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気鋭の若手経済学者が、社会問題・経済問題を、Hacks的な手法を用いて、その解決策を探る。



第1回 Social Science Hacks!を始めよう

2007年5月23日


■Hackとは何でしょう

題名の「Hacks」を見て、「あぁアレか」と思った方??そういう方にはこれ以上の説明は蛇足です。要するに、「Hacks的な手法で世の中の問題を処理し、解決策を探ってみよう」、「社会問題・経済問題を処理するHacksを考えて行こうじゃないの」というのが本連載のメインテーマというわけです。もっとも、「"Social Science Hacks!" って何?なんか新しい造語?」という感想も多いかと思います。そこで、連載の第一回目は「Hack」そのものについて紹介します。

僕たち日本人にとっては、「Hack」という単語から連想するのは何をおいてもまず「Hacker」でしょう。辞書的な用語法でも「Hack」といえば「ぶちのめす」とか「切り刻む」といったどうも不穏当な意味が多いみたい。そうすると「Social Science Hacks」もいかがわしい方法で論争相手を叩きつぶす連載だと思われてしまうかも知れません……がそんなことはないので安心して読んでいただければと思います。

「Hack」とは俗語で「上手にこなす」「コントロール下に置く」といったニュアンスをもっています。この用法で最も知られているのが「Life Hacks」と呼ばれる一連の行動・思考支援ツール達です。ごく単純なモノとしては、毎日のスケジュール管理をスムーズに行うための手帳術やPCのテスクトップ整理法なんかがあげられます。

これらのツールの中で最も有名なものが行動支援ツール「GTD[*1]」と思考支援ツール「マインド・マップ[*2]」です。名前だけは聞いたことがあるという人もあるかも知れません。手短にまとめると、GTDは気になっていることを「ただひたすら書き出して」分類することから行動の指針を作る方法、マインド・マップは複雑な(だからこそ多様で型にはまらない)アタマの中身を出来る限りそのままの形でノート化、メモ化する技法です。

■なんで経済学者がHacks!なんだ?

とはいえ、僕は仕事術や情報整理法のプロではありません……むしろ普通の人よりもスケジュール管理とか下手なぐらいでしょう[*3]。僕の専門は経済学、少し詳しく言うと数学的なモデルで経済を分析したり、そういう分析が現実に正しいかどうかを統計的に検証したりするのが本業です。こう説明すると、「なんで経済学者がHacks!の解説なんか書いてるんだ?」と思うかもですね。

第一は……Hack!系のツールがなんとなく好きだから[*4]なんですが、連載第一回目からそういい加減なことばかり言ってはいられません。ちゃんと理由はあります。それは、「経済学こそHacks!の原点」だからなのです。

■Hackの精神と経済学

Hacks!というと個々のツールが「使える」「使えない」というところに話が集中してしまいますが、これはずいぶんともったいないことです。個々のHackツールよりも重要なことは、「Hacks的に考えることが効果的だ」ということを腑に落とし[*5]、「Hacks的に行動する習慣を身につけていく」ことです。

「Hacks的に考え、Hacks的に行動する」ってのはいったい何をすることなんでしょう。あまりにも大きなテーマなので、これまではいつも説明に窮してしまっていたのですが……先日、思わぬところでその答えを拾いました。Life Hacks系のベストセラー・ライターである小山龍介氏の近著に『ライフハックのつくりかた[*6]』があります。内容もさることながら、衝撃的かつ的確なのはその帯の煽りです。

「ステレオタイプな見方って……スバラシイ」

これこそ、Hacks! の本質をついたまとめだと思います。

日々の仕事や生活での問題は膨大な量であり、様々なカテゴリー、様々な階層にわたります。このような多数でかつ多岐にわたる問題のひとつひとつを詳細に検討し、つねにベストな答えをさがして行動……なんてしていたら脳がいくつあっても足りません。そこで、パターン化された「いつもどおりの」思考方法を持っておく必要があります。

「ステレオタイプ」というと普通は悪口です。例えば、文学作品に対して「ステレオタイプなキャラクター設定だ」と評価されていたら少なくとも褒め言葉ではないですよね。学問の世界でも、例えば、社会学で「硬直的でパターン化された分析だ」と言われれば結構辛辣な批判ということになると思います。

しかし、ステレオタイプに関する評価に関して、社会科学の中の唯一に近い例外が経済学です。むしろ、経済学的な技法の「お約束」を守っていないと批判されます。経済学者以外の人には「経済学の"お約束"重視」が経済学そのものの重大な欠点のように映るようですが、これは全く的外れな批判です。

社会に対してパターン化された思考による整理と処理を行っていくこと。これを仮にSocial Science Hack!と名付けましょう。従来のHack!ツールと経済学思考の技術[*7]を組み合わせて、目の前の問題にひとまず方をつける方法を構築することが本連載の目標です。そして、Social Science Hacks!を読者のみなさんと一緒につくって行ければと思う次第であります。

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※1:Allen, David (2001), Getting Things Done: The Art of Stress-Free Productivity, Viking Press.(『仕事を成し遂げる技術?ストレスなく生産性を発揮する方法』,森平慶司訳,2001年,はまの出版)
※2:Buzzan, Tony and Barry Buzzan (2003), The Mind Map (3ed.), BBC.(『ザ・マインドマップ』,神田昌典訳,2005年,ダイヤモンド社)
※3:個人的な感想ですが大学教員はたいていスケジュール管理が下手です。
※4:ちなみに僕が比較的よく使うのはGTDと二次元To Doリストです。
※5:自分で心底わかるようにするときには「腑に落とす」っていうとなんとなく感覚に近いと思うんですがどうでしょ。
※6:小山龍介 (2007),『ライフハックのつくりかた――3つのルールで探る快適・シンプル・自分ハック』,Soft Bank Creative.
※7:実はこれ、僕の処女作のタイトルです.経済学思考についても連載の中で説明しますが、せっかちな方は,拙著『経済学思考の技術――論理・経済理論・データで考える』(2003年,ダイヤモンド社)を読んでいただければと思います。


第2回 総合的に考えない

2007年5月28日


■知的単眼思考法

小学校のころから、今現在に至るまでみなさんは「物事は多角的・総合的に考えなければならない」「柔軟な思考をせよ」と言われ続けてきたことと思います。これこそが僕たちの思考に無駄を生み、ストレスの元凶になっているのではないでしょうか[*1]。だって具体的に何をどうしたらいいのか全然わからないんですもん。

それ以前の問題として、「柔軟に」「多角的・総合的に」考えられるほどアタマのいい人なんているんでしょうか……少なくとも僕には無理そうです。

「柔軟な思考」はまとまりにくく、「多角的・総合的に考える」には時間がかかります。その問題はそこまでコストをかけてまで解決しなければならないモノですか? そして、完全な答えが得られるまでのんびりと考えていてもよいほど緊急性の低い、いつ処理してもいいような話なのでしょうか?

Hacks! の基本アイデアはこの対極にあります。ステレオタイプに定型化された見方で情報を処理し、問題解決の方法を考えていくことが重要なのです。手持ちの「ステレオタイプな見方」を増やし、様々な思考ツールの支援で解決策を「ひとまず」導いてしまう。「いろいろな偏見」から得た結論を最後に比べて取捨選択する段階でやっと「総合的」に判断すればよいのです。

まずは手っ取り早く答えを出す。これを繰り返す。複数の候補の中から、最後の選択のみを、総合的に行う。これを僕は「知的単眼思考法」と呼んでいます。そして知的単眼思考法ツールをたくさん考案し、その活用法を整理したものが僕の目指すSocial Science Hacks!というわけです。

■たとえばこんな蒟蒻問答

現在、多くの人が注目する社会的問題のひとつに格差問題があります。格差問題に対する問題提起や解説を見ない日はないくらいです。しかし、一体全体格差問題って何でしょう。そんなひとくくりにして語れる単純な話でしょうか? 結局マスコミの評論は「経済の活性化のためにはある程度の格差は必要だが、いきすぎた格差は問題だ」というような話に落ち着くんみたいですが??いきすぎても悪くないものなんかあるんでしょうか?

マスコミで語られる格差問題はあまりに「評論家的」です。つまりは状況を改善するために考えるという問題解決思考が希薄なのです。芸能人の離婚問題ならそれでもいいと思いますが、社会問題なんですから整理と思考は問題解決・状況改善を第一に行わなければなりません。

Social Science Hacks! のなかではメジャーなHacksツールをそのまま使って社会の問題を整理していきたいと思います。少し格差問題を例にその道筋を紹介して見ましょう。

第一に必要なものは多岐にわたる膨大な問題のリスト・アップです。コーヒーを飲んでぼんやりと考えただけでも十や二十ではすまないくらいの「格差問題」が思いついてしまいます。

次にそのリストを分類します[*2]。このときGTDで使われる「2分の原則」をまねして、「簡単に改善できる事」をまず取り分けてしまいましょう。そう簡単にはカタがつきそうにもないことはロジカル・シンキングで使われるMECE[*3]を念頭に分類していくとすっきりいくと思われます。

このような状況の整理がついたら、それぞれの「格差問題」区分に対して解決策を考えて行きます。この解決の模索においても「使えそう」なHackツール、ビジネスツールがたくさんあります。

こういった思考のプロセスを通じて、これまでHacks! に無縁だった人はさまざまなツールを仕入れることができるでしょうし、Hacks! 大好きな方はお馴染みのツールの使い勝手の良さ/悪さを知ることができるんじゃないかと思います。

■社会問題と70点の答え

僕たちは自分自身の日常生活においてその100%を把握しベストの選択をしているとは言いかねます。そして、100%を把握しベストの選択をする必要があるのかどうかも疑問です。「ファイルを完全に整理するためならば、仕事の遅延もやむをえない」、さらには「健康のためならば死んでもいい」という間抜けにだけはなりたくありません。

社会問題ともなると、その複雑さは個人の生活の比ではありません。そして、今回は格差問題を例にしましたが、経済成長、年金問題、そして少子化……どれもこれも100年後の「満点解答」よりも今とりあえず「70点くらい」の答えを出しておいた方がマシなモノばかりです。

だからこそ、Life Hacks! 以上にSocial Hacks! が求められています。使い勝手の良いSocial Science Hacks! を構築していく物語にしばしおつきあい下さい。

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※1:初等教育の中でこれが最も顕著に現れるのが作文指導やじゃないかとおもいます。自分の思ったこと感じたことを自由に書く・・・・・・僕も一応お足を頂戴して文章を書くことがありますが、そんなすごいことはいまだにできてません。況や小学生をやでしょ?
※2:またはマインドマップ形式で分類しながらリストアップするというのもよいかもしれません。
※3:"Mutually Exclusive Collectively Exhaustive(重複なく、モレなく)"という分類法。ここで「Hacks!とロジカルシンキングは別物(というかむしろ水と油)なんじゃないの?」と思ったHackerのみなさん。その話は次回に説明します!


第3回 ロジカルシンキングでHacks!

2007年6月 4日


■ロジカルシンキングは不要

僕は小文などでロジカルシンキングの重要性について書くことが多いので、ロジカルシンキングを重視する思考方法への批判・反論を受けることがあります。また、友人も「ロジカルシンキング批判」をしている書籍や雑誌記事を見つけると「っていってるけどどう思う?」みたいなかんじでメールが来ることもしばしばです。

そのなかには、相も変わらずの「"世の中理屈じゃない"という理屈[*1]」に過ぎないしょうもないものも多いのですが、なかにはロジカルシンキングの(というよりも「ロジカルシンキング愛好家」への)リーズナブルな批判になっているものもあります。

ロジカルシンキングへのまっとうな批判としては、香西秀信氏の『論より詭弁 ??反論理的思考のすすめ』[*2]があります。ごく短くまとめるならば「人はロジックで説得されるわけではない」といくことになるでしょう。我々は口説かれたい相手(または口説かれないと大きな不利益がある相手)に、口説かれたいシチュエーションの中で、口説かれたい言葉によって口説かれるわけです。

「説得されたい」と思わせるテクニックの全体を心理学的に考える方法が占い師などが利用するコールドリーディングということになるでしょう。そして口説かれたいと思う言い回しの研究は香西氏の専門であるレトリック論の中心課題でもあります。

力関係がはっきりしている中でロジックに基づく説得は何の力もありません。いかに正統な論理的根拠があっても決裁権のある上司に個人的に不利な決定を行わせることは出来ません。家庭内暴力への法や行政のサポートを紹介しても、惚れた弱みがあるケースでは無意味ということもあるわけです。またこのような力関係が明確でない場合には、レトリックと雰囲気次第で説得されるか否かは大きく左右されてしまうでしょう。

■やっぱりロジカルシンキング♪

ロジカルシンキング、クリティカルシンキングの入門書などでは「ロジックが明確でないと人は説得されない」「ロジカルなプレゼンでクライアントの理解を得よう」といった言葉がならびます。しかし、僕はこれは上記の理由で怪しいモンだと考えています。どちらかというと説得しにくくなるんじゃないかとさえ思えるんですが。

このように書き進めると、僕の結論も「反論理的思考」の方に向かうと思われるかも知れませんが……違います。むしろ、今回の結論は「やっぱりロジカルシンキングは必要不可欠」というものです。

第一に、自分の心の中ではロジカルシンキングをする必要があるという点です。ロジカルシンキングの常道であるリストアップをロジカルに行わないと、そのときたまたまはじめの方に思いついたアイデアのみから行動の方針を決めていかなければなりません。これでは、はじめから狭い選択肢の間で判断を下すことになってしまい後悔の元になるでしょう。そして、「他に選択肢があったかも知れない」という気持ちも大きなストレスの元となります。また、「AとBどちらの行動をとるべきか」という問題を考える場合も、ロジカルシンキング無しでは、そのときたまたま「いい感じの言い回し」「気分に適う説明」を思いついた方を選んでしまうということになるでしょう。

では、内にはロジカルシンキングで外にはコールドリーディングとレトリックというのが正しい姿勢と言うことになるのでしょうか。これは半分は正しく、半分は間違いです。あなたが交渉し、説得する相手の中に「ロジカルな思考法に依拠して判断する人はいない」という場合には、確かにロジカルシンキングは自分の頭の中だけで行えばよいということになります。しかし、当たり前のことながら、あなたの周りにも論理的な思考法に依拠して判断をしている人は少なくありません。さらには、コールドリーディングとレトリックの手法を既に知っている人にたいして、その効力は大きく減殺されてしまうでしょう。このような相手に対し、ロジックの裏付けがないレトリックを使ったなら、良くて「あいつは不誠実だ」と思われ、悪ければ「あいつは馬鹿だ」と言ってまわられてしまいます[*3]。

コールドリードやレトリックは重要です[*4]。しかし、その前提にはロジカルシンキングが無くてはならないとも思うのです。

■Hacks! は反ロジカルシンキングか

blogのタイトルが「Social Science Hacks!」なのに、ロジカルシンキングの話とはこれいかにと思われる方も多いことでしょう。Hacks!はロジカルシンキングに変わる新しいビジネスツールとして紹介されることがあるためです。ここから、Hacks!とロジカルシンキングを対立的に捉えている人もいます。

しかし、連載第一回で言及した「Hacks!的なもの」を思い出してみてください。ステレオタイプに思考することでスピーディーな意志決定やストレスのない自己管理を行うことがHacks!の精神です。ロジカルシンキングはこの両方に取り非常に有効な手法です。なんのことはない。ロジカルシンキングはHacks!の一つの手法なのです。そして、ロジカルシンキングは他のハック・ツールを使いこなす基礎力にもなるのです。

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※1:あとよくあるのが「理屈だけでは説明できないことがある」って主張ですね。え?と、そりゃそうですが、なんとか行けるところまでは理屈でいかないと進歩無いでしょ。こんな当たり前のこと言って何かを批判した気分になれるくらいeasyな性格になりたいものです。ちなみにこういう否定しようがない主張を重ねるテクニックを石井裕之氏は「Yesセット」と呼んでいます。
※2:香西秀信 (2007)、『論より詭弁 ??反論理的思考のすすめ』、光文社新書。
※3:たちの悪いことに、ロジカルシンキングの信奉者はえてして嫌味でうるさ型のインテリだったりするものです(例:僕)。気をつけましょう。
※4:僕がコールドリードやレトリックをどのくらい重要だと考えているかというと……それについての本を書いてしまうくらい重要です。拙著『ダメな議論??論理思考で見抜く』(2006年,ちくま新書)はロジカルシンキングの本に分類されることが多いのですが。僕自身は説得術の本だと思ってたりします……。


第4回 Hackツールとしての経済学思考

2007年6月11日


■経済学ってなんですか

さて、このblogのテーマはHacks! です。そして僕がコレまで本や雑誌なんかで書いてきたロジカルシンキングもHacksツールのひとつのtipsだ。じゃあ、僕の一応の専門である経済学はHacks! とどんな関係があるんでしょう。今回は経済学ってのは結局何をやっているのかについて僕なりのまとめをしてみたいと思います。

まずは、経済学の対象は稀少なモノです[*1]。商品、マネー、土地そして時間や労働力が経済学の対象となるのはそれが「仮にそれがタダの時、みんなが欲しいと思うほどには存在しない」ためです。

稀少なものだから真面目に考える必要があります。ありあまっているものについては別に真面目に考える必要なんてなくて、まぁほっとけばいいわけですから[*2]。大昔の教科書では稀少ではないものの例として水や空気を挙げていましたが、最近は「いくらでもある」とは言い難いからこそ環境経済学という分野が登場しました。このような稀少なモノを使って、みんなが何とか自分(または自社)の満足度を高くするように行動するときに社会全体で何が起きるのかを考えるのが経済学の仕事です。

こう考えると、経済学って別に「経済に関する話」だけじゃなく、犯罪や教育、少子化、国際関係に社会論……なんにでも適用できそうな気がしてきませんか? 実際、法と経済学、教育経済学、人口経済学といった分野は日本国内でも多くの学会や研究会がありますし、国際関係論や社会学に経済学的な手法を応用するケースも増えてきています。

つまり現在「経済学」と呼ばれている学問は「経済を研究する学問」というより、「問題を解決するための方法論を考えること」になりつつありまるのです[*3]。問題解決のためのtipsを整備するというわけですから……経済学こそHacks!の精神を体現している学問だっ! って思いませんか。そして、経済学がHacks! ならもっといろいろなツールを取り込んで、より使いやすく、より多彩にしていきくべきじゃありませんか。

■あきらめとHacks!

経済学がHacks! 的なのはこれだけじゃありません。いかにも経済学っぽい「やり口」に、物事を極端に単純化して数理モデル化するという(経済学者以外のほとんどの人に)評判の悪い方法があります。経済学のモデルの善し悪しを評価する一つの手段がtractability(扱いやすさ)です。文章の要約に上手い下手があるように、この単純化にも上手・下手があります。このように、現実を説明するための必要最小限の要素を絞り込んで、tractableなモデルにまとめ込むのが上手な人を「Handlingが上手い」といいます。

現実の問題は複雑で、様々な要因が絡まり合っています。それを説明するために「あれもこれも」考慮したいのはやまやまです。しかしながら、要素を絞り込みすぎると「一番大切な要因を捨象(omit)してしまう」ことになり元も子もありません。それに、どうせなら何でもかんでも説明できるすごい理論をつくりたい! と思うのも人情です。ところが、あまりにも多くの要素を盛り込みすぎると取り扱いが困難になり、「どの要因重要で何がそうでもないのか」というそもそもの目的が達成できなくなる。このバランス??Handlingの上手下手はあきらめ方の巧拙で決まるのです。

■卒論テーマの絞り込み

ちょうど本務校では、卒論のテーマを詰めていく時期です。僕のゼミでの卒論は狭義の経済学っていうより「データをバカバカ集めて面白い傾向を見つける」というスタイルの論文を推奨しているんですが……これがまた難しい。学部の4年生くらいだと、とにかく大風呂敷を広げてなんでもかんでもやりたくなっちゃう。

たいていの学生にとり、卒論は彼らが書くはじめてのまとまった文章ですから、はじめはアイデアが出ないことで悩む。でも、ちょっとした着想が得られるようになると、こんどは「あれも、これも」になっちゃって収拾がつかなくなったり。その結果、気づくと「景気に関係がありそうな統計の一覧と解説」みたいになっちゃうんですよね。で、多少の統計ツールを使って平均とか相関とかをとるんですが、やればやるほど何がしたいのかわからなってる。これって、ビジネス・シーンでの企画立案などで日々感じてらっしゃる方も多いんじゃないでしょうか。

こう言うときに、どう絞り込むかはセンスの問題……といってしまえばそれまでですが、僕は「自分のセンス」ってそんなに信用できないんですよね。じゃあどうするかって言うと、ここで「強制的にアイデアを出すツール」と「強制的に絞り込むツール」っていうのが欲しいところ。強制的にアイデアを出すツールは狭義のHackツールの得意とするとこですし、絞り込む方はロジカルシンキングの得意技です。
Hacksとロジカルシンキング、そして経済学ってなんだか相互依存関係が強いように思うんです。

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※1 実はこれには大変やっかいな例外があります。人類は「個人的にはものすごく稀少だが、社会全体では大して稀少じゃない」というへんてこなモノをひとつ発明してしまいました。この「やっかいな例外」が気になって仕方ない人は、小島先生のエントリとその続編を読んでみてください。経済学に詳しい人ほどびっくりできます♪
※2 ある対象が稀少かそうでないかについてはしっかりと把握しておかなければなりません。稀少じゃないものについて一生懸命考えていると……それこそ命の次に大切な時間を無駄にしてしまいます。
※3 僕の専門はマクロ経済学と経済政策なのでいかにも「経済を研究する学問」なのですが、ミクロ経済学はどんどん社会科学全体の方法論を考える基礎分野になりつつあるように感じます。


第5回 これが元祖!経済学でライフ・ハック

2007年6月18日


■経済学者のLife Hacks!

長い長い導入部で「経済学はHacks! 的で,Hacks! は経済学的だ」というお話しをしてきました。こうもしつこいと、経済学ファンの皆さん、そしてハックツール愛好家の方々もともに「こじつけくさいなぁ」と感じられたかも知れません。でもほんとにそうなんだってば! というわけ(?)で、しばし経済学者のLife Hacks! について書いていきたいと思います。

経済学者によるLife Hacks! と言って私たち日本人が第一に思いつくのは、野口悠紀雄氏でしょう。『「超」整理法[*1] 』の押し入れファイリングや時系列整理は今もなおHacks! ツールの基本です。でも、今回紹介するのはもっともっともっと大物(!?)のお話。現代経済学の父か母[*2]であるアーヴィング・フィッシャー(Fisher, Irving 1867-1947年)についてです。

フィッシャーは現代の経済学の基礎を作り、さらには経済政策の最重要課題の一つである物価を指数によって表現する技法を開発した経済学者でありながら、同時代人にとっては経済学者としてより……今日的に言うとLife Hackerとして知られていました。

自身の闘病生活から編み出した運動と菜食による健康法の本を書き、さらに現代でも名刺ファイルなどでたまに見かけるローロデックス[*3]というカード式のデータ管理ツールを発明しました。このようなサイドワークだけでなく、彼の理論のひとつを現代的な意思決定ツールの基礎とする論者もいます[*4]。

■目先のお金と将来のお金

フィッシャーによって確立された意思決定ツールは割引現在価値(PV: Present Value)という考え方です。

今日1万円もらうのと、明日1万円をもらうのではどっちがいいですか?……こうも近い現在と将来の話ではピンと来ないかも知れないですね。では、今日1000万円もらうのと、1年後に1000万円もらうのではどちらがよいでしょうか。これは全員が「今日もらう方がよい」と感じるでしょう。今現在、どうしても金が必要だとか結構な金利で金を借りてしまっているという人にとってその理由は自明です。しかし、今のところ別に使う予定はないという人にも「来年よりは今年」と考えるのはなんでなのか。ここで、その理由を考えてみてください。

第一に、今後一年の間に「自分に1000万円くれる予定の人」の状況が変わってしまうという心配があります。さらには、自分が1年以内に死んでしまうかも知れません。また、今のところ使わないとしても、預金をするなり個人向け国債を買うなりしておけば1年後には1000万円ではなく……銀行を選べば5万円くらいの追加収入を得ることが出来るじゃないですか。

このように考えると、「今もらう1000万円」と同じくらいに価値がある「1年後にもらうお金」は1000万円以上だということになります。もし、今のところ金に困ってはいないし、相手が払ってくれないとか自分が死んでしまうという危険性もないとしたならば……今もらう1000万円と同じくらいの価値がある1年後のお金は、1000×(1+預金金利)万円ということになるでしょう。

ここで、今までの話を「逆立ち」させてみましょう。現在のX円と1年後の(1+金利)X円が同じならば、1年後のZ円と同じ価値がある「現在のお金」はZ/(1+金利)円ということになるじゃないですか。このZ/(1+金利)円が1年後のZ円の割引現在価値(PV)です[*5]。

■適正な(?)地価を求めてみよう

様々な資産の優劣をつけたり、資産の適正価格を探る上でPVの値は重要な目安となります。

ある土地のオーナーになると月10万円の地代収入が得られるとしましょう。ここで、その土地の維持費・税金は年20万円とすると、この土地は毎年100万円の収益をオーナーにもたらすことがわかります。仮に今後地代に変化がないとしたならば、この土地を所有することで得られる収益のPVはいくらになるでしょう[*6]? rを金利とすると、この土地から得られる収益は、

  今年の100万円のPV =100万円
  1年後の100万円のPV = 100/(1+r) 万円
  2年後の100万円のPV = 100/(1+r)^2万円
  ……
  x年後の100万円のPV = 100/(1+r)^x万円
  ……

土地は消えて無くなったりしませんから、これらを無限に足し合わせた合計がこの土地の割引現在価値です。等比数列の和の公式をちょっといじるとこれは100/r万円になります。現在、代表的安全資産である長期国債の利回りは1.8%くらいですから100÷0.018≒5556万円が毎年100万円の「上がり」がある土地の適正値段というわけです。

ここで不動産価格の相場に詳しい人は「おや?」と思われたと思います。これってちょっと高すぎです。経済学の授業では安全利子率である国債利回りなどを使って様々な資産の割引現在価値を求めていきます。ビジネスシーンで利用するためには大きな欠点があるんです。次回は、その「欠点」とPVの考え方をtipsとして利用するための方法を考えてみましょう。

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[*1] 野口悠紀雄(1993)『「超」整理法』、中公新書。僕は学部生時代押し入れファイリングを実行していました。今も「ポケット一つの原則」は遵守しています。
[*2]もう一人はアルフレッド・マーシャル(Marshall, Alfred 1842-1924)かな。(30代以上の人にとっては「近経」という馬鹿みたいな名称でおなじみの)数式とかグラフとかいっぱい出てくる今風の経済学は19世紀末から20世紀初頭に始まります。
[*3]こんなやつです。
[*4]Bucanan L. and A. O'Connel (2005), “A Brief History of Decision Making.” 『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』、2006年4月号。
[*5]X= Z/(1+金利)をすぐ上の関係に代入してみてください。
[*6]簡単のため地代・維持費・税金は末一括払いとし、現在は12/31だとします。


第6回 割引現在価値で意思決定

2007年6月25日


■どちらが得か?

私たちの人生は迷いの連続です……というとなんだか宗教みたいですが、確かに私たちは毎日ありとあらゆることについて「どっちにしようか」迷いっぱなしです。昼飯をカツ丼にするかカレーにするかという程度の問題ですら即断が難しいことがあるくらいです。こんなケースではカツとじカレー[*1]を食べればよい等の適切な解決法を見つけることが出来ますが、もう少し重要な問題に関してはそう簡単に答えは見つかりません。

どんな資格を取るべきか、転職すべきか否か、借家住まいと持ち家ではどっちが得か。人生において一大事! といえるような迷いの困難さはそれが、一時点ではなく、多時点に関わってくるところにあります。単純な問題についても、時点にまたがると急に難しくなります。「今、90万円もらうのと100万円もらうのはどっちがいい?」と聞かれて答えに詰まる人なんていませんが……「今90万円もらうのと、来年100万円もらうのとではどっちがいい?」と聞かれるとちょっと迷うでしょ?

そして、この種の重要な意思決定は、その意思決定後永遠に「ほんとうにこれでよかったんだろうか」「別の選択肢を選んだ方がよいんじゃないだろうか」と心の中にとどまり続け、ストレスを生み続けます。

後悔しない意思決定を! というのは意思決定理論の究極目標ですが、そこまでのぜいたくはなしにしてもせめて理由のある意思決定をしたいものです。元祖経済学者ライフハッカーであるフィッシャーが確立した割引現在価値と言う思考法は、意思決定の要点である「比較」に一つの理由を提供してくれます。

■自分の割引率を知る

割引現在価値のアイデアを使うと、意志決定の難所である「異なる時点間」の比較が可能になります。1年資金を預金しておけば利子が付いて95万円が100万円になるというとき……1年後の100万円の割引現在価値は95万円というわけです。

初歩の経済学ではこのように、n年後の金額を(1+預金等の安全利子率)のn乗で割って割引現在価値を計算します。これを「割引く」「安全利子率で割引いた」といいます。

しかし、なんか騙された気がしませんか。「95万円を預金しておけば1年後には利子が付いて100万円になる……だから今日95万円あげるかわりに来年100万円渡すよ」といわれても納得できないじゃないですか。一つは、その彼が本当に約束を実行してくれるのか? というリスクの問題。第二に、そんな先の事じゃなくて今金が欲しいんだよ! という自分自身の問題です。

前者の問題に対しては、リスクがある場合には安全利子率よりも少し大きな値で割引いくことで対応します。そして、後者の問題に対して経済学が用意する答えはそれぞれの人には個人的な好みや状況に対応した「主観割引率」があるというものです。

tipsとして割引現在価値を使うためには、自分の割引現在価値を知っておかねばなりません。でも、そんなの知っている人なんていませんよね(僕も正確には知りません)。そこで、ここでは自分の割引現在価値を大まかに知る方法を考えてみます。

まず、借金・ローンは無く[*2]手元に十分な余裕資金があって特にお金に困っていないといううらやましい人についてです。さらに、特に商才や株式投資などの才能ももちあわせていないとしましょう。仮にAさんとしましょう。まぁAさんのケースの典型例は親から結構な額の遺産をもらっちゃったような人でしょうか。リスクのない将来のお金に対するAさんの割引率は少なく見積もって安全資産利子率、そうですね長期国債あたりの利回りと同じです。年率で1.5-2%ってところですね。一方、利殖の才能がある場合。例えば年率7-8%で投資収益を上げる能力があるという場合には、その7-8%があなたの割引率です。

一方、借金・ローンがある場合には話は簡単です。20年固定金利3.5%で3000万円の住宅ローンを抱えているBさんについて考えましょう。Bさんの(20年以内、2000万円以下の将来に対する)割引率は最低でもその住宅ローン金利、つまりは3.5%と同じと考えればよいでしょう。そして、消費者金融から年利15%で300万の借入があるCさんの割引率は少なくとも15%です。

■人それぞれの評価基準

無借金のAさん、住宅ローンを抱えるBさん、サラ金に手を出しちゃってるCさんの主観割引率をそれぞれ、2%(0.02)、3.5%(0.035)、15%(0.15)としましょう。1年後の100万円の評価額は100万円÷(1+割引率)です。すると「1年後の100万円のかわりになる現在のお金」は、Aさんが約98万円、Bさんが約97万円、Cさんが約87万円ということになります。

Cさんはともかく、1年後の100万円の評価に関してはAさんとBさんでそんなには差がないようです。しかし、これは「たった1年後」の話だからに他なりません。年率1.5%の違いであってもそれが積み重なると大きな差になります。そして、職業選択や住宅購入はその後数十年の問題にもなってしまう。次回は、割引現在価値のアイデアを使って職業選択の問題を考えてみましょう。

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※1 ジャンクに縁のない方のために解説しておくと……カツとじカレーとは皿に盛ったカツ丼にカレーを掛けたといういかにも「何でもあり」感漂う料理です。カロリーを考えると恐ろしい限りなのですがたまに食べたくなります。
※2 借金というとすぐに消費者金融等を思い浮かべます。私たちの多くが数千万の借金をすることがあります。それが住宅ローンです。余談ですが、アンケート調査などで「資産はどのくらいですか?」「負債はどのくらいですか?」と聞くと、多くの人が住宅資産と住宅ローンを含まない金額を答えるそうです。そのくらいマイホームには「資産」「借金」という意識が希薄なようです。