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本編 第一章



1.
 季節は春。俺が今いるのは運動場。俺が中学に入ってから2年が経ち、とうとう何も考えず、何もしないまま3年目になってしまった。
なんの痕跡も残さず、ただなんとなく時間が過ぎてしまった。まったく、目標のない人間のなんと醜いことか・・・。
そんなことを考えている間でも、始業式は淡々と始まっていた。
いつもの長ったらしい校長の話もようやく終わり、どうでもいい新任教師の挨拶も終わり、やっと帰れると思うと欠伸が出た。
しかし、世の中こういうときに限って何かしら予定が延びる。転校生がいたのだ。
しかも、3年にだ。何で受験で忙しくなるのに転校なんかしてくるかなあと思いつつ、どうでもいいから早く終わってくれと心の中でつぶやいた。
転校生が喋り始め、自然と顔がそっちに向いた。転校生の顔を見た途端、なにか引っかかったものを覚えた。その転校生がどこかで見たことがあるような気がしたからだった。
どこだったか?結局、思い出せないまま始業式は終わった。名前は岩城沙紀。俺と同じクラスだった。どことなく、心の隅でひっかかる。
まあ、クラスも一緒だし、しばらくすれば適当に思い出すだろう。そう思いながらも帰路につくことにした。
『そういえば担任3年間変わらなかったな・・・』
「お~い、アキラ」
 急に名前を呼ばれた。
「なんだ吉岡か」
「俺で悪かったな」
「まあいいよ、で、なんだ?」
「さっさと帰ろうぜ~」
「そのつもりだ」
 いつもの見慣れた帰り道、しばらく話して話題が少し尽きてきた頃、俺はなんとなく考えていたことを口に出した。
「ん~、どっかで見たことあるような気がするんだよなぁ」
「なにを?」
「いや、あの転校生の岩城って子」
「なんだ、惚れたのか・・・」
 と、吉岡が笑いながら言った。
「違う違う、そういうんじゃなくて、どっかで見たことあるような気がすんだよなあ」
「ふうん、どこで見たんだ?」
「それが思い出せないって言ってんだよ」
「あ、そか」
 この吉岡貴仁というやつは中学に入ってから知り合ったのだが、おちゃらけているのだか、ボケているのだかよく分からん、まあそんなどこにでもいそうなやつだ。
そんな所為か、今の所それほど大きなぶつかり合いが起きたことはない。
ぶっちゃけて言ってしまえばお互いどうでもいいのかも知れないが、俺はそんなこと気にしないことにしている。
「で、いつごろとかも分かんないの?」
 突然、吉岡が言った。
「ん?ああ、最近のことだったら覚えてると思うし…」
「じゃあ、昔か?」
「そうかもしれない」
「でもよ、昔だったら顔付きなんかも変わっちまってるんじゃねえの?」
 確かに吉岡の言うとおりかもしれない。
「ま、今の所はどうでもいいか」
「ああ、どっちにしろ俺には関係のないことだろうし」
 また、吉岡が笑いながら言った。
「お前の知り合いだったらどうするよ?」
 今度は俺が笑いながら言った。
「ん?そりゃあ、顔もまあまあだし…」
 それを聞いて俺はため息を一つ吐き、
「…お前に聞いたのが間違いだったよ」
 これ以上この話をすると吉岡が何を言い出すのかわからないので俺は無理矢理、話題を切り替えて自宅へと向かった。
 吉岡と別れた後、自宅に戻ったが、特にすることも無いので、着替えてとりあえず外に出てみることにした。
玄関のドアを開けると外から春の匂いを帯びた風が鼻を掠めた。平和だなぁ、と思う。そして、どこに行くでもなく歩き始めた。
俺は空を仰ぎ、優しく照らしている太陽を少し睨んだ。こんなときに春が好きだとふと、思ってしまう。結局、うろうろしてから近所の公園についた。
近所といっても山の街なので公園は随分と広い。俺はとりあえず近くにあったベンチに座り、タバコに火をつけた。天気の良い時に吸うタバコほど清々しいものは無い。
一息ついたあと、ここぞとばかりに咲いている桜の木をボーっと眺めていた。時々吹く風が肌に心地良い。春の暖かい空気に誘われてまた欠伸がでた。
いいもんだなあ、と思っていた時だった。涙でかすんだ景色の中で誰かがこっちに向かってくるのが分かった。
目をこすりながら俺は目の前にいる誰かの正体を確かめた。徐々にハッキリとしてくる。
「なんだ、桐嶋か」
「誰なら良かったの?」
「もうちょっと美人だったら誰でもいいよ」
「喧嘩売ってんの?」
 と、桐嶋は満面の笑みで言ってきた。
「顔とセリフが絶妙に合ってないんですけど?」
「何か言うことは?」
「…ごめんなさい、言い過ぎました…」
「分かればよろしい」
 桐嶋はニコッと笑った。
 こいつ、桐嶋真弓は小学校のときからの知り合いだが、成績はいいし、スポーツはできるし、まあなんとなくどこにでもいそうな奴だ。
…メガネではない。性格はサバサバしていて付き合いの悪い奴でもないので今でも仲良くやっている。
「で、あんた柄にもなくこんな所で何してんの?」
「せっかく晴れてるのになんかもったいないだろ?」
 すると、桐嶋はため息混じりに言った。
「へぇ、余裕だねえ、明日は実力テストがあるっていうのに。」
「え?」
「志望校も絞られてくるこの時期に何にも考えてない馬鹿丸出しだね」
 俺は桐嶋の言った皮肉にもまったく気づかず、
「あの、そんな話、聞いてないんですけど…」
「あんたがSTのとき寝てるからでしょ!」
「・・・春の所為だ」
 もうテストのことなどどうでもよくなってしまった俺は、しばらく桐嶋と話をしていた。
「ん、もう三時か…」
「ホント?じゃ、あたしアキラみたいに余裕無いから帰るわね」
「俺は余裕なんてこれっぽっちも無いんだぞ?」
 桐嶋は笑っていた。
「それじゃ、また明日な」
「うん」
 俺はてくてくと歩いていく桐嶋の背中をブラブラと手を振りながら見送った。そして、みんな今頃勉強してんだろうなぁ、と少しため息混じりの煙を吐いた。
「ヤマ張るしかねぇな、こりゃ」

 テスト当日、昨日必死で張ったヤマは見事に外れ、俺の気分はどん底にあった。しばらく机に突っ伏していると、桐嶋が俺の前に座った。
「よっ、ヤマ当たった?」
「…聞くな」
 桐嶋は笑いながら
「アキラがヤマ張るといっつも当たんないよねえ」
「いつもではないぞ、それにお前だってできたのか?」
「えと、ほとんどの解答欄は埋まったよ」
 恐ろしい女だ。俺はそう思った。
「所でさ、お前ってあの岩城って子と仲いい?」
「まあ、良く喋るけど。どしたの、興味あるとか?」
 そう言いながら桐嶋はすごくいやらしい目で俺の事を見ている。小学生か…。
「いや、そういうんじゃなくて、どこかで会った事あるような気がしてさ、お前なんか知ってるかと思って」
「なんであたしがそんなこと知ってんのよ」
「ごめん、そうだよな」
 当然のことだった。桐嶋が知っていたほうがおかしい。こういう時、幼い頃のことを知っている幼馴染が身近にいないというのはつらいものだ。
結局、俺の地獄の実力試験は見るも無残な形で終わった。赤点に次ぐ赤点。俺は腹いせに吉岡の家で飲んだくれていた。
家に帰るのがつらい。そんな思春期真っ盛りな中学生の気分だ。ビールを三本、酎ハイを二本空けたらくらいで眠くなってきた。
「おいおい、俺ん家で寝るなよ」
 吉岡の声が聞こえる。すまん、コレがぐーたら中学生の限界だ・・・・。心の中でつぶやいた。
「…まあ、どうせ明日は学校休みだし別にいいけどよ」
 それを聞いたあたりで俺は眠ってしまった。

場所は公園だった。
どこか見慣れたような感じの。
俺はなぜかブランコに乗っている。
しばらくブランコをこいでいると突然、体が宙に浮いた。
そして勢いよく体が地面についた。
見上げると一人の女の子が立っていた。誰だ・・・?

「ん…、どこだここ?」
 そのとき初めて俺が寝ていたのが家ではないことに気づいた。あわてて辺りを見回すと横で吉岡が鼾をかきながら寝ていた。
「そうか、昨日、あのまま寝ちまったのか…」
 時計を見ると、今は午前五時三十分。俺は目を覚ますため洗面所を勝手に借りて顔を洗った。少し頭が痛い。
とりあえず外の空気を吸うために吉岡の家を出ることにした。俺は、まだ青い春の朝に包まれた町を歩きながら、ふと、さっきの夢を思い出した。
『なーんで、ブランコから落ちにゃあならんのだ。第一、最後に出て来たの誰だよ・・・』
 すると、曲がり角から急に人が出てきた。驚いてみてみるとそれは岩城だった。
「・・・・」
「・・・・」
 しばらくの沈黙が続いた後、俺はとりあえず聞いてみた。
「なにやってんのこんな時間に?」
 すると岩城は、
「こっちの台詞よ」
「まあいいじゃないの、で、なにしてんの?」
「…朝が好きだから」
「…そうか」
 そうとしか言いようが無かった。第一、こんな時間に遭遇するとは思っていもいなかった。何から話していいものやら・・・。
「湯浅君こそ何してるの?」
「ん、いや、まあ、あれだ、ちょっとな」
 岩城は呆れた顔で、
「答えになってないよ」
「吉岡ん家で寝ちまったんだなコレが」
「そう」
「つれないねぇ。ところで暇なんだったら一緒にどっか行かない?」
「…道教えてくれる?」
「ああ、いいよ」
 その後、俺と岩城はどこへ行くでもなくただブラブラと歩き回っていた。岩城はこの町にまだ慣れていない所為かキョロキョロと辺りを見回している。
「ねぇ、襲ったりしないよね?」
 岩城は笑いながら言った。
「あー、心配すんな」
 俺も笑いながら言った。そういえば、岩城の笑った顔見るのも初めてだな。そんなことを思っていると、岩城が、
「ねぇ、湯浅君」
「別にアキラでいいよ。」
「そう?じゃあ、あたしも沙紀でいいよ」
「俺、女の名前呼ぶの苦手なんだ」
「ふ~ん。あ、それでさ、この辺って何がある?」
「ん~、言うほど何もねえかな。そこんとこに、CDショップがあるけどこの時間だしな」
 まだ、六時半を回ったところだった。
「なんだ、つまんないの」
 どっちにしろ、一軒家ばかりが並ぶこの町は、喫茶店程度しか暇をつぶすところなどないのだ。一時間持ったのが不思議なくらいだ。
「田舎で悪かったな…」
「誰もそんなこと言ってないよ」
「そういや、コッチに来る前はどこにいたんだ?」
「んとね、風間町だよ」
 風間町か…しばらく思い出さなかった名前だ。
「本当か?俺も昔そこに住んでたんだぜ」
 風間町は俺たちが住んでいる山岸町の2つくらい隣の町だ。
「え、いつのとき!?」
「俺が小学校に入る前だから4、5歳かな」
「そうだったんだ…」
「そうなんでした。そういえばなんでこんなところにわざわざ引っ越してきたんだ?」
「さぁ?私にもよくわかんないんだ…。急にお父さんが決めちゃったことだし」
「そうか…」
 なんか話が重苦しくなりそうで話をそらそうとしたが、何も思いつかずそのまま俺には見慣れた町を歩いていた。
しばらく歩いたところでこの間、桐嶋と会った公園についた。
「疲れたから休もうよ」
 と、岩城が言った。俺は相槌をうち、中のベンチに座った。時間は七時を回ったところだった。
「どう、この町も少しはわかったか?」
「…どうなんだろう?」
「なんだそりゃ、もうちょっと気のいい返事してくれてもいいだろうに」
「だってどこも同じようにしか見えないし…」
「…そりゃーそうだわな」
 そういえば、岩城に聞かなきゃいけないことがあったんだ…。
「なあ、俺とお前ってどこかで会ったことあるか?」
 このことが最近どうも気になってしかたがない。
「ん~、どうだろう、多分ないと思うけど…」
 一瞬、岩城の眉毛がピクッと動いた気がしたが…
「そうか、なんか見たことある顔だと思ったんだけどな」
 すると、岩城が少しふてくされながら言った。
「なにそれ、私がどこにでも居そうな顔してるってこと?」
「別にそこまでは言ってないよ」
 俺は笑いながら言った。
「でも、小さい頃に会ってたかもね」
 しばらくそんなとりとめのない会話をして俺たちは帰路につくことにした。
吉岡の家の前まで来て俺は、送ろうか?と聞いたが、自分の家ぐらい分かるから平気だよ、と言って帰っていった。別れ際に岩城が、
「ちょっとした事、あんまり気にし過ぎるとハゲるよ!」
 な~んて言って逃げていった。まったく、ちょっとした事とはなんだ、俺はそういうの結構気にするタイプなんだぞ、と思い、
一人残された俺は頭をさすりながら吉岡の家に帰ることにした。吉岡の部屋に入った途端、
「き~い~て~た~ぞ~」
「わっ!なんだ起きてたのか」
 俺と岩城の会話を盗み聞きしていたらしい。
「抜け駆けはずりぃぞぉ」
 まだ起きたばかりなのか、寝ぼけた声でそういった。
「何言ってんだよ。ただそこで会ってブラブラしてただけだよ」
「それをデートって言うんだよ」
「言わねえよ」
「あ~、俺も昨日飲んでりゃ会えたかも知れねえのに。一生の不覚だ」
 まじめな顔でそんなことを言っている吉岡に呆れてしまった。
「…お前の一生は楽そうでいいな」
 ふと窓の方を向くと、心地の良い風と共に桜の花弁が鼻を掠めた。




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