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三橋敏雄side


今日も友の墓に来てしまった。

ここは何故だか居心地がよくて、冬だというのについつい長居してしまう。



「なんであのとき、私が死ななかったのだろう…」



60を過ぎたいまでも、あの日のことは鮮明に脳裏に残っている。



友は、私の代わりに鉄砲に撃たれて死んだ。




遺言は、「紅葉、紅葉を頼む…」だった。


紅葉は彼の妻だった。


とても器量の良い、よくできた娘だった・・・と思う。



あの頃のことは記憶に靄がかかっているようによく思い出せないのだ。


ただ、二人は、この戦乱の世の中でありながら、愛し合って結婚したのだと思う。



とても仲睦まじい夫婦だったはずだ。


彼は彼女といるときはいつも笑っていたから。



…無愛想な私が死ぬべきだったのでは無いかと私は今でも悔やむ。



脳裏に残る彼の姿はとても若く、自分はよくもずる賢く生き延びたな、と思わず苦笑する。



彼ははかなく、そしてあっけなく死んでいった。




流れ弾に当たったのだ。


たった一つの弾丸が、彼と私の人生を分断した。



あの、友の死んだ日から私は変わった。



この体は自分のものではなく友のものだ。




私は常に友の屍の上に立っているのだと。



霜柱を踏む音は、友の骨を踏む音なのだと。






私は、ある意味で人生をやり直したのだ。





「あなた、夕食の準備が出来ましたよ。」



しゃりしゃりと霜柱を踏む音が聞こえ、私が振り向くと、妻の紅葉がたっていた。


お互い三十路ちかくだった事と、紅葉夫婦に子供がいなかったこともあり、私達はその後結婚したのだった。


しかし無論其処に愛などなく、ただお互い生き延びる為だった。



私達は互いに干渉せず、つかず離れず暮らしていたのだった。



「もう40年もたったのですね…」


ふと、今日はいわゆる命日ということを思い出す。


「あぁ…そうだな。」


「私達もお互い歳をとりましたねぇ」





どうしたと言うのだろう。



今日の紅葉は何処か変だった。


墓の近くに生えていた紅葉の樹をそっといとおしそうに撫でる紅葉は、いつもと同じ、しかし何処かちがう、笑みをうっすら浮かべていた。




西日の木漏れ日が彼女の顔に当たった。


夏だから日が沈むのが遅いのだろう。夕日がうっすらと紅葉の頬骨にあたり、彼女をより幻想的にみせていた。




「今日で、40年です。あの方が殺されて。」

口角を上げて、彼女は微笑む。



わたしは混乱した。





今までで、彼女がこんなにも「女」であるときがあっただろうか。



紅葉は、私にとっていまでも私の妻ではなく、友の妻だった。



それゆえ、紅葉も私にこのような「女」を見せたことなどなかった。



まだ青い紅葉の葉が赤く染まり、私はあの光景を思い出す。





あの日、一瞬にして散った、友の姿を。



飛び散った、血飛沫を。





ああ…紅葉の赤は、血の赤だったのだな…



私はふっと悟った。




「私を責めているのか?」



私は敢えて質問した。責められたほうが、よほどましだと思った。



「いいえ、いいえ、」


彼女は私にあの笑みを浮かべたままで、私に問うた。



「人は桜に狂うけれど


それは一時のことだけ。


では私はなにに狂ったのかしら。」



「君は何を…」



意味が分からなかった。



目の前にいる人物が一番遠くにいるように、突然はかなく思えた。





「この樹登らば



鬼女となるべし




夕紅葉」



紅葉が呟く。





「私は紅葉と貴方に狂わされたのですよ。」





その笑う笑みは、私が今まで見たなかで一番禍々しく、一番美しいものだった。









「私が夫を、殺したのです」