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- ――from “ver 3.5 べドラム”
青々とした空の下、美しい若草色がどこまで広がる草原。僕はそこで一人座り、絵を見ている。
これは、僕の絵。
僕は、美しかった。
遍く美を愛する僕は、当然自分の美しさを愛していたし、当然、その美貌を失うことを忌避した。
だから願った。僕の姿形をそのまま写し取った肖像画が、僕の代わりに衰えるように、と――。
随分と昔の話だが、まだ僕が人であったとき、切なる美への思いに駆られた僕は、親友のバジルに頼みこんで、とある会員制の秘密工房に連れて行ってもらった。当時サロンで密かに噂になっていた「コッペリウス」というその工房の主は、形ある者の移りゆく時を止め、美を永遠のものとすることができるという。 -- 名無しさん (2016-10-03 14:51:45)
- 普通ならば一笑に付すような話だが、“それ”を見れば、確かに信じられる話だった。工房で目にした工芸品たちは、年代物でありながら、どれも上流貴族の屋敷や王宮に並ぶそれらに勝るとも劣らぬ輝きを放っていた。数々の美術品を見てきた僕であっても、正直これほどのものは目にしたことがなかった。特に目を引いたのは、命ある者以上に生き生きとした美しさを放つ、繊細で、艶やかな表情を称えた少女たちの人形――その人形たちに囲まれるようにして、“彼”は座っていた。
ひと目見て分かった――彼は、悪魔だと。
彼は、にんまりとした笑みを浮かべ僕に言った。
「美しいものが好きかな?」 「この世の何よりも」 「なら、君の望みをかなえよう」 「…代償は?」 「もちろん、君の魂さ」 「なら、あなたがそれを得ることはないだろうね。僕が望むのは悠久の美――言い換えれば、永遠の命なんだから」
彼はホホホと肩を揺らして笑った。 -- 名無しさん (2016-10-03 14:52:22)
- 「そうだね、そうだね。だからそれは、君が思う存分、君の美を楽しんでからでいい。代償は、君が美に絶望したときに頂くとするよ。つまり、君の美への愛が本物ならば、君の美と魂は永遠に君のものだ。ただ――」
彼はかたわらの人形を膝の上に抱き上げると、その薄紅色の髪を愛おしそうに撫でながら言った。
「それだと私も干上がってしまうからねぇ… “利子”の前受けをもらおうかな。しばらくの間は、それで糊口をしのいで、新たな美の創作にいそしむとするよ」 「利子?」 「うん、“君が美の次に大切に思うもの”――どうかな?」
僕が美に絶望する日、そんな日など来るものか――そうせせら笑い、僕は取り引きに応じ、こうして永遠の若さを手に入れた。
あの時、悪魔に渡したものが何だったのか、僕はずっと忘れていた。ただ、取り引きが成立した瞬間、なんとも言えない背徳感――それは、ある種の快感にも似ていたと思う――それが、心に重く、ゆっくり、じわりと染み込んでいったことを覚えている。 -- 名無しさん (2016-10-03 14:53:17)
- それ以来、僕は、美という物は悪徳と共にあるのだと学び、その限りを尽くして、背徳という研磨剤で磨き上げられた悪徳の美を楽しんだ。人を傷つけ、裏切るたびに僕の美は輝きを増し、そして、僕の肖像画は姿を変えていった。汚く老け込み、やがて肉がそげ落ちた老人となり、果てにはこの世のものとは思えぬ醜悪な姿へと――。
しかし、僕は思っていた。この絵は僕ではない。僕はこちらだ――見てくれ、僕は美しいだろう?
…でもね、僕は出会ってしまったんだ――あの雪色の少女に。
僕の前に突然現れたその少女は、平然と、この醜い肖像画を好きだと言った。この美しい僕をいけ好かないと言い放ち、この肖像画の方がずっといいと言ったんだ。
愚かなやつもいたものだ――そう思ったよ。 -- 名無しさん (2016-10-03 14:54:44)
- しかしね、そこには同時に安堵している僕がいたんだ。不安や恐怖が薄らいでいくような、やわらかく温かな気持ち――生まれて初めてのようで、でもいつだったか、遠い昔にこんな気持ちになったことがあるような、そんな気持ち…
その時、僕は思い出したんだ。
僕が、この美しさを手に入れるために犠牲にした“大切なもの”のことをね。
それは僕のそばにあった、たったひとつの温もり――いつも静かに僕の隣で、上辺にある美しさに対してじゃない、その奥にある、本当の僕自身に笑いかけてくれてくれていた“あの人”の――魂。 -- 名無しさん (2016-10-03 14:55:27)
- 僕はね、そこでやっと気付いたんだ。僕は、美を追い求めていたのではなく、恐れていたんだよ。求めても求めても、際限のない美の底知れなさと、手にした美を失うことの恐怖に、ただずっと怯えていたんだ。
この絵は、そんな恐怖におびえる僕――哀れな僕の本当の姿だったのさ。でもあの子は、こんな僕の姿を好きだと言ってくれた。嬉しかったよ。これほど醜く、おぞましい姿なのに… 何故かな? 見ようによってはどこか愛嬌があるように見えなくもないけど、でも――
「――やっぱり、美しくはない、よな… 君はどう思う?」 「さぁ? どうでもいいわ」
気づくと、そばに美しい人形の少女が立っていた。その滑らかな肌の質感、深く輝くグリーンのグラスアイ――間違いなく、あの工房の人形だった。 -- 名無しさん (2016-10-03 14:56:23)
- 「待ってたよ、君が“取り立て屋”かな?」
「そうよ。私はべドラム。こんにちは、マスターじゃないマスターさん」
少女は、無機質で感情のない、透き通った声でそう言った。
「…マスター?」 「えぇ、あなたは特別なご主人様。私はご主人様たちの魂を回収することが仕事なの。私のマスター、ダペルトゥット様のお申し付けよ」 「あぁ… 彼はなんて?」 「『君は本当に素晴らしい。長い時をかけ、見事に悪徳と背徳に魂を染め上げたね。しかし、残念なことに、やはり終わりは来てしまったようだ。最後にひとつ素敵な味付けをして、私のかわいいしもべに代償を渡しておくれ』、だそうよ」 「ダペルトゥット… あの悪魔、そう言えばそんな名前だったっけ。味付けってなんだろう?」 「知らないわ」
人形は、大きな矛に手をかけた。 -- 名無しさん (2016-10-03 14:57:04)
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「そうか… 彼にはわかっていたんだな」 「抵抗しないの?」 「しないさ。僕は気づいてしまったんだもの――恐怖を憧れと履き違えて、そばにあった本当に大切なものを自ら捨ててしまった愚かな自分に… 果たして、そんな僕の人生にはどんな意味があったのかな…」
僕は、僕の醜い絵と共に、常にかたわらに置き続けていたフットボール大の“包み”を手に取った。
「…それは何?」 「髑髏だよ」
僕は、それを両手で掲げて見つめた後、そっと抱きしめた。
「何故かね、捨てられなかったんだ。はじめは理由があったのだけど、いつの間にかそれも忘れて、これがそばにあることが当たり前になっていた。何故こんなものを持ちつづけているのか、あまりにも昔過ぎて忘れてしまっていたんだ――大切な、この髑髏の持ち主の名前までね」 「思い出したの?」 「うん…たまに、思い出すことはあったんだ。けれど思いだしても、またすぐに忘れてしまっていた――でも、もう二度と忘れることはないだろうね」 「…そう」 -- 名無しさん (2016-10-03 14:57:49)
- 少女は無表情に、ゆっくりと僕に歩み寄ってきた。そして流れるような美しい動きで手にした矛を構え、切っ先を僕の胸に突きつける。
「…よくわからないわ。あなたが何を言っても、私はあなたの魂を回収してくるように命じられているだけ。だから、そうしなくちゃいけないわ」 「そうか…そうなんだね……なら、僕が君にしてあげられることはひとつ」
そう言って、僕は目を閉じて腕を広げ、久しく忘れていた、あの大切だった柔らかな笑顔を思い浮かべた。
「…許してくれなくていいよ…でも、ごめんね――」
弱い僕の心の犠牲になった、僕の大切な恋人――
「――シビル」 -- 名無しさん (2016-10-03 14:58:31)
- ガランと音がした。
何事かと思い目を開けると、人形の少女が矛を取り落としていた。
その小さな手は白い頬をおさえ、ビードロ細工のような美しい瞳をめいっぱい見開いていた。
そして、彼女は口にした。
「ドリアン……そう…あなたは、ドリアン…グレイ…」
――continued to “【哀傷】べドラム” -- 名無しさん (2016-10-03 14:59:42)
- 速度上昇は7カウント毎、21カウントで最大かと思います。 -- 名無しさん (2016-10-11 11:06:25)
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