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■ 15 名前: Efendi(なゆたによる転載) :2002/09/08 11:27:50

エミーネ、砂嵐に飲み込まれるの巻

以下、Efendiさんより許可をいただいての転載。
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Liber ob Sciscitatora
本文
エミーネ・ハナルダ著、『世界各地を深く知ることを望む者の慰みの書』、ノチェット、1630年
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エミーネ、砂嵐に飲み込まれるの巻
Emine Be Swallowed Up by the Sandstorm
Prax, 41st Earth 1622 S.T.


遠い夢
 カルマニア人紳士に優しく抱かれながら、私はかつて素敵な男性に、物語の王女のように救われたときのことを思い出していました。それは15の春のことでした。


 私の実家は下エスロリアにあって、春に雪解け水で河川が増水しているときに高潮が重なると、行き場を失った水が地に溢れ、洪水となります。それは毎年のことであり、また溢れた水が大地の恵みを農場の隅々にまで行き渡らせてくれることを誰もが知っているので、人々は高潮の日を計算して前もって高台に避難し、水面に映る星々を愛でながらささやかな宴を催して、水が引くのを待ちます。
 ですが、その時の洪水が起こった日は計算で予想された日よりもずいぶん早かったのです。準備をしている者など誰もおらず、人々は持てるものだけを持って高台に駆けつけました。裕福で、舟を持っている者はそれに家財を積み込んで、自分の家まで水がやってくるのを待ちました。
 そのとき私は、休耕地の蓮華畑で牛の番をしていました。蓮華畑では牛だけでなく、近所の女の子たちも3人いて、彼女たちは王冠を作って花の女王を気取っていました。


「えぇなぁ、子供は。大人は大人で、農閑期やから昼から酒飲んで、恋人といちゃついて。中途半端なあての相手はこいつらか…、ええい、くそ!」
と八つ当たりで牛の尻を棒で思い切り引っぱたくと、当然牛は走って逃げました。

「あぁ、堪忍や。待ってんか~」
と私も後から走って追うと、素直にも牛はしばらく行ったところで立ち止まりました。

「ふぅ~、すまんかったな。こんなええ子、叩いたりして。って、なに怯えてんねん。って! 水が溢れとる!」
 水路の堤防は、増水時に決壊しないようにある高さで孔が穿っており、農場は堤より低いので、この孔の高さに水が達すると、水路を流れるよりも早く農場に水が流れることになります。そしてそのとき、私はその孔から農場へ勢いよく水が迸り出ているのを見たのでした。このとき、堤の上へよじ登ったのなら、私は多少時間を稼げたことでしょう。ですが私は蓮華畑で遊んでいた子供たちを忘れてはいませんでした。
 彼女たちの方へ駆け出すものの、その途上で水の方が追いつき、浅瀬を走っているようになりましたが、それでも走り続けました。そして、子供たちが固まって泣いているところまで達しました。泣いていないでさっさと逃げればいいのに、と思ってはいけません。すでに水は四方から迫っており、私自身、逃げ場を見つけられず、泳ぎやすいようにスカートをたくし上げて腰のところで縛り、子供たちを抱えて来るべき時を待ちました。そして、水が私の腰の辺りまで、子供たちの首の辺りまで達したとき、大波が私たちをさらっていきました。


 結局、水は私の手から子供たちをもぎ取り、私は気持ちも身体も水底に沈んでいきました。
 気がつくと、私は地面に仰向けになって、大きな星を見ていました。星? いいえ、それは人が手に持つランタンでした。それを持っていたのは、背の高い、浅黒い肌をした、左岸(1)に住む人々のような格好をした男性でした。彼は、私が意識を取り戻したことに気づくと振り向き、一つ頷いて闇の中に消えていきました。時は夕暮れ、落日の余光が彼に影を落として顔は判別できませんでしたが、おかげでその炯々とした目はとくに私の印象に残りました。
 身体のだるさが取れてきたので、水を吸って重くなった服を脱ごうと立ち上がると、私の横に蓮華畑の女の子たちも仰向けに寝ているのに私は気づきました。2人はもはや冷たくなっていましたが、1人には息がありました。これで、私は先ほどの彼が私たちを自ら引き上げてくれたことを悟りました。そして、なんら功業を誇ることなく、私の無事を確認して去っていく…。彼は私の近侍武士でした。


 翌朝、舟に乗った村人が私たちを見つけ、私たちは舟に拾われました。ですが、舟は村人が集まる高台の方へは向かいませんでした。どこへ行くのかと不審に思っているうち、舟はより上流の、水を被っていない村へ着きました。
 そこで私は聞きました。昨日、「海の狼」と称して湾岸一帯を荒らしまわる海賊が私たちの村を襲ったことを。彼らが川の女神の娘をかどわかして女神を脅迫し、洪水を無理に引き起こしたことを。そして、洪水によって住民を一箇所に集め、効率的な略奪を図ったことを。
 私が自分たちを助けてくれた男のことについて話すと、大人は、それは「残飯漁り」だろう、と言いました。海賊の中でも位の低い者、若い者は襲撃する舟が座礁しないよう、ランタンを持たされて各所に配置されるのだけれど、略奪に参加できない彼らは、せめて漂流してきた金になりそうなもの、とくに土左衛門を水から引き上げてはその衣服を剥いで、自分の収穫にするのだそうです。でも、自分も子供たちも服も脱がされなければ、何もとられてもいない、と反論すると、お前が意識を取り戻したんで怖くなって逃げたんだろう、海賊なんて狼みたいなもので、一匹なら臆病なものだ、と返されました。
 彼が王女を命を賭して救う天晴れな近侍武士でも、あるいは臆病な海賊でも、私は彼に救われたことを忘れない、そう、私は心に刻み付けました。


遊牧民の襲撃
 カルマニア人たちは、私を負った一騎を後方から半包囲する陣形で早駆けに移動を続けました。この陣形のお椀の底に当たる殿(しんがり)には、リプティール隊長がその位置を占めています。
 どちらの方向へ駆けているのか見当もつきませんが、一群はこの陶器を砕いたような荒れた大地の上を一方向へ疾走していきます。そして、私たちの背後からももう一群が確実に距離を詰めてきます。馬蹄の轟きは、ドドドドド…と間断のないものですが、彼らの轟きはド・ド・ド・ド・ド…と、一定のリズムを刻んでおり、軍楽隊の太鼓のようです。それが、テンポを違えたと思えた瞬間、無数のきらめきが私たちの上に降り注ぎました。彼らの一斉騎射です。彼らはついに弓の射程距離内にまで追いついたのでした!


 彼らの弓勢はまだまだ弱く、カルマニア人たちの鎧にはじき返されてしまいますが、それでも隊長は命令を発し、私たちの一群は狙いが付けられないようジグザグに走りました。ですが、このジグザグ走行は結果的には彼らとの距離を縮めることとなってしまい、彼らの3度目の一斉騎射はついに最後尾の隊長の左腕を射抜くこととなりましたが、それでも一群は走り続けました。そして、前方に緩やかな下り坂を見出すと隊長は別の命令を発し、一群はここで反転して敵に備えました。段差が一瞬だけ敵の矢を防いでくれるのです。
 カルマニア人たちは《防護》と思わしき呪文をそれぞれ唱え、私を負っていた人は私を潅木の陰に連れて行き、ここで下ろされて、「伏せろ」の合図をされました。
 私が伏せた身体の下から私を突き刺している小石をどかしていると、カルマニア人たちは先ほどとは異なる呪文を唱え始めました。いいえ、呪文ではなく歌のようです。重々しい荘重な旋律ですが、声調は憂いを帯びていました。私がこれまで読んできた物語では、正義のために戦う者たちはたとえ相手が千人であろうと悪に打ち勝ってきたものですが、確かにルナーと遊牧民、悪と悪の対決ではいずれが勝つのか、そのような物語は読んだことがありません。私もだんだんと不安になってきました。


 そしてついに、インパラ族(2)が坂の上に黒々とした影を落としました。彼らは槍をしごいてこちらへ突進する構えです。ですが、彼らが駆け下る瞬間、カルマニア人たちの方が先に彼らに突撃を敢行し、彼らは浮き足立ちました。カルマニア人たちはそのまま坂を駆け上がり、これを包囲するインパラ族も一緒に坂の向こうへ消えて行きました。
 残念なことに、坂に阻まれて私は彼らの戦いを見物することができません。ただただ闇の向こうから剣戟の音が聞こえてきます。しかしその音も次第に遠ざかっていきました。カルマニア人たちが包囲されないよう常に移動しながら戦っているのでしょう。
 しばらくすると次第に剣戟の音がか細くなり、辺りは静寂に包まれました。暗闇の中、一人取り残されて焦りを感じ始めていた私の耳に、別の音が届きました。それは荘重ながらも勇ましいな旋律の歌ですが、声はかすれて途切れがちです。ヒョルトランドの激戦地を看護婦として従軍した私にはそれが何であるかすぐに分かりました。「末期の歌」、死を悟った人が半ば無意識に歌う歌です。私は、それが「末期の歌」だと分かった瞬間、まだ敵がいるかもしれない懸念などすっかり忘れてがばっと立ち上がり、医療鞄を抱えて歌声の聞こえる方へ駆けていきました。


 坂の上に上がると、まずむっとした血の匂いが私を包みます。辺りは人と獣の死体でいっぱいでした。死体はいずれも遊牧民、獣はインパラと思わしく、いずれも深々と切りつけられていて、とても助けられそうにありません。刹那、懸命に歌の主を探す私の目に、金属鎧の反射光が飛び込んできました。その方向へ目を転じると、かすかに口ずさむカルマニア人が死んだインパラの下敷きになっていました。
 まずこのインパラをどかさなければならないのですが、起重機もなくこのような肉塊を持ち上げることはできず、下手に引きずれば彼を圧迫してしまいます。しばらく考えて、遊牧民の持っていたカイトシールドを彼とインパラの間に差し挟んで空間を作り、その隙間から彼を引き抜くことにしました。そして、この企ては成功しました。
 改めて彼を見ると、幸い、頭や胴体には外傷はないようでした。とりあえず、左腕に矢が刺さっているので、これを抜くことにします。引き抜くと、これまで彼が口ずさんでいた歌が止まりました(3)。が、そんなことには頓着せず、まず《治癒II+I》(4)の傷をふさぎました。
 これでとりあえず彼が消耗死することはもうないので、私はまだ他に生存者はいないかと探して周りました。が、私は遊牧民の遺体が16体あることを数えることができただけでした。こんな固い大地では、私には彼らを埋めるための穴を掘ることもできず、せめて死者を辱めるような真似はせず(5)、彼らのために短く祈りを捧げました。
 そして、彼のところへ戻ろうとすると、私は辺りが完全な闇であることに気づきました。はるかかなたに聞こえたはずの剣戟の音も、カルマニア人の歌も聞こえません! あぁ、どうしよう、と辺りをうろついていると、何かを踏みました。

「あ!」
 それはあのカルマニア人の脚でした。が、何の反応もありません。私が彼の脚を触診してみると、案の定、膝があらぬ方向へ曲がっていました。とりあえず、この脚が治らなければ、やはり彼はここで死んでしまうことになりかねません。私は彼の脚に《治癒II+I》を施しました。結局、彼の脚は治りませんでしたが、この過程で彼を昏睡から立ち直らせることはできたはずです。そこで、私は彼の目の下と鼻の下に消毒液を摺りこんで、彼の意識回復を図りました。


「Chto...?(6)」
「ああ、目覚めたんやね。よかったわ。ここは危ないから、隠れられるとこに行こ? な? ほい、肩ぁ貸してあげる。」
 彼を担いでしばらく歩くと、あつらえ向きの茂みを備えた岩場を見つけたので、そこへ彼を連れて行き、岩に彼を寄りかからせて、私も寄りかかりました。


「やれ、どっこらしょ。って、ひゃ~、冷たい。」
 寄りかかった岩は濡れてました。この水はどこから? と視線を上げていくと、岩に割れ目があって、そこに水が溜まっていました。幸運なことです。私はその水を両手で掬うと、彼の元に持っていって飲ませました。彼はうつむいたままでしたが、とりあえず Spaseebo 、とお礼の言葉らしきものをつぶやきました。怪我したときは気が滅入ることを十分承知しているので、私は気にも留めず、自分も冷たい水を飲んで一息ついて、おもむろに彼の鎧をはずし、自分の鎧も外して、本格的に彼の手当てをすることにしました(7)。一通り終えるのに、30-40分かかったでしょうか。疲れた私は彼に寄りかかってそのまま寝ました。


 本当に寝入ってまもなく、隣で寝ていた彼がごそごそと動くので、私は眠りを妨げられました。何やねん、と目をこすると、私たちの前方 60m ほど、先ほど彼が倒れていた激戦の跡地にインパラ族が何人かやって来ていました。彼らはなにやらごそごそと遺体の山を漁っていました。遺品漁りでしょうか? それとも、落ち武者狩りでしょうか? 私たちは息を潜めて彼らを見守るだけです。
 かなり長い時間がたって、ようやく彼らは立ち去りました。すると、カルマニア人は片手で、バン、と岩を叩き、嗚咽しながらうずくまりました。私はどう慰めていいか分からず、彼を背中から包んで、彼の遠い方の肩を、母が子をあやすようなテンポで叩き続けてやりました。
 彼はまた歌いだしました。


「...Ie-scho Ra-zik Ie-scho-ras...」(8)
彼の歌声は、さっきよりずっと張りがあって、私を安心させました。今度の歌は、先の軍歌のようなのと違って、穏やかで愁い帯びていたので、彼の肩を叩く私の手は歌のテンポに同調してきていたのですが、早くなりすぎるようなことがなくて助かりました。


砂嵐
 私の看病したカルマニア人が比較的元気な声で歌えるようになって安心した私でしたが、彼が、嗚咽して鼻をすすりながらなおも歌い続けるのを聞くうちに、だんだんいらいらしてきました。そして、彼の方を向いて左手で彼のあごを掴み、右手でデコピンして、彼の注意をこちらに向けさせ、彼の目を睨みつけつつ、


「こん、あほ! ええかげんに寝さらせ!」
と命令しました。すると彼は、口の端に笑みを浮かべ、目を閉じてわざとらしい鼾をたてました。本当にカルマニア人というのは小憎たらしい! 言葉は通じないし、睨みも通じない。そのくせこちらの底意は見透かしてるなんて。私は、ふん!、とそっぽを向いて、それでも寒いので、彼に寄りかかって寝ました。


 翌朝、目覚めると彼が私を包み込むようにして寝ていることに気づきました。私への善意なのか、彼の方が寂しかったのか、私には推し量れません。実に小憎たらしい。
 私は彼の腕をそっと解くと、するっと抜け出して周りを見回しました。昨日の岩は艀ほどもある大きなもので、表面にテーブルほどの凹みがあり、その凹みに何やら光るものを見つけました。何やろ? と思って引き抜いてみると、それは海に棲む風のルーンの形をした貝の殻でした(9)。エスロリア生まれでこういう貝を何度か目にしている私は、これはあの兄さんに水を飲ますのに好都合やな、くらいにしか思いませんでしたが、今から思えば、海から400kmも離れたこんなところになぜこんなものがあるのか、不思議なことです。私は貝を耳にあて、久しぶりに潮騒の音を堪能しました。


 私は件の貝に水を湛えて、彼を起こしに行きました。でも、この不埒者をただ起こすのは面白くありません。ふふん、どないしてやろか、と楽しい想像にふけっていると、彼はこちらがまだ何もしてないのに起きてしまいました。
 仕方なく、彼におはようと言って水を差し出し、彼が水を飲み始めると私は地面に棒で地図を描き始めました。


「これな、この寝てんのは兄さんや。で、こっちにほれ、川があるやろ。これから直角に西の方に延びる道がある。この接点に、ほれ、街や。パヴィス。あては、ここに行って助けを求めてくるつもりや。分かるか?」
「Khorosho.」
「ん、分かったんやな。ほなら、この貝で水を汲むんやで。あては必ず戻ってくるさかい、安心してゆっくり養生しとってや。」
 歩き出して、ふと振り向くと、彼は目を閉じて投げやりに頷くと、いってらっしゃい、というような仕草をして、ひとつため息をついていました。やれやれ信用ないんやな、と肩をすくめつつも、必ず帰ってくると心で約束して、かくて私は単身パヴィスに向けて歩き始めました。
 はるか彼方に、頂に万年雪をいただく青い山肌の山脈が連なっています。あれが東岩叢嶺山脈 [Eastern Rockwood Mts.] 。そして、その東岩叢嶺山脈を翳めるようにして禍々しい赤い月が浮かんでおり、私を中心にこれと反対側に太陽が浮かんでいます。赤い月は西北、太陽は今が朝だから南東。だから、左に赤い月を見るようにしてまっすぐ歩けば、西のサーターから東のパヴィスへ直線的に延びるパヴィス街道へ突き当たるはず。大丈夫。私は自分にそう言い聞かせて歩き続けました。
 が、2時間ほど歩くと、空が霞んできて、赤い月も太陽も見えなくなりました。なぜだか潮騒の音も聞こえます。ここはどこやねん? と不安になりかけたとき、ごおっと、一陣の風が吹き付け、これを合図に風が次第に強まっていき、やがて辺りは土煙に覆われて何も見えなくなりました。この得体の知れない自然現象に、私はどうしていいか分からず、とりあえずやり過ごそうとうつ伏せで大の字に寝転びました。すると、私の上に砂が積もり、私の下の砂が吸い出されて、私はどんどん埋まっていきました! 私はあわてて立ち上がり、隠れられるような茂みや岩陰を探しましたが見つかりません。風はなおも強くなっていき、小石がばらばらと身体に当たるようになってきました。砂は服の中、口の中、目の中にどんどん入ってきます。息もまともにできず、目も開けられず、半泣きになりながら風を背にしてうろうろと歩いていると、信じられないくらいの強風が私を吹き飛ばしました!


 もはや立っていることさえおぼつかず、風に煽られながら、転び躓き、時に飛ばされているうちに、私は風の流れの中に漂っていました。風? いいえ、これは水の奔流。だって、ごうごうと水の音がする。


「くっそ~、あのアホ牛のせいでこんな目に~。あぁ、ほんまにもうあかん。誰か助けて。誰か…」
そのとき私は、薄れ行く意識の中で、あの15のときに溺れた小川の中にいることを悟りました。


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