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『騎士になってはいただけないだろうか?』

 らしくもない、演技めいた謙遜の言葉。

 この国から騎士が必要だ。そう思ってはいたが、別に彼でなくても良かった。

 しかし、そんなあいまいな願いは、呆気なく打ち破られる。

旅立ちに黒い雨


《殿下ぁ~、絶対この子ほしいです。ください》

 通信機越しに久々に対面した男は、どこか胡散臭い笑顔で年下で上司のルルーシュにねだりつく。

「どうしたロイド。枢木がどうかしたか?」

 ロイド・アスプルント。

 公爵位ももつが、ルルーシュが支援するパペット研究室の室長でもある。

 たしか昨夜、枢木スザクのフィジカルデータを本国で待つロイドに送ったはずだったが・・・

《どうもこうもないですよぉ! この子がいたら、例の実験ができそうなんです!!》

「例のというと、まさかランスロットか?」

《そう!》

 満面の笑みで手まで叩いて。

「馬鹿馬鹿しい。スザクは血族ではないぞ。パペットがもてるはずがない」

 パペット研究にしか目がないことで有名なロイド。

 そのロイドが目の色を変え、朝一で通信してくるとなると、何もないとは思えないのだが。

《それがですよぉ?彼、スザク君ですっけ。検査結果で波動親和性が超すごくって》

「何?」

《殿下は勿論、コーネリア殿下より数値としては高かったんですよ。体力も申し分ないし、例の実験計画を進めるには丁度いいんじゃないですか?》

 血族じゃないからなにしてもいいし。

 ロイドの態度は言外にそう言っていた。

 ルルーシュとロイドは、かねてから進めたい計画を持っている。

《軍用パペットの主従異性配置実験・・・皇帝陛下から許可を得るなら、主人の方が男じゃないと許可できない、ですからねぇ?殿下自身は実験できませんし、僕は体力ないし・・・殿下の部下でパペットを持てるような人間はいませんし。やっちゃいましょうよ~、実験~》

 デレデレと画面にねだってくるロイドに、ルルーシュが渋い顔をする。

「別にスザクにあの実験をさせるために、お前にデータを送ったわけじゃない」

《おんやぁ?でも彼にパペットもたせるつもりなんでしょう?》

「それは・・・そうだが」

《なら、やりましょうよ、実験♪》

 歯切れの悪い主人に業を煮やしたのか、ロイドはまじめにことばを続ける。

《実はもうそっちに向かってまして》

「はぁ!?」

《そちらの帰り際にキャメロットを拾ってくださいねぇ?ランスロット連れてくんで》

「ま、まて!」

《向かいながら造形やっておくんで、細かい調整だけは旗艦の中になりますから。僕のラボ掃除しといてくださいねぇ》

 ぶちっ。

 盛大に音を立てて、通信が切れる。

 ため息をつきながら、椅子に深く座りなおすと、

「面白くなったな」

と、茶化すようにC.C.が入り口にもたれながら声をかけてくる。

「厄介なだけだ。血族以外にパペットが持てるなど、ブリタニアの戦略の根本に関わる」

「だからではないか? ロイドは血族でない男にパペットが持てるなどという可能性がある以上、放置せずに研究しておくべき、と言いたいんじゃないか」

 C.C.の言い分もわかる。

 しかし、血族ではないとはいえ、今回の実験は・・・躊躇われる。

 偽りの信頼を求める以上、相手に害しかない状況はまずい。

「ところで・・・止めなくていいのか?」

「は?」

「枢木に面会だ。今カレンが連れて行ってるが、面会相手はあの藤堂だ」

 がたーんと音を立てて立ち上がる。

 藤堂。この国の元軍事顧問。

 調べによれば、長い間スザクの養父をしていた男のはず。

『引き止めるつもりか、それとも・・・』

「枢木が残りたいと言い出せば、藤堂がどうするかわからんぞ。放っておくきか?」

「ええぃ!」

 普段のマントや手袋も忘れて、早足で部屋を飛び出すと、一直線で階下へつながる廊下へと歩いていく。

「奴はもう部屋を出た。タラップで面会になっている頃だ」

 後ろからC.C.が早足でついてくる。

 舌打ちをし、速度を上げようとすると、

「相変わらずまだるっこしい奴だな」

とC.C.が無表情に告げて、容赦なくルルーシュを抱えあげる。そして手すりを踏み台に吹き抜けの数階分を飛び降りて、鮮やかに着地した。

「あ、あぶないぞC.C.!」

「ふふふ、相変わらずだな、坊や。私を誰だと思ってる?」

 自信満々に微笑むと、C.C.はルルーシュを抱えたまま、軽々と出口に向かって走り出した。



 カレンの姿をみつけて、C.C.が抵抗するルルーシュを下ろす。

 へたれにふらつく彼の背を叩くと、カレンの方へと送り出す。

「・・・ルルーシュ」

 気がついたカレンのまえで、軽く息を整えると、

「枢木は」

といって立ち止まる。

 傘越しに、ふるえるスザクの肩がみえた。

 ゆっくり雨の中に歩き出すと、スザクが目の前で傘を落とした。

 話をする藤堂が、優しく諭そうとしている様子が見える。

 無骨な顔立ちだが、スザクに率直に接しようとしているのはみてとれた。

「正しいことは、できなかった・・・望んだ平和は・・・っ」

「スザク・・・、!」

 だから視線が合ったとき、ルルーシュもなるべく真摯な態度で見返した。

 横に転がった傘を拾ってやると、スザクの上にそっとかける。

 振り返ったスザクの顔は、ぐしゃぐしゃだった。雨に濡れたのではなく、涙に濡れて。

「殿下・・・」

「やりかたを間違えたなら、次を誤らなければいい」

 その言葉に、スザクの翠の瞳が揺れる。

 真っ白になるほど握り締められたスザクのこぶしを、丁寧に指一本ずつほぐしてやり、傘を自分で握らせる。

 藤堂へと視線をむけると、彼はあっけにとられている様子だった。

「藤堂元軍事顧問殿とお見受けする」

 よそ行きの、はりのいい声を出す。

 それに、目を見開いて、藤堂が答えてくる。

「ご存知、でしたか」

「この国を訪れる上で、貴方の勇名は嫌でも耳にしましたから」

 藤堂が小さく、昔のことです、と呟いた。

 そうつぶやく割に。そう謙遜する割に。

 彼は一歩も引こうとしていなかった。

『やはり厄介だな、藤堂。老いてもこれとは』

 ルルーシュにとって、最も無駄の多い戦略パターンのひとつとして、藤堂や彼の周りに集う元軍事屋が戦場に現れるケースは、何度も対処を考えねばならなかったものだった。

 実際には、スザクが戦端がひらかれようとしたところで国王を暗殺し、停戦になったので、その労力は全てムダになったのだが。

 最もこの国で厄介で、最もこの国で懐柔しておかねばならないと踏んだ、本来の騎士候補ともいえる。

 だからこそ、ルルーシュは言葉を選んだ。

 そしてはっきりと、その意思を告げた。

「スザクは、私の騎士として近い将来必ず、この国に戻します。引退されたところをご迷惑かもしれませんが、そのときにまた、スザクを支えてやってくれませんか?」

「何、ですと?」

 ぱちくちと、大きく目を開けたスザクがルルーシュをみていた。

 だが、それを意識することなく、ルルーシュは言葉を続ける。

「騎士となり、ブリタニアの威光としてここに戻ったとき、スザクを出迎えてやってください。戻れる場所があるということは、何よりの励ましになります」

 無下にはしない。最低限のメッセージ。

 スザクとルルーシュを、藤堂は交互に見やると、

「スザク、お前は、この方の騎士になるのか?」

と、戸惑い気味にたずねてきた。

 藤堂の声は狼狽していた。

『このゲーム、勝つか負けるかは、ここが正念場』

 ここでスザクが迷いを見せれば、ここまでの“演技”も、今の言葉も、ルルーシュの独りよがりになってしまう。

 ここで藤堂に疑念をもたれれば、この国の統治に差し障りもありうる。

 スザクが、ちらりとこちらをみてくる。

 緊張の一瞬。

 表情を変えずにスザクをみると、彼は無言で頷いた。

「騎士になることが、正しい道とは限らんぞ?」

「それでも・・・決めました」

 スザクの目に、涙はもうなかった。

『勝った』

 このゲームでの、ルルーシュの価値は決まる。

 スザクがもう一度、藤堂に向かって頷く。

「お前がそう望むなら・・・」

 笑い出したいのを、ルルーシュはポーカーフェイスで乗り切った。

「行ってきなさい」

 藤堂の力強い言葉。

 彼がそのまま背を翻し、その場を去っていく。

 ルルーシュに信頼を寄せきった二人。



 その日、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア率いる侵攻軍は、本国への帰還をはじめた。

 スザクの祖国、日本での勝利を収めて。