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Epilogue


 深い森があった。
 その中に澄んだ湖があった。
 そのほとりに小さな小屋があった。

 そこには、焦げ茶色の髪の少女が、真っ黒な犬と住んでいた。





EpisodeⅠ――恋人たち――



「……ということなのです。お願いできますか、サクさん。」
 プラチナブロンドの髪が、雪のような白い肌によく映える、美しい女性が言った。彼女の端整な顔には、困惑しているような、不安に駆られているような表情が終 始浮かんでいる。
 一方、“サクさん”と呼ばれた焦げ茶色の髪の少女は、年齢にそぐわない落ち着いた、穏やかな様子を崩さない。少女は微笑みながら、不安げに指を組ませ俯く若い女に言った。
「お話はよく分かりました。私はその恋人さんに、突然貴女をおいて祖国へ帰ってしまった理由を聞けばいいんですね?」
 サクが自分の頼みを快く承諾し安心した為か、美しい女はここへきてようやく、安心したように顔をほころばせた。
「エル、お仕事だよ。」
 女の安堵した様子を見たサクは、傍らで寝ている真っ黒な犬にそっと呟いた。



 春も既に早足で過ぎ、吹く風爽やかな初夏のある朝、深い森の中にある小さな小屋に、一人の若い女性の訪問客があった。彼女はウェーブのかかったプラチナブロンドの長い髪に白い小さな帽子をちょこんとのせ、同じ様に白く透き通るような肌は木漏れ日をうつしきらきらと光っている。
 すれ違った人10人のうち9人は振り返るような美しい容姿のその人は、大きな藍色の瞳を伏し目がちにして、形のいい薄桃の唇はきゅっと締まっていた。
 その女は木の小屋の前でしばらく立ち止まって戸をノックすべきか悩んでいたが、やがて意を決したようで、そっとドアをノックした。戸にかかっていた木の看板――『サクの家』と彫られている――がかたかたと音を鳴らし、小屋の中で人の走る音が聞こえてきた。その音は少しずつ近くなり、そしてドアが威勢よく開いた。
「ようこそ、私の家に!遠いところでごめんなさいっ!さあ、お話なら中で伺いますからどうぞ遠慮なく入ってください!」
 女の人は、元気を具体化したような少女に少し圧倒されつつ、薄い水色のロングスカートの裾を少しつまんで、小屋の中へと入った。

 サクは、玄関を入って右に曲がると、その奥にある部屋のドアを開けた。その部屋の中央には木の丸テーブルと、3つの椅子が置かれていて、その近くには火の気のない暖炉があった。暖炉の横には使い古された箒がかけられている。壁には1つ風景画がかかっていて、その下には横に大きい本棚が設置されている。本棚はどの段も本で一杯で、真新しい本もあれば、背の文字が磨り減って最早読めない物もあった。ここは応接間なのでサクの私物がないのは当然だが、客を持て成すための調度品もない。物に恵まれて育った女は、もの珍しそうに部屋を眺めた。
 サクは驚きの表情で佇む客人に言った。
「そこにある椅子のどれかに座っていただけますか?」
「あ……。どうもご親切にありがとうございます。」
 女は白い帽子を取って、3つの椅子のうち一番手前にあったものに座った。1つの椅子にはサクのものと思われる白いカーディガンがかかっていて、女の座った向川の椅子の上では真っ黒な大型犬が昼寝をしていた。
「エル、そこには今から私が座るから起きて!ほら、エルはそっち行って!」
 サクはエルという名の犬を無理やり起こし、椅子から降ろしてそこに座った。
「そろそろ暑くなってきましたね。アイスティーは飲めますか?」
 サクが、白い半そでブラウスの袖を少しまくりながら女に聞いた。
 ロングスカートの裾を正していたその人は、律儀に顔を上げて、作り笑顔で応えた。
 サクはまたにっこり笑って、ぱちんと右手の指を鳴らした。すると、今まで何もなかった丸テーブルの上に、涼しげな氷の浮かぶアイスティーのグラスが2つ、行儀良く並べられた。突然の出来事に驚く様子もなく、サクは自分に近い方のグラスを手に取り、細いストローに唇をつけ、一口飲んだ。
「まさか生きている内に本物の魔女さんに会えるなんて思ってもいませんでしたわ。お噂には聞いていましたけれど、やはり驚かずにはいられません。」
 女は、真っ黒な睫毛で縁取られたアーモンド型の瞳を大きく見開いて、サクと目の前のアイスティーを見比べた。サクは顔色一つ変えず、また指を鳴らして、今度は自らの手の中にガムシロップを2つ出した。
「魔女なんて、いる所にはうじゃうじゃいます。私は変わり者だから、こんな森の奥で人の相談に乗ってるだけなんです。本来なら、魔女は自分の正体などばらしはしません。気味悪がられて、弾圧されるのが常だから。」
 少し哀愁を帯びた表情でそう言って、サクはガムシロップをアイスティーに入れた。甘い汁が重みでグラスの底へ落下していった。
「……それで、今日はどういった用件でしょうか?私に出来ることなら基本は全てお受けします。」
 サクは、グラスとともに出しておいた長いガラスの棒でアイスティーとガムシロップをかき回せながら、先程からずっと俯いている女に聞いた。
 女は、はっとしたように顔を上げ、そしてサクと目が合うと、焦ったように反らし、そして鈴の鳴るような声で、静かに用件を語り始めた。

「私はこの森を抜けて、2つ無効にある町に住んでいます。父はそこの地主なので、幼いころから何不自由なく育てられてきました。母は私が生まれてすぐ家を出てしまいましたが……これは関係のないことですわね。
 父は私を可愛がってくださいました。たった一人の娘ということもあり、恥ずかしながら、3年前まで――私が18歳の誕生日を迎えるまで――お屋敷の外へ出たことがありませんでしたの。サクさんは信じられないでしょう。でも本当にそうだったんです。お屋敷は広くてお庭もきちんと整備されていたし、父は私が外へ出ることをお許しになりませんでしたから。しかし3年前、丁度18歳のお誕生日の日に、父は仰ったんです。『もうお前も18歳になったのだから、外へは出てもよろしい』と。ああ、勿論従者付でなら、という条件付きでしたが。
 私はそれから、乳母と護衛2人を連れて、街へ出ました。あの時の感動ったら――。生涯私は、その瞬間を忘れないでしょう。
 街にはお屋敷に仕える人々の数よりももっと多い数の、様々なお洋服を着た方々がいました。吃驚しましたわ。私が普段見ているのは、メイドさんやボーイさんですから、あんなに粗末な――質素なお洋服がこの世にあるなんて想像もつかなかったんです。
……ごめんなさい、お話が逸れてしまいました。」

 女はまた、ちらりとサクの様子を伺って、相手がにこにこしているのを見ると、また話し始めた。

「ええっと、それで私は、それからというもの街によく行くようになりました。初めのうちは父のお言い付けを守って、必ずお供を3人以上つけていましたが、回数を重ねていくうちに、一人で街を歩いてみたい、と思い始めたのです。
 やはりお供がいては行動範囲も限られてしまいますし、目立ちすぎてしまいますもの。道行く人の視線が全て私に注がれて、終始顔を赤らめていたのでしょうね、私。
 それで、ある日私は事前に買っておいた質素な服を着て、真夜中にそっとお屋敷を抜け出しました。私が外に出た事に気付く者は誰一人いませんでした。
 昼間とはまた違う街は魅力的でした。酒場のネオンが瞬いて、通りには楽しそうな笑い声や歌声が響き渡っていました。本当に夜の街ほど楽しいところはありませんわね……。」

 女は、うっとりとした目でサクを見つめた。

「そこで私は、とある一軒の酒場に入りましたの。名前は『フェイト・カウント』――古代の言葉で、“運命の出会い”という意味です。まさにそれから起こる出来事にぴったりな名前でしたわ、今思うと。
 店内は酒場にしては静かで、照明は若干暗めでした。奥では赤くて俗らしいドレスを来た女性の方が、ピアノを弾いてらっしゃって、とても綺麗なメロディーが流れていたのを覚えています。――その後フェイト・カウントには何度も行きましたが、その方は毎回同じ曲を同じように弾いてらっしゃいました……。
 カウンターには3人くらいのお客さんが、マスターと談笑しながらゆっくりお酒を飲んでいて、落ち着いた雰囲気が印象的なバーでした。そこで私は、一人の男性の方――夜の闇の色の髪が印象的で背の高い――に出会いました。」


























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