カッパ

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河童(かっぱ)は、日本の妖怪・伝説上の動物、または未確認動物。標準和名の「かっぱ」は、「かわ(川)」に「わらは(童)」の変化形「わっぱ」が複合した「かわわっぱ」が変化したもの。河太郎(かわたろう)とも言う。ほぼ日本全国で伝承され、その呼び名や形状も各地方によって異なる。類縁種にセコなどがいる。水神、またはその依り代、またはその仮の姿ともいう。鬼、天狗と並んで日本の妖怪の中で最も有名なものの一つとされる[1][2]。具体例としては各地に残る河童神社、河童塚(鯨塚、道具塚と同じ)がある。 目次 [非表示] 1 外見 1.1 亀人形態 1.2 類人猿形態 2 行動 3 起源 3.1 現在の河童 4 呼び名 5 各地の伝承 5.1 九州の河童伝説 5.1.1 豊前 5.1.2 筑後 5.2 牛久沼と小川芋銭 6 実在性 6.1 河童のミイラ 6.2 未確認動物としての河童 7 河童にまつわる言葉 8 河童を題材とした作品等 8.1 文学 8.2 漫画 8.3 テレビ番組 8.4 映画 8.5 舞台 8.6 美術 8.7 CM 8.8 キャラクター 8.9 音楽 8.10 商品 8.11 建築物 8.12 地名 8.13 人物 9 脚注 10 関連項目 11 外部リンク 外見 [編集] 妖怪画で知られる鳥山石燕による河童 体格は子供のようで、全身は緑色または赤色。頭頂部に皿があることが多い。皿は円形の平滑な無毛部でいつも水で濡れており、皿が乾いたり割れたりすると力を失う、または死ぬとされる。口は短い嘴で、背中には亀のような甲羅が、手足には水掻きがあるとする場合が多い。 両腕は体内で繋がっており片方の腕を引っ張るともう片方の腕が縮み、そのまま抜けてしまうこともあるという。中国のサル妖怪「通臂猿猴」の特徴の通臂である。 肛門が3つある。体臭は生臭い。猿やカワウソのような姿とすることもある。 また大まかに以下の2種類に分けられる。 亀人形態 [編集] 体はウロコで覆われ嘴があり、頭には皿を乗せている。頭の皿が割れると死ぬ、または力を失い衰弱する。背中に甲羅があり手足に水かきがある。爬虫類が原型なのか、絵では手の親指がないことが多い。亀のように四本足で歩く絵も見受けられる。キュウリを好む。 絵に書かれることは多いが、キュウリが好物という以外には具体的に何をしたという特徴もない。一般的な河童の想像図に近い反面、目撃談は意外に少ない。 牛や馬の尻や尾にしがみついていわゆる駒引きをするのはこちらの形態のものであると思われる。ただし、昭和の目撃例においてはこの二つと別の爬虫類らしき生物も目撃されており(後述)、こちらと混同された可能性もある。 類人猿形態 [編集] 全身が毛に覆われている。口には牙があり、鼻の造形がはっきりしない。頭部にはくぼみがあり、そこに常に水を溜めている。その水が乾くと死ぬ、または衰弱する。手には親指があり、足にはかかとがある。相撲が得意でよく人間の子供と遊ぶ。 存在する河童絵の3割程度は猿型だが、中には背中の甲羅が書かれていないものもある。 春に水辺に下りてきて秋に山へ帰るのもこの種類だと思われ、山童やキジムナーも同類と推測される。ほぼ日本全土に伝承や目撃例があるが、地域差もある模様。北海道のミンツチが伝承しかないのに対し、九州、五島列島、沖縄などでは近世の目撃が非常に多い。 昭和以降の目撃談では遠目に人間に見えるというのもこの種類と見て間違いない。甲羅を紐で結んでいる絵も多く見受けられるので、甲羅様の道具を蓑のように使っている人間であるとも考えられる。ごくまれに甲羅でなく蓑のようなものに背中を覆われている絵もある。 九州では人間の歌や落石、倒木、ダイナマイトの爆破音を真似すると言われる。河童が人間を真似た歌は、節は奇麗だが言葉は不明であったとされている。 行動 [編集] 葛飾北斎による河童 川や沼の中に住む。ただし例外に地行浜(現在、福岡ドームが建っている辺り)の酒飲み河童は、海に住む。泳ぎが得意。 悪戯好きだが悪さをしない妖怪として伝えられる場合もあるが、多くは水辺を通りかかったり、泳いだりしている人を水中に引き込み、おぼれさせたり、「尻子玉」(しりこだま。尻小玉とも書く)を抜いて殺すなどの悪事を働く。抜いた尻子玉は食べたり竜王に税金として納めたりする。尻子玉とはヒトの肛門内にあると想像された架空の臓器で、これを抜かれるとふぬけになると言われている。この伝承は溺死者の肛門括約筋が弛緩した様子があたかも玉が抜けたように見えたことに由来するようである(尻子玉は胃や腸などの内臓を意味するという説もある)。人間の肝が好物ともいうが、これも前述と同様の溺死者の姿があたかも内臓を抜き去ったかのように見えたことに由来するといわれる[3]。 相撲が大好きでよく子供を相撲に誘う。相撲に負けた子供は尻子玉を抜かれる。河童は大人よりも力が強いが、仏前に供えた飯を食べた後に闘えば子供でも負けないと言われている。また相撲をとる前にお辞儀をすると河童もお辞儀を返し、それにより頭の皿の水がこぼれてしまうため、力が出せなくなるともいう。 好物はキュウリ、魚、果物。これにちなみ、キュウリを巻いた寿司のことを「カッパ巻き」と呼ぶ。キュウリを好むのは、河童が水神の零落した姿であり、キュウリは初なりの野菜として水神信仰の供え物に欠かせなかったことに由来するといわれる[4]。 義理堅く、魚や薬の製法を恩返しとして提供する民話も多く存在する。 鉄、鹿の角、猿を嫌う。潜水時間は河童は12時間だが猿は24時間なので闘うと猿に負けるという民話もある。シダの葉で頭をなでると人間に化けることができるとされる。 起源 [編集] 歌川国芳画、多嘉木虎之助。田村川で川虎(河童)を生け捕る図 河童の由来は大まかに西日本と東日本に分けられ、西日本では大陸からの渡来とされるが(河伯信仰を参照)、東日本では安倍晴明の式神、役小角の護法童子、飛騨の匠(左甚五郎とも)が仕事を手伝わせるために作った人形が変じたものとされる。両腕が体内で繋がっている(腕を抜くと反対側の腕も抜けたという話がある)のは人形であったからともされる。大陸渡来の河童は猿猴と呼ばれ、その性質も中国の猴(中国ではニホンザルなど在来種より大きな猿を猴と表記する)に類似する。九州北部では河童の神を兵主部羅神ということから、熊本県のヒョウスベもその一派であると考えられる。 河神[5]が秋に山神となるように、河童も一部地域では冬になると山童(やまわろ)になると言われる。大分県では、秋に河童が山に入ってセコとなり、和歌山県では、ケシャンボになる。いずれも山童、即ち山の神の使いである。また、河童は龍などと同じ水神ともいわれる。山の精霊とも言われる座敷童子などと同様に、河童も一部の子供にしか見えなかったという談があり、関連性が興味深い。 河童は、間引きされた子供の遺体が河原にさらされている姿との説もある。江戸時代には間引きは頻繁に行われており、他の子供に間引きを悟られないよう大人が作った嘘とも言われている。 頭の皿については、民俗学者の折口信夫が『河童の話』で興味深い指摘をしている[6]。皿などは食物を載せるための物で、つまりは生命力の象徴である。これに関しては椀貸し淵の伝承が興味深い。膳椀何人前と書いた紙を塚・洞・淵などに投げ込んでおくと翌日には木具が揃えてあった。だがある時借りた数を返さなかった日から貸してくれなくなった、というようなものである。貸し主ははっきりしないのが多く、竜宮・河童というのもあるが狐という所もある。ただ類似の説話に川上から箸や椀が流れてきたという隠れ里にまつわる話やそれに関する迷い家(マヨヒガ)のケセネギツ(米櫃)[7]、淵に薪などを投げ込むと恩返しで富貴になる話などがあり、これらのことからは椀類が生命力から富の象徴になったこと、椀が水と縁の浅からぬ物であることが分かる。 また折口は、壱岐の殿川屋敷で女が井戸に飛び込み、底に椀が沈んでいるという話も紹介した。これについては古くから水の神に捧げる嫁あるいは生け贄や、水に関わる土木工事での女の人柱が多く伝承されていることを挙げ、平戸に伝わる女河童の例で、ある侍屋敷に下女がいて皿を一枚落として割ったので主人が刀で斬りつけると海に逃げ、その姿を見れば河童であったという話を引いている。 『西遊記』に登場する沙悟浄は、日本ではしばしば河童に似た姿で描かれる。詳細は沙悟浄#日本の沙悟浄を参照。 現在の河童 [編集] 浅草かっぱ橋の河童像 現在の日本でも極たまに目撃談があり、ツチノコと並んで日本を代表する未確認生物とも言える。 また、その類の生物としては珍しく、愛くるしい姿で描かれることが多い。水辺に住んでいると伝えられるためか、河川や湖沼の水質汚染防止及び環境保護のマスコットキャラクターにされることが多い。 呼び名 [編集] 各地方毎に様々な名で呼ばれている。 「河童」の訛りとしてガワッパ、ガワワッパ、ガラッパ(熊本県八代地方、鹿児島県川薩地方)、河太郎の訛りとしてゲータロ、ガタロウ、ガータロー(長崎県五島列島など)[8]。語源の「かわわらわ」(川童)に近い訛りとしてカワエロ(岐阜県揖斐郡)[8][9]もある。 水蛇(ミヅチ)の訛りと思われるメンドチ、メドチ、ドチガメなどもある。 また、これらとは全く別系統のものとして、岩手県や広島県の淵猿(ふちざる)[10][11]、高知のシバテン(芝天狗の略)、愛媛県宇和地方でのエンコ[12]、岐阜県大野郡や和歌山県でのガオロ[9]、岡山県(主として津山市)でのゴンゴ、対馬(長崎県対馬市)などでのカワコ[9]、大分県玖珠郡でのカワノモノ[8]、熊本県飽託郡(現・熊本市)でのタビノヒト[13]、鹿児島県トカラ列島のガウルがある[14]。 英語圏内ではウォーターインプの名で呼ばれる。 各地の伝承 [編集] 九州の河童伝説 [編集] 壇ノ浦の戦いに敗れた平家の武士たちは散り散りになって九州に逃れた後、源氏の追っ手に次々と打たれ死んでいったのだが、その打ち滅ぼされた平家の落人の霊魂は河童となり、九州各地で田畑を荒らし、人民牛馬を川に引きずり込むなどの悪戯を働いたと言われる。 豊前 [編集] 大分県の中津市耶馬溪町に鎮座する雲八幡宮では、古くから「河童楽」という河童封じの神事(通称:河童まつり)が行われている。それは河童を中央に囲み、楽を奏し、唐団扇(とううちわ)と言われる大きな団扇で仰ぐことにより荒ぶる河童の霊魂を鎮めるというもので、その後は河童の神通力によって村の平和は守られたと言い伝えられている。筑後国に伝授されたものと河童楽由来記は伝えるがいつ頃から始まったのか定かでなく、筑後にもその伝承が残っていない。現在、大分県無形民俗文化財として指定されており、少なくとも江戸中期ごろかそれ以前より毎年夏の例大祭に奉納されている。 筑後 [編集] 福岡県の筑後川付近には「河童と地元民とのもめごと」や「河童族同士の戦争」の伝説や「河童にちなんだ地名」など比較的年代が明確ではっきりした記録が数多く残っており、少なくともその当時「河童」と呼ばれたものが川辺付近に多く住んでいたと思われる。 特徴は全身が毛に覆われている「類人猿形態」。筑後地方の河童は100匹以上の集団生活を営んでいたらしく、川の上流から海の傍まで幾つかの集団に分かれて生活していたらしい。さらには人語を理解し、人間との複雑な契約も行っていたことから、河童は少数民族ではなかったかとも思われる。昭和初期まで河童を見た人が比較的多くいるのでこの時期に絶滅したのかも知れない。 「水に入る前にはタケノコを食べる」「水に入る前には仏前飯を食べる」といった河童除けの風習は久留米市の水天宮付近が起源とされる。毎年8月には、水の祭典という祭りが行われる。これは、元々河童をあがめるために始まった祭りである。 久留米市民図書館では、河童をモチーフとした置物がある。久留米市では買い物をして集めるカッピースタンプがある。同市田主丸町には街に河童の像が多く飾られており,田主丸駅の駅舎も河童の形状をしている. 牛久沼と小川芋銭 [編集] 茨城県の牛久沼には、「悪さをする河童を捕まえ松の木にくくりつけたが、改心したので逃がしてやると、河童が草刈りをしてくれた」、「河童の手を拾って河童に返したところ、河童が万能の膏薬の作り方を教えてくれた」など、河童にまつわる伝説が多く残っている。 生涯のほとんどを牛久沼のほとりで暮らした日本画家の小川芋銭は、河童を好み多数の河童の絵を残したことから『河童の芋銭』として知られている。晩年には画集『河童百図(1938年)』を出版している。 実在性 [編集] 河童のミイラ [編集] 現在河童のミイラや河童の骨などと呼ばれるものは、多くは江戸時代のミイラ造形師が他の動物の部品を組み合わせて作った物である。好んで用いられたのはエイと猿、また、フクロウの頭部を使ったものもある。また河童の手首のミイラと呼ばれるもののほとんどはニホンカワウソのものである。 福岡県の北野天満宮には「河伯(かはく)の手」と呼ばれる河童の手のミイラがあり、901年に菅原道真が筑後川で暗殺されそうになった際、河童の大将が彼を救おうとして手を切り落とされた、もしくは道真の馬を川へ引きずり込もうとした河童の手を道真が切り落としたものとされる[15][16]。 また、佐賀県伊万里市山代町の松浦一酒造には河童全身のミイラが祀られており、地元では「河童の酒蔵」として有名である。[17] 未確認動物としての河童 [編集] 河童は未確認動物であるという考え方もある。この視点で見る河童には人間や猿と酷似する種類(哺乳類)と巨大な蛙のような種類(両生類或いは爬虫類)などが存在するらしく、どの種類も背丈は30センチメートルから150センチメートル程度であり、成人した人間を超えることはない。河童の伝承の数だけ全く異なる未知の水棲生物が存在していた可能性も捨てきれない(またそれらが既に絶滅寸前のニホンカワウソと同じ環境に生息している事実は河童もまた絶滅種もしくは絶滅寸前なのかもしれない)。 また爬虫類形態は昭和頃の目撃例では皿や甲羅がない個体が多く、宇宙人の典型的外形となったグレイと酷似するため、目撃者がグレイと誤認したのではないかと見られる事例が「新耳袋」に掲載されている。河童はアメリカのドーバーデーモンや蛙男、チュパカブラ、またアクア説の渚原人とも特徴が類似している。 なお、人間の尻小玉を抜いたり、牛馬を狂わせたりするといわれるような行動についてはUMAでいう河童では分かっていない。茨城県牛久市では河童の目撃情報があり、警察が駆けつけると水銀を含んだ河童の足跡と見られるものが残っていた。江戸時代の書記などにも目撃談が記されている。 その他、上岡龍太郎は自身の著書『龍太郎歴史巷談』において「河童の正体は弾圧から身を隠し、暗闇の中で水浴びをしていたキリシタンである」と推理しており、定説ではないものの実在の可能性の有無からキリシタン弾圧といった当時の時代背景、さらには容姿や共通する言葉も交えながら説得力ある切り口で持論を展開している。 河童にまつわる言葉 [編集] 河童の川流れ 河童は泳ぎが得意であることから、物事に長けている人でも失敗することがあるという意。 屁の河童 河童はいつも水の中にいるため、屁をしてもあまり勢いがないことから、「取るに足りないこと」を「河童の屁」、後に語順が変わった。「木っ端の火」から来たという説もある。 陸(おか)へ上がった河童 河童は水中では能力を十分発揮できるが、陸に上がると力がなくなるとされるところから、力のある者が環境が一変するとまったく無力になってしまうことのたとえ。 カッパ巻き 河童がキュウリを好むことから巻き寿司のキュウリ巻きをカッパ巻きと呼ぶ。 河童忌 小説家芥川龍之介の忌日7月24日。死の直前の代表作『河童』にちなむ。 雨具の合羽(かっぱ)はポルトガル語の capa(カパ)に由来し河童とは無関係である。ただし河童を合羽と書くことはある[18]。 河童を題材とした作品等 [編集] 文学 [編集] 芥川龍之介『河童』(1927) 草野心平「河童と蛙」(1938) - 詩。 火野葦平「石と釘」(1940) 他 - 短編集『河童曼陀羅』(1957) にまとめられた。 南條範夫「水妖記」(1953) - 短編集『燈台鬼』収録。 今日泊亜蘭「河太郎帰化」(1958) - 短編集『まぼろし綺譚』収録。 漫画 [編集] 清水崑『かっぱ天国』(1953–) - 「黄桜」CMのキャラクター原案。 水木しげる『河童の三平』(1961–) 花輪和一『天水』(1992–) 石川優吾『カッパの飼い方』(2003–) つの丸『岸辺のサブロー』(2004–) 御童カズヒコ『ま、いっか~カッパ君 それなりの日常~』(2006–) 鈴菌カリオ 『Sillyなコダマ!!』(2008–) テレビ番組 [編集] 『ウルトラセブン』41話「水中からの挑戦」(1968) 『河童の三平 妖怪大作戦』(東映、1968–1969) - 『河童の三平』の特撮ドラマ化。 『ウルトラマンA』19話『河童屋敷の謎』(1972) 『まんが日本昔ばなし』「河童のくれた妙薬」(1976)「河童の雨乞い」(1976)「かっぱの淵」(1977)「馬の毛をぬくカッパ」(1978)「砂子多の河童」(1978)「かっぱとひょうたん」(1980)「媛女渕の河童」(1981)「ねねこ河童」(1982)「かっぱ地蔵」(1984) 「釣川の長太郎河童」(1986)「カッパのわび状」(1988)「かっぱのかめ」(1989)「禅師河童」(1989)「酒を買いに来た河童」(1991)「市右衛門と河童」(1991)「かっぱにもらった宝物」(1992)「尻ぬき河童」(1994) 『電波少年に毛が生えた 最後の聖戦』 (2002–2003) - 岩手県で河童に扮装した芸人が人知れずに生活する企画を行い岩手県内やスポーツ紙などで騒動となった。 『かっぱまき』(2003) 映画 [編集] 『大巨獣ガッパ』(1967) 『河童 KAPPA』(1994) 『サマータイムマシン・ブルース』(2005) - 河童を直接扱ったものではないが、作中に河童に関する逸話が出てくる。 『河童』(2006) - 芥川龍之介の「河童」の映画化。 『西遊記』(2007) - 河童を直接扱ったものではないが、登場人物の沙悟浄が日本の河童のイメージを受けていると思われる形態をしている。 『河童のクゥと夏休み』(2007) 舞台 [編集] 『河童の指しゃぶり』(2009) 干場麓照脚本 美術 [編集] 喜多川歌麿『河童と海女』(1788) 小川芋銭『河童百図』(1938) CM [編集] 黄桜:清水崑(初代)、小島功(二代目)原画によるアニメーション。 キンチョウリキッド(大日本除虫菊):山瀬まみが河童の着ぐるみで出演。 ソフレ(ツムラ):篠原涼子が河童のパペットと掛け合い。 DCカード:中井貴一が河童、タヌキの着ぐるみと掛け合い。 キャラクター [編集] となりのカッパさんち。:サンリオのキャラクター。 かっぺい、ぱっぴい:阪急かっぱ横丁のマスコット。 かりんちゃん:岩手県遠野市のイメージキャラクター。 かっぱ寿司の社名及びキャラクター(カーくん、パー子ちゃん)。 ぱちゃぽ:日本水泳連盟のマスコットキャラクター。 おカッパちゃん:定山渓温泉のマスコットキャラクター。 竹田六十四:「フラカッパー」に登場する主人公。 村長:「荒川アンダーザブリッジ」に登場するキャラクター。(ポリプロピレン素材の河童の着ぐるみを着たれっきとした人間である) 河城にとり:「東方Project」の登場キャラクター。(初出は「東方風神録」3面ボス) パッカくん:「GIANT KILLING」内に出てくるマスコットキャラクター。 はなかっぱ:あきやまただし作「はなかっぱ」に登場する主人公。 カッパくんとかぱちゃん:アランジアロンゾの「アランジアワー」等に登場するキャラクター。 河童:ぬらりひょんの孫 音楽 [編集] 河童ばやし:うしくかっぱ祭りテーマ曲。作詞:中島清治、作曲:福田正、歌:鎌田英一。 かっぱまきマキ:作詞・作曲:TAMAYO、歌:河童巻。 かっぱが川辺でわっしょいしょい:作詞・作曲・歌:蜂谷清香。 芥川龍之介の河童 〜Candid Friend:東方風神録BGM。作曲:ZUN(上海アリス幻樂団)。 河童をどり:作詞・作曲:瞬火、歌:陰陽座。陰陽座の5thアルバム「夢幻泡影」に収録。 河童ブギウギ:作詞:藤浦洸 作曲・編曲:浅井挙曄 美空ひばりのデビュー曲。 河童と蛙:作詞:草野心平 作曲・歌:NUU 商品 [編集] かっぱえびせん かっぱカップ 建築物 [編集] 雲八幡宮の「あ・うんの河童」(大分県中津市) - 狛犬ならぬ狛河童。 JR九州田主丸駅駅舎(久大本線・福岡県久留米市) 河童橋(長野県松本市) - 芥川龍之介の「河童」に登場。 河伯洞(福岡県北九州市若松区) - 河童を題材に好んだ小説家火野葦平の旧宅・記念館。 地名 [編集] 合羽橋(東京都台東区)- 由来は不詳だが河童をマスコットとする。 カッパ淵(岩手県遠野市) - 河童伝承がある。 人物 [編集] アルシンド・サルトーリ - サッカー選手。髪型からカッパと呼ばれた[19]。 脚注 [編集] [ヘルプ] ^ 京極夏彦・多田克己編著 『妖怪図巻』 国書刊行会、2000年、147頁。ISBN 978-4-336-04187-6。 ^ 多田克己 『幻想世界の住人たち』IV、新紀元社〈Truth in fantasy〉、1990年、110頁。ISBN 978-4-915146-44-2。 ^ 石川純一郎 『河童の世界』 時事通信社、1985年、新版、129–131頁。ISBN 978-4-7887-8515-1。 ^ 『河童の世界』、231–237頁。 ^ 『日本書紀』には「時天皇夢有神 誨之曰 武臟人強頸 河內人茨田連衫子 衫子 此云 於河伯 必獲塞 則覓二人而得之 因以禱於河神」の河伯、河神」(仁徳天皇11年(323年))や、「於吉備中國川島河派 有大虯令苦人」の虯令(みづち)(仁徳天皇67年(379年))など河神の記述がある。 ^ 折口信夫『古代研究II』223–252項、中公クラシックス、2003年 ^ 柳田国男『遠野物語』 ^ a b c 『河童の世界』、57–62頁。 ^ a b c 民俗學研究所編著 『綜合日本民俗語彙』第1巻、柳田国男監修、平凡社、1955年、321–432頁。 ^ 佐々木喜善 『遠野のザシキワラシとオシラサマ』 宝文館出版、1974年、96頁。 ^ 三坂春編 「老媼茶話」『近世奇談集成』1、高田衛他校訂、国書刊行会〈叢書江戸文庫〉、1992年、26–27頁。ISBN 978-4-336-03012-2。 ^ 水木しげる 『水木しげるの憑物百怪』上、小学館〈小学館文庫〉、2005年、80頁。ISBN 978-4-09-404702-8。 ^ 民俗學研究所編著 『綜合日本民俗語彙』第2巻、柳田国男監修、平凡社、1955年、892頁。 ^ 『河童の世界』、259頁。 ^ 宮本幸枝・熊谷あづさ 『日本の妖怪の謎と不思議』 学習研究社〈GAKKEN MOOK〉、2007年、33頁。ISBN 978-4-05-604760-8。 ^ “北野天満宮の歴史”. コスモスの町きたの. 北野町商工会. 2009年1月31日閲覧。 ^ “松浦一酒造HP”. 2010-02-6閲覧。 ^ 『広辞苑』 ^ 【写真で見るきょうは何の日】「鹿島のカッパ」アルシンド活躍 - zakzak 2010.06.16 関連項目 [編集] 水妖 水虎 メドチ 禰々子 遠野物語 外部リンク [編集] ウィキメディア・コモンズには、河童に関連するカテゴリがあります。 各地の河童の話:「小説家隆慶一郎(脚本家池田一朗)公式サイト」より 黄桜かっぱミュージアム:CMキャラクターに使用している黄桜公式ホームページより 河童の沙悟浄 カテゴリ: 出典を必要とする記事/2011年1月 | 河童 | 人型未確認動物
河童(かっぱ)は、日本の妖怪・伝説上の動物、または未確認動物。標準和名の「かっぱ」は、「かわ(川)」に「わらは(童)」の変化形「わっぱ」が複合した「かわわっぱ」が変化したもの。河太郎(かわたろう)とも言う。ほぼ日本全国で伝承され、その呼び名や形状も各地方によって異なる。類縁種にセコなどがいる。水神、またはその依り代、またはその仮の姿ともいう。鬼、天狗と並んで日本の妖怪の中で最も有名なものの一つとされる[1][2]。具体例としては各地に残る河童神社、河童塚(鯨塚、道具塚と同じ)がある。 目次 [非表示] 1 外見 1.1 亀人形態 1.2 類人猿形態 2 行動 3 起源 3.1 現在の河童 4 呼び名 5 各地の伝承 5.1 九州の河童伝説 5.1.1 豊前 5.1.2 筑後 5.2 牛久沼と小川芋銭 6 河童にまつわる言葉 7 河童を題材とした作品等 7.1 文学 8.1 漫画 8.2 テレビ番組 8.3 映画 8.4 舞台 8.5 美術 8.6 CM 8.7 キャラクター 8.8 音楽 8.90 商品 8.10 建築物 8.11 地名 8.12 人物 9 脚注 10 関連項目 11 外部リンク 外見 [編集] 妖怪画で知られる鳥山石燕による河童 体格は子供のようで、全身は緑色または赤色。頭頂部に皿があることが多い。皿は円形の平滑な無毛部でいつも水で濡れており、皿が乾いたり割れたりすると力を失う、または死ぬとされる。口は短い嘴で、背中には亀のような甲羅が、手足には水掻きがあるとする場合が多い。 両腕は体内で繋がっており片方の腕を引っ張るともう片方の腕が縮み、そのまま抜けてしまうこともあるという。中国のサル妖怪「通臂猿猴」の特徴の通臂である。 肛門が3つある。体臭は生臭い。猿やカワウソのような姿とすることもある。 また大まかに以下の2種類に分けられる。 亀人形態 [編集] 体はウロコで覆われ嘴があり、頭には皿を乗せている。頭の皿が割れると死ぬ、または力を失い衰弱する。背中に甲羅があり手足に水かきがある。爬虫類が原型なのか、絵では手の親指がないことが多い。亀のように四本足で歩く絵も見受けられる。キュウリを好む。 絵に書かれることは多いが、キュウリが好物という以外には具体的に何をしたという特徴もない。一般的な河童の想像図に近い反面、目撃談は意外に少ない。 牛や馬の尻や尾にしがみついていわゆる駒引きをするのはこちらの形態のものであると思われる。ただし、昭和の目撃例においてはこの二つと別の爬虫類らしき生物も目撃されており(後述)、こちらと混同された可能性もある。 類人猿形態 [編集] 全身が毛に覆われている。口には牙があり、鼻の造形がはっきりしない。頭部にはくぼみがあり、そこに常に水を溜めている。その水が乾くと死ぬ、または衰弱する。手には親指があり、足にはかかとがある。相撲が得意でよく人間の子供と遊ぶ。 存在する河童絵の3割程度は猿型だが、中には背中の甲羅が書かれていないものもある。 春に水辺に下りてきて秋に山へ帰るのもこの種類だと思われ、山童やキジムナーも同類と推測される。ほぼ日本全土に伝承や目撃例があるが、地域差もある模様。北海道のミンツチが伝承しかないのに対し、九州、五島列島、沖縄などでは近世の目撃が非常に多い。 昭和以降の目撃談では遠目に人間に見えるというのもこの種類と見て間違いない。甲羅を紐で結んでいる絵も多く見受けられるので、甲羅様の道具を蓑のように使っている人間であるとも考えられる。ごくまれに甲羅でなく蓑のようなものに背中を覆われている絵もある。 九州では人間の歌や落石、倒木、ダイナマイトの爆破音を真似すると言われる。河童が人間を真似た歌は、節は奇麗だが言葉は不明であったとされている。 行動 [編集] 葛飾北斎による河童 川や沼の中に住む。ただし例外に地行浜(現在、福岡ドームが建っている辺り)の酒飲み河童は、海に住む。泳ぎが得意。 悪戯好きだが悪さをしない妖怪として伝えられる場合もあるが、多くは水辺を通りかかったり、泳いだりしている人を水中に引き込み、おぼれさせたり、「尻子玉」(しりこだま。尻小玉とも書く)を抜いて殺すなどの悪事を働く。抜いた尻子玉は食べたり竜王に税金として納めたりする。尻子玉とはヒトの肛門内にあると想像された架空の臓器で、これを抜かれるとふぬけになると言われている。この伝承は溺死者の肛門括約筋が弛緩した様子があたかも玉が抜けたように見えたことに由来するようである(尻子玉は胃や腸などの内臓を意味するという説もある)。人間の肝が好物ともいうが、これも前述と同様の溺死者の姿があたかも内臓を抜き去ったかのように見えたことに由来するといわれる[3]。 相撲が大好きでよく子供を相撲に誘う。相撲に負けた子供は尻子玉を抜かれる。河童は大人よりも力が強いが、仏前に供えた飯を食べた後に闘えば子供でも負けないと言われている。また相撲をとる前にお辞儀をすると河童もお辞儀を返し、それにより頭の皿の水がこぼれてしまうため、力が出せなくなるともいう。 好物はキュウリ、魚、果物。これにちなみ、キュウリを巻いた寿司のことを「カッパ巻き」と呼ぶ。キュウリを好むのは、河童が水神の零落した姿であり、キュウリは初なりの野菜として水神信仰の供え物に欠かせなかったことに由来するといわれる[4]。 義理堅く、魚や薬の製法を恩返しとして提供する民話も多く存在する。 鉄、鹿の角、猿を嫌う。潜水時間は河童は12時間だが猿は24時間なので闘うと猿に負けるという民話もある。シダの葉で頭をなでると人間に化けることができるとされる。 起源 [編集] 歌川国芳画、多嘉木虎之助。田村川で川虎(河童)を生け捕る図 河童の由来は大まかに西日本と東日本に分けられ、西日本では大陸からの渡来とされるが(河伯信仰を参照)、東日本では安倍晴明の式神、役小角の護法童子、飛騨の匠(左甚五郎とも)が仕事を手伝わせるために作った人形が変じたものとされる。両腕が体内で繋がっている(腕を抜くと反対側の腕も抜けたという話がある)のは人形であったからともされる。大陸渡来の河童は猿猴と呼ばれ、その性質も中国の猴(中国ではニホンザルなど在来種より大きな猿を猴と表記する)に類似する。九州北部では河童の神を兵主部羅神ということから、熊本県のヒョウスベもその一派であると考えられる。 河神[5]が秋に山神となるように、河童も一部地域では冬になると山童(やまわろ)になると言われる。大分県では、秋に河童が山に入ってセコとなり、和歌山県では、ケシャンボになる。いずれも山童、即ち山の神の使いである。また、河童は龍などと同じ水神ともいわれる。山の精霊とも言われる座敷童子などと同様に、河童も一部の子供にしか見えなかったという談があり、関連性が興味深い。 河童は、間引きされた子供の遺体が河原にさらされている姿との説もある。江戸時代には間引きは頻繁に行われており、他の子供に間引きを悟られないよう大人が作った嘘とも言われている。 頭の皿については、民俗学者の折口信夫が『河童の話』で興味深い指摘をしている[6]。皿などは食物を載せるための物で、つまりは生命力の象徴である。これに関しては椀貸し淵の伝承が興味深い。膳椀何人前と書いた紙を塚・洞・淵などに投げ込んでおくと翌日には木具が揃えてあった。だがある時借りた数を返さなかった日から貸してくれなくなった、というようなものである。貸し主ははっきりしないのが多く、竜宮・河童というのもあるが狐という所もある。ただ類似の説話に川上から箸や椀が流れてきたという隠れ里にまつわる話やそれに関する迷い家(マヨヒガ)のケセネギツ(米櫃)[7]、淵に薪などを投げ込むと恩返しで富貴になる話などがあり、これらのことからは椀類が生命力から富の象徴になったこと、椀が水と縁の浅からぬ物であることが分かる。 また折口は、壱岐の殿川屋敷で女が井戸に飛び込み、底に椀が沈んでいるという話も紹介した。これについては古くから水の神に捧げる嫁あるいは生け贄や、水に関わる土木工事での女の人柱が多く伝承されていることを挙げ、平戸に伝わる女河童の例で、ある侍屋敷に下女がいて皿を一枚落として割ったので主人が刀で斬りつけると海に逃げ、その姿を見れば河童であったという話を引いている。 『西遊記』に登場する沙悟浄は、日本ではしばしば河童に似た姿で描かれる。詳細は沙悟浄#日本の沙悟浄を参照。 現在の河童 [編集] 浅草かっぱ橋の河童像 現在の日本でも極たまに目撃談があり、ツチノコと並んで日本を代表する未確認生物とも言える。 また、その類の生物としては珍しく、愛くるしい姿で描かれることが多い。水辺に住んでいると伝えられるためか、河川や湖沼の水質汚染防止及び環境保護のマスコットキャラクターにされることが多い。 呼び名 [編集] 各地方毎に様々な名で呼ばれている。 「河童」の訛りとしてガワッパ、ガワワッパ、ガラッパ(熊本県八代地方、鹿児島県川薩地方)、河太郎の訛りとしてゲータロ、ガタロウ、ガータロー(長崎県五島列島など)[8]。語源の「かわわらわ」(川童)に近い訛りとしてカワエロ(岐阜県揖斐郡)[8][9]もある。 水蛇(ミヅチ)の訛りと思われるメンドチ、メドチ、ドチガメなどもある。 また、これらとは全く別系統のものとして、岩手県や広島県の淵猿(ふちざる)[10][11]、高知のシバテン(芝天狗の略)、愛媛県宇和地方でのエンコ[12]、岐阜県大野郡や和歌山県でのガオロ[9]、岡山県(主として津山市)でのゴンゴ、対馬(長崎県対馬市)などでのカワコ[9]、大分県玖珠郡でのカワノモノ[8]、熊本県飽託郡(現・熊本市)でのタビノヒト[13]、鹿児島県トカラ列島のガウルがある[14]。 英語圏内ではウォーターインプの名で呼ばれる。 各地の伝承 [編集] 九州の河童伝説 [編集] 壇ノ浦の戦いに敗れた平家の武士たちは散り散りになって九州に逃れた後、源氏の追っ手に次々と打たれ死んでいったのだが、その打ち滅ぼされた平家の落人の霊魂は河童となり、九州各地で田畑を荒らし、人民牛馬を川に引きずり込むなどの悪戯を働いたと言われる。 豊前 [編集] 大分県の中津市耶馬溪町に鎮座する雲八幡宮では、古くから「河童楽」という河童封じの神事(通称:河童まつり)が行われている。それは河童を中央に囲み、楽を奏し、唐団扇(とううちわ)と言われる大きな団扇で仰ぐことにより荒ぶる河童の霊魂を鎮めるというもので、その後は河童の神通力によって村の平和は守られたと言い伝えられている。筑後国に伝授されたものと河童楽由来記は伝えるがいつ頃から始まったのか定かでなく、筑後にもその伝承が残っていない。現在、大分県無形民俗文化財として指定されており、少なくとも江戸中期ごろかそれ以前より毎年夏の例大祭に奉納されている。 筑後 [編集] 福岡県の筑後川付近には「河童と地元民とのもめごと」や「河童族同士の戦争」の伝説や「河童にちなんだ地名」など比較的年代が明確ではっきりした記録が数多く残っており、少なくともその当時「河童」と呼ばれたものが川辺付近に多く住んでいたと思われる。 特徴は全身が毛に覆われている「類人猿形態」。筑後地方の河童は100匹以上の集団生活を営んでいたらしく、川の上流から海の傍まで幾つかの集団に分かれて生活していたらしい。さらには人語を理解し、人間との複雑な契約も行っていたことから、河童は少数民族ではなかったかとも思われる。昭和初期まで河童を見た人が比較的多くいるのでこの時期に絶滅したのかも知れない。 「水に入る前にはタケノコを食べる」「水に入る前には仏前飯を食べる」といった河童除けの風習は久留米市の水天宮付近が起源とされる。毎年8月には、水の祭典という祭りが行われる。これは、元々河童をあがめるために始まった祭りである。 久留米市民図書館では、河童をモチーフとした置物がある。久留米市では買い物をして集めるカッピースタンプがある。同市田主丸町には街に河童の像が多く飾られており,田主丸駅の駅舎も河童の形状をしている. 牛久沼と小川芋銭 [編集] 茨城県の牛久沼には、「悪さをする河童を捕まえ松の木にくくりつけたが、改心したので逃がしてやると、河童が草刈りをしてくれた」、「河童の手を拾って河童に返したところ、河童が万能の膏薬の作り方を教えてくれた」など、河童にまつわる伝説が多く残っている。 生涯のほとんどを牛久沼のほとりで暮らした日本画家の小川芋銭は、河童を好み多数の河童の絵を残したことから『河童の芋銭』として知られている。晩年には画集『河童百図(1938年)』を出版している。 河童の川流れ 河童は泳ぎが得意であることから、物事に長けている人でも失敗することがあるという意。 屁の河童 河童はいつも水の中にいるため、屁をしてもあまり勢いがないことから、「取るに足りないこと」を「河童の屁」、後に語順が変わった。「木っ端の火」から来たという説もある。 陸(おか)へ上がった河童 河童は水中では能力を十分発揮できるが、陸に上がると力がなくなるとされるところから、力のある者が環境が一変するとまったく無力になってしまうことのたとえ。 カッパ巻き 河童がキュウリを好むことから巻き寿司のキュウリ巻きをカッパ巻きと呼ぶ。 河童忌 小説家芥川龍之介の忌日7月24日。死の直前の代表作『河童』にちなむ。 雨具の合羽(かっぱ)はポルトガル語の capa(カパ)に由来し河童とは無関係である。ただし河童を合羽と書くことはある[18]。 河童を題材とした作品等 [編集] 文学 [編集] 芥川龍之介『河童』(1927) 草野心平「河童と蛙」(1938) - 詩。 火野葦平「石と釘」(1940) 他 - 短編集『河童曼陀羅』(1957) にまとめられた。 南條範夫「水妖記」(1953) - 短編集『燈台鬼』収録。 今日泊亜蘭「河太郎帰化」(1958) - 短編集『まぼろし綺譚』収録。 漫画 [編集] 清水崑『かっぱ天国』(1953–) - 「黄桜」CMのキャラクター原案。 水木しげる『河童の三平』(1961–) 花輪和一『天水』(1992–) 石川優吾『カッパの飼い方』(2003–) つの丸『岸辺のサブロー』(2004–) 御童カズヒコ『ま、いっか~カッパ君 それなりの日常~』(2006–) 鈴菌カリオ 『Sillyなコダマ!!』(2008–) テレビ番組 [編集] 『ウルトラセブン』41話「水中からの挑戦」(1968) 『河童の三平 妖怪大作戦』(東映、1968–1969) - 『河童の三平』の特撮ドラマ化。 『ウルトラマンA』19話『河童屋敷の謎』(1972) 『まんが日本昔ばなし』「河童のくれた妙薬」(1976)「河童の雨乞い」(1976)「かっぱの淵」(1977)「馬の毛をぬくカッパ」(1978)「砂子多の河童」(1978)「かっぱとひょうたん」(1980)「媛女渕の河童」(1981)「ねねこ河童」(1982)「かっぱ地蔵」(1984) 「釣川の長太郎河童」(1986)「カッパのわび状」(1988)「かっぱのかめ」(1989)「禅師河童」(1989)「酒を買いに来た河童」(1991)「市右衛門と河童」(1991)「かっぱにもらった宝物」(1992)「尻ぬき河童」(1994) 『電波少年に毛が生えた 最後の聖戦』 (2002–2003) - 岩手県で河童に扮装した芸人が人知れずに生活する企画を行い岩手県内やスポーツ紙などで騒動となった。 『かっぱまき』(2003) 映画 [編集] 『大巨獣ガッパ』(1967) 『河童 KAPPA』(1994) 『サマータイムマシン・ブルース』(2005) - 河童を直接扱ったものではないが、作中に河童に関する逸話が出てくる。 『河童』(2006) - 芥川龍之介の「河童」の映画化。 『西遊記』(2007) - 河童を直接扱ったものではないが、登場人物の沙悟浄が日本の河童のイメージを受けていると思われる形態をしている。 『河童のクゥと夏休み』(2007) 舞台 [編集] 『河童の指しゃぶり』(2009) 干場麓照脚本 美術 [編集] 喜多川歌麿『河童と海女』(1788) 小川芋銭『河童百図』(1938) CM [編集] 黄桜:清水崑(初代)、小島功(二代目)原画によるアニメーション。 キンチョウリキッド(大日本除虫菊):山瀬まみが河童の着ぐるみで出演。 ソフレ(ツムラ):篠原涼子が河童のパペットと掛け合い。 DCカード:中井貴一が河童、タヌキの着ぐるみと掛け合い。 キャラクター [編集] となりのカッパさんち。:サンリオのキャラクター。 かっぺい、ぱっぴい:阪急かっぱ横丁のマスコット。 かりんちゃん:岩手県遠野市のイメージキャラクター。 かっぱ寿司の社名及びキャラクター(カーくん、パー子ちゃん)。 ぱちゃぽ:日本水泳連盟のマスコットキャラクター。 おカッパちゃん:定山渓温泉のマスコットキャラクター。 竹田六十四:「フラカッパー」に登場する主人公。 村長:「荒川アンダーザブリッジ」に登場するキャラクター。(ポリプロピレン素材の河童の着ぐるみを着たれっきとした人間である) パッカくん:「GIANT KILLING」内に出てくるマスコットキャラクター。 はなかっぱ:あきやまただし作「はなかっぱ」に登場する主人公。 カッパくんとかぱちゃん:アランジアロンゾの「アランジアワー」等に登場するキャラクター。 河童:ぬらりひょんの孫 音楽 [編集] 河童ばやし:うしくかっぱ祭りテーマ曲。作詞:中島清治、作曲:福田正、歌:鎌田英一。 かっぱまきマキ:作詞・作曲:TAMAYO、歌:河童巻。 かっぱが川辺でわっしょいしょい:作詞・作曲・歌:蜂谷清香。 芥川龍之介の河童 〜Candid Friend:東方風神録BGM。作曲:ZUN(上海アリス幻樂団)。 河童をどり:作詞・作曲:瞬火、歌:陰陽座。陰陽座の5thアルバム「夢幻泡影」に収録。 河童ブギウギ:作詞:藤浦洸 作曲・編曲:浅井挙曄 美空ひばりのデビュー曲。 河童と蛙:作詞:草野心平 作曲・歌:NUU 商品 [編集] かっぱえびせん かっぱカップ 建築物 [編集] 雲八幡宮の「あ・うんの河童」(大分県中津市) - 狛犬ならぬ狛河童。 JR九州田主丸駅駅舎(久大本線・福岡県久留米市) 河童橋(長野県松本市) - 芥川龍之介の「河童」に登場。 河伯洞(福岡県北九州市若松区) - 河童を題材に好んだ小説家火野葦平の旧宅・記念館。 地名 [編集] 合羽橋(東京都台東区)- 由来は不詳だが河童をマスコットとする。 カッパ淵(岩手県遠野市) - 河童伝承がある。 人物 [編集] アルシンド・サルトーリ - サッカー選手。髪型からカッパと呼ばれた[19]。 脚注 [編集] [ヘルプ] ^ 京極夏彦・多田克己編著 『妖怪図巻』 国書刊行会、2000年、147頁。ISBN 978-4-336-04187-6。 ^ 多田克己 『幻想世界の住人たち』IV、新紀元社〈Truth in fantasy〉、1990年、110頁。ISBN 978-4-915146-44-2。 ^ 石川純一郎 『河童の世界』 時事通信社、1985年、新版、129–131頁。ISBN 978-4-7887-8515-1。 ^ 『河童の世界』、231–237頁。 ^ 『日本書紀』には「時天皇夢有神 誨之曰 武臟人強頸 河內人茨田連衫子 衫子 此云 於河伯 必獲塞 則覓二人而得之 因以禱於河神」の河伯、河神」(仁徳天皇11年(323年))や、「於吉備中國川島河派 有大虯令苦人」の虯令(みづち)(仁徳天皇67年(379年))など河神の記述がある。 ^ 折口信夫『古代研究II』223–252項、中公クラシックス、2003年 ^ 柳田国男『遠野物語』 ^ a b c 『河童の世界』、57–62頁。 ^ a b c 民俗學研究所編著 『綜合日本民俗語彙』第1巻、柳田国男監修、平凡社、1955年、321–432頁。 ^ 佐々木喜善 『遠野のザシキワラシとオシラサマ』 宝文館出版、1974年、96頁。 ^ 三坂春編 「老媼茶話」『近世奇談集成』1、高田衛他校訂、国書刊行会〈叢書江戸文庫〉、1992年、26–27頁。ISBN 978-4-336-03012-2。 ^ 水木しげる 『水木しげるの憑物百怪』上、小学館〈小学館文庫〉、2005年、80頁。ISBN 978-4-09-404702-8。 ^ 民俗學研究所編著 『綜合日本民俗語彙』第2巻、柳田国男監修、平凡社、1955年、892頁。 ^ 『河童の世界』、259頁。 ^ 宮本幸枝・熊谷あづさ 『日本の妖怪の謎と不思議』 学習研究社〈GAKKEN MOOK〉、2007年、33頁。ISBN 978-4-05-604760-8。 ^ “北野天満宮の歴史”. コスモスの町きたの. 北野町商工会. 2009年1月31日閲覧。 ^ “松浦一酒造HP”. 2010-02-6閲覧。 ^ 『広辞苑』 ^ 【写真で見るきょうは何の日】「鹿島のカッパ」アルシンド活躍 - zakzak 2010.06.16 関連項目 [編集] 水妖 水虎 メドチ 禰々子 遠野物語 外部リンク [編集] ウィキメディア・コモンズには、河童に関連するカテゴリがあります。 各地の河童の話:「小説家隆慶一郎(脚本家池田一朗)公式サイト」より 黄桜かっぱミュージアム:CMキャラクターに使用している黄桜公式ホームページより 河童の沙悟浄 カテゴリ: 出典を必要とする記事/2011年1月 | 河童 | 人型未確認動物

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