キャンペーン > 麦神 > シャナとの出会い

シャナとの出会い


1619/嵐の期/日  カーシー



「知ってるわよ。」


 オトワンはスクーガを探していた。
その酒場は宿屋と一緒になっている、裏通りの少し寂れた酒場だった。
客は五、六人。いかにもごろつきといった感じの男達である。
その中で1ヶ所だけ、すこし異なる雰囲気のする所があった。

カウンターに独り、女がいる。

しかし、そこが華やかになるわけでもなく、とくに目を引くというわけではなかった。
けして美しくないとはいえない。くすんだプラチナの長い髪が無造作に腰に垂れかかっている。横顔からだけでもとびぬけた美人であり、充分に周りに異性の一群れができてもおかしくないであろう。
だが、女はひとりであり、そして他の男達よりもなお怠惰な影をカウンターに落としているのであった。

オトワンは何かが気になって、ゆっくりと隣に座ると声をかけた。
「あの、すみません‥‥‥。」

「‥‥‥なに。なんか用なの。」
「いや、すみません。実は人を探しているんですが。」

「‥‥‥」
こちらを見つめた目は半眼になっているが、かすかに除く深い蒼の瞳はオトワンに女のことを思い出させた。

「あなたは‥‥‥、アップルレーンの近くの村で会った‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

女は少し目をそむけるようにすると、いままでの空虚な仮面の中に、少しすねたような様子を見せた。強そうな琥珀色の酒の入ったグラスを傾け、残っていた分を喉に流し込んだ。

(‥‥‥おもったより若い。20ぐらいかな?)

「探してるヤツって?」


 面倒くさそうな様子で話を聞いていた女は、オトワンがスクーガの斧の話をしたときに「知っている」といった。
しかし、それはスクーガをではなく、斧のことを知っているというのであった。

「‥‥‥‥‥ランドっていうヤツが持ってたの。そう‥‥‥、三年ぐらい‥‥‥前かな。」

(三年前‥‥‥。だけどその頃、あの斧はまだ発見されてないはず!?)

オトワンが沼の神殿の話をしても彼女は知らなかった。しかし、斧の形容からして<フローナンの大斧>としか思えない。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥ねえ、お酒をおごってよ。」
「あ、はい、どうぞ。」

女が棚を指さすと、マスターはまだ封のきっていないボトルをカウンターにおいて、アイスピッチャーとグラスをふたつ彼女に渡した。

「長い話になるの‥‥‥‥‥‥。上にしましょう。」


 階段を上がって行く女はもう足元がふらついている。
オトワンが部屋にはいると、質素な寝台とテーブルのほかにはほとんど何もないのが見てとれた。
女はテーブルをベッドに引き寄せると、体を投げ出すように座った。
グラスに注がれた酒が彼女の喉に流れ込んでいる。そのあいだ、オトワンは行き場なく立ち尽くしていた。

「なにしてんのよ‥‥‥。」
「あ、はい。じゃあ失礼します。」

オトワンは部屋の隅にある粗末な腰掛けを引き寄せてすわった。

いつのまにか雨の音がしている。
嵐の季の雨は冷たく、激しい。

女が窓の外に向けている瞳は、遥か昔----、まるで神代のことを思いだしているような遠い目をしていた。

 ぽつぽつと彼女がはじめた話は、とりとめのないものだった。話ながらふと思いとどまり、なにかを振り切るようにグラスをあおる。

  斧は「海の狼」の船から手にいれた物であるということ。

  ティバルトという男のこと。

ハートランドの貴族のこと。

自分は昔は芸人で、昔、庸兵のようなことをやっていたこと。

  ランドのこと。

どれもスクーガには結び付かないことばかりであったが、彼女のなげやりな態度には、苦しい「想い」があるのはわかった。ただたんなる失恋とか、悲しみとか、そういったものとは異なったもの-------。

「あの、その貴族の人が好きだったんですよね。」
「‥‥‥‥‥‥悪い?」
「いえ、でも、きっと彼にそう言えば‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」

そのとたん、彼女の瞳の中に、蒼い怒りの炎が燃え上がった。グラスを握りしめていた手を引きはがすようにして自分の胸元を握りしめる。

「言うの?、好きよって?
 -----------言ったらどうだっていうのよ!」

オトワンのグラスが手から弾けた。
澄んだ音を立てて砕けたそれは、彼女の手にひとすじの朱をひいた。

「私は‥‥‥人間じゃないもの。人間じゃない・・・。」
「私が、殺したのよ、‥‥‥‥‥‥そう、なんで‥‥‥‥‥‥」


食い縛られた歯の間から、押し出すように女は息を吐いた

「‥‥‥いやよ。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥いや!」

しばらく放心したように虚空を見つめていた彼女の目に涙はなかった。静かにまぶたを閉じ、そしてふたたび開いたときには彼女の瞳は再びもとの光のない、静かな青い湖に戻っていた。

 白い指が活動を再開し、琥珀色の酒をグラスに流し込む。
くりかえし、くりかえし、単調に。彼女の唇にグラスが触れ、喉が上下する。
もう味などわからない。酒を飲んでるのかどうかも、あまり関係はないだろう。

「あの、もうやめましょう。身体に悪いですよ。」

「‥‥‥‥‥‥じゃあ、あなたが忘れさせてくれるの?」

女の目がオトワンの目をまっすぐに捕らえた。オトワンは少し悲しそうな目をして戸惑っている。

沈黙。

女はグラスになみなみと酒を注ぐと一気に流し込んだ。そのままオトワンの体を引き寄せるようにすると、ゆっくり唇を重ねた。
舌といっしょに、大量の強い酒が流れ込んでくる。

くらくらとする芳香。

軟体動物のような舌が蠢くなかで液体を飲み干すと、オトワンは体にどっと汗をかくのを感じた。

女の躯を抱き上げてベッドに横たえる。

-----------しかし、オトワンは、そのまま立ち上がって毛布を彼女に掛けた。

「あの、また明日、うかがいます。
 身体を大事にしないと、‥‥‥‥‥‥。」

二人の目があって、そして今度は目をそらしたのは、女の方だった。
「あなたは、ティバルトに似てるわ。‥‥‥‥‥‥‥‥‥少し。」

そして悲しげに微笑むと「おやすみ」といって、背中を向けた。


 次の日の夜。オトワンが彼女を尋ねたときには、当然の如く二日酔いでまだ起き出していなかった。

「あの‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥水。」
「着替えるから、むこう向いてて。」
「あ、はい。」

「------もういいわよ」
「で?。用はなによ。」
「あ、いやですね‥‥‥‥‥‥」

「----あの、ぼくと一緒に旅をしていただけませんか?」
オトワンは自分の口からとびでた言葉にとまどいながら、おずおずとシャナをみた。

「・」
「‥‥‥いや、へんな意味じゃないんですよ。ただ、ちょっと‥‥‥心配で‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」


くすっ


しばらく目を丸くしていた女は、昨日から初めて、まわりに光をふりまくような笑顔を魅せた。

「いいわよ」

オトワンが差し伸べられた手を握ると、女はしばらく何かを確かめるように目をつぶっていたが、今度はしっかりと微笑んだ。

「シャナでいいわ。------よろしく。」


                               end/to be continue

名前:
コメント:

すべてのコメントを見る