妲己


妲己(だっき)とは紀元前11世紀頃に中国に存在した「殷」王朝の君主・紂王の妃である。
後世では暴君として伝えられる紂王だが、記録によればプライドの高い部分はあったものの、
頭の回転が速い上に猛獣も素手で殺す文武両道の君主であり、
前代まで続いていた人身御供を取り止めるなど、統率者としての素質は備えていたようである。
が、有蘇氏を討った際に献上された妲己を寵愛するあまり贅沢の限りを尽くしたため民や家臣から失望され、
後の「周」の君主となる武王に国を滅ぼされたとされている。

強大な力を持っていた殷王朝の王を惑わせる美貌を持ち、
それを後ろ盾に国を滅ぼすまで傍若無人に振る舞った逸話から、中国史に残る悪女として知られている。

ちなみに、殷時代には女性のフルネームを記述する際に名から先に書いていたため、「妲」が名で「己」が姓となる。


創作物における妲己


明の時代の古典怪奇小説『封神演義』における妲己が有名。
『封神演義』とは、殷と周の王朝交代に絡めて神々が神々となった由来を描いた作品で、
その中で妲己は「九尾狐狸精」なる妖怪として登場する。
後世の創作物で妲己が「九尾の狐」として扱われるようになったのは、同作の影響が大きいとされる。

九尾狐狸精こと妲己は、紂王の無礼に怒った女神・女媧の送り込んだ三匹の女妖の長女。
女媧は「紂王を堕落させて殷が滅びる時期を早めよ」という旨の命令を出したのだが(殷王朝が滅びる事は運命によって決定済み)、
大義名分を得た妲己は己の欲望のままに暴走。
残虐な処刑方法を考案し、それらで自分の気に入らない者(主に自分に媚びない有能な政治家など)を次々に処刑。
姉妹や一族を宮中に招き入れて処刑後の死体や宮女たちを喰う、
王政に干渉し、自分たちに媚びへつらう無能な政治家や権力者を重用する、
「酒池肉林」という贅沢三昧の宴を連日催して国の財政を圧迫し、足りない分は民に重税を課す…
など、あまりに好き放題し過ぎたため女媧の怒りを買い、
最期は「私たちは女媧様の命(天命)に従っただけなのに、何故殺されなければならないのか」等の命乞いも空しく、
女媧からは「誰がここまでしろといった」とバッサリ切り捨てられ、太公望らによって討伐される。
しかも、やりたい放題やっておきながら「殷滅亡の早期化」という本来の目的は果たせなかった。

ちなみに、執筆された当時には殷の時代の風習は殆ど忘れられていたようで、
名が「妲己」で姓が「蘇」の「蘇妲己」がフルネームとされている。

日本においては、1804年に刊行された『絵本三国妖婦伝』で知られるようになったとされる。
本物の妲己を殺して身体を乗っ取った九尾の狐であり、太公望の手で肉体は喪失したものの九尾本体は逃げ伸び、
700年後に現在のインドにあたる摩竭陀国の王子「斑足太子」の妃である華陽夫人として再び表舞台に立ち、
紂王のときと同じく太子を堕落させるが、耆婆という医者に正体を看破され、薬王樹で作った杖で正体を暴かれたという。
ただし耆婆はこのとき九尾を仕留め損ねている。
その後、九尾の狐は中国に戻り、西周の王である幽王の寵姫「褒似」の姿で王に取り入ったとされる。
褒似は全く笑顔を見せない妃だったが、手違いで上げられた緊急事態の知らせの狼煙を見て駆け付けた諸侯が「無駄足」と脱力した姿を見て笑ったため、
彼女の笑顔を見たい幽王が何度も無駄に狼煙を上げたため周囲から失望を買い、西周は反乱軍に滅ぼされるが九尾の狐は逃げ伸びており、
遣唐使船に同乗し日本に降り立った
最初は藻女という名で子のいない夫婦の元に身を寄せた後、鳥羽上皇に仕える女官となって玉藻前と名を変え、
その美貌と博識から鳥羽上皇に寵愛されるようになる。
しかし、陰陽師・安倍泰成に正体を看破され、上総介広常の手でついにトドメを刺されたとされる。
なお、この泰成はかの安倍晴明の子孫。晴明の母親が「葛の葉」と言う名の白狐だとされている事を考えると、皮肉な話である
(江戸中期の説話『泉州信田白狐伝』では、晴明が修めた秘伝と葛の葉も同じ遣唐使船で渡ってきている設定となっている)。
死体は石へと変化、周囲に近づく人間や動物や次々に死ぬ事から、
「殺された怨念で毒気を出している」として「殺生石」と呼ばれるようになる。
鎮魂に訪れた高僧をも次々に昏倒させていたが、南北朝時代の僧侶・玄翁和尚により金槌で粉砕された。
金槌の別名・玄翁は彼に肖ったものである。
なお、殺生石は現在も栃木県に存在しており、毒気の正体は「有毒な火山ガス」だという事が判明している。
観光名所でもあるのだが、火山ガスは今でも吹き出ているため、濃度が高い場合は入場禁止になる。
2022年3月には殺生石が真っ二つに割れたことで「九尾復活か!?」と騒ぎになった。

以上の事から九尾の狐は国を跨いで人を誑かした大妖怪として名を知られるようになり、
妲己もその化身の1つとして同じく名を知られるようになる。

近代の日本では『週刊少年ジャンプ』で連載されていた藤崎竜氏の漫画『封神演義』(通称「フジリュー版」)の印象が強い。詳細はこちら
原典ではちょっと強い程度の妖怪に過ぎない(「女媧ら天界の神>仙人>>妖怪>一般人」)筈なのだが、
フジリュー版では「策士キャラにしてズバ抜けた戦闘能力を持つ才色兼備のメインヒロイン兼ラスボス(候補)」という破格の扱い*1を受け、
圧倒的な力を持った女媧に対しても下剋上を企てる程の実力者として描かれた。
なお「本物の妲己」は(家柄は良いものの)いかにもな田舎娘だったが、
妖怪狐に身体を乗っ取られた事で設定年代を完全に無視した全身タイツないしレオタード姿な今の美貌を得たと言う設定。
全体的にキャラ付けが濃い同作のキャラクターの中でも、読者に強烈な印象を残す顔役の一人となっていた。

『封神演義』以外の変わり種だと、古代中国に突如現れたアーサー王が、か弱い村娘を装った妲己を助けるため、
英傑達と熾烈な戦いを繰り広げる幻超二氏の漫画『大唐騎士』も存在する。
なお、妲己は当然アーサーを誑かす気で近付いたが、余りに裏表なく接してくるために次第に絆されてヒロインムーブを始める。
やはり狐はイケ魂が好みか

一方の玉藻はというと、同じくジャンプで連載されていた『地獄先生ぬ~べ~』の影響で男のイメージが定着してしまい、*2
別作品の同名別人を初見で妲己だと思い込んだプレイヤーも多く、作中では中国人の敵サーヴァントに妲己と間違われるシーンがある。
正体を知っても同期前例のせいで「また女体化か」と誤解を招く結果となった。

同時期にNHK教育テレビで放送された『天才てれびくん』の劇中劇「妖怪すくらんぶる」でも九尾が強敵として登場しており、
関連した逸話を持つ妲己の名が当時の子供達に知られるのに一役買っていた。
ちなみにこちらの九尾は、「玉藻」を名乗る女性アイドルに化けたり、妖怪の姿でも女性キャストが割り当てられていたりと、
ちゃんと原典通りの女妖怪になっている。

妖怪創作のパイオニアである『ゲゲゲの鬼太郎』では中国妖怪軍団の長であるチーが九尾の実弟とされており、
説明の過程で九尾伝説が語られる事があるが、中国妖怪である事が強調されているものの何故かもっぱら玉藻前の名前が使われ、妲己の名前はあまり出ない。
アニメではチーとの兼ね合いからか、既に討伐された妖怪扱いで登場しない事が殆どだが、
原作の「太古の秘密」では、やはり玉藻前の名前が使用こそされているが、直接鬼太郎とよい子は見ちゃダメな戦いで対峙した。
アニメ6期の「大逆の四将編」で九尾はようやくアニメ媒体で本格的に登場。
やはり「玉藻前」の呼称が使用されているものの、妲己の逸話もわずかながら言及されていた。

『女神転生』シリーズにおいても、九尾をモチーフとした悪魔が度々登場しており、
妲己の名では『デビルチルドレン』シリーズに登場する。
TVアニメ版『デビチル』でも第29話の敵役として登場。
作中では原典のような根っからの悪党ではなく、ボス悪魔の一角・パイモンに操られ悪事を働いているという設定で描かれ、
行き倒れを装って一国の王・プリンスに近づき催眠術で籠絡、国民から金品を巻き上げさせていた。
主人公一行に敗北し正気に戻った後は、プリンスの家臣として迎えられた模様。
ちなみに、ゲームの方ではカジノの景品だったり通信機能を使わないと登場しなかったりでストーリー上の出番は無く、
コミックボンボンで連載されていた藤異秀明氏の漫画では影も形も無かった。


MUGENにおける妲己

之々氏によるものと、その改変版であるkoyu@TWINT氏の「妲己R」が公開中。

+ 之々氏製作
  • 之々氏製作
手描きスプライトで製作されたキャラ。
同梱テキストによれば「試供版」との事。
元々はMUGENドット絵板の企画「第一次聖板戦争」において考案されたサーヴァントの一人で、
キャラ公開先へのリンクも同サイト内に存在する(gdgdドット絵板過去ログNo.2816にリンクがある)。
之々氏曰く、デザインは自身のオリジナルキャラがベースとなっているらしいが、詳細は不明。

ボタンの強弱で性質が変わる飛び道具や、時間経過もしくは追加入力で下から射出する設置技など面白い技を持つ。
どこかで見たような技を使うお茶目な一面も。
「聖板モード」なる強化モードが構想されていたようだが、試供版という事で未完成。
AIはデフォルトで搭載されているが、動きが甘く強さは今一つ。

+ koyu@TWINT氏製作 妲己R
  • koyu@TWINT氏製作
こちらはAIの大幅強化や未完成だった強化モードの実装といった改良が加えられ、
之々氏版の純粋なバージョンアップ版と言える内容になっている。

7P以降のカラーを選択すると強化モードとなり、攻撃力が上昇し、専用の「九尾ゲージ」が追加される。
九尾ゲージは一定量を消費する事でガードキャンセル等を行える他、
超必殺技のダメージを即死レベルにまで強化できるが、一試合で使える九尾ゲージの量は限られている。
また、8P・11Pは常時ゲージ増加、9P・12Pは常時ゲージMAXとなり、
さらに10P以上で様々なアクションに長い無敵時間が追加される。

出場大会

出演ストーリー



*1
とはいえ悪役である事には変わりなく、原典で行った悪行三昧(+α)も普通にやらかしている。
残虐な処刑法で殺した人間を喰う、人肉でハンバーグを作り原材料となった人物の父親に振る舞う
一般人を洗脳して兵士として使い捨てにする等、全く自重していない。
それでもメインヒロイン扱いされるのは「この漫画のメインヒロインは妾」と宣言しているからではなく
策略や知略を用いて太公望らを何度も絶望的な状況に陥れるが、太公望が絶体絶命の時には助けに現れるという、
太公望の一族や家族の仇にして命の恩人という奇妙な関係ゆえであろう。
また、元々少ない女性キャラが一部ギャグキャラ化・ネタキャラ化していて、
ヒロイン扱いできそうな女性キャラがあまりにも少ない事も原因と思われる。
太公望に惚れて仲間になるという性格的にはヒロインに相応しそうな女性キャラもいるのだが、何故か筋肉モリモリマッチョゴリラの変態女妖怪
(原典では美しい仙女。太公望との色恋沙汰?ないよ、そんなの)だし。
女神・女媧に至ってはリトルグレイである。

余談となるが、本作の妲己は歴代の后に乗り移りを繰り返してきて、殷の前の夏王朝の末喜(妲己の伝承と酷似しており元ネタとも言われる人物)や、
殷が衰え始めた小辛の妻・王氏や、殉死を100倍にすると言って太公望の少年時代に彼の一族・羌族を狩る指示を出した殷の后が同一人物と設定されている。
さらに余談となるが、同作を原作とした、あるいは同作のキャラが登場するゲームはこれまでいくつか製作されているが、
顔役である妲己は出番の面で優遇される事が多い。
格闘アクションゲーム出演としては『ジャンプアルティメットスターズ』のサポートコマがあり、
扇で突風を撃つ2コマ、上記の誘惑能力で相手のゲージを減少させる3コマを持つ。

*2
ややこしいがこちらで「玉藻京介」を名乗っている男は玉藻前を名乗っていた九尾とは別の妖狐であり、妖狐の大ボスとして九尾も登場している。
殺生石の下に隠れ住んでおり、老いさらばえた老狐の姿を装ってはいるが、実態は作中でもトップクラスの実力者。
ちょっと気合を入れて凄んだだけで主人公が死を覚悟する(通常は妖怪との正面勝負に持ち込みさえすれば、負けどころか苦戦する事さえ少ない)程で、
出番こそ少ないものの大物妖怪として強烈なインパクトを残している。
だが、終始巨大な狐の姿でしか登場しておらず、時代がかった口調から性別を判断する事が困難な上に、
作中では「九尾が玉藻前と名乗っていた」事は強調されていないため、誤解は解消されなかった。
…と言うか、そもそも玉藻京介の「玉藻」は苗字なんだから男女の区別はないんじゃ?


最終更新:2023年04月25日 22:43
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