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夜桜を観に



――今年もまた、春がやってきた。


 田辺彰子は、今が盛りと咲き誇る桜が行儀よく立ち並ぶ並木の下をゆっくりと歩いていた。

 日本の四季は美しく、どこか哀しい。春は桜、夏は向日葵、秋は秋桜、冬は梅。季節毎に様々な花が咲いては散り、また咲いては散る。もう少し咲いていてくれればいいものの、花たちはどうして中々せっかちである。次の季節の訪れを知らせる風が吹くと、まるで魔法をかけられたかのように、花たちは可憐に散りゆくのだ。そこには未練も何もない。それが花ってものでしょう―とでも言いたげに、潔く華やかに散ってしまうのだ。もしかしたら、それが“花の美学”なのかもしれない。

 世の中に存在する大部分の人間は、“花の美学”を知らない。いつまでも往生際悪く立ち振る舞い、無意味に時だけが過ぎ去っていく。物事には必ずさかりと衰退が訪れることを、知らない振りをしている人は痛々しい。流行のファッションが変わってゆく様に、常に物事は変化しながら時に身を任せている。そう、花がやがて散ってしまう様に、時は流れゆくのだ。この世界には、普遍のものなど存在しない。

―だけど愛は違う。

 彰子の長い髪が風になびいて顔にかかる。彼女はそっと頭を振った。髪を元に戻そうとしただけだ。愛は普遍であることを否定したわけではない―

 ―本当にそう?私は知っているはずじゃない、変わらない愛情なんて無い事を……。

 彼女は並木の中で一番立派な桜を見上げた。彼女の横を、中のよさそうな男女が笑いながら歩いていく。花見にでも来たのだろう、男の手にはビールが二缶握られていた。男女は彰子に気づく様子もなく、通り過ぎる。柔らかな風になびく女のシャンプーの香りが鼻に付く。

 懐かしい香りだった。彰子も、数年前は使用していたシャンプーの香りだった。もう今は使っていない。家の棚の中に、開けていないボトルが丸々残っている。まるで、あの頃ごと戸棚に封印してしまうかのように。

 ふと、時計を見やる。約束の時間はあと一時間もある。彼女は、その並木道の周辺を、ぶらりと散策し始めた。

 約束の人は、来てくれるかどうかは分からない。だけれど、そのわずかな、本当にわずかな可能性にかけずにはいられない。それほど、あの人は彼女にとって大切な存在だった。

 風が一陣 さあ と吹いた。桜の花びらが彼女の頬に張り付く。彰子は指先で優しくそれを取りながら、心は7年前へと流れてゆく――


 7年前、彼女はとある広告代理店の企画部に配属されていた。仕事は、若い彼女にとって楽しいこと以外のなにものでもなかった。職場には何故か馬が合う人ばかりで、彰子は充実した日々を送っていた。

 そして当然のように、彼女は職場の人間と恋に落ちた。出来すぎたラブストーリーのように、2人は惹かれあった。彰子には落ち着いて華やかな魅力が、そして知性があった。相手の人間・岡崎直哉は頭の切れる彰子を愛し、彰子は仕事一筋で少し不器用な彼を愛した。職場の人間たちは、2人が将来結婚することを信じて疑わなかった。

 だが、そんな平穏な暮らしに1つの波が立つ。

 初め、それは本当に些細な出来事でしかなかった。彰子が就職して約2年後、企画部に彰子と同い年の、田辺百合子がやってきたのである。同じ職場に田辺さん2人ではちょっと、ということで、彼女らはそれぞれ名前で呼ばれるようになった。2人は趣味も似ていたし、すぐに打ち解けた。何でも気楽に相談できる、そんな仲になった。

 仲のいい人々の話題は、ファッション、芸能、そして自分の恋の話である。百合子は今までの失恋経験をとうとうと語り、彰子は今の彼との経緯を細かく話して聞かせた。結果、百合子は岡崎の好きなチョコレートの種類が分かり、彰子は百合子の元恋人の好きな料理を全て言うことのできる人間となっていた。

 彰子はまさに幸せの絶頂だった。仕事の調子もいいし、岡崎との仲も上手くいっている。

 一年後、彼女たちは春は花見に出掛け、お互いのために買ったプレゼントを交換した。彰子は岡崎に高価なネクタイを、そして岡崎は“ふたりは永遠に”と刻まれたプレート付きのネックレスを渡した。その日桜は満開で、夜の闇が、彰子の赤い頬を覆い隠した。物言わぬ夜桜が、静かに2人を見守っていた。

 そして恋人ばかりか、信頼できる友までも得ることが出来た。彼女には、見るもの全てが桜色やばら色に染まっているように思われた。

 時はさらに流れていく。

 百合子がようやく職場の中心的存在になった頃、彰子はあることに気づいた。百合子が、何故か落ち着きのない行動を取っている。

「百合子、最近どうしたの?仕事の能率も下がっているし……。」

「別になんでもないよ……。気にしないで。」

 百合子は力なく答えた。そういう百合子の顔は、少し青白く、かといって生気がないわけでもなかった。彰子はその表情に見覚えがあった。

―この表情は確か……そう、何か隠し事をして、それが辛くて悩んでいる顔だわ……。

 彰子はいぶかしながらも、心配そうに百合子の顔を覗き込んだ。

「そう?何かあったら遠慮なく相談していいからね!」

 彰子は百合子の肩を優しく叩いた。その時に、彼女は百合子が少しやつれた、というよりは痩せたことに気が付いた。強く叩いてしまったら、折れてしまいそうだ。それくらい、百合子の後姿は華奢で、美しかった。

 ―無理なダイエットが原因かしら?それにしても本当に最近百合子は綺麗になっていくのね……。それにしても、あの子は私に何か隠し事をしているのかしらね?

 そして百合子は、会社に出勤するたびに美しくなっていった。それとは反比例するかのように、彰子と岡崎の仲は冷めていった。

「何故よ?!私はああだと言ったじゃないの!」

「違う、君は間違っている!」

「私のどこが間違っているの?!間違っているのはあなたよ!」

 お互いを罵りあう声が職場に響くようになった。そのたびに彰子は、泣きながら百合子にすがった。

 百合子は、彰子を優しく宥め、彼と彰子の中の取次ぎ役を買って出た。彰子は何度も彼女に助けられ、おかげで彼とはその後うまくいっているかのように思えた。

 だが、それはまぼろしに過ぎなかった。やはり百合子を間に挟んでも、2人の仲は真冬のこがらし吹く日のように冷え込み、心はすれ違っていった。岡崎は仕事の調子が良かったし、彰子も色々と忙しく、彼にだけ心を配っていられるほどのゆとりはなかった。まだ2人は大人に成れてはいなくて、大切なことに気付けなかった。

 だから、間違いを犯した。たとえすれ違いの生活をしていても、心だけはすれ違ってはいけなかったのに……。

 さらに、さらに時は流れ、季節は春。気持ち悪いくらいにねっとりとした風が、首にまよわりつくように風が吹く。この頃、とうとう別れ話まで出た。仕事も忙しいし、もう私たちは終わりにしたほうがいいでのはないか―?恋愛に対する倦怠感が2人を襲う。周囲の人間は、あんなに仲の良かった二人がねぇ、と言ってただ驚くのみだった。

 泣いたり喚いたりしながら、別れ話は着々と進んでいった。最初は、失いたくなくて、この手から離したくなくて、必死で頑張っていた彰子も、疲れて痩せ、秋が終わろうとする頃には、もう投げ出していた。

 ―もういい、あの人は最初から私のことなんてどうでもよかったのよね……。

 髪を掻き毟れば、カラーリングで痛んだ髪が抜けていく。頬を荒れた手で触れば、乾燥してひび割れたみぞが指先に張り付く。ただ、胸元には、あのネックレスが―“ふたりは永遠に”としっかりと彫られている、あのネックレスが輝いていた。

 彰子は、ぎりぎりの精神状態の中、とうとう彼女は眠れなくなった。夜に無防備に眠ってしまえば、何時明けるとも分からない夜に、たった一人で終電に乗り遅れてしまう、そんな気がして。

 百合子は、もちろん彰子のことを心配して、必死に二人の関係を取り持とうとした。しかし、彼女が口を挟む度に、岡崎と彰子は険悪なムードになっていくことは、否めない事実だった。哀れなことに、それに百合子は気が付かず、彰子と百合子の仲までも崩壊の危機にさらされていった。

 眠れない夜、恋人とのすれ違い、友との仲違い――不安な日々は彰子を蝕んでゆき、ある日彼女は、職場で意識を失った。

 やつれて、体重も10キロ以上落ちた彰子は、音もなく、椅子から転げ落ちた。ゆっくりと、花が風に揺れて千切れ、どこかへ飛んでいき落ちるように、音もなく倒れた。彰子の世界がゆっくりと渦を巻くように崩れていくように気を失う直前、彰子は悟った。

 ―分かった、百合子は彼のことが好きなのね……そして彼も……百合子のことが好きなんだわ……


   ぱさり


 痛みはなかった。頭も打たなかった。貧血でもなく、病気でもなく、ただ、倒れたのだ。間もなく、百合子のとがった叫び声が空気を切り裂いた。岡崎が驚いて立ち上がり、床に倒れこんだ彰子を見たとき、彼女の細い首からネックレスが外れた。“ふたりは永遠に”と彫られた、あのネックレスが。どんな時でも手放さず、ふたりの別れ話が進んでも、ずっと彰子の胸元に輝き続けていた、あのネックレスが―

 目が覚めたとき、彰子は自分の家のベッドの上で、体を横たわらせていた。慌てて彼女は上半身を起こす。と同時に、ゆっくりと視界の中のものがまわった。頭が重い。

「……う……。」

 思わずうめき声を上げると、キッチンの方から心配そうな百合子の顔がのぞいた。
「大丈夫、彰子……?」

 ―何故百合子がここに?

「彰子、会社で倒れたの覚えてる?岡崎さんが、車で連れてってくれたんだよ。」
 ―ああ、そうなの。それくらい覚えてるわ……。じゃあ岡崎は?―直哉はどこ?
「岡崎さんはね、急に仕事が入っちゃったから、夜になったら来てくれるって。」
 ―百合子、あなたはいいの?
「私は大丈夫。彰子、ゆっくり休めばいいよ。あのネックレス、私が預かってるから。」
 ―そうだね……。そういえば、あのネックレス、首から落ちたんだっけ……。今返してほしいけど……まあいいわ、今は寝てしまおう……。
 とは言いつつ、一度目覚めてしまったためか、なかなか眠りに付くことができない。ベッドの中で重く、だけども軽い体を動かしながら、百合子の働く様子を見ていた。

 百合子は、優しい人間だ、と思う。本当に、心から。だけど彰子の中でくすぶるのは、倒れる寸前、悟ったこと―百合子は岡崎のことが好き。それは何の根拠もないけれど、女の勘がそう彼女に伝える。女にしか見えない、あのオーラ。あの感情の波。
 彰子が百合子から感じたものも、そう、あの雰囲気。
 ―岡崎は……?やっぱりそうなのかな……。そうだよね……百合子は、あんなに綺麗なんだもの……それに比べたら私なんて……いいえ、比べる対象でもないわ……。
 ふっと笑みがこぼれる。決して楽しいからではない、自分を嘲ったような、壮絶な笑み。何故だろう、彰子はその顔が、一番美しいのではないかと思った。恋に散りゆく運命の私と、あの日に見た、優美にたたずみ、そして散る桜とかぶる。いささかナルシストではあるけれど、彼女は、そう感じていた。そして、ゆっくりと目を瞑った。

 しばらくして、ドアが ぎぃ と、きしんだ。どうやら、客が訪れたらしい。
―直哉?来てくれたの?
 彰子は勢いよく体を起こした。まだ少し頭はふらふらとして重いけれど、それを首を振りながら追い払った。岡崎が来てくれた、それだけで嬉しい。もう、彼が私のことを愛してくれていなくても。
「あ、岡崎さん。待ってました。彰子も喜ぶと思います。」
 百合子の声がする。やはり来客者は岡崎だ。岡崎の姿が目に入った瞬間、彰子はかぼそいうでをのばした。まるで彼に救いを求めるように。―私を哀れんで。 あなたの愛で私を救って。
 これが最後のSOSだった。身も心もぼろぼろになった、彰子の最後の、サイン。だがそれは、彼の瞳の中には写らなかった。
「百合子さん……それは何……?」
 まっすぐ指を立てて、百合子の胸元を指した。彼の指先の延長線上にあったのは―彼の瞳に写ったものは――

“ふたりは永遠に”

 そう、あのネックレス。銀色に輝く、ふたりの象徴の、あのネックレス。それが、百合子の胸元に収まっていた。
 岡崎は震えながら、百合子に問いただす。
「何故これを君がしているんだ……?これは……。」
「ああ、これ、彰子が私にくれたんです。もう、要らない物だから、って。」
 ―何をいうの?何をいうのよ百合子?!私は、それをあなたにあげてなんかいない!あなたは、ただそれを拾って預かってるだけなんでしょう?!なのに、なのに、何でそんな嘘をいうの?!
 彰子の思いは、声にはならなかった。岡崎の震える肩が、彼の怒りを表していたから。それが、見えてしまったから。
「彰子……どういうことなんだ……?何故、これを百合子さんにあげてしまったんだ?!もう、要らない物なのか?!このネックレスも、そしてこの俺も?!」
「違うの、直哉、違うわ!私は百合子にあげるなんて言ってない!そうよね、百合子?冗談でしょう?さ、返して。」
 すがるように百合子を見やる。しかし彼女は、勝ち誇ったように微笑んで、彰子にこう言い放った。
「冗談なんかじゃないわ。だってあなた、これを私にくれたじゃないの。そうじゃなかったら、私がこれを受け取ってるわけないわよ。だってこれは、あなたと岡崎さんとの、愛の象徴だもの。それを、彰子の親友の私が邪魔するわけないじゃないの。」

 ――やられた、と思った。恋の勝者になるには、時として友を欺かなければならないことがある。それくらい、彰子にも分かりきったことだった。だけど、やはり信じられない。百合子が私を裏切るなんて……。
 呆然とする彰子をよそに、百合子は尚も続けた。
「彰子、前言ってたじゃない。岡崎さんなんかに、あんな高価なネクタイあげなきゃよかったって。代わりに、あげる人はいくらでもいるのにって。」
 ――やめて、それ以上はもう言わないで!私はそんなこと言ってない!
 しかし、彰子の悲痛な叫びは岡崎には届かなかった。岡崎は、不意に自身の首元へ手をやると、その襟元にあったネクタイを解いた。
「終わりだな、彰子。これ、他の奴にでも渡せよ。」
 今度は、静かにそう言った。ネクタイは、静かに百合子の足元へ落下して、床の上で渦を巻いた。
「待って直哉!違うの!ねぇ私の話を聞いてよ!それはただ百合子が預かってるだけなのよ?!私はあげてなんかいないわ!信じて!」

 最後の希望だった。―私を信じて。

 しかし、そのわずかな再生への光は、静かに消えた。
「もう、お前のことなんか信じられない。」
 ドアが、ばたんとしまり、外の廊下に岡崎の足音が響く。次第にその音は小さくなっていった。岡崎が、今、彰子から遠ざかってゆく。
 部屋に残されたのは、彰子を蔑むような目で見つめる百合子と、呆然と、潤む瞳で百合子をにらみつづける彰子。

 長い、それはそれはながい沈黙の後、口を開いたのは彰子だった。
「……なんで、あんなこと言ったのよ……。何で、あんなに嘘ばっかり言ったのよ……。あんたのせいで……直哉があんなに……怒っちゃったじゃない……。」
 言葉を懸命に搾り出す。そんな彰子を見て、百合子は更に赤い口を開いて、まるで悪魔のように笑った。
「こうなったのは、私のせいじゃないわ。このことがなくても、あの人は私に惚れてしまっただろうし、どうせあんたは捨てられる運命だったのよ。」
 にたり、という音が聞こえてきそうな、そんな笑み。美しくはない、人間の諸悪を混ぜてできたような、そんな醜顔だった。鏡があったら、みせてやりたいくらい。
 彰子は、百合子に対して、怒りを超越した憎しみを感じていた。
 ――よくも、よくも!直哉を還して!私の直哉を還してよ!
「百合子、今すぐ私の部屋から出て行って!ネックレスも返して!」
「分かってるわ、こんな薄汚い部屋に、いつまでもいられるものですか。」
 百合子は、カーディガンを羽織った。
「百合子、ネックレス、あのネックレス返してよ!」
 だが百合子は、そのまま部屋を出て行ってしまった。唖然として、泣き崩れる彰子を残して。

 ――それにしても遅いわね……。

 彰子は、時計の針を見る。すでに、この並木道に来てから、5時間ほど経過していた。
 待ち人は、まだこない。もう約束の時間からは4時間以上経っているというのに。
 近くを通った男2人連れも誰かを待っているらしい。眼鏡をかけた神経質そうな男が、彼の右にいた小柄な男に話しかける。
「おい、中央線は人身事故のため運転を休止しています、だとさ。あいつ沿線に住んでたよなぁ?」
「そうだよ。じゃあ遅れてくるな。」
 彰子の待ち人も、中央線沿線のにぎやかな街に住んでいる。今頃駅で、時計の針をいらいらしながら見つめているのだろうか。

 ――あの日から5年が経った。
 彰子は、結局岡崎と別れたと同時に仕事を辞め、現在はとある会社の社長の秘書として働いている。
 彰子が、彼女の新しい就職先に慣れ始めてまもなく、職場の同僚から百合子と岡崎が付き合い始めたという報告と、それからわずか半年後に、2人が大喧嘩の末別れた、という話を聞いた。
 当然だ、と思った。それは私を陥れた罰だ、と。しかし、その見返りに、彰子もまた、その後の恋は何一つ長続きしなかった。
 期待して、絶望して、諦めて……無意味とも思える繰り返しの中で、彼女の心には、岡崎の姿が映り始めた。他の相手に、岡崎の全てを望んでしまう。岡崎はああしてくれた、岡崎はこんなことしなかった、そんなことばかり考えていた。結婚もしないまま、時だけが非情にも流れてゆく。いつの間にか、彼女は独りぼっちになっていた。
 別れても、忘れられない。あなただけが、私を導いてくれる。私を支えて、助けてくれる。
 ――あなたもそうでしょう?私が忘れられなかったのでしょう?
 独りぼっちの春、2人は再び出会った。雑多な都会の街中で。それは偶然、まるで宿命のように。そこで、出会うことが、過ぎ去った日々からあらかじめ決定されていたかのように。
「直哉?」
「……彰子か。久しぶりだな。」
「そうね……。」
 一瞬、2人の瞳の中でぶつかり合ったのは何だろう。それは弾けて、光となってふたりを照らした。5年という時は、その光の前に、脆くもひざまずく。見えない2人の間の壁が音もなく崩れ去る。
 気付くと、2人は花見の約束をしていた。

 時計の針が音を立てて時を指し示す。6時半になった。と同時に、向こうから、誰かが走ってやってくる。彰子のほうへ、まっすぐ、脇目も振らず。
 両手には二缶のビールが抱えられていて、その男はなぜか休日だというのに背広で、少し色落ちした高価そうなネクタイをきゅっとしめている。
 彰子は、それに気付いたなり、彼のほうへ駆け出した。彼女の胸元には、あのネックレスが――。

 辺りはすっぽりと夕方のの闇に包まれている。ぽつぽつと点き始めた電灯の光が桜を照らす。満開の桜の下、今再び彼らは出会った。遥かな、そしてはかない時間を越えて。
 この後、2人がどうなってしまうのかは分からない。和解するのか、それともまた別離してしまうのか。
 だけど、またいつか会える。そう信じて。また、この夜桜の下で会いみえると。そう、固く信じて。



 ――今年もまた、春がやってきた。







Fin…


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