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 私達は一生懸命植物みたいに背伸びをする。

 光を、養分を求めて。

 でもそれは決して届かないところにあって、届かないのが分かっているのに私達は必死に手を伸ばす。

 そしてその試みに失敗してから自分は自分に期待していたんだとわずかに気付く。

 それはちょっと嬉しいが、むなしくもある。

 私達とは言い過ぎだったかもしれないが、少なくとも私はそうだ。何回も自分に期待をかけて、何回もその期待に裏切られた。初めのうちは、恥ずかしさが襲ってきたが、しだいにむなしさしか感じなくなった。 
だから私は棘を作った。他人からも、自分自身からも期待をかけられない様に。人の期待をやんわりと受け入れ、やんわりと受け流す。そんなことを何年も続けてきた。
「次、美津濃さん。解ける?」
「X=8、Y=4です。」
 即座に答えてまた思考に戻る。私は自分の名前が嫌いだ。私の名前は美津濃七海。ミズノナナミ、と読むのだがこの名前だけで清楚な印象や、落ち着いた印象を与えられる。実際、新学期のみなの顔には失望が見えた。おい、もうちょっと隠せ。
「ナナ~Get up!」
 気づくと南未が私の顔の目の前で手を上下に揺さぶっている。いつの間にか授業が終わったらしい。男子の笑い声がやたら耳障りだ。何で共学に入ったんだろうとつくづく思う。南未は帰国子女なのでやたらと英語を使う。でもそれは不思議と耳障りではない。発音がいいからだろうか。
「今日、部活行くぅ~?」
「あ~。今日って何やんの?」
「今週のハイキングのうちあわせだとさ。」
「じゃあ一応行くよ。南未は?」
「ムリムリ~今日合コンだから~じゃぁねぇ。」
 そういって南未は教室へ走り去っていった。南未とは長い付き合いだ。同じマンションに住んでいる幼馴染で、小さいときからずっと一緒にいた。この中学を私が受けるときも、「一緒の学校に行きたい!」と行って、猛勉強を積み、奇跡的に受かった(と私は思っている。)小さい頃はよく遊んでいて母親たちからも「仲がいいわねぇ」と言われてちょっとうれしかったのだが、自我をもつようになって一緒の小学校に通い始めてから分かった。南未はオサナナジミなんかじゃない。私は南未に馴染んでなんかいない。馴染んでいるのは南未だけ。棘を作り始めたのはこの頃だろうか。小学校4年生くらいの時、南未が「アタシアメリカ行くんだ~」と言い出したときも、「頑張ってきてね!」ととっておきの作り笑顔で見送った私。このとき私は思った。南未は本当は私が邪魔なのだ。南未は何でも私と比べる。それが評価の全てだと思っているのだ。私が地味な色のシャツを着てくると、後日南未は絶対同じシャツを着てくる。そして皆に見せびらかす。理由を聞かれると、「だってナナとアタシはオサナナジミだもん。セットで当たり前じゃん!」と答えるのだ。要するに私と同じ所に立って、同じ服装や身なりをして、どっちが優位に立っているかを比べているのだ。そんなことをしても、結局勝つのは南未だ。南未はスタイルもいいし、美人だし、とても私とは比べようもない。合コンに誘われるのはいつも南未だ。そんな事は分かっているのにもしかしたらって思ってしまう。自分に期待をかけてしまう。南未に勝てないのは分かっているのに···
 放課後部室に行くと、当たり前だが南未はいなかった。自分の定位置に腰を下ろすと、周囲を見渡す。中3の部長ともなると、自分の定位置ぐらいはあるものだ。しかし南未がいないと何かが欠けているような気がする。案の定、男子部員もそう思ったらしく部長の私に問いかけてきた。
「今日南未先輩いないんすか?かったるくて山登る気になれませんよお~」
 うるさい、このチャラ男め。
 心の中でそう返してからいつもの営業スマイルで返事を交わす。
「今日南未は合コンだそうよ。かったるいんならちゃっちゃと終わらせちゃいましょう。」
「「はーい。」」
 何人かのだるい声が聞こえ、ミーティングが始まった。
「今度登る山は奥日光の鳴虫山という案が出ましたが皆さんそれでいいですか?」
「「さんせーいぃ」」
 また何人かの声が聞こえ、また、心の中で、(ハイしか言えねぇのかこの能無しドモがっ)という自分の悪態が聞こえる。
「以上でミーティングを終わります。質問のある人はいませんか?」
「はーい」
 1人の男子部員が手を挙げた。
「南未先輩はいらっしゃるんですかぁ~?」
「来るんじゃないかしら。分からないけど。」
 お前の頭の中はミナミセンパイだけか。
「終わります。お疲れ様でした。」
 部員が足早に去って、誰もいないガランとした部室の中は、なぜか心地よい。私は、『サボテン』なんだと思う。灼熱の砂漠の中でポツンとただ一人、たたずんでいる。自分の本来の姿を見られたくないがために棘を生やし、そのくせ誰か来ないかと期待している。 私は山が好きだ。
 登山が好きだ、とも行ってもいい。
 だから登山部に入った。誰の手も借りず、急な坂や岩を登って、やっとたどり着いた頂上の静けさと、雄大さを見ていると、自分がちっぽけなように思えてくる。山が私をあたたかく包み込んでくれる。山に何回も登ってるうちに思った。私は、木になりたいのだ。しっかりと根を張って生きていながらもそれを包み込んでいる森という存在がある。私はサボテンからレベルアップして木になりたい。
 家に帰ってくると、弟がゲームをしていた。父母は共働きなので深夜まで帰ってこないため、夕食はいつも私が作っている。「何がいい?」と聞くといつものように「ラザニァ~」と帰ってきた。ここ三日間ずっとそれだ。 
 昔、弟はこんなことを言っていた事がある。1本の花の咲いたサボテンを指差して、「こんなに醜いサボテンでも花を咲かすことがあるんだねぇ。」と。それを聞いた私は自分のことのように感じてちょっと嬉しくなった。そんな弟も階段を登る後姿がガニマタになってたりして、成長したんだなぁと思わせる。登山は3日後。南未は来るのかなぁ、という思いを抱きつつ、一日は終わった。
 登山の日。集合場所に行くと、南未が来ていた。「今日はこれたの?」と聞くと、「ナナが行くのに私が行かないなんて変じゃない!」と普段どおりに返された。ああそう。仰るとおりに。
 山道は思っていたよりハードだった。まるで山全体が迷路みたいな感じで私に『さぁ?クリアできるかな?』と挑戦してくる。その難しさによって達成感が強くなるのは経験上知っている。私はゲームの勇者みたいにどんどん上へ駆け上がり、いつのまにか他の後輩を置いてきてしまっていた。ひらけたところにでるとすとんと近くの石に腰を下ろして、他の後輩を待つことにした。
「ナナはまったく容赦ないなぁ、もう~。」
 振り向くと南未が肩を上下させながら立っていた。追いついたらしい。
「さすが部長ってところだね。」と南未が言った。なぜか顔色が冴えない。南未の特徴とも言える赤みがかかった頬が消えうせている。
「どうしたの?顔色冴えないけど。」
「こんなところまでイッキに登って来たら疲れるに決まってるじゃない。」
「じゃあなんで登ってきたの?」
「ナナに言いたいことがあったから。」
「···何?」
「ナナはアタシの事どう思ってるの?」
 唐突に聞かれて、答えに戸惑っていると、イキナリ南未が抱きついてきた。
「ねぇ。答えて。」
「南未は···幼馴染だよ。」
 なんとか答えをしぼり出したが、南未は離れようともしない。
「そう。分かった。所詮アタシとナナはオサナナジミだもんね。でもその建前なんか、もういらない。」
「え···?」
「ナナはねぇ、邪魔なんだよ。アタシがどんなに伸びてもいつの間にかそれについてきてる。そのおかげでみんなはアタシが伸びてることに気づかない。」
 南未の歯がギリッと音を立てる。
「ばいば~い。ナナ。」
 ポーンと胸が突き飛ばされる感触がした。私は山の上からまっさかさま。
 なぜこんなに死を受け入れているのか。自分が死ぬ瞬間だというのに。なぜか心が穏やかだ。   
 これが南未の出した答えなのか。最期まで南未は訳が分からなかった。この世に未練があるとすれば、その謎の追求だろう。
 気づいてももう遅いが、分かったことがある。
 私は、死にたかったんだと。
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 意識はあるのに体が動かない。今の私はまさにそうだった。というよりもう動きたくないのかもしれない。私はサボテンなのだから。もう無駄に動き回ることも、右往左往することも、なにもしなくていいのだ。私は、やっとサボテンになれたんだ。太陽の光を力いっぱい浴びて、誰にもさえぎられることもなく、胸を張ってたっていられるんだ。嬉しい。嬉しいはずなのに、悲しい。     
「···ナッ」
 誰かの声が聞こえる。
 バチンッ
 「痛っつ!」
 思わず声をあげ、目を開けるとそこには必死に私のほっぺたをペチペチ叩きながらベットに座って泣いている南未がいた。
「ナナッ···勝手に死ぬなんてずるいんだから···許さないからねっ!ナナのバカーーー!!」
「南未!イタイイタイ!」
 私が急いで叫ぶと南未はヒャッと叫んでてをひっこめた。
「ナナ····?」
 おそるおそる私を覗き込む。
 そして決心したように手をパンパンとうちあわせると思いっきり私の頬をひっぱたいた。
「ナナのバカ!なんでおちるのよ!」
「え···?」自分がおしたくせに何を言うのだ。
 その言葉を聞くと南は堰を切ったように叫びだした。
「ナナはずるいよ!アタシは決心までしてあの日ナナを突き落そうとしてた。でもナナはアタシがおす前にもう落ちてた。何で最後までやらしてくれないの!?アタシはもうナナの葬式に行く決意だって、両親に話す言い訳だって、全て計画してた。なのにナナは、そんなことを全部ぶち壊してあたしの気持ちも引っくり返して···ずっといおうと思ってたことなんだけどね、アタシずっとナナのこと大ッ嫌いだったから。」 
 プツリ プツリ
「 ほんとはおっちょこちょいなくせにそれを一生懸命隠したり。」
 プツリ プツリ プツリ
棘が、抜かれてゆく。
「ほんとは明るい色が好きなのにわざと暗い色を選んだり。ナナはどんどん勝手に自分で決めていく。」
 プツリ
「アタシはもういやだった。ナナはいつもほんとの事を話してくれない。アタシはいつも隣にいたのに。」
プツリ。最後の1本が抜かれた。今の私は無防備だ。
「ナナを見てるとアタシ辛くなる。まるでこの世の不幸を全部背負ってるような顔して。今にも風にさらわれそうな感じで。」
私は胸をおさえた。だめだ。ここで期待してはいけない。あとが辛くなる。
「そんなナナを見てるのがいやになった。アタシはナナのライバルでいたかった。ナナが枯れはてていくのを見たくなかった。」
「ラ・イ・バ・ル・・・?」
「そう、ライバルになりたかった。ナナは本当は何でもできるのにアタシにいつも遠慮してた。いつも自分の進むべき道を人に譲ってしまってた。」
 南未はいつの間にか泣き止んでいた。残っていたのは澄んだ私の心に語りかける目。
「もっと自分を、大切にしなよ。」南未は私に抱きつき、耳元で囁いた。
「ナナは私の、光なんだからさぁ。」
その瞬間、溜め込んできたものがぶわっと溢れ出した。涙がとまらない。皮がむけたサボテンは、なすすべもなく涙を流し始めた。
 からっからの砂漠に雨が降り出した。
 砂は流され、不安定だった砂地の下から温かな地面が露出しはじめ、緑があちこちから噴出す。
 全体が光に照らされ、木々の木漏れ日があたりを輝かせる中で、 サボテンのつぼみは花開いた。
 ほんの小さな小さな花は、森の輝きの中で、堂々と胸を張って咲いた。
 つぼみは待っていた。
 ウズウズしながら。
 その皮がはがれるのを。
 そして待っていた。
 花開くのを。
 そして待っていた。
 サボテンが生まれ変わるのを。

「やっとアタシの前で泣いてくれたね。ナナ。」
 散々泣いて、ようやく分かった。私が求めていたのは、この言葉だったのだ。充血した目をぬぐいながら私は話し出していた。
「私は死にたかった。人間以外のモノになりたかった。何にもうろたえる事も無くのびのびと生きたかった。わずらわしい人間関係、周囲からの圧力、期待という見えない束縛から逃げ出したかった。でも、あの日風にさらわれながら落ちていったとき、私なんてこの山なんかに比べたらなんてちっぽけなものだと気づいた。だから・・・」
 私はそこで息をついた。この言葉を聞いて南未がどう思うかは考えない。
「生きていくことに決めた。人間として。せっかく人間として生まれたんだから死ぬ前にあがらってやる。そう思った。」
 私は生まれ変わったような気分だった。元気が出てくる。
「いいじゃないの。その案乗った。アタシたちでこのわずらわしい世界をひっくり返してやろうじゃないの。」南未が窓枠にもたれ掛かりながらそう言い切った。私はにやりと笑う。やっぱり南未ならそう言うと思った。
「それからね、南未。もう、負けないから。譲らないから。」
 何事にも。私は私のやり方でいく。そう決めた。
 南未はふんっと鼻を鳴らした。
「かかってきなさい!」


 9月。新しい新学期。私は学校に4ヶ月ぶりに登校した。なぜって実は私は全身を複雑骨折していたのだ。当たり前だ。お山のてっぺんから落ちたのだから。全治5ヶ月のところを新学期にあわせて4ヶ月で何とか治したのだ。久しぶりの学校は、とげとげしい目でこちらを睨む。もうここにはお前の居場所なんか無いんだぞ・・・本当にいいのか・・・とでも言うように。
 私は南未風に鼻をふんっと鳴らし威嚇した。私はこの学校をひっくり返すためにきたのだから、こんな所ですごんでいる場合ではない。そして私は軽やかにジャンプし校門を飛び越えた。着地成功。今の私はかなりかっこよかったはず。
「おはよう!」私は教室に侵入した。突き刺さるような視線。皆が好奇の目で見つめている。無理もない。この四ヶ月の間に私は一段と変化した。長かったうっとうしい髪はばっさり切り、地味な眼鏡は今流行りの黒ぶち眼鏡に一気にイメチェンしたのだから。非難するような目で睨まれてもそんな事は気にならない。私は他人に会わせるためにここに来たのではない。私は自分の机に向かう。その上に例え花瓶が置いてあったとしても、けっしてくよくよしてはいけない。花瓶をさも大事そうに持ち、皮肉たっぷりに「綺麗なお花をありがとう~」と言ってやるのだ。わたしは軽やかなステップで自分の席へ向かう。
 はたして、そこにいたのは南未だった。頬づえをついて、含み笑いをしながらこっちを見つめる。そして極上の笑顔を見せると言った。
「来たね。」
「来ましたよ。」
「じゃ、作戦会議とでも行きますか。」
「お前ら、いったいどうしたんだ。」
慌てて問いかける教師に私たちはにっこり笑って答えた。
「私たち?私たちはサボテンですよ。」
 そう。私たちはサボテン。親友でもライバルでもない関係。周りがこいつらイカレてんじゃねぇのという目つきで私達を見る。
お互いにすれ違っていた心はいまやもうすでにぴったりと合わさっていた。サボテンのように他の木々と戯れることも無く、光をその体にたっぷり浴び、堂々と胸を張って生きる者。私の心の中はすっかり開花し、期待という見えない束縛を解放してやる。期待は輝く流れ星になり、期待というつぼみは、最期に私を祝福して空に消えていった。