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第7回 人生のお値段と転職のタイミング

2007年7月 2日


■とりあえず知っておきたい自分の値段

心の中に何らかの「おきまりの基準」を持っておくと、もやもや感はだいぶ軽減されますし、意志決定の助けになってくれます。Life Hacks! は文字通り人生を支配する方法ですから……ここはひとつ「人生に関するおきまりの基準」を考えてみようじゃないですか。なんの話が始まったのかわからない? いえいえ話の内容は前回に引き続き割り引き現在価値のお話です。

幸か不幸か、私たちのほとんどは働かないことには喰っていけません。そこで、割引現在価値を使って私たちの仕事のお値段を出してみようというわけです。自分の値段がわかっていると、転職やリタイアの目安を測ることができるんです。

まずは自分自身が一生で稼ぐことのできる金額が今現在いくらくらいのものなのかを計算してみましょう。これは、例えば、「これから60歳までただ働きをするかわりにいくらもらえばいいか」という計算になります[*1]。

あなたは現在35歳、勤続10年のサラリーマンとします。現在の年収は700万円[*2]。今後の出世はほぼ人並みになりそうだとしましょう。
 まずは割引率の設定です。いまどかっとお金をもらうかわりに今後何にももらえないわけですから、これからは資産の利回りで暮らさなければなりません。そこで、借金のない人の割引率である2%をこの計算の主観割引率として使いましょう。
 次に昇給です。これは2000年以降のサービス業主要企業の賃金上昇率[*3]の平均値である2%を使いましょう。
 すると来年の年収は700×1.02万円、これを現在価値に直すためには1.02で割ります。すると、来年の年収の割引現在価値はやはり700万円です。N年後についても事情は同じで、年収は700×(1.02のN乗)万円。これを1.02のN乗で割るので現在価値は700万円です。主観割引率と賃金上昇率が同じ値なため計算は大幅に簡単になり[*4]、700万円×25、つまりは1億7500万円があなたの給与・賞与の現在時点での価値です。
 比較的安定した会社に勤めている場合にはもうひとつ忘れてはならないものがあります。退職金です。退職金いくらくらいもらえるかは各企業の規定により大幅に異なりますが、ここでは公務員の勤続34年時点自己都合退職での掛け率である50ヶ月を使ってみましょう。退職金は基本給部分にのみかかるのがふつうですから2%で伸び続けたあなたの基本給57万円×50ヶ月、つまりは2850万円が予想される退職金です。これを1.02の25乗で割ると退職金の割引現在価値は約1750万円となります。
 したがって、あなたがこの会社を定年まで勤め上げて稼ぐ総額の現時点での価値は1億8750万。つまりは2億円弱となります。あたりゃしないくせについつい買っちゃうジャンボ宝くじは一等前後賞合わせて3億円。35歳のあなたの今後の全労働の1.5倍の価値というわけですね。

■tipsとしてまとめてみよう

いろいろと細かい計算が続いたのでつかれた方もいるかも知れません。そこで、以上の方法を使い勝手がよいように簡易化しておきます。みなさんも自分の今の仕事の価値を計算してみてください。

あなたの労働の価値
=昨年度年収×(60-今の年齢) + 予想退職金÷(1.02の(60-今の年齢)乗)

です。予想退職金は俸給表と退職金規定から求めてみてください。もし、よくわからないという場合はさらに簡略化して、「予想退職金÷(1.02の(60-今の年齢)乗)」の代わりに30代ならば昨年度の年収の2.5倍くらいを足してください。

■意志決定のために使ってみよう

ある日突然に「あなたの今後の全ての労働所得をXX円で売ってくれないか?」というオファーを受けるなんてことはあり得ません。ただし、この思考法は案外使い途があります。それが転職の意志決定です。転職の際に気になることのひとつが「退職金のせいで大損になるんじゃないか?」という疑問です。とはいえ、もっとよい環境の職場に移れるのは嬉しいし……なかなか迷うところです。そんなとき役に立つのが、「結局いくら損なんだ!」という計算です。

現在の会社での年収をX円、転職後の年収をY円としましょう。ふたたびこのまま現在の会社にいた場合に得られる収入総額の割引現在価値は、

25X+(退職金の割引現在価値)
=X×25 + (退職金掛率)×X/12
≒29.2X

です。退職金掛率は公務員のものを参考に50とし、簡単のために年収の12分の1に退職金がかかると仮定しました。一方、転職した場合には現時点で退職金を受け取ることになります。そして転職先での退職金計算は(定年まで勤めるとして)勤続25年のものが使われます。勤続10年自己都合での退職金掛率を6、勤続25年定年での掛率を公務員のものよりやや低い35ヶ月で計算しましょう。すると、転職をした場合の今後の収入の割引現在価値は、

25Y + 6X + 35Y/12
≒0.5X + 27.9Y
となります。ここで両者を比較すると

転職しない場合の収入現在価値 29.2X
転職する場合の収入現在価値  0.5X + 27.9Y

で、両者の差は28.7X-27.9Yとなります。仮に、転職前も転職後も年収が同じだとすると……その差は年収の80%となります。金額に直すと年収700万円の人にとっては560万円ほどです。これが安いか高いかは、やはり悩みどころではありますね。また、転職によって「得になる」のは転職先で得られる年収が3%上がるならば将来収入の割引現在価値は転職をした場合の方が高くなります。これは意外とあり得る数字なのではないでしょうか。

転職をすると退職金の金額は確かに少なくなります。しかし、割引現在価値を計算するとその差は思ったほどには大きくないというわけです。みなさんも一度自分の転職条件を整理してみてはどうでしょう。

*******
※1 もちろんこんな契約はありません。労働法に反していますから、お金をもらったらみんな即バックれてしまうでしょう。第一、一度にそんな大金をもらったら累進課税のせいで大損です。あくまでこれからの自分の労働全てのお値段を知るための作業と考えてください。
※2 基本給35万円、手当5万円、ボーナス6.5ヶ月だと年収はほぼ700万円です。本来ならば毎月ごとに割引計算をしなければなりませんが、結果に大差はないので大晦日に年収分を一度にもらうとして計算をします。
※3 厚生労働省『民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況について』
※4 これは偶然や計算を簡単にするための方便ではありません。賃上げ率と安全資産の収益率はだいたい同じ値になります。


第8回 金のことばかり言うんじゃないよ!?

2007年7月 9日


■陰鬱な科学

3回にわたって解説した割引現在価値の利用法ですが、そろそろウンザリしたという方も多いんじゃないでしょうか。そして、少なからぬ人が「なんでもかんでも金に換算すりゃいいってもんでもないだろ」と感じられたかと思います。「お金じゃ買えないものがある[*1]」というおきまりの言葉があたまに浮かんだ人もあるかもしれません。

「お金じゃ買えないもの」は確かにたくさんあります。あれとかそれとか。身近なものとしてはこれとか……。えーと皆さんもすぐに思い浮かぶでしょ。しかし、その一方で「なんでもお金に換算できる」というのもまた正しい主張と思われます。

別に禅問答を始めようというわけではありませんし、かといって只管打坐しようというわけでもありません。論理学の問題です。仮にXはお金では買えないとしましょう、ここで、「そのXをあきらめなければお前に1兆円の自己破産不能な債務を負わせて、一生奴隷にするぞ」と言われたらどうでしょう。多分あきらめるんじゃないでしょうか。お金じゃ買えないものの代表は「健康」かもしれません。しかし、「病気にはならない代わりに一生貧乏でいずれ餓死する」のと「病気にはなるが人並みの生活」を選べと言われたらまぁ後者を選びますよね。このとき人並みの生活費・一生貧乏といったお金の問題と健康は比較可能な形になっています。

「Xを金銭に換算するなんてとんでもない」という言及は、「Xを金銭に換算するととんでもない”額になってしまう”」という意味だと理解できます。

■心の中に定規を持とう!

なんでもかんでも金銭換算できるとなると、心の中になんらかの換算レートを持っておくことが素早い意思決定の目安になります。

Life Hacks! の基本技法の一つに、標準作業時間という考え方があります。普段ルーチンでこなしている業務について「必要な時間の目安」を計測し、標準作業時間を割り出しましょう。

例えば、私はWIRED VISIONの1回分原稿を書く標準作業時間は3時間です。すると、週間スケジュールを設定する際には本blogの執筆のための時間として(やや余裕を見て)4時間ほど空けておけばよいと言うことになります。また、ある週に原稿執筆が2時間で終わったなら「なんとなく好調」、逆に半日かかってしまったら「不調だ」と自分のコンディションを確認するツールとしても機能します。

標準作業時間の金銭バーションとも言えるのが自分コスト[*2]の計算です。最も単純な自分コストの計算方法が、年収/年間労働時間による「自分時給」の算出です。早速、昨年度の源泉徴収票を引っ張り出して、収入(会社員の場合はコレに社会保険料[*3]を足して下さい)を平均的な週の労働時間×50週で割ってみましょう。週の労働時間は申告分ではなく、サービス残業まで含めた実労働時間で考えてください。

それがあなたの時給です。思ったより高かった人低かった人様々でしょう。ちなみに全く残業をしないで(そんな人がこの世に存在するのかどうか疑問ですが……)年収+社会保険料600万を稼ぐ人の時給は3000円です[*3]。

フリーで働く人の場合、この自分時給は作業の生産効率を計る上で大きな役割を果たします。自分時給3000円のフリーライター氏が取材や事務作業を含めてほぼ一週間……40時間かけて原稿料10万円の記事を書いたとしましょう。この記事に関する時給は2500円です。さらに自身の標準作業時間を勘案することで、(1)この仕事での作業効率が悪かった(もう少し効率的に動かなければ)、(2)原稿料の安い会社にあたった(この会社からの依頼は控えめにした方がいいかな?)のどちらであったのか理解することが出来ます。

また、企業にお勤めの場合でも「残業は実際にペイしているのか?」などと考える際に自分時給の考え方は有効となります。もっとも残業するか否かを自分で決められることは稀ですが……。残業は通常、基本給÷160(月の規定労働時間)×1.25ほどです。試しに自分の時間外手当を計算してみてください。自分時給よりも低いという人が多いと思います。残業代は高いと思っている人も多いかも知れませんが、実は会社にとっては(サービス残業ではないとしても)残業は安価な労働調達手段なのです。

そしてあなたが管理職ならば、部下のそれぞれの時給を把握しておくことをオススメします。自分時給3000円の部下に1時間当たり1000円程度の収入しか生まない仕事をさせていませんか?

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※1 お金じゃ買えないけどカードなら買えるという話ではなく、お金でもブラックカードでも買えないものがあるという意味で。
※2 小山龍介(2006)、『TIME HACKS!』、東洋経済新報社。
※3 社会保険料は多くの会社で従業員と企業で半分づつ払っています。したがって給与明細に記載されている「社会保険料天引き」と同じ額を会社があなたのために社会保険庁に支払いをしてくれているので、これは巡りめぐって自分が稼いでいるのと同じことです。
※4 仮に毎週20時間残業をしている(完全に労働基準法違反ですが結構いると思います)としても時給は2000円です。フリーターがいかに厳しい状況かわかるんではないかと思います。


第9回 タダほど高いものはない?

2007年7月17日


■機会費用

先週のエントリでは、あなたの年収を労働時間で割った金額を時間時給と呼びました。この種の自分時給を算出する理由は、作業効率のチェック等の技術的なもののみではありません。もうひとつの……そして経済学的な理由は「機会費用」の存在です。

通常、費用・コストというと金銭的な支出を伴うものばかりに目がいってしまいます。しかし、経済学の考える「費用」はこれよりももう少し広い意味を持っています。これを機会費用の概念といいます。機会費用は「何かを行う際に犠牲にモノ・事・金」とまとめられるでしょう。まぁ、こんな木で鼻を括ったような定義だと腑に落ちない感じが残りますから、ここは具体例で考えていくことにします。

■「無料ご招待セミナー」に参加するコスト

無料だって言うんだからコストはゼロ……ではないですよね。本当にコストがゼロならば世界中のすべての人がそのセミナーに参加するはずです[*1]。セミナー自体が無料でも交通費がかかるからでしょうか。それもあるかもしれません。

しかし、もっと重大なことは「そのセミナーに参加すると、“そのセミナーに参加しなければ出来たこと”が出来なくなってしまう」という機会費用の存在です。最も単純なものとしては「そのセミナーに参加しなければ、残業やバイトで3000円くらい稼げたはずだ」という金銭的なものがあげられます。3000円を捨ててセミナーに参加するということは「セミナー参加に3000円支払っている」ことと同じじゃないですか。自分時給を頭の片隅においていくと、この種の「目に見えない費用」の見落としを防ぐ効果があるというわけです。

皆様が今読まれているこのblogも購読にお金はかかりません。その一方で、私の書く文章は……まぁ少なくとも価値はマイナスではないと思います[*2]。にもかかわらず、読者が爆発的に多いワケではないのはなぜでしょう? この答えも機会費用です。私のエントリを読んでいるとあなたの貴重な10分間が失われてしまいます。それによって、10分の自分時給や他のもっと楽しくて役に立つwebコンテンツを読む機会を失ってしまうことになる。だから、僕のエントリを読む人はそう多くはないというわけ。

さて、ここでちょこっとだけ表題の「Social Science Hacks!」してみましょう。30歳以下の若者層では、ネットの利用時間が長いほど収入が低いといわれます。保守良識派の人がとびあがって喜びそうなお話しですね。ネットが人間をダメにするという証拠が出たわけですから。でも、よ?く考えてください。webコンテンツを楽しむための金銭的支出は限りなく0に近い。すると……webコンテンツ利用のコストって何でしょう。このように考えを進めれば、「ネットの利用時間が長いほど収入が低い」という調査は至極当たり前の事に過ぎないことに気づくことでしょう。

■実は経済学の生誕の地なのです

経済学者はたいてい機会費用概念を説明するのが大好きです。私は、その理由の一つは機会費用の発見によって現代につながるスタイルの経済学が発足したからではないかと思います。

経済学の誕生というとアダム・スミスか? それとももう少しマニアックにフランソワ・ケネーか? と思われるかも知れません。しかし、アダム・スミスの『諸国民の富』を読む限り、その内容はそれほど現在の経済学のスタートラインになっているとは思われません。むしろ、金銭問題を学問的に取り扱ったはじまりである点で歴史的転機だったと考えたほうが良さそうです。ケネーの『経済表』も同様で、経済学というより経済統計の父と言った方がしっくり来ます。

もったいつけてしまいましたが、私が考える経済学の父はデビット・リカード、そして彼の比較優位説です*3。リカードによって、「数学的な論理の力を借りて整理した議論で経済問題を考える」という現代の経済学につながるパターンがスタートしたと考えています。

比較優位説は、当時の政策立案に影響力があった[*4]重商主義批判、具体的には英国への農産物輸入を阻害する穀物法批判から生まれた学説です。比較優位説の結論は「自由貿易は貿易に参加するすべての国の経済的な豊かさを向上させる(少なくとも悪化する国はない)」というものです。

教科書にはっきり書かれていないことが多いのですが、比較優位説は機会費用概念そのものです。各国は他国よりも低い機会費用で生産できる財(比較優位財)に特化し、比較優位財を輸出して、そうではない比較劣位財を輸入することで一国全体で利用可能な財の量をふやすことが出来ます。

さて、この比較優位説をビジネスシーンに応用してみましょう。これまた古典的な例ですが、世の弁護士は、その人の経理などの事務処理の能力がいかに優れていても、通常は秘書を雇います。雇い入れた秘書よりも自分の方が事務処理が得意なのにもかかわらずです。なぜでしょう。

答えはまたまた機会費用にあります。弁護士が弁護活動の手を止めて、事務処理に時間を割くことには大きな機会費用が存在します。事務処理よりも弁護活動の方が(たいていの場合は)収入も多いでしょうから。したがって、この弁護士氏はその秘書に比べ事務処理の絶対的能力は高い(これを絶対優位といいます)ものの、機会費用を考慮すると秘書に対して事務処理について比較劣位にあるのです。比較劣位にある活動は輸入……この場合はアウトソーシングすべきです。

みなさんの身の回りの作業で、たしかに自分も結構得意(絶対優位)だけど、実は比較劣位だという活動はありませんか? もし思い当たる節があれば、思い切ったアウトソーシングを検討してみてはいかがでしょう。

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※1 そのセミナーにはなんらかの価値があるとします。参加すること自体が苦痛な講演会ってのも結構ありますが、それはひとまずおいておきましょう。なお、「本当にタダなら世界中の全員が参加する。しかし、現実にはそうではない。だから実際にはタダではない」という背理法チックな考え方は非常に経済学的だと、僕は、思います。
※2 というか思いたいです。誰かそういってやってください。
※3 アインシュタインが「経済学の結論なんてどれも当たり前で分かりきったことばかりじゃないか」と切り捨たのに対し、サミュエルソンが「比較優位説はそうでもないじゃないか」と返したという伝説がありますが……これってホントの話なんですかね。
※4 というか、いまでも「貿易黒字は善い!赤字は悪い!貿易赤字になるから自由貿易はよくない」という重商主義は政策に大きな影響を与えています。


第10回 人の心はわからない

2007年7月23日


■確率的に鹿を狩る

Hacks! のように簡単化されたtipsを使って仕事や思考を支配しようとする方法論には抵抗感がぬぐえないという人も多いことでしょう。その「抵抗感」の正体は何でしょう。「こんな単純な方法だと対応できない事態があるんじゃないか」というのが第一の理由ではないかと思います。しかし、どんなに複雑な方法でも「対応できないときは対応できない」んじゃないでしょうか。Hacks! のひとつのコツは上手な「あきらめ」だと思います。

上手な「あきらめ方」の法則なんてあるんでしょうか。僕はあると思っています。日常の生活から仕事に至るまで、多くの予想や意思決定において「100%ぴったり当たる必要はないが、ほどほど正解に近い方がよい」「大幅に外すせば外すほど非常に不味い[*1]」というのはよくあるケースでしょう。この場合、最も安全なのは「平均的に当たる」ように予想することです。

計量経済学者をダシにした古典的ジョークにこんなものがあります。

ある計量経済学者と狩りに出かけたら、手頃な鹿に出くわした。計量経済学者氏のライフルは1回目には右に1mほどはずれた。再度、ライフルを撃ったが今度は左に1mはずしてしまい、鹿は逃げ去ってしまった。しかし、計量経済学者氏は「私たちは確率的に鹿をとらえたよ」と満足げだった。

という話です。たいして面白くないジョークですが、計量経済学者氏は確かに平均的には鹿に命中しているのです。

■とりあえずマクロで

ビジネスシーンで必要になる予想の一つが「クライアントの気持ち」や「ライバルの行動」の予想です。みなさんも相手の仕草や目線、言葉の端々からなんとか相手の心を読んでやろうと努力されていることでしょう。しかし、現代のビジネスは古典的な対人取引から顔の見えない相手への営業活動へと変わってきました。会話も仕草もなしに……つまりはノー・ヒントでクライアントやライバルの心を知るにはどうしたらよいでしょう。

ここで重要になるのが「あきらめ」です。どうせ、そんなことわかったもんじゃありません[*2]。そんなときの次善の策は何か。出来る限り大外しを避けて通ること。もうすこしめんどくさく言うと「はずれの期待値を最小化すること」です。

Xさんは30歳の日本人男性であるということを知っているだけで、会ったことも話したことも、他の人からの伝聞情報も無いとします。このとき、Xさんの身長を予想しなければならないとしたら……大外しを避ける最も賢い方法はなんでしょう。そうです。とりあえずは30歳の日本人男性の平均身長であると予想しておけばよいでしょう。実際のXさんの身長がぴったり平均身長だなんてことはないでしょう[*3]。おそらくはもっと背が高かったり低かったりすることでしょう。全体での平均値に比べ、実際の値が「高かったり低かったり」するからこそ全体の平均値は予想値として安全(大外ししない)というわけです。

■ひっくるめて残るコト

身長を予想するなんていかにも教科書みたいな事例はさておき、ビジネスシーンで予想したい「人間の気持ち」「人間の行動」を考えてみましょう。

人間はインセンティブに基づいて行動します[*4]。ある行動を行うか否かは、その行動を行うべき理由と行わないべき理由を比較して決定されています。行動に限らずある意見を持つか否か、ある気持ちになるか否かについても同様です。これを損得勘定とかメリットとデメリットと言ってしまうとなんだか金銭問題のみのように感じてしまいますが、「行うべき理由と行わないべき理由」は金銭的なモノには限定されません。これは完全に主観的な問題です。

世の中にはいろんな人がいます。自然に囲まれた田舎でのんびり暮らしたいという人もいれば、都心部じゃないと生きていけないぞという人もいます。そして社会の理想像についても、みんなで平等に楽しく暮らしたいという人から、むしろ他の人より自分が上なことがなによりの快感だという人まで様々です。

こんななかで、「平均的な人のインセンティブ」を考えるとき……残るモノは何でしょう。都会がいいとか田舎がいいとか、平等がいいか自分だけ豊かなのがいいとか。そういった人によってそれぞれな「好み」の部分は平均をとると打ち消しあってしまいます。その一方で、平均をとっても消滅しないインセンティブの元は、「損より得の方がいい」「(他の条件が一定ならば)貧乏より金持ちの方がよい」というポイントでしょう。

特に事前情報がないとき、相手の行動原理の予想として最も安全なのは「この人は”金銭的に損よりも得な方がいい”と思っている」と考えておくことです。僕が「金のことばっかりいう」のは、僕が守銭奴だからではありません。不特定多数の人に話すに際して、大きく外さないで話題を選ぶとどうしても金の話に傾かざるを得ないのです。

だれかの行動や感情を予想するとき。まずは「この人は”金銭的に損よりも得な方がいい”と思っている」と予想し、その後に追加情報を得るにつれて予想の絞り込みを行う。そうすることで第一印象や経験則だよりではない読みが可能になるでしょう。

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※1 正確には、外れのダメージが「外し方」の自乗に比例するような場合を指します。
※2 「そんなことはない」という方は、ぜひその方法を教えていただければと思います。ノー・ヒントで人の心を読む方法があるのなら本当に嬉しいです。
※3 ちなみに、平成7年の20歳平均身長が171。1cmとのことなので、現在の30歳の平均身長もこんなとこでしょう。マニアな人のために……Xさんの身長が171。1cmなんてことは「めったにない」どころではなく確率0でしかあり得ませんよね。
※4 もう少し詳しく言うと、人間行動の基礎を「インセンティブ」と呼んでいるという話なのでこの表現は正確ではありません。


第11回 RPG的(?)人間観

2007年8月 6日


■テンプレートにRPG批判

僕たちから下の世代(先月32歳になりました)ならばほとんどの人がゲーム機やPC[*1]でRPG(ロール・プレイング・ゲーム)をやったことがあると思います。そして、子供や若者が夢中になるとお偉方がその害毒を喧伝するというのは有史以来(?)変わらぬ現象でしょう。ゲームをやると何とか波が出たりでなかったりするみたいですし[*2]。なかでもストーリー性のあるRPGでは「現実とゲームの区別がつかなくなる」ってなかんじのテンプレートな批判でおなじみでしょう。

さて、この手の批判のくだらなさ加減は拙著『ダメな議論』(ちくま新書)を参照いただくとして……今回はあえて「現実とゲームの区別がつかなくなる」について真面目に考えてみましょう。

現実とRPGの大きな違いは何でしょう。敵を無批判に殺していく残忍性? 死んでもリセットすればやり直せる安直さでしょうか……。これらも現実の違いではありますが、RPGに限った問題じゃない。すべてのゲーム(ビデオゲームに限らない)に共通する話ですし、第一、こんな明らかな違いについて「区別がつかなくなる」なんて状況は心配してもしょうがないでしょう。ここで考えたいのは。RPGの特徴、そして現実の生活や仕事と混同してしまいかねない特徴です。

RPGの重要な特徴の第一は普通に敵を倒していけばプレイヤーのキャラクターが成長することです。そして、レベル10になればレベル1の時には苦戦していた相手を一撃で倒すことが出来る[*3]。言い換えるならRPG世界では努力は必ず報われるというわけ。これこそ現実、そしてテーブルゲームなどのゲームとRPGの一番大きな違いではないでしょうか。

したがって、「RPGによって現実とゲームの区別がつかなくなる」という主張は、「RPGによって、”努力は必ず報われる”というゲーム的な思考と現実の区別がつかなくなる」と言い換えるべきでしょう[*4]。あれ!? これって文部科学省推薦の映画やら本やらでも支配的な発想な気がするんですけど……。

■なぜ努力が報われなかったりするのか

なんで努力が報われないことがあるんでしょう? それを考えるためには、「報われる」についての定義が必要です。

「練習したらピアノの練習曲が弾けるようになった」ということで「報われた」と思うならば、「努力は必ず報われる」という主張はそれなりに一般性を持つといってよいでしょう。つまりは、努力することで独立の(絶対的な)目標水準をクリアすることができるというのはまぁ妥当だといってもよい。趣味の世界での目標はえてして他者から独立した対象として設定されます。趣味だと楽しかったのに仕事にすると急につまらなくなる。その理由は、この「報われる」の定義より、趣味の範囲ならば「努力は報われる」からなんじゃないでしょうか。

一方、ビジネスにおける目標は相手あってのものです。例えば、売上げ目標の達成のためには、他社(時には同一店舗内の同僚)の売上げを奪うか、お客さんに今まで以上の金を出してもらう必要がある[*5]。したがって、目標達成のためには「他者に勝つ」というステップが必須になっています。目標そのものが「営業成績の伸びで×社に勝つ」というような相対・比較型になっている場合はなおさらのことです。

他者が登場すると、話は急にややこしくなる。あなたはAさんに勝つために努力します。しかし、Aさんもまたあなたに勝つために努力しているのが普通です。こうなると、相対的な努力の質と量、才能などの比較によって「努力したのに報われない人」が必ず発生することになる。他人事のように書いてしまいましたが、自分が「努力したのに報われない人」になることは十分にあるわけです。

努力は報われるとは限らない……というとなんともニヒリスティックですね。しかし、そうなんだからしょうがない。「努力が必ず報われる社会」を作るためには「報われる」の語義を絞り込むしかないんです。

■自分以外は馬鹿じゃない

思考法のツールボックスに「努力は報われない」なんてつまんないネタを仕込んでおいてもしょうがない。そんな暗い立脚点から出発するのはなんだか寂しいですしね。思考法のツールとしてぜひ知っておきたいのは、「自分以外の人も自分のように努力している」、そして「自分以外の人もいろいろ考えている」……要するに「自分以外も馬鹿じゃない」という点です。

他人事じゃないんですが、学者や評論家諸氏の社会評論に一番欠けているのは「批判の対象となっている相手も馬鹿というわけではない」という思考です。確かに、「自分以外はみんな馬鹿」を出発点にすると話がすごく楽で、エッセイ1本くらいなら小一時間で書けちゃう。でもですね。自分も世の中の人もそれなりに利口で、同時にそれなりにアホだっていうのが妥当な評価じゃないでしょうか。

でも、最近の若者をみているとどうも「こいつら馬鹿なんじゃネーノ!」と思えて仕方ないこともありますよね。しかし、経済学者は「X氏は(自分から見て)非合理的な行動をしているから、頭が悪い」とは考えません。むしろ「X氏は自分とは異なる目的関数に基づいて行動している」、「(自分から見ると非合理的としか思えない行動をすることで)X氏は満足するという行動方針を持っている」と考えます。

この発想の転換は、ビジネスと社会評論にとって大きな導きの糸になるのです。


第12回 馬鹿なヤツを見つけたら

2007年8月20日


自分から見て馬鹿みたいな行動をしている人を見たとき、「非合理的な行動をしているから、頭が悪い」とは考えるのではなく、「あの人は自分とは異なる目的に基づいて行動している」、「(自分から見ると非合理的としか思えない行動をすることで)彼はむしろ満足している」という思考法は、ストレスのない日常生活、効率的なビジネス、正しい政策立案という本連載の3つの目標[*1]へのファーストステップだと思います。

■「みんな馬鹿」と差別

特に自分に害悪があるわけではないが、本人にとって得にはならないと思われる行動をしている人を見たとき、みなさんはどんな感情を抱きますか? 

例えば、コストパフォーマンスの悪いレストランに通っている人を見たとき。また、今月の営業ノルマを達成できなければいよいよリストラが待っているのに遊休とって彼女と旅行に行くという同僚を見たときとか。勉強しない大学生なんていうのもありますね。こんなとき多くの人は「馬鹿だなぁ」と思うか、心の中で嘲笑するでしょう……なかには怒りを覚えるという人もいるようです。

しかし、本当に彼らは馬鹿なのか。さらには怒りの対象になるようなことをしているのでしょうか。あなたがコストパフォーマンスが悪いと思っているレストランにはあなたにとってはどうでもいいけれども、当人にとっては大切な「いいところ」があるのかもしれません。店員さんがその人好みの美人だとかね。そして、リストラ候補の彼にとっては職よりも彼女との時間の方が大切だということでしょうし、勉強をしない大学生は教養あふれる人生(?)よりも友達と過ごす時間やひとりアパートの部屋でぼんやりする青春のひとときを選択しているだけのことなのです。

このように考えると、自分に被害が及ばない限り、人の行動や主義主張にイライラしたり怒りを覚えたりすることが無くなります。宗教や性的マイノリティへの差別の少なからぬ理由がこの種のイライラ感のように感じます。ちょっと大風呂敷を広げると、世の中の大多数が「自分以外も馬鹿じゃない」という視点をもつとこの手の問題もかなり改善されるんじゃないでしょうか[*2]。

これは余談ですが、僕は趣味や食事にこだわりの多い人があまり得意ではありません。主観的なこだわりを語る人自体は嫌いじゃないんですが、こだわりの多い人に限ってその「こだわり」に必死に客観的な理由をつけようとする。その気持ちは痛いほどわかるんですが、なんというか大変な生き方を選んでいるな……と思うとつらくなってきてしまうんです。

■マーケティングのための思考法

なんだか禅問答のようになってきましたが、一見非合理的に見える行動にも理由があるという視点はビジネスに大きな力を発揮します。

自分にはどうしても非合理的に感じる行動をしている人がいたとしましょう。非合理的のように感じるということは……あなたからみて彼の行動はコストが高くてベネフィットが小さいというわけです。

ここで勘のいい方は、その経済的な意味に気づかれたかも知れません。非合理的な行動をとる人は……高いお金を出して、どうってことない「財・サービスを買ってくれる人」なのです。非合理的な人をみつけたら喜ばなければなりません。そこにあなたが気づかないニーズが潜んでいるのです。

そして、このような「自分から見て非合理的」さらには「ほとんどの人にとって非合理的」な人が結構いることがわかったなら……あなたはブルーオーシャン[*3]に到達したかも知れない。少なくとも、なかなか有望なニッチを見つけられたことは間違いないというわけ。

かつて、途上国からの輸入雑貨は現地の価格からみてずいぶんと高かったものです。海外経験が豊富な人にとっては、海外に行けば二束三文の(さらには品質が高いとも思えない)雑貨品を国産の高品質の代替品よりも高い値段で買う人は馬鹿みたいに見えることでしょう。しかし、エスニック調の雑貨の愛好者にとって重要なのは品質ではなくデザインや手作り感です。仕事を休み[*4]、言葉の通じない国で買い物をする。さらには、一回の旅で一つの国の雑貨しか買えない……それよりは高くても輸入代理店から購入するのが当人の中では合理的行動です。この状況に気づいたならば、スケールメリットを生かした形での雑貨輸入は美味しい商売だということがすぐに理解できることでしょう。実際、現在では途上国からの雑貨輸入はそんなに儲かる商売ではないようです。

個人的な経験をお話しすると、3年くらい前秋葉原に当時はやり始めていたメイド喫茶を見にいってきました。働いてるのは高校生くらいの女の子ばかりだし、たいして接客をしてくれるわけでもないし、飲み物はペットからコップに出すだけだし……そのくせ結構な値段。こんなのをありがたがっている人は変だな。やっぱりオタクの心理はわからないや……と思ってそんなにはまりませんでした。水商売のような接客を求めていない人、安い時給で働いてくれる高校生……今やメイド喫茶に代表される萌えビジネスは大市場です。かくして僕はせっかくみつけかけたブルーオーシャンをモノにすることはできませんでした[*5]。

あなたの周りに非合理的で馬鹿な人はいませんか? そして、(あなたの基準では)普通に考えて非合理的なことばかりしているグループはいませんか? もしイエスならば、「彼らがなんでそれを行うのか」について真面目に考えてみましょう。そこに金儲けのタネが潜んでいるかも知れません。

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※1 今決めました.
※2 ただし,このように各人の主観を認めるということは「××教徒は死んでしまえ」「ホモは許せない」という主観判断をも認めることになるので問題はそれほど単純ではありませんが.
※3 Chan Kim W. and Renee Mauborgne (2005) "Blue Ocean Strategy: How To Create Uncontested Market Space And Make The Competition Irrelevant," Harvard Business School Press(有賀裕子訳『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』,ランダムハウス講談社).
※4 連載第9回の機会費用を思い出してください.
※5 こういうことにやたらと詳しい友人によると,今やメイドビジネスは過当競争でちっとも儲からないそうです.


第13回 倫理を語る事なかれ

2007年8月27日


そろそろお気づきの方もあるかと思いますが、僕は倫理・道徳を語る人間が嫌いです。しかし、これは僕が反道徳的な人間だからではありません。倫理は世界の外にあるもので、語ること自体が不可能だと思っているからです。僕たちは世界の中にいる。世界の中にいる僕たちが使う言葉や論理で倫理について考えたり、ましてやなんらかの倫理観が正統であると説得するなんてことはできっこありません。ひらったく言うと……そんな難しいこと言わないで、「俺はあいつが嫌いだ」でいいじゃん、ってなわけ。

そして、もっと悪いことに「倫理! 道徳!」と言ってみたところで問題は何ら改善されないのです。

■日本軍の合理的な非合理

前回、前々回と「非合理的に見える行動には合理的な理由がある」というお話しをしました。この思考法で、旧日本軍の様々な失敗について検証をした本に、『「命令違反」が組織を伸ばす』(菊澤研宗、光文社新書)があります。同書では、インパール作戦とガダルカナル戦を例に、どう見ても非合理的な作戦計画が、それを立案した当事者にとっては(個人的な意味での)合理性があったことを行動経済学を援用しながら説明しています。

例えば、戦況が悪化している状況では戦功をたてれば大きく評価される一方で、失敗したとしても(元々がこれ以上悪くなりようがないくらい悪いならば)それほど評価は落ちないという状況にあったとしましょう[*1]。

幸か不幸か人間は損得勘定によって行動します。このとき、失敗してもよいならば、たとえ成功の確率が低くてもリスキーな行動にかけてみようと思うのは自然な感情です。

戦時下で作戦の失敗は多くの兵の命を奪うことになります。ここで、「自分が死ぬワケじゃない」「自分への評価という観点からは作戦実行がお得だ」という理由でリスクの大きい作戦を実行した将軍たちの見下げ果てた根性にはだれもが憤りを感じることでしょう。

しかし、このような問題の発生を防ぐために倫理観の向上を唱えても問題は解決しません。なぜ非合理的な作戦が実行されたのか……それは、作戦立案者にとっては得だからです。問題は「日本国にとって得なこと」と「軍部にとって得なこと」が一致していないことにあります。したがって、求められる対策は両者を一致させるようなシステムを作ることなのです。

■マネジメントとインセンティブ

これは、企業におけるマネジメントの問題に直結します。企業の目的である利潤獲得に対してプラスの評価を、損失を与える行動に対してマイナスの評価をあたえる人事考課システムが整備されていない企業では労務管理はけして成功しません。

管理職の人は、「アルバイトが仕事を覚えない」「部下が言うことを聞かない」といった不満を持ったことがあると思います。しかし、こういった経験から「最近の若いモンは……」というテンプレートな結論に達してしまってはいけません。

アルバイトが仕事を覚えないのは当然です。だって、昇進や昇給があるわけでもないならば仕事を覚えてもたいして得にならないんですから。部下が言うことを聞かないときには、あなたの命令に従うことで部下にはどんな得があるのかよくよく考えてみてください。あなたは彼を出世させてやることができますか? あなたについて行くことで彼は仕事上の達成感を得られそうですか? そのような権限・能力があなたにないならば、部下は「合理的判断に基づいて」あなたの言うことを聴きません。

自分の満足と、相手の満足が一致するようにしてはじめて人を動かすことが出来るというモノです。

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※1 同書では他人からの評価よりも心理的な評価の歪みから説明が加えられています。


〔出典:WIRED VISION BLOGS:飯田泰之の「ソーシャル・サイエンス・ハック!」 http://wiredvision.jp/blog/iida/