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一団が北上してまもなくすると、ちらほらと収穫を終えた田畑が見え始めました。そして、昼前には大廃都の城壁が望見されました。一団は大廃都の城壁を右手に眺めながらさらに歩を進め、そして、1つ目の農民区に通じる城門は通り過ぎ、2つ目のルナー軍司令部に面する城門に達しました。城門にはいつものように市内に入るために検問を受ける旅行者たちの列が連なっていましたが、私たちはすんなりと市内に入ることができました。ですが、そう喜んでもいられません。私たちは城門をくぐってすぐの司令部で、ルナー兵に尋問を受けることになるのですから。
城門をくぐって司令部の前の広場で一団は馬を止め、荷物を下ろしました。隊長が私たちに言います。
「さてと、パヴィスまでは連れて来てやったが、お前らにはもう少し我々に付き合ってもらうぞ。」
「あぁ、分かっている。」
「それと、だ。お前らのうち、2人の不気味な女、そう、お前とお前だ、こいつらはそのまま施療院へ連れて行ってやってもいいぞ。」
「ということだそうだが、どうする? エミーネ。」
「アーナールダ様の下へ駆け込めるなら、否も応もないわ。」
「お…! なるほどな、無知とは恐ろしい。俺は連中が施療院と言ったらティーロ・ノーリ(1)寺院に決まってると思ったが、そうか、お前はアーナールダの信徒だったな。よし、おい、隊長! お願いする、この2人をアーナールダ寺院へ連れて行ってくれ。」
「アーナールダ寺院だと? どういうことだ?」
「見ての通り、こちらのエミーネは“癒し手”アーナールダの信徒だ。彼女がルナーの癒し手に掛かることは彼女の信仰にもとることになる。」
「ふん、相変わらず回りくどい。だが、分かった。事情聴取は寺院を通じてやってもらうぞ。おい、ハーフューズ! 足労だが、この女たちをアーナールダ寺院へ連れて行け!」
ハーフューズと呼ばれた男は、かしこまった、と応じるや、馬上にフィリシアを乗せ、自分は徒歩で手綱を取って、広場を離れました。私も後から着いていきます。ちらりと振り返ると、アルヨンはもうルナーの隊長と何がしかを話していて、私たちの方を見てはいませんでした。胸に軽い痛みを覚えて、視線を元に戻すもこらえきれず、再び振り返って叫びました。
「アルヨン! またね!」
アルヨンは私のほうに振り返り、微笑んで手を振ってくれました。私はその映像を胸に大事にしまいこみ、ちょっと先行したフィリシアを乗せた馬に小走りに追いつきました。私たちは下町を抜けて、市民広場に入ります。広場ではいつものように行商人たちが市場管理官に鼻薬を嗅がせて違法に商品を広げ、足の踏み場がありません。喧騒、魚の焦げる匂い、荘重なイサリーズ(2)寺院、そのどれもが何と懐かしく感じられることでしょう。そして、イサリーズ寺院の裏に回るとそこには、重厚なアーナールダ寺院が鎮座していました。
すでに窓から見ていたのでしょう。寺院事務所の扉は内側から開き、スィベル侍祭は駆け寄って私を抱きしめました。
「お帰り! エミーネ。」
「ただいま、スィベル姉さま(3)。」
私が安堵感に浸っているのもつかの間、ルナー兵は居丈高にスィベル侍祭に申し付けます。
「おい! この容疑者2名は現在、当局の取調べを受けねばならぬ身の上だが、罹患しておるゆえ、その治療を汝らアーナールダ寺院へ委託する。治療の経過報告を2日ごとに当局へ届けで、完治の後は両名を当局に出頭させるように。」
「かしこまりました。ご苦労様でございます。」
「では、頼むぞ。」
そう言うと、ルナー兵は馬を曳いて去っていきました。
「どういうこと? 容疑って。それと、病気って。」
「う~ん、とりあえず、中に入ってお茶でも飲ませてくれへん?」
「ちょうど、フルンストゥラチ(4)をつくっていたところよ。間に合ってよかったわね。」
私はフィリシアをスィベル侍祭に預けると、アーナールダ様の御神体にお香を焚いて、生還の礼を述べました。そして、入信者共用の大部屋に入り、旅装を解いてベッドの下に仕舞い、下着を替えて、自分のゆったりとした貫頭衣をかぶって、広間に行きました。すでにみんなはテーブルにお茶を並べ始めていたので、私も手伝います。
「あの、フィリシア、私の連れの女性はどうしはりました?」
「呪文で眠ってもらっているわ。体力の消耗が激しいみたいだから。あなたも、休んだ方がいいんじゃない?」
「はい。お茶を戴いたら存分に。」
支度が終わって、お茶の時間の合図のベルがチリン、チリンと鳴らされると、大女祭様をはじめとする大奥さまたちも広間にやってきました。
「お帰りなさい、エミーネ。ずいぶん大変な旅だったみたいね。」
「はい、大女祭様。せやけど、アーナールダ様のお蔭で無事、帰ってこられました。」
「そうね。もっとも、赤い方々(5)は自分たちのお蔭だ、と主張しているけど。何があったか話してくださる?」
私は、この数日間に起こった出来事を簡潔に、また恐怖を引き起こす部分に関してはあいまいにして報告しました。
「…ということやったわけです。」
「ところで、そのアルヨンていう人、どんな人なの? ガーラス系? クロガー系?」
「姉さま…、関心の焦点がずれとる。」
「はいはい、質問はまた後にしましょう。アルヨンという御仁については、いずれエミーネ本人につれてきてもらうことにして。」
「だ、大女祭様まで。」
「ほほほ…。エミーネ、あなたは今日の晩課式(6)は休んでいいから、早く寝なさい。他の皆さんは、食器を片付けて。」
「ほなら姉さま方、すいません、お先に失礼します。」
「は~い。いい夢、見てね。ぷ、くくく…。」
私は、自分は無意識にもそんなにアルヨンのことを強調していただろうか、と訝しみながら、大部屋の自分のベッドに行き、貫頭衣を脱いで、久々にベッドの上に脚を伸ばしました。
私がじっとしていると、何者かが私の腰を裸足で蹴りつけました。
「何すんねん? 崩れ去ったら、どうする?」
「崩れ去る? 何を寝ぼけてんのよ。静かにしてくれないと眠れないじゃない。」
振り向くと、私の隣にはコレルという名の入信者が寝ていて、私の方に身体を起こし、文句を言ってるのでした。
「あ、夢? 良かったぁ。堪忍な、コレル姉さん。」
「まったく。次にうるさくしたら、枕で顔を埋めてやるんだから。」
「(はいはい。はよ寝くされ、小娘。)」
翌朝目覚めると、私の顔はいくつかの枕に埋まっていました。
帰宅
そして夜が白々と明け始め、ルナーの騎兵たちも我がメンバーたちもぽつりぽつりと起き始めました。私たちはルナー兵が差し出した昨晩のごった煮の残りを食べ、私とフィリシアはそれぞれ騎馬の1騎に相乗りします。一団が北上してまもなくすると、ちらほらと収穫を終えた田畑が見え始めました。そして、昼前には大廃都の城壁が望見されました。一団は大廃都の城壁を右手に眺めながらさらに歩を進め、そして、1つ目の農民区に通じる城門は通り過ぎ、2つ目のルナー軍司令部に面する城門に達しました。城門にはいつものように市内に入るために検問を受ける旅行者たちの列が連なっていましたが、私たちはすんなりと市内に入ることができました。ですが、そう喜んでもいられません。私たちは城門をくぐってすぐの司令部で、ルナー兵に尋問を受けることになるのですから。
城門をくぐって司令部の前の広場で一団は馬を止め、荷物を下ろしました。隊長が私たちに言います。
「さてと、パヴィスまでは連れて来てやったが、お前らにはもう少し我々に付き合ってもらうぞ。」
「あぁ、分かっている。」
「それと、だ。お前らのうち、2人の不気味な女、そう、お前とお前だ、こいつらはそのまま施療院へ連れて行ってやってもいいぞ。」
「ということだそうだが、どうする? エミーネ。」
「アーナールダ様の下へ駆け込めるなら、否も応もないわ。」
「お…! なるほどな、無知とは恐ろしい。俺は連中が施療院と言ったらティーロ・ノーリ(1)寺院に決まってると思ったが、そうか、お前はアーナールダの信徒だったな。よし、おい、隊長! お願いする、この2人をアーナールダ寺院へ連れて行ってくれ。」
「アーナールダ寺院だと? どういうことだ?」
「見ての通り、こちらのエミーネは“癒し手”アーナールダの信徒だ。彼女がルナーの癒し手に掛かることは彼女の信仰にもとることになる。」
「ふん、相変わらず回りくどい。だが、分かった。事情聴取は寺院を通じてやってもらうぞ。おい、ハーフューズ! 足労だが、この女たちをアーナールダ寺院へ連れて行け!」
ハーフューズと呼ばれた男は、かしこまった、と応じるや、馬上にフィリシアを乗せ、自分は徒歩で手綱を取って、広場を離れました。私も後から着いていきます。ちらりと振り返ると、アルヨンはもうルナーの隊長と何がしかを話していて、私たちの方を見てはいませんでした。胸に軽い痛みを覚えて、視線を元に戻すもこらえきれず、再び振り返って叫びました。
「アルヨン! またね!」
アルヨンは私のほうに振り返り、微笑んで手を振ってくれました。私はその映像を胸に大事にしまいこみ、ちょっと先行したフィリシアを乗せた馬に小走りに追いつきました。私たちは下町を抜けて、市民広場に入ります。広場ではいつものように行商人たちが市場管理官に鼻薬を嗅がせて違法に商品を広げ、足の踏み場がありません。喧騒、魚の焦げる匂い、荘重なイサリーズ(2)寺院、そのどれもが何と懐かしく感じられることでしょう。そして、イサリーズ寺院の裏に回るとそこには、重厚なアーナールダ寺院が鎮座していました。
すでに窓から見ていたのでしょう。寺院事務所の扉は内側から開き、スィベル侍祭は駆け寄って私を抱きしめました。
「お帰り! エミーネ。」
「ただいま、スィベル姉さま(3)。」
私が安堵感に浸っているのもつかの間、ルナー兵は居丈高にスィベル侍祭に申し付けます。
「おい! この容疑者2名は現在、当局の取調べを受けねばならぬ身の上だが、罹患しておるゆえ、その治療を汝らアーナールダ寺院へ委託する。治療の経過報告を2日ごとに当局へ届けで、完治の後は両名を当局に出頭させるように。」
「かしこまりました。ご苦労様でございます。」
「では、頼むぞ。」
そう言うと、ルナー兵は馬を曳いて去っていきました。
「どういうこと? 容疑って。それと、病気って。」
「う~ん、とりあえず、中に入ってお茶でも飲ませてくれへん?」
「ちょうど、フルンストゥラチ(4)をつくっていたところよ。間に合ってよかったわね。」
私はフィリシアをスィベル侍祭に預けると、アーナールダ様の御神体にお香を焚いて、生還の礼を述べました。そして、入信者共用の大部屋に入り、旅装を解いてベッドの下に仕舞い、下着を替えて、自分のゆったりとした貫頭衣をかぶって、広間に行きました。すでにみんなはテーブルにお茶を並べ始めていたので、私も手伝います。
「あの、フィリシア、私の連れの女性はどうしはりました?」
「呪文で眠ってもらっているわ。体力の消耗が激しいみたいだから。あなたも、休んだ方がいいんじゃない?」
「はい。お茶を戴いたら存分に。」
支度が終わって、お茶の時間の合図のベルがチリン、チリンと鳴らされると、大女祭様をはじめとする大奥さまたちも広間にやってきました。
「お帰りなさい、エミーネ。ずいぶん大変な旅だったみたいね。」
「はい、大女祭様。せやけど、アーナールダ様のお蔭で無事、帰ってこられました。」
「そうね。もっとも、赤い方々(5)は自分たちのお蔭だ、と主張しているけど。何があったか話してくださる?」
私は、この数日間に起こった出来事を簡潔に、また恐怖を引き起こす部分に関してはあいまいにして報告しました。
「…ということやったわけです。」
「ところで、そのアルヨンていう人、どんな人なの? ガーラス系? クロガー系?」
「姉さま…、関心の焦点がずれとる。」
「はいはい、質問はまた後にしましょう。アルヨンという御仁については、いずれエミーネ本人につれてきてもらうことにして。」
「だ、大女祭様まで。」
「ほほほ…。エミーネ、あなたは今日の晩課式(6)は休んでいいから、早く寝なさい。他の皆さんは、食器を片付けて。」
「ほなら姉さま方、すいません、お先に失礼します。」
「は~い。いい夢、見てね。ぷ、くくく…。」
私は、自分は無意識にもそんなにアルヨンのことを強調していただろうか、と訝しみながら、大部屋の自分のベッドに行き、貫頭衣を脱いで、久々にベッドの上に脚を伸ばしました。
砂の夢
その晩は、疲れから訳もなく寝入ることができました。が、眠ってからしばらくして、頬の上をさらさらと何かが撫でるのに気付き、目を覚ましました。きっと、下ろした髪が風にゆれて頬を撫でるのだろうと思い、何気に手で払うと、手で払われた頬が砂の城のように崩れ去りました。私はびっくりして跳ね起きると、私は砂の上にいて、腰と両脚の下半分は砂と混ざり合っていました。そして今も私の身体は砂のようにぽろぽろと崩れ去っていきます。うわっ、と叫ぼうとすると、唇が崩れ、口を慌てて押さえた手も、肘の方から崩れていきます。私は口を押さえたまま涙を流しましたが、その涙すら私のほほを溶かしていきます。泣いちゃダメだ、泣いちゃ。そう自分に言い聞かせ、私は息もせずじっとしていました。私がじっとしていると、何者かが私の腰を裸足で蹴りつけました。
「何すんねん? 崩れ去ったら、どうする?」
「崩れ去る? 何を寝ぼけてんのよ。静かにしてくれないと眠れないじゃない。」
振り向くと、私の隣にはコレルという名の入信者が寝ていて、私の方に身体を起こし、文句を言ってるのでした。
「あ、夢? 良かったぁ。堪忍な、コレル姉さん。」
「まったく。次にうるさくしたら、枕で顔を埋めてやるんだから。」
「(はいはい。はよ寝くされ、小娘。)」
翌朝目覚めると、私の顔はいくつかの枕に埋まっていました。