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生まれたばかりの赤ん坊には、視力は無い。
人間は生後何ヶ月か経ってから、徐々に光を認識しはじめる。
赤ん坊が母親以外の人間に抱かれると泣き出すのは、目で母親を捉えているのではなく、
生物の本能で母親と他の人間を区別しているだけに過ぎないのだ。
そして、子供の視力の発達具合は、個人差はあれど、案外遅い。
平均的な視力の発達具合は、生後一ヶ月で0.03。二ヶ月で0.06。半年でもわずか0.2前後に過ぎない。
そこからの視力の発達速度は、それまでと違って不規則に上下するが、大抵の人間は四歳でやっと視力が1.0程になるのだ。
ところが稀に、生まれつき視力のきかない者もいる。音羽マドカはそんな人間の一人だった。
両親が彼女の視力の問題に気付くのには、多少時間がかかった。
前述の通り、生まれた頃は誰しも目が見えないのだ。まして乳児は、言葉を話す事も出来ない。
意思の疎通が困難であるために「この子はひょっとして、見えていないのでは……」
と、彼女の両親が感づくまでに、彼女が生まれてから実に八ヶ月が経過していた。

彼女自身は、それを不便だと思った事は無い。
生まれてからずっと、光の無い世界が彼女にとっての常識だった。便利も不便も無い。
その代わり聴覚は素晴らしく発達してくれたお陰で、天才と呼ばれる程のバイオリニストになれた。
字も譜面も読めない彼女に、折れる事なく丁寧に指導してくれた、アントニオ・ビスコンティと
何よりも、彼女を見捨てる事無く真剣に、それでいて甘やかす事なく厳しく育ててくれた両親に、頭が下がる。
そして、彼女の友人であり、彼女の目の代わりともなってくれる、モーツァルトという名の盲導犬。
屋敷の者達も、マドカの症状に当初は戸惑ったが、いつしか偏見を捨てて、親身に彼女に接するようになっていた。
更に、ストラディバリウス奪還の際にも、多くの友人を得られた。
奪還屋の美堂蛮に、天野銀次。ホンキートンクの水城夏実。そして……冬木士度。
人間の感覚の80%を占める視覚が無い代わりに、彼女は天分とも言える超聴覚と、温かい友人達に恵まれた。

そんな彼女が、生まれて初めて、光を求めた。
『見る』という事を、経験してみたい。その概念を、理解したい。
きっかけは、彼女の想いの人である、冬木士度。
彼と初めて交わった時、彼女は自分の恥部がどう見えるか、彼に尋ねた。
「私のここ……変じゃないですか? お母様に、ここは大事なところなのよって、教わったものですから……」
一生でただ一人体を許すべき相手に捧げる、女性の体の中でもっとも大事なところ。娘の母はそう言った。
「大丈夫……綺麗なピンク色さ」
士度は特に意識する事もなく、純粋な感想を述べたつもりだったのだが、彼女には『ピンク色』が理解出来なかった。
と同時に、この世のありとあらゆるものには、『色』がついているのだという知識を、思い起こした。
見た事も無いし、認識も出来ないけれど、この世には『色』というものがある。
今私を抱きしめてくれているこの人にも、肌の色や髪の色、瞳の色があるんだ……。
女性にとって初夜とは強く記憶に残るものだ。
彼女は、その夜感じた『色』ひいては『光』というものへの興味を、日ごとに掻き立てられていった。
私の大好きなあの人はどんな色をしていて、私はどんな色をしているのだろう……。
「マドカ……それ、本気で言ってんのか?」
「はい……軽蔑、しましたか?」
「いや……別に、普通の欲求だとは思うが……
 お前の口から、目が見えるようになりたいなんて言葉、聞く事になるとは予想してなかったからよ……」
マドカは、士度が特別な血筋をひいているという事は、直接聞いて知っていた。
もっとも百獣擬態という特殊能力の事や、鳥獣擬という、蝙蝠のような聴覚を得る術の事まで知っていたわけではない。
ただ、夜話に一度、彼は聴覚を研ぎ澄ます事で、物体の形すらも捉える事が出来ると、聞いた事がある程度である。
それに、士度の友人でもあり、何度か話をした事もある風鳥院花月という者は、心の眼でものを見る事が出来るとも聞いた。
彼らに頼みこめば、『見る』事そのものは出来なくとも、それに順ずるものは習得出来るのではないかと思った。
「私同様に、生まれつき目が見えない人達が、少なからずいる事も、知っています……。
 その人達が、何恥じる事無く、光の無い世界に生きているであろう事も、わかっています……。
 けれど、それでも私は……あなたの姿を、顔を……見えるように、なりたいんです……」
「マドカ……」
士度は回答を保留にする事を承諾してもらってから、花月に連絡をとって相談した。

数時間後、二人はホンキートンクのカウンター席の隅で、神妙な面持ちで話していた。
「なるほどね……決してマドカさんが恥じ入らねばならないような願いではない事は、確かだけれど……」
「それでもあいつは、相当な覚悟で俺に頼んできたんだと思う……無下にはしたくねぇ……」
波児には二人の会話が聞こえていたが、立ち入るべきではないと判断して、敢えて無視に徹して新聞を読んでいた。
達人のレベルになれば、目に頼らずにものを見る術など、いくらでもある。
波児のシックスセンスに、花月や十兵衛の心眼。
それに十兵衛の針を使えば、高等な修練によらずとも、視覚を得る事も可能だろうし、
無限城に行けば、たとえ特殊な電磁波によって強制的に『見せられる』映像であっても、
兎も角擬似的にしろ、その感覚は視覚として機能するかもしれない。
こうして考えてみると、マドカが光を感知出来るようになるかもしれない手段は、方法論だけならいくらでもあった。
問題は、それらが成功するかどうかである。
「君の鳥獣擬を、彼女に教えてあげる事は出来ないのかい?」
「あれは、あくまで物体の動きや形を捉えるためのものだ。色までは知覚出来ねぇ。
 それに、程度は劣るにしても、人や物体の位置を認識する程度の感覚なら、
 今のあいつは既に備えてる(……としか思えない描写が山ほどある)。
 第一、あれは百獣擬態の一つだ。太古の昔から動物達と触れ合い、通じ合ってきた、魔里人にしか使えねぇよ」
それはもっともだった。教えられたからと言って、蛮や銀次程の者でも、出来る事ではない。
かつて笑師春樹も、最低十年は山篭りしなければならないと聞いて、断念した事がある。
「……お前や十兵衛の、心眼はどうなんだ? あいつに教えてやれねぇか?」
士度は、風鳥院や筧に伝わる、目を超える眼の事を、問いただしてみた。
「士度……風鳥院に学ぶ者は、確かに中伝で、心眼を会得する。
 けれど、何も開祖の頃から、心眼が今のように完成されていたわけではない。
 何世代も継承していき、その中で研鑽されていなければ、今の心眼の完成度は有り得ない。
 親が子に、子は孫にと、既に心眼を会得済みの者が、次の者へと辛抱強く教えてやる事でしか、風鳥院の心眼は……」
小難しい講釈に辟易しかけたが、それ自体はもっともな話だった。
蛮のような超天才でもなければ、ただの人間が独力で心の眼など、開眼出来るわけがないのだ。
「つまり、マドカが心眼を会得するためには、その使い手であるお前の手伝いがいるって事か……」
数日後。
花月は士度に呼ばれ、マドカの屋敷に来訪していた。
対応の良いメイドに紅茶をもてなされ、客間で待っていると、すぐに士度とマドカがやってきた。
「よぉ、待たせたな」
「お久しぶりです、花月さん」
「やぁ、お二人さん。体調は悪くなさそうだね」
二人に案内されて、花月は屋敷の離れへと向かった。これから数時間の間、誰も離れには近づかないよう、士度が指示した。
「士度さんからお話は伺っています、花月さん。私に、光を与えてくれるのだとか……」
士度は、本当にマドカに視力を与えて良いのかどうか迷った。
その迷いを代弁するように、花月がマドカの覚悟を確認する事にした。
「マドカさん……あなたは、天才的なバイオリニストです。
 幸か不幸か、それは視力が無い事によって培われたものだと、僕は思っています。
 視覚を失った人間は、代わりに他の感覚が発達するものですからね。僕の親友の筧十兵衛という男も、そうです」
「えぇ、何となくわかります。少なくとも、私の耳が他の人より特別良く聞こえるという事は……」
「あなたが視力を得れば、あなたはそれに頼って生きるようになるでしょう。
 それは悪い事ではありません。殆どの人間は、全感覚の八割を、視力に依存しているのですからね。
 けれど、そうなれば……あなたの聴覚は逆に衰え、バイオリンの演奏にも、支障が出るかも……」
その言葉を聞いた瞬間、マドカの表情がこわばったのを、士度は見逃さなかった。
「それでも、構いませんか? 今のような、天使のような旋律を、奏でられなくなるかも、しれなくても……」
それからしばらく、部屋の中には静寂が訪れた。
緊張のためと、それから無音のために、士度は自分の心拍の音が直接耳元で聞こえるかのような錯覚さえ感じた。
「……大丈夫です。私、目が見えるようになりたいです」
彼女の見えない目は、それでも強い眼差しを放っていた。
再確認するように、花月が尋ねる。
「本当に、よろしいのですか?」
「構いません。ビスコンティ先生だって、それに阿久津さんだって、目が見えるけれど、私以上の演奏家でした。
 目が見えない事に頼らなければ、あの人達に追いつく事すら出来ないなんて、巨匠ビスコンティの弟子の名に恥じます!」
目が見えない事に『頼る』、という彼女の考えは、目の見える者には到底無い発想だ。
彼女の覚悟と決心を蔑ろにしないためにも、花月と士度は、全力で彼女に心眼を習得させる事を決意した。
「それで……その心の眼の特訓というものは、具体的にはどうすれば良いのですか?」
「そうですね……通常は五感全てをシャットダウンする事から始まります。
 暗闇で目を閉じ、耳栓をし、呼吸も止め、一切の身動きをやめます。視覚・聴覚・嗅覚、触覚・味覚の全てを封印するわけです。
 そうして精神集中して、自分の周囲の空気の動き、空気の流れだけを感じ取るように努めます。
 最初は何も感じる事が出来ませんが、これを一日に数時間、何ヶ月も何年も幼い頃から続けていれば、
 十歳ぐらいの頃にはこの心眼という極意を、会得する事が出来るようになります」
マドカは花月の説明を聞いて、若干焦った。
「幼い頃から毎日続けて……それでも十歳ぐらいまでかかるのですか?」
「物体の色すらも認識出来るようになるには、ね。人間の呼吸は、訓練しても三分ぐらいしか止められませんし、
 間に何度も休憩を挟みながら、時には気絶しながらそれを一日に最低一時間、体が大きくなれば二時間……」
「……花月」
悪意は無いとは言え、マドカを一方的に徹底的に不安にさせる花月の説明を、士度が途中で打ち切らせた。
「あ、あぁ、すまない……。兎も角、普通の訓練と同じやり方では、マドカさんが心眼を会得する事は出来ないでしょう。
 そこで今回は、他のやり方で心眼の会得を試みてみようと思います」
「他の……やり方……?」
「えぇ……その……」
話が一気に核心に触れたために、花月はしどろもどろになった。
「……済まない、士度。君の方から、説明してあげてくれないか……?」
「……そうだな。マドカも、俺の口から聞いた方が、この場合はいくらか落ち着いて考えられるだろう……」
二人が何故不安そうに言葉を交わすのかわからないマドカは、隣に立つ士度の手を握って、彼の説明を待った。
「あー、つまりな、マドカ……。いつも、俺とお前が夜にやってる事、あるだろ?」
士度と二人で夜にする事……。マドカは、すぐに答えに思い至り、同時に赤面した。
「やだ……士度さん、人前でそんな事言わないで……」
士度は彼女の不安を払拭するように優しく抱きしめた。
「落ち着け、マドカ。今日はな……あれを、花月としてほしいんだ」
マドカは、一瞬士度が何を言っているのか、理解しかねた。一瞬体が硬直し、数秒後、彼女は叫び声をあげそうになった。
「なっ!……え……? えっと、その……え、何……今、何て……」
自分の聞き違いだと言ってほしかった。
しかし、自分を抱き寄せる士度の手から、彼も相当な覚悟を背負っているのだとわかり、マドカは黙り込んでしまった。

「通常の心眼の特訓は、先程も言った通り、五感のシャットダウンから始まります。
 けれどそれは、日ごろから風鳥院の技を学び、伝統芸能に打ち込み、心を研ぎ澄ませているからこそ、可能な特訓です。
 普段特別な訓練を積んでいない素人が同じやり方で特訓しても、心眼は会得出来ません」
慈しむようにマドカの衣服のボタンを一つ一つ丁寧に外していく士度に背を向けて、花月は説明を続けた。
「つまり、いきなり五感を塞ぐようなやり方では、あなたの場合は効果が見込めないという事です。
 視覚は生まれつきシャットダウンされているわけですから、今回は他の感覚は敢えて残しておきましょう。
 即ち、あなたには聴覚、嗅覚、触覚、味覚の四つの感覚を、フルに使っていただきます」
「それが……あの……あなたに、抱かれる事と、どのような関係が……」
「大有りですよ。
 相手の息遣いを聞き取る事で相手と波長を合わせなければ、同時に絶頂に達する事は出来ません。即ち、聴覚ですね。
 それに、相手の汗や体液の匂いを嗅ぎ取る事も、快感の助長に繋がります。即ち、嗅覚ですね。
 男性の皮膚が身を守る鎧であるのに対し、女性のそれは他者と触れ合うためのセンサーと言われています。これは、触覚ですね。
 更に言えば、相手の肌や舌や、もっと恥ずかしい部分を舐める事で、より高みへと上り詰めます。言わずもがな、味覚というわけです」
初めてこの説明を聞いた時、士度も花月の気が変になったのかと思ったものだ。
しかし実際に、長い風鳥院の歴史の初期には、この方法もしばしば選択されていたのだという。
なるほど、花月の言う『何世代も継承していき、その中で研鑽』するというのは、そういう事も含まれていたのだろう。
「でも……それなら、その……普段、士度さんと……してる事ですけど……」
士度に服を全て脱がされて下着姿になったマドカは、もうこの期に及んで恥も何もないと悟りながらも
なお顔を赤くして、花月にそう言った。
「その……花月さんと、しなければならないのですか?
 士度さんとだけじゃ、駄目なんですか?」
それは士度も既に感じていた疑問だった。ホンキートンクで花月に詰め寄る士度に対して、花月はこう答えたものだ。
「本当なら、この方法を実践的に行うには、男女ともに最低五人ずつは欲しいところなんだよ。
 目を閉じた相手に対して、先ずは指の先で軽く触れてみる。触れられた側は、相手が男か女かを言い当てる。
 それを、段々と難度を上げていくのさ。例えば男性の指先は無骨だから、性別だけなら割と簡単に判別出来る。
 しかしこれが指ではなく舌となれば、難度は一気に跳ね上がる。
 こうして最終的には、触れる事無く、目の前に佇んでいるだけの相手の名前や服の色も、言い当てられるようになるんだ」
それと全く同じ内容を、彼はマドカにも説明してみせた。
「つまり……私の体に、士度さんと花月さんが無作為に触れてみて、私が言い当てる、という事ですか?」
「まぁ最初はそういう、小学生の遊び程度のレベルですけどね。
 ですが段階が上がっていけば、もっと深い接触に移行する事になります。
 平常時とは違った心拍数、体温、息遣いの相手に対してさえ、簡単に名前を言い当てられるようになるために
 それはどうしても必要な事なんです」

観念して畳の上に座り込むマドカの前で、花月は士度に耳打ちした。
「……本当に良いのかい? ひょっとしたら彼女、僕が本当に手を出すわけがないと思ってるんじゃ……」
「なら尚更、良い特訓になるだろ? 触れる相手が俺一人だと思い込んでいればこそ、間違っていた時に経験値になる」
どうやら士度も本気のようだ。
花月は腰を下ろすと、まず先に、自分がマドカに触れてみる事にした。指先で、軽くマドカの頬に触れてみる。
「どうだ……? どっちか、わかるか?」
士度の問いかけに、マドカは戸惑いながら答えた。
「今まで触れた事の無い人の感触です……花月さんの方、ですよね?」
「正解だ」
次に、士度がマドカの肩に触れてみた。
「あっ、これはわかります! 士度さんです!」
さすがに毎日肌をあわせているだけあって、恋人の指先の感触はわかるらしい。
「ま……俺と違って、花月の指は女みてぇに繊細だからな。このぐらいは簡単か」
今日までに士度の体の主だった部分は、既に幾度となくマドに触れられていた。
あと触れていない部位は……と、士度は考えた。程なくして、士度は思い出したように自分の足をマドカに差し出した。
足の指の先で、彼女の腹のあたりに、出来るだけ柔らかく触る。
士度の行動に少し驚きながらも、花月はマドカに尋ねた。
「どうです、マドカさん。今度はどちらか、わかりますか?」
「ん……く、くすぐったい……です……えと……花月さん、かな……?」
やはり足の指などという、普通触れないような部分では、まだ判別は出来ないようだ。
マドカは、自らの腹部だけでなく、手でも触れてみようと思った。彼女の柔らかい指が、士度の右足を丹念に触る。
粘土細工をこねるように、あらゆる角度、あらゆる強さで、形と温度を確認していく。
「あ……これ、手じゃない……足……? 足ですよね……? これが、踝で……」
「あぁそうだ。悪いな、汚い事しちまって」
「平気です。この硬くて力強い踵に、広い土踏まずは、きっと士度さんですね?」
幼い頃から野山を駆けて暮らしてきた士度の脚部は、花月のそれとは比べ物にならない程逞しかった。
「士度さんの足は、もう覚えました。形も、温度も。次は、花月さんの番ですね」
一瞬、花月は戸惑った。恋人である士度でさえ、彼女の体を素足で撫でるような真似は、ともすれば無礼だというのに。
こともあろうに、赤の他人である自分が……。
「……構わねぇよ。マドカが望んでんだ。
 それとも、触れる部位の形で相手を区別出来るようになっちゃ、特訓の意味が無いか?」
「いや……そんな事は無いけど……出来る事から取りあえずこなしていくのも、大切な事だし……」


花月のような物腰の柔らかい青年が、人様に向かって片足を突き出す様は、全くもって似合っていなかった。
しかも、下着姿の少女に向かって、である。
しかしマドカは、士度の時と同じく懸命に花月の足をまさぐり、その形と温度を、記憶していく。
「細い……それに、士度さんのはゴツゴツした感じだったけど、花月さんのは柔らかい……」
花月が足を引っ込めて、次のステップに移ろうと言った。
士度はうなずくと、ブラジャーの上からマドカの右胸に、指先一本だけ突き立ててみた。
いくら覚悟を決めていたとは言え、これにはマドカもかなり動揺したようだ。一瞬、体がびくっと動いた。
花月も、躊躇いがちに彼女の左胸に指先を突きたてる。
「どっちが士度の指か、わかりますか?」
「え、えぇと……右のおっぱいの方……かな……?」
正解である。
先程肌の上から直接触れた時は、いとも簡単に相手を言い当てた。下着の上からでも、それは何とか可能なようだ。
「今日いきなりは無理だけど、来週あたり、服上から触れてみよう」と花月が言った。
「段々難度を上げていくってのは、そういう事か」
「あぁ。いずれは服の上からどころか、触れる事なく、相手を区別出来るようになる。
 もっとも、そこから先は更に長い道のりになるんだけどね……」
花月がマドカの胸から手を離そうとすると、マドカがその手をとって、先程足にしたのと同様、手触りを確認してきた。
「あぁ……そうか、手の形も覚えないといけませんね……」
指の一本一本、その関節の付け根、掌、手の甲、手首にいたるまで、マドカはひたすら撫で回し続けた。
その内、顔を近づけて、その手の匂いを嗅ぎ始めた。
「良い匂い……士度さんの匂いも好きだけど……花月さんのは、甘い香りがする……」
座り込んで相手の手の匂いを嗅ぐ様は、言い方は悪いが、犬のようだった。
「マドカ。それに花月」
士度は、ある案を思いつき、それを二人に話してみる事にした。
「お前らさえ良ければ、なんだが……。マドカ、お前、花月の手を舐めてみるか?」
これには、いくつもの修羅場をくぐってきた花月も、心の強いマドカも、驚いて一瞬思考が停止しかけた。
「何を……何を言ってるんだ、君は?」
だが、マドカは士度の言わんとするところが、わかっているような表情でもあった。
「恥を忍んで言わせてもらうが、普段マドカは、俺の手ぐらいなら、いくらでも舐めてる。もっとも、手だけじゃないがな」
赤ん坊は視力が弱いだけでなく、握力も弱い。故に、手で握って感触を確かめる事が出来ない。
赤ん坊が何でも口に入れたがるのはこの為で、口や舌こそが、人間にとって原始的に最もその物体を認識しやすい器官なのだ。
盲目の人間は、周囲の景色と自分の立ち位置を把握出来ない分、何かに触れる事で安心出来る。
マドカは、夜二人きりでベッドに入っている時などは、士度の体に積極的に触れ合い、舐める事で、安堵を得ていた。
「なるほどね……確かに、最初は出来る事からこなしていくのも大切だと、言ったのは僕だ。
 ……良いですよ、マドカさん。あなたさえ良ければ、僕の手の匂いと味を、その嗅覚と味覚で覚えこんで下さい」
マドカは、恥らいつつも興味津津といった風に、花月の指先を舐めてみた。するすると、その指先を口の中にふくんでいく。
まるで女性のような……自分のような、ほのかに甘酸っぱい味だと、マドカは思った。
ひんやりとして、折れてしまいそうな程に繊細。無骨でしょっぱい士度の指とは正反対だ。
ちゅぷ……ちゅぱ……れろ……ぴちゅ……
マドカは雌犬のように、花月の指を一本一本くまなく舐めた。
犬と言えば、モーツァルトもよく、私の足を舐めにくるわね……女中の人達には、服が汚れるからと、困られたけど。
そんな事を思い起こしながら、マドカは花月の掌も舐めた。
「はい。花月さんの手、もう覚えました。試しに、また私の体に触れてみて下さい。次も当てますから」
しかし、皮膚やブラジャーの上からなら当てられる事は、先程証明済みだ。服の上から触るのは、次の機会と決めている。
皮膚、ブラジャー、服以外に、他に触れていない部分は……と考え込んで、花月は困ったように士度の方を見た。
士度は花月の考えを汲み取って、不承不承頷いた。
「マドカ……覚悟は出来てるな?」
その言葉に、マドカは一瞬身を強張らせた後、静かにコクン、と頷いた。
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、花月はマドカのパンティに、その細い指先を伸ばした。
そこは女性の体の中で最も大事な部分。最も敏感な部分。
しかしそれ故に、体が反応し過ぎて、逆に正確に指の主を特定出来ないかもしれない。
思った通り、花月が布地越しに触れただけで、マドカの体はびくんっと撥ねた。
「どうです……マドカさん。わかりますか……?」
「ぅ……わかん……ない……冷静に……なれない、からぁ……でも……士度さんじゃないような……気が……」
ほんのちょっと指先を当てているだけなのに、もうマドカは快感に襲われているようだ。
女性は目隠しプレイをすると、より興奮するという。常に目隠しをしている状態のマドカも、今まさに興奮しているのだ。
「士度……やはり、ここはまだ、下着の上からでは無理なようだよ……」
「そうだな……」
士度はマドカをゆっくりと畳の上に寝かせると、小さなリボンのついた白いパンティを、脱がしにかかった。
さすがに大事なところを花月に見られるのは抵抗があるようで、マドカは両手で必死で隠していた。
その両手を挟み込むように足をきつく閉じる。だが、士度はそれでは特訓にならないと言った。
嗚咽をもらしそうになりながらも、盲目の少女は、足を開き、手を離した。
「わぁ……綺麗なピンク色だ……」花月は感嘆の声を漏らした。
「士度さんにも……そう言われました。でも私、色っていうのが、わからないから……」
「ひょっとして……お前が光を求めたのは、それが理由か……?」
さすがに士度も、自分のそんな一言がきっかけで彼女が光を求めたのだとは、予想していなかった。
恥ずかしそうに頷くマドカを抱き起こし、背後にまわって、ブラジャーのホックを外す。
「下も脱いでんだ……こっち着けたままだと、おかしいだろ」
こうして、音羽マドカは全裸になった。陰部と同じく、乳首も綺麗なピンクだ。
とても毎晩、恋人に弄られているようには見えない。
士度は花月に目配せして、二人とも片方ずつ、彼女の乳首に、指先だけ触れてみる事にした。
「どうだ、マドカ。どっちか、わかるか?」
恥ずかしさのあまりに脳がパンク寸前のマドカには、冷静に相手を判別するなど、とても出来なかった。
「無理……です……こん……なの……」
続いて、士度も花月も、ただ触れるだけではなく、その指先で少女の乳首をいじってみる事にした。
「どうです……? こっちの方が、より感触を感じ分けられる筈ですよ」
「うっ……あ……左……左が……士度さん、かな……?」
一応正解ではあるものの、かなり自信が無いようだ。やはり頬とは違って、乳首では平静を保てないようだ。
二人はマドカの胸を鷲づかみにした。そのまま、感触を練りこむように揉みしだく。
「あふ……や、やっぱり、左が士度……さんで……右……右がぁ……花月さん……っ」
「正解だ。じゃ、いよいよ次は、ここだな……」
先程マドカは、パンティ越しでは相手を判別出来なかった。だから士度は下着を脱がせたのだ。
今まさに、少女が最も士度以外の人間に触れてほしくない部分に、花月が手を伸ばした。
陰毛は、よく手入れされていた。目の見えない彼女に代わって、メイドが毎日手入れしてやっているらしかった。
「ひっ……! やだ、これぇ……っ……やだ……ここは、士度さんしか、触っちゃだめぇ……」
肉をなぞる指の細さから、相手が花月だとわかったようだった。
しかし、だめと言いつつ、マドカは花月の手を引き離そうとはしない。代わりに、目の前にいるであろう花月に
頭からもたれかかって、哀願するようにその腕に抱きついた。
その拍子に、マドカの両胸が花月の右腕を挟み込む形になった。
花月の指先は、既にマドカの愛液で濡れていた。

「んふ……ちゅぱ……ちゅ……くちゅ……」
マドカは、花月の陰茎を丹念に舐めた。
「そう……良い感じですよ、マドカさん……嗅覚と触覚と味覚をフルに使って……」
士度以外の男性のものなど、触れた事すら無かったのに、
いきなり舐めさせられる事になるとは、彼女は予想出来ていなかった。
花月が言うには、この方法は間引きに近いものであるという。
聴覚、嗅覚、触覚、味覚。
視覚以外の全ての知覚能力をこうして底上げした上で、そこから一つ一つ、使用する知覚を減らしていく。
そうすれば、より他の知覚が発達する。最終的には全ての知覚をシャットダウンする事になるが、
その頃には、心眼の極意にかなり近づけている筈なのである。
「だから……どうしても、最初はこういうのも必要なんです……
 けれどマドカさんが一所懸命特訓して……順調にすすめば、やがては……
 こういう事など、しなくても済むようなレベルに……」
締まりの無い表情でそんな事を言われても、説得力が伴わなかった。
マドカは花月のものを舐めるのを、最初は嫌がったが、普段慣れている士度のものでは
特訓にならないであろう事を、士度も察したため、何と士度自身が、彼女を説得したのだ。
「どうです……マドカさん、形は覚えましたか……?」
「ん……士度さんのと一緒で、大きくて硬いから……最初は、わかりませんでしたけど……
 血管の走り方とか、鼻をつく匂いの微細な違いとかで……何とか……」
花月は、マドカの口内に射精した。
「うっ……ごほっ、けほっ……うぇ……けほ……」
「大丈夫ですか……? 味は、わかりますか……?」
「だ、大丈夫です……士度さんのより、少し味が薄いですね……」
花月と士度は、交互にマドカに口付けし、彼女の乳首を舐め、彼女にも二人の乳首を舐めさせた。
中には相手を判別出来たものもあれば、そうでなかったのもあった。
そうこうしている内に、彼女の体はすっかり火照って、出来あがっていった。
彼女は断続的に甘い吐息をもらし、陰部からは常に愛液を垂らしていた。
「花月……次はどうしたら良いんだ?」
教える立場の花月は、本当ならばここで理由をこじつけて、もっとマドカの体を味わう事も出来る。
しかし理性的な彼はそんな邪な考えを払拭するよう努めた。既に一度射精していた事もあって、一人だけ冷静だった。
「今日は特訓はもう十分でしょう……最初からあまり根を詰めすぎてもいけない。
 もっとも、僕が去った後で、お二人が愛し合うのは全く問題ありませんよ」
そう言って、花月は服を着始めた。
フェラチオされた花月と違って、士度もマドカもまだ一度も絶頂に達していない。
幸い家の者にはこの離れに近づかないよう言いつけてあるのだから、今からここで一発するのも悪くない筈。
いや、厳密に言えば、二人は今すぐにでも本番に移行したい筈なのだ。
たっぷり一時間はかけて、前戯と呼んで差し支え無いであろう行為をやってきたのだから、二人の体はもう臨界寸前だった。
花月は、そんな二人に気を遣うつもりで、そそくさとその場を離れようとした。
ところが、士度が花月を引き止めた。
「さっき、マドカはお前のを舐めて、血管とか匂いで判別したって言ってたよな?」
「えぇ……それが何か? 申し訳ないけれど、最初はそういうところから始めないと……」
友人の彼女に、必要だったとはなりゆきでフェラさせた花月としては、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
てっきり責められるのだろうと腹をくくったが、その予想を覆し、士度は意外な事を提案してきた。
「そんな判別方法が出来たのは、上の口だからだろう?
 下の口なら、血管の走り方やら匂いやら、そんなもんを細かく吟味する事は出来ねぇ筈だ」
「……君、まさか……」
「士度さん……」
下の口……即ち、膣。彼は、そこに挿入して、士度と花月の陰茎の違いを判別すべきだと言うのだ。
マドカの事を思っての提案なのだろうが、いくら何でも自分の彼女を他人に差し出すような事を言うとは思わなかった。
しかし確かに、その判別方法をとる為には、普段慣れている士度のものでは意味が無い。
「花月さん……」
マドカの表情は、怯えているようにも見える反面、不貞という未知の感覚への期待も感じられた。
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ぱっくりと割れた陰唇の隙間を、花月の男根がゆっくりと突き進む。
ずぶ……ずりゅ……ぐちゅ……
「どうですか、マドカさん……わかりますか?」
「ふぅ……っ……こん……なのぉ……わかんあい……よぉ……」
話の流れからいけば、この状況で挿入しているのは花月以外に有り得ない。
頭ではそうわかっていても、体は冷静に相手を判別する機能を失っていた。もはや、区別がつかないのだ。
「曲がりなりにも彼氏である俺のものと、区別がつかないとはな……」
「仕方ないよ。正直、五感でなく直感で判断出来るかも、と思ったけれど……今は女性的な直感も麻痺しているようだ」
花月は、その直感の力でマドカが相手を判別出来る事を期待した。直感は第六感に通じる。
直感が働けば働く程、心眼の領域に近づけるのだ。今の段階で直感が強く働いてくれれば、先行きは安心なのに、と思った。
しかしマドカが麻痺しているのは、直感だけではなかった。
くさい言い回しになるが、マドカ程の慈しみ深い女性であれば、相手が士度かそうでないかを、愛で嗅ぎ分けられた筈だ。
この一時間以上に及ぶ二人の男性の攻めによって、マドカは今、完璧に欲情していた。
家族間の愛なら兎も角、男女間の愛とは、詰まるところ性欲の延長に過ぎない。
マドカは今、擬似的に花月を愛していた。士度と同様に。それが判断を狂わせていた。
最初は士度以外の男性には触れられたくないとすら思っていた部分、
今こうして花月を迎え入れているのも、極度に膨張させられた性欲のためだった。

花月は、迷った。
今の段階では、膣を用いての判別は不可能な事がわかった以上、もう抜いてしまって構わない。
再び硬く隆起してしまった自分の陰茎を落ち着かせるのは骨だろうが、
特訓にかこつけて友人の彼女に、あろう事か本番までさせるのは、やはり良くない。
花月は、そのまま自分の陰茎を、少女の膣から引き抜こうとした。しかし、マドカ自身がそれを拒んだ。
「やだぁ……抜かないでぇ……もう、耐えられないよぉ……」
「マドカさん……」
花月は、困ったように士度の方を見た。彼に、マドカを説得してもらいたかった。
しかし士度は、花月とマドカが最後までするのを、あっさりと承諾してしまった。
「構わねぇさ。花月の後で、ゆっくりと楽しませてもらう」
「し、士度!?」
「ぶつくさ言ってねぇで、早く突いてやれ。マドカがそれを望んでるんだ。ただし、バックでな」
「バック……あぁ、後背位の事か? 何故、その体位で?」
「好きなんだよ、こいつ。案外激しいのがお好みなんだぜ。騎上位とか、駅弁とかな」
言われる程に、マドカは顔をトマトのように赤くしていった。
目が見えるようになれば、彼女自身、そんな自分の顔の色の変化がわかるようになるだろうか……。
そんな事に考えを巡らせながら、花月はマドカと繋がったまま、仰向けに寝転んだ。
それまで正常位の体勢だったマドカが、つられて起き上がる。一旦、騎上位の体勢になった。
そのままマドカは花月の上で体を回転させ、花月に背を向ける形になった。
右曲がりの男根は、ただの回転運動だけで膣をえぐり、マドカは正気を保つ事さえ難しかった。
そうして花月は起き上がり、マドカは両手を前について、後背位の体勢になった。
すると、士度がマドカの前に来て、自分の陰茎を彼女の口にねじこんだ。
「どうだ、マドカ……俺のだって、わかるだろう?」
「あぁ……くちゅ……シドさんのら……ちゅぱ……このにおい……」
マドカは、美味しそうにそれを味わった。
「それじゃ……動くよ、二人とも」
花月は一言断りを入れると、強く腰を打ちつけた。
離れの畳の上に、肉のぶつかり合う音が響く。
マドカの体が前後する度に、彼女の口が激しく士度の男根の周りをスライドした。
「んふ……ん……んおっ……おぉ……っ」
口を塞がれて話す事も出来ない彼女の口から、獣のような声だけが聞こえてきた。
思えば、後背位で丁度良かったかもしれない。畳の上で正常位をすると、背中が擦れて痛いものだ。
既に臨界ギリギリまできていた士度とマドカは、すぐに絶頂に達した。
少し遅れて、花月はマドカの中から自分のものを引き抜き、彼女の背中に熱いものをぶちまけた。
「なぁ、花月……」
「何だい? 士度」
「これ、大体どのくらいの期間続ければ、心眼を習得出来るんだ?」
「そうだな……通常の、五感をシャットダウンする方法、
 つまり風鳥院の継承者が行うやり方でさえ、普通は何年もかかる。まして彼女がとったやり方は、
 五感の内のいくつかを生かしておき、徐々に減らしていく、古いやり方だ。
 何年かかるか、想像もつかない。驚異的な才能があれば、或いは数ヶ月かで済むかもしれないが……」
「そんなにかかるのか……」
冷静になって、やはり自分の彼女を他の男に抱かせる事は良くないと思い直した士度は、
何年かかるかわからない、という花月の言葉に、不安にさせられた。
「だから、才能があれば、数ヶ月で済むかもしれないと……」
「才能があれば、だろ? マドカに、そんな才能があるかどうか……」
しかし、そんな彼の不安をよそに、気絶に近い状態で畳の上に寝転がっていたマドカは
離れた位置で待機している二人の男性を、微かな匂いで嗅ぎ分けていた。
(本当の本当に少しだけど……今なら、触れてなくても、どっちがどっちかわかる……)
(特訓の成果かしら……)
それは、紛れも無く天賦の才のあらわれだった。
もっとも、士度と花月は、まだ彼女の才能にも、彼女が心眼に達するのはそう遠くないという事にも
この時点では全く気付いていなかった。