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 スザクが捕虜として船に乗せられ、船の主に『騎士になってほしい』、と誘われて数日。

 船内で、色々な検査を受けながら、誘いに乗るか乗らないか、悶々と考え込む日々だったが、それも唐突に終わる。

 事後処理を一通り済ませた一行がブリタニアに向け飛び立つこととなるからだ。

 それは、晴れない彼の心を見透かすような、雨の日だった。

旅立ちに灰色の雨


「面、会?」

 なにもないことをいいことに、部屋に閉じこもっていたスザクをひっぱりだしたのは、赤髪の騎士カレンだった。

「ブリタニアに旅立つ前に、スザクに会いたいんですって。元軍部のひとだっていうから、私は断りたいんだけど、殿下が許すって・・・」

 カレンがスザクに好意をもっていないらしいことは、数日の付き合いでわかっていた。

 一目で皇子の気をひいた自分を気に入っていない、女性の先輩。

 祖国でも女性に間違えられるすっきりとした顔立ちだから、変な気でも起こされたんだろうか。だとしたら、いたたまれない。

「どなたですか?僕に会いたいって人は」

「藤堂って名乗ってたわ。さすがに元軍人を船にあげるわけにはいかないから、会うならタラップでだけど、どうする?」

 藤堂師範。

 スザクの武道の師であり、長い間本当の父親だと思っていた。養い親。

 国王である実父が抗戦を、と声をあげようとしたとき、真っ先に賛同した・・・

「身の危険を感じる人なら、会うのはオススメしない。一応、あなたは殿下の騎士指名をうけてる人物だから」

「いえ・・・あの人は僕を害したりしません」

「なら、会っておけば?」

 部屋の入り口でYesともNoとも言わず、考え込むスザクに、沸点の低いカレンがキッと声を荒立てた。

「会うの?会わないの?どっち!」

「え、っと・・・」

「あぁもう、まだるっこしいわね。会えばいいでしょ、そんなうじうじするなら!」

 躊躇うカレンに引きずられて、船の中を歩く。

 途中、仮面をつけて顔の見えないパペットたちが何体も、足を止めてカレンに会釈をしていた。

「騎士になったら、何年も祖国には帰れないわ」

「そう、ですね・・・」

「未練があったら、後悔するわよ」

 その背中と、無言の空間が、雄弁に語る。

 この少女もまた、祖国を出て、騎士になったのだと。



 小降りの雨の下、傘をさした男がひとり、船に乗るためにタラップに立っていた。

 遠めでもわかる。すっとした武人の立ち姿。

 入り口の直前でスザクをしゃんと立たせると、傘を持たせてカレンは送り出した。

 ぶすっとした表情だったが、スザクはそこまできて、カレンに感謝した。

 祖国ではみない、つるつるとした柔らかい傘を開くと、男の表情がみえるところまで歩く。

 傘で暗く見えにくかったが、スザクは数歩前まで、歩んで立ち止まった。

「恨んでいるか?私を」

「・・・藤堂さん?」

 何を言われるのか、スザクには良くわからなかった。

「お前を王のもとへ戻せば、どうなるか、薄々感じていた」

「っ!」

「だが、祖国のためを思えば、未来を示さんと戦う覚悟を決めた王を、私には止められなかった。どこか潔癖なお前が、戦いを望まないだろうことは、わかっていたのに・・・送り出した」

 息を呑むスザクに、懺悔のような藤堂の言葉が降る。

「確信犯と罵られても、致し方ない。悪いのは私だ。お前が罪を悔いる必要はない」

「いいえ、王を、父を殺したのは・・・俺です。あなたが責任を感じることはありません」

 震える手が、傘を落とす。

「優しいお前が、そういって庇ってくれることを期待したと、私が言っても、お前は自分のせいだと嘆くか?」

「刃をもって行動したのは俺です。でも・・・」

 雫が、彼の頬を伝う。

「正しいことは、できなかった・・・望んだ平和は・・・っ」

「スザク・・・、!」

 背後からすっ、と傘がかかる。

 振り返ると、ルルーシュが、スザクが落とした傘を拾い、自身が濡れるのは気にも留めずに、傘で雨をさえぎっていた。

「殿下・・・」

「やりかたを間違えたなら、次を誤らなければいい」

 ルルーシュの言葉は、すっとスザクの心に入り込む。

 いつのまにか握り締めていた冷たい手をルルーシュの暖かい手がほぐす。

 スザクの手へ傘を握らせると、ルルーシュは藤堂へと視線をむけた。

「藤堂元軍事顧問殿とお見受けする」

 きりっとした、最初の謁見のときと同じ声。

「ご存知、でしたか」

「この国を訪れる上で、貴方の勇名は嫌でも耳にしましたから」

 藤堂が小さく、昔のことです、と呟くのを、二人で聞く。

 この凛々しい皇子は、自分の憧れる養父と対等な位置に立っていた。

 自分と並び立っているというのに、本当の意味で、彼が遠く、まぶしかった。

 そのとき思ってしまった。

 『この人に並び立ちたい』と。

 その心を読むかのように、

「スザクは、私の騎士として近い将来必ず、この国に戻します。引退されたところをご迷惑かもしれませんが、そのときにまた、スザクを支えてやってくれませんか?」

「何、ですと?」

 はっきりとした言葉が、疑いのない事実のようにスザクに降ってきた。

 不思議とそれに従いたいと、スザクには思えていた。

「騎士となり、ブリタニアの威光としてここに戻ったとき、スザクを出迎えてやってください。戻れる場所があるということは、何よりの励ましになります」

 スザクとルルーシュを、藤堂は交互に見やると、

「スザク、お前は、この方の騎士になるのか?」

 捕虜として、身の安全は保障されるだろう敵地に送るつもりだったのだろう。

 藤堂の声は狼狽していた。

 スザクは、ちらりとルルーシュを見てから、彼に頷く。

「騎士になることが、正しい道とは限らんぞ?」

「それでも・・・決めました」

 涙はもうなかった。

 もう一度、藤堂に向かって頷く。

「お前がそう望むなら・・・」

 藤堂の表情が、傘の影に隠れる。

 それを追おうと前に出ると、晴れ晴れとしたような、どこか困ったような笑顔がそこにあった。

「行ってきなさい」

 力強い言葉。



 それが故郷の残した、最後の日の記憶。