Nokia初代ロゴ


ノキア (Nokia Corporation) は、フィンランドの電気通信機器メーカー。
現CEOはスティーブン・エロップ(2010年9月~)。

Nokiaの概要


携帯電話端末では世界最大のシェア(28.9%・2010年通期)を制して依然として市場占有率および販売台数の両方で、1998年から2011年まで首位を維持していたが、
近年では、スマートフォン戦略およびUS市場戦略の迷走により低落傾向にあり、
2012年第一四半期ではサムスンに次ぐ2位となった。
携帯電話の通信設備では世界第2位である(世界第1位はスウェーデンのエリクソン)。
OMXヘルシンキ25銘柄の一つである。

Nokiaの歴史


1865年 製紙会社として、スウェーデン系フィンランド人のフレドリク・イデスタムによりフィンランド(当時はロシアの自治大公国)のタンマーフォルスに設立された。その後すぐ西のノキアの地に移り、社名をこれにちなんで現在のノキアに改名した。一方ゴム製品の製造会社であるフィンスカ・グミと、電話および電信ケーブル製造会社であるフィンランド・ケーブルワークス (Finnish Cable Works) は、フィンランド独立(1917年)後、持株によりノキア社と関わるようになった(現在でもノキアの名前でゴム長靴などを製造・販売している)。
1917年 フィンランドが独立。
1960年 フィンランド・ケーブルワークス社内にエレクトロニクス部門ができる。
1967年 3社は合併し、ノキアは電気通信分野に進出することになる。
1970年代 社業の中心を電気通信分野に移し、電話交換機用のデジタルスイッチを主力製品とする。
1980年代 電子計算機部門に進出し、ブランド名Mikromikkoによりパーソナルコンピュータを生産した。のちにこの部門はInternational Computers, Ltd. (ICL) に売却され、さらに売却先は富士通シーメンスと合併した。また携帯電話部門に進出した。
1990年代 深刻な経営危機に陥り、それまでの多角経営を見直し、大規模な業種の再編成を行った。携帯電話、携帯電話インフラ、他の電気通信分野に業務を絞り、テレビ受像機製造やパーソナルコンピュータ部門から撤退した。
2002年 高級携帯電話部門であるVertuを立ち上げた。
2004年 小規模な経営合理化をおこなった。これはフィンランドにおけるノキアの印象を損ねるものとなった。それに伴い、テレビ番組での批判についての裁判を含むいくつかの訴訟が行われている。
2005年 携帯業界を二分しているQualcommに対するUMTS方式携帯電話の特許料率紛争において、ノキアは反Qualcomm陣営の筆頭になった。
2006年春 CDMA2000方式が世界的なスケールメリットを見込めないなどという理由で、CDMA2000方式の携帯電話の新規自社開発中止を表明。一時、CDMA2000方式の携帯電話を開発している三洋電機と合弁を計画したが、この話は破談となる。
2007年4月 Qualcommとの相互特許ライセンス契約が失効した。
2008年7月 Qualcommとの特許紛争について和解したことを発表した。
2009年2月 Qualcommとスマートフォンの技術開発について提携することを発表した。
2010年2月 NokiaのMaemoとIntelのMoblinを合体させて、新しい携帯機器用Linuxプラットホームとして、MeeGoをIntelと開発することを発表した。これに伴いMaemoの開発は終了することになった。
2011年2月11日 Microsoftとの戦略的提携を発表し、スマートフォンの領域では、SymbianからWindows Phoneの開発に注力していく事を発表した。
2011年4月27日 ノキアはSymbianおよび関係する社員3000人を2011年末までにアクセンチュアに移管することを発表した。

MUGENでは


NeoKairi氏により、なんとそのNokiaの1865年~1871年のゴム会社時代のロゴ自体がMUGENに参戦。
常にハイパーアーマーで、水を撃ったり炎を吐いたりして攻撃する。
体力もかなり多く、AIまで入っている狂キャラ。


+ 技説明

鎌と槌との戦い

出場大会

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