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僕は親友に殴られた。

……全然痛くなかったことは、伏せておく。


夏を目の前に 3話



「馬鹿だろう、お前」
 全く同じ響きで言われて、苦笑する。
「まぁ、君よりは馬鹿かもね」
 切り替えしまで同じにするとつまらないので、軽く認めておく。そういう弱みを見せられるところが、ちょっとした関係性の違いだ。
「俺がせっかく身体を張ったのに、失敗した?ふざけているにも程がある」
 彼が怒っているところは、自分が凹んでいる内容とは全く違う理由でなのだが、それは致し方ない。万が一それでなじり続けるようなら、本当は消していないデータが再び日の目を浴びることになる。
「だって、そんなに頑なだとはおもわなかったし…」
「そこをうまくやるのが、“あの”枢木スザクなんじゃないのか?」
「やめてよ、そんな言い方……」
 学校の内外で浮名を流してきた過去を持ち上げられて、凹みが更に深くなった。
「昨日…」
 ポケットから折りたたまれた紙を取り出しながら、ルルーシュが話を切り出した。
「姉上から返事が来た」
「お姉さん…どっちの?」
「上の姉のはずがないだろう。コーネリアのほうだ」
 占領を免れたのにおかしな話だと思うが、この国にはブリタニア皇族が大勢いる。
 元皇族であるルルーシュたちをはじめ、婚約者になっているヴィクトリア、軍事部門に出向してきているコーネリア、そしてその妹ユーフェミア。先日まではそこにもう一人、第三皇子クロヴィスもいたけれど、先日シンジュクでの戦いで戦死している。
 今の…ブリタニアの保護下にある日本を、よく思わない人間は多い。今も現政権を批判するという立場から、大小様々な反対派が国内には存在する。中には、テロという形で、租界を中心としたブリタニアや現政権を攻撃する集団もいる。
 つい昨日。テロリスト掃討作戦のなかで、皇子クロヴィス自らが命を落としたことは、記憶に新しい。
「あの頃の事情なら、ユーフェミアより姉上だとおもったが…どうやら突かれては困る内容らしい」
 渡された文章は、一応読める範囲だけでも、そっけなくあしらわれている印象を受けた。
「ブリタニアも日本も、隠したいことがあると?」
「そう踏んでいいだろう。だから7年も当事者を無視した婚約なんて方法で、隠したりするんだ」
 外との接触を拒絶する彼女。
 得体の知れない何かへの強い謝罪意識。
 踏み込むなと警告する両親。
 18の自分が立たされた場所は、ひどく暗い場所だった。



 冷蔵庫にしまわれていた数々を見て、何故かため息が出てきた。
 離れの中は、基本的に自分で何とかしなければならないから、冷蔵庫の中身を誰かに見られたわけではない。
「こんなに…どうしろというんだ」
 食べかけのマカロンの箱、真空パックされたブラウニー、日持ちのする煎餅、飴、色々なものが、詰め込まれていた。
“食べたいときに食べて結構です。次回また持ってきます”
と、メモまで添えて。
「また、来るつもりなのか……」
 とりあえず、一番早く食べられなくなりそうなマカロンを、皿に出して書斎に運ぶ。
 甘いものを食べたのは、何年ぶりだろう…と、過去に思いをはせていた。そこにあったのは、ほろ苦いほど古い、家族の記憶だった。



 母が亡くなったのは、日本に来るだいぶ昔だった。
 ナナリーがようやく走り回るようになった頃だったと覚えている。
 ルルーシュたちの母親であるマリアンヌ皇妃と、母イレールは仲のいい姉妹だった。
 そっくりの姉妹に、そっくりの子供たち。
 その幼い日の光景から、母親が抜け落ちたとき、私は初めて父親のもとに一人で連れて行かれた。
「わしが怖いか? ヴィクトリア」
 一歩も動けずにいた私に、低く響く声が、顔の見えない父から発せられたそれが、ふりかかる。
 それでも父親なのだから、と見上げていると、急に父親が笑った。明るい笑いではないが、笑っていた。
 どう反応していいかわからずに立ち尽くしていると、
「チェスが出来るそうだな」
と問われる。
 はい、と答えようとしたが、声が怯えてでなかった。
 出ないとわかってすぐ、頷く。
 それに満足したのか、父親は酷く優しい声で、こういった。
「ヴィクトリア。お前にいいものをみせてやろう。明日からコーネリアのところに行くといい」
「コーネリア…姉上の…?」
 出ない声を無理に出すと、情けない声だった。
 それを気にするそぶりもなく、未来を決める裁定者のような決断力で、父は断言した。
「そうだ。そこで、見つけてくるといい。お前の才能を発揮するに相応しいものを」
 翌日。私の人生は、劇的に変わっていた。
 姉について軍の士官養成コースに向かい、作戦指揮とはいかなるものか、徹底的にしごかれた。
 何度も戦場を回り、友軍を勝利に導いてきた。
 7年前の、夏までは……



「あぁ、あの皇女殿下のことぉ?」
 放課後。
 手伝いで参加している軍の開発課で、奇人といわれる主任に話をふると、面白いほど簡単に話が釣れた。
「有名な話だよね、セシル君」
 わくわく。
 そう身体全体でオーラを出している上司を、迷惑そうに助手のセシルさんが歯切れ悪く相手にする。
「え、えぇ…でも、ロイドさん。あの話は…」
「わかってるって。あんまりうっかり話して外にばれちゃったら、予算削られちゃうもんね~」
「予算なら、枢木が補填しますよ」
 にやにやと本性の見えない笑みを浮かべる主任…本国では爵位すらあるというロイド・アスプルントが、喜色を強めた。心配そうな視線を助手のセシル・クルーミーが向ける。
 そこに自分が加わって、この開発チームはほぼ終わりだ。
 他にも雑務を手伝う人間はいるが、そちらのほうに僕が接触を持つことはほとんどない。
「でも意外。君から彼女のことを聞くとは思わなかったよ」
「ちょっと困ったことになっていて…どうしても必要なんです、昔の彼女の情報が。外には絶対漏らしません」
「聞かないほうがいい話でも知りたい?」
「えぇ」
 セシルさんがため息をついている。
 値踏みをするようなロイドの視線には慣れているが、セシルさんのため息だけはあまり慣れたくはないのだ。
「第三皇女ヴィクトリア。皇帝陛下が作った戦略兵器。いい噂なんてない方だよ。ブリタニアも日本も、持て余してるくらいだし」
「戦略兵器?」
「あの御方はね、子供の頃から戦争の方法を教育されてこられたの。初級学校に上がる年の前から、ずっとよ」
「皇室の中では、ほぼ唯一後ろ盾のない方だったしねぇ。皇帝陛下のご命令で、軍の士官学校で戦略指揮をお勉強。皇族のネームバリューを持った戦略立案兵器になったわけ」
 戦略立案兵器。戦争の作戦をたて、実行する存在。
 コンピュータではあっさりと人に無視されることを、皇族という最強の肩書きでもって、実行させる。
「そんな、子供に…」
「皇帝陛下の真意なんて僕らにはわかんないよ。でも、10歳にもならない子供でも、戦争に勝つことが出来る…そういう事実は勿論公表はされなかったし、本人も公言したりしなかった」
 それはそうだろう、とおもう。
 子供のたてた作戦で勝っているなんて、軍の将軍たちからすれば自分を役立たずと認めるようなものだ。
「勝ってるうちはうまく事後処理をしてて、批判に晒されることはなかったけど、初めて負けた戦争で致命的にまずいことをやらかしちゃっててねぇ。軍部や諸外国の批判が殺到しちゃったんだな、これが」
「当時従軍してたわけじゃないから詳しいことはわからないんだけど、味方だけじゃなく敵側や、市民にまで、一週間で百万人以上の死者を出してしまったらしいの」
 数字が現実味を帯びていない数に、喉が鳴る。
「噂じゃ、ないんですか?」
「嘘っぱちで話を作るなら、もっと現実味のある数字にするとおもうけどね」
 そのあたりの数字には興味がないと言いたげに、ロイドが肩を回す。
「ま、そういうことで味方からも敵からも恨みを買ったお姫様は、ぽいっと投げ出されちゃったわけだ」
 両親の態度。
 本人の態度。
 ルルーシュの姉の態度。
 二人の話を真実と受け止めるに足る材料が整いすぎていた。
「噂じゃ日本のどっかのお家に引き取られたって話だけど?」
 にやりとメガネの奥で好奇心120%の瞳が笑っていた。
 睨み返すと、満足げに細められてしまったアイスブルーに、信用の置けなさを感じてしまう。
「ま、僕は君がデヴァイサーで、ランスロットの研究が続けばそれでいいからさ。あんまし波風立てないように、頑張ってねぇ♪」
 ロイド・アスプルント。
 真意の読めない笑顔というものに、恐怖を感じる唯一の人物だった。



 これほど本領に戻ってくる頻度が高かったのは初めてかもしれなかった。
 土産の洋菓子に、ナナリーやルルーシュの写真、適当に本屋で気のまぎれそうな本を見繕い、彼女の居る分家の離れへと通う。
 見頃を終え随分寂しくなった花菖蒲の池。季節のことを考えながら、三度目の玄関をくぐった。


 足しげく通った成果だろうか。冷蔵庫にお菓子をしまってから二階にあがろうとおもっていたのに、その日はキッチンにまで彼女は降りてきた。
「こんにちは。ちゃんと食べてくれたんだね、マカロン。心配してたんだ、ダメになってたらどうしようって」
 返事は期待しない。
 してくれれば勿論、嬉しいけれど。
「今日持ってきたものはなまものだから、お茶にしよう。アイスティーも買ってきたので…」
「なんで、そんなに私に構う?」
 絶望したような声に、一瞬動きを止めた。
 でも、過剰反応をせずに、冷蔵庫の中に綺麗にお菓子を並べることに集中する。
「言ったでしょう?あなたとの関係は紙の上の関係だけにしたくないと」
「それはお前の考えだろう?日本政府の考えではなく」
「えぇ。でも、結婚は基本的に、当人同士の関係ですから」
 お茶の準備を手早く済ませると、茶器の乗ったトレイをもって振り返る。
「僕は貴女と個人として対等な絆を築きたい」
 そういう僕の言葉を受け止ようとする、申し訳なさそうな、心苦しいような表情が、そこにあった。
 相変わらずなんだな、と納得したとき、自分が持ち込んだドラムバックが、もぞもぞと動いた。



「誠意を持って応じてくれるのは、嬉しいが、それを返すことは、私にはできない」
 ダイニングテーブルに向かい合って座ると、姫が本当に申し訳なさそうに、謝ってきた。
 ドラムバックのなかに入って着いてきてしまった猫、アーサーは、すっかり女の膝の上で寛いでいる。
 毛並みをなでる手はさせるがまま、覇気の無い彼女の声と、穏やかなその仕草にギャップを感じる。
「本当に、私には…」
 しぼんだ声が、何もない場所へと消えていく。
 長い睫が、紫にかかったまま、伏せられていて、(アーサーもいて)それはそれで好みではあるのだが。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
 ものすごく明るい声を出すと、一瞬肩が揺れていた。
「返すことができないって言うのは、僕への貴女の誠意じゃないんですか?」
 首を傾げて笑顔で言うと、彼女は凍り付いていた。
 本当に、突発的なことには弱いんだ…
「違いました? 政略結婚の果てに、自分はどうでもいいみたいな態度でいて、相手を気遣って放っておいてくれなんて。普通いえないと思うよ」
「…皇族としては、当然のこと、だから」
「ルルーシュは、そうじゃないけどね」
 別の意味で、彼女はまた凍った。よく言う、カチンという奴だ。
 冷えていた心が、どこかドロドロしてきたような、そんな眉の寄り方だ。
「ルルーシュは、どうだって言いたいんだ?」
「ルルはナナリーのことなら、いくらでも自己犠牲ができるけど、その上で自分が幸せになる隙間があれば全力でそこに自分をねじ込んでいくよ?」
「私はルルーシュじゃない!」
 叫んだ彼女の膝から、アーサーが驚いて飛びのいてしまう。
「うん。君はルルじゃない」
 彼女の鋭い声が、やけに痛々しい。
 根気強くいかないといけないんだ。そう自分に言い聞かせる。
 核心はある。
「ルルーシュじゃないなら、見せてよ。ルルじゃない君を。僕は君が知りたい」



 どうして、というよりは、わかってもらえない事実の方が悲しかった。
 理由を考えるよりも、一番痛くない道を否定されて、どうしていいかわからない。
 その上、ルルーシュのことを持ち上げる。
 一番憎い彼を、何でも知っていると言いたげな動作は、この男の一番納得のいかない部分で。
 ルルーシュから自分を拾い出してくるのが一番許せない。
 でも、ルルーシュではない部分を見せろといわれて、戸惑っている自分がいる。彼ではない自分を出せといわれて、困り果てている自分がいる。
「君は、もっと周りと自分を知るべきだと思う。ルルーシュだって、昔と違うところは一杯あるよ。運動音痴は輪をかけて酷くなってるし、服装はまぁ、庶民的になってる。自炊して料理の腕はプロ級。ヴィクトリア様は、料理してないでしょ?」
 勢いよく言葉をかけられて、とりあえず事実なので頷いておく。
 なんでこんなに嬉々としてるんだろう。
「今日持って来たケーキは、実はルルーシュが作ったんだ。デートの行き先調べるのに甘いものは研究し尽くした僕が美味しいって感じるから、味は保障する」
 そしてなんだろう。



「デート?」


 その瞬間の、ものすごいスザクの表情を、できれば写真で取っておきたかった。



 気まずそうなカクカクした動きでケーキを切り分けるスザクを、半分くらい無視したような姿勢で背を向ける。
 決して血統書がありそうにない、スザクが(意図せずだろうが)持ち込んだ黒猫をじゃらしながら、不機嫌ではなく、無関心に近い態度をとる。
『デートの行き先調べるのに甘いものは研究し尽くした………他の女の手垢でまみれた手口で、口説かれた』
 皇女として、これを見抜けなかったのはプライドに関わる問題だ。
 なさけない。
「あの、ケーキどうぞ」
 暖かい紅茶に、ルルーシュ手ずからのケーキをはじめ、甘いものがてんこ盛りになるテーブル。
『食べ物で気を引かれるとは…』
 古典的且つシンプルな作戦にひっかかりかけていた自分に、腹が立つ。
 いい顔をしてはいけない。
 ここで相手の気持ちを完全に断ち切れば、思惑通り事は済む。引く手数多の男なら、自分よりはもっとましな女がたくさんいるだろうし、その中から、一番を選ぶことができる。
 何も、わざわざのしつけて送られてきた、厄介者を選ぶ必要は無いのだ。
「冷めますよ?紅茶」
 猫じゃらしを揺らして、徹底的に無視を決め込む。
 尻尾を出した相手が悪いのだ。
 そうしてじっと窓の外を向いていると、スザクは今までの大人ぶった冷静な態度を一変させた。
「言っとくけど、今は全員手を切ってるんだよ!?半年前から誰ともお付き合いしてないし!!君がいるって最初から知ってたら、もっと違った人生を歩んでました!!!」
「…煩い。そういうことで怒ってるんじゃない」
 子供っぽいスザクの対応に、少しだけ、頑として居るのが申し訳なくなる。
 自分まで大人な対応をしくじってどうする。
「お前、何人も男を落としてきた女に振り回された挙句、それが女の手だと気がついたらどういう気分になると思う?」



 言の葉で人を殺せたらいい、というのは、確か従妹の口癖だったキガスル。
 物騒なことだと思っていたが、今一番、口走ってしまったときの自分を呪い殺してやりたい。
『振り回されて、手だって気がついたら…そりゃ白けるでしょ』
 でもそう言うわけにはいかない。
 相手は確実に白けてはいるが、それを認めてやるわけにはいかない。
「け、経験豊富な強敵だと、納得する」
 窓ガラスに斜めに映る表情は、冷たい。
 拗ねたルルーシュとは違う、人間を見下し、玩び、無視する、支配者の顔だ。
 顔が好みのルルーシュそっくりなだけに、主導権を貰えない言葉遊びというのは勝手が違いすぎた。
「経験豊富、か。その割に今のスザクは私を扱いかねているように見えるが?」
 他人事の用に、どうでもよさそうに、アーサーを遊ばせている。
 経験は無いのだろうに、強敵過ぎる。
「紙の上以上を望むなら、一言だけ言っておく。……ヴィクトリア・ヴィ・ブリタニアの名を軽く扱うな」
「肝に銘じておきます」
 ようやく振り返ってくれて、なんとか胸をなでおろす。
 表情は暗いままだが、アーサーを抱きかかえて、テーブルの方へと来てくれた。
「で、どれなんだ?ルルーシュが作ったとか言うやつは」
「えっと、ですね。これなんですが…」
 機嫌を直してもらって、どうにか話を落ち着けなければならない。
 そう思って、絶品のはずのルルーシュお手製ケーキをとった皿を指し示した瞬間。

 ちゃらら~ん。ちゃらら~ん。

「…ごめん、ちょっと席はずすね」
 携帯が絶妙なタイミングで、着信を伝える。
 何の音かときょとんとした姫は、素直に頷いていたが、アーサーが不機嫌そうな顔になっていた。



「はい。スザクですが、なんですか、ロイドさん。今日は行かないって言ってあったじゃないですか」
『ごめんねぇ~。黒の騎士団が動いちゃってるらしくてさ~。出動要請がでちゃってるわけ。枢木の本領には、自家用のヘリくらいあるでしょ?ちゃちゃ~っと来てくれないと困るんだぁ』
 何か困るんだぁ、なんだよ!
 とは、音に出しては言わない。
 こめかみを押さえて、苛立ちを押さえ込む。
「…わかりました。すぐに飛ばしていくんで、準備お願いします」
『ありがとぅ!じゃあアツギで待ってるねぇ』
 ぶちっと切れたところで、電話を乱暴に切る。
「なにかあったのか?」
 心配そうな声がかかって、振り返るとアーサーを抱えた姫が部屋の出口のところに立っていた。
「急ぎですぐにトウキョウまで戻る用ができてしまって…すぐに終わらせて戻りますんで、アーサー預かっていてもらえますか?」
「それは構わないが」
「すみません。夜には戻りますから。…っと、そのまえに」
 忘れないように、ポケットの中にしまってあったもうひとつのそれを取り出す。
 真っ白く丸い姿の携帯。ストラップも何も着いていない。買ったままのそれ。
「僕、今も呼び出されてる通り、忙しいんです。だから、これからも毎週ここに来れるとは限らない。でも、もっと貴女とお話したい。だからこれを持っていてください」
 姫の手に手を添えて、携帯を預けようとすると、一瞬彼女の手が引きかけた。
「受け取ってもいいものなのか?」
「外には出ないわけですし、単なる電話ですから」
 実はあまりよろしくないのだが、さすがにそれは口には出さない。
 アーサーが腕から降りて、ようやく携帯を渡すと、慌しく身一つで玄関に向かう。
「では、またあとで」
 本当は、何か声をかけてほしかった。
 でも、最後まで何も声はかからなかった。



 頭の中を、黒の騎士団と戦う、ランスロットのデヴァイサーである男の思考に切り替える。