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抗戦を訴える父を殺せば、戦争は起こらないと思っていた。

血染めの供物


豊かだった国土がほとんど一方的に破壊されるまで、ほとんど時間は要らなかった。

毎年のように長い時間をかけて作られる田畑の実りは、あっけなく焼き尽くされた。

一部の魔法の使える移民たちが立ち上がってくれたが、強大なブリタニアの物量を前にしては、足止めにすらならずに蹴散らされた。

降伏の条件は、魔法を使う血族縁者の全員の引渡しと、行政権の完全譲渡。

周囲の大人が抵抗を彼に求めたが、スザクはそれに従わなかった。

彼らはスザクを憎んだ。国が荒らされるのを見過ごした愚鈍な王子として。



「ルルーシュ殿下が謁見に応じられるそうです」

待機していた客間に現れた赤髪の少女が、あっさりとそう告げた。

謁見という言葉が上下の立場を意識させたが、スザクはそれを頭の隅に除けて、自分の立場らしい自信を持とうと強く意識しなおした。

赤髪の少女は敵国ブリタニアの精鋭の証、黒い軍服を着て、堂々とスザクを先導する。

対してスザクは、初めて見るような豪華船の豪奢な雰囲気とは馴染まない簡素なデザインの白の礼服。大陸では特異な文化をもつスザクの国の民族衣装だった。

軍艦としてやってきたはずのそれは、巨大な宮殿のようで、あちこちに緑あふれる吹き抜けテラスや、防御など考えてもいないようなガラス張りの廊下など、物珍しさで好奇心が刺激された。

「そんなにこの船が珍しい?」

知らず知らず立ち止まっていたスザクを、足を止めて振り返る少女。

「これだけ大きい船は初めてですので、よく見ておこうかと」

スザクが素直にそういうと、少女は不快そうに眉を寄せた。

「なにか気に障りましたか?」

「……いいえ。精々、逃げ道の順路でも覚えていくことね」

早足で歩き出す。成程、軍人らしい理由で腹を立てているのかと納得し、今度は立ち止まらないようについていく。

そのなかで、廊下の角ごとに立っている、同じ漆黒の仮面・同じ服・同じ背格好をした人々に、スザクは首をかしげた。

「あの、この人たちは…」

「人じゃないわ。パペットよ」

「それって…」

「…着いたわ」

話をする間もなく、歩いていった先には一際豪華な調度の前室が存在した。

「ルルーシュ殿下。スザク王子をお連れしました」

「入れ」

高価な木目の綺麗な扉をノックすると、中から艶のあるテノールが返ってくる。それを確認した後で、案内してきた少女は扉を開けて、スザクに入るように奨めた。

中は、解放的な客船調の外とは違った、シックなデザインだった。艶光する北方産の黒石を削った応接道具たち。ソファのカバーも珍獣の毛で、目がくらむような別世界をまた作り出していた。

その中で、気合負けをしそうな彼を出迎えたのは、一人の同じ年頃の少年だった。

初めて会った異国の皇子は、整った顔立ちに冷めたアメジストの瞳をしていた。

身に纏う黒を基調とした服は、黒いこの部屋の中にいながら、全く違ったオーラを持っており、その服の高価さを更なる高みへ押し上げる高貴なまなざしが。偽者ではない、皇子本人だという証とスザクには受け取れた。

「枢木スザクです。我が国へのブリタニア侵攻軍の総司令官である、ルルーシュ皇子にお願いがあって参りました」

「貴国の用件は既に聞いている。しかし、私は人質など望んではいない。我がブリタニアが戦う理由は、かつての戦乱の折連れ去られた血族とその縁者の奪還」

「しかし、主権の完全譲渡までも要求される」

「義理人情だけで動けるほど、国家とは甘いものではない。主権の完全譲渡は一時的なもので、皇帝の正規の和平使者と貴国との間に和解が結ばれれば、再び貴国は独立自治の道を歩くだろう」

スザクもそれは承知している。多くの国がブリタニアに占領され、血族の強制帰国という条件が済み次第、大半の国は自治を取り戻す。ただし、ブリタニア皇帝の庇護下の下で。

スザクの国の人々は、強い自尊心からか、己の力を信じたが故か、ブリタニアと戦う道を選んだ。田畑が焼かれ、人が死ぬ現実を知った今も、その道に進もうとする人々は多い。

「……何の罪もない人を殺しておいて何が平和だ」

「口を慎め!」

入ってきた扉の前に控えていた赤髪の少女が尖った声をあげた。

瞬間的に皇子が合図を送ったので、取り押さえられるようなことはなかったが、背中に殺気のような痛い視線が刺さった。

「では、スザク王子は平和を守るためなら国の誇りも自尊心も捨てるべきだというつもりか? 生きるために戦う姿勢は間違っていると?」

「そうではありません。私は、一報的な被害者面で対外戦争を正当化する貴国のやり方に反対しているだけです」

まっすぐに睨むと、涼やかなアメジストは臆することもなく、平然としていた。王侯貴族という形容が当てはまる少年に、スザクはひるむことなく立っているのがやっとだった。



『面白い男だ』

ルルーシュのスザクに対する第一印象はそんなところだった。

初対面の敵国、しかも戦勝国の皇子に対し、会って数分と経たないうちに平然と批難の言葉が浴びせられる少年。

彼が本当に愚鈍なのか、ルルーシュは見極めなければならなかった。こんな田舎に長々と逗留できるほど、彼の将来設計は暇ではない。

会うまでは愚鈍路線の可能性は捨て切れなかったが、一人でやってくる度胸といい、言葉遣いといい、綺麗ごとの世界で純粋培養されすぎている感が突出しているだけで、別段受け答えに問題はなさそうであった。

『使えるかもしれないな』

心の片隅に沸いた仮説を検証すべく、ルルーシュはスザクを試すように、問いかけはじめた。

「では逆に聞きたいのだが、一報的に攻め入られ、一晩のうちに一万を越える国民が拉致され、その三倍以上の国民が虐殺された過去を、スザク王子はどう考える?」

過去の話に振ると、スザクが動揺したのがわかった。しらなかったのだろうか?

「不和を生むことを恐れ、国外不出にしていた魔術を術師ごと奪い去る蛮行が、大陸中の密約で結ばれた国々によって行なわれたのだ。無論、貴国もその蛮行に参加していた」

「うそだ!」

「そうおもうか?ならなぜ、貴国にはブリタニアの血族が住み、亡きゲンブ国王をはじめとした政治中枢部が徹底抗戦を訴えたのだ?なにか探られて痛い腹でもあったのではないのか?」

言葉で心を突き崩す。しかし、投げかけた疑問に、ルルーシュ自身答えを知っているわけではなかった。

スザクの国が蛮行に参加した確たる証拠はない。何十年もの間、魔術の研究のために利用され離散した血族は、逃走した際身分を偽るなりすることは当然であるし、完全中立を謳う国であれば、そういった血族たちは身の隠し場所として安住することもあるだろう。

ブリタニア国内の締め付けを嫌って、辺境へと逃げ出す血族が皆無ではないことを、ルルーシュは知っている。

スザクが唇を噛み締めて、俯く。聞かされていなかったことの大きさに、慄いているようにルルーシュには受け取れた。

それを気をよくし、ルルーシュはなるべく穏やかな声で、語りかけた。

「しかしながら・・・スザク。貴公は実に勇気ある決断に私は感謝している」

「えっ」

「血で血を洗う戦い、泥沼の報復戦争・・・皇子として司令官を務めることは義務とはいえ、私の本意ではない。さしたる戦火をおこすまえに、貴公が停戦に合意してくれたことを、私は歓迎しよう」

顔をあげた瞬間、翡翠が信じられないといいたげに、煌いた。

心の中で、ルルーシュは意地悪く微笑む。

「戦いを、本意ではないと・・?」

「無論だ。流れた血に、血で賠償を求めるなど、我が父ながら、皇帝の方針には異論がありすぎる」

苦悩をにじませる表情を演じる。

この純朴な少年は、ルルーシュの中では駒としては及第点だった。未だ世界の巨悪の何者にも染まらぬ純白。

不信とだましあいの宮廷で生きてきた彼には、非常に新鮮だった。

そして、彼が最も虚構として求めていた真理を、彼は持っていた。

「では、なぜわが国に・・戦争なんか、」

「言っただろう。これは義務だった。そして、実績」

「実績?」

「ブリタニア皇帝を目指すための、実績だ」

スザクが一瞬、身を硬くする。その背後で彼をにらんでいたカレンもまた、鳩が豆鉄砲をくらったかのようにたちつくしていた。

「私は皇帝を目指す。しかしそれは権力欲のためではない!」

演技めいた、熱の篭った台詞。

「ブリタニアが求める、誰も贖うことができない血の代償。皇帝の行う戦争は、誰かが断ち切らねばならない、負の連鎖の象徴。最高権力者である皇帝の所業をとめるのは、皇帝以外の何者にも不可能だ」

「戦争をやめるために・・・皇帝になるために、戦争を?」

「そうだ。血族だけでなく、万人に平和の恩寵をもたらす。そのために、私は心を砕き、最善の勝利だけを実績とする」

「殿下・・」

スザクの背後で、熱を帯びた瞳でカレンがこちらをみる。彼女の熱狂にも近い忠誠心を、ルルーシュは嫌いではなかった。しかし、彼女は彼に、何を返せるわけでもない、満たすだけの存在だった。

「そこで、だ。スザク王子。私の騎士になってはいただけないだろうか?」

「騎士?」

「ブリタニアの騎士は、皇族の剣であり盾として、一生を過ごす存在。皇族の信認でのみ任命され、貴族以外で唯一、領土を治めることが可能だ」

「そして貴族以外で唯一、皇帝選出の選挙に一票を投じることが出来る存在・・・」

浮かされるように、カレンが言葉を紡ぐ。

騎士であるカレンには、ルルーシュの『信認』が何よりも心地よかった。誰より強い主人として、自らを選んだ主人として、誇れる一瞬。

「賢明な判断を下せる貴公なら、私も安心して騎士を任せられる。近況としては私の補佐を、将来的にはブリタニアの国運を決める選挙に関わることができる。このまま捕虜として貴公を扱えば、いずれ独立の折に国許に戻り、荒らされた国土の恨みを一矢報いることなく終わるだろう。悪いお話ではないと思うが」

我ながら、演技力は大したものだな、と心のどこかが冷めた評価を下していた。そして、この純真な少年がどこまで無垢でいられるだろうか、と。

だからこそ、時間をかけてゆっくり引きずり込まなければならない。この血まみれの道に。

愚鈍ではないと確信したものの、彼に心の整理がついていないのは明白だった。

「すぐに返事を、というのは無謀だろう。数日船の中で考えていただきたい・・・」