孫悟空(ドラゴンボール)

波っっっ――――――!!!!!!

「オッス、オラ悟空!」


概要

誰もがおなじみ『ドラゴンボール』の主人公。孫悟空と聞かれればじゃなくこっちを思い浮かぶ人も多いだろう。
西遊記」のパロディ色の濃かった物語序盤では妖怪変化の類のように表現されていたが、後に宇宙人であることが判明。
赤ん坊の頃に故郷が滅亡し個人用ポッドでたった一人地球にたどり着いた、というかなりスーパーマンの影響が伺える出自を与えられた。
青年期以降の世界観の変化や舞空術を習得したことに伴い、「西遊記」を彷彿とさせる「如意棒」「筋斗雲」も使わなくなっていった*1
と言うかジャンプ漫画お約束の凄まじいインフレにより、如意棒は簡単に折られ、筋斗雲に乗るより走った方が早いだろう事は想像に難くない(実際、魔人ブウ編序盤にてグレートサイヤマンに変身した孫悟飯が筋斗雲をあっさり追い越してしまう描写がある。ちなみに原作漫画ではこの際筋斗雲が驚くような反応を見せた)。

本項目ではMUGEN内でよく見られる「サイヤ人編」以降の悟空の詳細を主に記載する。

故郷の惑星の名はベジータ。そこに住んでいたサイヤ人という戦闘民族の数少ない生き残りの一人である。
産まれた時は戦闘力が(下級戦士の家系の生まれだということを考慮しても)かなり低く、
そのためサイヤ人たちの生業である「惑星の売買」のために大した敵のいない地球に宇宙船で送りつけられた。
その後は、本来なら成長とともに地球の生き物を滅ぼして、地球を商品として扱えるようにするはずだった。
そのため難民である前述のスーパーマンとは全然別物である。
(そもそも悟空が地球に送られた事と故郷が滅んだ事に因果関係は無い)

なお、最序盤で大猿化したのを目撃したウーロンの口から「こいつ宇宙人なんじゃないか」と言われてたのはファンの間では有名。
悟空自身も話が進むにつれ、サイヤ人編以前から自分が普通の人間とは違う事は薄々察していたようである。
ピッコロ大魔王との対決で、「オラ尻尾あるから人間じゃないかもな…」と言っている)

孫悟空という名は地球に来てから育ての親に付けられた名であり、サイヤ人としての本名はカカロット。
性格は真面目で素直で天真爛漫、だが本来のサイヤ人の本能である戦闘狂っぽい一面も持っている。
息子ではなく育ての親の方の孫悟飯じいちゃんによると、幼少期には非常に凶暴だったが、
ある時、谷に落ちて頭をひどくぶつけてから温和で無邪気な性格に一変したとのこと。
この性格の変化は、本来悟空に与えられていた「命令(地球の生き物を滅ぼす)」を頭に強い衝撃を受けたことで忘れてしまったことで起きたらしい。
つまり悟空のような立場のサイヤ人は本来は産まれてすぐにマインドコントロール染みた「命令」を与えられ、それに従って生きることを強いられるようだ。
(劇場版『ドラゴンボールZ 地球まるごと超決戦』では、「頭を打たずに成長した悟空」というコンセプトのキャラであるサイヤ人の下級戦士「ターレス」が敵役として登場する)
また、地球上には亀仙人を初めとする達人や、天界に住む地球の神様がおり、「初期の戦闘力や成長率の低さから地球侵略は不可能なのでは?」という意見も皆無ではない。
しかし、悟空がカカロットとして成長しているだろうと考えて襲来したラディッツは、地球で最も高い戦闘力をカカロットと確信して探っていた事、
命令さえ覚えていれば地球人類を絶滅できていたと断言している点からも、悟空の成長過程はサイヤ人として異端であるため一般的なサイヤ人の成長には当て嵌まらないのかもしれない。

趣味は修行と強いヤツと戦うことで見た目以上の大飯喰らい*2
戦いが大好きではあるが、相手を殺すことには拘りが無く、戦闘不能に陥った相手を殺すことはない。
これには相手がまた強くなって、自分と再戦する事を期待している部分もあるようだ。
人々を危機におとしいれるような相手以外は基本的に武術の試合感覚である。
しかし一度は見逃そうとしたフリーザが地球を襲いに来てから以降は思い直したらしく、
基本的に「どうしようもない悪は止めをさす」という考え方になっている。
というか、あくまで戦闘不能の相手への積極的な殺傷は行わないだけで、フリーザの地球襲来以前でも、
本当に必要な場合、あるいは全力で戦った結果として、相手にトドメを刺す事も厭わない。そのため、実は不殺主義ではない。
これは 元気玉を使う時は相手を殺すつもりでいる 事からも伺える。原作では最終盤のブウ以外トドメ刺せなかったけど
(ベジータが直撃を喰らって墜落してきた際に死体だと思っていたり、
 フリーザに対して使った際も使用後にフリーザが死んだ事前提の会話をクリリン達としている)

卑怯な悪党は嫌いで、そういった奴らの悪行には一発ドーンとぶちかましている(特に少年時代)。
また「熱血バカの王道主人公」というイメージが先行しがちだが、冷静で的確、一歩先を見越した発言や判断を下している。
水晶のように透き通った心を持ち、純粋な者しか乗れない筋斗雲に乗れる。
(物語後半では俗っぽい面を見せるようになったことから、この時点で筋斗雲に乗れるのか疑問を覚える読者もいるが、
 「裏表がなく邪念が一切ない」という点は変わらないためか、単行本のあらすじや最終回表紙でしっかり乗れている)

サイヤ人編以降は敵に止めを刺さない場面が目立つが、実は少年時代の方が敵に容赦がなかったかもしれない。
ピッコロ大魔王編ではクリリンの仇であるためか生まれて初めて明確な殺意を口にし戦った敵全てを殺しているほか、レッドリボン編でも殺した敵が何人かいる。

同著者の『Dr.スランプ』に登場した則巻アラレに通ずる「人間的な悩みを持たない」キャラクター。
感動話やシリアスな苦悩を極端に避ける傾向のある作者の、ある意味テンプレートといえる理想的な主人公である。
少年時代はまさに天真爛漫を絵に描いたような性格だが、人との交流のない山奥で育ったため一般常識はやや欠如している。
そのため周囲の感覚とは大きく異なり、作品の世界観の推移に伴って仙人染みた人格に映って行った。
自作品に対する思い入れが希薄な作者としては珍しく、インタビューの度に多く語り一番好きなキャラクターとしても挙げている。
物語後半になるにつれて「遅れてやってくるヒーロー」役が定着し、本編への絡みが少なくなっていくように思えるが、
敵襲の数々は多くの場合が彼を起点としているため、物語に多大な影響を及ぼしている。
青年トランクスが生きる絶望の未来では、ドラゴンボールの消滅と悟空の死が暗鬱な世界観を明示している事からもそれが窺える。

原作漫画やアニメ・ゲームなどの異なるメディアによっては微妙にキャラクターが異なる。漫画版に比べアニメは大衆向けの熱血漢になっているほか、
ジャンプアニメ伝統の引き伸ばしと中の人の演技でより大食漢で脳天気なキャラクターとなっている。また何故かヌードを晒す頻度が高い。サービスカットなのだろうか。

アニメ版のイメージからか 「オッス、オラ悟空!」「オラワクワクすっぞ!」 といったセリフのイメージが強いが、 実は原作ではそんなに言ってない
しかも、が強すぎてワクワクできなかった事も何回かある。「お前はもう死んでいる」「伊達にあの世は見てねえぜ」みたいなものか。
またDBパロで「地球のみんな!オラに現金元気をわけてくれ!」といった台詞を他作品でよく見かけるが、 実はこれは誤り(一部のゲームではこのセリフが使われているが)
正確には「大地よ 海よ そして生きているすべての みんな……… このオラに ほんのちょっとずつだけ 元気をわけてくれ…!!!」。
超有名ながら、色々と頭の中でいつの間にかできたイメージが先行しがちなキャラである。

中の人は声優業界の大御所、野沢雅子女史。
作中のキャラを多数演じており、差別化のためか悟空の演技では東北訛りが凄いことになっていることが多い。
そのため悟空=訛りの印象が強く持たれがちだが、原作では殆ど標準語を話していたりする。
特にゲームなどでは訛りが強調されすぎていたり、声に張りが足りなかったりと衰えを心配する声も多かったが、
『ドラゴンボール改』での演技では訛りはなくなり、最近の作品では声の張りも取り戻している。

(4:30~)日本語でおk。

+ 原作のあらすじ(サイヤ人編以降)

原作終了後に発売された『ドラゴンボール大全集』では裏話として、
作者の鳥山明は「一人の敵を多数で戦って倒す事は考えてみれば卑怯」という旨の発言をしており、
これが魔人ブウとの決着直前に悟空が発言した台詞にかかっているとの事。
個人では太刀打ちできない巨悪を倒すために力を結集して立ち向かうのは卑怯ではなくむしろ当然(王道)なのだが、
やはり悟空の中では敵を倒すという目的よりも、強い相手と自分の力で勝負がしたいという気持ちのほうが強いのだろう。
仲間の力を借りなければ超サイヤ人ゴッドになれないことも悔しがっていた。
しかしピッコロ大魔王を初めとするシリーズの大敵の多くは脇役の手出しが一切無い一対一のガチンコバトルは少なく、仲間達の協力あっての勝利もまた多い。
これはバトルをワンパターンに陥らせず、脇役にも見せ場を与えて展開に工夫を凝らした作者の手腕によるものだろうか。

+ 人格面の評価

「オレは怒ったぞーーっ!!!フリーザーーーーッ!!!」


戦闘能力

さすが主人公というべきか作品中での格闘センスは随一。
格上の相手との戦いでも食らいつき、同等の戦闘力を持つ相手とも互角以上に奮闘する。
ピッコロ・フリーザが使用した自動・手動で自分を追尾する技を逆手に取って自滅させる等、機転や発想に柔軟がある。
特に技の応用力に秀で、他人から拝借した技を本家以上に効率的に使う
(かめはめ波を足から撃ったり水中に設置・時間差で発射して囮にしたり、太陽拳を眼下に使い天津飯達の目を潰したり)。中でも瞬間移動+かめはめ波or気円斬は極悪すぎるコンボ
逆に自分で編み出した必殺技は乏しい。原作では発案者の界王様にとっては机上の理論であった界王拳と元気玉を実際に完成させた事ぐらいか。
一応フリーザ編で「気合砲」という技を使っているが、「気合で吹っ飛ばす」程度のけん制技。
また、ピッコロに「新必殺技とかないのか」と言われて「ない」と言っている場面もある。
次々と新しい技を会得するヒーローが多い中、物語序盤で使用した技「かめはめ波」を最後まで必殺技として使用するという稀有なヒーローである。
劇場版やアニメ『ドラゴンボールGT』では悟空自身の完全オリジナル技として「龍拳」を使っている。
一部ゲームではかつてピッコロ大魔王を倒したパンチがこれになっていた。
実は天下一武道会で披露した猿拳・狂拳・回転攻撃・尻尾ヘリコプター・高速フットワークなど、体術のオリジナル技は多いのだが、アニメのZ人気と気功技の印象の強さからかスルーされやすい傾向がある。

ちなみに生まれたばかりの時の戦闘力は2だった。
比較するキャラとしては、ラディッツを猟銃で撃った地球人の農民が戦闘力5
スカウターで測定したものであり生体反応を戦闘力に換算するため、武装を戦闘力に換算する機能はないと思われる。
それにも関わらず地球の10倍の重力がある惑星ベジータに居てなんともない辺り、サイヤ人恐るべしと言った所か。
また、その生まれたばかりの時に隣にいた戦闘力10000の赤ん坊を泣かし続けたことで後々大変な目にもあっている。

異星人の血を引いていたり次から次へと新技を会得していることから天才キャラとして評価されやすいが、
作中でトップレベルの才能を持っているのは息子の悟飯の方であり、本人の成長については努力の比重が大きい。
確かに地球人と比べれば戦闘民族サイヤ人であることは大きなアドバンテージではあるが、サイヤ人全体から見れば上記のように出生時の戦闘力が低く血統も良くない。さらにサイヤ人下級戦士レベルならば才気ある地球人なら超越も可能。
彼の父親であるバーダックは最終的に戦闘力10000以上に達し、フリーザ軍の戦士を多数蹴散らしていたが、これも戦地に赴く度にボロボロになって帰ってきた結果である。 ピラミッド社会のサイヤ人がそんな下級戦士の台頭を上層部が許すのだろうか?という疑問は置いておいて。
さらに年がら年中激しい修行しているにも関わらず、息子は少し修業するだけでそれをあっさり越えてしまう。事実、魔人ブウ編では悟飯の潜在能力の高さに唖然としていた。

…ただし、それは悟飯と比べた場合であり、ベジータが言及している通り、悟空自身も相当の天才であるのは間違いない。
サイヤ人編では悟空とベジータが「落ちこぼれでも必死に努力すりゃエリートを超えるかもよ」「では、努力だけでは超えられない壁を見せてやろう」とのやり取りをしていたが、
サイヤ人の中でも王家の血を引き、子供の頃にバーダックやベジータ王の力すらも超えた天才戦士であるはずのベジータが必死に努力しても遂に悟空に追いつけず
悟空がベジータにとって「努力だけでは超えられない壁」そのものになってしまったのだから。
ベジータは本格的な修行を始めたのが悟空よりずっと遅く、悔し紛れの発言も目立つのだが

とはいえ、悟空は12歳の時点で戦闘力10であったのに対し、ベジータは5歳の時点で父親であるベジータ王の力を超えており、
また、悟空が地球上の数千年に値する界王星の修行を終えた状態でも、地球襲来時のベジータには2倍以上の戦闘力の差を付けられていた。
(一応フォローすると、DB世界では地球の一般的な格闘家のレベルは宇宙全体では無茶苦茶低いために悟空が成長できる余地も少なかったとも解釈出来る。
 どれくらい低いかと言うと…本人の項でも触れているが対ラディッツ戦のピッコロの戦闘力はナメック星の戦闘タイプですらない若者の約7分の1という始末である)
さらに、ベジータが明確に悟空をライバルとして意識したのが30歳前後の頃であり、必死に修行に打ち込み始めたのも同時期からであったにも関わらず、
超サイヤ人として覚醒し人造人間19号と戦った時には既に悟空の力を上回っていたため、先天的な素質ではベジータは悟空よりも優れていると思われる。

同じ天才同士でも2人にここまで力の差が付いてしまったのは、その性格や発想の違いから来ている部分が大きいのかもしれない。
悟空は子供の頃に頭を打ったおかげで素直な性格になり、悟飯じいちゃんや武天老師、神様、界王といった師にも恵まれ、効率の良い修行の仕方を学んだはずである。
セルゲーム開催前も、「普段から超サイヤ人の状態を維持し、肉体に負担をかけずに平常心を保つ」というベジータやトランクスが考えもしなかった修行方法を実践している。
鳥山氏によると、本編終了後の悟空はやがて超サイヤ人1を突き詰めた方が効率がいいことに気付いて2や3の上位変身はしないようになるらしい。
それがDB超の展開の中で描いていかれるようだ。
また、魔人ブウ編の終盤でベジータ自身が認めているように、
ベジータが「勝つために」修行をするのに対して、悟空は「誰にも負けないために」修行をしているため、この2人の心構えの違いといったものも大きく影響していたと思われる。
まさに長年の努力による積み重ねで落ちこぼれがエリートを超える事を実践したと言えるのだろう。

後の劇場版で悟空の弱点は「自信過剰で油断癖がある」とされ、ベジータの弱点は「気を張り詰めすぎてゆとりがない」と評価されている。
エンディングテーマ曲の歌詞も慢心しすぎた悟空を叱るという内容になっている。
この評価はしばしば口論の対象となり、「作中の扱いが敵に情けをかける甘さと自信過剰を混同している」、
「原作で高すぎる自尊心から致命的なミスを度々犯したベジータを差し置いて何故悟空なのか?」、
「悟空は実戦で致命的と成り得る弱点なのに、ベジータは悟空に一歩及ばない理由付けに過ぎない弱点としての指摘で一律には語れない」、
「劇場版以降の時系列の漫画版では悟空よりベジータの言動が明らかに自信過剰で一貫性がない」、等と突っ込まれる事もある。
悟空も最初期からの描写を踏まえれば油断・自信過剰になっている場面は見受けられるのだが、それ以上にベジータの失態がそれだけ印象に残っているという事だろう。

客演

近年では、鳥山明の別作品に客演する事もしばしば見かけるようになっている。

+ 『ネコマジンZ』

+ 『銀河パトロール ジャコ』(ネタバレ注意)


MUGENにおける孫悟空(ドラゴンボール)

MUGENのDBキャラといえば彼よりも問題児王子若本宇宙の帝王ウルトラミラクルヒーロー悪魔のインパクトが強かった。
そのせいかチーム戦のDB枠で主人公にも関わらずハブられることもあった。別に弱いわけではないのだが…。
各地で彼の本名を叫び探し回った悪魔のせいで、何かしらの共通点があれば(例え 無くても )「あいつカカロットじゃね?」と言われるのも恒例。 人違いです。

+ 超神氏 / 超サイヤ人孫悟空、孫悟空

+ Balthazar氏&Cybaster氏 / 孫悟空、超サイヤ人孫悟空

+ Xande Toskomics氏 & Ribeiro氏 / 孫悟空

+ supermystery氏 / 孫悟空、子供孫悟空

+ SHELD氏 / 超サイヤ人4悟空

+ Vixen X氏&SodonHID氏/孫悟空

+ 三吉氏(san氏)/超サイヤ人3 孫 悟空

+ 三吉氏(san氏)/限界!!!超サイヤ人3 孫 悟空

+ Heal The World氏 / 超サイヤ人ゴッド超サイヤ人孫悟空

他にもベジータと合体したものもいるが、そちらは狂クラス以上の大会で出場することが多い。
悪咲3号氏の作製した超サイヤ人3版も存在したが、現在では入手不可能である。
他にも海外には「GODKAKAROT」、「super goku」、「omega goku」、「final goku」など凶~神クラスまでさまざまな改変が存在する。
海外のAFという同人作品からは超サイヤ人4以降のキャラも作られている(ssj10位まで)。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12280096


「オラなんだかワクワクしてきたぞ」


出場大会

+ 孫悟空(ドラゴンボール)

【超サイヤ人3孫悟空】
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【子供悟空】
【超サイヤ人4孫悟空】

出演ストーリー


プレイヤー操作



*1
ただしアニメ『GT』の最終回のラストカットは 「どこからか如意棒を取り出した悟空が筋斗雲と飛び去る」 というものであったため、100年以上経った時期でも悟空にとって思い出の品である事は変わらないようだ(最終回のこのシーンは『GT』のラスボスを倒してから100年近く経過している事が示されている)。

*2
食欲については(原作で飲食シーンの多い)もう一人の純血サイヤ人もかなりの大食漢であるため、 「もともとサイヤ人自体が食欲旺盛な種族なのでは?」 と考察される事も多い。
ただしジャンプフェスタの特別映像において「ターブル(ベジータの弟。もちろん純血のサイヤ人)が地球在住のサイヤ人二人の食欲に驚く」という描写があったため、個人差はあるようだ。

*3
ちなみに作中ではベジータを指して「ちっとも働かない」 「サイヤ人に働いて金銭を稼ぐという概念はないのか?(意訳)」 との発言がある。また、後の時代でカプセルコーポレーション社長となったトランクスも真面目に勤務しているとは言いがたいシーンがちょくちょくあった。
トランクスはともかく、どうやらサイヤ人たちの文化では ガチで「働いて報酬を得る」という考え方が希薄だった らしい。