-許せないモノ×譲れないモノ
モルステップに一通の挑戦状が送られた。
送った相手は………
―――ユール・オズアンス
プリーストという道に全てを捧げる、神を愛し神に愛されし者。
数多くある可能性と未来を捨て、プリーストにこだわり続ける男。
―――【モルステップ】と【ユール・オズアンス】の戦闘スタイルには共通する所が多い。
何も知らない人が見れば、二人は同門の仲間と思われるだろう。
ディスクを多用する点も同じである。
だが、意外にも二人はその戦闘スタイルを完成させる段階まで全く互いを知らなかった。
ディスク投擲を始めた時期はビルマルクで共通していたし、投擲技術の高さも拮抗していた。
酷似し過ぎている戦闘スタイル。
自分のドッペルゲンガーと言える存在。
互いの存在を知った二人は、当然のように驚いた。
しかし、大抵の場合、ユールはモルステップの模倣と見られることが多かった。
確かに戦闘スタイルはとてもよく似ているが、何故だろうか。
この戦闘スタイルを始めたのはむしろユールの方が早かったし、
知名度もモルステップに劣っていなかった。
しかし………残酷だが、二人が決闘場でぶつかった場合
必ずモルステップが勝つのだ。
『モルステップのほうが強い』『奴は所詮モルステップのマネごと』『贋作がオリジナルに勝てるはずがないか』『プリーストなんてものに拘らなければなぁ』
罵声も皮肉も、常にユールに向けられていた。
―――許せなかった
それは自分のスタイルが劣化とされるからではなく、自分に似たスタイルに敗北することが。
負けることは当たり前とも思えた。
モルステップには、ユールから見れば目眩がするような技術が数多くあったから。
インファイターがインファイターたる所以であり、攻撃範囲をまったくの別物に昇華させる【拳気放出】………拳を壊したモルステップがこれを有し、五体満足なユールに無いのは、なんと皮肉なことか。
無限のコンボを可能とする【ドライアウト】………ラッキーストレートからスマッシャーやセカンドアッパーに繋げる技術に何度膝を折ったか。
そして何よりも羨ましく見えたのは………
―――【ホーリーカウンター】
傍目から見ればただの神への祈り。
だが実際は、目の前の相手を哀れむ姿である。
目の前の相手が無様に敗北する姿を予感し、憐れむ姿である。
一度カウンターが発動すれば、それは刹那に相手に叩き込む死神の杭となる。
脳髄に刻まれる敗北の痛み。
遠ざかる勝利の足音。
この攻撃の前に何度勝てる試合を砕かれたことか。
攻撃の起点、高速移動による急速接近、並びに戦線離脱、カウンターによる主導権の奪取。
4つもこなせるこの高等技術は、心の底から欲しいと思った。
モルステップは挑戦状で指定された場所に着いた。
既にその場所にはユールが佇んでいた。
―――なぜ負けることは当たり前と思っているのに、挑戦状を送ったのか
簡単だ。たとえそう思っていても、簡単に納得できる生物ではないのだ、男というものは。
愚かであり、だからこそ美しくもある。
ユールが静かに語り出した。
「挑戦を受けてくれてありがとう。…挑戦状を送った理由ですか。いいでしょう。戦いの前に少し話しましょう。
僕はこの戦闘スタイルを誇りに思っている。たとえ貴方の劣化と蔑まれても、気にしない。
………あなたは強い。対峙しているだけで、強烈な吐き気に襲われるほどに。
だけどね、僕がどんなに努力して貴方を超えようとしても、貴方はいつもその一つ上を行ってしまう
僕が貴方と初めて決闘で手を合わせた時も。あの敗北によって僕があの夜どんなに悔しかったか…。
貴方に…、貴方に理解できますか? このままじゃだめなんだ。負け犬に慣れてしまう。
二位じゃだめなんだ。僕は、一位になりたい。一位を目指さない敗者なんて、ただの死体と同じだ。
今こそ、貴方を倒し、貴方の引き立て役だった過去に決別させてもらいます。
………あの世で僕にわび続けろ。モルステップ………ッ!!!」
戦闘は最初から嵐のようだった。
ここは決闘場ではない、手加減も遠慮も慈悲もない。
ただ全力で互いを殺しあうだけ。
形勢は誰の目から見ても明らかだった。
モルステップは息ひとつ切れてなく、対するユールは全身ぼろぼろだった。
ユールが踏み込みを開始する。
それを嘲笑うかのようにモルステップがホーリーカウンターで一蹴する。
彼の希望を何度かき消したか分からないその攻撃にまたも膝を折る。
もう十分戦った。僕はプリーストとしてよく戦った。………そう諦めれば楽ってことぐらい彼が一番よくわかってる。でも………
………『まだ立つか』モルステップが呟いた。
何度でも立ち上がる。灼熱に燃える太陽のようにまぶしい勝利を手にするまで。たとえ其の身体がイカルスの翼と同じく近づけば近づくほど溶ける運命にあろうとも。手が届くまで繰り返してやる。
このスタイルを最初に確立した誇りがある。
このスタイルでは、負けられない。
意地がある。このスタイルを最初に始め、貫いてるという意地が。
それだけは絶対に譲れない。
「攻撃の手札が貴方の方が多いとか、貴方の方が優れているとか、貴方は僕に負けたことがないとか、何ら一つ関係ない!」
超えるべき壁でも、挫折の味を叩き込む強敵でもない。
ただ目の前に居るのはまるで自分。………自分には、何があっても負けられない。
「貴方に負けたあの日の悔しさを、忘れることはできない………」
『だが、君の負けだ』
「黙れよ、うるさいんだよ、インファイターッ!!」
―インファイター
――あぁ
―――それは
――――わたしの
―――――モルステップは久方ぶりの興奮を覚えた。
それは相手が好敵手だからでも、鬼気迫るオーラからでもない。
自分を、まだインファイターと呼んでくれる人がいたから。
自分をまだインファイターと覚えてる人がいた。
あぁ…そうだ。私はインファイター。
胸を震わせるほどの感動だった。
ならば全力でぶつからねば無礼だと、彼は改めて全身に力を込める。
再びモルステップはホーリーカウンターの準備運動に入る。
全ての希望を刈り取る死神の鎌。
攻撃が速すぎて何が起こったか分からないと傍観者は言うが、被害者にはその一瞬が、死刑を宣告された罪人の如く悠久に感じる。なるほど。これを遂行するのはインファイターしか無理であろう。
慈愛の心を持っているものに、こんな残酷な攻撃はできまい。
悔いも、懺悔も、希望も、絶望も残らず消し去ってしまう。
あるのは絶対なる『無』だけ。
彼も何度この攻撃に希望を消されたか。
蘇る敗戦の記憶。ひしひしと感じる死の気配。
本能がここに居る事を拒否して逃げ出そうとしている。
それを全力で押さえ込む。
勝機は見えている。
たとえそれと付随して幾百の死線が見えても、関係がない。
ユールは正面から受け入れる。
ずっと思い描いてきた勝利の方程式を体現する。
ただ、真正面から………スマッシャーで跳ね返した。
幾度も狙い何度も失敗した狙い。
ようやく成功を手にする。
この戦いにおいてひたすら見ていた勝機に、今ようやくたどり着いた。
倒れたモルステップは現状を理解できない。
ただの一度も投げられることなんてなかったのだ。彼の聖なる攻撃技術が敗れることなんてなかった。
その隙をユールが逃すはずもない。
ずっと手を伸ばして掴んだ一縷の好機。
手を離したらもう二度と手に入らない細すぎる糸。
ユールは武器を一気に振り上げ、
―――そのまま後ろに倒れてしまった。
すでに肉体は限界を超えていた。
ただ一回の振り下ろし攻撃すら、身体は耐えきれなかった。
モルステップはゆっくりと立ち上がる。 見下ろされた格好で、ユールは悔しそうに呟く。
また届かなかったかと。
モルステップは満足そうに微笑むと、その場を去っていった。
「負けられないんだ。
僕はどんな職でもやっていけるって証明したいんだ。
そんな想いを生まれたときから、ずっと背負っている!
そんな宿命を僕は恨んだりしなかった!
むしろ光栄だった!僕がその証明を出来るなら!
だけど、だけど!勝てない…!
あんたみたいに武器を刺さずに金持ちの道楽をしているわけじゃないんだ!
なのに、なんで、なんで勝てないッ………!」
『訂正しろ。私はふざけてなどいない』
モルステップが振り返り反論する。
『私はこのスタイルを認めさせたい。
そして普及させたい。
だから私だって負けるわけにはいかない。
武器を友とするインファイターこそ、王道だと』
そして踵を返し、また歩いて行く。
ユールはその後ろ姿を悔しそうに見ることしかできない。
『モルステップはインファイターとしてまるで才能がない』と世間は言うが、僕から見れば、宝石のように輝くものをいくつも持っているじゃないか。
決して僕の手に届かないもの。
決して僕が手にすることはできない宝物。
けれどそこに後悔はない。ユールはプリーストを貫いていることに、一切の後悔なんて持っていない。プリーストで勝つことに意味がある。プリーストであることに意義がある。プリーストを貫く意地がある。
「次は負けねぇぞインファイター」
負けはしたが、得るものはなかった。
その収穫を噛み締め、彼は眠りに落ちた。
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