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莉奈がいなくなる。
それだけで、美玖の心は荒れた。それは、莉奈の為にならないと美玖が固く信じていたからであり、共に下校するのに最適な人間がいなくなる事を心配していたからだった。悲しくも、美玖は莉奈が外に行ってほしくないのは、そんなつまらない理由からだと知っていた。
それが分かっている分、美玖の苦しみは大きかった。止めるべきなのだろうか。あなたはきっと外で辛い思いをする、だからこの閉塞的な場所に留まっていたほうがいいのだと、諭すべきなのだろうか。それは果たして、本当に莉奈の為になるのだろうか。美玖は悩み続けた。
そんな心の不安定な時期、彼女の心の支えとなったのは、他でもない瑞穂だった。常に冷静な彼女のお陰で、美玖の不安は幾らか解消された。
瑞穂が美玖を知らない間に助けていたのには、もう1つ大きな理由があった。彼女はまだ、莉奈が高校から外へ出ようと思っている事を知らなかった。それがどんなにありがたかったか。少なくとも、瑞穂と美玖が2人きりの時には、話題は違うほうへ行くし、莉奈の事も気にしなくて済んだ。
だが、やがて知ってしまう時が来た。またもや莉奈は、登校時に、ボソッと呟いた。それは本当に軽い一言で、瑞穂が聞き流してしまってもおかしくないような、本当に小さな一言だった。
その時美玖たちは、来年の生活について、つまり中3の生活について話していた。
「来年はさぁ、いよいよ中3だよねー。」
美玖は空を憂鬱そうに見上げる。中3からは数学は高校の内容に入り、理科では物理を勉強する事になっている。理科の所為で成績がどうも芳しくない美玖にとって、中3になる事は恐怖だった。
瑞穂は、それに力強く頷く。
「そうだよね~。あー、3学期の休部嫌だなー。」
中3は内部進学試験の準備のため、3学期の途中までは部活に出る事を許されない。
瑞穂の言葉を聞いて、莉奈は小さく呟いた。
「あー。来年受験だ……。」
瑞穂が聞き漏らしてくれれば、と美玖はとっさに思った。だが、彼女はばっちり聞いてしまったらしい。美玖がちらりと顔を覗き込むと、瑞穂の顔には困惑の色が見て取れた。
最終更新:2007年05月29日 20:59