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「駐車違反とレッカーと仮駐車代、しめて5万7千円になりまーす」
「フザケんなコラァッ! 俺様の天道虫を勝手に引っ張って行きやがって何が5万7千円だ!」
「婦警さ~ん、もう少しまかりませんか? 俺ら今月ピンチなんですよぉ……」
新宿署の交通課は、今日も賑やかだ。
当初は何事かと驚いていた他の警官や、署を訪れる近隣住民達も、今ではすっかり慣れきっていた。
今では、月に一度は彼らの怒声を耳にしなければ、落ち着かないと言う者まで現れる始末。
「あのぅ、勝手に引っ張って行ったと言われてもですね、レッカーしたのは私じゃないですから。
 そう言う文句は、レッカー担当の者に申し付けて下さいますか? 私は内勤なんで」
「るせぇ! 大体テメェ、俺らからボッタくった違反代、どこに回されてんだよ!
 テメェらのポケットマネーに化けてんじゃねぇだろうな!」
「あら、ご存知無いんですかぁ? 違反者から取り立てた罰金は、道路整備などの費用に……」
「そんぐらい知ってるっつーの! そう言う事言ってんじゃねぇだろうが!」
「あら、知ってる事をわざわざお聞きになられたんですかぁ?」
「人の神経逆撫でしてんじゃねぇー!」

あまり騒ぎ立てると、公務執行妨害も付与されかねないと脅されて、
蛮と銀次は渋々交通課を後にした。
「はぁ~あ。……どうにかして違反を免れられないかなぁ……」
「お前が車運転出来りゃ良いんだよ。したら、一人が車降りてる間、もう一人が運転席に座ってりゃ良い。
 警察が来て『車どけろ』って言われたら、素直にどけりゃ良いだけの話なんだからよ、駐禁なんてのは」
マルボロを一本取り出し、火をつけて深々と吸い込む。
大量の煙を吐き出しながら、蛮は一方的な理屈をこねた。
「だったら、蛮ちゃんがそれを担当すりゃ良いじゃん。
 車を降りる用事がある時は、俺一人で降りて用事を済ませて……」
「馬っ鹿、ホンキートンクで依頼人と会う時は、お前一人じゃ任せらんねぇよ。
 お前に任せたら、とんでもねぇ大損コキそうな依頼を、平気で引き受けちまいそうだ」
損得勘定の下手な銀次に、一人で依頼人と契約を結ばせる事は、蛮には考えられなかった。
もっとも蛮自身、何だかんだと言っても結局損な依頼を引き受ける側の人間なのだが。
「また波児さんへの借金増えちゃったね……」
「別に構やしねぇよ。あいつだって裏でいろいろ副業してんだから、金に余裕はあるだろ」
波児から貸してもらった金を警察に振り込み、二人はスバル360で近所のコンビニへと向かった。
相変わらず正規の駐車場には停めない。路肩に停車して、銀次だけが降りる。
「蛮ちゃん何食べる?」
豪勢に焼肉弁当、などと言いたいところだが、金に余裕は無い。
「……のり弁当」
「飲み物は?」
気前良く麦茶のペットボトルでも買いたいが、やはりそんな余裕は無い。
「……公園で水を飲む」
いちいち聞かなくても、毎度のパターンなんだからそのぐらいわかれ、と言わんばかりに、
棒読みで銀次に注文を伝える。
蛮ちゃんが一日に煙草二箱も買わなかったら、六百六十円分も贅沢が出来るのに……
と言いたい気持ちを抑えて、銀次はコンビニのドアをくぐった。
蛮は窓を少しだけ開けて、紫煙を外へと排出した。
窓の外では、明らかに路駐を迷惑がっているコンビニの店員と、
煙草の煙を嫌がる通行人が、チラチラと蛮を見ていた。
「……ちっ、愛煙家にゃ辛い世の中になっちまったもんだぜ。
 平成大不況の前は、喫煙しててもそれほど非難されてなかったらしいがな……」
コンコン、と助手席側の窓を叩く音が聞こえた。
銀次が帰ってきたのかと思いきや、そこに立っていたのは若い女性だった。
「あん……? おネーちゃん、何か用かよ?」
女性は、にこやかな笑顔で語りかけてきた。
「ここ、駐車禁止ですよ。近隣の方にもご迷惑でしょうし、移動させた方が……」
参った。
いくら2006年頃に駐車違反の取り締まりが厳しくなったとは言え、
まさか通行人にまで違反を問われるとは思わなかった。
「……おネーちゃんにゃ関係無ぇだろ。相棒が今日の晩飯買ってくるまでの間だ。あと3分だけ待ってくれよ」
「いけないなぁ。通報しちゃうよ? 駐車違反で迷惑な上に、未成年のくせに喫煙なんて……」
蛮は、その言葉が少し引っかかった。だが、敢えてそ知らぬ顔で会話を続けた。
「……俺は成人だぜ? 未成年に見えるかよ?」
実際には蛮はまだ十八歳だが、シラをきる事にしたのだ。
「嘘はいけませんよ。偽証罪もプラスですね。……美堂蛮君?」
そこまで言われて、ようやく蛮は相手の正体に気付いた。
「あ……っ! テメェ、交通課の婦警か!?」
おそらく勤務明けなのだろう。
デニム生地のジャケットと黒のミニスカに、薄いブラウンのブーツといういでたちのため、誰だかわからなかった。
「へぇ、私服たぁ新鮮だな。そういうのも案外似合ってるぜ?」
だが、彼女は勝手に助手席のドアを開けて座席に座り込むと、蛮の世辞を無視して話を続けた。
「話を逸らそうとしても無駄ですよ。未成年での喫煙に、反省の見られない路駐常習。
 今すぐ所轄の交通課に通報して差し上げますから」
「こ、こらっ!」
なるほど、彼女はこのためにわざわざ車に乗り込んできたわけだ。
蛮は先程、相棒がコンビニの中にいると、言ってしまった。という事は、その相棒が戻ってくるまで、車で逃げる事は出来ない。
助手席を占領したのは、ダメ押しのつもりだろう。
「待てこらテメェ! 冗談じゃねぇぞ!」
慌てて、蛮が彼女の手から携帯電話を奪おうとする。
パッと見た感じでは、彼が女性に覆いかぶさっているようにも見えた。
そこへ、銀次が買い物を終えて戻ってきた。
「ば……蛮ちゃん……俺の知らない間に、女の人を襲うなんて……」
「テメェも待て! 話を聞け!」
婦警だけが、クスクスと笑って、事態を達観していた。
「……ったく、何で俺らがアンタを家まで送ってやんなきゃなんねぇんだよ」
後部座席に婦警を乗せ、奪還屋の二人は西新宿のとあるマンションへと向かって車を走らせた。
「違反を見逃してあげるんだから、そのぐらい言う事聞きなさいっ」
とてもそうは見えないが、彼女は婦警である以上、少なくとも成人なのである。
前の席に座る年下の男二人を、からかうような口調で彼女は嗜めた。
「タチ悪ぃ……ガソリン代ぐらい払えよな、公務員」
「いっそ今回だけじゃなくって、これからも俺らの違反見逃してくれたら、何度でも送ってあげるのになぁー」
「それはダメですよっ。昼間も言ったけど、レッカーさせるのは私じゃないもの。
 私は担当の者から違反者のナンバーを聞いて、書類を纏めて、違反金を請求するだけ。
 私に文句言われても困りますぅ」
後部座席に女性が座っているにも関わらず、蛮は平気で煙草を吸っていた。
「喫煙を見逃してあげるのも、今回だけですよ?次からはきっちり補導させていただきますからね」
「ちっ……お役所仕事しやがって。
 良いじゃねぇか別に、未成年が煙草吸おうが酒飲もうが。あんただって、未成年の頃に
 飲酒の一回や二回は、やったんだろうが?」
だが、婦警は答えなかった。
彼女が黙り込んだために、蛮と銀次も、何となく言葉を繋げにくくなった。
夜の新宿の街灯や、居酒屋のネオンが、天道虫に彩りを与えた。
赤信号で停止した時、婦警はぼんやりと居酒屋を眺めていた。有名な、経営母体が半島系の飲み屋だ。
若者がよく利用する店で、安いがあまり美味くない事でも有名だ。全国にチェーン展開している。
「お酒……」
彼女は、ぽつりと呟いた。
「あん?」
「……お酒、飲みに行きませんか? 少しなら、奢って差し上げますから」
その提案に、二人は驚いて顔を見合わせた。
「……俺ら未成年だぜ? 警官が飲酒につき合わせて良いのかよ?」
「でも、あなた達は飲まなければ良いんじゃないですか? 飲むのは、私だけで……」
どうやら、彼女は何も知らないようだ。
「一昔前と違って、近年は規制が厳しくなってんだよ。入店時に、若い奴は必ず年齢確認される。
 未成年者が一人でも混じってたら、成人も含めて、そのメンバーは入店さえ許可されねぇ。
 特にあーいう、メジャーな飲み屋はな」
「そうなんですか……」
それでなくとも、2006年に飲酒運転の取り締まりが強化されてから、
飲食店側は客に、自家用車での来店でないかどうかを、確認しなければならなくなっている。
仮に蛮と銀次が成人であったとしても、車に乗っている以上は、運転代行を頼まなければ、酒は飲めないのだ。

「あ、ねぇ蛮ちゃん! 別に居酒屋に入らなくても、その辺のお店でお酒買えば良いんじゃない?」
「そりゃあそうだが……おいネーちゃん、それで良いか?」
居酒屋という雰囲気を楽しんでみたかった婦警にとってはただの妥協案でしか無かったが、彼女は承諾した。
「そうですね……仕方ないですもんね。ああいう飲み屋さんは、今度同僚とでも……」
少しガッカリした感じの婦警をバックミラー越しに見ると、蛮は
コンビニで売っているような酒は、酒とはとても言えないような味の薄い、或いは不味いものばかりだと
とても彼女にバラす事は出来なかった。
しかし、辺りに酒屋は見当たらない。大人しく、コンビニに入るしか無いようだった。
駐車場を備えたコンビニを発見したため、三人は道交法を違反する事なく店に入る事が出来た。
「どれにしよっかなぁ……」
冷蔵ケースの中に収められた酒類の数々を見て、婦警は一頻り迷った。
「早く選べよ。普段飲んでる酒で良いじゃねぇか」
蛮が急かす。
「普段飲んでる……って、言われても……」
蛮は、もしやと思ってはいたが、彼女のその言葉で確信を持った。
「……あんた、酒飲んだ事無いのか?」
「えぇっ!?」
驚く銀次の視線の先で、婦警はコクリと頷いた。大人になって酒の味も知らないという事を、恥じているようだ。
「……道理でな。居酒屋の事に疎いし、酒も満足に選べねぇ。
 それこそ、まるでアルコールに初挑戦しようとしてる高校生みたいなザマだかんな」
蛮は、メジャーな銘柄の缶ビールを数本と、ジュースのように甘いチューハイを数本、カゴに放り込んだ。
「しゃあねぇ。俺が酒の味、教えてやるよ。
 チューハイなんざ甘ったるい飲み物は俺の好みじゃねぇんだが、まぁ最初は、こういうのからイっときな」
婦警は、年下(しかも未成年)の少年に、誘導されるがままになった。
マンションの一室。
そこは、こじんまりとはしていたが、部屋が二つと、トイレ、バスルーム、そしてリビングを備えていた。
三人はリビングのテーブルの上に、夕方買った弁当と、先程買った酒のツマミを並べた。
少しでもよく冷えるように、酒は殆ど冷蔵庫の中に入れた。
「凄いよ蛮ちゃん! このマンション、部屋がいっぱいあるよ!」
「馬鹿、リビング除いてたったの二部屋だけだろうが……いかにも貧乏っぽいセリフ吐いてんじゃねぇ」
まさに金の無い若者といった風で話す二人の声を、婦警は面白おかしく聞いていた。
「奪還屋さん……でしたっけ? 聞いた事の無い職業ですけど、その様子だと生活は苦しそうですね」
婦警は、一人だけリビングの横の部屋に入って行った。
「着替えますから、しばらく待ってて下さい……くれぐれも、他の部屋に入ったりしないで下さいね」
だが、そんな彼女の頼みも空しく、もう一つの部屋を開ける「ガチャリ」という音が、彼女の耳に届いた。
「ちょっ……! やだ、見ないでぇ!」
慌てて、婦警は部屋から出てきた。見ると、もう一つの部屋のドアを、銀次が開けていた。
「あ、ご、ごめんなさい! 珍しいもんだから、つい……」
「悪ぃな、許してやってくれよ。こいつスラム育ちだから、プライバシーなんて概念無ぇんだ」
相棒の無礼を悪びれる事も無く、蛮も、開いた部屋の中を覗き込んだ。
予想通り、まさに一人暮らしの女性の部屋の代名詞といった風だった。
干したままの下着や、床に散らばった雑誌。かと思えば、コタツの上には資格検定の参考書。
「やぁっ! 見ないでってばぁ!」
婦警は、慌てて二人をドアの前から引き離した。
「んだよ、今更下着くらい見られても構やしねぇだろ?
 ピンクの可愛いパンティ見せてくれちゃった事だってあんのによぉ?」
彼女としては、下着を見られた事が恥ずかしかったのではない。
下着を干したままという、そのズボラさを知られた事が恥ずかしかったのだ。
冬でも無いのにコタツを出しっぱなしにしているというのも、マイナスポイントに違いなかった。
だが、蛮はそんな事を気にもとめず、彼女に提案した。
「なぁ、リビングより、こっちの部屋で飲まねぇか?
 コタツ囲って缶ビールなんて、いかにも学生っぽくて面白いだろ?」
この中に学生など一人もいないのだが、彼女は渋々同意した。
「……せめて、少しだけ部屋片付けさせて下さい。終わったら呼びますから」

部屋の隅に置かれたテレビを見ながら、三人は夕食を済ませた。
蛮と銀次の二人は、コンビニで買った弁当以外に、婦警が手作りしてくれた肉じゃがなどをご馳走になって、
久しぶりに人間らしい食事がとれた。
「ぷはぁー! うまかったぜー!」
「ホントホント! 婦警さん、料理上手だねぇ! それに、このお味噌汁も最っ高!」
「そ、そうですか……?」
照れて顔を赤くした彼女は、嫁入りの修行のために磨いた腕前を、改めて誇らしく思った。
「この腕なら、いつでも嫁に行けるんじゃねぇの?
 顔も可愛い方だし、男がほっとかねぇだろう?」
ナンパのつもりではないのだが、蛮は素直に彼女を褒めた。
彼女は、殊更に顔を赤くしながら、しかし反面、少々伏目がちにもなった。
その様子が、蛮には気になった。
「……あんた、あんまり浮いた話の無い方なのか?」
婦警は「……はい」と、小さく頷いた。
冷蔵庫から人数分の缶ビールを取り出しながら、銀次もそれとなく耳を傾けた。
彼女の話は、こうだった。
小さい頃から警察官に憧れ、警察官になるために、必死で勉強を積んだ。
しかし警察官に限らず、公務員を目指す女性というものは、遊びを知らない真面目なタイプが多い。
結果、彼女は器量に恵まれながらも、恋愛には恵まれなかったというわけだ。
資格取得のための勉強を積む一方で、柔道などにも取り組んだ。
高校生活はおろか大学生活も棒に振り、その甲斐あってか、見事に試験をパスした。
結婚願望は人並みにあるから、花嫁修業にも余念は無かったが、だからと言って彼氏を作るのは下手だった。
同級生達が遊んでいる間も自分は勉強していたために、酒も煙草も経験しないまま大人になった。
そして、憧れの婦警になってからも、出会いは殆ど無かった。
来る日も来る日も同じようなルーティンワークで、周囲の男性は皆中年の妻子持ち。
刑事課の若い男性達との合コン企画が持ち上がった事もあるが、運悪くその日は他の予定があった。
そして最初の一回を断ってしまうと、次からは中々声がかからなかった。
結局、彼女が知り合った若い男性など、GetBackersを名乗る、目の前の二人だけだったのだ。
「いつも、ロッカールームで同僚の女の子達に言われてたんですよ。
 いつも交通課に来るあの二人の内、どっちが本命なの? って……」
ほろ酔い加減になった彼女は、目をトロンとさせながら、その場に寝転んだ。
「全然、そんなんじゃないんだけどなぁ……皆、早とちりしちゃって……」
彼女は、まだほんの三口ぐらいしか、ビールに口をつけていなかった。
酒に慣れていない者など、最初はこんなものだ。一口分飲むだけでも、十分以上かかる。
チューハイは甘いから大丈夫と言われても、酒を飲んだ事の無い者からすれば、苦味以外の何物でもない。
そして、体が慣れないために、アルコールの消化吸収は思わしくない。
血液中のアルコール濃度は高まり、いとも簡単に酔う。彼女は、突然愚痴っぽくなった。
「……不公平ですよ、こんなのぉ……」
銀次は、仰向けになった彼女の額に手をあてて、優しく撫でてみた。
「だって……小さい頃からの、憧れだったんだもん……
 毅然としてて、カッコ良くってさぁ……そんな婦警さんになるために、いっぱいいっぱい勉強したんだよ……
 けど、今は、公務員は安定してるからって羨ましがられるけど、好景気になると、立場は逆だもん……
 昔はこの国にも、バブル経済とか呼ばれる、異常な好景気があったらしいけろ……
 普通のサラリーマンは、ボーナスとか跳ね上がってたらしいけろ……
 公務員なんて、全然その恩恵に預かれないんらよ……?
 そのくせ、不景気になったらボーナス減っちゃうのは、普通の会社員と同じなんらよ……?
 何が、公務員は安定してるよ……そんなの、何も知らない人の言い分らよ……
 良い人にも巡りあえないし……この国のために一所懸命頑張った女の末路が、こんなんれ良いの……?」
まだ若いのに、もう末路だと思っている辺りは悲観的だ。
だが、確かに不公平ではある。世の中とは得てして、頑張っている者程損な役回りになる事が多い。
彼女はその典型とも言えるだろう。
合コンなどに積極的に参加して遊んでいる女程、仕事は大してこなさないくせに、とっとと結婚するものだ。
「……焦んなよ、ネーちゃん。
 その内、良い男の一人や二人、見つかるさ。結婚しちまえば、寿退職しちまえば良いんだしよ」
だが、彼女は泣き上戸のまま、蛮に反論した。
「やだっ! ……結婚なんかに、逃げたくないもん……
 可愛いお嫁さんになる事も、小さい頃の夢だったけろ……仕事は、続けたいもん……」
なるほど、まぁまぁ良い心がけだ。
女性の社会進出だ何だと言っても、多くの女性は、仕事よりも結婚を目標にしたがるものだ。
現に、男性は就職活動しなければ非難されるが、女性は大学卒業後働かずに家に居ても、殆ど文句は言われない。
歪んだ『男女平等』に踊らされる者が多い中で、彼女のスタンスは立派な方だ。
もっとも、共働きだと鍵っ子が増える事になるという事については、意見の分かれるところであろうが。
少なくとも、共働きを良しとしない男性とは、結婚出来ないだろう。
「あ、あのさ、婦警さん! 恋愛は、まぁ今すぐには無理かもしんないけどさ。
 とりあえず、学生だった頃には出来なかった、お酒を飲むって事を、今夜は出来たんだからさっ。
 この調子で、少しずつ青春を取り戻していったら、良いんじゃないかな?」
無限城で育った故に、実は彼女以上に青春などとは無縁だった銀次だが、
この場はその事実を伏せて、とりあえず彼女を励ましておく事にした。
だが、この時彼は、自分の言った言葉の意味に、気付いていなかった。
婦警が、ぽつりと呟く。
「青春を……取り戻す……?」
「そうっ! だって婦警さん、下手したら俺らより年下に見えるくらい、若くて可愛いんだから。
 今からでも全然遅くなんて……」
「ねぇ、今、『取り戻す』って、言いましたか?」
ここに至って、ようやく蛮も、彼女の意図に気付いた。
「お二人は、奪還屋さん……でしたよね?」
銀次は、かつて婦警に対してそう名乗った事もあったという事実を、思い出した。
「あ、えっと……」
銀次は戸惑いながら、彼女の額を撫でていた手をとめた。
婦警が、その手をとって彼に語りかける。
「私の青春……奪還、して下さい……」

「青春を奪還するって……そんな事言われても……」
体を起こした婦警に、縋るようにその両肩を抱かれながら、鈍感な銀次はまだ彼女の真意に気付かなかった。
だが、ここは蛮も敢えて気付かぬ振りをしてみる事にした。
「具体的には、何をどうして欲しいんだよ? 男でも紹介してほしいのか?」
婦警は顔を真っ赤にし、その言葉を言い切るべきかと躊躇った。
やがて、覚悟を決めて、言うべき言葉を口にした。
「……私と、して下さい。キスとか……もっと、いろんな事……」
銀次には『いろんな事』の意味が瞬時には理解出来なかった。何秒か考え込んで、ようやく意図がわかった。
「そ……そんなのダメだよ! って言うか、キスだけでも、そんな簡単にするもんじゃないし……」
「銀次の言う通りだな……アンタ、ファーストキスもまだなんじゃねぇのか?
 ましてや、もっと深い事まで酒の勢いでしちまうのは、後悔を呼ぶ結果になっちまうぜ?
 アンタ、俺らの事は好きでもなんでもねぇだろうが?」
婦警は俯くと、そのまま何十秒も黙り込んでしまった。
しばらくして、やっと沈黙を破ったが、それでもその声は小さく、か弱かった。
「……確かに、あなた達の言う通り……本気で好きになれる人に出会えるまで、大事にとっておくべきかもしれないけど……
 でも……あなた達が相手なら、たとえ好きじゃなくても……きっと、後悔しないと思うんです……」
無茶苦茶な考えだが、覚悟だけはあるようだ。蛮は銀次に目配せすると、人肌脱いでやる事に決めた。
「ネーちゃん……今から、アンタの青春を奪還してやるよ。報酬は、今日の肉じゃがと味噌汁と酒代で勘弁してやらぁ」
蛮がサングラスを外し、彼女の顎を持ち上げると、数秒間、じっと彼女の瞳を見つめた。
「美堂さん……」
婦警が、今にも眠りに落ちそうなトロンとした目で、蛮の瞳を見つめ返してくる。
「ネーちゃん、俺の目をじっと見な……そんで、なるべく気持ちを落ち着けろ。ファーストキスのコツだ」
たっぷり十秒程見つめあうと、蛮は目を軽く閉じた。それを合図にしたように、婦警も目を閉じる。
そして、そのまま婦警の唇に、蛮の唇が重なった。
蛮とキスし始めてから、時計の針は実に十分過ぎていた。
婦警は、今度は銀次とキスしていた。初めてキスの味を覚えた中学生のように、夢中で唇を重ねあう。
「ちゅ……っ……ん……」
既にこの十分の間に、彼女は二人の男と、何度となくキスをしていた。
ディープキスは勿論まだだったが、馬鹿の一つ覚えのように、何度も二人にキスをねだっていた。
「キスって、凄ぉい……柔らかくって、温かくって……」
「男よりも、女の方がもっと柔らけぇもんだぜ? ネーちゃんの唇も、スゲェ柔らけぇよ……」
蛮が、彼女の右頬に口付ける。と、銀次もそれに倣って、彼女の左頬に同時に口付けた。
「……きゃぁぁぁぁぁぁぁ……こんなの、ドキドキしますぅ……」
美形の男二人に同時にキスされて、彼女はかなりご満悦のようだ。
「婦警さん。学生時代に出来なかった分のキスは、もう元は取れたかな?」
銀次が尋ねる。
「……ううん、まだまだ。もっともっと、キスして欲しいです」
「欲張りだなぁ、婦警さん……」
銀次が、苦笑しながら彼女の前髪を掻き分け、その額にキスをした。髪を優しく撫でてやる。
銀次が離れると、今度は蛮が直接口付けた。ディープキスの前段階とばかりに、少し口を開いて、彼女の唇を覆い隠す。
そのまま、少しだけ舌を突き出して、彼女の唇に触れさせてみる。
彼女は少し戸惑ったようだが、嫌がるような事は無かった。そればかりか、恐る恐る、自らも口を開いてくる。
さすがに自分から舌を突き出すような事はまだ出来ないようだが、相手の舌を受け入れるつもりはあるようだ。
蛮は遠慮なく舌を入れ、彼女の舌の先端を、軽く舐めてみた。唾液の音が、静かな部屋に通る。
蛮は唇を離すと、銀次にバトンタッチした。
「婦警さん、優しくしてあげるからね」
銀次は、蛮と同じように、彼女にディープキスをした。
今度は婦警も覚悟が出来たのか、じわじわと自分の方からも舌を突き出すようにしてきた。
と言っても、ただ突き出しただけだ。自分から積極的に舌を動かして、相手の舌を舐めようという事は、まだ出来ないようだ。
それでも、銀次は彼女の舌を、縦に横にと舐め回した。
「おーっ……今日は綺麗な緑色か。健康的で良いじゃねーか」
銀次とキスするために目を閉じていた婦警の隙をついて、蛮が彼女のスカートをめくって、パンティの色を確認した。
「んむっ……やぁ、み、美堂さぁん……やらしいですぅ……」
「なぁに言ってやがる? 初めて会った時にパンチラしてきたミニスカポリスは、どこの誰だっつーの」
「いや、その、あれはぁ……欲求不満って言うか……作者の趣味って言うか……」
銀次は婦警の後ろに回りこむと、ワイシャツの上から彼女の胸を揉んだ。
背後からまわされた銀次の両手が、彼女の乳房を控えめに撫でる。
「やっぱブラジャー越しだと、硬いカンジがする……ブラジャー外しても良い? 婦警さん」
「やぁ……いきなり、そんなぁ……」
口ではそう言いながら、彼女は全く抵抗の気配を見せなかった。
目の前でスカートの中を眺め回す蛮に対しても、足を閉じるなどする事もなく、むしろ
頼まれてもいないのに少し足を開き気味にして、小さなM字を形作っていた。
銀次と蛮は、彼女のワイシャツとスカートを、それぞれ脱がしにかかった。
婦警は恥ずかしさで顔を背けるべきか、それとも警戒してむしろ目を見張るべきか迷った。
自分から望んだ事とは言え、やはり怖いという感覚はあったし、反面、この二人なら悪いようにはしない筈、とも思っていた。
迷っている内に、彼女は、上下揃いの緑色の下着と、靴下だけを履いた姿になった。
「へぇ……可愛い下着だね、婦警さん」
銀次にそう言われた彼女は、今日たまたま、人に見られても悪くない下着を着用していた幸運に感謝した。
そして、朝の星占いでラッキーカラーをグリーンと言われた事にも。
銀次はブラジャーを敢えて脱がさず、肌とブラジャーの隙間から、中に指を差し入れた。
「あ……」と、一瞬彼女が声を漏らす。快感や恥辱からというより、少しばかりの驚きからの声のようだった。
「やっぱり、ブラつけたままだと、指一本も入れにくいね……なんかキツイや……」
あまり自由に動かない指先で、それでも銀次は、彼女の乳首を探し当てた。
「や、ちょっと……痛いですよぉ……天野さん……」
キツイのは、銀次よりも彼女の方だった。指一本挟んだ程度で、途端に窮屈になったのだ。
「キツイんなら、自分でキツくないように、すりゃ良いじゃねぇか?」
蛮が意地悪な口調で言う。彼女は観念すると、自らブラジャーのホックを外しにかかった。
「やだ……恥ずかしいなぁ、もう……」
彼女の、大きくは無いが程よいサイズの美乳が、蛍光灯の明かりの下で露わになった。
「ほーぉ。まぁまぁの大きさじゃねぇか」
蛮と銀次は、二人でそれぞれ片方ずつ、彼女の乳房を下から揉みあげてみた。
自分で欲求不満と言うだけあって、日頃から性欲の自己処理には余念が無かったという事だろうか。
彼女の体は、処女とは思えない程に感じやすかった。
「ふっ……ぅあ……んっ……」
彼女は、わずかな感触の一つ一つに反応し、ピクピクと体を震わせた。
既に乳首は硬くしこり、パンティは股間に食い込んで、左右からわずかに陰毛がはみ出ている。
蛮がそこを指でなぞると、少しだけ愛液がしみてきて、彼の指先を湿らせた。
その度、ビクンッ、ビクンッと彼女の体が跳ねた。
「処女つっても良い反応じゃねぇか。何も知らねぇってワケじゃぁ、なさそうだな?」
「やぁ、ぁっ……そんっ……な、事ぉ……」
蛮はパンティの中に手を突っ込み、直接陰部を撫で始めた。
途端に、それまで控えめだった愛液が、堰を切ったように流れ出してきた。
銀次も、婦警の口の中に指を突っ込んで濡らし、それを彼女の乳首にあてがって、クリクリと虐めた。
「や……はぁ……っ……それ、らめぇ……」
「正直に言いな……週に何回だ?」
言いつつ、彼はクリトリスを手探りで探し当て、入念にそこを責めた。
「あっ、は……っ……えと、二日……」
「週に二日か?」
「ひがいますぅ……二日に……いっかい……くらい……っ」
なるほど、感度が良いのも頷ける。成人している女性なのだから何度かは自慰の経験もあるだろうとは踏んでいたが
そんなに頻繁となると、二人としても逆に楽しくなってくる。
「恥ずかしがる事ぁ無ぇぜ、ネーちゃん。そうやって感度鍛えておいたお陰で、今アンタかなり良いオンナになってるぜ」
「そうだよ、婦警さん。色っぽくて、可愛くて、凄く素敵だよ!」
「ほ……ほんとにぃ……?」
蛮はしっかりとクリトリスを弄りまわしながら、彼女に再び口付け、舌を入れた。
ゆっくりと糸をひきながら口を離し、優しく微笑む。
「……自信を持ちな。アンタ、そこらへんの女より遥かに良いオンナだぜ?」

充分に彼女の体の準備が整うと、三人はいよいよ本番に入る事にした。
婦警は部屋の中央のコタツの上に手をつき、うつ伏せの姿勢になった。
蛮は彼女の前に立ち、少し屈んで、自分の陰茎を彼女の眼前に差し出した。
「おら、咥えな。一晩で青春取り戻そうってんだ、並みのセックスじゃ足りねぇよ」
婦警は、期待と不安の入り混じった目でそれを眺めてから、少しずつ口に中に含んでいった。
後ろから、銀次が彼女の尻を持ち上げて、挿入を開始する。
「痛いかもしんないケド、ちょっと我慢してね……」
「んっ……! んふぅ~っ!」
ズブズブと、銀次の陰茎が彼女の膣の中を侵攻していく。
やがて奥まで到達した時には、彼女は既にもう体力の限界、といった風な表情をしていた。
「大丈夫かよ? こんなんで最後まで持つのかぁ?」
「しんどいかもしんないけど、ちょっと頑張ってね、婦警さん」
銀次はピストン運動を開始した。婦警の体が前後に揺れると同時に、自動的に蛮へのフェラも激しくなる。
元々潤っていた彼女の陰部からは更に愛液が溢れ出し、コタツの上にボタボタと落ちていく。
「んっ! んっっ! んぉ……っ……おふ……っ!」
口を塞がれてまともに声も出せない彼女は、野獣のような哭き声を発した。
「おら、もっと舌使えっての」
「自分からも、腰動かして」
二人の声はもう殆ど彼女の耳には届いていなかったし、仮に聞こえていても、思うようには動けなかった。
体中の感覚が消し飛びそうになりながら、必死で意識を保つ。
美乳が揺れ、汗が飛び散り、愛液が迸る。
「こりゃぁ、思ったより……」
「うん……俺、もう軽くイキそうだよ……」
それは、彼女も同様だった。一人でする時よりも何倍も気持ちが良く、堪えるのも容易ではない。
「そら、覚悟は良いかネーちゃん!」
「イくよっ、婦警さん!」
「ん~っ~~~~~~~~~!!!」
口の中と膣の中に、それぞれ精液を放たれながら、彼女も絶頂に達した。
死んでしまうのではないかと思える程の快楽の波に、全身の皮膚が打ち震えた。
と同時に、目の前の黒髪の男が小さく呟く声が聞こえた。
「ジャスト……一分だ」
「……あれ? 私……」
目を覚ました時には、部屋には誰もいなかった。
婦警の着衣は乱れていなかったし、コタツの上にあった筈の缶ビールの空き缶は、全て片付けられていた。
肉じゃがの皿も味噌汁の器も、きちんと洗って、食器乾燥棚に並べられていた。
「何だろう……夢、見てたのかな……?」
ふと見ると、コタツの上に一枚の紙切れが置いてあった。
『夢は見れたかよ? by美堂蛮』
『目が覚めたら、きちんとドアの鍵閉めるのを忘れないで下さいね! by天野銀次』
時計の針は、蛮に見つめられたあの時点から、わずか一分しか動いていなかった。
「……ま、飯の礼としちゃ、こんなもんだろ。本当にヤっちまったら、悪いしな」
「蛮ちゃんは兎も角、俺女の子とあー言う事した経験無いから、ちょっと惜しかった気もするけどね……」
「ケッ、これだから童貞はケチくさくっていけねぇや」
「なっ……! お金に関しては、ケチなのは蛮ちゃんの方じゃないか!」
いつもの言い合いをしながら、二人は婦警のマンションを後にした。
……が、スバル360が、見当たらなかった。
愛車を停めてあった筈の路上には、白いチョークで、レッカー移動された旨と、その時間、
そして所轄の警察署の名前が書かれていた。
「……やられたね」
「う……嘘だろ? いくら新宿とは言え、ここは繁華街でも何でもねぇんだぞ……?
 こんな夜中にまで、たかが住宅街で駐禁取り締まるようなポリが……」

明朝、二人は馴染みの警察署の交通課に向かった。
「駐車違反とレッカーと仮駐車代、しめて5万7千円になりまーす」
「フザケんなテメェ! 誰に付き合ったせいでこんな事になったと思ってやがる!」
「それとこれとは別です。何も私、あなた達に路上駐車しろなんて言ってませんよ?
 時間料金払ってでも、最寄のパーキングに止めるべきでしたねぇ」
いつにも増してニコニコ笑いながら、婦警は我関せずといった言葉を吐く。
「それに……あんまり、昨日の事はここで喋らない方が良いですよ?
 私、いつの間にか眠ってたみたいだけど、あの時あなた達が車で帰ってたら、飲酒運転ですもの。
 そうなったら、レッカー食らうより罰金高いですよ」
二人は愕然とした。
「婦警さん……俺らをはめたの?」
彼女は首を横に振った。
「私だって、こんなのは予想外ですよ? でも、正直私は関係ありません。
 私は、ただ居酒屋に誘っただけです。結局それは適いませんでしたけど、
 あなた達に飲酒なんて、一度もすすめてません。あなた達が勝手に飲んだだけです」
確かに、そうだ。
居酒屋に入ろうと思った時でさえ、彼女は彼らに
『あなた達は飲まなければ良いんじゃないですか? 飲むのは、私だけで……』
と言っている。そしてその後も、自分の部屋に通したり、肉じゃがを作ってやったりしただけだ。
彼女には、それを非難される謂れは無い。
「テメェ……仮にも成人なんだから、未成年と飯食ったりする時は、監督責任があんだろうが?」
「私の知らない間に、勝手にあなた達が飲んだんです」
「なっ……!」
これはさすがに、完璧な嘘だ。彼女は、二人が酒を飲む事を黙認していた。
だが、相手が仮にも警察官では、蛮と銀次が何を言おうと、誰も信じはすまい。
「ちっくしょぉ……こんな事なら、マジで一発ヤっときゃ良かったぜ……
 ネーちゃん相手に本番やってりゃ、風俗に注ぎ込んだと思って諦めもついたのによぉ……」
「あら、何の話ですか? 私、昨夜は何もやましい事はしてませんが」
それも、確かにその通りだ。
蛮は、下手に邪眼で済ませてしまった事を後悔した。
確かに、彼女は何もしていないし、何もされていない。
いつか本当に好きになれる男性に出会えるまで、ファーストキスもヴァージンも
大切にとっておくべきだと思って、せめて手を出さずに帰ったのが、二人にとってアダとなった。
「それじゃ、指定の日時までに郵便局などで振り込んで下さいねっ」
蛮は魂が抜けたようにヨロヨロになり、銀次がそれを必死で支える。
「くそぉ……このお役所仕事ばっかの公務員のアマがぁ……っ」
「蛮ちゃんっ、元気出して! 今度からは路駐やめようよ、ね?」
「あ、待って下さい、奪還屋さん!」
大人しく去ろうとした二人の背中に、婦警が呼びかける。
「あ? んだよテメェ……まだ何か用があんのか?」
周囲の誰も見ていない事を確認して、彼女は受付から身を乗り出した。
そして、振り向いた二人の頬にちゅっ、ちゅっと、それぞれ一瞬だけキスした。
不意をつかれた二人は、言葉をなくして立ち尽くした。
「……今度は、ちゃんとお相手して下さいね?」
二人を見つめる婦警の目は、恋する乙女のそれだった。