に聞こえる。
「お前こそ、会ってどうする。
未来の道を決めるのに、過去の力を借りるのか?
運命の子どもとやらが過去に『諦めろ』と言われれば諦めるのか」
突き刺すような言葉だった。
痛んでいた胸のさらに奥、自分でも気付いていなかったところまで、深く沈み込む重さがこもっていた。
ずっと不安で、がむしゃらだった。
「間違っていないよ」と背中を押して欲しかった。
朱理が己に「負けるな」と言い聞かせていたように、更紗はそれを求めていた。
アーロンにしてみれば、過去に縋っていたということなのだろう。
「……強いんですね」
「強いものか。
俺がお前の年の頃は、何も知らないガキだった。
先に生まれて、先に生きただけのことだ」
心も、技も、体も兼ね備えているというのなら、それは『英雄』と呼べるのではないか。
だが彼は謙遜でも何でもなく、それを否定するのだろう。
「ただの年の功だ」とでも言いそうだと、更紗には思えた。
「あの頃なら、〈赤の竜〉に選ばれるようなこともなかっただろう」
そこでアーロンが呟いたことで、更紗は思い立つ。
アーロンは当然のように助けてくれた、会話にも応じてくれたが、ここは殺し合いの舞台なのだ。
「あなたは、〈赤の竜〉の力で『シン』を倒そうとは思わないんですか?」
「それを決めるのは俺ではない」
返ってきたのは意外な言葉だった。
「興味がない」、「強制されるのが気に入らない」と言うのなら、彼らしいと思っただろう。
だが結論を他人に委ねるような姿勢は、ここまで見てきた彼の性格と上手く繋がらなかった。
「あなたはそんなに強いのに……?」
「そうだ。俺が決めても意味がない」
彼は頑として彼は意見を曲げない。
そしてそれ以上の答えを口にしようとはしなかった。
「回り道はもういいだろう。
ここを出た後のことを考えろ」
露骨に話を切り上げられたところで、更紗も納得することにした。
これ以上尋ねたところで彼は答えないだろう。
ただ彼の人となりに触れられたこの時間は、意味のある回り道に思えた。
▽
鼓膜に叩きつけられるような轟音、そして突風と粉塵が襲ってきた。
逃げ回る途中で確保した地図をテーブルに広げながら、行き先を話し合っている最中の出来事だった。
窓の外を見ると、建物を幾つか隔てた先で巨大な土煙が立ち上っている。
「どうする?」
「……行くしかないと思います」
異常な事態が起きている。
そこには浅葱がいるかも知れない。
朱理がいるかも知れない。
忌ブキがいるかも知れない。
アーロンの探し人がいるかも知れない。
危険を冒してでも、進むしかないのだ。
眼下の死体の群れ、そしてその先の脅威に向けて、更紗は安全地帯を背にして歩み出した。
【一日目昼/新宿】
【更紗@BASARA】
[所持品]白虎の宝刀、新橋、夜刀
[状態]健康
[その他]
・〈竜殺し〉です。
【アーロン@FINAL FANTASY X】
[所持品]正宗
[状態]健康
[その他]
・特記事項なし
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|001:[[還り人の都]]|更紗|-|
|~|アーロン|~|
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