昔、初めて聞いた音に似た、人々の響きが聞こえる中で、C.C.は思い出す。
“すまない…私は、お前の騎士には、なれない”
「私たちの息子は、ようやく望んだ騎士を手にするよ。マリアンヌ」
戦いの合間に
「まさか、そんな…」
開始20秒。
スザクは準決勝の相手、コーネリアの騎士ギルフォードの細剣をその手からはじき、喉元皮一枚のところで自らの刃を止めていた。
完璧な剣舞。
太刀筋は見事に型どおり。
「っ、勝者、枢木スザク、決勝進出!!」
行事の声に、どよめきと歓声があがる。
「よもや…ギルフォードが…」
ルルーシュの隣に座っていたコーネリアが、うめく。
「残念でしたね、姉上。猛将たる貴女が、戦力を見誤るとは」
「意地悪いな、ルルーシュ。こんなかくし球が二の騎士か…」
「剣の腕には満足していますが、頭の方はカレンに二歩も三歩も劣るので、騎士にするのに時間がかかりました。手を焼かせる奴です」
舞台の上で、二人の騎士が握手を交わしていた。
「完敗だ。決勝に進むといい」
差し出された手に、剣を納めて応える。
「ありがとうございました」
「だが、姫様たちの賭けは、まだ終わりではない」
敗北を予期していなかったのか、わずかに悔しさをにじませた表情。
わかっている。相手は主人同士では格上。面子もある。
「君が決勝でも勝たなければ、この賭けは流れる」
「次の相手をご存知なのですか?」
お互い手を離す。
「…知ったところで、君には勝てない」
そう言うとすぐに背を向けられてしまい、それ以上は聞くことは出来なかった。
誰1人参加者のいなくなったはずの控え室に戻ると、そこにはカレンが待っていた。
「おめでとう。決勝進出」
「ありがとう」
「ここまではあんたの腕なら確実。次が今日の本番よ。気合いいれなさい」
「決勝の相手は…」
甲斐甲斐しく汗をぬぐうタオルやら着替えのトランクを渡されて、眉をよせた。
ルルーシュの紋章が刻印されたトランク。滅多に持ち出されない中身は、勿論自分でも中身はわかっていた。
「カレン…これ、正装じゃ…」
「そーよ。次はそれを着るの」
よく見れば、カレンも黒い後ろだけ燕尾のながいジャケットに、赤いラインの入った細身のパンツという正装だ。儀礼用の細剣に、やはり胸元にはフラムルビーの輝き。髪もわざわざストレートに直されている。
「決勝の相手は、服装からもう粗相をしたら大変なのよ」
世話焼きモードのカレンにかかると、まともに自分で着替えをさせてもらえない。
略式の騎士服を神風の速さで脱がされ、男の恥じらいなど微塵も許さないと言いたげに、服を着られていく。
『漢らしいなぁ…』
と思ったことは、口には出さない。
「決勝は、偉い方と当たるのかな?」
「偉いも偉いわよ。皇帝陛下直属騎士のお一人ですもの。一昨年私がでたときは、今のワンと決勝で当たったんだけど」
「負けちゃったとか?」
「人が気にしてることをズバリというな!はい、出来上がり!!」
ばしっっ、と音がなるほど強く叩かれて、二三歩たたらをふむ。
「痛…」
「ルルーシュは、あんたとスリーは五分五分って踏んでる」
「本当?」
「でも相手が本気でやればわからない。面識はあるけど、あいつは公式の武芸会に出たことがないらしいし、本気の太刀さばきを私は見たことがない」
2年前のことでも思い出しているのか、カレンの言葉は重かった。恐ろしく真剣なカレンの言葉に、震えがくる。
『武者震い…そう。怯えるな』
しかし、自分のものよりもブルーに近いマラカイトグリーンは、続けて武人の鋭さで、怖いことをいった。
「帝国最強の12騎士。準決勝まで、瞬殺の峰打ち一刀で笑いながら勝ち上がってきたらしいから。死ぬ気で頑張って」
「…それ、勝てるの?」
「勝ってくれないと困る。スザクには」
予選時よりははるかに活気に満ちた観客席のVIPルームで、彼が吐き捨てた言葉を拾う。
「賭けが流れちゃいますもんね!」
にっこりと笑みを浮かべて、答える。
決勝戦にでる騎士の主人だから。その護衛だから。
自分たちはきらびやかな衣装に着替えていた。
公式行事において人間であり、その中でも皇族である彼の側に侍れる機会はあまりない。
人間の主人の側に侍るのは、人間の騎士である。ただ、今回はその騎士が二名とも不在なので、代理ながら立派な衣装を着せられて、主人の背を守っている。
少し離れた場所に姉君であるコーネリア皇女殿下も席を構えている。そちらは数いる騎士が姫の誉れを体現するようにかこんでいた。
視線をそちらにやったとき、どよめきがやってきた。
軽く下を向くと、一の騎士に付き従い舞台に歩く主人。
黒と赤が鮮烈な女性の後ろにいる、白一色のスザク。
黒の皇子と言われるルルーシュ様の対極のような色。
ルルーシュ様は、スザクに黒を許さない。ルルーシュ様が黒をお与えにならないのは、妹君のナナリー様と…
『スザクだけ』
きつくスザクを睨んでやると、わかってしまったのか、スザクが一瞬こちらに視線を向けた。
『ルルーシュ殿下は、あそこか』
正装のカレンに従い、会場の中央で立ち止まった瞬間、ランスロットを通じて主人の位置を把握する。
なんとなくしか、まだ自分からランスロットの気配を探ることが出来ない。カレンがパペットを通じて、様々なことができるのに対し、自分の未熟さは比較しようも無い。
今日は剣技のみだからいいものの、騎士として修めねばならない技能は、多岐にわたる。
『いけない。今は剣に集中するんだ』
一度深呼吸をして、気持ちを切り替えた次の瞬間。
自分たちが入って来たのとは反対側の入り口から、二人の人間がやってきた。
空気がピリッとはりつめるのが肌でわかるほど、会場の空気が変わる。
永久の碧へ至る、最後の敵が、会場の空気を変えたのだ。
最終更新:2008年08月17日 22:28