『むかしむかし、あるところにとてもごうまんなおうさまがいました。
そのおうさまはにんげんはいちばんすぐれているのだということをかみさまにみせつけようとしました。
そしてばべるのとうをつくりはじめました。
それをおそらでみていたかみさまはとてもおこりました。
そしてかみさまはおろかなにんげんたちにかみなりをおとしました。
どーん
らいめいがなりひびきます。
たいへんごうよくなおうさまはそれでもつづけようとしましたが、それはむりでした。
ことばがつうじなくなっていたのです。
みんなちがうことばでしゃべりだしました。
おうさまはかなしみのあまり、しんでしまいました。
ばらばらのことばをあたえられたにんげんは、ちきゅうにまたのさぼりはじめました。
かみさまはいいました。
「いつ、またてんばつをくわえようかな」って。
かみさまは、いつもいつもみています。』
小さな男の子の声が耳元で聞こえた気がした。
向かい側の席には万羽が平然とした顔で座っている。
今、小波は言うがままに万羽についてきて列車に乗っていた。
どこにつくのかは分からない。
分からないのだ。何を考えても答えが見つからない。
「あなた、昨日の事を見て、どう思った?」
「あれですか?ただの合・い・挽・き・肉・に見えましたけど」
いきなり質問されて、小波は即答する。
「あれを合い挽き肉に揶揄するとはねぇ。まったく末恐ろしい小娘だわ。あ・れ・をやっている最中は私でも気持ち悪いというのに。」
「そうですね。」
「あなた、ご両親は?」
「死にました。」
どこまでも事務的に小波は答える。
「何故?」
「殺されました。」
「誰に?」
「私に」
「そのあと、ご両親はどうなったの?」
「・・・・・・」
「貴方はご両親を愛していたの?」
「ええ」
「・・・・悲しいとか、そんな感情はないの?あなたには、恐怖という感情はないの?」
「・・・・・・?」
「自分の愛する両親を殺したのよ?後悔とか罪悪感とか湧かないの?」
「それはなに?」
万羽はそこまで立て続けに質問したあと、あの乾いた笑みを小波に向け、自嘲気味に呟いた。
「柱神様もたいした化け物をおつくりになられたわね。」
「それはどういう意味?」
「・・・・・・・・・・・あなたは、恐怖、といったような人・間・な・ら・当・た・り・前の感情がデ消リー去トされているの。」
「・・・・分からない」
「分からなくていいのよ。無知の方が幸せになれる。」
万羽は少しさびしそうに呟く。
「そう。」
この子には、もはや何の感情も残されてはいない。切実に万羽はそう思った。列車の窓の外をただ眺めている、陶器のように整った横顔からは、微塵の動揺も伺えない。まるで、さる最高の職人が作り上げた蝋人形のようだった。
「哀れな子羊に、せめてもの幸福をお与えください・・・。」
万羽はそう、呟いていた。
カタカタッ
列車の窓が、雨と風にに打たれて
まるで小動物のように小刻みに震えていた。