Top > キャンペーン > 風道2 > 20020831 > エミーネ2【 ← キャンペーン/風道2/20020202 / キャンペーン/風道2/20020000 → 】 タグ:
「いやーっ!」
と、私が叫ぶと、私の鼻の上に止まったバッタは、ぶーん、とどこかへ飛んでいきました。私の叫び声を聞いたヤルトバーンとアルヨンは、びくっと肩を震わせ、腰を浮かせました。
「えへっ、ごめん。」
「驚かせるなよ。」
「ところで上官殿、この先、どないしはるのん?」
「どない、と言ってもな…。」
「パヴィスにいったん戻りましょうよ。ピリューたちに荷物を預けたままで、食料も水もないんだし。」
「な、何やてぇ? なぁおい、兄さん、何をぼけぼけしとんねん。」
「ぼけぼけって、お前なぁ。俺たちがあんな…。」
「ん、そうやった。みなまで言わんといて。無いもんはしゃあないな。とっておきを出しますか!」
そう言うと、私は鞄から練り飴を取り出しました。
「なんだ、この白い棒は。」
「砂糖の塊やよ。」
「砂糖?」
「…はぁ。砂糖いぅんはな、南の国で採れる甘味の結晶や。」
私はナイフを取り出して、指先ほどの切片を4つ切り取って、1つずつみんなに渡しました。
「なんだよ、これだけかよ。」
「ヤルトバーン、砂糖が幾らするか知ってる?」
「知らん。幾らだ?」
「ノチェットでの卸価格で、1kg あたり銀貨60枚や。パヴィスやったら倍はするやろ。それにマージン 25% 加えたら、銀貨150枚、というところやな。あんたはんに手渡したくらいやったら、銅貨15枚やね。」
「こ、こんなのがギンピー亭(11)の定食3食分だというのか?」
「ま、舐めてみぃ。その価値はあるで。」
ヤルトバーンは恐る恐る舌先を出して、飴に付けました。すると、彼の目じりは見るからにどんどん下がっていきました。
「どない?」
「俺の不見識を謝る。世の中にかくも素晴らしい食べ物があるとはな…。」
「フィリシアにも舐めさせたってよ。」
「舐めさせるって?」
「口移ししかないやろ。」
「そ、そんな卑劣な真似ができるか。」
「あ~あ、せっかくのチャンスやのに、しゃあないな。」
私は人差し指と中指に飴の切れ端を挟むと、それをフィリシアの口に突っ込みました。フィリシアは私の指を、赤ん坊が母乳を吸うように、熱心に吸っています。
「あぁ、フィリシアもやっぱりお腹空いとったんやね。」
アルヨンはヤルトバーンの腕を肘で小突くと、彼になにやら小声で呟きました。
「ねぇ、ヤルトバーン、これって…。」
「あぁ、なんだかすごいな…。」
「ああ。」
「パヴィス、どっちか分からはるの?」
「大体な。元々、お前とオズヴァルドは南西へ向かってきたんだろ? そして俺たちと出会った。ということは、パヴィスは北東にある、ということだ。」
「はい、北東へ向かうの反対。こんな何もないところじゃ、まっすぐ歩いてるつもりでも、どんどん曲がってくよ、きっと。ましてパヴィスに着くまでにはまだ3日くらいかかると思う。北東を目指して、東寄りに向かえばよし。北寄りに向かったら、パヴィス街道にはぶつかるだろうけど、水を得るのに時間がかかるかもしれないね。でも、東を目指すんだったら、北東へ向かえば申し分なし。南東に向かっても、とりあえずゆりかご河の水を飲むことができる、と思うんだ。」
「うん、一理あるな。よし、東へ向かおう。」
「ちょっと待って。僕らがここを離れると、ピリューたちがここに着いたとき困ることになる。何か目印を残しておくべきじゃないかな?」
「目印、といっても余分な布ひとつないぞ。」
「石を積んでおけばいいんじゃない? そんな何週間も必要なわけじゃないんだし。」
ということで、私たちは手ごろな石を集めて、膝ほどの高さに積み上げました。
「アルヨンはん、目端が利くんやねぇ。」
「ん? あぁ、前に僕がやってた仕事じゃ、こういうオリエンテーリングは基礎の基礎だったからね。」
「どんな仕事してはったん?」
「え? …えぇと。そうだ、“狩り”だよ、“狩り”。」
「そうでっか。あ、ほなら、獣が出てきたら捕らえてんか? あてらの食事のために。」
「ゔ…。そうだ、ほら、いまは弓が無いからちょっと無理っぽいよね。」
「そうでっか。残念。」
出発、という段になって、ヤルトバーンはずっと座り込んでいるフィリシアの脇に手を差し込み、ぐいと持ち上げました。すると、フィリシアは緩慢に立ち上がりました。そして、ヤルトバーンが手を引くと、彼女は歩き出しました。
「よかった、フィリシア。ある程度動けるんやね。…せや、あてもやってみよう。はい、右手を頭の上に。左手をぶーらぶら、でバブーン(12)! って動かへん。」
「遊ぶな。」
かくして私たちはゆりかご河へ、願わくはパヴィスへと歩を進めるわけですが、フィリシアがこのような有様のため、行軍は非常にゆっくりしたものです。おかげで、ほとんど疲れを感じずには済んだのですが。
太陽が南天を経巡ってしばらくして、ヤルトバーンは私たちの進む左手前方に土煙が立っているのを見つけました。ヤルトバーンは辺りをきょろきょろと見渡して、隠れるところを探しているようです。一方、土煙への注意を喚起された私は、その方向を見極めようとしていました。
「どうやら、逸れて行ってくれるみたいやよ。」
「何よりだ。だが、向こうがこちらを見つけることもありうる。とりあえず、あの潅木の陰に身を潜めよう。」
潅木の陰に隠れたヤルトバーンとアルヨンは、地に耳をつけ、枝葉の影から覗き見、連中の動向を見極めようとしています。私はフィリシアを抱え、片手で彼女の口を押さえていました。ヤルトバーンとアルヨンはやり過ごしたと判断したようで、立ち上がって膝の埃をはたきます。
「まずいことになったな。」
「何が? やり過ごしたやんか。」
「お気楽だな。いいか? もし連中がルナーの巡視隊なら、いや、こんなパヴィスの周辺だから間違いなくそうなんだが、まず第一に、連中は馬上にあって俺たちより視野が広い。第二に、連中もプロだからその捜索能力は侮れない。第三に、連中はパヴィスを起点に動いているから、近づけば近づくほど遭遇する確率が高いうえに、俺たちには迂回する余裕がない。そして最後に…、」
「最後に?」
「俺たちは今回の旅で、かなりルナー巡視隊からの印象を悪くしてる。」
「あははは。あの、猫にびびって逃げ出した連中に出会ったら、殺されるかもしれないね、口封じのために。」
「いや、連中もそこまでしないとは思うが…(13)。とにかく、これからはさらに周囲を警戒して進もう。幸い、歩調もゆっくりなんだし。」
そうして、ヤルトバーンは異様なほど周囲を警戒しながら歩き、半刻ほどして、左手方向の一点を指差しました。
「ほらな。」
「何を勝ち誇っとんねん。」
私にはまだ土煙すら見えませんが、苔の執念、ヤルトバーンにはそれが奇しくも“猫にびびって逃げ出したルナー巡視隊”であることまで見抜きました。
「奇しくも、というほどのことじゃない。連中だってパヴィスを目指してるんだ。出会う確率は高いさ。」
「でも、そうなると鉢合わせるのは必然。時間をずらすしかないんじゃないかな?」
「仕方ない。夜まで身を隠そう。」
そのルナー巡視隊はまだまだずっと先にいたので、私たちには理想的な隠れ場所を見つける余裕がありました。これなら脚も伸ばせて、夜まで待ったとしても、かえって体力を回復させることもできそうです。
日没までは2刻ほどありました。ともすれば嫌な記憶が蘇ってくるので、私たちは他愛もない無駄話に興じていましたが、互いに違うところで相づちを打ったりと、みんなが相手に聞かせるために話しているのではなく、自分が話すために話しているのは明らかでした。
次第に、東の方からゼンザ(14)の衣が天蓋を覆うにつれて、私は心臓に締め付けられるような痛みを感じていきました。私は無意識にアルヨンの手を握っていたようです。それに気付いたのは、彼が彼の右手を握る私の手のさらに上に左手を重ねたときでした。
「あ…、ごめんなさい。」
「いや。僕も助かるよ、隣に君がいてくれて。夜が、怖い?」
「うん、怖いわ。あの、もしよかったら、手をぎゅっとしててくれへん?」
「了解。」
「それと、肩も貸して。」
「了解。」
私はアルヨンの肩にもたれかかって目を閉じました。アルヨンは右手で私の肩を抱き、左手を私が組んだ手の上に置いてくれました。私は緊張が解けて、はらはらと涙をこぼしました。
「日が暮れるな。アルヨン、見張りの順番だが…。」
「これこれ。」
「ふぅ…、こういうときは女の身分がうらやましいな。」
「確かに。ヤルトバーン、君が僕にもたれかかってきたら、僕は間違いなく肘で君のわき腹を打つね。」
「お互い様だ。仕方ない、半刻だけ俺が見張っとく。そうしたら次は、お前が夜半まで見張れ。朝起きたとき、隣にお前がいなかったら、また事だからな。」
「へぇ~、粋なところもあるんだね。」
「当然だ。オーランスのごとくあれかし、さ。」
しばらくすると、私は自分に支えがないことに気付きました。そのまま地面に横になりますが、地面も私を支えてくれません。ずぶりずぶりと、腰から泥沼と化した地面に沈んでいきます。もがけばもがくほど深みにはまっていき、とうとう口から泥が入ってきました。次の瞬間、私は
「んぁー!」
と叫んで、振り回した腕は現実の地面に激しく打ち付けられました。私は痛む腕を口にやり、口中に溜まった胃液を押さえて岩陰へ走りました。
「大丈夫かい?」
「うわ…、アルヨンはん。」
すでに、見張りはアルヨンに替わっていたようです。私は恥ずかしさのためばかりでなく、頭がくらくらして、へたり込みました。私は痙攣しているようでした。アルヨンは私の下に駆け寄ると、身を屈めて私に手を差し伸べましたが、私は手先も足先も動かすことがず、ただ歯を食いしばって彼を見上げるだけです。彼はとうとう私の手を取りました。が、次の瞬間、彼は何かに驚いて手を離し、私は尻餅をつきました。
「ひひ、ひどい。」
「ごめん。その、君の手があまりにも冷たかったから、驚いちゃったよ。」
「だだ、だっこ。」
アルヨンは私を抱っこして、私が胃液を吐いた場所から離してくれました。
「大丈夫かい? 僕に何かできることはある?」
「ささ、寒い。」
と応えて、私は彼の両腕を肩にかけ、彼をカーディガンのように引っかぶりました。アルヨンは小石を拾ってヤルトバーンに投げつけました。
「ヤルトバーン、こういうわけだからちょっと早いけど見張りを替わってくれない?」
「んがー!」
「ほらほら、オーランスのごとく、だろ?」
結局、私は朝まで寝入ることができず、蟲(15)がギチギチ鳴く音を聞きながら、赤い月とそれに照らされた赤く染まる岩叢山脈 [Rockwood Mts.] を眺めていました。赤い月が、太陽と違って中空の一点で留まったままでいるのを発見する頃、アルヨンは私の解いた髪に鼻をうずめて、寝息を立てていました。私は結局、岩叢山脈が東の方から黄色く染まり始めて、初めて安堵して眠ることができたようです。
甘い朝食
座ったままの私の前に、一匹の黒いバッタが飛び込んできました。バッタは私を見つめるや、煙のようになって拡散し、私を包み込みます。「いやーっ!」
と、私が叫ぶと、私の鼻の上に止まったバッタは、ぶーん、とどこかへ飛んでいきました。私の叫び声を聞いたヤルトバーンとアルヨンは、びくっと肩を震わせ、腰を浮かせました。
「えへっ、ごめん。」
「驚かせるなよ。」
「ところで上官殿、この先、どないしはるのん?」
「どない、と言ってもな…。」
「パヴィスにいったん戻りましょうよ。ピリューたちに荷物を預けたままで、食料も水もないんだし。」
「な、何やてぇ? なぁおい、兄さん、何をぼけぼけしとんねん。」
「ぼけぼけって、お前なぁ。俺たちがあんな…。」
「ん、そうやった。みなまで言わんといて。無いもんはしゃあないな。とっておきを出しますか!」
そう言うと、私は鞄から練り飴を取り出しました。
「なんだ、この白い棒は。」
「砂糖の塊やよ。」
「砂糖?」
「…はぁ。砂糖いぅんはな、南の国で採れる甘味の結晶や。」
私はナイフを取り出して、指先ほどの切片を4つ切り取って、1つずつみんなに渡しました。
「なんだよ、これだけかよ。」
「ヤルトバーン、砂糖が幾らするか知ってる?」
「知らん。幾らだ?」
「ノチェットでの卸価格で、1kg あたり銀貨60枚や。パヴィスやったら倍はするやろ。それにマージン 25% 加えたら、銀貨150枚、というところやな。あんたはんに手渡したくらいやったら、銅貨15枚やね。」
「こ、こんなのがギンピー亭(11)の定食3食分だというのか?」
「ま、舐めてみぃ。その価値はあるで。」
ヤルトバーンは恐る恐る舌先を出して、飴に付けました。すると、彼の目じりは見るからにどんどん下がっていきました。
「どない?」
「俺の不見識を謝る。世の中にかくも素晴らしい食べ物があるとはな…。」
「フィリシアにも舐めさせたってよ。」
「舐めさせるって?」
「口移ししかないやろ。」
「そ、そんな卑劣な真似ができるか。」
「あ~あ、せっかくのチャンスやのに、しゃあないな。」
私は人差し指と中指に飴の切れ端を挟むと、それをフィリシアの口に突っ込みました。フィリシアは私の指を、赤ん坊が母乳を吸うように、熱心に吸っています。
「あぁ、フィリシアもやっぱりお腹空いとったんやね。」
アルヨンはヤルトバーンの腕を肘で小突くと、彼になにやら小声で呟きました。
「ねぇ、ヤルトバーン、これって…。」
「あぁ、なんだかすごいな…。」
二度目の夜
「さてと、パヴィスへ向かうんでっしゃろ?」「ああ。」
「パヴィス、どっちか分からはるの?」
「大体な。元々、お前とオズヴァルドは南西へ向かってきたんだろ? そして俺たちと出会った。ということは、パヴィスは北東にある、ということだ。」
「はい、北東へ向かうの反対。こんな何もないところじゃ、まっすぐ歩いてるつもりでも、どんどん曲がってくよ、きっと。ましてパヴィスに着くまでにはまだ3日くらいかかると思う。北東を目指して、東寄りに向かえばよし。北寄りに向かったら、パヴィス街道にはぶつかるだろうけど、水を得るのに時間がかかるかもしれないね。でも、東を目指すんだったら、北東へ向かえば申し分なし。南東に向かっても、とりあえずゆりかご河の水を飲むことができる、と思うんだ。」
「うん、一理あるな。よし、東へ向かおう。」
「ちょっと待って。僕らがここを離れると、ピリューたちがここに着いたとき困ることになる。何か目印を残しておくべきじゃないかな?」
「目印、といっても余分な布ひとつないぞ。」
「石を積んでおけばいいんじゃない? そんな何週間も必要なわけじゃないんだし。」
ということで、私たちは手ごろな石を集めて、膝ほどの高さに積み上げました。
「アルヨンはん、目端が利くんやねぇ。」
「ん? あぁ、前に僕がやってた仕事じゃ、こういうオリエンテーリングは基礎の基礎だったからね。」
「どんな仕事してはったん?」
「え? …えぇと。そうだ、“狩り”だよ、“狩り”。」
「そうでっか。あ、ほなら、獣が出てきたら捕らえてんか? あてらの食事のために。」
「ゔ…。そうだ、ほら、いまは弓が無いからちょっと無理っぽいよね。」
「そうでっか。残念。」
出発、という段になって、ヤルトバーンはずっと座り込んでいるフィリシアの脇に手を差し込み、ぐいと持ち上げました。すると、フィリシアは緩慢に立ち上がりました。そして、ヤルトバーンが手を引くと、彼女は歩き出しました。
「よかった、フィリシア。ある程度動けるんやね。…せや、あてもやってみよう。はい、右手を頭の上に。左手をぶーらぶら、でバブーン(12)! って動かへん。」
「遊ぶな。」
かくして私たちはゆりかご河へ、願わくはパヴィスへと歩を進めるわけですが、フィリシアがこのような有様のため、行軍は非常にゆっくりしたものです。おかげで、ほとんど疲れを感じずには済んだのですが。
太陽が南天を経巡ってしばらくして、ヤルトバーンは私たちの進む左手前方に土煙が立っているのを見つけました。ヤルトバーンは辺りをきょろきょろと見渡して、隠れるところを探しているようです。一方、土煙への注意を喚起された私は、その方向を見極めようとしていました。
「どうやら、逸れて行ってくれるみたいやよ。」
「何よりだ。だが、向こうがこちらを見つけることもありうる。とりあえず、あの潅木の陰に身を潜めよう。」
潅木の陰に隠れたヤルトバーンとアルヨンは、地に耳をつけ、枝葉の影から覗き見、連中の動向を見極めようとしています。私はフィリシアを抱え、片手で彼女の口を押さえていました。ヤルトバーンとアルヨンはやり過ごしたと判断したようで、立ち上がって膝の埃をはたきます。
「まずいことになったな。」
「何が? やり過ごしたやんか。」
「お気楽だな。いいか? もし連中がルナーの巡視隊なら、いや、こんなパヴィスの周辺だから間違いなくそうなんだが、まず第一に、連中は馬上にあって俺たちより視野が広い。第二に、連中もプロだからその捜索能力は侮れない。第三に、連中はパヴィスを起点に動いているから、近づけば近づくほど遭遇する確率が高いうえに、俺たちには迂回する余裕がない。そして最後に…、」
「最後に?」
「俺たちは今回の旅で、かなりルナー巡視隊からの印象を悪くしてる。」
「あははは。あの、猫にびびって逃げ出した連中に出会ったら、殺されるかもしれないね、口封じのために。」
「いや、連中もそこまでしないとは思うが…(13)。とにかく、これからはさらに周囲を警戒して進もう。幸い、歩調もゆっくりなんだし。」
そうして、ヤルトバーンは異様なほど周囲を警戒しながら歩き、半刻ほどして、左手方向の一点を指差しました。
「ほらな。」
「何を勝ち誇っとんねん。」
私にはまだ土煙すら見えませんが、苔の執念、ヤルトバーンにはそれが奇しくも“猫にびびって逃げ出したルナー巡視隊”であることまで見抜きました。
「奇しくも、というほどのことじゃない。連中だってパヴィスを目指してるんだ。出会う確率は高いさ。」
「でも、そうなると鉢合わせるのは必然。時間をずらすしかないんじゃないかな?」
「仕方ない。夜まで身を隠そう。」
そのルナー巡視隊はまだまだずっと先にいたので、私たちには理想的な隠れ場所を見つける余裕がありました。これなら脚も伸ばせて、夜まで待ったとしても、かえって体力を回復させることもできそうです。
日没までは2刻ほどありました。ともすれば嫌な記憶が蘇ってくるので、私たちは他愛もない無駄話に興じていましたが、互いに違うところで相づちを打ったりと、みんなが相手に聞かせるために話しているのではなく、自分が話すために話しているのは明らかでした。
次第に、東の方からゼンザ(14)の衣が天蓋を覆うにつれて、私は心臓に締め付けられるような痛みを感じていきました。私は無意識にアルヨンの手を握っていたようです。それに気付いたのは、彼が彼の右手を握る私の手のさらに上に左手を重ねたときでした。
「あ…、ごめんなさい。」
「いや。僕も助かるよ、隣に君がいてくれて。夜が、怖い?」
「うん、怖いわ。あの、もしよかったら、手をぎゅっとしててくれへん?」
「了解。」
「それと、肩も貸して。」
「了解。」
私はアルヨンの肩にもたれかかって目を閉じました。アルヨンは右手で私の肩を抱き、左手を私が組んだ手の上に置いてくれました。私は緊張が解けて、はらはらと涙をこぼしました。
「日が暮れるな。アルヨン、見張りの順番だが…。」
「これこれ。」
「ふぅ…、こういうときは女の身分がうらやましいな。」
「確かに。ヤルトバーン、君が僕にもたれかかってきたら、僕は間違いなく肘で君のわき腹を打つね。」
「お互い様だ。仕方ない、半刻だけ俺が見張っとく。そうしたら次は、お前が夜半まで見張れ。朝起きたとき、隣にお前がいなかったら、また事だからな。」
「へぇ~、粋なところもあるんだね。」
「当然だ。オーランスのごとくあれかし、さ。」
しばらくすると、私は自分に支えがないことに気付きました。そのまま地面に横になりますが、地面も私を支えてくれません。ずぶりずぶりと、腰から泥沼と化した地面に沈んでいきます。もがけばもがくほど深みにはまっていき、とうとう口から泥が入ってきました。次の瞬間、私は
「んぁー!」
と叫んで、振り回した腕は現実の地面に激しく打ち付けられました。私は痛む腕を口にやり、口中に溜まった胃液を押さえて岩陰へ走りました。
「大丈夫かい?」
「うわ…、アルヨンはん。」
すでに、見張りはアルヨンに替わっていたようです。私は恥ずかしさのためばかりでなく、頭がくらくらして、へたり込みました。私は痙攣しているようでした。アルヨンは私の下に駆け寄ると、身を屈めて私に手を差し伸べましたが、私は手先も足先も動かすことがず、ただ歯を食いしばって彼を見上げるだけです。彼はとうとう私の手を取りました。が、次の瞬間、彼は何かに驚いて手を離し、私は尻餅をつきました。
「ひひ、ひどい。」
「ごめん。その、君の手があまりにも冷たかったから、驚いちゃったよ。」
「だだ、だっこ。」
アルヨンは私を抱っこして、私が胃液を吐いた場所から離してくれました。
「大丈夫かい? 僕に何かできることはある?」
「ささ、寒い。」
と応えて、私は彼の両腕を肩にかけ、彼をカーディガンのように引っかぶりました。アルヨンは小石を拾ってヤルトバーンに投げつけました。
「ヤルトバーン、こういうわけだからちょっと早いけど見張りを替わってくれない?」
「んがー!」
「ほらほら、オーランスのごとく、だろ?」
結局、私は朝まで寝入ることができず、蟲(15)がギチギチ鳴く音を聞きながら、赤い月とそれに照らされた赤く染まる岩叢山脈 [Rockwood Mts.] を眺めていました。赤い月が、太陽と違って中空の一点で留まったままでいるのを発見する頃、アルヨンは私の解いた髪に鼻をうずめて、寝息を立てていました。私は結局、岩叢山脈が東の方から黄色く染まり始めて、初めて安堵して眠ることができたようです。