太公望(SR)
基本情報
名前 太公望(たいこうぼう)
種族 海種
ジョブ マジシャン
召喚コスト 40
<タイプ> 大仙
タイプ 崑崙仙(こんろんせん)
HP 450
ATK 70
DEF 60
覚醒
超覚醒
アーツ
CV 西田 雅一

アビリティ
召喚 なし
覚醒 なし
超覚醒 打神鞭(だしんべん)
攻撃力と防御力が上がる。
さらに、自身の周囲に召喚コストが一定以上の自ユニットがいると効果が上がり、ファイタースタイル時に射程距離が延びる。
+エラッタ前のステータス
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Ver3.100~Ver3.403
No 1-004, 2-007
種族 海種 名前 太公望 ジョブ マジシャン
召喚コスト 40 タイプ 大仙 クラス 崑崙仙
HP 450 ATK 40 DEF 40
覚醒 超覚醒 アーツ
アビリティ
召喚 なし
覚醒 なし
超覚醒 グロスコストアップW

ステータス
状態 HP ATK/DEF
召喚 450 70/60
覚醒 500 90/80
超覚醒 550 180/170〔近くに70コスト以上がいない場合〕
220/210〔近くに70コスト以上がいる場合〕

DATA・フレーバーテキスト
+Ver3.1
Ver3.1
身長 知ってどうするんだい あぁ!そうだった、そうだった。確かに、封神台に
三百と六十五の神仙たちを封じたのはあたしだったね。
いやぁ、懐かしい。そんなこともあったなぁ。
う~ん、困ったね。だからと言って、あたしが、
あんたの期待するような強い仙人か?って言われると
そんなことはないんだよなぁ。きっと。
そもそもあたしは、面倒事も、荒事も苦手でね。
ここでこうして、ほけ~と釣り糸を垂らしているのが
似合いの、さえない男なのさ。うん。
あらら、そんな顔しなさんな。いやいや、あんたの話に
全く興味がないってわけじゃないんだよ?そちらの世界から
は、ナタの坊やの気配もするし、懐かしい顔たちに逢いたい
気持ちもあるんだよ…あぁ、いけないね。あたしとした
ことが。結局、暇は潰してこその暇ということなんだった。
…うん、決めたよ。紅色眼のあんた。あんたの船にのせとくれ。
ひとつ、また封神を始めてみましょうか。
体重 笹の船にも乗れるよ
生息域 崑崙山
異名 姜子牙
趣味 釣りってことで
性格 つかみどころがない
イラストレーター タイキ
+Ver3.2
Ver3.2
身長 知ってどうするんだい おやおや そこにいるのは竜吉のお姫さんじゃないか。
いやぁ懐かしい。元気だったかい?
あんたには随分助けられたからね。元気そうで嬉しいよ。
夫君は一緒じゃないのかい? そうかい、残念だねぇ
あたしもこちらの世界に来たばかりでね。
まぁ、ナタの坊やの気配があって、あんたも封神台から出てるってことは、
他に封神したやつらもいるんだろうねぇ。ん? あたしかい? 
あたしはちょいと頼まれ事でね。お暇つぶしのお手伝いさ。
なにやら物騒なのがいるっていうんで、封神のひとつでもしましょうかってね。
あれま、妲己さんを見かけた?
おやおや、それは大変だ。またどこぞの美人さんに成りすましてるのかね…
まぁ、封神榜も真っ白なことだし、どするかは会ってみてからで良いんじゃないかい?
また悪さをしているようなら…フフ、まぁ、もう一度封神されてもらいましょうか。
体重 笹の船にも乗れるよ
生息域 崑崙山
目的 悪仙の封神…でどうだい?
宝貝 打神鞭
心の教示 覆水難収
イラストレーター 新村 直之
+Ver3.5
Ver3.5
身長 知ってどうするんだい
ひゅんと風を切る『打神鞭』。鞭先が空気を斬る度に、宙より飛び出す矢のような水弾がマッドオークを跳ね飛ばす。
「やれやれ面倒だねえ… 何でまたこんなときに悪鬼どもにでくわしちまうんだか」
数刻前、川で話をしているうちに、気づくと姿を消してしまった竜吉公主を探して、太公望は川辺を下流へと下っていった。そこで、怪物の群れに出くわしてしまったのだ。
「こんな調子じゃあ、あの人の願いを叶えるのも、思ったより難儀なことかもしれないねぇ」
太公望は、自身をこの世界へといざなった紅い瞳の女人の言葉を思い出しひとり苦笑する。
「…っと、これじゃあきりがない、それ!」
長い竿のようなの鞭先が地面を叩くと、そこから大水が勢いよく溢れ出し、太公望を囲むマッドオークたちをまとめて押し流していく。しかし、どれだけの群れにあたってしまったのか、木立の奥からさらに怪物が飛び出してくる。
ここ最近、こうした悪鬼に出会う頻度が増えているように思える。今この世界は、思ったより悪い方に傾いているのかもしれない。竜吉公主にしても、この程度の悪鬼どもにやられることはそうそう無いだろうが、いつまでも一人にしておくというのも考え物だ。さっさと片付けて、迎えに行かなくては――
そう思い、再び宝貝を振りかぶったその時、群れの奥から、素っ頓狂な声があがった。
「ひゃああ…! 何よあなたたち、私を誰と心得ますか! うぅ…お腹がすいてなければあなたたちなんて…あなたたちなんて…誰か…助けてーーーー!!」
助けを求める女人の声。すぐさまそちらへと向かい、再び大水をおこして群がる怪物を一掃する。水が掃けた後を見ると、そこには白い衣を纏った、なんとも神々しい女人が、きゅうと目を回し倒れていた。

* * * *

「…んぐんぐ… ふう、助けてくれてありがとう。か弱き美女を捨て置けぬ、あなたの正義を称えます。そしてこのお魚も…もう一尾ほど頂けたりすると、もっと称えてあげられるのだけれど」
目を覚ました白い衣の女人が、焚き火の前で、太公望が釣った魚を両手に数尾持って食べている。
「あいにく魚はそれきりなんだが… 何にせよ、怪我がなくて良かったよ。それはそうとお嬢さん、こんな所でいったい何をしてたんだい?」
「お嬢さんではありません。私は正義の天秤の女神アストレイア… (グゥ…) はぐっ、はなはのせーひをほいにひはのほ(あなたの正義を問いに来たのよ)」
アストレイアと名乗った女神は、魚をほおばりながら言った。
「――ふむ、あんたは、あのドゥクスという人の知り合いなのかい?」
「あぁ… そうね、知ってはいるわ。でも、今回の話はそれとは関係ないの…全くなくもないけれど… でも、ドゥクスを知っているなら、話は早いわね」
全ての魚を食べ終わった女神は、居住まいを正し話し始めた――世界の命運にかかわる話を。
――この滅びへと向かう世界の裏で、ある企みが進んでいること――その企みを止めるには、13人の、闇を打ち払う『剣』となる者たちの力が必要であること――女神は、その者たちを集めており、太公望にこそ、その資質があるということ――。
「――なるほどねぇ… そりゃあ難儀だ」
「そうななのよ! ほんとに、世界のあちこち飛び回って、なんだか一筋縄じゃいかないやつらばっかりでね… 本当に、みんな正義をなんだと思ってるのかしら?」
「そうかいそうかい、あんたも大変だねぇ」
「まぁね。それでも着実に『13の剣』は集まってるわ。さぁ、それでは行きましょう!」
「うん、あたしはお断りさせていただくよ」
太公望はにっこり笑ってそう言った。女神は耳を疑った。
「…へ? ちょっと待って… あなた、太公望さんよね? 本人よね? あの仙界大戦の大功労者の…」
「功労者かどうかはしらないが、いかにもあたしは太公望だね」
「じゃあ、なんで…」
太公望は立ち上がり、広げた荷物を仙力でひょいと小さな巾着にまとめると、すました顔で焚き火の始末を始める。
「あたしはあのドゥクスって人に声をかけられてこの世界にきたが、それだけじゃあないんだ。あたしには、ここで他にもやらなきゃならないことがあってね」
「やらなきゃならないこと?」
「うん――あたしはきっと、ある人を泣かせてしまったんだよ。それでね、あふれた水が、盆にかえらないか、もう一度ためしてみたいのさ」
長い黒髪がさらりと顔にかかる。その表情はうかがい知れない――。
「……あるお人って、誰なの?」
「う~んそれを正義の女神さまには言えないねぇ… 言うなれば、世界を滅ぼそうとした悪~いお人だ」
「………ならますます」
「ごめんよ、お嬢さん。そもそもね、あたしは別に正義の仙人とか、そういうのじゃあないんだ。その悪い人と同じでね、結局あたしも自分の好きなことしかしない。ただ、それがちょいとばかり、良いことの方に傾いているだけなんだよ」
アストレイアは立ち上がり、太公望に厳しい視線を送る。
「本心から言ってるの? ――きっと、後悔するわよ」
「あぁ… そうだね。確かにあたしは後悔しているよ」
女神の言葉に、太公望はそう答えた。しかしその言葉と共にある笑顔は、とてもさみしげで、悲しみに満ちているようにも見えた。
「けど、だからこそ、あたしはあんたの企てには乗れないんだ。さて、そろそろあたしの封神を進めないといけない」
「そんな…」
「ごめんよ、向こうさんもきっと力をつけているから、ちょいと仲間をあつめなきゃいけないんだ。竜吉さんも探さなきゃいけないし。ナタの坊やとの待ち合わせ場所にもいかなきゃあいけない――そうそう、もちろん、ドゥクスさんのお願いはしっかり果たさせていただきますよ。あんたのお話は――そうだね、こっちが全部終わって、それでも間に合うようなら聞かせておくれ。それじゃ、頑張ってくださいな」
そう言うと、太公望は、胸元からとり出した笹の葉を、ポンと打神鞭でひと叩きした。すると笹の葉が人が乗れるほどの小船へと変わる。小船は、すすぅっと宙へと浮かび上がり、後ろ手を振る太公望を乗せて消え去った。

体重 好きに決めていいよ
酒飲み友達 竜吉公主
昼寝友達 太上老君
釣り友達 楊戩
義兄弟 哪吒太子・武吉
イラストレーター Tomatika
+SP
SP
身長 知ってどうするんだい 『崩天楼』

    見渡す限りを覆った灰色の雲が、落ち着かない様子でぐにゃぐにゃと形を変えながら気忙しげに流れていく。
    その様子が今の自分の心を映しているようで、女は美しい形の唇に小さく自嘲の笑みを浮かべた。
    いくつもの気流が収束するこの島の空はいつもこのような雲で覆われていたが、そのことに気付いたのは今が初めてだった。
「……きっと、もうすぐ終わるからかしら」
    “異界”より渡ってきた後、それなりの時間をこのアルカニア島で過ごしてきたが、常に秘めた想いに苛まれ続けてきた彼女には、このようにゆっくり世界の景色を眺める余裕など無かった。しかし、もうすぐ全ての煩瑣から解放されるであろう今の状況が、彼女の心境にそんな変化を及ぼしたのかもしれない。
    女は、命をほとんど感じることのない歪な火山岩の海岸を、じゃりりじゃりりと鳴く足音に耳を傾けながら、一歩一歩踏みしめるように歩いた。そしてひと際高い崖へと登り、足を止めた。
    そこからは、巨大な塔が見えた。
    曇天を貫かんばかりにそびえ立つ塔――『紅蓮の塔』の天辺を、女はじっと見つめた。
    雲を押し流す強い風が、塔と同じように微動だにせず見続ける女の黄金色の髪をはたはたと揺らす。
    思慮深く、それでいて決してその心の内を誰にも語ることは無いと思わせる冷たい瞳――今、仄かに潤いを帯びているそれは、そこからは見えていないはずの、塔の主に向けられているのだろうか――。
    不意に、ひと際強い風が吹いた。
    同時に絶え間なく吹き続けていた風が、何かに恐れをなしたかのようにしんと凪ぐ。
    女は風で乱れた髪を片手で整えると、もう一方の手の平をじっと見つめ、きゅうっと小さく拳をつくった。
「――無粋だわ。せっかく綺麗に整えたのに、髪が乱れてしまうじゃない」
    そう言って落胆とも、安心ともとれる複雑な吐息を吐くと、
「でも……お前たちなら、どうでもいいか」
    ゆっくり肩越しに後ろを見やった。
    その視線の先には、がしりと組んだ両腕に、喜楽を塗った破顔の笑み――。
「ははは!    やっと会えたぞ女狐め!」
    派手な立ち姿にもかかわらず音なく宙に立ち浮くは、蓮華の化身・『ナタ太子』――降魔転じて『流謫の蓮華』。
「はぁ~~    『妲己』かぁ~~    面倒じゃの~~    わしはま~~ったくやる気ないんじゃがの~~」
    そしてその後ろに浮かび、万象宿した異様な頭を掻いてうなだれるは、仙界の長が一人――太清境の大神仙・『太上老君』。
    女――妲己は、突然現れた二人のちぐはぐな気勢など全く興味なしとばかりに、眉一つ動かさず尋ねた。
「それで、何かご用かしら?    仙人ども」
「何かとは挨拶だな!    いや挨拶なのか?    女狐よ、今さら語る言葉もないぞ!    ならば撃にて応えよう!    お前を訪ねてやってきた!    さぁさぁ、ひとつ勝負といこうじゃないか!」
    地に降り立ち、大きく腕を振ってぐんぐん妲己に迫る化身。一方太上老君は高岩の上にどかりと座りこみ「そうそう、そいつとやってくれい。わしは絶対戦わんからの~~~」と頬杖をついて眺め下ろす。
    妲己はふんとひとつ鼻を鳴らし、
「お前らのふざけた調子に合わせるつもりはないの」
    どう収まっていたものか、するりと胸元から長扇子を抜き放ち、あと数歩と迫る化身の鼻線にびたりと合わせた。その無表情から放たれる異様な気迫を感じ取り、思わず化身が足を止める。
「――それで、“あいつ”は何処なのかしら?」
    その問いに、化身はキョトンとした目で小首をかしげたが、すぐに「ああ」と手を打った。
「あはは!    かはは!    兄ぃのことか?    なぁになに、兄ぃは“遠くて近いところ”にいる!    何にせよ、オレ様などにはとんとわからぬ大層な考えがあるのよ!    然らば答えられるはずもなし!    であるからな、まずは俺様が遊び相手というわけだ!!」
    化身は再び進もうとしたが、妲己はすぅっと目を細め、仄かな気炎を発した。
「そうなの――でも、お前と遊ぶのは嫌ね。餓鬼の相手は疲れるもの」
    そして閉じた扇子を目にかざし、横に引く。その陰より現れた紅い瞳を見た太上老君が「ひょっ!」と頓狂な声を上げた。
「お~~い、糞坊主ぅ~~。ちぃと離れた方が良かろうな~~~    そりゃ『ロード』とかいうやつだぞ~~い」
「ろ~ど……ろぉど?    “灯ろう”のまがい物か何かか?」
「阿呆~~い!    お前、な~~んの因果で『降魔』になったんじゃ~~い!    そやつは“紅蓮の力”を持っとるっちゅうこっちゃ~~!」
「ぐれん……“紅蓮”?    ……ああ!    “あるかな”の“赤目”!!」
    化身はまたもや手を叩き、「アレか!    その迫力に合点がいった!    それはいい!」と一人かははと笑ってみせる。
「お前はいつも楽しそうね、ナタ太子。でも妾は楽しくないわ。お前みたいな化け物が、さらに『降魔』になっているだなんて冗談じゃないもの。だから、こいつと遊んでなさい」
    そう言って妲己が扇子を広げ、二度三度と大きく振る。すると紅色の風が巻き起こり、何ということか、風が通った何もない宙空に紅い亀裂が次々刻まれていくではないか。
――ピシリ。
    亀裂から欠片が一つ零れ落ち、裂け目の“穴”からにょろりと何かが這い出した。
    それは指――その指先には鋭く長い牙のような爪が付き、その指を付け根から咥えこんだ鱶(ふか)を思わせる白い腕がずるりと伸びて裂け目の端を掴む。それが一つ――二つ――三つ――四つ――最後に現れたのは、燃えるような朱の髭を蓄えた巨大な顔と異様な体――。
    化身は「ほう」と声を上げ、老君は皺がれた顔をさらにくしゃりと皺寄せた。
    ずしんと地を揺らし化身の前に降り立った異様の怪物は、呆けた顔で自分を見上げる二人の仙人を見やると、ぐるりと長い首だけ後ろに向けて、妲己に尋ねた。
「――妲己よ。契約は覚えておるだろうな?    こやつらを喰らった後には、今度こそ“あやつら”に会わせてもらうぞ?」
「覚えているわ。でもちゃーんと残さず骨まで平らげたらね、妾の“使い魔”殿」
    物騒な二匹の妖(あやかし)の会話をよそに、太上老君が長い耳をたぶをたぷたぷと弄びながら呑気な声を上げる。
「ふあ~~    な~んともめんどくさ~~いのが出て来おったのぉ~~    ナタ太子、ありゃあ『共工』だぞい」
「何だ?    老子のご同胞か?」
「愚か者。このわしの美麗な面と見比べて、どうすりゃあれが同胞に見えるんじゃい」
「そうか?    ほとんど同じに見えるがな……それにしても『ろ~ど』だ『きょ~こ~』だ、知らぬ言葉ばかりだぞ、老子。寂しいじじぃは無駄に知識にひけらかしたがって敵わんな」
「だ~~れが寂しいじじぃじゃ!    せっかく忠告してやっとるっちゅうに……ありゃお前さんが蓮の玉っころであった更に更にの大昔、天地の形がまだ定まっておらん頃の怪物だぞい!」
    それを聞いた化身は、怖気づくどころか目を爛々と輝かせ、口の端をつつぅと吊り上げた。
「あっはは!    かっはは!    なる程な!    これは素敵なご褒美だ!    さすがは兄ぃ、俺が退屈していたものだから、全てを見越しこのよう玩具を用意してくれたに違いあるまいよ!    そぉれそれ!    行くぞ参るぞ、大鱶釣りだ!」
    叫ぶとともに気を放ち、ダンと地を蹴り飛び上がる。それを合図に共工も四つの腕をくねらせて、迫る化身に気をむける。かくして二つの勇猛は闘気と化してぶつかり合った。
    まずは共工、化身の四肢を喰い千切らんと、まさに獲物を狙う鱶が如き高速でその腕を無軌道にくねり走らせる。化身はそれを「よいさ」「ほいさ」と踊るように寸でで躱し、
「かっははは!    なかなかに速いな!    だが速さで負けぬが『流謫の蓮華』よ!」
    と、躱す合間にパンと胸元で両手を打った。
    すると化身の足元に、双なる炎輪『風火二輪』が現れてギュルルと風火を巻き起こす。化身は風火の轍を轟轟引いてうねる巨腕を滑るように駆け上がり、そのまま肩口で跳ねると、破顔一笑、共工の横面にドカンと拳を叩き込んだ。
「――おろ?」
    手応えはあった――しかし、撃ち込んだ拳は振り抜くことが出来ずにぴたりと止まる。共工は頬に拳を乗せたまま、ギョロリと化身に目を向けた。
「軽いぞ、ちび仙人。天地の柱を折るこの頭蓋、貴様の打突など儚き蚊蜻蛉の如きよ」
    語るや否や、いつの間にやら迫っていた鱶の巨碗が化身の横腹をズンと薙ぐ。
「なんとぉ!!」
    化身は瞬時に殴りつけられた方へと跳んで、ままの衝撃を殺してみせるが、四本ある巨腕は数十集まった鱶の群れの如く次から次へと迫りくる。化身は風化二輪を猛回転させ、器用にそれを避け続けるがどうにも突破口が見当たらない。
「うむむ、こりゃあなんともやりづらい!    この俺様が、近くは不利と思わされるとはな!    だがまだまだよ、近くが駄目でこれならどうだ!」
    化身は腰に下げた円環状の宝貝『乾坤圏』を手に取ると、大きく振りかぶって投げつけた。
    ヒィィィィンと空を切って飛翔する圏の軌跡――しかし共工はニタリと笑みを浮かべて鱶の四つ腕を正面に構えると、その腕口より大量の液体を吐き出し『乾坤圏』に浴びせかけた。
「かはは!    そんなもので止まるものか!」
    圏は斬波の勢いで液体を切り裂き、肉よ裂けよ、骨よ砕けろとばかりに共工の体に吸い込まれた――かに見えたが、それはつるりと表皮を滑り、明後日の方へと飛び去った。
「何だそれは!?    お前は鱶ではなく鰻であったというわけか!?」
「ふふん、何故に解させてやる必要があるかよ!」
    
    *    *    *    *

「ほあ~    こりゃ~~すごいの~~。じゃが坊主もあの共工相手によう持っとるわい。し~~かし、ありゃ“油”か?    相手にぶち当たるまでどこまでも飛んでく『乾坤圏』も、当たった後にぬるりとされちゃあ如何ともできんわな~~。“鱶の肝油”とはこれまた……ん~~?    油、油かぁ~~    んあ?    それで“共工”っちゅう……」
    太上老君は呟きながら、もはや頬杖をつくどころか物見遊山を楽しむように、ごろりと高岩に寝そべり両雄の戦いを眺めやる。
「随分と余裕のようだけど、お前は戦わないのかしら?」
「んあ~~?」
    寝転びながら首だけ後ろに倒すと、逆さ目に妲己の姿が映った。
「じゃ~~から、わしは戦わんとゆ~たろうが~~。面倒なことは、だ~~い嫌いなんぞい」
「お気楽な爺様ね。でも妾の目は節穴ではないの。お前が何かを企んでいることくらいはわかるわよ?」
「ほっほっほ、面白いことを言う狐じゃの~~    わしがわからんことをお前さんがわかると言うか。確かにわしは“待ってはいる”が、それが果たして企みなのか――企みだとして、それが何のための企みなのかはさ~~ぱりわからん」
    そうからからと笑って、再び二人の戦いに目を向ける。
「ナタの坊主も言うとったがの、お前さんのお目当ての“あの男”は、何を考えておるのかい~~っつもさ~~っぱりじゃ。じゃがその分、あやつはだ~~~れも思いつかんことを、い~~~っつも、た~~んと考えておる。あやつの企てに乗せられたら最後、こっちはな~~んも考えずに“その時”を待つだけぞい――あ~~!    ま~~た『乾坤圏』かい!    ナタの坊主も一つ覚えが過ぎるぞ~~い」
「待つって、何をかしら?」
「お前さんも待つがええて。おのずとわかるぞ~~い」
「……そう、なら別の質問にするわ。“あいつ”のいる“遠くて近い場所”とはどこなの?」
「んあ~~?    説明するのもめんどくさいの~~    ほ!    ま~~た油を出しよった~~!    ほれ、ナタ!    そこじゃ!    あ~~~何をやっとるか!」
    手足をばたつかせて観戦に興じ、まるで取り合う気のない太上老君に、妲己はふぅと息をついて顔を上げる。その視線の先には『紅蓮の塔』が――。
「つき合うもりはないと言ったわ。崑崙の長の一人であるお前を殺せば、さすがの“あいつ”も顔を出すのじゃないかしら?」
    言いつつ広げた扇子の刃は、ぴたりと太上老君の首筋に当てられていた。
「なんじゃい、怖いの~~。じじい労われ狐の子――そんなに“あの塔”が気になるかいの?」
「……何?」
「塔の上を気にしたり、“あの男”を探してみたりと、我らを前にどうにも気がそぞろじゃて」
「………!」
    妲己の顔が気色ばむ。
「ほっほっ、狐の顔に朱がさしたわい……お、や~~っと、ナタの坊主も気付いたか、んじゃそろそろじゃな~~」
「何をする気か知らないけど――」
    その時、妲己の目に映ったのは、共工の吐き出す油に抗せんと、化身に呼び出された“巨大な腕”。それは一対揃ってぐんと真っ直ぐ伸びると、握る大きな拳の先にちろりと“赤い舌”をのぞかせた。
「あれは……」
「わかったかいの?    そうじゃ、油との“相性”はばっちしじゃわい。ありゃあ仙界に名高い宝貝の一つ、一吹きすれば全てを燃やす――」
    化身が練気を込めて大きく叫ぶ。

「烈火灰燼――『火尖鎗』!!!」

「なっ……!?」
    叫びと共に灼熱の炎が迸り、共工の噴油とぶつかった。
    地を揺さぶる轟音。目を覆う眩い赤、赤、赤。瞬時に広がる黒、黒、黒。
    大爆発より巻き起こる炎と煙が辺りを満たし、音に遅れて熱波が襲う。
「くぅっ……!!」
    堪らず扇子で身を隠した妲己がその隙間より見たものは、炎の中で天地上下の印を組む、太上老君の涼しい笑顔――。
「そんじゃあひとつ、ご招待といこうかの」
    
    *    *    *    *

    不意に途絶えた熱気を訝しみつつ、妲己はゆっくり扇子を下ろした。
    見渡す限り、赤く輝く炎の壁と、真っ黒な煙の天蓋で囲われた空間――。
    だがしかし、揺らめくはずの炎も、蠢くはずの煙も、その全てが動きを止めて熱さもまるで感じない。
「……どういうことかしら?    見た目はそのままだけど、まったく異質な世界ね」
    その問いに、炎と煙の中心に座した空間の主が答えを返した。
「ほっほっほ。ここはな、ここであってここでなし――『太極図』、わしの思うと~~りになる、わしだけの“宇宙”じゃよ。数百年に一度しか使えんし、すっご~~~~く疲れるからあ~~んまし使いたくはないんじゃがの~~」
「ふぅん……」
    妲己は、そう告げた太上老君に背を向けて炎の壁に近づくと、指を立ててちょんと触れる。それは熱くもなく質量もない、しかしそこには絶対に破壊不能な“結界”が確かにあった。
「こんなめちゃくちゃな“宝貝世界”……さすがは『太清大帝』というところなのかしら?」
「褒めるな褒めるな。こんな便利な世界でも、お前さん程の大妖ともなると“気を抜いた一瞬”にしか引きずり込めんでな。その機会を待っとった~~っちゅうわけぞい」
「……あっそ。それで、妾をこんな世界に引きずり込んでどうするつもりかしら?    戦わないんじゃなかったの?」
「戦わんよ?    わしの役目は“ここまで”じゃて」
「それじゃ何のため?」
「じゃっからわしもわからん言うとろ~~に~~    まあ、ひとつ思ったことといやぁ――お前さんのその『ロード』の力”、そりゃ“あの塔の主”から授かったもんなんじゃろうなぁ」
    太上老君の指摘に、妲己の頬がヒクと揺れた。
「どんな関係かは知らんが、お前さんはあの“赤い皇帝”の目が気になって仕方がないようじゃったからの。じゃから、一旦隠して心の内を聞いてやろう、とな。お前さん、胸に何を抱えとる?    いや……それだけではあるまいな。他の何か、それとも誰かが背後にあるものか……そもそもお前さんは如何にしてこの世界にやって来――ぐぇぇっ!」
    瞬きの間だった。遠く三間は離れていたはずの妲己が、気付けば、調子良く語っていた太上老君を押し倒し、馬乗りになってその喉笛を鷲掴んでいた。
「年寄りの冷や水ね。女心を詮索する爺さんなんて質が悪いわ。無限の寿命が一気に縮まるわよ?」
    そう言ってにこりと笑う。
「……お前さん、そうやって偽もんの笑顔を張っつけちゃいるがな、どうにも心が駄々漏れだぞい……。噂に聞いとった化け狐は、それこそそのような質ではなかったようじゃがの~~?」
「どうでもいいわ。何にせよ、よ。わけもわからず滅多なことはするものじゃないわね。ここにはお前と妾の二人だけ――お前を助ける者がいなくなっただけではなくて?」
「あ、ほんとうじゃ……やばいの~~    ま~~た“あやつ”に嵌められたかの~~~    …ぐぅっ!!」
    飄々と話すその首を絞める指に力が入る。
「食えない爺さんね。うそぶくのは止めなさいな。本当は、まだ“ここ”に“誰か”が来るのでしょう?」
「ほっほっほ、賢しいのぉ~~    わかっておるなら“引っ掛け”は止めんかい。確かにお前さんの相手は別におる――」
    太上老君の目がすぅっと細まり横を向く――。
「――と思っとったんじゃが……来んの……」
    が、すぐに見開かれ、首を左右に振り振り周囲を見渡した。
「あっれ~~?    おっかし~~の~~??    『双輪』の娘々どもにゃ“入口”を伝えておいたんじゃがぁ……」
「あはは、見捨てられたの?    それとももうろくかしら?」
「え~~~そんなわけ……いやしかし、“あやつ”のやることじゃからなぁ、こりゃ本当にわしを嵌め……ぐへぇぇ!!」
    太上老君が更に締め上げられるその後ろ、不意に炎の壁がぐにゃりと歪み、
    ――ザザン。
    と一つ、足音が落ちた。
    ザン、ザン、ザン、ザン。
    次いで足音は、力強く二人の方へと近づいてくる。
    急いて振り向いた妲己の前に現れたのは――。
    纏う空気は流麗明媚、揺蕩い流れる薄衣――そのたおやかさに似つかわしからぬ、快活な笑みと力強い眼力――。
「ふふふん、待たせたでありんすなぁ。さぁ、再戦でありんすよ!!」
    そこに立つは、万神たる『天帝』と女仙王たる『西王母』が一子、生まれながらの生粋仙人『竜吉公主』であった。
    公主を目にした妲己は一瞬鼻の上に皺をつくり、
「……今さら、“お前”?    前に『相手はしない』と言ったはずだけど――こう“すかされ”続けると、いい加減腹も立ってくるものね」
    むせ上げる太上老君から飛び降りると、姿勢を正し、余裕の笑みを浮かべて優雅に立つ。
    対して公主は両足を広げ、拳を握って仁王立った。
「ぬしの言葉なら覚えておるわ。だからこうしてやって来た。嫌でも――もう一度相手にしてもらうでありんすよ!!!」
    闘いの気勢と共に、竜吉公主はザンッと地を蹴り駆け出した。
    だが見ると、いつも放さぬ愛用の宝貝――『霧露乾坤網』がその手にない。
    素手とは何の冗談か。つまらぬ冗談ならば一瞬で払い終わらせよう――妲己は扇子を広げたが、どうしたことか、それには“刃”も宿らず“炎”が燈る様子もない。
「あ~~    そういや言うの忘れとったの~~~    ここじゃ一切の仙力、妖力の類は使えんぞ~~い。“紅蓮の力”であってもなぁ。“皇帝に見えん”っちゅうのはそういうこっちゃ~~」
「……なっ!」
    先程の醜態はどこへやら、肘を枕に喜楽に寝転ぶ太上老君の言葉に気を取られたその隙に、妲己の目の前に至った公主が長い脚を翻し、ビュホンと鋭い回し蹴りを放った。
    妲己は後方に反り飛んでそれを避け態勢を整えようとしたものの、その隙与えぬとさらに間を詰めた公主が矢継ぎ早に拳を打ち込む――が、確と見切った妲己は上体を揺らしてそれを避け、「ちっ」と一つ舌を打ち、下から掌底をかち上げた。
    強烈な一撃をもろに顎に受けた公主は、吹き飛び背中から地に落ちる。
「どうしたのかしら“妾様”?    いつも楽しそうにへらへらと、雅遊楽(みやびゆうらく)が信条のお前ではないみたいじゃない」
    腕を組んで斜に構え、公主を見下ろす妲己。
    竜吉公主はペッと赤い唾を吐くと、口から垂れ落ちるそれを袖でぬぐって身を起こす。
「――いい機会と思ったのでありんすよ。『双輪様』にこの“企て”を伝え聞いたとき……妲己、あのとき妾はぬしの“力”に負けたのか、その“心”に負けたのか、それをはっきりさせるまたと無い機会であるとの……」
「あら、“妲己”?    “化け狐”と呼ばないの?    嬉しいわ。お偉い仙人様のお前が、妾を名前で呼んでくれるだなんて」
「呼びもするでありんす。妾はぬしに負けた。妾の誇りは挫かれた。ぬしの言葉は、妾の驕りを打ち砕いて、妖力も、仙力も、紅蓮の力も纏わぬまま、こうして身ひとつでぬしに挑む闘志をくれた……ぬしは悪かもしれんがの――妾はぬしを“認める”でありんすよ!!」
    竜吉公主が立ち上がり、再び駆けた。
「認める……?」
    にわかに気色ばんだ妲己は、瞬時に手近な岩の後ろに回ると、それを思い切り蹴り砕いた。
    迷いなく真っ直ぐに突っ込んだ公主は無数の石礫を避けきれず、堪らず腕で身を防ぐ――が、まずいと思い開いた腕の隙間には、ぐんと迫った妲己の顔が――。
    ズン――と鈍い音が響き、腹に打ち込まれた拳に公主の体がくの字に曲がって浮き上がった。
    落ちて後、むせる口から飛沫を散らせ、堪らず地を這いうずくまったその目に、ゆっくり近づく妲己の足が映り込む。
「妾は千年生きた狐精――ごらんの通り仙力や妖力などなくても、この身の力だけで十分お前らを殺せる恐ろしい化け物よ?    清らかで美しい神の血を引く仙人様が、そんな妾を“認める”と……?    そんなことがあるかしら。結局それは、お前らの“傲慢”よ」
    妲己は公主の前にしゃがみ込むと、美しい黒髪を引っ掴み顔を上げさせた。
    その顔は――。
「何を、笑っているの?」
「……嬉しいのでありんすよ……妾などつまらぬ、相手にしないと言ったぬしが、そうまで必死な顔を見せてくれるのが……」
「何を言って……」
「おかしいでありんすか……?    妾はぬしを取るに足らない妖風情と見下しておった……そんなぬしに手も足も出なかった自分が情けなくて、悔しくて、消えてしまいたいと思った……。でも、ぬしの言う通りかもしれぬと思うたら……“空っぽ”でくだらなかったのは妾なのかと、そう思うたら……それなら、これからなれば良いと思えたでありんすよ……これから、信じた自分になればと……。それには人も獣も、仙人も妖も関係ない……妾はぬしを認めた上で――」
    公主はすがるように妲己の胸元を掴むと、
「――ぬしに勝ち、ぬしにも妾を“認めて”もらう!!!」
    ダンと足を踏み込んで、力の限りぶん投げた。
「かはっ……!!」
    思い切り岩に叩きつけられて息がつまる。妲己がかひゅうと吸えぬ息を無理やり吸い込んで前を向くと、そこには迫る公主の足――。
    強く蹴り上げられた頭が、赤い弧の糸を引いて重力とは違う方向に流れる。
    ほんの束の間意識が飛びそうになったが、妲己は唇を噛んで強引にそれを繋ぎとめると、瞬時に後方に飛び退り、膝をついて鼻より流れる赤色を拭った。
「顔を……よくも!!」
「認めた以上、妾も本気でありんすよ!!    いつまでも舐めた態度でいるのであれば、ぬしを認めた妾の誇りにかけて、その命――この場で頂くでありんす!!」
    竜吉公主の啖呵が異空間に木霊する。
    妲己は垂れ落ちる赤を抑えつつ、顔を下に向けたまま目だけ爛と公主を睨みつけた。
    そのまましばし、身じろぎせずにそうしていたが――
「命……?    頂く……?    お前が?    この妾の??    ……おかしいわ仙人。そんな言葉は数えきれない程の奴らが妾に吐いて来たけれど、誰も成し得た者はいないのよ?    つまりね――」
    上げた顔は、目を見開き、歯を剥き出し、握った拳は大きく開かれていた。何かを掴みとらんとばかりに、必死の力がその指に籠められていた。
「――誰が、死んでなどやるものか!!!」

「――それが聞けて良かった」

    すぐ傍で声がした。
「怒りでも、なんでもね」
    不思議かな。その柔らかな色がついたような艶ある声に、心抜かれたかの如くすぅっと妲己の怒気が消える。そしてゆっくり、首を横に向けると――。
    そこには、いつの間にやら声の主が、彼女の顔を覗き込むように顔を傾けしゃがみ込み、流れる清水を思わせる長い黒髪を横に垂らしてにこりと微笑んでいた。

「……太……公望……」
「お久しぶりだね、妲己さん」

    予想だにしない時に現れたその姿に面食らい、固まる妲己――。
    竜吉公主は興奮冷めやらぬ様子ではあったが、“企て”の首謀者の登場に、ここが納め時かと悟ったようで無理やり息を鎮めて数歩下がった。
    妲己はしばらく何を語ればいいかわからぬといったように、その場でぺたりと座り込んだまま、何やら口を開け閉めしていたが、やっとのことで絞り出すようにかすれた声を出した。
「何を……しにきたのよ」
「何を、かい?    そうだねぇ――」
    太公望は妲己の手を取り引っ張り上げる。何の抵抗もなくその手を受け入れてしまう自分に驚いた。
「――とにかく、遅くなったね。どうにもバツが悪くてね」
「よく言うわ……全てお前の企て通りでしょうに」
「うん、そうなんだけどね」
    そう臆面もなく、にこりと笑う。
「今すぐに、お前を炎で焼いてやりたいわ」
「あはは、そりゃ困った。でも、この『太極図』の中じゃできないし、無理して捻り出した腕力も竜吉さんとの果たし合いであと少しといったとこだろう?」
「その通りよ……上手くやったわね」
「うん、上手くやれた――」
    太公望は笑みを残したまま、目を閉じる。
「――これで、『あたしに殺される』というあんたの計画は潰れたわけだ」
「………」
    妲己は、赤く汚れた唇を噛み下を向く。
「あんたは、自ら滅ぶつもりだったんだろう?    “あの時”と同じように、あたしの手にかかって」
「………」
「しかも、今回は魂を『封神台』に封じるなんて生易しいもんじゃない……だから、すぐに会うことはできなかったのさ」
    下を向いたままでいる妲己を、
「“赤い瞳の皇帝”さんの話ならあたしも知っているよ。あんたがかつてのその人に救われたこともね。『ドゥクス』という女の人に教えてもらった」
    太公望は優しい瞳で見つめる。
「誰に聞いたのか――その時あたしがドゥクスさんから『アルカナ』の力を貰ったことを、あんたは知ったんだね。それであんたは、同じように身に『アルカナ』を宿してあたしに殺されようとした――完全なる終わり、『絶対死』というのを迎えようとしたんだ。違うかい?」
「………」
    太公望の言葉に、逡巡するように下を向いたまま黙する妲己――しかし、
「……そうよ。悪い?」
    顔を上げてそう言った。それは何かを堪えるような素の表情――そこにはもう、得意の作った笑みはない。    
「……うん」
「それで、今回のお前はどうするの?    また妾を封神するのかしら?」
「そうだねぇ――」
    太公望は顎に手を当て、時の止まった天蓋を見上げる。
「――あたしはね、ずっと考えていたんだ……あの時、どうすれば良かったのか、ってね。本当にずっと考えていたよ。それでね、こうしようと思った――」

    ばさり、と衣を翻す音がした。
    同時に妲己の視界から太公望が消え――いや、消えてはいない。視線を下げると、そこには低く跪き、深々と手と頭を地につける姿があった。

「すまなかった!!」

    その場の誰もが、その意外な行動に目を剥いた。
「情けない話だが、あの時、世の中のあの状況で、あたしがどうすれば良かったかは今でもわからない。でもこうしたい――そう思ったんだよ」
    太公望は頭を下げたまま続ける。
「表でやり合ってるナタにね、気付かされたんだ。どうやらあたしもあんたも、考えすぎるきらいがあるようだ。あたしは色々考えて正義についた。あんたも色々考えて悪になった。でもあたしたちの根っこは同じ、ただの欲しがりで、大事にしたがりなだけなんだ」
    妲己は黙って太公望の下げた頭を見つめたまま聞き続ける。
「あんたがあたしを解ってくれていたように、あたしもあんたを解っていた。なのに、あの時のあたしは色々考え過ぎて、沢山のものに囚われて、自分がどうしたいかを後回しにしちまった。あんたが最後、悲しそうにあたしに笑いかけてくれた時、差し出せる手はあたしの方にあったのに……」
「………」
「……でもね、今なら素直に自分の思っていることを伝えて、受け入れてもらえるよう努めることができる。そして今のあんたになら、それを聞いてもらえると信じて――」
    ガツン――と、
「あ痛!」
    妲己が太公望の頭を蹴った。
「そんないっぺんに……よくわからないわ。それに――」
「………」
「妾の方が……痛かったわ」
「すまない」
「やっと来て、そんな話……?」
「遅くなってすまなかったよ」
「ひどい男……こんな“企て”をするなんて」
「普通にやったら、どう話してもあんたは目的を果たしちまうと思ったんだ。本当にすまない」
「言葉が軽いわ……ほんと、腹立たしい」
「そうかい?」
    太公望が首を傾けそっと上を見上げる。
「あたしにゃ、あんたが今少し笑って――いぅぅぅ!」
    妲己が無言で太公望の頭を踏みつける。
「あいたた…」
「お前は――ずるいわ」
「よく言われるよ」
「卑怯だわ」
「その通り、あたしは卑怯者さ」
    一見無様で滑稽な二人の姿とやりとりではあるものの、包む空気は至極穏やかだった。
「――でもね、大事なもんはしっかり腹に持っているつもりだよ。そしてそれはどんどん増えていっている。その中にはあんたもいるんだ。そう思っているのは、あたしひとりじゃないよ」
    太公望が横目で竜吉公主を見る。
「竜吉さんとやりあって、あんたも肌身で感じたろう?    この人もしっかりあんたを理解した。あんたはね、もう誰にも理解されない厄介者なんかじゃないさ」
    目の合った公主が恥ずかしそうにぷいと横を向く。
「だから、卑怯者ついでに言わせておくれ。“色々”さておき、これがあたしの本心だ。後生だよ。もう、わざと死のうだなんて思わないでくれるかい?    あんたはもう、あの時分から――」
    一つすぅと息を吸い――。
「――あたしの大切なもののひとつなんだ」
    
「………ふっ……」
    
    人に憧れた。
    人になりたかった。
    けれど人にはなれなかった。
    結局、妖の自分が人になることなどできないのだ。
    でも――
    
「……ふぅっ……」
    
    でもわかった。本当は人になりたかったわけではなくて、人に受け入れて欲しかったのだ。
    誰とも違い、世界のどこにも居場所がなかった。その場所が欲しかっただけなのだ。
    
「……くふぅ……」
    頭を下げる太公望の傍に、大きな雫がぽたりと落ちた。
    それは次々降り注ぎ、追って大きな声がした。
    それはとても大きく響く、堰を切り、何百年とため込んでいた澱を吐き出すような、子供のようにあられもない、大きな大きな泣き声だった。
    皆黙ってそれを聞き、やがて激しい通り雨が過ぎて晴れ間が差し込み始めたように、次第に小さく静まっていった。
    後には誰が口を開くかという空気が残り、やっと立ち上がった太公望の様子を見計らい、太上老君がおほんと一つ咳を混ぜ、尋ねた。    
「さぁ~~て、そろそろ『太極図』を解いてもいいかの~~?    肩が凝ったわい」
「ああ、お願いしますよ、老子――竜吉さんも、気は済んだかい?」
「それなりにやれたし、もういいでありんす」
「さすが竜吉さん。器は狭いが懐は深い」
「……ん?    それは褒められているでありんすか?」
「そりゃあもう」
    竜吉公主はさもありなんと一人首を縦に振り、太公望はそれを横目に妲己の方を向く。
「さて妲己さん、『太極図』の力であんたと皇帝の“契約”は解かれちまってるんだが――」
    黙する妲己は晴らした目を隠すように、静かに下を向いていた。
「――まぁ、“ゆっくり”でいいさね。気が向いたら、あんたの決めた道のかけらでも見せておくれよ」
    そう柔らかな声で添え、太公望はゆるりと歩き出すと、時の止まった壁面の前に立った。
「さぁ、ナタもそろそろ限界だろう。老子、やっておくれ」
    そして腰に下げた巾着より、するりと長い打神鞭を取り出す。
「ん~~?    どうしたんじゃ、太公望。宝貝なんぞ出して」
「うん、まだ終わりではないのさ。このままただ妲己さんに皇帝さんを裏切らせるわけにもいかないし――最後の結末がね、残っているんだ」
    誰も気づいていてはいなかった。
    皆に背を向けそう言った太公望の紫水の瞳が、決意と悲しみの光を帯びていたことに。
    
    *    *    *    *

    太上老君が印を構え『太極図』が解かれると同時に、止まった炎が揺らめきだし、辺りを覆う黒煙がぶわりと昇って消え去った。
    視界が開けたその先には、朱の髭を焦がし傷だらけになった共工と、結った髪もざんばらに解け、ぼろぼろの宝貝を構えた化身の姿。お互い息も絶え絶えに、しかし未だ闘志の光は失わずがちりと睨み合っていた。
「おーーい、ナターー」
    太公望が手を振り声を掛けると、「ほっ?」と振り向く化身の顔に笑顔の蓮華が咲き開く。
「おお!    兄ぃだ!    そっちは首尾よく終わったか!    さすがは兄ぃ、ならば俺様もとっとと終わらせんとなぁ!    そんなわけで次で終いだ鱶鰻!    兄ぃが見ていてくれるなら、こちとら千人、万人力よ!」
「ぬかせぇ痩せちびが!    貴様の後には我が大願が待っておるのよ!    こちらこそ、程なく早々あっちゅう間に終わらせてやるわ!」
    拮抗する力と長い戦いがそうさせたのか、闘志満々、言葉も力も火花を散らしてぶつかり合えど、二人の戦う笑顔には仄な絆が感じられ――だがそれもあと僅か、終幕近しと時告がば、互いに次こそ幕を引かんと両雄拳を振り上げたその時、
「……共工、もういいわ」
「うん、ナタもお疲れ様」
    妲己と太公望が、そう告げた。
    届いた言葉に、共工と化身が思わず顔を見合わせる。
    戸惑う共工は、それはいったいどういう了見かと妲己に大きな顔を近づけるが、よく見ると、常に優雅に整った身なりは大きく乱れ、纏う空気もいつもと違う。それどころか、気が付けばいつの間にやら自身に宿っていたはずの“紅蓮の力”も感じない。更に妲己の隣には、先程は無かった優男の姿――。
    共工は焦げ付いた髭を、四本のうちの二本の腕でわしわし撫でながらしばらく思案顔を浮かべていたが、
「何が起きたが知らぬがな、“あやつら”に会えるであれば儂はそれでよい」
    と拳を納め、「ならばそういうことだな!」と化身も続いて腰を下ろした。
「“あやつら”ってのは誰のことでありんすか?」
「…………」
    竜吉公主の問いに、妲己は言葉を返さず幾分か暗さを増した雲を見上げた。
「ああ、それはね――」
    太公望もまた、鋭い目で同じように雲を見上げ、
「――きっともうすぐここに来る方々だよ」

    その刹那、ぶわりと黒雲が盛り上がり、天に瞬光が閃いた。次いで雨のような稲光が無数に降り、最後に轟音と共に極太い雷光が一筋、一同の前にドカンと落ちた。
≪――ふぅぅぅぅぅ≫
    もうもうと立ち込める砂塵とそこらに振り撒かれた炎の奥に、巨大な影が浮かび上がる。
    それは巨躯を誇る共工よりもさらに一回り大きい、人身蛇尾の異様であった。
    太公望と妲己を除いた一同は、驚きつつも、一体全体何者かと目を凝らす――が、いち早くその正体を看破し体を震わせたのは共工であった。
「お……おお……おおおおおおおお!!!!!」
    共工は雄叫びを上げ、長大な尾で大きな体を跳ね上げつつ、影に向かって躍りかかった。
「貴様を滅ぼす夢を見て、儂は万年生きてきた――“フッキいいいいい”!!!」
    鱶腕を強く後ろに引き、怒気で髭よりも朱に染まった頭を大きくのけぞらせる。そして特段の頭突きを喰らわさんと頭蓋を振り下ろしたところで――ずがんと無様に地に叩きつけられた。
    立ち込める砂塵の奥より伸びたど太い“尾”が、惨めに地に埋まる大妖の上をずるりと滑る。同時に共工の体は青い燐光となって、悲し気に次元の彼方へと還っていった。
「ほあ~~~、なんちゅうこっちゃ!    ありゃ『伏羲』じゃぞい!    さすがは始原の妖神っちゅうか、あの共工を一撃とはのぉ……共工に続いて伏羲、ほんにどうなっとんじゃこの世界……天地開闢でも始まるんか……??」
「なんと!?    “ふき”だか“そっき”だか知らないが、いきなり出てきて何様だ!!」
    好敵手を横取りされて猛ったか、怒声を上げて化身も飛んだ。
「いかんナタちゃん!」
    しかし竜吉公主の静止も虚しく、傷つき動きの鈍った蓮華の華は、あれよという間に妖異の尾に絡め取られてしまう。
    そうするうちに、落ち着き始めた砂塵より巨大な男――伏羲の白い顔がぬるりと出でて、一同を見回した。
    一同如何したものかと立ちすくむ中――静かに、妲己が前に進み出た。
「妲己……どうするつもりかえ……?」
    問うた竜吉公主への応え代わりか、黙したまま過ぎざまにちらりと毅然な目を合わせる妲己。そして伏羲の目前に立つと、その場で跪き頭を下げた。
「父上様……ご機嫌、よろしゅう」
    妲己の発した言葉に、公主が目を開く。
≪娘……愛しい娘……機嫌が良いように見えようか?    お前は“我ら”を裏切ると、そう申すのか?≫
    不気味にくねる巨躯から、威圧に満ちた声が落ちる。
「………」
≪返事が無いな、愛しい娘……≫
    伏羲はむぅと口をへの字に曲げると、体をぐるりと捻り始め――ぐるり、ぐるり、綺麗に二つ回った後に、なんとその上半身は、女のそれに変わっていた。
≪可愛い娘……一度ならず二度までも、またもや我らを裏切るのかえ?≫

「なんでありんすか!?    女になったでありんすよ!    どういうことでありんすか!?」
「うへぇ~~    今度は『女媧』じゃ……わしも初めて見るからようわからんが、『伏羲』と『女媧』、“二柱一対”といわれよる所以っちゅうところなんじゃろうな……」
「それよりも、妲己はあんなのの娘だったでありんすか!?」
「ありんすありんすうっさいの~~    じゃっからようわからんと……じゃが、そうなんかのぅ~~、た~~しかに『伏羲』と『女媧』は多くの妖の祖神と聞いたことはあったが……」

    竜吉公主と太上老君がそう話す一方、妲己は身を固くしつつ口を開く。
「母上様、私は……」
≪ああ……愛しい娘、それ以上言わないで……聞きたくないわ……!≫
    女媧はそう言うと、長い尾をしゅるるとのたくらせ、
「んぐ!?    んおおお……!?」
    化身に絡める尾の先を、ぎゅむぅと力込めて絞めあげた。
≪娘よ……可愛い娘よ……その者らがお前をかどわかしたのだね?    ならば今すぐその者らを殺しなさい。その方らも、この子の爪を受けることを許そう。逆らえば、この仙人の魂魄は粉々に崩れ去ることになりましょうぞ≫
「なに!?    そいつはいかんな!    受け入れられん!……しかし参った、これはまずい…!」
    むがむがと尾の締め付けに抗する化身だが、どうにもいつもの覇気がない。
「お~~い、ナタ太子!    自慢の馬鹿力でどば~~~んと抜け出せんのか~~い!」
「それがなぁ老子、鱶鰻との一戦もこたえているが、どうやら“時間切れ”というやつだ。俺様はこの世界の“赤目”に呼び出された『降魔』故、“こうなる”とまったく力が出ない……むしろ本当ならこのまま消えておさらばごめんといくはずなのだがな、何やらこう、あちこちビリビリときて、消えることすらままならぬのよ」
「え~~……わしも『太極図』使っちゃたしのぉ……」
    流謫の蓮華は戦えず、共工でさえ一撃で黙らせる始原の妖神を相手に、疲弊した一同がいかに抗する手段を持ち得ようか。しかし、ここに来てまた妲己とやり合うことなど――そして、妲己はどう動く――。
    その場の視線が妲己に集まる。
    妲己はしばし黙したままでいたが、意を決したように立ち上がり――。

「やいやいやい!!    いい加減にしねぇかい!!!」

    聞きなれぬ調子の声が飛び、一体誰かと皆目を奪われた。
    その先に立つは、打神鞭を肩に担いだ太公望――しかし先程の啖呵はどこ吹く風か、やはりいつもの飄々とした風を纏って笑うのみ。
    太公望はひょいひょいと体を揺らして歩を進め、妲己の横に立つと、打神鞭をびしっと妖神に向けた。
「ちょいといいかい?    女媧さん、伏羲さん。娘、娘と、あんたらは確かに妖の祖たる一柱なのかもしれないが、本当の娘なんだったら、ちゃあんと名前で呼んじゃあいかがかな?    ご自分のしたいことばかり押し付けずに、子供の気持ちも考えなさいってことさ」
「……お前……」
    切った啖呵の流れから、このような話をするものか、唖然と太公望を見る妲己。太公望は、その目にそっと横目を合わせ、にっと微笑み話を続ける。
「本当に冷たいものさ――妲己さんがあたしを殺せばそれで良し、逆にあたしが妲己さんを返り討ちにすれば、それはそれで“元の予定通り”ってわけなんだろう?」
    その言葉に、くねり揺らめく妖神の動きがすんと鈍く止まった。
「あたしが死ねば“剣”が折れ、あの子が死ねば“鍵”を生む――違うかい?」
≪……ほぅ……≫
「ん~~?    どういうこっちゃ?」
    太上老君が首を捻るも、妖神には何かの合点がいったようで、その目がすすぅと細まっていく。
≪ほほほ、なるほど……なかなかにお前は頭が切れるようだ。ならば、その“どちらか”でなければこの仙人の命が無ぅなることもわかるだろう?    さあ、“殺すか”、“殺されるか”よ≫
    妖神が尾を振って、ぎゅうぎゅうと絞めつけながら捕らえた化身を見せつける。
    太公望が化身を見つめる表情は、長い髪に隠れ伺いしれない。しかし化身は苦しそうに汗を垂らしながらも、太公望ににかりといつもの笑顔を向けた。

「うん、わかっているよ」
    太公望が一つ答え、次ぐ言葉は――それを待つ妲己は身を固めたまま頭を垂れ、公主と老君は固唾を飲んで身構える。
    太公望はそんな一同を見回して目を閉じると、再び打神鞭を肩に乗せ、

「だから――どちらも“選ばない”」

    そう、言った。
≪……何?≫
「んあ?」
「太公望!!    ナタちゃんを見捨てるでありんすか!?」
「太公望……妾は……」
    予想外の言葉に一同がざわりとどよめきを上げる。
「見捨てやしない――見捨てるわけがないさ。けれどね、妲己さん。こんな親の言うことなんて聞いてやる必要なんかないんだ」
「……でも……」
「だってね、この神さんたちは――あんたの本当の親でもなんでもないんだから」
    目を見開く妲己の肩にぽんと手を置き、太公望は妖神に向き直る。
    そして薄い笑みとはちぐはぐに、刺すような視線を飛ばし、
「それどころか本当の『女媧』でも『伏羲』でもない。いらないことを妲己さんに吹き込んで、この世界に連れて来たのも“あんた”だ。そうだろう?――“混沌の使者”さん」
    そう、言い放った。

≪ひひ……≫

    すました妖神の顔が歪んだ。

≪いひひ……いひゃひゃひゃひゃひゃ!!≫

    歪んだ顔をさらに崩してけたたましく笑い上げる。

≪……いつから気付いていたのかねぇ?≫
「ずっとだよ。けれど“決め手”はさっきかな。弱った共工さんを、わざわざあたしらの前でのしてみせ、いらぬ力を見せつけたのは余計だったね。それ程の力があるのなら初めから出てくればいいさ」
≪なるほど……さすがは音に聞こえた天才仙人だ。この『映し魂』はいい出来だと思ってたんじゃが……やっぱりいい男ってのはこうでなくちゃねぇ≫
    言うと共に、妖神の頭上に小さな円光が現れる。それは描かれた紋様を蠢かしながらみるみる大きくなり、妖神の体躯を超える巨大な魔法陣を作り上げていった。次いで魔法陣は妖神の頭上からゆっくり下へと降りていき、触れる体を光の粒子へと崩し変えていく。
    そしてその巨大な体がすっかり消え去ったあとには、宙に浮く紫水晶に乗り、まっ白な顔一面に不可思議な紋様を彫り込んだ小柄な老婆が不気味な薄ら笑いを浮かべていた。
「貴様……いつから……!!」
    それを目にした妲己が、目を剥き、気勢を上げて吠えかからんとするも、太公望は片手で制し、打神鞭を肩の上で揺らしながら首をかしげて老婆に問いかける。
「恐らく初めましてだね、ご婦人。良かったら名前を聞かせてくれるかい?」
「ひひ、礼儀正しい子は好きだよ――あたしはヒグー・ドレイルさね。覚えておきな、色男」
    ヒグーと名乗った老婆は、体の割りにやけに大きな顔、その割にひどく小さな片目をぱちりとつぶる。
「さて、ここまでバレちゃあ潮時かね。長年かけて育てた“駒”を奪われたんだ。ちぃと餓鬼臭くて趣味じゃあないが、交換といこうじゃないか。いい使い道がありそうだしね――妲己の代わりに“この子”はもらっていくよ」
    “この子”?――そういえば、妖神の姿が消えたのならば、絡め取られた化身の身は――。
    見ると化身はいくつもの魔法陣に体を貫かれ、変わらず宙に縫い留められていた。それに気づいた竜吉公主が血気に盛り、
「ぐぬぅ……!    太公望!    全てまやかしであったのなら問題ないであろう!    妾が取り返すでありんす!!」
    叫んで駆けだそうとする――が、太公望はやはりこれも制する。
「何故だ、太公望!!」
「竜吉さん、このままでいいんだ――そうでなければならないのさ」
    太公望は、しっかと化身を見つめ、
「ナタ、すまいないね。あたしはここまで“読んでいた”」
    穏やかな声で語り掛けた。
「……かっははは……さすがは兄ぃだ。俺様も、兄ぃが“読んでいる”ことを“読んでいた”!」
    化身もまた、苦しそうにしながらも、何一つ疑いのない笑みを返す。
「それじゃあ、“頼める”かい?」
「もちろんだ!――ぐぅっ…!」
    化身を貫く魔法陣が輝きを増して回り出し、その身を引き絞っていく。
「かはは……兄ぃはな、俺様の全部を解ってくれていて、俺様の大嫌いな暇を次から次へと潰してくれる。俺様は、そんな兄ぃが大好きだ!!」
    化身は苦しみながらも笑みを絶やさず、太公望もまた、その笑みから決して目を逸らさない。
「あたしもさ、ナタ。暫くかかるが待ってておくれ。“そちら”に迎えに行くよ――必ずだ」
「急がなくていいぞ!    三面八臂、ばばんとひとつ大暴れして、こいつらを泣かせて兄ぃを待っ――」
    言いかけたところで、回転する魔法陣がパンとはじける。
    その後に化身の姿はなく、小さな宝石のような石だけがふわりと浮いていた。
    ヒグーがぱたぱたと小器用に足をつかって水晶を回転させると、つつぅと水晶が石のそばに移動する。そしてひょいとそれをつまみ上げると、愛おしそうに覗き込んだ。
「ほぉ~、入っとる入っとる。『魂の器』、便利なもんじゃのう。あとでマーリンちゃんに礼を言わにゃ――ん?」
    仙人たちの刺すような視線に気づいたヒグーは、いかにも辟易としたように顔を歪めてみせた。
「うひぃ~!    な~~んだい、悲しいねぇ~~    真面目に仕事したってのに、ここじゃあすっかり悪者だ。腹いせに少しこいつの記憶をいじっちまうか……」
    そうくつくつ笑うと、嘲る様にぐぃぃと伸ばした短い首を、ひと際強い視線の主に向け、
「ひひひひ……楽しみだよ、太公望。あんたとは長い付き合いになりそうじゃないか。そいじゃ、今度会ったらチューしておくれよ~~」
    そう言ってゆさゆさと体を揺らした。そして再び水晶をぱたぱたと高速で回転させ始めると、次第に水晶が輝きを増していき、光が溢れ弾けると共に――いずこともなく、消え去った。

    *    *    *    *

    島に静けさが戻り、全てが終わったことを悟ったか、凪いでいた風が恐る恐る再び吹き始めた。
「本当に……これで良かったのでありんすか?」
    化身と老婆が消えた虚空を見続けたままの太公望――その背に竜吉公主が怪訝な様子で語り掛ける。
「な~~に、こやつのやるこっちゃ。な~~んかわしらにはわからん、めんどさ~~~い考えがあるんじゃろうて」
    いつの間にやら公主の頭上を飛んでいた太上老君が、重い空気を吹き飛ばそうとするように、からからとした笑みを飛ばす。
    太公望は――ふわりとそんな二人に振り向くと、
「――老子の言う通りさ、すまないね。『混沌』というのは心を悟る、油断のできない相手なんだ。あたしの考えごときではあるが、そんなもんでも迂闊に誰かに話すわけにはいかなくてね。信じてくれたら嬉しいよ」
    と、いつもの笑みを浮かべてみせた。
    そして、皆に背を向け、ひとり海に顔を向ける妲己に目をやり、
「あたしの“企み”はまだ半ばだが、皆のおかげで、なんとかこうして“新たな今”を迎えることができた。あたしが皆に声をかけた此度の『封神』はこれにてお終い。きっと良い結果に繋がると思っているよ。さて――」
    そう言って、皆から数歩離れると、巾着から笹の葉を一枚出してひらりと投げる。
    次いでそれを打神鞭でポンと叩くと、宙に小舟が現れた。
「――あたしはここでお別れだ」
    突然の言葉に、公主と老君がきょとんと顔を崩し、妲己が肩をぴくりと揺らした。
「ほあ?」
「ど、どこに行くんでありんすか!?」
「これからね、とある“女神様”に会いに行かなきゃならないんだ。前にお声を掛けてもらっていてね。あたしの『封神』も終わったし、先約の“お使い”も終わった。暇になったなら無下にするのも可哀そうだしね」
    そして、妲己の背を見つめる。
「それにその道は、ナタへと続く道で、“まっ赤な皇帝さん”に続く道でもあるんだよ」
「………!」
    妲己が振り向く。
「なら、妾も……!」
「すまない、連れてはいけないよ」
    太公望が静かに微笑み目を閉じる。
「何故……」
「そういう“企み”なのさ。それに――あんたはもう、自由に自分の道を見つけるべきだ」
「妾の……」
    そして太公望は、笑顔でぱんと手を打った。
「でもそういえば、だ!    実はね、あんたたちにやってほしいことならあるんだ。あたしはこの世界に来た後、件のドゥクスさんの頼みで方々回って、“反乱軍”を立ち上げるお手伝いをしてたのだけど――」
「……ほ~~う」
「“反乱軍”……でありんすか……」
「良ければだけどね、彼らの力になってくれないだろうか。彼らは皆あたしたちと同じ、『アルカナ』の運命に導かれた子たちなんだ。それと、反乱軍の後ろ盾であるドゥクスさんだがね――」
    太公望の長い髪がふわりと横に流れ、次第に風が強くなる。
    戸惑う旅人の背を押すほどに――。
「――彼女は、おそらく世界で誰よりも“あの人”を救いたいと思ってる人だよ」
    妲己は思わず小さく手を握り、再び背を向けた。
    その目に映る、見渡す限り灰色の海――それを覆う島の空は相変わらず斑な雲で塞がっていたが、いつの間にか沈みかけていた夕日の光を受け、燈に輝く綺麗な縞模様を描いていた。
    もう一度、強い風が吹く――。
「……なら、妾はそうするわ」
「そう言ってくれると思っていたよ」
「でしょうね――」
    そして、風に流れる髪を後ろ手に抑え、肩越しにちらりと太公望を見た。
「――お前は、妾を“解っている”のだから」
    そう言った妲己の姿は、燈色に光る世界の一部に溶け込んで、一枚の絵のようにとても美しく見えた。
    目の合った太公望は、気恥ずかしそうにそっぽを向いて鼻先を掻くと、そのまま船の方へと歩いていき、
「それじゃあいくよ。お元気で」
    とそそくさと船に乗り込む。
    太公望が打神鞭を振ると、船はふわりと浮かび上がっていき――
「太公望」
    妲己が船を見上げていた。
「ん?」
「……“ゆっくり”でいいと言ったわよね」
「うん――言ったね」
    吹き続ける風が妲己の柔らかな髪をはためかせてその顔を隠したが、妲己はそれをそっと掻きよけると――。

「お前も――お元気で」

    太公望はその表情を見て、瞬時目を丸くし、至極満足げな笑みを浮かべた。

    太公望を乗せた小舟が、ぐんぐん空高く昇っていく。
    妲己は小舟をじっと見上げ続ける。
    小舟の影は元の笹の葉よりも小さくなり、どこまでも、どこもまでも昇っていく――。
    
    ――かつて、女が見上げていたものは高い高い塔だった。
    その塔は、世界のどこにもいない彼女が、世界に自分をつなぎとめる最後の固い楔だった。
    しかし、今やそれはがらがらと崩れ、地に落ちた。
    落ちた瓦礫は火に焼かれ、土となり、やがて小さな花を咲かせた。
    外せぬ楔と打ち込まれ、最後まで登り切るしかなかったあの塔はもうない。
    見上げる先に、もう、行き止まりの塔はない。
    どこまで行けるかはわからない。
    けれど今は見上げ続けた目を下ろし、まだ見ぬ場所へと続いている道を進もう――そう思えた。

――fin
体重 好きに決めていいよ
生息域 崑崙山
師匠 元始天尊
犬猿の仲 太乙真人
好き 山女魚の骨ヒレ酒
イラストレーター タイキ


考察
大型ユニットと組むことを前提とした40コスト中型マジシャン。
かつては周囲に高コストユニットが多ければステータスが強化されるという非常に癖の強いアビリティを持っていたが、エラッタによりある程度形を残しつつより使いやすいアビリティへと改良。
それに応じて素ステータスの若干の変更も行われた。

単体での超覚醒時点でも180/170と中型としてはまあまあの値。しかし70コスト以上のユニットが場に存在し、かつ太公望から一定距離以内にいれば220/210というかなりの高ステータスへ変化する。
これだけでもコスト比として十分な値だが、加えて射程強化効果も付与される。
強化中の射程はシュータースタイルとほぼ同等であり、全盛期の水虎コノハナサクヤにすら匹敵する。
ただし弾速は通常のファイタースタイルの弾とあまり変わらないため、逃げる敵への追撃はやや不得意。
通常の70コス以上の大型ユニットはもちろん、降魔でも強化判定が入るのも地味な強み。(降魔は内部で70コストユニット扱いの処理をされている)

場所を選ばない高ステータスのアイギス、手数の多さを活かした荒らしを得意とする風澄徹アルビダと比較すると、アビリティの特性上汎用性やデッキの柔軟性は劣ってしまう。
が、大型と組んだ際の高ステータスと長射程は名だたる競合相手達を凌ぐほど。
特に長射程はディフェンダーに対しての有用性が大きいので、70コスト以上の大型アタッカーとの相性が良いと思われる。
海種トライブサポート前提ならば召喚スペックもATK80以上に簡単に乗せられるため、軽量ディフェンダー荒らしの対処もやりやすい。
上で挙がった使い魔たちが超覚醒からの荒らしで本気を出す一方で、太公望は召喚ステータスの優良さと超覚醒+大型召喚分のマナを回収した後に強い時間帯があることを意識すると使い分けやすい。

キャラクター説明
中国の小説「封神演義」の主人公。またはその主人公のモデルとなった実在した中国の宰相。姜子牙、呂尚の名でも知られる。
封神演義においては崑崙山に住む道士であり、伝説の動物四不像に跨り、打神鞭を奮って356の神を封じる封神の儀を行った。

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  • 3.5フレーバー

    ひゅんと風を切る『打神鞭』。鞭先が空気を斬る度に、宙より飛び出す矢のような水弾がマッドオークを跳ね飛ばす。

    「やれやれ面倒だねえ… 何でまたこんなときに悪鬼どもにでくわしちまうんだか」

    数刻前、川で話をしているうちに、気づくと姿を消してしまった竜吉公主を探して、太公望は川辺を下流へと下っていった。そこで、怪物の群れに出くわしてしまったのだ。

    「こんな調子じゃあ、あの人の願いを叶えるのも、思ったより難儀なことかもしれないねぇ」

    太公望は、自身をこの世界へといざなった紅い瞳の女人の言葉を思い出しひとり苦笑する。

    「…っと、これじゃあきりがない、それ!」

    長い竿のようなの鞭先が地面を叩くと、そこから大水が勢いよく溢れ出し、太公望を囲むマッドオークたちをまとめて押し流していく。しかし、どれだけの群れにあたってしまったのか、木立の奥からさらに怪物が飛び出してくる。

    ここ最近、こうした悪鬼に出会う頻度が増えているように思える。今この世界は、思ったより悪い方に傾いているのかもしれない。竜吉公主にしても、この程度の悪鬼どもにやられることはそうそう無いだろうが、いつまでも一人にしておくというのも考え物だ。さっさと片付けて、迎えに行かなくては――

    そう思い、再び宝貝を振りかぶったその時、群れの奥から、素っ頓狂な声があがった。

    「ひゃああ…! 何よあなたたち、私を誰と心得ますか! うぅ…お腹がすいてなければあなたたちなんて…あなたたちなんて…誰か…助けてーーーー!!」

    助けを求める女人の声。すぐさまそちらへと向かい、再び大水をおこして群がる怪物を一掃する。水が掃けた後を見ると、そこには白い衣を纏った、なんとも神々しい女人が、きゅうと目を回し倒れていた。


    * * * *


    「…んぐんぐ… ふう、助けてくれてありがとう。か弱き美女を捨て置けぬ、あなたの正義を称えます。そしてこのお魚も…もう一尾ほど頂けたりすると、もっと称えてあげられるのだけれど」

    目を覚ました白い衣の女人が、焚き火の前で、太公望が釣った魚を両手に数尾持って食べている。

    「あいにく魚はそれきりなんだが… 何にせよ、怪我がなくて良かったよ。それはそうとお嬢さん、こんな所でいったい何をしてたんだい?」
    「お嬢さんではありません。私は正義の天秤の女神アストレイア… (グゥ…) はぐっ、はなはのせーひをほいにひはのほ(あなたの正義を問いに来たのよ)」

    アストレイアと名乗った女神は、魚をほおばりながら言った。

    「――ふむ、あんたは、あのドゥクスという人の知り合いなのかい?」
    「あぁ… そうね、知ってはいるわ。でも、今回の話はそれとは関係ないの…全くなくもないけれど… でも、ドゥクスを知っているなら、話は早いわね」

    全ての魚を食べ終わった女神は、居住まいを正し話し始めた――世界の命運にかかわる話を。

    ――この滅びへと向かう世界の裏で、ある企みが進んでいること――その企みを止めるには、13人の、闇を打ち払う
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