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暗闇の中で、小波は目を覚ました。

しかし起き上がることができない。動けないのだ。

 なにか寝袋のようなもので体を圧迫されている。必死にもがいているうちにベットから落ちてしまった。

突如、明かりがついた。
 誰かが小波に近付いてくる。靴音からして2人ぐらいだろうか。
 床に落ちている小波をみて若い方があっと小さく声を漏らす。
「あんなに出血していたのにこんなに動けるなんて・・・驚きですね。」
「いや、驚きというか・・・恐れを感じるだろう。なんという再生能力だ。」
 どうやら医師のようだ。小波が声にならない悲鳴をあげて床の上でもがいていると、驚くべきことが起こった。
 拘束具が、破れたのだ。
 突如、自由になった小波は床をゴロゴロと転がった。よろめきながら立ち上がると、そこにはさも頑丈そうな引き裂かれた拘束具が転がっていた。小波は信じられない気持ちでその無惨になった拘束具をみつめた。
 医師たちは、部屋のすみでちぢこまっている。しかし威厳を保つように咳払いをすると、ズカズカと小波の方へ向かってきた。
「こんにちは、生長さん。私は山崎といいます。」 
「と、研修生の田中です!」
「君は黙っていなさい。私はあなたの担当医師です。昨日あなたが・・・したにもかかわらず、・・・」
 自殺って言いたかったのがよく分かる言い方だった。
「奇跡的に命をとりとめ、無事こうして意識を取り戻して本当に安心しています。ケガも無い様ですし。」
 小波は急いで体を見回した。自殺しようとして落ちたのならば、打ち身ぐらいはあるはずだ。しかしどこを探しても見つからない。
痛いのはシクレットに拳骨で叩かれた右手の甲だけだ。赤く腫れ上がっている。シクレット・・・さん?小波はじんじんと痛む右手を見つめた。アレは夢ではなかったのか?その証拠に記憶もすべて残っているし、右手の痛みがその事を告げている。小波はシクレットの言った言葉を思い出す。
「貴方はこれから時間の流れにに逆らって生きてゆくんだから・・・」
 まだ意識ははっきりしていない。ここが現実なのかそれとも幻想なのかも分からない。でもはっきりしていることがふたつある。
 私は・・・
 私は人間じゃない。
 そこにいたような医師の呟きや、自分が転がったときの対応からも分かるように私は現実離れした人間、いや生物なのだ。
 そしてもうひとつ。
 私は今までのように暮らしてはいけない。
 学校へ行ったり、友達と遊んだり、父さんや母さんに甘えることもできない。
 私は、独りぼっちになったのだ。
 ひしひしと孤独感が襲ってくる。そして、小波の中の何かが囁いた。
 『もうアナタは一人なのよ。味方なんてどこにもいやしない。昨日まで信じきっていた人たちが軽蔑した目をアナタに向け、あなたから遠ざかって行く。皆アナタの敵となるのよ。・・・』


 どのくらい眠っていただろうか。
 あの後、小波はおびえている医師たちを尻目に布団にもぐりこんだ。もう拘束具を着けられてはいないが、寝る前と起きた後では明らかに部屋内に違和感を感じた。辺りを見回す。やけに天井が高い。ドアが頑丈そうな鉄製の扉に代わっているから場所を移されたのだろう。部屋をわざわざ移したのだからそれ以外の理由もあるはずだ。目をつぶって、自分の感覚を部屋全体に研ぎ澄ます。そして、見つけた。
 部屋の天井の四隅に黒光りするものがある。そう。監視カメラ。自分の
思考能力に驚きながらもあらためて常人ではない鋭い感覚を持った自分に恐怖を感じる。自分はどうなっているのだろうか。
 大体、個室ということ事態変だ。小波はもう・・・孤児なのだ。個室など与えられる身分ではない。祖母や祖父、知り合いの伯父や伯母はもちろん、とっくに死んでいる。生きていたとしても援助してくれるような人たちではなかった。小波が来るごとに、露骨に嫌そうな顔をして、汚いものを見るような目で小波を見るのだ。母は「おじいちゃん達は霊感があるから考えを子どもに邪魔されるのが嫌いなのよ。」といって慰めてくれたが、今思うと小波が来る度にどんどん衰弱していった気がする。それも自分のせいだったのだろうか。
 あれこれ思考をめまぐるしい速さで回らせているとき、突然バンッと鉄製のドアが開いた。
「ちょいとお嬢さん、失礼するよ。」
 そういってドカドカと遠慮も無く入り込んできたのは中年の恰幅のいい大男だった。日焼けした顔には怒りが浮かんでいる。そして後からコソコソと担当の山崎医師と田中が入ってくる。
「・・・誰ですか?」
 服装からして分かっているが一応聞いてみる。
「おっと、すまんね。私は森岡警察署の緒方だ。」そういって背広からヨレヨレの手帳を引っ張り出し、真っ白い歯を除かせてにっと笑いながらそれを小波に見せた。
「・・・警察の方が私に何の御用でしょうか。」
 緒方警部は父母を殺されたのにもかかわらず、落ち着いた声と雰囲気を発している小波に驚いたらしい。わずかに顔をしかめた。
「お医者さん、何でこんな可哀想な子をこんなコンクリートの部屋に閉じ込めておいてるんですかい?まるで牢屋じゃないか。外で遊ばせてやってるのかい?こんな青白い顔して。化け物みたいじゃないか。」
 最後の言葉を警部が発した瞬間、周りの空気が凍りついた。警部は突然変わった部屋の空気に戸惑っている。その中で小波は虚ろな目でうろたえる警部を見つめていた。
「ちょっと警部どの、お時間を頂けないでしょうか。」 
 空気をかち破るかのように山崎医師がおびえた声で警部に話しかける。
「お、おおいいとも。」
 緒方警部と山崎医師はあたふたと部屋を出て行った。
 ショックで声も出ないのになぜか思考はどんどん真実へ向かっていく。
あの担当医は、「化け物」という言葉に反応したのだ。
「何でもっと問い詰めてくれなかったんですか!」
 ふいに、担当医の声が聞こえた。
「しょうがないじゃないですか山崎さん。
あんな打ちのめされてぼろぼろになったあの子の姿を見たら、
誰でも問い詰めることなんてできるわけ無いじゃないですかい。
態度がちょっと変なのもきっとそのせいですよ。
まだ子どもなんですし。」
必死に弁解する警部の声が聞こえる。
「なに言ってんですか!あの子は自殺までしたんですよ。
後ろめたいことしたに決まってんじゃないですか。 
こんな事言いたくありませんけどねぇ刑事さん。
あの子が両親を殺したんですよ。あの子は悪魔の子なんですよ。
見ましたかあの濁った目!!
あれは人間じゃないですよ!自殺しようとしたのに傷が治るなんて!」

「あの、大丈夫?」
 小波はいつの間にか泣いていた。心配そうに研修医がその顔を覗いている。
 小波は何も言わずに涙を流し続ける。やはりそうなるのか。医者も、看護婦も、警部でさえもう私の味方ではないのだ。もう私を守ってくれるものは何もない。
「えっと何か欲しいものある?」
 小波は首を静かに横に振った。
「じゃあ、何か聞きたいことはあるかな?」
無理に笑顔を作りながら話そうとする研修医を見て小波はついからかいたくなった。ええ、山ほどありますとも。
「何でこんな所にとじこめるの?なんで一人部屋なの?」
 その質問に研修医はオドオドと答えた。
「えっと、うーんと、そうだ!君は今すごーく恐ろしい伝染病にかかっていて隔離しないと大変な状態なんだ。人に移っちゃうからね。だからなんだよ。」
「先生もう入っちゃってますけど。魔窟に。」
研修医はビクッと肩を震わせる。図星かよ。
「本当のことを言おう。実は君はこの部屋にかくまってもらっているんだ。君はとある理由で命を狙われてて、この病院に病人を運び込むフリをしてこの部屋に運んだんだ。まさか病院にいるとは思わないだろうからね。」
「とある理由って?」愛想笑いをしながら無邪気に問いかける。
 自信満々の研修医の笑みに亀裂が走る。
「それは、君が、君が・・・」
「化け物だから?悪魔の子だから?」
「・・・・っ」
「私が悪魔の子だから、危険だからここに監禁しておいてるんでしょ?実験材料にでもするのかしら。無理だよそんなこと。そのまえにお前を喰っちゃうからね。」
 研修医は小波の豹変ぶりに驚きを隠せない。何とか椅子に座ってはいるものの足がぶるぶるふるえている。小波はさらに追い討ちをかける。
「先生さっき何か欲しいものある?って聞きましたよねぇ?」
 その質問に研修医はガクガクと首を縦に振る。そして「何が欲しいんだい?」と弱々しく聞いた。まるで魂をとられるんじゃないかというように。
「どんな化け物でも一突きで殺せる強力な武器と、絶対生き返らないようにする頑丈な棺だよ。」
 そう言い捨てる小波の表情はどこかはかなげで、
その瞳はさびしげに、漆黒の炎を発しながら揺らめいていた。