天凌府君、宣戦布告す  ◆Wv2FAxNIf.



 テレビ局の非常階段。
 その道半ばで黄天化は細く、煙草の煙を吐き出す。
 煙の行先を目で追えば、晴れ渡った青空が見えた。
 まだ途中階とはいえ二十階建ての建物だけあって、地上から見上げた時よりも視界が拓けている。
 ぼんやりと過ごすには悪くない天気だった。
 下さえ見なければ。
 自身の足元に広がる死体の残骸も、街を覆った死体の群れも見ぬふりをしていられれば、悪くない天気と言えた。
 もっとも、どの道むせかえるような独特の臭気までは誤魔化せず、天化はもう一度、溜め息とともに煙を吐くのだった。

 建物の最上階を目指すことになってから暫し経つが、道は遠かった。
 二十階分の階段も、道を塞ぐ死体の群れも、天化一人なら大した障害にはならなかったはずだ。
 だが今は同行する少年――最上階に行きたいと言い出した張本人、ルルーシュと歩調を合わせる必要があった。

 天化の煙草が燃え尽きかけた頃、ルルーシュはようやく追いついてきた。
 初めのうちこそテレビ局やビデオカメラというものについて天化に語って聞かせていた彼だが、その余裕は見る影もない。
 肩で息をしている彼に、天化はチラと目を向ける。

「あんた、ひょっとしなくてもすげー運動音痴さ……」
「お前みたいな……体力馬鹿と、一緒にしないでくれ……」

 ルルーシュの額には汗が浮き、足は少し震えている。
 その様子は演技には見えない。
 だが彼をおぶって進んだ方が早いと分かっていても、天化はルルーシュと一定の距離を保ち続けていた。
 ルルーシュの足音が途切れず追ってきていることだけ確かめつつ、天化はまた歩を進める。

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア――数分前に出会ったばかりのこの少年について、天化は未だ信用できずにいた。
 出会ってすぐに起きた自身の記憶の欠落が、ルルーシュによって引き起こされたものなのではないかという疑いが拭えない。
 しばらくの間は協力することにしたものの、気を許せない。
 それ故に天化は振り向かないまま、探るように声をかけた。

「……そういや、さ。
 あんた王様なのか?」
「〈喰らい姫〉にあれを見せられた以上、隠しても無駄だな。
 確かに俺は、神聖ブリタニア帝国の皇帝だ」

 こんな状況でもルルーシュは落ち着いていた。
 冷静で、受け答えはしっかりしている。
 とはいえ天化から見たルルーシュはその程度のものだった
 どこにでもいる少し聡い少年であり、〈喰らい姫〉に見せられた光景はこうして話している今も半信半疑である。
 国どころか世界をも手中に収め、人々の言論の自由さえ奪った悪逆皇帝。
 眉一つ動かさずに人々を虐げる様はまさしく極悪人であり、ここにいる少年とは結びつかなかった。

「協力する気が失せたか?」
「……いーや。
 あんたの国とか世界のことには口出ししねぇ。
 俺っちはそーゆーの、あんまキョーミねぇのさ」

 民を苦しめる王というものに、良い感情を抱けないのは事実だ。
 自身の過去を――王の振る舞いにより家族を失った苦い思い出を、嫌でも想起してしまう。
 しかし、それだけを理由にルルーシュを見放すほど狭量でもない。
 そもそも天化にとっては国も世界も単位が大きすぎて、どうにもピンとこないというのが素直な感想だった。
 よって天化が気にするのはただ、この場でルルーシュを信用してもいいのかという一点のみである。

「俺っちが聞きてえのはさ。
 王様ってことはやっぱ、〈赤の竜〉をどうにかしたいのか……ってことさ」

 十五人を殺して〈契りの城〉へと至り、〈赤の竜〉を討てば世界を変える力を得るという。
 天化には実感の持てない話であり、他人を押しのけてまでそれが欲しいとは到底思えない。
 個人的な望みは無いでも無いが、殺人への動機にはなり得なかった。
 だがそれは天化にとっての話であり、国を統治する者にとっては人の命よりも重い――かも知れない。

「俺が〈竜〉の力欲しさに人を殺そうとしてるんじゃないかって、天化はそれを気にしてるんだろ?」
「……ま、早い話がそうさ」

 迂遠な問いになった天化とは反対に、ルルーシュの返しは率直だった。
 そして笑いを含んだ声音でこう続けた。

「俺にはこんなところでは死ねない理由があるが、〈竜〉に興味はない。
 仲間と一緒に生きて帰れればそれでいい。
 ……と言えば、信用できるか?」
「……あー、こっちから言い出しといてわりーんだけど。
 やっぱ会ったばっかじゃ何とも言えねーさ」
「そうだろうな」

 「殺し合う気はない」と言われても、それで終わる話ではない。
 天化はそこで、言葉に詰まってしまった。

 いくらここで話しても、仮に記憶の欠落の一件がなかったとしても、完全に信用することはできない。
 当然の結論に落ち着いてしまったのだ。
 それはルルーシュを警戒している天化にとっては、無難な結論に誘導されてしまったように思えた。
 とはいえここからさらに踏み込もうにも、元々頭脳労働は専門外である。

「こんな状況なんだ、信じられないのは仕方ない。
 だけど俺がまともに戦えないのは見てて分かっただろ?
 俺一人じゃ人殺しなんてできない。
 そこは信じられるんじゃないか?」
「……ま、確かにそりゃそうさ」

 結局、ルルーシュが上手く話をまとめて終わった。
 釈然としない思いで、天化はがしがしと乱暴に頭を掻く。

「やっぱこーゆーのは、俺っちより師叔の方が向いてるさ……。
 親父とさっさと合流して、師叔んとこに戻んねーと」
「親父……?」

 天化が独り言のつもりで呟いた言葉に、意外にもルルーシュが反応した。
 後ろからついてきているルルーシュの表情までは、天化からは見えない。

「そういえば言っていたな。
 開国武成王黄飛虎、だったか」
「そーさ、俺っちの親父はちーっとだけすげーのさ。
 王様のあんたほどじゃあねぇけどよ」
「尊敬してるんだな。父親を」

 何気ない会話ではあった。
 だがルルーシュの口から出る父親という単語には、確かな負の感情が滲んでいた。
 父親「なんかを」とでも言いたげな、含みのある声音だったのだ。
 それが気になって、思わず天化は口にしてしまう。

「そういうあんたの親父さんは――」

 言ってから気付いても、遅い。
 ルルーシュはこの若さで、皇帝に即位している。
 ならばその父親の存在は、どういった事情があるとしても気分の良い話にはならない。

「わり、ちょっくら聞きすぎたさ」
「いいさ、減るものでもない。
 父親なんて――」

 天化は振り返らなかった。
 振り返れなかった。
 ルルーシュがどんな表情でそれを口にしているのか、知りたくなかった。



「殺したよ。とっくに」



 それまで冷静だったはずのルルーシュが、色濃い感情を見せた。
 そしてそれは、悲しみとは違う。

 ルルーシュを信用できるかできないかは、まだ分からない。
 しかし天化はここではっきりと知った。

 彼と信頼関係を築き上げられたとしても、互いに理解し合うことはない。
 父親を心から慕う天化にとって、ルルーシュはまさしく異世界の存在だった。



【一日目昼/九段下 テレビ局 非常階段】

【ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュ】
[所持品]なし
[状態]健康
[その他]
  • 携帯電話を紛失

【黄天化@封神演義】
[所持品]莫邪の宝剣、鑚心釘
[状態]健康
[その他]
  • ルルーシュの「俺を助けろ」ギアス使用済み(効果が継続しているかは不明)


 建物の一階正面口から、婁震戒は最上階を睨み、目測を立てる。
 そして呼吸を整えて気を練り、跳ぶ。

 《軽身功》。
 羽毛のように、木の葉のように身を軽くする技術である。
 長く暗殺者として活動し、単身で難攻不落の城塞すら踏破してきた婁にとって、ただ高いだけの建物など障害物のうちに入らない。
 一度の跳躍で、およそ十四メートル。
 途中階の窓を蹴破って内部に侵入し、還り人の群れの隙間を縫って進み、吹き抜けを利用してさらに跳ぶ。
 そうして婁はルルーシュら二人と接触することなく、悠々と最上階へ足を踏み入れた。

 ルルーシュらの会話を還り人の耳を介して聞いた限りでは、ここは映像を発信する施設なのだという。
 街頭で見かけた映像機器はテレビといい、ビデオカメラで撮影した映像を受信して映しているとも言っていた。
 収集した情報を踏まえ、婁はこの階で最も大きな部屋へ向かう。

 還り人を送り込んだ際、利用価値があると判断して破壊を避けた部屋である。
 天井は高く、数百人は収容できる広さがある。
 部屋の奥には落ち着いた色調の舞台と、人の背丈ほどの黒い機器が設置されていた。
 街にいる還り人の視界で確認すると、その舞台の様子と、外に配信されている映像が一致した。
 恐らくこの黒い機器がカメラであり、部屋の映像を外部へ届けているのだろう。
 婁にとっては信じがたいことだが、ここでは大規模な通信用魔術結界を用いることなく、僅かな機器のみで広域に映像を送れるらしい。

 だが婁は、そうした機器とは無関係なものに注意を奪われた。
 舞台の脇に立つ『それ』と、対峙する。

「……これは」

 婁が息を呑む。
 既に還り人たちの目を通して、中の様子を知ってはいた。
 それでもなお、未知の映像機器などよりも驚嘆に値する品だった。
 舞台脇の壁に聳える『それ』は、妖剣の他への関心が薄い婁ですら目を見張った。

 それは甲冑のように見えた。
 婁の持つ知識では、それ以上にふさわしい比喩は浮かばない。
 兜を含めた全身鎧――ただしその大きさは、人の身長の四倍近い。

『兵器であることに間違いはなかろう。
 あのルルーシュとやらなら、詳しく知っているだろうがの』
「……ひとまず、動く様子はありませんな」

 妖剣・七殺天凌の囁きに応えながら、注意深く観察する。
 この大きさの鉄の塊が戦場に出て自由に動くとなれば、厄介と言う他にない。
 〈赤の竜〉にも対抗できる戦力になるだろう。
 とはいえ今すぐ破壊するには骨が折れる。

「……であれば、あの二人が来る前に済ませておきましょう」
『ほう、何かあると?』
「ええ、少々宣戦布告を」

 巨大甲冑から目を離し、改めて舞台とカメラを確認する。
 舞台の背景にはこの国の全域を示す地図が示されており、一人の女性がそれを指して天気の説明を行っている。
 他にもカメラを操作する者たちが数名控えており、黙々と作業に専念していた。

 婁はまず舞台上の女性を手刀で刺殺し、彼女に代わって機器の前に身を乗り出す。
 突然の乱入ではあったが、カメラを扱っている者たちの表情は微動だにしない。
 ただ映像を撮るという役割だけを与えられた人形は、至極使い勝手が良かった。

「声も――問題ないらしい」

 外に配信されている映像から、自身の姿と音声が届いていることを確かめる。
 そして婁は声を張り上げた。

「〈喰らい姫〉に選ばれし、親愛なる同士諸君!」

 両手を広げ、堂々と言い放つ。
 既に還り人たちの侵略は進み、配信を見る余裕のない者もいるだろう。
 この宣言は、十九人全員に確実に届くものではない。
 だが届かなければそれはそれでいい――妖剣を愉悦させる為の余興として、婁は続ける。

「この『東京』をこれより、大いなる〈天凌〉に捧ぐ贄とする!」

 背に負った妖剣から漏れ出た感嘆の声に、婁は酔いしれる。
 血を求める妖剣の存在こそが婁の原動力であり、他に求めるものは何もなかった。

「いずれ諸君ら全員が目にするであろう、還り人が軍勢。
 これこそが〈天凌〉の威光なり!」

 剣に血を捧げ、肉を捧げ、それだけでは到底足りないのだ。
 どうすれば剣をより満足させられるかを考え抜き、より残虐に、凄惨に、状況を掻き回す。

「私こそは〈天凌〉に仕えしもの、私の名は――」

 ニル・カムイの時と同じように宣言する。
 死んだ『婁震戒』に代わる、新たな死人の王の名――――



「スアロー・クラツヴァーリ!!!」



 婁は嗤う。
 七殺天凌の哄笑に脳を揺さぶられ、人生の絶頂を味わった。




【一日目昼/九段下 テレビ局 最上階スタジオ】

【婁震戒@レッドドラゴン】
[所持品]七殺天凌、ルルーシュの携帯電話(故障中)
[状態]健康(還り人)
[その他]
  • 七殺天凌は〈竜殺し〉
  • 還り人たちを通して会場全域の情報を得る。


 演説を終えた婁はカメラを破壊し、舞台を降りる。
 既に用済みとなったスタッフたちは、婁も七殺天凌も特に興が乗らなかったこともあり見逃された。
 それが図らずも、婁にとって都合よく作用したのだった。

 カメラからテープを回収した彼らは、映像の編集と配信を行った。
 結果――ライブ配信が終わった後も、婁震戒の演説は繰り返し放送される。

 屋内でも、屋外でも、婁の宣戦布告の声が響く。
 名を騙られた黒竜騎士の都合にお構いなく、何度でも何度でも――




007:The First Signature 婁震戒 010:婁震戒攻略
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア
黄天化