身長 |
5.3[尺] |
体重 |
12[貫] |
生息域 |
金剛山 |
式神① |
前鬼 義覚 |
式神② |
後鬼 義玄 |
イラストレーター |
塚本 陽子 |
――ほうほう、そなたが晴明か。道満のやつからよくお前の話はきいておったが…
なんとも、かようなおなごであったとはのう。して、この優婆塞めに何用かな?
稀代の天才といわれた陰陽師は、目の前の少年に恭しく頭を下げました。
――理由あって稽古をつけていただきたく、参りました。
「ほう、わしの技を学び、東獄大帝より授かりし“死者蘇生の法”を完全に我がものとしたい――そういうわけかのう?」
飄々と話すその男、見た目は少年ですが、その正体は数百年を生きる呪術の開祖・役小角――全てを見通されていたとしてもなんら不思議ではありませんでした。
問われた陰陽師は重々しく首肯します。
陰陽師がこれまでに試みた死者蘇生の法は全て失敗に終わり、さまよう死霊に不完全な体を与えられる程度――これを自らの力不足と考えた陰陽師は、役小角の元で力を高めようと考えたのでした。
しかし死者蘇生の法は、陰陽術の中でも禁忌中の禁忌。陰陽師は厳しい言葉を覚悟し、なおも頭を下げ続けました。
「よかろうよかろう。一人の山籠り、話し相手が欲しい時もあるでな」
陰陽師の懸念をよそに、小角はそう言って笑いました。
それより始まった修行の日々――小角の笑顔とは裏腹に、その修業は苛烈を極めました。
自身を肉体的、精神的に死の寸前まで追い込み、翌日には更にその一歩先まで進む――修験者・役小角の日常とは、生きながらにして地獄を味わうようなものでした。
そんな日々が一週間、一月、半年と続きましたが、陰陽師はその全てに応えてみせました。
そんなある日のこと、小角は陰陽師に告げました。
「よくぞこれまでわしの修練に耐えてみせた。では、次に言うことが出来れば、わしの技の極意を教えてやろう」
いよいよか――陰陽師は、昂る気持ちを抑え、師の言葉を待ちました。しかし、継いで出たその言葉に、陰陽師は耳を疑いました。
「過去のことは全て忘れ、死者蘇生の実現はあきらめよ」
それは陰陽師が小角と出会ってから初めて聞いた、心が凍りつくほどに低く、冷たい声でした。
今まで自らの内に秘め、何者にも聞かせたことのない願いへと触れられ、陰陽師は動揺すると共に、瞬火の如く頭に血を昇らせました。
――あなたも、死者蘇生は忌むべき力だと言うのか。
唇を震わせて搾り出す陰陽師の言葉に、小角は目を閉じ、穏やかに答えました。
「わしはな、そなたが禁忌を犯そうが、その結果修羅へと落ちようが、その是非を問いただすつもりはない。じゃが、短い間とはいえ弟子となったそなたに、少しばかり忠言をくれてやろうと思ったまでよ」
顔を強張らせつつ、黙して師の真意を読み取ろうとする陰陽師に、小角は再び告げました。
「もう一度言う。死者蘇生は諦めよ。なぜならば、そなたにとってそれは“無駄なこと”であるのじゃから」
無駄――自らの半生をかけてきた想いをその一言にて断じた師に、陰陽師はなんとか抑えていた怒りが再び湧きあがるのを感じました。しかし、小角はそれを目だけで制し続けます。
「――悪路王、という者を知っておるか?」
悪路王――悪鬼羅刹を束ね、人を見ればこれを斬り、村を見ればこれを破壊し、悪逆の限りを尽くすと言われる鬼どもの首魁――都でも話題にのぼらぬ日は無い稀代の大悪党――。
無論知っておりますが、それが――陰陽師は、それがどうしたとばかりに苛立ち滲ませながら答えました。
「彼奴はな、生者でも死者でもない、仮初めの生を与えられて動く“屍人”よ。何奴の仕業かは知らぬが、なんとも業の深いことを考える輩もいたものよの」
一体何の話をしているのか――陰陽師の苛立ちにも関せず、小角は淡々と続けます。
「聞けば、悪路王は陰陽の術を駆使し、人々を惑わすという。屍人の身でありながら易々と術法を使いこなすとなると…彼奴の“元”となった者はよほど陰陽の才覚に溢れておったようじゃな」
そこまで聞いたとき、陰陽師は小角の口から語られようとしている、ある可能性について気付き、全身から血の気が引いていくのを感じました。
小角は構わず、なおも事もなげに語ります。
「先だって、そなたにとって死者蘇生の法は“無駄”だ、と言ったな。是非も無し、魂が現世に留まっておる者の死者蘇生など“不可能”、無駄以外の何物でもあるまいて」
恐れは確信へと変わり、陰陽師はそれ以上の師の言葉に、耳をふさごうとしました。
しかし、師は弟子に対して、愛をもって、最悪の事実を告げました。
「――なぜならば、悪路王として生かされているその器と魂こそが、そなたの兄なのだからの」
そのとき陰陽師は、足元から世界が崩れていくかのような錯覚を覚えたのでした。
~『紅陰陽奇譚』 巻ノ捌~|~|
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