雑談板 > コメントログ_2002

■ 18 名前: なゆた :2001/07/09 00:37:54

ヒーローウォーズに関して

とりあえず日本語版ででるということなので、無視できなくなったのでいろいろ読んできました。

まあ、結論は先にあって、那由他のマスターで採用することはないでしょう。

すでに私のキャンペーンはシステムがルーンクエストでなくても、そう影響はなくなっているけれど。
RQ3版での英雄の描き出し方がすでに私の中では確立しているので、ヒーロークエストにも困らないし。

んー、ああいうルールって必要なのかねぇ。
RQ3版だって、煎じ詰めていけば「ルーンをクエスト」するところに辿り着くと思うんだけど。
もちろん、辿り着く道のりは遠いわけですが(笑)。

なんにしろ、グローランサの情報が増えていくのはよいことです^-^。
もちろんそうした資料としては使えるものでしょうから。

ps.唯一の悩みはRQ第三版のルールブックが絶版だということだねT_T。
 数百万かけて自費出版してもいいぐらいに思ってるけど、著作権の壁は厚いね(笑)。

■ 19 名前: なゆた :2001/07/13 07:25:34

ふとさみしくなる

Web上にコンテンツを公開した関係上、有益なリンク先と記事をピックアップするためにネット上を放浪中。

しかし「RQ3版って、ほんと未来がない」と、とても寂しくなる。
日本のTRPG人口も下向きだと思うんだけど、RQ3版のプレイ人口はすでに1000人もいないに違いない。
うちには10人いるのになぁ(笑)。
ただでさえ少ないRQ人口のそれも主要な人たちがHWに流れるわけだから・・・ひゅ~T_T。

RQ歴の長い人は2版から3版への移行時に一定経験済みみたいですけど(笑)。
今回はそれより大きいシフトだねぇ。

まあ、自分たちで一から作ったオリジナルルールでテーブルトークやっているサークルもあることを考えれば、「RQ3版がなゆたのオリジナルルール」ぐらいのつもりでいればいいんだろうけどねぇ。


ヒーローウォーズつくった人たちにひとこと。
「ヒーロークエストが前提になったセッションって、楽しいか?」


ps.楽しくてつくってるんだろうな。楽しさはひとそれぞれなのでよし(爆)。なゆたは日常に根ざした非日常が好きなのでRQ3版でよし(寂)。

■ 20 名前: なゆた :2006/02/06 00:03:52

RuneWars
まりおんさんのところで、何やら進んでる模様。
http://d.hatena.ne.jp/mallion/20060205
どういう着地点になるのか、まだよくわかりませんが、面白そうなルールではあります。

ただ、以前HQ/HWについて書いたことでもあるんですが、再演をルールに明文化してしまうと、なんとなく興がそがれる感が。
ミニスカートの法則:イイタイコトは全部表現しちゃうのではなく、適切な程度出せ。
RQ3時代のグローランサは、それが多様性や奥深さを演出していたのではと思うわけです。グレッグの発言も、日本語の範囲ではあえて抑えているのがわかりましたし(英語ダメなので、本当はどうだったのか知りません)。
自分のセッションも振り返りつつ反省して、「ルーンに偏っちゃいけない」「生活感こそ足場だ」と繰り返すのです。

■ 26 名前: azatoth :2001/09/06 01:02:18

そもそも「グローランサ」という名前は?
経験年数だけは長いがあいかわらず初心者な私ですが、まじめにルーンのクエストだけはしています。
さて、そもそも「グローランサ」という名前は何に由来しているのでしょうか?
太古の創造神の名前?現地の「大地」を示す言葉?

■ 27 名前: なゆた :2001/10/17 23:52:25

女神の名前ですが
古竜さんがビオロムズ・インの方にいろいろ書いてくれていますな。
まあ、由来というほどのことはなく、女神の名前ですが。
しかしほんとに全グローランサ中で、グローランサのことをグローランサと呼ぶのかというと、謎です(笑)。
そもそも、神界はグローランサなのか。英雄界はどうなのか、といい始めると終わらないので。
少なくとも「グローランサは混沌の海に浮いた泡のような」という記述があるので、混沌の海はグローランサの一部ではないらしいです(笑)


■ 30 名前: 古竜 :2002/06/23 00:10:40

ナイサロールとその光の帝国それぞれの強さ

RQのセッションでも聞いて見たりしましたが、
ナイサロールの神性の強さ?

その光の帝国の強さは何故故でしょう?

何かピンと来ないので質問として書いておきます。
「何でも有り」だし、第2評議会丸毎?に近いから、
だけで良いのでしょうか?

宜しくお願いします、よしなに。ではでは

■ 38 名前: Efendi :2002/08/31 00:01:55

21 村の規模

前回、ステッドの規模がどんなものか、ということが話題にのぼりましたが、信頼できる資料を得たので紹介します。

(ヴァイキング以前、紀元6世紀頃の)東スラヴ人の居住地は、遺跡からすると4~20戸の丸太小屋からできた小さな村が2~3キロメートルごとに点在するというものであったらしい。そしてそのような村が集まって氏族社会ができていたと想像される。当初は農業中心で副次的に牧畜、養蜂、狩猟、漁労を営んでおり、交易は発達していなかった。それが8世紀になってイスラム教徒のハザール商人がこの地へ入ってくるに従い、事態は一変した。ハザール人から布、金属、装飾品などを買い、彼らに蜂蜜、蜜蝋、毛皮、奴隷などを売る交易が盛んになった。こうして東スラブ人社会にも商品経済が入り込み、より明瞭な政治組織が形成されてくる。

ポイントは、1戸5人として、村の規模は20~100人。それと、交易と氏族社会というものは相容れないのか、そんな記述ですね。

■ 39 名前: Efendi :2002/09/01 14:23:08

中途半端な休憩
現代の治安機構に属する方のご意見によれば、ちょっと一休み、というときには、四肢の鎧はそのままにして、胴体の鎧を脱ぐ

のだそうです。その方が横になれるから。
私は袖を捲り上げる調子で四肢の鎧の方を脱ぐと思っていたので、この実体験に基づく考証に感銘を受けました。