ずっと、自分はこのまま祈りの中で死ぬのだろうと思っていた。
自分がこうしていることで、世界は少しばかりでも安らげると、信じていた。
夏を目の前に 6話
4度目の来訪は、大荷物と共にやってきた。
「何をもってきたんだ?」
「何って、僕の荷物です」
ドラムバック数個を軽々と運んできた彼は、どさりと玄関に下ろすと、靴を脱ぎ始める。
「荷物って、なんで…」
「しばらくここに、住まわせてください」
『あ、可愛い』
呆然と何もいえないで立ち尽くした姫に、笑顔でそう思っていた。
学園の寮からの帰省用の荷物を全部、本邸ではなくこの姫の離れにもちこんだのだ。驚くのも無理はない。
姫を預かる分家の者たちは、スザクの行動にうろたえていたが、スザクを無理に引きとめようとはしなかった。
ここは枢木家の本領。誰も、本家の者には逆らえない。
「姫は上でお休みですよね?自分は下の部屋を使ってもよろしいですか?」
下ろした荷物を、伺いを立てながらも、そうしますね、と強引に運んでいく。
「まっ…ここに!?」
「しばらく本領にいるんですが、実家は苦手なので、是非ここから通いたいんです。掃除とかは自分でするんで、ご迷惑はかけません」
「そうではなくて、ここはその…」
荷解きを始めて、反論を一切聞かない態度をとると、すぐにため息が背後で聞こえた。
ここは私の、監獄であったはずなのに。
目の前で起こっていることに、うまく対応できず、結局スザクはこの建物の一階を陣取ることになった。
元々、一人を閉じ込めておくにはムダに二階建てであったり、ワンフロアに二部屋ずつ部屋があったりと、持て余してはいる。
一人くらい…増えても、居場所がないとか、そういうことではないのだ。
ただ。
「どうして、好き好んでこんな場所に…」
向かい合っての食事。
といっても、スザクがトウキョウからの帰り道にコンビニとかいう場所で買ってきた出来合いもので。
「でも、驚いたな」
「は?」
「ほら、ここってレンジもないでしょう?」
「レンジ…さっき持ち込んでいた箱のことか?」
なにやら、食事の前にスザクは買ってきた食事を、箱の中に入れていた。
その箱は、たくさん持ち込んだ荷物の中から出てきたもので、どうしてそんなものをもってきたのか、首を傾げていたものだが。
「レンジは、食事を暖めるもので、とっても便利なんですよ。特に、僕みたいな、あんまり食事を作る時間が無い人間には、助かるんです」
「自分で…つくるのか?」
「トウキョウでは寮にいるから。一人で家事をするのが当たり前なんだ」
とても料理が出来そうには見えないが、人は見かけによらない。だって一国の首相の息子だろう?人一人こうして隠しておくことなど訳もないほどの資産もある。なのに、家政婦一人つかないのだろうか?
現在をしっているわけではないが、この間見事な菓子を作ったというルルーシュも、昔はそんなものできるような人間には見えなかった。
世の中、そんなものなのかもしれない。
スザクに渡されて、昼ごはんとなったタラコスパゲティを箸で食べながら、ぼんやりとそう思っていた。
「食事って」
「え…」
「冷たいと心が冷えてしまうんだ。寂しいとか、つまらないとか、色々考えてね。だから僕は、出来る限りちゃんと暖めてから食べるようにしてる」
心が……冷える?
10日。
たった10日。されど10日。
夏の神事までの短い期間、僕は彼女の離れから神社に通うことに決めた。
本邸から通えば、ずっと近いことはわかっているんだ。でも、近くにいると思うと、会いたいと思ってしまう。
手っ取り早く、彼女と会う方法はなんだ。そう考えて、彼女の離れに厄介になることを決めた。
枢木スザクの居場所はここだと、本領中の人間に言ってやりたかった。
『あいつは、お前が思うほど、綺麗なお姫様じゃないぞ?』
ルルーシュはそう言っていた。
彼には……本当に感謝している。
報われない感情だと思っていたのに、彼は受け止めてくれた。婚約者がいるとわかっても、それが彼自身の妹だとわかっても。
彼女のことを、理解していた。
こうして、会うことも認めてくれている。
愛おしさが募る彼のために、彼女のことを不幸にするわけにはいかない。
「じゃあ、神事の準備があるから、ちょっと出かけてくるよ」
昼ごはんの後で、荷物の中から予め準備しておいた神事の荷物を取り出すと、僕は玄関に急いだ。
「神事?」
アーサーを抱いたまま、玄関に見送りに来ていた彼女が、首をひねっていた。
「枢木は、元々政治家じゃなく宗教家だからね。政治の世界が主な活動場所になっても、儀式とかしきたりは、大事に守られているんだ」
「…司祭ということか」
「常任の人は他に居るんだけど、どうしても本家の人間しかやっちゃいけないものもあるから。そういうのは、父さんや僕が出て行くんだ」
「古風なんだな」
靴を履く間、じっと彼女は僕を見ていた。
見送りというよりは…出て行くのを確かめるような、そんな間合いではあったけれど、出て行くまでそこにいてくれるのだと確信させるものではあった。
「夕方には戻るから。夕飯なにがいい?貰ってくるよ」
「私は、別に、何でも…」
「じゃあ僕が好きなものを山ほど持って帰ってくるね」
笑顔を残して、玄関を出る。
…さすがに、鍵をかけることは忘れられなかった。
鍵のかかる音と、走り去る微かなリズムを聞き届けて、ほっとして膝から力が抜けた。
状況に流されてしまったが、このままではいけないことは重々承知している。
懐かせてはいけないのだが、私がいけないのか、相手がいけないのか、意図した方向と全く逆の方向に進んでいる。
「何がいけないのだろう……枢木スザクが経験豊富だからか?」
それとも、自分が経験0のせいだろうか。
ぐるぐると考えながら、ダイニングに戻ってくると、昼御飯の残骸がそこに積まれていた。
見たこともない日本料理(?)の数々に、自分が手を付けなかった為、スザクが全て平らげた結果だった。
「家事をするのが当たり前なんじゃなかったのか…?」
ひとまず、買ってきた際に入っていたビニール袋に押し込み、縛ってしまう。
飲み物類は冷蔵庫に押し込み、ダイニングを綺麗にしてしまうと、ぐるりと一階を見渡した。
「ここに住む…ってことは、住むのに必要なものはないと困る…んだろうな」
一人しか住むことを想定されていないから、備品はほとんど一人用だ。
予備があればそれを渡すことは出来るだろうが、さすがに予備すらないものがないと言い切れるものではない。
その上、自分が出来ることはたかが知れている。
家事らしい家事はしたことがない。
押しかけられたとはいえ、この場所で枢木スザクに非礼を働くわけにはいかない。
不快に感じさせて、怒りを買ってはいけないのだ。
それは、枢木玄武との約束に反する。
「約束…だからな」
何故だろう。ずっと、それは変わらないはずなのに。
最近その約束が、とても重く感じられていた。
温もりが、怖いくらいに足元を揺るがしている。
「いけない、んだ。私には…」
「悪くないな」
板張りの道場の中。
型どおりの剣舞終えると、それを座って見守っていた人々の中から、一人が一言ぽつりと言った。
「貴方の教えの賜物ですよ。藤堂さん」
「租界では特に修行はしていないと聞いていたが、基礎鍛錬だけはやっていたようだな」
竹刀や木刀より、重い真剣を、切れ良く動かし、そして流れに併せてきびきびと止める。
さすがに便利な都会生活には不要なこととはいえ、日々鍛錬は外せない。
真剣を鞘に戻し、
「まぁ、人間身体が資本ですから、そこは」
と笑ってみせる。
「安心したよ。スザク君。これなら無事に今年の神事も務められるだろう」
「まだわかりませんよ。途中で祝詞をトチるかも」
「そこは…頑張ってもらうしかないな」
藤堂さんは堪えているようだったが、後ろにいた門下生の千葉さんは控えめに噴出していた。
「坊は勉強は苦手だからなぁ」
ありえる、と豪快に笑い飛ばす仙波さん。
「でもま、奉納の剣舞としては及第点なんじゃないですか。藤堂さん」
「そうだな」
朝比奈さんが苦笑しながら、真剣を受け取って、紐で封を始めると、ぱらぱらとその場にいた人々がそれぞれの準備に散っていく。
今日の準備としては、僕の剣舞の質を確かめるのが大事だったようだから、あっけないほどスケジュールどおりといったところなのだろう。
皆に褒められたことが嬉しくて、型の練習をしようと、壁にかけられていた木刀に意識を向けたところで、
「スザク君」
と声がかかった。
声の主は、藤堂さんだ。
振り返ると、怖いほど真剣な顔がそこにあった。
「話がある」
「本邸に戻っていないそうだね」
道場を締め切って、二人正座をして座る。
「はい。藤堂さんも知っての通り、実家は好きではないので」
子供の頃から、独立精神旺盛で、家出ばかり繰り返していた。それを、剣の師として物心ついたころから付き合いのある藤堂さんは知っている。
父はトウキョウから戻っては来ず。
義理の母も、トウキョウと本領を行ったりきたり。
本領ではやりたい放題なのをいいことに、好きになる理由のない実家を飛び出していた。
「事情はわかっている。だから好きになれとは言わない。だが…」
咎める理由が別だと匂わせられて、僕が身を固くした。
「菖蒲の離れ…あの皇女はやめなさい」
「藤堂さんも、そう言うんですね」
言われた案の定に、寂しくなる。
「君はあの皇女の危険さを理解していない。7年前、日本は彼女のせいで」
「彼女のせいじゃない!ブリタニア皇帝が命じたから、彼女は戦争をしたんだ!」
「そうだとして、命令を実行する力がある。それがどれほど危ういことかわかっているのか?10歳の子供に、この国は敗れかけたんだぞ?」
公表できるわけがない。
一国の軍隊の司令部が、わずか10歳の子供のたてた作戦で、為す術なく敗北を喫しようとしていたのだ。
「スザク君。冷静になるんだ。彼女が、自ら作戦を放棄しなければ、この国は今頃ブリタニアの植民エリアになっていた。我々は、あの皇女に手も足もでなかった。賢すぎるのだ。もし、彼女が君を篭絡して」
「彼女はそんなこと考えちゃいませんよ」
戦争の暗い影をちらつかせる大人たちには、飽き飽きしていた。
「分相応…彼女は初対面のとき、そう言っていました。問われた責任をとることができないから、と。今の扱いに、何の疑問も不満もないようです」
表情を動かさない藤堂さんに、僕はまっすぐに言葉をぶつける。
「僕だって戦争をしてきたブリタニアが憎くないわけじゃない。でも、ヴィクトリアは今、罪の重さに苦しんでる。自分が決断したわけでもない戦争で、しでかしたことの大きさに怯えている。僕には、そんな彼女が、打算で僕に接しているとは思えない」
あの拒絶は、演技じゃない。
あの怯えは、彼女の偽らざる感情。
打算や欲があるというなら、彼女はもっと好意的に、接してきたはずだ。
「藤堂さん。僕は彼女と…」
「藤堂さん!!」
廊下を渡りながら、千葉さんが叫んでいる声が聞こえた。
藤堂さんが立ち上がり、締め切っていた戸を開けると、千葉さんがたいへんです、と息切れした状態で告げた。
「どうした?千葉」
「所属不明の部隊が、本領東側に現れて…本領内に侵入されました」
「なに!?」
そのとき、丁度、東側の方角から、ドンという大きな音と空に煙が上がるのが見えた。
「あの方角は菖蒲の…」
「あの離れや本邸はまずい。千葉、なんでもいい。すぐにナイトメアを出す準備を」
「それが、伏兵が紛れていたようで、殆どのナイトメアが出撃不能で…」
「千葉さん、ランスロットは!?」
「ランスロットは、動くようですが、スザク君以外乗せられないと言われて」
あのプリン伯爵め。
こんなときにまで律儀にデヴァイサーが云々と言ったのだろう。
心の中で悪態をつく頃には、自然身体が動いて道場から飛び出していた。
彼女の無事を、神に祈りながら。
終わるんだろうか…夏までにR1軸。。。
終わるんだろうか、スザクと愚弟の誕生日までに、、、、
相変わらず。。。誕生日は変わらないので、愚弟と同じ日なわけですが、相変わらず腹立たしいほど萌えのない愚弟で困ります(何が)。
スザクの誕生日は祝う気満々なので、リアルな家庭は忘れて、お祝いのために頑張ります。
最終更新:2009年05月24日 00:27