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 小波は気が付くと、何も無い真っ白な空間に立っていた。
そこには壁も地面も天井も窓も扉もない。
まるで雲の上を歩いているような気分だ。
ここは、天国なのだろうか。しかし天国にしてはあまりにも殺風景
すぎる。
小波は恐る恐る一歩、足を踏み出した。
まわりにはなにも動くものは無い。
小波以外には。
そして永遠に続きそうな静寂が漂っていた。
小波はその静寂を破った。
「誰か・・・いませんか···?」
すると、きぃぃぃぃっっとなにかが開く音がした。
そして、一筋の光が見えた。
佐波は不思議な感触がする地面を蹴ってその光を追いかけた。
その先にあったものは----
大きな、扉があった。
とてつもなく大きな純白の扉で、扉のまわりにはぐるっとそびえたつ高い塀があった。
小波はその巨大な扉に圧倒されて、しばらくそこに突っ立っていた。
その小波の体を一筋の光がてらす。
その一筋の光は、ほんの少しの扉の隙間からこぼれ出ていた。しかしその光はとても眩しかった。
(母さんたちはこの中にいるの···?)
小波は目をつぶって扉の中に入った。
(天国ってどんな所なのだろう…)
小波は歩きながら考えた。
(夢のようなファンタジックな感じじゃなくて案外殺風景かも…)
小波は目を開けた。
そこに広がっていたのは果てしない草原だった。
「綺麗…まるでグリム童話の世界だ…」
遠くの方にぼやっと一つのとんがった塔がみえた。
足に感じる草の感触が気持ちがいい。
小波は不意に駆け出した。
しゅうううぅぅ
小波の足元で何かが溶ける音がした。
足の裏が熱い。
小波はばっと後ろを振り向いた。
あんなに輝きながら生き生きと風にゆられていた花々が茶色いただの物体に変わっていた。
しかも、小波が歩いている所だけ。
ついさっきまで風に揺られてぴんぴんしていた草が
ただの気持ち悪い物体にどんどん変化してゆく。
逃走劇が始まった。
小波は必至に走った。
走って
走って
たどり着いたそこはあのとんがった塔だった。

小波は黙ってぶきみな塔を見つめた。
想像していたよりもとてもずっと高い。その間に猛者波が通ってきた草の上はどんどん枯れはててゆく。
燃え移り行く火の粉のように周りの草も茶色くなってゆく。
 ゴソゴソッと塔のてっぺんで音がした。
見上げてみるときらきらと輝く地面に着くほどの金色の長い髪が垂れ下がっているのを見つけた。
小波はふいにランプッチェルの名場面を思い出した。
 とりあえず、声をかけてみるか。いつまでもこんなドロドロした所にいたくは無い。
「あのーすいませーん・・・」
「うぅ?」
 その金髪の持ち主はひょこっと小さい頭を肘に乗せながらこっちを見つめた。かなりの美貌の持ち主だ。しかし少しミステリアスな感じがする。それもそうだろう。こんな偏屈な所にいるだけで十分変だと思う。
 その美女は小波を見て一瞬驚きの表情を浮かべてからニヤリ、と笑った。かなり邪悪な笑みだ。
「悪魔の子か・・・」
 美女の口から漏れたその言葉を聞いて小波は眉をひそめた。その言葉はどこかで聞いたような気がする。
 美女の浮かべた恍惚の表情は一瞬のうちに消え、人のよさそうな笑みに変わった。どこか企んでいるような笑みだ。
「こんにちは。生長小波さん。」
「こここんにちは!!」
 佐波は美女の豹変ぶりに驚きながらもなぜ名前を知っているのか疑問に思った。
「私は・・・っと、ここで話すのもなんだわねぇ。まあ上ってきなさいよ。」
「上るって・・・」
 登るってどこを登るんだ!?髪の毛を登れってことなのだろうか? そりゃぁ確かにグリム童話ではそういうあらすじだけどここはグリム童話の世界ではあるまいし・・・
小波が一分ほど戸惑ってうろうろしていると美女はくすりと笑っておかしそうに言った。
「裏手に階段があるわよ。」
 小波は慌てて赤くなった顔を隠し、塔の裏側に回った。そこには確かに螺旋階段があった。
 ぺたぺたぺた・・・という足音が聞こえ始めてから十分後。
「やっと着いた・・・」
 三百段以上登りやっと頂上に着いた小波は膝に手をついて大きく嘆息した。何でこんな所に住んでいるんだろう。こんな所に住んでいるのではだれもこないんじゃないか。まあともかく着いた事に喜びを感じながら小波は目の前のドアをノックした。
「いらっしゃ~い」
のんきな声がドアの奥から聞こえた。入ってもいいのだろうか。
と、いきなりドアがギーッと開いた。小波は足を踏み入れた。
 入ったそこは、とても不思議な空間だった。室内だと言うのにとても太い植物の根や蔓が四方八方にのた打ち回っている。根と根の間のドーム状になっている天井はとても神秘的に感じる。
 その下のロッキングチェアに美女は腰掛けていた。なぜか唖然として金色の目をキョロキョロさせて自分の部屋を見渡している。そしてやっと小波に気づいたというように小波をじっと見つめてから「すごいわねぇ。貴方。」と呟いた。
「え?何がですか?」
小波が問いかけると美女は小波を上から下まで見渡して
「黒髪・・・翡翠色の瞳・・・」
とわけの分からないことをブツブツ呟き、部屋の中をぐるぐると回り始めた。考え事をしているらしい。
 やがて何を思い出したのか深刻そうな顔をして部屋の隅にあった本棚を引っ掻きまわし始めた。
「あったーーーー!!!」
 突然美女が大声を出した。見つけた黄ばんだ資料を見ている目はらんらんと輝いている。
 小波はびっくりしてずさささっと部屋の隅へ飛びさった。
「この子がねぇ・・・クックックック」
 美しい顔をゆがませて笑うその美女はさっき感じた温和なイメージとはずいぶんとかけ離れていた。この美女はいったい何者なのだろうか。小波の背にぞくりと悪寒が走る。
部屋の隅に縮こまって震えている小波を見て美女は慌てて取り繕ったような笑みを浮かべた。
「こちらに座りなさい。」
 椅子を勧められ小波はびくびくと椅子に座った。向かい側に座った美女は柔らかな笑みを浮かべて言った。
「何か飲み物でも飲む?」
「紅茶でお願いします。」
言ってしまってから小波はしまった、と思った。こんな所に紅茶はあるのだろうか。というより前に丁重に断るのが礼儀ではなかったのか。
 小波がそんなことを考えていると美女がパチン、指を鳴らした。その音にびくりと肩を震わせた小波と美女の目の前に紅茶のカップが現れた。
 おずおずと手に取り匂いをかいでみると中身は紅茶だった。突然起こった出来事に唖然として美女を見つめる。
「ミルクはいる?」
「いりません!」
と今度こそキッパリ断ると、美女はあっさり「そうなの。私はいつもいれるのよ。」と言い、さらに指をパチンパチンと二回鳴らした。すると目の前にミルクの入った小さいポットと山盛りにお菓子の入ったバスケットが現れた。
「あの・・・」
 小波が分けが分からずにぽかんとしていると、美女は話をし始めた。
「まだ自己紹介が済んでいなかったわね。私の名はシクレット。職業は見たとおりの魔女よ。ここで色々な生体や霊体の勉強をしているのよ。」
「私は・・・」
 自己紹介をしようとした小波を手で静止させ、シクレットはあとを続けた。
「名前は生長小波。生長とかいて『おなが』とよむ。形状は人型だが人間ではない。つい最近両親を無くし、迷っているうちに此処、精霊の土地へ来た。」
「ちょっと待ってください!」
小波はシクレットの話をさえぎり、つい先ほどから疑問に思っていた言葉を口にした。
「ここは天国じゃないんですか?」
 しばらく黙っていたシクレットはいきなり肩を震わせはじめた。
「シクレットさん!?」
 小波が驚いて椅子から立ち上がり駆け寄ってみると、その顔はおかしそうに笑っていた。
 どうやら必死に笑いをこらえているらしい。そこまで笑うことなのか。
 しばらくしてやっと落ちつきを取り戻したシンクレットは再び話し始めた。
「ごめんなさいねぇ。確かに此処に初めてきた人はそう思うのかもしれないわね。でもまさか天国目当てに来るとは思ってなかったから。」
 再び笑いのツボに入りそうになったシクレットを押しとどめるように小波はまた質問した。
「じゃあ何で私はここに来ちゃったんでしょうか。私は病院の窓から飛び降り自殺したはずなのに・・・」
 母と父のところに行くはずだったのに。
「そんなの答えは簡単。死んでないからに決まっているじゃない。」
小波はそれを聞いて頭の中が真っ白になった。
「でも私は絶対死ぬようなところから飛び降りたんです。下はコンクリートだったし。自分の首が折れる瞬間の痛さだって覚えてるんですよ!?」
「だ~か~ら奇跡的に死ななかったんじゃないのぉ?」
会話に飽きてきたのかシクレットの口調がなげやりになる。
と突然、シクレットがすっとんきょうな事を言い始めた。 
「ねぇ、現世にもどりたい?」
戻る?そんな事は出来るのだろうか。
「貴方が本当に戻りたいんだったら代価と引き換えに戻すことは出来るわよ。」
 自分は本当にあの悪夢に戻るべきなのだろうか。
「ねぇ、聞いてるの?」
 耳元で大声で叫ばれ小波ははっと正気に戻った。
「貴方の願いは何?」
「私の・・・願い?」
 小波がぼーっとして呟くとシクレットは大きくため息をついていった。
「実はね、ここに来る人はみーんな願いを持って来るの。その願いを叶えたり知りたい
ことを知るために皆ここに来るの。」
(私の知りたいこと・・・)
「代価と引き換えにね。」
(私の知りたいことは・・・)
小波は椅子から立ち上がって言った。
「私の母と父は誰に殺されたんですか?」
「っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、知ってるんでしょ?母さんは、父さんは、誰に殺されたんですか?」
小波は叫んだ。
「私の願いを叶えてくれないんですか?」
 しばし、沈黙が流れた。シクレットはゆらりと立ち上がった。
 その顔には瞳孔が開き、蔑みと憐れみがうつった目と、氷のように冷たくなった表情がくっきりと浮かび上がっていた。
「貴方よ。」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「まだ分からない?知らなかった方がよかったのにねぇ。いい、両親はアナタが殺した!」
 小波は体を支えていた糸が切れたように床に座り込んだ。
「私が・・・?」
「そうよ。アナタが殺したのよ。」
 シクレットはずいっと小波に近付くと震えている小波の顎をくいっと持ち上げた。
「知りたいことでも、知らなかった方がいいこともあるのよ。赤ん坊さん。」
顎をつかんでいる手に力が入る。
  私が・・・
  私が殺した・・・?
「私は殺してない・・・」
 そう小波が呟くとシクレットは薄気味悪い笑みを浮かべながら言った。
「いいえ。貴方が殺したのよ。たとえ憶えてないとしても、間接的には貴方が殺したことになるんだもの。」
「嘘・・・」
 うそだ。そんなことがある訳が無い。
「ふーん。悪魔の子でも泣くことはあるんだぁ。」
 気付くと小波の目から涙が溢れ出していた。それを見たシクレットはさすがに気まずくなったのか憐れみの目で見つめ、すっと手をさしのべてきた。
「早く立ち上がりなさい。私達にはこれからする事が沢山あるんだから!」
 小波は震えている手をさしのべてその手をつかんだ。シクレットは小波を起き上がらせると、椅子に座らせた。
「ハーブティーを飲みなさい。気分が和らぐわよ。」
 小波は有難くハーブティーをすすった。つんとした匂いが涙を思い出させる。小波はまた泣きたくなった。
「これからすることは二つあるわ。ひとつは貴方を現世に戻すこと。二つ目はその代価を頂くこと。」
「あの・・・絶対現世に戻らないといけないんですか・・・?」
 小波がよわよわしく聞くとシクレットは笑って答えた。
「そんな現世に未練アリアリの人をここに置きたくはないわよ。貴方はこれから時間の
流れに逆らって生きてゆくのだからそんな些細な事で悩んでちゃダメでしょ。そんなことより早く仕事仕事。」
 シクレットはうきうきした顔で手をもみながら言った。
「えーっとね、代価の事なんだけどね・・・」
 シクレットがだんだんばつの悪そうな顔になる。何を頼まれるのだろうか。まさか魂?
「貴方の本が欲しいの!」
「えぇ!?そんなんで良いんですか?」
 思わず叫んでしまった。まったく予想外だった。
「ホラ貴方なら持ってるはずよぉ。革表紙で翡翠色の表紙の本!」
 シクレットが手を招き猫のようにコイコイとやる。
「持ってませんけど・・・」
 シクレットの目がギョロリと飛び出た。
「えぇ!なんで!?報告書では貴方が持ってるって書いてあったわよ!?」
シクレットはいつの間にか手にあの黄ばんだ資料を持っていた。
「まさか人違い・・・でもそんな訳はない。現にここに来てるわけだし・・・」
シクレットはひとりでブツブツと呟いている。
「本当に持ってないのぉ?」
 だんだん表情が険悪になってきた。
「ももも持ってませんって!」
「けっ、使えないやつめ・・・」
 それは私に言ってるのだろうか。それとも誤った情報を渡した工作員に言ってるのだろうか。
「まあいいわ。じゃああれで我慢してあげるわよ。」
「なんでしょうか・・・」
 またもや小波の背筋に悪寒が走る。
「血よ!」
「・・・は?」
「血を頂戴!!」
 血?別にいいが・・・
「いいの?っていうか選択の余地はなぁし!来なさい!」
 小波はずるずると奥の部屋へ引きずり込まれていく。引きずり込まれた先はまたもや木の根がのた打ち回っている所だった。ただ違うのはその根が動き回っている所だ。
「その辺に立って。ちょっと痛いけど我慢しなさい。」
 小波はうごめいている根の中心に立たされた。
どすっ
「何を・・・」
するんですか、という前に息が詰まった。
ポタ・・・ポタ・・・
 震えながら自分の体の中心を見ると、木の根が心臓に突き刺さっている。根の内部は
チューブのようになっていて自分の血が根の根元に向かっていくのが分かる。
「死ぬ!!」
「死なないわよぉ。ダイジョブダイジョブ~♪」
 ノウテンキなシクレットの声が背後から聞こえる。その間にもどんどんと小波の体から血が失われている。
「アナタならネ♪」
 ぼすっ。やっと木の根が小波から離れた。何リットル取られただろうか。うずくまり
傷口を抑えて血を止めようとしているうちにはたと気付いた。
「死んでない・・・」
 それどころか刺された傷口が何事もなかった様に元通りになっている。小波は驚いて自分の体のあちこちを手で触った。
「はい~ご苦労さんでしたっと。さあ貴方はこっちこっち~」
 またもや引きずりだされ、初めの部屋に連れ戻された小波にシクレットは言った。
「現世に戻る方法なんだけどね。簡単なの。ここから飛び降りればいいのよぉ。」
 シクレットが指差した先には、最初にシクレットが見えたあの小窓だった。
「ここからって・・・」
 小波が恐る恐るのぞくと、地面が見えないくらいの高さがあった。
「無理ですよこんなの・・・わぶっ!」
「ダイジョブダイジョブ~」
 いきなりシクレットに背中を押された。勢いよく落ちそうになった小波はなんとか窓のヘリをつかんだ。ヒゥゥゥォ~強風が小波の窓から出た体を揺さぶる。
「良き旅を~」
 必死にヘリにつかまっていた手にゲンコツを食らわされ小波はむなしく落ちていった。
 落ちながら小波はふと思った。
(強引な人だったなあ・・・シクレットさん。あはは・・・)
 また、自分の頬が緩むのを感じて
(やっと笑うことが出来たんだ。)
 と久しぶりの喜びをかみしめた。
(ありがとう・・・シクレットさん・・・)

その頃シクレットの塔では、小波の血をビンに詰めて、それをラッパ飲みしている変人がいた。もちろんシクレットである。
「ぷはっ!」
シクレットはバンッとビンを机の上におき舌づつみをした後満足そうに呟いた。
「やっぱり不死身の血は美味しいねぇ・・・」