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 キライになれないと自覚すればするほど、抱いてはいけない感情にのめりこむ。

 対象が摩り替わり、アブノーマルな愛情が、ノーマルなそれになれば、もう、何の歯止めも存在しないとわかっていて。


醜い感情



 4人での別荘での休暇が終わると、溜め込まれていただろう仕事が一斉にやってきた。ベアトリス特務総監からは、山のような書類が送られてきて、それを僕とアーニャが苦戦しながら片付けていく。
 その傍らで、ジノとヴィクトリアは、さらりと書類を書き上げて、何度も書き直しを指示される自分たちを尻目に、二人でナイトメアの調整に出かけていた。
 ジノのエスコートを当然のように受け入れるヴィクトリア。
 傍らに立ち、リードすることを自分の立ち位置と自認するジノ。
 その二人の姿を、廊下の端に見つける度に、もやもやとした納得できない感情が心を満たすのだった。



「やぁ、久しぶりだね。スザク君」
「シュナイゼル殿下! お久しぶりです」
 ラウンズのロビーで仕事をしていると、先触れも何もなく、多忙なはずの第二皇子が現れた。
 慌てて騎士の礼をとると、
     ぴろりろり~ん。
 出かけていく二人の背をいつまでも視線で追う自分に、無機質無感動な携帯のカメラが音をたてる。
「アーニャ、いきなりは…」
「気にしないよ。パパラッチに比べれば、まだ可愛いものだ。アールストレイム卿は、相変わらずだね」
 にこにことアーニャの行動を受け流すシュナイゼルに、首をかしげた。
「殿下は、アーニャとは…」
「アールストレイム卿は、ヴィクトリアの古い友人だからね。長い付き合いになる」
 写真の写り具合を確認して、アーニャがようやく顔をあげる。
「ヴィッキィなら、ジノと留守」
 ぶっきらぼうにも聞こえる言い方だが、それにも第二皇子は鷹揚に答えた。
「そうか、それは残念だ。せっかくラウンズの皆を夜会に招待しようと思ったんだが…」
「殿下が主催ですか?」
「いや、主催は一応、兄上なのだがね。ヴィクトリアは、直接話を通さないと、いつも来てくれないから。皇籍を返上したとはいえ、兄妹なのだから、夜会に出るくらい構わないと思うのに」
 曖昧に笑う。
 そういえば、ヴィクトリアが皇族と接するところをみたことがない。本宮にいるのだから、皇族の一人や二人、出会いそうなものなのに。
「スザク君。招待状を預かってもらえないかな?」
「自分が、ですか?」
「ダメだろうか?」
「いえ。でも、お預かりしても、ヴィクトリア様が出席される保障までは……」
「そう思ってね。君たちの分も用意してあるんだ」
 用意がいい。というよりも、読んでいる。
 綺麗なカリグラフィーで宛名の書かれた封書が4通。
 僕と、ヴィクトリア、それからアーニャとジノの分。
「本来なら、ラウンズ全員に用意したかったんだが、警備上、本宮から根こそぎラウンズを連れ出すというのもさすがに兄上主催でもまずいのでね」
「本当に、自分たちも行ってよろしいのですか?」
「勿論だよ」
 穏やかな笑み。
 だから気がつかなかったのだ。彼が何を考えていたのか、を。



「あまり平時にジノの前で呼び出すな、ビスマルク」
 後にも先にもないであろう、禁色を許されたラウンズのマントを翻し、人払いされた区画へと入る。
 そこにいたのは、膝を折るナイトオブワン。
 自分と同じラウンズの騎士。
 自分と似て非なる、皇帝の駒。
「姫様のご様子を確認するのが、私に与えられた任務のひとつでもありますので」
「確認?監視の間違いだろう。私がルルーシュのように飛び出さないように、ブリタニアがこれ以上巫女を失わない為に」
 酷薄に笑ってやると、ビスマルクは眉をひそめた。
「皇族として、巫女として、姫様の双肩に今の情勢がかかっております。安定した“盾”の力を姫様がお持ちだからこそ、我らラウンズが外へと力を伸ばせるのです」
「わかっている。そのことは。今更だ。お前に言われることではない」
 用意されていた空の椅子につくと、真っ先にビスマルクを見下ろした。
 絶対的な支配の色で、格下にいる彼を見下す。
 個対個であれば、どのような関係なのか、はっきりと示すために。
「それで、何か言われて来たのだろう?御父様に。伝言か?」
「はっ。枢木の状況と、姫様ご自身のお力の具合をお聞きしたく」
 足を組み、肘を突いて、またそれかとため息をつく。
「数日前にも報告したはずだ。私の力に揺るぎは無い。そして、今のスザクは使えない。自らを“剣”と思い込んでいるようでは、こちら側の戦力にはならない。これは一朝一夕で変わるものではないぞ」
「皇帝陛下は、姫様の半身に傾倒する故自らの力を誤認したのではないかとお考えのようですが…」
「あれも自らの力を履き違えている節があるからな。が、あれは無意識に力を暴走させることがある。そこを想定せずに放逐したのは、御父様のミスだ。私に押し付けられても困る」
「陛下の失策であったとしても、なんとしても姫様には枢木の力を制御していただかなければなりません。それが、姫様自身の為です」
「わかっている…」
 父の代理人でしかないナイトオブワン。
 その父ですら、最早ブリタニアという国にどれほど関心があるか。
 そして、この円卓の一の騎士でさえ、父のやりたいことをどれほど理解しているか。
 常々の疑問は残るが、確実に思うことはひとつ。
「ビスマルク。御父様にこう伝えられよ。シュナイゼル兄上が薄々気取っている。全てが決する“そのとき”まで、努々“俗世”をお忘れなきように、と」
「承知仕りました」
 要件を済ませれば、関心など無いようにワンは立ち上がり、さっさとどこかへ去っていく。
 空虚な椅子の上で、両の手のひらを開いて眺めやる。
『父やビスマルクがどう動こうと、私はブリタニアに殉ずるのみ…』
 それしかないのだ。
 いかに父やその騎士たちが、破壊を望んでいたとしても、自分はこの国に縛られている。
「そのとき、か…」
 全てが終わるそのときまで、自分はこの手で、迷い無く全てを守っていけるだろうか……



「スーザクぅ!すごいな、人が大勢いるぞ!!」
「……あんまりはしゃがないでくれないか、ジノ」
「スザクは慣れてるのか?こういうとこ」
「そういうわけじゃないけど、僕の対応が普通だろう」
 ジノがあちこちはしゃぎ回るので、静止をかけるのが段々面倒になってくる。
 入り口でヴィクトリアが別室に案内されてしまい、ジノの手綱をとれるのが僕しかいなくなっていた。
「そうなのか…」
 しゅんとなるジノに、
「君、貴族だろう。僕より場数踏んでるんじゃないのか?」
と問い返す。
 はしゃぎまわられて、名前を連呼されて、馬鹿さ加減を宣伝して回られるよりは、相手にしている方が何十倍も楽だった。
「ん~、俺は四男だし、こういう場所は兄上たちが行くものだとずっと思っていたから。姫も主催することはほとんどなかったし、あればあるで、ずっと姫の護衛だからね。参加する側なのは、珍しいぞ」
「そう、なんだ」
「スザクはどうなんだ?ユーフェミア様はこういうところによく来たのか?」
 逆に問われて、自分自身に驚く。
 何故だろう、騎士として仕えたはずなのに、彼女との経験が全く頭に登っていなかった。ましてや、ジノのそれと比較しようなどとは。
「……ユーフェミア様と本国に来る事はなかったからね。向こうで小さな夜会に出ることは、何度か」
「そうか。いいなぁ…俺も姫をエスコートして夜会に来たかっ……」
 そこまで言って、ジノの動きが止まる。
 纏っていた、どちらかといえば愛玩犬に似た雰囲気が、闘犬のような鋭い眼によって一気に切り替わる。
「なんで気がつかなかったんだ……」
「ジノ?」
「スザク、姫は今どこだろう!?」
「はぁ?」
「ヴィッキィなら、もう来る」
 いつぞやの白いドレスを持ち出してきたアーニャが、いつのまにか側にいた。
「着付けてもらうの終わったんだ。似合ってるよ」
「ありがとう」
「なー、アーニャ。姫は?」
「控え室で捕まって、ドレスに着替えてる」
「はぁっ!?」
 ジノが盛大に驚いたところで、ファンファーレが鳴る。
 長く踊り場の多い階段をパーティ会場にしたそこで、一番下座に当たる入り口から、
「第二皇子シュナイゼル殿下、ナイトオブラウンズ第二席、ナイトオブツー、ヴィクトリア様、御到着です」
と声が張り上げられる。
 上座で主賓として、椅子に座ったまま談笑していた第一皇子オデュッセウス殿下が立ち上がるのが視界の片隅で見えた。
 階段の下に、悠然と立つシュナイゼル殿下。その傍らに、髪を結い上げて着飾ったヴィクトリアがいた。
 その瞬間、心に暗い感情が沸きたった。


 貴族たちが、自分をみて口々に何かを言っている。内容まで聞く気はなかったが、あまりの注目度に改めて小さくため息をつく。
「恨みますよ、殿下。陛下のお耳に入ったら何と仰るか…」
「つれないね。こういう場所でも、兄妹として振舞ってはくれないとは」
 ドレスになったのは何年ぶりか。
 兄の誘いで来ざるを得なかったここに、まさかこんな罠が待っているとは思わなかった。
 到着後、着付けてもらうアーニャに着いていったら、そのまま自分まで着替えさせられてしまった。それも、一度も着たこともないドレス。恐ろしいことに、サイズはぴったりだった。
 どこから服のサイズが漏れたのか、後できっちり調査の必要がありそうだ。
『本当に、こんな場所に来ていることがわかれば、ビスマルクになんと告げ口されるか…』
 スザクやジノがだしに使われ、時間も時間で逃げることも叶わず、こんな場所までやってきてしまった。
 視界の端でジノの長身が、こちらをみている。
 大きなため息をつきそうになるのを堪えながら、じっと前を見て兄のエスコートに任せて歩を進める。
「やぁシュナイゼル。それにヴィクトリアも。よく来てくれたね」
 視線を集めながら階段を登っていくと、兄の一人であるオデュッセウスが笑顔で待っていた。
 シュナイゼルとは別の意味で、苦手な人物だ。
「オデュッセウス殿下、この度はお招きいただき、恐悦至極にございます」
 騎士の礼をとるにはドレスが邪魔なので、とりあえず、貴婦人の礼を尽くす。
「兄上も言ってやってください。私にも臣下の礼をとるのですよ」
「久々に会った兄妹じゃないか、堅苦しくそういう態度をとる必要はないよ。今日は寛いでいっておくれ」
 答えることが出来るはずもなく、礼を解かずに待ち構える。
 苦笑されながらも、妹として接することがないようにと、空気を一枚そこに挟むことを忘れなかった。



「気になる?」
 突然隣から振って沸いた問いに、どう答えていいかわからなくなる。
「最近ずっとヴィッキィを見て、スザクが怖い顔をする」
「そう…ですか?」
 いつのまにかジノはどこかへ消えていて、アーニャが僕の側に取り残されていた。
「ヴィッキィが誰かと一緒にいるのが嫌なら、側にいれば?」
 アーニャの言葉がわからない。
「ジノは、怖い顔しないように、一緒にいる」
 見上げると、兄二人からヴィクトリアを掻っ攫うジノがいた。
 先ほどまでの人懐っこい子犬のような雰囲気など忘れたように、完全に騎士のスイッチが入ったらしい彼は、二人の皇子からヴィクトリアを救い出している。
 周囲の人々が二人の関係を口々に囁き合う。
 永遠の忠節。
 報われぬ片思い。
 純愛を利用する小娘。
 ひとつの風景を、角度を変えた様々な憶測。
 ただでさえ浮き立つラウンズ。そして皇族。
 本人の覚悟とは別に、彼女は今も皇族として周りに認知されていて、それでもラウンズの称号を得ていて。ずれが生み出す立場の乱用の如き周囲との関係が、美しいものに非難の影を落とす。
 光の加減でブルーパープルの光沢が、すべるように白いドレスの上を滑る。
 ジノのマントのなか、彼の手で肩を抱かれて、階段を下りてくるその姿が、錯覚ではない彼に見えた。
 その自然な二人の姿に、醜い感情がわいた。