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***第三章 3、  梅雨のうっとうしい天気も去り、ようやく落ち着いた感じになってきて、しばらくすがすがしい天気が続いている。  放課後、俺は珍しく部活に行こうと思った。別にこれといって行く理由はなかったが今日は特に暇だったので久しぶりに顔を出すのも悪くないだろう。 廊下をしばらく歩いて俺は美術室の扉を開けた。美術室の中では学校だというのに紅茶をすすっている高島先生がいた。 「あら、珍しいわね」  高島先生は相変わらず寝ぼけたような声で俺を迎えた。 「まぁたまには来ないとね」  俺は先生の横の席に座った。 「どーせやることなくなってきたんでしょ?」 「・・・俺にも紅茶くれない?」 「質問に答えなさいよ・・・」  先生はため息を一つ吐いて俺の分の紅茶を入れてくれた。俺は先生が淹れてくれた紅茶を飲んで一息ついた。部室を見回すと俺のほかに部員が2人 「にしても、相変わらず部員増えないねぇ」 「どうしてかしらねぇ?一年生も入ってこなかったし・・・」 「やっぱし人気ねぇんじゃねえの?・・・天文部なんて」 「そうかしらねぇ」  当たり前だ、俺だって部紹介の時に聞いていなかったら、こんな部活知りもせずに卒業していたことだろう。 大体、美術室で活動している天文部なんて聞いたことがない。そもそも、この学校に美術部がないのがおかしい。 「じゃあ、そんな人気のない部活にどうして湯浅君は入ったのかな?」 「ん~・・・忘れた」 「うそつき」  もっとも、俺は天文部に入って星なんか見て「わ~キレーだなぁ~」とか言う柄ではないのはよく分かっている。 じゃあどうして俺は天文部なんかに入ったのか。早い話が友達についてきただけだった。 でも、もうその友達はここにはいない。真人は元気にしてるんだろうか?そんなことが頭に浮かんだ。 灰谷真人というのは唯一の幼馴染で今は両親とアメリカに住んでいるらしい。 「俺は真人についてきただけだよ」 「ああ、灰谷君ねぇ、元気にしてるかしら」 「さあねぇ、アイツのことだからとりあえず生きてるだろ」 「…そりゃあねぇ」 「アメリカでも同じように見えるのかな?」 「何が?」 「星だよ」 「そりゃあ空はつながってるからねぇ」   ニコニコしながら先生は言った。どうやら今日の先生は上機嫌なようだ。そんなことをしているうちに今度の天体観測の打ち合わせが始まった。 「で、今度の観測もいつもどおり学校の屋上を借りるということでいいですか?」  二年生の緒方がテキパキと打ち合わせを進めている。 「ええ、あたしから校長先生に言っておくから大丈夫よ」  なぜかこの先生が言うと頼りない気がする。 「では、集合は今週の土曜日に屋上ということで。あと、そろそろ日の入りが遅くなってきたので、集合はいつもより少し遅めの七時で」 「じゃあ、もう今日は終わりにしましょうか」  先生がニコニコしながらまた紅茶を入れている。他の部員はさっさと帰る用意をしている。 「いつもながら部室にいる時間が短いねぇ」 「だって星見る以外は調べ物するくらいしかないからしょうがないじゃない」  まぁ、実際、天文部の活動なんてこんなもんだ。コレだけ自由にできるのもこの部活くらいだろう。 「あ、湯浅君、今度の天体観測には来るの?」 「ああ、多分空いてると思うし、たまには行っとかないとな」 「そう、それはよかった」 「なにがよかった?」 「だって、あの二年生の子達、ちょっと真面目すぎるのよね。この前もずーっと望遠鏡覗いたまま何一つ喋らないし」 「あ~…」  なんとなく分かる気がした。確かに緒方とか望遠鏡覗くと他のことに気が回らないからなぁ… 「だから今度は退屈しないですむわぁ」  とても教師のセリフとは思えないんですが…。 「まぁ、終わったんなら俺は帰るよ」 「あらそう?いつでも来なさいよ」 「ん、また紅茶でも飲みに来るよ」 「はいはい」  クスクスと笑っている先生を残して俺は教室からでた。さて、これからどうしたもんか…。 この時期に暇なヤツなんて吉岡くらいだよなぁ。その吉岡でさえ用事があるとかで帰ってしまった。 「あれ、アキラ君?」  ここにもう一人暇そうなヤツがいた。 「よお、岩城、何してんだ?」 「あたしは委員会。アキラ君こそ何してんの?」 「ああ、部活だ」  すると、岩城は驚きながら、 「部活ぅ!?」 「なんか文句あるか?」 「…何部?」 「天文部」 「似合わない」 「うるせぇ…。そういえば岩城はなんか部活はいってんのか?」 「モチロン」 「何部?」 「帰宅部」  平然とした顔で答えやがる。うん、まぁ、君の意見は間違ってはいないよ? 「前の学校でなんかしてなかったのか?」 「一応は水泳部だったけど今から入っても意味ないのよ。皆もう引退直前だし」  ああ、そうか。そういえば桐嶋も今年で引退だからって張り切ってたなぁ。 「…そっか、所で、キミ暇?」 「え?まぁ、委員会終わったし暇といえば暇だけど」 「よし、決まり。行くぞ」 「あ、ちょっと、どこ行くのよ?」  俺は岩城をほったらかして一人、学校を出た。後から岩城が走ってついてくる。 「ちょっとは誘った人の意見を聞きなさいよ」 「まぁまぁ、どっかで話するくらいだし」  俺たちはしばらく歩いていつぞやの公園に着いた。ベンチに座って俺はタバコに火をつけた。 「タバコなんて吸うんだ」 「まぁな」 「先生に言っちゃおうか?」 「やめといてくれ」 「いやだって、ほら、あたし委員長だし」 「君、図書委員長ね」  俺たちの目の前ではそこいらの小学生が力いっぱいブランコをこいでいる。それを見てか岩城が話し始めた。 「あたしね、昔ブランコが怖くてずっと友達とかが漕いでるの見てただけなんだ」 「ブランコが?」 「そう、放り出されそうになるのが怖かった」 「あ~、たまに手が滑りそうになるなぁ…」  実際に滑ったことは何度かあるが…。 「それでね、一回あたしの目の前で手を滑らした子がいたの」 「うわ、痛っ」 「そんなことがあったからますます乗れなくなっちゃって」  そう言って照れながら岩城は笑った。そんな岩城の顔を見ると少し照れくさくなって目をそらした。すると、聞きなれた声が聞こえてくる。 「アキラー!」  声のした方には剣道道具を担いだ桐嶋の姿があった。 「あ、真弓じゃない」 「沙紀、こんなところで何してんの?」  岩城は俺のほうをチラッと見てから桐嶋に言った。 「強制連行って知ってる?」 「え?」  岩城の不意をついた言葉に桐嶋は硬直している。 「今、部活の帰りか?」 「ん、見ての通りだよ」 「そりゃご苦労さん、試合いつだっけ?」 「今度の日曜日。お暇ならどうぞ」 「あいよ。それにしてもよく続くよな、小学校のときからだろ?」  俺がそう言うと岩城が割り込んできた、 「真弓ってそんなに剣道してたんだ」 「まぁね、ほかにコレといってすることもないから」  なんにせよ、打ち込めることがあるというのはいいことだ。なんて親父くさいことを考えてみる。 そういえば、前に桐嶋から将来のことを聞かれた。桐嶋はもう将来のこと考えてんだな…。 横では俺が黙ったのをいいことに岩城が溜まった物を吐き出すかのように喋り続けている。五月蝿いヤツだなぁ。 よく桐嶋も笑って聞いていられるな。そんな俺に気づいたのか岩城の顔がこちらに向いた。 「何その微妙な顔、笑ってるの?困ってるの?」  岩城に言われて俺は慌てて顔を戻す。 「なんでもない、考え事」 「どんな考え事してたらそんな顔になるの?」 「だー、もう、うるせぇなぁ~」 「うるさいとは何よ、せっかく人が心配してあげてるのに」  俺たちのやり取りを聞いていた桐嶋がポツリと言った、 「…してないでしょ」  俺もそう思います、桐嶋さん。それから少しして日が落ちてきた。 「ハラ減ったな…」  岩城が時計に目をやる、 「わっ、もう七時過ぎてるよ!」 「もう、日の入りが遅くなったからなぁ」  桐嶋が剣道具を担ぎながら、 「じゃ、そろそろ帰るね」 「ああ、俺も帰る」 「あたしもー」  少し薄暗い道を三人で歩く。もうすぐ夏になるな、でもあの暑さはやめてほしいなぁ…。しばらく歩いて、桐嶋と別れる。 「じゃあな」 「うん、また学校で」 「ばいば~い」  それからしばらく岩城と二人で歩く。何も話さずに、もう季節を終えた桜の樹を眺めながら。そして、岩城とも別れる。 「またね~」 「あいよ~」  分かれ道で岩城は走り出した。何を急いでるんだか…。けど、俺の顔は多分笑ってる。コレといった理由はないけど…。 なんとなく今日のことを思い返してみる。楽しかった気がした。毎日がこんな感じだったらいいな。 と、そんな風に考えただけ。ただ、それだけなのに、何故か今日のことを忘れないでいよう思った。  土曜日。 「久々に部活に来るってのもいいもんだなぁ」  夕暮れ時の学校の屋上。空と雲が真っ赤に染まって綺麗だった。 「…で」 「ん?」 「何でお前までいるんだ?」  俺の横で岩城がまぶしそうな顔をしている。 「まーいいじゃん、気にしたら負けだよ」 「あーそう」  側では二年の部員がせっせと観測道具を組み立てている。 「ねーねー、あたしも手伝おうか?」 「あんましいじらせるなよ、ソイツ壊すだけだ」 「あ、はい。分かりました」  わかっちゃったんだ… 「キミってばまじめな顔してひどいんだね」  俺の横では岩城が乙女のごとく傷ついている。 「あ、いやスイマセン」 「うん、別に気にしてないし」  …訂正しよう。傷ついてない。 「じゃあそろそろ始めましょうか~」  間延びした高島先生の声が聞こえた。 「ナニナニ?!とうとう見ちゃうワケ?」 「いちいち、五月蝿い奴だなぁ。そーだよ、今から天体観測すんの」  天体観測が始まってからというもの、岩城はうるさいくらい騒いでいたが途中で疲れたのか飽きたのか、それからはずっと静かだった。  程よく夜も遅くなってきた。 「じゃあそろそろ片付けて帰りましょうか」  先生の指示で今回の天体観測はお開きとなった。 「おい、岩城。終わったから帰るぞ?」 「うん・・・」  岩城の様子がおかしい。不思議に思って、岩城の顔を覗き込む。 「顔色悪いぞ・・・?」 「大丈夫・・・」  俺はそっと岩城の額に手を当てる。 「お前、無茶苦茶熱いぞ!?」  呼吸も心なしか荒い。 「気温の所為じゃないわよねぇ・・・」  当たり前です。 「とりあえず保健室に運びましょう」  ベッドに岩城を寝かせてしばらく考える。 「このまま寝かせとくわけにもいかないし」 「コンビニでなにか買ってくるわ」  先生はそういい残してそそくさと出て行った。保健室には俺と岩城が二人ぼっち。 いつもなら二人でいるときでもうるさいくらいの岩城が静かなのが凄く不自然だった。  しばらく時間が経ってから岩城が口を開いた。 「先生遅いね・・・」 「あの先生、のんびりだしな」 「あー、しんどいなぁ・・・」 「調子悪かったのか?」 「ちょっと、ね」  と無理に笑顔を作りながら言った。 「なんで無理してきたんだよ」 「えへへ」  答えになってない、といいかけたけどやめた。 「ただいまー」  少し息を切らした先生が帰ってきた。 「遅いよ。どこまでいってたの?」  俺の言葉に先生は苦笑いしながら、 「あんまりコンビニ行かないから何処にあるのか分からなくて」  と、言ってガサガサと袋の中身から色々と取り出し始めた。 「とりあえず岩城さん水分とって」  と、スポーツドリンクを手渡した。 「すいません」  申し訳なさそうに岩城が受け取る。 「で、この後だけど湯浅君、岩城さん家まで運んで行ってくれる?」 「なんで俺?」 「だって、3年生は君しかいないし、あたし車運転できないし。ここに泊めるって訳にもいかないでしょう?」 「そりゃまぁそうだけど・・・」 「と、言うわけであなたが責任を持って岩城さんを家まで連れて行きなさい」  ちらっと岩城のほうを見る。 「まぁ、いいですけど・・・」 「なら決まりね。じゃあ、あたしは岩城さんの家に連絡しておくから用意しててね」  そういって先生は職員室のほうへパタパタと走っていった。とりあえず俺は先生が買ってきた袋の中身をごそごそとあさってみる。 冷えピタ、風邪薬、プリン・・・。プリンいるか?  俺が袋をあさっていると先生はすぐに帰ってきた。 「岩城さん家、お留守みたいね」 「あ、今日は両親とも何時に帰ってくるか分からないんです」 「でさ、このプリン何?」 「ああ、風邪薬の」 「プリンに風邪薬まぜるのか?」 「違うわよ、その風邪薬食後用だから」 「そっか」  とりあえず岩城に風邪薬を飲ませる。さっきより少し顔色が悪くなっている。 「大丈夫か?」 「しんどい・・・」  さっさと帰したほうがよさそうだな・・・。先生が買ってきた冷えピタを貼る。  ピタン。 「とりあえず、よし」 「痛いよ・・・」  めんどくさいツッコミはもうなしだ。 「とりあえず湯浅君、岩城さんの家まで送ってって。あたしはもう一度岩城さんの家に連絡入れてみるから」 「わかりました」 「片付けとかその他もろもろコッチでやっときますんで」 「頼んだ」  俺は後輩に片手で謝って岩城を背負った。 「重っ」 その台詞を言った途端、先生と岩城にグーで殴られた。 「冗談だよ」 「余計な事いうからよ」  けど、実際は思ったよりもずっと軽かった。 「岩城送ったらこのまま帰っていい?」 「ええ」 「んじゃま、行って来ます」 「車に気をつけてね」  軽く相槌を打ちながら学校をでた。 「道案内頼むな」 「わかった」  帰り道はとても静かだった。それこそ車一台通らないと言うほうが早いのかもしれない。 「・・・次、右」 「あいよ」  会話はそれだけ。他に話すことがないのも理由の一つかもしれない。 すると、俺の耳元で岩代がこんなことを言った。 「なんかこのままでいたい気分・・・」 「それは困る・・・」 「どーして?」 「風邪うつされるし俺の手がちぎれる」 「そっかぁ、それもそうだね」  俺の後ろで岩城は静かに笑っていた。ふと、後ろでグーっという音が聞こえて振り返る。 けれど何も無い。俺は向き直してまた、静かな住宅地を歩いてく。 「ここか?」 「うん」  岩代の家を見上げてみたがどこの部屋も電気が消えていた。 「誰もいないのかな…?」 「そうみたい」 「出掛けてんのか…」  とりあえず玄関まで岩城を連れてきたが岩城の足はふらついていた。 「おいおい、大丈夫か?」 「大丈夫じゃないかも…」 「部屋どこ?」 「二階の一番手前」  さすがに女子とはいえ人一人を背負って階段を上がるのには疲れた。  ひとまず岩城をベッドに寝かせた。 「ふいー、疲れた」 「ごめんね、重かった?」 「いや、アレは冗談だ」 「なんか安心したらお腹空いちゃった」 実は背負っている間、一定間隔で聞こえていた腹の音は聞き間違えではなかったようだ・・・ 「そっか、晩飯まだだったな…。お粥くらいなら作れるけど?」 「ごめん、頼んでいい?」 「ああ、それなら台所借りるぞ」  そういい残して俺は岩城の部屋を出た。  台所はすぐに見つかったのだが、どうも人の家の台所は使い勝手がよく分からず、結構な時間がかかってしまった。 「アイツ、寝てそうだな・・・」 二階の岩城の部屋に行ってみると案の定岩代は寝ていた。 仕方がないのでとりあえず置手紙とお粥と飲み物を置いて帰ることにした。 「あ・・・鍵大丈夫かな」 月曜の朝、俺は登校中に後ろから突き飛ばされた。振り返ると一昨日とは打って変わって元気そうな岩城がニコニコしながら俺を見ている。 「やぁ、おはよう」 「おはよう、ずいぶん調子よさそうだな」  この間の様子からは考えられないくらいだ。 「一晩寝てお粥食べたら元気になったよ」 「そりゃあ、よかった」 「それにしても暑くなってきたねぇ。また今日も図書室でも行こうか」  またコイツは授業サボるのか・・・。 そろそろ夏も近なぁと思いながら岩城の無茶な計画に付き合うのも別に悪くない気がした。  
***第三章 3、  梅雨のうっとうしい天気も去り、ようやく落ち着いた感じになってきて、しばらくすがすがしい天気が続いている。  放課後、俺は珍しく部活に行こうと思った。別にこれといって行く理由はなかったが今日は特に暇だったので久しぶりに顔を出すのも悪くないだろう。 廊下をしばらく歩いて俺は美術室の扉を開けた。美術室の中では学校だというのに紅茶をすすっている高島先生がいた。 「あら、珍しいわね」  高島先生は相変わらず寝ぼけたような声で俺を迎えた。 「まぁたまには来ないとね」  俺は先生の横の席に座った。 「どーせやることなくなってきたんでしょ?」 「・・・俺にも紅茶くれない?」 「質問に答えなさいよ・・・」  先生はため息を一つ吐いて俺の分の紅茶を入れてくれた。俺は先生が淹れてくれた紅茶を飲んで一息ついた。部室を見回すと俺のほかに部員が2人 「にしても、相変わらず部員増えないねぇ」 「どうしてかしらねぇ?一年生も入ってこなかったし・・・」 「やっぱし人気ねぇんじゃねえの?・・・天文部なんて」 「そうかしらねぇ」  当たり前だ、俺だって部紹介の時に聞いていなかったら、こんな部活知りもせずに卒業していたことだろう。 大体、美術室で活動している天文部なんて聞いたことがない。そもそも、この学校に美術部がないのがおかしい。 「じゃあ、そんな人気のない部活にどうして湯浅君は入ったのかな?」 「ん~・・・忘れた」 「うそつき」  もっとも、俺は天文部に入って星なんか見て「わ~キレーだなぁ~」とか言う柄ではないのはよく分かっている。 じゃあどうして俺は天文部なんかに入ったのか。早い話が友達についてきただけだった。 でも、もうその友達はここにはいない。真人は元気にしてるんだろうか?そんなことが頭に浮かんだ。 灰谷真人というのは唯一の幼馴染で今は両親とアメリカに住んでいるらしい。 「俺は真人についてきただけだよ」 「ああ、灰谷君ねぇ、元気にしてるかしら」 「さあねぇ、アイツのことだからとりあえず生きてるだろ」 「…そりゃあねぇ」 「アメリカでも同じように見えるのかな?」 「何が?」 「星だよ」 「そりゃあ空はつながってるからねぇ」   ニコニコしながら先生は言った。どうやら今日の先生は上機嫌なようだ。そんなことをしているうちに今度の天体観測の打ち合わせが始まった。 「で、今度の観測もいつもどおり学校の屋上を借りるということでいいですか?」  二年生の緒方がテキパキと打ち合わせを進めている。 「ええ、あたしから校長先生に言っておくから大丈夫よ」  なぜかこの先生が言うと頼りない気がする。 「では、集合は今週の土曜日に屋上ということで。あと、そろそろ日の入りが遅くなってきたので、集合はいつもより少し遅めの七時で」 「じゃあ、もう今日は終わりにしましょうか」  先生がニコニコしながらまた紅茶を入れている。他の部員はさっさと帰る用意をしている。 「いつもながら部室にいる時間が短いねぇ」 「だって星見る以外は調べ物するくらいしかないからしょうがないじゃない」  まぁ、実際、天文部の活動なんてこんなもんだ。コレだけ自由にできるのもこの部活くらいだろう。 「あ、湯浅君、今度の天体観測には来るの?」 「ああ、多分空いてると思うし、たまには行っとかないとな」 「そう、それはよかった」 「なにがよかった?」 「だって、あの二年生の子達、ちょっと真面目すぎるのよね。この前もずーっと望遠鏡覗いたまま何一つ喋らないし」 「あ~…」  なんとなく分かる気がした。確かに緒方とか望遠鏡覗くと他のことに気が回らないからなぁ… 「だから今度は退屈しないですむわぁ」  とても教師のセリフとは思えないんですが…。 「まぁ、終わったんなら俺は帰るよ」 「あらそう?いつでも来なさいよ」 「ん、また紅茶でも飲みに来るよ」 「はいはい」  クスクスと笑っている先生を残して俺は教室からでた。さて、これからどうしたもんか…。 この時期に暇なヤツなんて吉岡くらいだよなぁ。その吉岡でさえ用事があるとかで帰ってしまった。 「あれ、アキラ君?」  ここにもう一人暇そうなヤツがいた。 「よお、岩城、何してんだ?」 「あたしは委員会。アキラ君こそ何してんの?」 「ああ、部活だ」  すると、岩城は驚きながら、 「部活ぅ!?」 「なんか文句あるか?」 「…何部?」 「天文部」 「似合わない」 「うるせぇ…。そういえば岩城はなんか部活はいってんのか?」 「モチロン」 「何部?」 「帰宅部」  平然とした顔で答えやがる。うん、まぁ、君の意見は間違ってはいないよ? 「前の学校でなんかしてなかったのか?」 「一応は水泳部だったけど今から入っても意味ないのよ。皆もう引退直前だし」  ああ、そうか。そういえば桐嶋も今年で引退だからって張り切ってたなぁ。 「…そっか、所で、キミ暇?」 「え?まぁ、委員会終わったし暇といえば暇だけど」 「よし、決まり。行くぞ」 「あ、ちょっと、どこ行くのよ?」  俺は岩城をほったらかして一人、学校を出た。後から岩城が走ってついてくる。 「ちょっとは誘った人の意見を聞きなさいよ」 「まぁまぁ、どっかで話するくらいだし」  俺たちはしばらく歩いていつぞやの公園に着いた。ベンチに座って俺はタバコに火をつけた。 「タバコなんて吸うんだ」 「まぁな」 「先生に言っちゃおうか?」 「やめといてくれ」 「いやだって、ほら、あたし委員長だし」 「君、図書委員長ね」  俺たちの目の前ではそこいらの小学生が力いっぱいブランコをこいでいる。それを見てか岩城が話し始めた。 「あたしね、昔ブランコが怖くてずっと友達とかが漕いでるの見てただけなんだ」 「ブランコが?」 「そう、放り出されそうになるのが怖かった」 「あ~、たまに手が滑りそうになるなぁ…」  実際に滑ったことは何度かあるが…。 「それでね、一回あたしの目の前で手を滑らした子がいたの」 「うわ、痛っ」 「そんなことがあったからますます乗れなくなっちゃって」  そう言って照れながら岩城は笑った。そんな岩城の顔を見ると少し照れくさくなって目をそらした。すると、聞きなれた声が聞こえてくる。 「アキラー!」  声のした方には剣道道具を担いだ桐嶋の姿があった。 「あ、真弓じゃない」 「沙紀、こんなところで何してんの?」  岩城は俺のほうをチラッと見てから桐嶋に言った。 「強制連行って知ってる?」 「え?」  岩城の不意をついた言葉に桐嶋は硬直している。 「今、部活の帰りか?」 「ん、見ての通りだよ」 「そりゃご苦労さん、試合いつだっけ?」 「今度の日曜日。お暇ならどうぞ」 「あいよ。それにしてもよく続くよな、小学校のときからだろ?」  俺がそう言うと岩城が割り込んできた、 「真弓ってそんなに剣道してたんだ」 「まぁね、ほかにコレといってすることもないから」  なんにせよ、打ち込めることがあるというのはいいことだ。なんて親父くさいことを考えてみる。 そういえば、前に桐嶋から将来のことを聞かれた。桐嶋はもう将来のこと考えてんだな…。 横では俺が黙ったのをいいことに岩城が溜まった物を吐き出すかのように喋り続けている。五月蝿いヤツだなぁ。 よく桐嶋も笑って聞いていられるな。そんな俺に気づいたのか岩城の顔がこちらに向いた。 「何その微妙な顔、笑ってるの?困ってるの?」  岩城に言われて俺は慌てて顔を戻す。 「なんでもない、考え事」 「どんな考え事してたらそんな顔になるの?」 「だー、もう、うるせぇなぁ~」 「うるさいとは何よ、せっかく人が心配してあげてるのに」  俺たちのやり取りを聞いていた桐嶋がポツリと言った、 「…してないでしょ」  俺もそう思います、桐嶋さん。それから少しして日が落ちてきた。 「ハラ減ったな…」  岩城が時計に目をやる、 「わっ、もう七時過ぎてるよ!」 「もう、日の入りが遅くなったからなぁ」  桐嶋が剣道具を担ぎながら、 「じゃ、そろそろ帰るね」 「ああ、俺も帰る」 「あたしもー」  少し薄暗い道を三人で歩く。もうすぐ夏になるな、でもあの暑さはやめてほしいなぁ…。しばらく歩いて、桐嶋と別れる。 「じゃあな」 「うん、また学校で」 「ばいば~い」  それからしばらく岩城と二人で歩く。何も話さずに、もう季節を終えた桜の樹を眺めながら。そして、岩城とも別れる。 「またね~」 「あいよ~」  分かれ道で岩城は走り出した。何を急いでるんだか…。けど、俺の顔は多分笑ってる。コレといった理由はないけど…。 なんとなく今日のことを思い返してみる。楽しかった気がした。毎日がこんな感じだったらいいな。 と、そんな風に考えただけ。ただ、それだけなのに、何故か今日のことを忘れないでいよう思った。  土曜日。 「久々に部活に来るってのもいいもんだなぁ」  夕暮れ時の学校の屋上。空と雲が真っ赤に染まって綺麗だった。 「…で」 「ん?」 「何でお前までいるんだ?」  俺の横で岩城がまぶしそうな顔をしている。 「まーいいじゃん、気にしたら負けだよ」 「あーそう」  側では二年の部員がせっせと観測道具を組み立てている。 「ねーねー、あたしも手伝おうか?」 「あんましいじらせるなよ、ソイツ壊すだけだ」 「あ、はい。分かりました」  わかっちゃったんだ… 「キミってばまじめな顔してひどいんだね」  俺の横では岩城が乙女のごとく傷ついている。 「あ、いやスイマセン」 「うん、別に気にしてないし」  …訂正しよう。傷ついてない。 「じゃあそろそろ始めましょうか~」  間延びした高島先生の声が聞こえた。 「ナニナニ?!とうとう見ちゃうワケ?」 「いちいち、五月蝿い奴だなぁ。そーだよ、今から天体観測すんの」  天体観測が始まってからというもの、岩城はうるさいくらい騒いでいたが途中で疲れたのか飽きたのか、それからはずっと静かだった。  程よく夜も遅くなってきた。 「じゃあそろそろ片付けて帰りましょうか」  先生の指示で今回の天体観測はお開きとなった。 「おい、岩城。終わったから帰るぞ?」 「うん・・・」  岩城の様子がおかしい。不思議に思って、岩城の顔を覗き込む。 「顔色悪いぞ・・・?」 「大丈夫・・・」  俺はそっと岩城の額に手を当てる。 「お前、無茶苦茶熱いぞ!?」  呼吸も心なしか荒い。 「気温の所為じゃないわよねぇ・・・」  当たり前です。 「とりあえず保健室に運びましょう」  ベッドに岩城を寝かせてしばらく考える。 「このまま寝かせとくわけにもいかないし」 「コンビニでなにか買ってくるわ」  先生はそういい残してそそくさと出て行った。保健室には俺と岩城が二人ぼっち。 いつもなら二人でいるときでもうるさいくらいの岩城が静かなのが凄く不自然だった。  しばらく時間が経ってから岩城が口を開いた。 「先生遅いね・・・」 「あの先生、のんびりだしな」 「あー、しんどいなぁ・・・」 「調子悪かったのか?」 「ちょっと、ね」  と無理に笑顔を作りながら言った。 「なんで無理してきたんだよ」 「えへへ」  答えになってない、といいかけたけどやめた。 「ただいまー」  少し息を切らした先生が帰ってきた。 「遅いよ。どこまでいってたの?」  俺の言葉に先生は苦笑いしながら、 「あんまりコンビニ行かないから何処にあるのか分からなくて」  と、言ってガサガサと袋の中身から色々と取り出し始めた。 「とりあえず岩城さん水分とって」  と、スポーツドリンクを手渡した。 「すいません」  申し訳なさそうに岩城が受け取る。 「で、この後だけど湯浅君、岩城さん家まで運んで行ってくれる?」 「なんで俺?」 「だって、3年生は君しかいないし、あたし車運転できないし。ここに泊めるって訳にもいかないでしょう?」 「そりゃまぁそうだけど・・・」 「と、言うわけであなたが責任を持って岩城さんを家まで連れて行きなさい」  ちらっと岩城のほうを見る。 「まぁ、いいですけど・・・」 「なら決まりね。じゃあ、あたしは岩城さんの家に連絡しておくから用意しててね」  そういって先生は職員室のほうへパタパタと走っていった。とりあえず俺は先生が買ってきた袋の中身をごそごそとあさってみる。 冷えピタ、風邪薬、プリン・・・。プリンいるか?  俺が袋をあさっていると先生はすぐに帰ってきた。 「岩城さん家、お留守みたいね」 「あ、今日は両親とも何時に帰ってくるか分からないんです」 「でさ、このプリン何?」 「ああ、風邪薬の」 「プリンに風邪薬まぜるのか?」 「違うわよ、その風邪薬食後用だから」 「そっか」  とりあえず岩城に風邪薬を飲ませる。さっきより少し顔色が悪くなっている。 「大丈夫か?」 「しんどい・・・」  さっさと帰したほうがよさそうだな・・・。先生が買ってきた冷えピタを貼る。  ピタン。 「とりあえず、よし」 「痛いよ・・・」  めんどくさいツッコミはもうなしだ。 「とりあえず湯浅君、岩城さんの家まで送ってって。あたしはもう一度岩城さんの家に連絡入れてみるから」 「わかりました」 「片付けとかその他もろもろコッチでやっときますんで」 「頼んだ」  俺は後輩に片手で謝って岩城を背負った。 「重っ」 その台詞を言った途端、先生と岩城にグーで殴られた。 「冗談だよ」 「余計な事いうからよ」  けど、実際は思ったよりもずっと軽かった。 「岩城送ったらこのまま帰っていい?」 「ええ」 「んじゃま、行って来ます」 「車に気をつけてね」  軽く相槌を打ちながら学校をでた。 「道案内頼むな」 「わかった」  帰り道はとても静かだった。それこそ車一台通らないと言うほうが早いのかもしれない。 「・・・次、右」 「あいよ」  会話はそれだけ。他に話すことがないのも理由の一つかもしれない。 すると、俺の耳元で岩代がこんなことを言った。 「なんかこのままでいたい気分・・・」 「それは困る・・・」 「どーして?」 「風邪うつされるし俺の手がちぎれる」 「そっかぁ、それもそうだね」  俺の後ろで岩城は静かに笑っていた。ふと、後ろでグーっという音が聞こえて振り返る。 けれど何も無い。俺は向き直してまた、静かな住宅地を歩いてく。 「ここか?」 「うん」  岩代の家を見上げてみたがどこの部屋も電気が消えていた。 「誰もいないのかな…?」 「そうみたい」 「出掛けてんのか…」  とりあえず玄関まで岩城を連れてきたが岩城の足はふらついていた。 「おいおい、大丈夫か?」 「大丈夫じゃないかも…」 「部屋どこ?」 「二階の一番手前」  さすがに女子とはいえ人一人を背負って階段を上がるのには疲れた。  ひとまず岩城をベッドに寝かせた。 「ふいー、疲れた」 「ごめんね、重かった?」 「いや、アレは冗談だ」 「なんか安心したらお腹空いちゃった」 実は背負っている間、一定間隔で聞こえていた腹の音は聞き間違えではなかったようだ・・・ 「そっか、晩飯まだだったな…。お粥くらいなら作れるけど?」 「ごめん、頼んでいい?」 「ああ、それなら台所借りるぞ」  そういい残して俺は岩城の部屋を出た。  台所はすぐに見つかったのだが、どうも人の家の台所は使い勝手がよく分からず、結構な時間がかかってしまった。 「アイツ、寝てそうだな・・・」 二階の岩城の部屋に行ってみると案の定岩代は寝ていた。 仕方がないのでとりあえず置手紙とお粥と飲み物を置いて帰ることにした。 「あ・・・鍵大丈夫かな」 月曜の朝、俺は登校中に後ろから突き飛ばされた。振り返ると一昨日とは打って変わって元気そうな岩城がニコニコしながら俺を見ている。 「やぁ、おはよう」 「おはよう、ずいぶん調子よさそうだな」  この間の様子からは考えられないくらいだ。 「一晩寝てお粥食べたら元気になったよ」 「そりゃあ、よかった」 「それにしても暑くなってきたねぇ。また今日も図書室でも行こうか」  またコイツは授業サボるのか・・・。 そろそろ夏も近なぁと思いながら岩城の無茶な計画に付き合うのも別に悪くない気がした。           [[第四章へ>http://www30.atwiki.jp/iwaki/pages/16.html]]  

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